2011年02月28日

本とビデオとかすうどん

もずやギャラリー展も今日で二日目。

雨の降る中を、ご来場いただきました (^o^)

午前中に来られたお客様には、秘蔵の本と染織ビデオをご覧いただきました。

はくおう社という出版社が150部だけ作った『琉球芭蕉布』という本です。

この本には、本物の芭蕉布の生地見本が貼り付けてあります。

関連で、『喜如嘉の芭蕉布』のビデオを。

午後からもう一人来られる予定でしたので、早めに昼食にお誘いしました。

このあたりでは、日本一おいしいうどん屋と言われている『釜竹』

着物を着て頂いて、雨の中行ったのですが、なんと定休日。

もう一軒も、また定休日・・・

しかたないので、このあたりの名物『かすうどん』にお連れしました。

焼き肉で有名な『こじま』がやっている店です。



着物を着ていく店でもないのですが、まぁ、羽曳野といえば、ビッグジョーのハンバーグ、釜竹のうどん、こじまの焼き肉、かすうどん、ですからね。

このかすうどんも、出汁がよく出ていて、とてもおいしかったです。

午後から、もう一人来て頂いて、ちんすこうと有機栽培のたんかんを食べ、さんぴん茶を飲みながらビデオを見て頂きました。

このたんかんの皮を一年以上漬けた焼酎があったのですが、お二人とも車で来られていたので、お勧めすることができず、

お持ち帰り頂きました (^o^)

ビデオに沿って、作品もご覧いただき、私も楽しい時間を過ごすことができました。

遊びながら、というか、ほとんど遊びでやっているので、お客様も私も構えることが無く、

沖縄の文化に触れて頂く機会としては、いいのではないかと想います。

沖縄の染織はもちろんですが、沖縄の芸能や、食材、その他の工芸などに触れて頂き、

文化をまるごとお伝えできればいいな、と想います。

観光で行っても、なかなかそこまでは味わえないですからね。

パワーポイントなんかも使って、もっと楽しく充実した内容にしたいと想います。

なにせ、足場が悪いので、車で来られる方が多く、お酒を振る舞えないのが心残りですが・・・

泡盛というのは、ほんとうに旨くて楽しい酒なんです。

こんどは、藍染めやコーラル染めの体験なんかもやりたいと想っています。

まぁ、そこいらの呉服屋さんでは味わえない、もずやワールドを実感して頂けたらと想っています。

ギャラリー展は明日までです (^o^)
  
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2011年02月27日

大阪染織の復活

私は生まれも育ちも大阪ですが、大阪にもたくさんの伝統工芸品があります。
http://www.pref.osaka.jp/mono/seizo/dento-itiran.html

【大阪市地域】

大阪欄間・大阪欄間彫刻
大阪唐木指物
大阪仏壇・大阪唐木銘木仏壇・大阪塗仏壇
大阪浪華錫器・なにわ錫器
なにわベッ甲
大阪三味線
大阪銅器
太鼓
菅細工
曲げ物
【北大阪地域】

漆刷毛
【東大阪地域】

なにわ刷毛
大阪張り子
だんじり工芸
阿波安染
【堺市地域】

堺打刃物
浪華本染めゆかた
堺線香
堺手織段通
堺五月鯉幟
【南河内地域】

大阪金剛簾
なにわ竹工芸品
蜻蛉玉
【泉州地域】

大阪泉州桐箪笥
和泉櫛
和泉蜻蛉玉

結構たくさんあるでしょう。

なんと26品目あります。

京都が31ですから、遜色ありません。

そのうち、染織に関する物が4つ。

阿波安染、堺手織段通、浪華本染ゆかた、堺五月鯉のぼり。

そして、伝統工芸品には指定されていませんが、忘れてならないのは、堺更紗と河内木綿です。

堺は日本の更紗のルーツであり、力強くおおらかな持ち味は沖縄染織に通ずるものがあります。

そして、河内木綿。

村西徳子さんを中心に保存会が発足し、綿花の栽培から技術復元・継承されています。

あまり知られていませんが、応仁の乱で京都が荒廃した後、堺は日本最大の織物産地であったのです。

民俗学的に話をすると面白いのですが、長くなるので別の機会に譲るとして、

大阪は堺を中心として、京都とならぶ染織の中心地であったのです。

私は沖縄染織を商う商人で、それを愛していますが、知れば知るほど、沖縄の文化と大阪の文化の共通点に気づかされるのです。

しかし、私はどこまで行ってもナイチャー。

ウチナンチュにはなれません。

沖縄染織とともに、大阪の染織の復元と地位向上は是非ともやってみたい事なのです。

大阪人と京都人の美意識は明らかに違うと想います。

私は、昔の大阪人がどんな物を愛し、どんな物を作っていたかを調査・考察し、

それを現代の和装に生かして行きたいと想うのです。

大阪には、堺打刃物や唐木指物など世界的にすばらしい工芸品を持ちながら、いわば無視をされてきました。

それは、飾らずに本質を追究するという大阪人気質が影響しているのだと想いますが、それではあまりにももったいない。

第一、悔しいじゃないですか!

専門の染織からはじめて、大阪の伝統染織を是非、復活、普及していきたいと想います。

大阪の文化のキーワードの1つは『元気』です。

これは沖縄と同じです。

大阪の染織から、大阪の工芸品、そして大阪の素晴らしい文化を日本中へ、そして世界へ発信していきたいと想います。
  
Posted by 竹齋庵 at 22:33Comments(0)

2011年02月27日

手作り看板と暖簾

今日からギャラリー展が始まりました。

やっと、看板に加えて暖簾も完成。

看板は吉野で杉板を買って、手彫り。

暖簾は筒描きで文字を描いて、インド藍で染め、ミシンで縫いました。

生地は、苧麻の帯地を使っています。

玄関はこんな感じになりました。




玄関が、人通りの多いバス通りに面していないのですが、それでも、暖簾を見た人は気がついてちらちら見ていくようです。

まぁ、こんな住宅地に、暖簾がかかっているところなんてないですからね (^o^)

看板も暖簾も下手くそなので、恥を世の中にさらしている様ですが、

変に外注して、格好付けてやるよりも、味があっていいかな、と想いました。

曲がりなりにも現役芸大生ですし、ギャラリーのコンセプトが『手作り』ですからね (^o^)

私は根っから不器用で、はじめはいつも、ひっかかり、つまづき、こけまくり・・・

でも、何度でも立ち上がって、立ち向かっていくのを信条としています。

さんざん泣き言を言いながらも、なかなかあきらめない、どびつこさが萬代屋宗晏の特長です (^^;)

私がこんなに不器用なのに、恥を忍んで、看板や暖簾を世の中にさらしているんです。

上手に作る人はもっと、自分を世の中に出していくべきだと私は思います。

それで、人の役に立てたら、これほど素晴らしいことはないじゃないですか。

悲しいことに、私の染織の力量では遠くそれに及びません。

でも、40代も半ばをすぎたオッサンが、染織というものに立ち向かっている。

その表現がこの看板と暖簾です。

観た人には是非笑ってもらって、話のネタに、酒の肴にしてもらいたいと想います (^o^)

それで、世の中に少しでも染織や工芸に目を向ける機会を持ってもらえたら、それに超したことはありません。

もずやがやるんだから、私もやってみよう!

そう思ってもらえたら、もっとうれしいです。

もちろん、ギャラリーの中には次元の全く違う、素晴らしい染織品が並んでいます。

その作品たちと、私のつくった暖簾と看板を観て、何かを感じてくれたら、私はそう思っています。

だって、無心で一生懸命作ったんですよ。

それも、楽しくね (*^_^*)

もずやギャラリー展は明後日の3月1日までです。
  
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2011年02月25日

お茶のお稽古日記 2

今日は、夕方からお茶のお稽古に行ってきました。

前回は、オブザーバーみたいな感じで、お茶を頂いただけでした。

今回は、『割稽古』という初心者のためのお稽古を付けて頂きました。

指導してくださったのは、大学の先輩でもあるTさん。

袱紗さばきから、丁寧にご指導いただき、初めてお茶を点てさせてもらいました。

感想は、『とてもうれしかった(^o^)』です。

なんか、感動したというか、とてもうれしかったのです。

茶道というのは、やっぱり、脇で見ていたり、頂いたりするだけでなくて、やってみるもんだと実感しましたね。

染織にしてもそうですが、芸大に行って下手くそながらもやってみて、気づいたこと、解ったことは山ほどあります。

自分で手を動かしてみることと、頭で解っている事とは、天と地ほどの違いがあるのです。

やってみると、面倒くさいとか、しんどいとか想っていたことも、そこには喜びが加わります。

着物を着るという事も同じですね。

めんどうだけど、着てみると良さがわかるし、自分で着れるようになると、着物の楽しみは数十倍になります。

人生において大切な事は当事者であること、プレーヤーであることだと想います。

研究家とか評論家ほどつまらないものはないんじゃないか、と想います。

自分の人生や、国造りというということでも全く同じですね。

いろいろ本を読んで学んだり、考えたりすることは、もちろん大事ですが、自分で実践してみる、

当事者として動いてみる、これが人生を豊かなものにし、国を良くするために、絶対に必要なことでしょう。

私は論争好きで、学生時代も討論会サークルに入っていた位ですが、社会に出て、工場で誇りとアブラにまみれ、

営業でどぶ板を踏んで来たおかげで得たものは本を読んで得たものより遙かに多いと想います。

大阪芸大のキャッチフレーズは『アートは勇気だ』ですが、勇気を持って実践すれば、

たとえ首尾良く行かなくても、得るものは非常に大きいのだと声を大きくして言いたいです。

実践のあとに喜びあり!
  
Posted by 竹齋庵 at 22:56Comments(0)

2011年02月23日

桑の木プロジェクト

パールトーン社が始めたようです。



同封の挨拶文には、こう書いてあります。

『2月9日の信用情報でには【中国シルク高騰の影響と現状】として、現在、日本の呉服業界が、その商品原料として使用している中国の
乾繭の高騰と、今後の業界に及ぶであろう影響が詳しく報じられていましたが、【急成長を続ける中国経済のインフレと人件費の上昇は
製造コストに正比例していき、中国シルクの高騰は今後も止まりそうにない】ということです。この度、弊社が始める【桑の木プロジェクトは大変微力ながら、このような現状の中で業界と環境に対しての【恩返し】をテーマとして始めるものです。』

なかなか、よいプランだと想いますね。

こんなとき、政治の力に頼ろうとする人が増えているように見えますが、商売人というものは独立自尊の気概と自助努力の精神を忘れてはいけません。自らの業界の事は、みずからの手で解決する。これが基本姿勢であろうと想います。
  
Posted by 竹齋庵 at 17:17Comments(0)

2011年02月23日

『座談会 芭蕉布と倉敷と民芸と』 昭和49年月刊『青い海』

昭和49年に倉敷のアイビースクェアーで開かれた『平良敏子作品展』にあわせて行われた座談会の記事です。

参加したのは、平良敏子さん、外村吉之助さん(倉敷民芸館館長)、高田統子さん(料理研究家)、そして萬代好(萬代商事社長)の四人です。

萬代好は私の父で、当時38歳です、私は10歳でした(^o^)

記事をそのまま掲載しますね。








ちょっと字がちいさくて読めないと想うので、私のHPにも掲載しました。

ブログ
http://mozuya.com/wan_dai_wu_zong_yan/Blog/entori/2011/2/23_qingi_hai_ba_jiao_buto_cang_futo_min_yito.html

資料館 青い海のアルバムを見てくださいね。
http://mozuya.com/wan_dai_wu_zong_yan/zi_liao_guan/zi_liao_guan.html

外村吉之助と父のやりとりが面白いですね。

基本的に、民藝論に対する私のスタンスと全く同じです。

父から民藝論について詳しく聞いた事はないのですが、思考体系が同じなんでしょうね。

ここでの外村氏の発言でもそうですが、民藝運動家は物に優しく、人に冷たい。

『広まろうが広まるまいが、昔ながらの良い物を造っていればいい』

自分たちの審美眼に沿うものでありさえすれば、多くに受け入れられる必要は無い。

つまり、美の追求の結果として、工人は飢え死にしてもかまわない、と言うことです。

美を追究して、昔ながらの方法で造っている間に、どんどん工業化された安くて良い製品が出てくる。

品物は用いられ易き事が美に繋がると言っていながら、解らない人は用いなくて良いと言っているのと同じです。

自分たちだけは、安全な所に身を置いて、現場のプレーヤーには過酷な使命を押しつける。

私は、民藝は商業と共にあったはずだと想うし、そうあるべきだと想います。

なぜなら、商業は、使い手の利便性を考えて情報を作り手にフィードバックし、それを作り手が形にする。

その歴史の積み重ねで、それまでの民藝は形作られてきたはずです。

それをその時点でストップさせるという考えは、ただのノスタルジーに過ぎないと私は思います。

外国からいろんな文化が入ってくる。

当然、人間の美意識や色彩感覚、生活様式はそれに伴って変化していきます。

それに合わせて造らなくて、何が用の美ですか?

用の美は大衆にそのメリットが享受されて初めて、真価が発揮されるはずです。

時代に合わない物は奇形的と言えなくもないのです。

いま、ちょんまげをして歩いていたらどう思いますか?

昔は当然でも、今は奇行なのです。

民藝運動家は、いまもちょんまげで居ろと言っているのです。

基本的に、人間の『生』というものに愛情が感じられません。

モノを観て、人を観ていない。

つまり『唯物主義者』です。

普段使いの物を造っている人も、豊かになりたい。

豊かにはなれなくても、人並みの生活はしたい。

それは当たり前の欲求でしょう。

それを認めないで、昔ながらの方法で良い物を造れと彼らは言い続けるわけです。

父は、なんとか沖縄の染織品を守ろうという気持ちから、必死で民藝運動の大家に噛みついています。

母に聞いた話では、帰宅してからもたいそう憤慨していたそうです。

もし、外村氏が生きていたなら、私はこういうでしょう。

『あなたがこれはと想う作家の作品を、名を出さず、露店で売ってみてください。それでその工人が生活していけるかどうか、実験してみてください。』

品物の価値は、工人から商人の手を経て、消費者にその情報と共に伝わり、生活の中にはいってこそ、完結を観るのです。

造るのも、使うのも人間。

尊いのは物じゃない。

造り、届け、使う人間の満足と喜びです。


私は、この座談会の記事を小さいときに読んでいました。

この業界に入り、沖縄の染織を扱い、民藝論を学び、としているうちに、読み方が変わってきたように想います。

私は、外村氏と父のやりとりを読む度に、工人を幸せにするためには、この人達の唯物主義を叩きつぶさねばならないとずっと想って来ました。

民藝運動家は、工人と商人を分断しようとした。

でも、もう民藝運動家はどこかに行ってしまいました。

工人とずっと一緒に居たのは、商人じゃないですか。

たしかに一時期、民藝運動家は工人を勇気づけました。

民藝ブームで儲けた工人も居たでしょう。

でも、その民藝ブームをも、外村は消そうとしたのです。

なぜか?

大衆に広がる事が、悪や醜に繋がると想っているからです。

大衆にひろがり、良さが認識されて、値段が上がれば、工人は豊かになるのです。

そんな考えがサラサラない。

工人は、昔のように、牛馬のような生活をして、ただただ、美しい物を造っていればいい、そう彼らは考えているのです。

自分たちは、安泰な地位にあぐらを掻いていて、です。

父は、まだ言葉もあまり通じない、裸足で生活している当時の沖縄に単身で乗り込んで商売をしてきました。

父が二十歳の時です。

平良敏子さんの物作りに対する気持ちは大変気高いものです。

私は大変尊敬しています。

でも、平良さんでも、久茂地の物産センターで乳飲み子を背負って、機織りしていた時期もあったのです。

平良さんは、そんな苦労をした時代の事をおっしゃることはありません。

いまでも、慎ましい生活をなさっています。

しかし、みんなに平良さんのようであれ、というのは余りにも酷なのです。

父も、私も、作り手と共にあり、作り手と共に豊かになりたいというのが想いの大きな部分ですし、

それを目指して、努力と工夫を積み重ねることが、永遠に続く手仕事への道だと信じています。

  
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2011年02月22日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第7回目>

2−3アソートメントのデザイン

アソートメントというのは簡単に言えば品揃えとかラインナップという意味ですね。

『製品・サービスのアソートメントは、企業が扱っている製品・サービスの「ラインの数(カテゴリーの数)」と、各ライン内の「アイテムの数」とによってとらえる事が出来る。前者を製品・サービスの「ラインの広がり」、後者を製品・サービスの「ラインの奥行き」という』

このテキストではトヨタ自動車が例に挙がっていますが、これはちょっと微妙なんですよね。

なぜかというと、市場におけるその会社の位置づけによって、アソートメントの戦略は変わってくるからです。

これを『競争対抗戦略』と言いますが、企業を市場における位置づけで四つに分類して、その戦略を類型化する考え方です。

目次を見てみると、この事はテキストに掲載されていないようです。
私が大学時代に学んだのはこのテキストの著者の一人で、村田ゼミの先輩である嶋口充輝さんが書かれた『戦略的マーケティングの論理』という本です。
アマゾンで中古本が売ってますから、良かったら詠んでみてください。

ここで、簡単に説明しておきますね。

企業は、市場における位置によって、リーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーの四つに分けられます。

それぞれの戦略的特徴は、

○ リーダー[オーソドックスな戦略]
全天候型戦略
市場シェア、利潤、名声を追求する

○ チャレンジャー[差別化戦略]
経営資源ではリーダーに劣るが同一市場を狙う
リーダーに対する徹底した差別化戦略
リーダーに取って代わることを狙う

○ フォロワー[模倣戦略]
リーダー、チャレンジャーが争っている部分を避け、二次市場、三次市場を狙う
リーダー・チャレンジャーの模倣戦略

○ ニッチャー[市場特定化戦略]
特定市場部分にのみ経営資源を投入し、そこに独自能力を集中発揮するゆえに、利潤と名声を得つつ、相対的にかなりの強みを有する。


私の場合、この市場対抗戦略のモデルが自らの戦略を練る上での土台になっていますね。

かつての自動車市場では、リーダーがトヨタ、チャレンジャーが日産、フォロワーがマツダ、ニッチャーがホンダと言われていました。

今はずいぶん違いますがね。
今は、リーダーはトヨタで変わりませんが、チャレンジャーはホンダ、日産はニッチャーになっているという感じでしょうか。

この類別は市場シェアと連動する場合が多いですが、必ずしもそうとは言えません。そこが面白いところで、家電なんかはどうでしょうね。

リーダーがパナソニック、チャレンジャーがソニー、フォロワーが東芝・日立、ニッチャーがシャープでしょうか。

お菓子とか清涼飲料水とか、当てはめてみると面白いですよ。

それで、肝心の染織の世界はどうか。

これは、小売店や問屋の世界で考えるとわかりやすいのですが、差しさわりがあるので、やめときます (^^;) 自分で考えてみてください (^o^)


産地別で考えてみましょう。
織物はわかりにくいので、染め物で行きましょうか。

リーダーは圧倒的に京都ですね。
チャレンジャーは・・・不在です。
フォロワーは十日町
ニッチャーはその他、東京、金沢、そして沖縄です。

ニッチャーの戦略はどうでしたか?

特定市場部分にのみ経営資源を投入し、そこに独自能力を集中発揮するゆえに、利潤と名声を得つつ、相対的にかなりの強みを有する。

ということです。

いいですか?

独自能力を集中発揮するゆえに、かなりの強みを有するのです。

すなわち!

フォロワーの様な模倣戦略をとっては、市場において存在価値を失うということです。


フォロワーである十日町の戦略はどうですか?

京都の模倣を基本にした、低価格路線です。

これが、分業されていない加賀友禅や紅型で可能ですか?


ニッチャーの戦略は簡単に言えば、すき間戦略です。

京都がやらない、やれない部分に集中して強みを発揮するのです。

ということは、京友禅とは存在領域を分けるということです。

ですから、沖縄は沖縄のよさ、金沢は加賀友禅独特の良さを、最大限に発揮するための努力をすべきであって、京友禅の美意識にすり寄ることは、埋没を意味するのです。


美空ひばりがどんなにうまくても、カンツォーネではミルバに勝てっこないのです。

京風の紅型がいいなら、京都の人が紅型をやるでしょう。

京加賀が本加賀に勝てないのは、金沢の人の持つ美意識に加賀友禅が合っているからでしょう。

紅型だって同じです。

ですから、沖縄は、京都の後追いや模倣をしてはなりません。
あくまでも、独自性を追求することこそが生きる道であると考えるべきなのです。

商品のアソートメントもそこから考えなければなりません。

紅型の強みはどこにあるのか。

キモノなら留袖、振袖、色留袖、訪問着、付下げ、小紋とあります。

そして、帯ですね。

そして、小物。

どこに、どう使ったら、紅型のよさがきわだつか。

その特性を踏まえることがアソートメントを考える一番の基本だと想います。

  
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2011年02月22日

もずやギャラリー展のお知らせ(2/28-3/1)

2月28日(日)から3月1日(火)の3日間、もずやギャラリーで展示会やります。場所は本社内です。
琉球染織に関わって今年で45年。
今回は、その活動の中で使用した研究資料をご覧頂きながら、
琉球染織の勉強会をしたいと想っています。

場所はちょっと不便ですが、遊びに来てくださいね。


http://mozuya.com/
  
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2011年02月22日

水島チャンネル桜社長に再度抗議

先日のチャンネル桜の放送で水島社長が『マーケティングのヤツら』とマーケターを侮蔑した発言があったので抗議しておきました。

水島さんは映画監督ですが、彼も『助成金ありがとう』タイプの芸術家なのでしょうか、商業に対する理解が全く欠けているようです。

このチャンネルに出ている学者やジャーナリストも同じような傾向があるようです。

彼らは、私たちが額に汗して稼いだお金から糧を得ていながら、その人たちを馬鹿にするような発言をしているのです。

これは、国民運動が、偏狭なナショナリズムと誤解される元となる原因ともなり、由々しき事態です。

私は明確に抗議の声を挙げました。

以下、そのまま掲載します。

チャンネル桜は、貴重な情報を提供してくれる番組であり、私も支援しているのですが、文化人でありながら、

商人の文化を知らない人が先頭に立っていては、運動も先が思いやられます。



チャンネル桜二千人委員会御中

いつも、有意義な番組をお送り頂きありがとうございます。

先日の放送の中の水島チャンネル桜社長の発言の中で

『マーケティングのヤツら』という発言がありました。

文脈からみて、間違いなくマーケティングに対する悪意が籠められたものであると受け止めました。

小生は、商人にたいする侮蔑発言に対して、すでに二度抗議している者です。

また、小生は慶應義塾大学でマーケティングを学び、それをいまの経営に生かしています。

水島社長の『マーケティングのヤツら』とはどういう意味ですか?

貴方たち、チャンネル桜は、私たち中小企業の者がもみ手をし、腰を折ってもうけたお金を募って

運営しているのではないのですか?

小生は、チャンネル桜の社会的存在意義を信じていますので、二千人委員会を脱退するなどとは言いません。

しかし、この商業活動に対する水島社長の差別意識はどうにも我慢なりません。

草もう崛起と言いながら、学者やジャーナリストの発言を羅列し、

本当に、草の根で汗を流す庶民の声を紹介しようとしない姿勢にも大きな疑問を持っています。

私たち商人は、額に汗して、必要な物を必要なところに届けてお代を頂いています。

それのどこがいけないのですか?

マーケティングは、今ある資源を最適に生かすために必要なツールです。

みなさんが、よい商品を低価格で享受できるのもマーケティングの考え方があるからです。

それを『ヤツら』呼ばわりとはどういう了見ですか?

貴方たちは、どんなに社会的に有意義な活動をされているにせよ、

そんな、国民の汗のひとしずくを糧に仕事を続けられているのではないのですか?

相当腹が立っています。

マーケティングというのは、資源の最適配分を目的にした、『庶民の知恵の結集』です。

商人は、先祖代々の知恵を駆使して、全国の人たちに、くまなく物を流通させてきました。

楠木正成も、千利休もみんな商人です。

ここに及んで、水島社長に番組の中で謝罪をしろなどという事は言いません。

水島社長は、商人がどんなに日本の国益の為に働いてきたかという歴史をご存じないのだろうと想いますし、

商業活動の本質、商人の知恵、商人の気概というものを全く勉強されていないのだろうと想います。

武士道、武士道といいますが、武士がそんなに立派でしたか?

大名貸し踏み倒したのは誰ですか?

日本が経済大国になったのは、なにも殖産興業の政策があったからではないと想います。

それまでに積み上げた商業道徳と商人の知恵の集積があったからではないですか?

水島社長に望むことは、そういった、日本の商人の歴史をきちんと学んで頂き、

それを元にいまの商売人のありかたをただしていただく事であろうと想います。

一般の人間なら、何をいってもしかたないでしょう。

しかし、水島社長は言論人であり、私たち保守派を代表する運動家であると評価しています。

そんな人が、商人に対して、正しい評価をもち、正当な発言を出来ないのは

勉強不足としか判断のしようがありません。

中西輝政先生のおっしゃった、瀬戸内文化圏とは西の商人の知恵を生かせ、という意味だと小生は解釈しました。

水島社長には、日本の偉大な商人の実像を是非とも学んで頂きたいと想います。

お忙しいとは想いますが、よろしくお願いいたします。

再度申し上げますが、番組中での謝罪は必要ありません。

大商人の歴史を勉強した上で、いまの商人のあり方を語って頂きたい、小生はそう願っています。

これからも、日本国のため、有意義な番組の配信、よろしくお願いいたします。


萬代学(萬代屋宗晏) 拝
(二千人委員会会員)
  
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2011年02月21日

着物が仕立て上がってきました(^o^)

自分の着物の話です。

1ヶ月ちょっとかかりましたが、良い仕立てで上がってきました。

うちがお願いしている仕立屋さんは30年以上ノークレームなんですよ。

着物を出すと大変なので、余り布の写真を載せますね。

まずは、結城紬。



汚い写真だけど、我慢してくださいね。

沖縄でいうところのヤシラミですね。
とても細かいです。
出来上がったのをちょっと羽織ってみましたが、さすがに良いですね。
着姿がきれいです。
一年したら、一度洗うことにしています。
良い紬は着るほどに、着心地が良くなるので、それが一番の楽しみです(^o^)


次はお召し二つ。

これは着物。



これは羽織。



男物にしては派手でしょう (^o^)
でも、これが私には似合うんです。


結城もお召しもうちのお仕入れ先さんから買ったものです。

着物も着だすと、いくらでも要るもので、きりがありませんね。

もう一枚、仕立てに回っていて、あと5〜6反、反物で置いてあります。

お茶も始めたことですし、20枚は要りますよね。

着物は高いようですが、永く着れるし、流行廃りがほとんど無いので、投資が無駄になりません。

私が着るスーツは30万円位しますから、上等の着物が買える訳です。

でも、ウールをガチャガチャ機械で織ったのより、シルクで手織りしたのがいいでしょう。

私は、キモノ屋というより、生地屋の感覚が強いので、そう思いますね。

もちろん、毛織物も良いのは、めちゃくちゃ良いですよ。

生地としては毛織物の方が好きですけどね。

キモノでも洋服でもいいのですが、本当の着道楽は生地と色と仕立てにこだわるのだと想いますよ。

着てないような、裸で居るより快適なのがほんとうによい物じゃないでしょうかね。

私はお腹が出ているので、キモノが楽です。

これから暖かくなってくるので、キモノ着るのが楽しみですね (^o^)
  
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2011年02月20日

マネジメント研究2終了

18日からの三日間、大阪芸大のスクーリングに行ってきました。

講義は『マネジメント研究2』です。

この講義は演習形式で自分の作品をいかなる場で発表するかを考え発表する、といいうのがテーマです。

私の場合は、自分が表現者ではないので、始終展示や発表の事を考えている訳ですが、今回は非営利のイベントを考えてみました。

その内容はまぁ、いいとして(^^;)、今回の一番の収穫は工芸のマネジメント研究の現状に関して実態を知ったということでした。

私のような商売人にとって、非営利の発表会やいわゆるメセナ(企業の文化支援)の話はあまり面白くないので、

こちらから先生に働きかけて、知りたい情報を引き出しにかかったわけです。

朝、一番で、前に出て行って、担当の谷悟先生に聞いてみました。

『工芸のマネジメントを研究したいのですが、研究者や参考文献はありませんか?』

結論は、そんな研究者はいないし、研究者がいないから、参考文献も無いと想う、ということでした。

どちらかというとマーケティングの方にいるかも知れない、とおっしゃるのですが、マーケティングは企業活動を

研究テーマの中心としているので、零細な個人の工芸のあり方を研究しているとは想えません。

これだけ、もてはやされている日本の匠の技が、そのマネジメントとなると全く研究対象から外れているということなのです。

工芸のマネジメントはとくに、伝統工芸の場合、非営利はあり得ないと私は思っています。

また、基本的には、生活の中で使われる消費財です。

匠の技とはいいながら、表現とは違う部分にある生活のための道具として、研究者のテーマから除外されているのです。

いいかえれば、彼らの本音は伝統工芸の中で生まれる器物の中に美は宿らないと考えているということではないでしょうか。

まぁ、彼らがどう考えていようとも、それに携わる人間にとっては、放ってはおけない事です。

生活の為に利するものを黙々と作る事においてはそれで良いのでしょうが、染織のように自分のこだわりを作品に盛り込む分野に関しては

客観的なマネジメントによって、方向性が指し示される必要があると想います。柳宗悦は、そういう面では一定の役割を果たしたと

言えるでしょうね。しかし、当時に比べて、手仕事の状況は比較にならないくらい厳しい状況にあります。

そんな環境の中で、信念をもって仕事を続けて行くには五里霧中ではあまりにも過酷です。

大所高所に立って、全体を見渡して進むべき道を指し示す工芸マネジャーの存在が絶対に必要だと想うのです。

手仕事の工芸品がなぜ必要なのか、いかにそれらが生活を豊かにする物なのか。

それを大きな声で世の中に叫び続けるのも工芸マネジャーの仕事でしょう。

工房ごとのマネジャー、全体を見る工芸全体のマネジャー。それぞれが必要です。

作家が消費者と直面して安く売ればうまくいくほど、市場は甘くありません。

谷先生がおっしゃるには、東京大学大学院に文化資源学の講座があるということです。

母校の慶應義塾にもアートマネジメントの大学院講座があります。

仕事もあることですし、大学院に行けるかどうか解りませんが、ちょっと本気で勉強してみたいと想いました。

なぜ、それが必要かというと、理論的な勉強もさることながら、市場の構造とネットワークを知るためです。

そして、沖縄だけでない、工芸産地全体を見渡したときにそれを客観的に判断するのには材料と情報が必要なのです。

たとえば、沖縄の工芸全体をコラボする。

今までは、工芸品をコーナーを区切って組合や作家の協賛で、品物を並べるという形です。

これが、いまはうまくいかないのです。

沖縄物産展もそうですね。

まとめる概念は産地だけで、いまや消費者に強く訴求する内容になっていないのです。

作家という小さな単位、産地という大きな単位、品物の種類で区切るのか、用途で区切るのか。

切り口によって、打ち出し方は様々です。

マネジャーとういのは、その方策の引き出しを多く持っている人でなければならないし、客観的に分析して、

新しい切り口や展開方法を考える独創性もなければならない。

それには、訓練と経験に加えて、情報がなにより必要なんですね。

また、『プロのアートマネージャーは存在するのか?』という質問も投げかけてみました。

音楽や美術の分野では存在する、ということでした。

しかし、和物は?との質物には、『和物では居ない』

つまり、『和』は無視されているということです。

なぜですか?

仕事として成り立たないからです。

和物の芸能だけをマネジメントしていたのではメシが食えないということです。

逆に洋物ではやれるのです。

どうして?

消費者が『和』に関心が薄いからです。

ということは、伝統工芸、伝統芸能を合わせた『和文化』のマネージャーが必要だということです。

なかなか、遠い道のりですが、私も旗の端っこでもつまめるように、勉強して、活動をしていきたいと想います。

日本人なんやから (^o^)
  
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2011年02月19日

大阪芸大の卒業制作を見て

今日からマネジメント研究のスクーリングが始まりました。

先生の計らいで、昼からの3限目は大学内で行われている卒業制作展をじっくり見させてもらうことが出来ました。

私の専門の染織はもちろん、陶芸、ガラス、彫刻、絵画と、大阪芸大らしく多種多様です。

三年生(なぜか関西では三回生というらしい)の分際で、生意気なのですが(^^;)、

ちょっと総評を。

染織は、普段一流のプロの仕事を見ているので、その人たちの作品と比較してはかわいそうですが、

このまま、プロで通用するひとは一人もいないな、というのが正直な感想です。

感覚的に、優れた作品もありましたが、基本的に習熟度が低い。

プロの世界というのは個性より、完成度が必要です。

凝ったモノを作って失敗するより、無地でいいから、完璧なモノを作れるという技術が必要です。

それと作品が全体的にババくさい。

もっと、はじけるような若さをぶつけてくるような、やんちゃな作品があっていいように想います。

特に、着物・帯になったものは、着るモノという事にとらわれすぎている。

織物の味わいなんてものを考えずに、もっと大胆に自由に発想した方がいいと想いました。

厳しい言い方ですが、良くある作品の劣化コピーのような感じで、楽しくありませんでした。

それより、自由に作ったフェルトやつづれ織りの方が、私にとっては得るモノがありました。

せっかく大阪芸大のような自由な雰囲気で学んだんですから、『どうじゃ!』という感じで、

強烈な個性を打ち出してくる人がもっといて良いように想いました。


あと、陶芸。

これはよくわかりませんが、技術はいいのに、思想が間違っているように感じました。

陶芸でオブジェを作る必要が何処にあるのでしょうか。

それに、美しくない。

陶芸の中に思想や感情を表現して面白いですか?

私なら、自分で酒を飲むときに使う銚子と猪口を100個くらい作って、一番いいのを出します。

そんな、人が一人くらいいてもいいと想うんですが、なんか造形とか表現とかにとらわれすぎているように想いました。

まぁ、先生の考え方一つなんでしょうけどね。


絵画。

これはもっと解りません。

でも、感じたのは、一つ一つの線やタッチがとてつもなく甘い。

線にも、色にも力がない。

全体として、なんとなく、きれいな絵はたくさんありましたが、ガーンという心に突き刺さるような絵はなかった。

絵が心の中の表現だというなら、技術は無くても、そういう作品は出来るはずです。

でも、今日、見た限りでは出来ていない。

これも、染織と同じで技術の習熟度が低いのだと想います。

もっと、一つの色、一本の線を大切に、何度も何度も描き続ける事が必要なのではないでしょうか。

狩野永徳は丸を描くのに何百回、何千回と練習を重ねたといいます。

レオナルドダビンチの絵には周到な数学的計算があったのです。

できあがりのイメージに対して、執拗な執念を持たねばならない、私はそう思います。

『描かずにはいられない』から描く。

よく、この言葉を聞きますが、技術の向上のさせ方を知らずして、何が芸術教育なのでしょう。


私が一番感心したのは、『キャラクターデザイン』の展示でした。

いわゆる漫画のキャラクターです。

とてもかわいい。

見ているだけで、ほほえみがこぼれてくる。

私はロリコンではありませんが、とてもほのぼのとして楽しいのです。

たぶん、描いている人も楽しいだろうと想います。

私の考えですが、芸術というのはこうあるべきだと想います。

やっぱり、楽しくて世の中を明るくするものでなければ。

そして、日本人らしい、かわいらしさがある。

この『かわいい』という感覚は日本独自のもので、文化です。

その『かわいさ』がふんだんに盛り込まれていました。

ただ、紋切り型で、どっかでみたようなキャラクターが多い。

でも、これは大学のレベルでは許される事じゃないかと想います。

技術の習得にはまずは学ぶこと。

まなぶ=まねぶ、でまねぶとは模倣することです。

すべての創作は、まずは模倣が基本になります。

現在の日本文化の代表として漫画があげられているというのが解るような気がしました。


芸大を卒業したからと行って、その道のプロとなる人はすくないのかも知れません。

しかし、好きなだけ、作りたいだけ、器用なだけ、から一歩抜け出して、

その特性をいかに世の中のために役立てるのかを考えてみたらどうでしょう。

学んだ事によって、オフィスを素敵な空間に保つこともできるでしょうし、

仕事や生活を潤い豊かなものにすることもできるでしょう。

芸術を学んだ事で大切な事は、『抽象化して普遍性を持たせること』だと私は思います。

絵を描いたり、織物を織ったり、その事だけでなく、その制作の為に使ったマインドを

生活のために、社会の為に役立てることです。

そんな人がたくさん世の中に出れば、きっと楽しい社会になるでしょう。

大阪芸大のよさは、とらわれない自由な発想にあると私は評価しています。

凝り固まった芸術教育の中で、はじけるような自由な発想。

これを宝物にして、社会で貢献してくださることを、在学生として、また、

『美』に携わる者の先輩として、大いに期待しています。
  
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2011年02月17日

沖縄での綿花栽培について

私が最近仲間に入れてもらった『KIMONO真楽』というサイトで、沖縄の綿花栽培について質問があって、ちょっと調べましたので、

こちらにもアップしておきますね。

今は、綿製品はミンサーとか、ぐんぼう位しか見られなくなっていますが、かつては南風原でも綿の絣を織っていました。

それが疑問の発端です。

私の回答は推測の域を出ませんでしたので、お世話になっている元沖縄県立芸大教授の祝嶺恭子先生に電話で問い合わせしてみました。

祝嶺先生の回答はこうでした。

沖縄では、本島、宮古島、石垣島で広く綿花栽培が行われていた。

本島での栽培の中心は南風原だった。

その中でも、宮古島の綿布はとても上質で、首里で紅型染された物が王朝や清国に献上されていた。

宮古の綿布は12ヨミで織られ、そのすばらしさ、貴重さは、琉歌にも詠まれている。

綿花の栽培は、戦後も続けられていたが、県外から安い綿糸が入ってくるようになって次第に衰退し、

食糧難も手伝って、食物の栽培へと置き換わっていった。


ということです。

綿、麻、芭蕉、絹の四つが自給体制が取られていたというのですから、驚きますね。

これは、いかに沖縄が『衣』の文化で優れているかを物語っています。

そして、多種多様な織り、色とりどりの植物染料、華やかな紅型染め。

内地が、藍が主で、友禅が開発されたのが17世紀だという事を考えると、沖縄の染織文化、衣料文化のすごさが見えてきます。

それとともに、彼らの色彩感覚や美意識も育っていったのでしょう。


それにしても、消費者の方の質問というのは勉強になりますね。

質問されると、いい加減な回答はできないので、きちんと調べなければなりませんし、

そこから新たな課題やヒントがもらえて、とてもありがたいです。

私の場合は、制作者や研究者と直接お話しする機会に恵まれていますので、それを活用して

消費者の方々の疑問に答え、さらに沖縄染織への理解と興味を深めていただけたら、と想います。

沖縄の染織は技法だけではない。技術だけでもない。材料だけでもない。

歴史と文化、風土と土壌、そしてそこから生まれた人々の心から生まれてくるのです。

沖縄の人たちは口べたですし、内向的なように想います。

一杯知識があっても、様々な研究がされていても、文章化されたり出版されることが少ない。

へんな文筆家の書いた嘘が蔓延してしまう。

でも、沖縄の人はケンカが嫌いなので、『ま、いいか』で終わってしまうんです (^o^)

ほんとは、私が沖縄に移住して、本格的に勉強して発信すればいいのですが、それも今は困難です。

逆に、沖縄にいないから、出来ることもあります。

沖縄の着物を愛してくれる方々と沖縄の作り手との架け橋になるような話を続けていきたいと想いますね  (^^)/


ちなみに、KIMONO真楽では『もずや』で登録しています。

ミクシィでもおなじ『もずや』です。

良かったら、友達申請してください  (*^_^*)
  
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2011年02月15日

『難』との戦い

繊維業界に入って早、22年。
二年間は羊毛、あとの20年は絹、麻、芭蕉・・・

検品の度に、『難』というヤツと戦ってきました。

羊毛の場合、一番多いのが織段、そしてツヤムラ。

織り段は糸が切れたりして織機が停止したときに発生します。

ツヤムラは蒸絨=カマに入れて蒸したときに、表面にツヤの差が出来ることです。

反物の両端、あるいは片端にツヤの違いによる線が出来るのです。

これは、水で洗って乾燥して、再度蒸絨をしてなおします。

羊毛の場合はこの加工工程の戻しが1割以上あります。

私は輸出担当で、輸出物というのは納期=約定厳守なので、絶対に納期までにあげなければなりません。

私は1週間前に、最終ロットが検査を通るように加工進行をしていました。

1反でも漏れると約定全部がキャンセルになる可能性があるからです。

でも、絹と大きく違うのは50メートルの反物の中に難が3個まで許されるという事でした。

絹の場合は、15メートルの用尺の中に難が一カ所でもあれば不合格です。

沖縄の場合は手織りなので、織り傷というのはほとんど無いですが、

良くあるのは織段ですね。

これは、打ち込みの強さのムラと、経糸のテンションムラによる物が多いと想います。

あと、緯糸の染めムラでしょうか。

織り段になったら、織り戻ればいいのに、なぜかそのまま織り進んでしまう人が多いようですね。

問屋によっても検査基準が違うので、通る場合もあるでしょうが、うちはそうではありません。

もしかしたら日本一検査基準が厳しいかもしれませんね。

組合が検査して、沖縄県の検査証を添付しているのですが、これがほとんどアテになりません。

織り段くらいは平気で通します。

検査して、通らなかったと返品するのは私たちとしてもとてもつらいので、きちんと検品してから送ってきて欲しいのですが、

これが、いっこうに改善される気配がありません。

染め物でも染料汚れなどが一杯ついたまま、送られてきます。

あのねーあんたたち、この作品に自分のが名前ついて、世の中に出て平気なの〜?と言いたくなりますよ。

手作りであれば、また複雑な工程を選択すればそれだけ難は出やすくなります。

でもね、それを出ないように工夫する、あるいはそのノウハウを知っているのがプロです。

テストは制作以外の部分でやるべきであって、作品は失敗がないのが当たり前です。

横に白い線が入るくらいの織り段が出ていて、平気で世の中に出そうとするのは、

基本的に仕事というものをなめていると取られても仕方がありません。

それにしても、羊毛の世界には、名人芸の修整屋がいるんです。

びっくりするくらい、上手に難を隠す。全然解らないんです。

これがいまの和装業界には存在しない。

20年前まではいたんです。天才的修整屋が。

これは、作家にとって大きなマイナスですね。

いまは、制作をたすける縁の下の力持ちがいない時代なのです。

いわばガチンコ勝負です。

それで意外にも、染織家は難を出さないノウハウを持っていない。

それはツラもそうですが、堅牢度などの着用後の問題に関してもです。

私の仕事も、難を頻発する作家にいかにして、難を出させないか。

その方法を提案するのも大きな部分を占めています。

例えばいくら太鼓柄がよくても前の柄との間の無地場にきつい織り段があれば、それは正反としては扱えません。

じゃ、どうすればいいのか。

無地場がきちんと織れない人には無地を織らせないことです。

通し柄にするか、無地の花織りを入れて、見えなくする、あるいは糸遣いを変える。

最終的には意識を変える事も必要です。

どんな作家でも10本作って2反は難ありです。

それが手織りの世界であり、草木染めの世界なんですね。

久米島紬でもゆうな染になると10反見て、半分通りません。

織り段と絣足がネックになります。織りムラも多いですね。

あと、最終工程の洗濯でも事故が多い。

じゃ、どうしたら、効率よく作った物を世の中に出せるのか。

それには自覚と工夫と経験しかありませんね。

たとえ、私たち問屋が許したとしても、お求めになったお客様はその作品を着て人前に出られるのです。

そのときに、問われれば誰が作ったのかをおっしゃるかもしれません。

そして、貴女が作った作品が難とともに世に知らしめられるのです。

それは、踏襲を『ふしゅー』と読んで馬鹿にされた麻生元総理と同じです。

ほんとうはすごくいい仕事をしていても、ただ一つの瑕疵によって、価値や評価を下げてしまうのです。

無論、私たちも歩留まりの向上には協力しますが、手作りの品物の制作にはどうしても、意識の向上というものが欠かせないのだろうと想います。

  
Posted by 竹齋庵 at 23:40Comments(1)

2011年02月15日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第6回目>

2−2新製品・サービスの開発プロセス

○ 優れた技術を開発することと、それを製品・サービスとして市場に送り出すこととの間には大きなへだたりがある。この両者の隔たりを埋めるのが、新製品・サービスの開発プロセスである。


まぁ、簡単に言えば、新しい技術をどうやって、実際に役立つものにするか、生活を豊かにするものにするかを考えるということですね。

たとえば、口の中でサクランボの軸を結ぶ事ができるとしますよね。それだけでは、すごーい!で終わりです。この舌のこまやかな動きを何に役立てるのかを考えるのがサービス開発のプロセスということです。何に役立つのか知りませんが(^^;)

図2−3に新製品・サービスの開発プロセスが書いてありますね。

1. アイデアの創出
2. コンセプト開発
3. 技術・収益性計画
4. 製品・サービス設計
5. 要素技術開発
6. 工程設計と生産準備
7. 市場導入

このプロセス全体を通じて、マーケティング・ミックスと連動して行くということです。

今回は南風原の絣をテーマにして考えてみましょうか。

1. アイデアの創出
 ここで行われるのは、いわゆるマーケティングリサーチというやつですね。雑誌やアンケート、業者間の情報などからアイデアを得るわけです。

この過程を通じて、『もっと安くて普段に気軽に着られる絣を作ったらどんなかね?』と思いついたとします。

2. コンセプト開発
簡単に言えば、『普段に気軽に着られる』というのはどういう事で、現実にどんな風に着てもらおうとするのか。

つまり、生みだそうとする製品がどんな『ライフスタイル』や『生活シーン』を提案できるのか、ということです。

それで、『普段に気軽に着られる』というアイデアをコンセプトに変換すると、

・ 家庭で洗える
・ 安価である
・ ケアに手間がかからない
・ 洋服の中に入っても違和感がない
・ 目立たない
などがあげられるのかと想います。

3. 技術計画と収益性計画

まぁ、こんなのは当たり前の事ですわな。

そのコンセプトを現実に形にするための技術があるのかどうか、そしてそれが、そろばんにあうのかどうかを考えるということです。

コンセプトを形にする為に、例えば『綿糸』を使うとしましょう。

南風原で綿を栽培して紡ぐなんてことはできませんし、当然コストも合わない。

綿を織る技術はありますね。綿糸を買えばなんとか南風原の中では染織は可能です。

次は、それが採算に乗るかです。

P39に出てきている製品コンセプトと連動する『ターゲット』『ポジショニング』はここで必要となってきます。

ここはポイントですよ。

いろなマーケティングミックスや開発プロセスの構成要素がありますが、それが登場してくるのは、いつどんなときか特定できないのです。それを考えつくのには『経験』と『情報』が必要です。

今回の新製品は安価なものですから、いままでの絣を買っていた人よりも所得の低い層を狙っているわけですね。

市場価格で仕立て上がって10万以下という感じでしょうか。

ポジショニングというのはその製品が市場の中でどんな位置をしめるかという事ですね。要は、『その製品の存在価値』の置き所という感じです。

縦軸に価格、横軸にフォーマル→カジュアルと取り、市場を割っていくと、
新しい製品は、低価格でカジュアルの右下の方に位置します。

いままでの絣から価格帯として2段階下げたものと位置づけるとします。

その周りにある商品群はなにか?

10万前後のカジュアルの着物・・・

手織りではありませんね。案外この部分の手織り製品はありません。

ということは、もしかしたら存在価値があるかもしれない。

それで、綿糸を手でかすり括りして、手織りで織って、市場価格10万でいけるのかどうかです。

無理ですね。

いくら大量生産して、効率を上げても無理だとします。

南風原の絣として伝統工芸品となるためには手投げヒを使わないといけません。

ここは、崩せない要素です。

ということは、絣を減らす、経絣だけにする。あるいは縞にする。

これでどうですか。

また、色を規格化して、5色にしぼって、大量に糸染めをする。

悪知恵ですが、糸の染色は外部委託する方法も考えられます。

それでだめなら、ポジショニングとターゲットを変えるのです。

現実とすりあわせしながら、市場における製品の位置を変えて試してみる。

この作業を繰り返していくのです。

4. 設計から試作・生産へ

上のようにして考えたプランを現実に形にしてみる作業です。

ここで、本当に実現可能なのか、できあがった商品を見て、競争の中で勝ち目があるのかどうかを、現実の問題として考えてみるのです。

できあがった、シンプルな綿の絣あるいは縞のきもの。

これが10万円で消費者に受け入れられるのか。

ここでも必要なのは、『経験』と『情報』です。

いままでは、問屋がこの二つを提供する機能を担ってきました。

いわば、作り手は市場活動において受動的な立場であったわけです。

作品づくりは能動的であっても、市場においては、問屋や消費者に選別され、指図されるだけの存在であった、それが現実の姿です。

しかし、これからは、自らの手で斬り込んでいかねばならない。

問屋が『こんなの作ってみたら』と言うのを『イヤ!』とか言っているのではなくて、自分で納得して自分らしさを市場の中に押し出す知恵を得る。それがマーケティングなんですね。

生産活動と市場活動は重なってはいますが同じではない。

市場を見ない生産活動は、闇雲にトロール漁船を出してエチゼンクラゲを捕っているようなもんです。

話はそれましたが(^^;)、糸や機に向いている目をほんの20度ほど上にあげて、市場を世の中を見てみる。これがマーケティングマインドの導入です。


5. 市場導入

この段階で、最終的に市場に投入されるわけですが、マーケティングはここでも終わったわけではありません。製品の売れ筋や売れ行きを見ながら、修整を加えてかねばなりません。マーケティングとは市場との会話です。同じ綿の絣でもどんな色がよく売れるのか、どんが柄が好まれるのか、季節によってそれは違うのか、もうすこしターゲットを高所得者層に変えてみようだとか、案外年配者が若向きの色を買っているから、それに向く色を増やしてみようだとか、いろいろ市場が教えてくれるわけです。そしてそれをまた上記のプロセスで組み立て直してみるわけですね。


作り手の中には、『私は作るのが好きでやっているのであって、売れても売れなくても良い』というなら、それはそれでいいのです。それも工芸家としてあってもよい姿勢です。ただ、マーケティングの発想法は染織家として食べていけるようになりたいと言う人の助けになるだろうと想います。また、売れない事を他人のせいにしている人には、自己を分析し反省する材料を提供するものともなるはずです。

大切な事は、作っている作品は消費者に着てもらって初めて命を得るのだという事です。いくら織ったり染めたりしても、着てもらわない着物は彫っただけで魂の入らない仏像と同じです。それはそれで観賞用として存在価値はあるけれども、本来の価値は発揮されないのです。

要は、自分の価値観・美意識の中で作り出された作品にどうやって『命』を吹き込むか、その作業工程と発想法がマーケティングなのだと考えたらいいと想います。

ただ、売り込むのでもなく、市場におもねるだけでもない。

自分を、そして自分の作品を正しく評価してもらうために工夫する術なのです。


  
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2011年02月14日

もずやギャラリー展示会のお知らせ

ようやく自作の暖簾も完成しましたので、展示会をやりたいと想います。

もちろん、暖簾の展示会ではなくて、着物の展示会です。

期日は

平成23年2月27日(日)〜3月1日(火)の三日間です。

今回は、お遊びと勉強会をかねて、沖縄文化へのご理解を深めて頂く会にしたいと想います。

いろんな、資料やビデオを見たり、沖縄のお菓子やお茶、泡盛を飲みながら(もちろん、飲まなくてもOK)

ゆっくり遊んで頂く機会にしたいと想います。

場所は前回と同じ、弊社ギャラリーです。

今回は、暖簾がでていますので、場所がわかりやすくなっている?かと想います。

気軽に遊びに来てくださいね。

場所はここです。

http://mozuya.com/wan_dai_wu_zong_yan/wan_dai_shang_shi_zhu_shi_hui_she.html
  
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2011年02月10日

天然染料の堅牢度

友人のブログで質問があったのと、最近この件で思い当たることもがあったので、ちょっと書いてみます。

天然染料というのは大きく分けて植物染料と動物性染料に分かれます。

顔料は鉱物性という事になるのでしょうが、ここでは置いておきますね。

動物性染料は、コチニールやラック、貝紫などが有名です。

植物染料ではいろいろ種類が豊富ですね。茜や紅花、ヒルギ、椎、福木など、たくさんあります。

ここでは堅牢度の話をしますが、絹のような動物性繊維には動物性染料が、綿・麻・芭蕉のような植物性繊維には植物性染料が

相性が良く、発色も堅牢ども期待できるようです。

この堅牢度というのも、摩擦、日光、空気、など、何に対して強いのかというので内容が変わってきます。

染料の種類によって、性質は様々なので、個別に書いていくしかないのですが、ここでは省略します。

ただ、間違いなく言えることは、天然染料は堅牢度が一般的に低い、という事です。

化学染料と一緒だとおもっては絶対にいけないのです。

私は、琉球藍で無地染した紬を一重にして来ています。

これは、わざと色止めをしていません。

なぜかというと、天然の琉球藍の堅牢度を自分で実感してみるためです。

結論から言うと、半日着ていると、手首、足首、足袋はもちろん、襦袢、そして爪の間まで青くなります。

私の場合は角帯をしていますが、女性なら、帯に藍が付着するだろうと想います。

藍というのはそういう物なのです。

ただ、徳島の矢野藍秀さんの話では、天然の発酵建の阿波藍できちんと染めると落ちないのだそうです。

これも、近々、検証してみます。

弊社は永年、天然染料を駆使する染色作家とつきあいをしてきましたので、色の深みのすばらしさに魅入られながらも、

常に堅牢度の問題に肝を冷やしてきました。

ですから、断言しておきます。

天然染料は色が落ちます!

この前も、30年前にお買い求めになった茜染めの着物の色が落ちたといって来られたお客様がいらっしゃいました。

天然の茜をふんだんに使った、その作家の全盛期を想わせるすばらしい作品でしたが、それだけに色が落ちて、

襦袢にも色が移っていました。

こんなとき、私たち業者はどうするかといえば、メーカー(作家さん)と話し合って、応分の負担をしあって

修整するのです。いくらお客様に事前にご説明させていただいたとしても、無料の対応となるわけです。

普通に考えてください。

こんな事をしていて、割が合うと想いますか。

合わないです。

ですから、後染の世界では天然染料100%というのはほとんど存在しません。

先染の場合は、摩擦堅牢度はほとんど問題になったことがありません。

それより怖いのは、日光と空気に対する堅牢度です。

植物染料を多用する人間国宝にもなっているある作家の作品は、退色がひどくて大問題になっていると聞いた事があります。

色焼けと言うよりも、色が飛んでしまうのです。

ですから、それを解っている作家さんは、様々な工夫をされています。

染料の選択はもちろんですが、組み合わせ方や媒染、そして適宜化学染料を組み合わせる事も選択肢に入れます。

これには科学的データが必要なので、その面で沖縄染織における沖縄県立芸大、琉球大学の存在は非常に大きいと想います。

つまり、堅牢度に関しては、趣味の延長の仕事では決して対応出来ないと言うことです。

伝統染織の裏付けのない個人作家さんは、よほどの研究と用心をしないと、堅牢度の問題に突き当たるのです。

消費者の方々も同じです。

天然染料は、堅牢度が弱いだけでなく、色落ち、色うつりがある、そう想わなければならない。

私のような草木染を永年扱っている業者は、その怖さを熟知しているので、あくまでも『通常の着方をする分には差し支えない』

ように、出来るだけの対処をするということです。

たぶん、他のメーカーもほとんどは、クレームにならないように対処していると想いますが、一番の問題はクリーニングです。

昔の紅型でもよくありましたが、天然染料使用という事を知らないでやると、色が飛んでしまう事があります。

ですから、天然染料使用と聞いている着物であれば、かならずお買い求めになった呉服屋さんか、信頼できる加工屋さんに頼んでください。

安いからといって、ちまたのクリーニング屋とかに出すと、取り返しのつかない事になってしまいます。

それで、結論として、天然染料をつかった着物を身につけるとき、何に気をつけたら良いかというと、一番は『あまり神経質にならない』事だと想います。

藍染の着物に白っぽい帯をするなら、間にサラシを巻かれたらいい。

足袋が、青くなっても、それはすぐ落ちますし、天然藍の証拠だと想ってください。

インディゴを染めるときに入れる劇薬の怖さを知っていれば、そんなことは何でもないような気がします。

どうしても気になるのであれば、バインダー加工をするという手もありますが、それでも完全には止まりません。

私は後染製品ならば、完全には止まらないという事をお伝えした上で、この加工をお勧めしています。

これをすれば、意図的にこすり取ろうとしないかぎり、簡単には色落ちしないと想います。

先染に関しては、タンスにしまわないで長時間放置しない、ということです。

長時間というのは、何週間も、ということです。

私たちが主に気づくのは、タペストリーの変色を見るときです。

着用したり、陰干しをしたら、常識的な範囲で、タンスにきちんと収納するということですね。

あと、案外知られていませんが、タンスに入れる樟脳が原因になっている場合が多々あります。

樟脳に反応して、退色する事があるということを強く意識してください。

天然染料を使用した着物と同じところに樟脳は入れない方が良いです。

絹にはムシはつきません。食べるのはウールだけです。

最近のムシは贅沢で、カシミアしか食べないとも言われています (^o^)

入れるなら、タンスの一番上の棚の四隅のみ。

あとは要りません。

パラジクロロベンゼンは化学薬品だということを忘れないでください。

堅牢度を含めた繊維製品の品質については、日本の繊維産業があまりに優秀過ぎたために、消費者の基準が厳しくなりすぎているような気もします。

傷が無くて当たり前、色は落ちないのが当たり前。

我が国の繊維産業はこれらの問題と真正面から戦って克服してきたのです。

でも、天然のものはそうはいかないのです。

立ち向かうのには化学の力が必要なんですね。

色のついたタオルが開発されたのも、ついこないだの事なんですよ。



色も話も『落ち』が無いようで、すんまへん  <(_ _)>





  
Posted by 竹齋庵 at 20:09Comments(0)

2011年02月09日

着物の『商標』と『内容表示』について

私の友人のブログを読んで、この件について考えてみました。

『汗と涙の着物生活』
http://blog.goo.ne.jp/asochan0930/e/7923759f15fd3864c41baee8692f3e8b?st=0

このブログの本文では『千総』の着物がテーマになっています。

千総の着物の様に表示されているが、それが買ったお店によって違うということです。

これ自体は、とても問題なのですが、それ以上に大きな問題だと想うのは、リサイクルに回った後の事です。

かつては、着物は商人の手から一度消費者に渡ると、その家の中かせいぜい知人までの間柄の中でその生命を終えていました。

ところが、今は、中古車の様にリサイクルに渡り、消費者に渡り、そしてまたリサイクルへ、と商品の流れが複数回にわたって逆流して

くる時代なのです。
 
 私は、リサイクル屋ではないのですが、このことは、モノの正常な流通と消費者の利便性から言って捨て置けない問題です。

とくに、紬の場合は、痛みも焼けも発生しにくく、永年にわたって流通と消費者の間を行き来する事も想定されるからです。

たとえば、リサイクル店に『琉球絣』として売られていたとしますね。

絣の柄は、よくあるポピュラーな沖縄のものです。

店員もそう信じ切っている。消費者もそう思う。

でも、私が見たときに『あ、いい米琉』ですね、と言われてしまった。

私が見れば、解ります。

本来、それが南風原で織られていても、米沢で織られていても、たいした問題ではないのです。

でも、消費者の業界に対する不信感は大きなものになる可能性があります。

むかし、お会いしたことのないお客様から、売り場経由で『祖母から沖縄の物としてもらったのですが、本島に沖縄のものでしょうか』

と品物を見せられたのですが、私を始め、弊社のベテラン社員が全員一致で『沖縄物ではない』という判断をしました。

それは別にその品物をけなしたわけでもなんでもないのですが、結論を聞いたお客様はひどく怒られたそうです。

宮古上布でも、宮古上布の織り子さんで宮古上布の古布を集めている人がいらして、その人が京都の『今昔西村』で購入されたものを

数点見せてもらったことがあるのですが、明らかに宮古上布であろうというもの、もしかしたら違うのではないかと想われるものがあり、

私も、その織り子さんも、ベテランの作り手さんも見分けがつかないのです。見解は一致しているのですが、断言できないというレベルです。

古い物は特に、別の産地で似たような物が作られていたりしたこともあったでしょうし、宮古上布も売れない時代には後で彩色して

色大島のようにして売っていたりした時代もあったりで、とても複雑なのです。

ちょっと、話は脱線しましたが、要は、一度仕立てられてしまうと、ルーツが追跡できないという事です。

どんなプロでも50年前の布まで判別はできないと想います。

とくに、今は原料(糸・染料)の産地が共通の場合が多いので、焼き物のようには行きません。

技法が産地の特色だと言い切れないことは、全国で花織が織られていることでも明白です。

これじゃ、訳がわからないというか、リサイクル市場は、大阪で言う『あてもん』になってしまいます。

それで、産地自体が問題意識を持っているか、といえば全然です。

組合や問屋は売れればいい、はっきりさせない方が、商売がしやすい、位に想っています。

ここが、この業界の病巣です。

方便を使うことはあっても、真実を曲げてはいけません。

そこで提案ですが、組合や作家の手元から出される場合は、そのときに、タグを付けてはどうでしょう。

仕立て屋さんの場合は、どこで仕立てたかが解るように、裏側にタグが縫い込まれてきます。

できることなら、伝産協会から、伝産マークとともに配布すれば良いのです。

そこに内容を証明できる機関の電話番号も記載しておけばいい。

『そんなもの、剥がして付け替えたら終わりやん』と言われるかもしれませんが、やらないよりずっとマシだと想います。

訪問着や留袖の場合は作家名や落款が入る場合が多いので、わかりやすいと想いますが、巻物=小紋や紬などは

仕立てられてしまえば、解らなくなってしまうのですから。

リサイクル業者さんに、見分けられる鑑識眼を持って欲しいといのは、無理な相談だと想います。

商標の問題もそうですが、内容表示に関しても、明確・明瞭・正直を徹底するために必要なことは、一にも二にも

産地と作家の勇気と決断です。

偽物や虚偽表示の商品が出回っている事が解っていても、それを糾弾しようとしない。それが産地の現状です。

どうしてそういう事になるかというと、流通業者への配慮ということになっている訳です。

流通業者も解っていても、平気で偽装表示を繰り返す。

正直に表示した物が、偽装表示した物に価格競争で負けて、潰される。

これが、この着物業界の恐るべき実態です。

例を挙げれば、袋帯には、一部装飾の為の糸にポリエステルが使われている事があります。

高級な袋帯でもそうです。

名の通った真面目なメーカーは絹何%、ポリエステル何%と表示しています。

ところが、そうでないメーカーも存在する。

ポリエステルを使っていても、絹100%と書いてある。

消費者は、『絹100%でこの値段なのに、なんでポリが入っている帯がこんなに高いねん』と想うでしょう。

また、それをきちんと説明できる店員も少ない。

外国産であっても、優れた技術を駆使しているものもあるのに、それをきちんと説明できないのです。

それはどうしてそうなるかというと、『値打ち』と言う物に確固とした見識がないからです。

真実を語って、消費者に納得してもらえる自信があれば、出来るはずなのです。

でも、現実には『正直者が馬鹿を見る』事になり、『悪貨は良貨を駆逐する』事になってしまっています。

ですから、繰り返しになりますが、まずは作り手が勇気と信念を持つことです。

首里織の場合は、使用染料が植物なのか化学なのかも記載されています。

それは、その作家が悩んだ末の結論で、その染料を選択したという事だからです。

植物染料だから良い色が出るわけでもないし、化学だから悪いなんて事は無いわけです。

この『商標』と『品質表示』は業界正常化の第一関門であり、最後の決戦地でもあります。

私は、そんな志と自信と信念を持つ作家さんや産地としっかりタッグを組んでいきたいと想いますね。 (^o^)
  
Posted by 竹齋庵 at 22:38Comments(0)

2011年02月09日

醜悪な紅型柄プリント

毎月、沖縄の情報誌が送られてくるのですが、今月は冊子とともに、CDが同梱されてきました。

たまにあるのですが、お店で流してPRしてくれ、という事なのでしょう。

ポスターもついています。

音楽を聴いてみると、民謡系ポップスということで、こんな衣装なのでしょうが、

こういう類の人たちが着ている衣装はあまりにも醜悪です。

沖縄に観光にくれば、紅型衣装を着ている姿は必ず目にするでしょうが、その大半というよりすべてが

『紅型』とも呼べない化繊にプリントされたものです。

本物が観られるのは国立劇場くらいで、あとは全部偽物どころではない、別物です。

あの衣装たちは、舞踊用として売られているもので、公設市場でも買うことが出来ます。

そして、町中に氾濫する紅型柄のPOP,看板、ラベル、布きれたち。

知らない人はあれが紅型だと想ってしまいます。

京都なら京友禅を着ている人を見ることはできるでしょうし、加賀でも高級クラブやお茶屋に行けば見れるでしょう。

でも、ほんまもんの『琉球びんがた』を着ている姿はどこで見られますか?

国立劇場以外で存在するなら教えてください。

着物はてんぶすか博物館で見られますかね。せいぜいそのくらいです。

ということは、沖縄を訪れる人たちがみる紅型のすべてはあの醜悪なプリントだという事です。

私のような沖縄フリークでも、目を背けたくなります。

絣も同じような状況ですね。でも、絣はまだこましな民謡酒場に行けば見ることが出来ます。

それでも、首里の絣となればびんがたと同じですね。

これはどういうことかというと、びんがたは沖縄のイメージとして使用されているけれども、そのすばらしさは全くアピールされず、しらされてもいないと言うことです。

私とて、本物の『琉球びんがた』を来た人にどこで会えるのか知らないのです。

たぶん、舞踊関係の大きな行事や国や県の行事なら、着て出るのでしょう。

那覇の大綱引きの上の時、綱の上で手を振っている琉装の女性がいますが、あれはそうなんでしょうか。

仲井間知事も、選挙で勝ったとき、どうして琉装の女性をそばに置かなかったのでしょう。

だれがどう考えても、紅型は沖縄の代表的造形です。

紅型の柄を観たら、たいていの人は沖縄を連想するでしょう。

そんな大切な沖縄の財産が、見るも無惨に食い散らかされているのです。

県民に、『もうへんてこりんな紅型もどきは使わないでください』といっても、それは無理なことでしょう。

だったら、もう少し、ほんまもんを見せる機会を持てないもんでしょうか。

販売にあたっていると身にしみますが、作品を観ないうちから『私、紅型は嫌い』というお客様が結構いらっしゃるのです。

それでも『まぁ、まぁ』と言いながら、ご覧いただくと、目を丸くして『こんなのが紅型なんですか?』とおっしゃるのです。

これは大げさに言っているのではありません。

いかに、沖縄であちこちに貼り付けられているエセ紅型が、本当の紅型のイメージを毀損しているか、ということです。

前に香西かおりのコンサートを観に行ったときに、彼女が着ている着物が化繊でがっかりした覚えがあります。

でも、彼女も、テレビに出るときはきちんとマシな着物を着るのです。

自分たちの文化は、自分たちで愛して、自分たちで知ってもらおうと想わない限り、人に伝わることなどありません。

大阪も、沖縄と同じような傾向があって、大阪のイメージといえば『たこ焼き』『よしもと』となってしまっています。

でも、ほんとうは大阪には世界に誇る歴史と文化があります。

それを府民はわかっていないし、わかろうともしない。

これから、我が国は文化立国への道を歩んでいくことだろうと想います。

そのときに大切な事は、自らの文化を正しく語れる事です。

沖縄は京都とならぶ日本の染のメッカとして、高らかにその存在を宣言せねばなりません。

東アジアに燦然と輝く『美の王国』を築き上げねばならないのです。

その国は大きくなくても良い。

世界にただ一つの美の形を発信し続ければいいのです。

そのエースが『琉球びんがた』であると私は思います。

みんなで、この大切な宝物を守っていきましょう。
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Posted by 竹齋庵 at 06:41Comments(0)

2011年02月08日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第5回目>

第2章価値形成のマネジメント
2−1 製品サービスとは何か。

Navigationは飛ばしますね。

ここでのキーワードは『便益の束』ですね。

『便益の束』とは

消費者が問題の解決を期待する複数の製品・サービスの固まり

の事です。

『束』とは上手く表現していますね。

それで、

顧客とサービスの関係は、購買を行う前に製品・サービスの知識を得る段階から、使用した後に製品・サービスを廃棄する段階にまで及ぶ。

すなわち、顧客にとって製品・サービスとは、認知し、取得し、使用し、廃棄するものなのである。


ということは、買いやすさ、使いやすさ、使うメリット、あとのフォロー、捨てやすさまで、含めての『便益の束』だという事ですね。

ターゲットとする顧客は何を求めているか、競合他社はどのようなサービスを提供しているかといった問題を見極めながら、どのような『便益の束』を提供するべきかを決定していくのである。

じゃ、ちょっとケース・スタディしてみましょう。

宮古上布を題材に取りますね。

まず、宮古上布のターゲットは?

ん百万する盛夏用の麻織物ですから、もちろんかなりの富裕層の女性ですね。

かつ、着物が好きで、着る機会があって、自分で着れる人、という事になりますね。

宮古上布が消費者に与えられる便益とはなにか。

まずは、重要無形文化財としてのネームバリュー=所持する喜びでしょうね。

あとは、涼しいこと。

三世代、100年は着用できると言う信用。

その他は?

基本的に針の穴ほどのマーケット・サイズですから、露出が高い必要はないと想います。

それで、例えば、宮古上布が欲しいという消費者が呉服屋さんの店頭に現れたとします。まぁ、たいていは在庫などないでしょうね。琉球染織展なら、おいてあるかもしれない。

でも、重要無形文化財の宮古上布となると、藍の十字絣のみですね。それなのに、たいていは会場に1〜2反あるかないかでしょう。

これは、選択する、見比べて楽しむ便益を阻害している事になります。

お求めになって、着用いただければ満足されることでしょう。

宮古上布は麻織物ですから、シワになります。

着用すればシワになる。これは至極当然の事です。

そして、だんだんとクタクタになってくる。

これを直すにはどうしたらいいですか?

夏にクタクタの着物を着ていたら、いくら宮古上布でも清涼感は半減ですよね。

真夏は良い着物をピシッと着て居てこそ美しい。

キネタ打ちをし直したら直るんじゃないですか?

そんなこと、呉服屋さん、知ってますかね?

そんなサービス、宮古上布の産地として提供する体制はありますかね?

私達、問屋の在庫も、だんだんと反末がクタりかけてきます。

ん百万もする着物が、あとのフォローが無視されているんです。

すくなくとも、万全の体制をとっているとは思えません。

それと、消費者の他に、もう一つ問屋という客がいますよね。

問屋は在庫を抱えて、小売店の店頭や催事に宮古上布を持って行くわけです。

高価な夏物ですから、そうそう簡単には売れません。

そのうちに、反物を入れてある紙箱がボロボロになってきます。

ん百万する着物がボロボロの紙箱に入っていたら、それはまずいのです。

高級品は高級品なりのパッケージも必要です。

木箱にするだけで、長い流通に耐えることはできるし、値打ちもあがろうというものです。

和装業界が長い流通で、消費者の顔が見えにくいことに問題があるとは想いますが、見ようともしないことは大いに問題だと想います。

『サービスの束』が、高級品にしては細すぎるという事です。

宮古上布のイメージ作りも必要ですし、やることはいくらでもあります。

それを今までは問屋が肩代わりしてきたのですが、これだけ沖縄物が世の中に出回った後では、本気になって肩入れしてくれるところは、おそらく出てこないでしょう。

売れなくなったら、ポイ、です。

ポイされた今、ものづくりの命をつないでいくのは、作り手しかいません。

あるいは、宮古上布を誇りに思う宮古島の人でしょう。

大々的なキャンペーンなど必要はないのです。

問屋や小売店が安心してお客様にお勧めでき、消費者の方が満足と信頼を持って着用を重ねられる体制を作る事が作品の品質とともに重要な束の一つになると私は思います。

いまの、伝統染織はつくることにあまりにもかまけていた。

製品の周りにあるサービスも、品物のうちだとの意識改革を早急にしなければなりません。
  
Posted by 竹齋庵 at 21:29Comments(0)