明日から沖縄です。

渡辺幻門

2013年11月25日 20:56

久しぶりですが明日から沖縄に行ってきます。

30日(土)午後の便で帰ります。

正味3日ちょっとの訪問活動ですが、精力的にまわりたいと思っています。

北部には行く時間がたぶん無いと思うので、今回は中南部中心です。

電話でアポイントを取った感じでは、やっぱりというかちょっと停滞気味の様なので、じっくり話をしてきます。

前の方もどんどん売り先が細ってきているし、消費税増税による需要減も予想されるので、今回の仕入れはひと工夫必要でしょうか。

祖国復帰を果たしてから、染織界を引っ張ってきた人達がそろそろ引退し始めて、第二世代・第三世代になってきましたが、ここいらで、いままでの歴史を振り返って反省する事も必要かと思います。

今日、訪問の資料あつめがてら、昔の見本を見ていて思ったことは、確かに作風は洗練されて、生産は安定してきているのでしょうが、染織としての実力は落ちているな、という事です。

昔のは荒っぽいけど、工夫してあって、とても面白い。無地にしてもいろんな色にチャレンジして、エネルギーを感じます。

いまは、すぐに金にならない仕事をしたがらないせいか、マス見本を造る事さえ拒否されます。

作り手の参考になるようにと、資料や見本を渡しても、それを土台にした作品を造ってきた試しがない。また、同じような作品を造って同じように私を失望させるのです。

ここに来て、やる気がある産地、やる気のある作り手とそうでないのがハッキリと色分けされてきている様な感じがします。

私の言うことを聞け!というつもりは全くありませんが、良い作り手ほど、芯がしっかりしていてその上で素直で柔軟です。

聞いたことを形にする能力がある、という方が当たっているのかも知れません。

昔の作品の片々を見ていると、『今の人は本当にやる気があるんだろうか?』とさえ思ってしまいます。

もちろん、復帰直後に活躍された作り手の人達も、お金を稼ぐ手段として仕事をしていたのは同じでしょう。

でも、それは自分の技量の向上や創意工夫を前提としていたはずです。

いまは、それが感じにくい、と言わざるを得ません。

行く前からこんな事を書いて、ケンカを売っているみたいですが、これからの沖縄染織の事を考えると、心配にならずにはおられないのです。

もちろん、それは作り手だけの責任ではないでしょう。

私達問屋も、産地に方向性を示してきた自治体も罪は深いと思います。

作品の優劣に対して何の正当な評価をせず、ただ数だけを造らせてきました。

それで、工夫しろ、情熱を持て、という方がむりなのかも知れません。

何の個性も感じられない、作り手の情熱が伝わってこない、のっぺらぼうな作品ばかりになってしまったのは、同じように感性も情熱もない繋ぎ手の責任でもあります。

物作りは楽しい。その楽しい仕事をして、お金がもらえたら最高!

もちろんそうですし、そうでなければなりません。

でも、ここまで市場が成熟してきたら、もう一歩踏み出さなければいけません。

大阪弁でいうなら、

『ちょっと一発、いわしたんねん!』

という気持ちが必要だと思います。

つまりは、

ビックリさせてやる!感動させてやる!という挑戦的な気持ちです。

売る作品を造ろうとするから、手も目も頭もびびるんです。

そうじゃなくて、自分の感性イッパイイッパイのところまで追い込んで作品にしてみる。

そのためには、前述の『聞いたことを形にする力』が必要なんでしょう。

私は、沖縄の作り手は基本的にインプットが非常に貧弱だと思います。

物作りに必要となる美を吸収する機会がすくなく、またそれに対して消極的すぎます。

もっともっといろんな作品をみて、交通費がなければ、図書館で図録を見ても良い。

県内の作家さんを訪ねて作品を見せてもらっても良い。それは染織だけでなく、絵でも陶器でも良いんです。

また、文学を読んだり、美しい音楽を聴いて、感性を研ぎ澄ますことも必要でしょう。

インプットをしないで、良いアウトプットがでる訳がないのです。

そんな天才は1万人に一人です。

内地の作家さんは美術館に出かけたり、いろんな染織展をみたりして勉強されていますよ。

それ以下の事をしていて、遠く離れた沖縄で、勝てる道理がないのです。

今はもはや、沖縄染織は珍品ではなくなりました。

上手に造るだけでは、ダメな時代になったんです。

そこで必要とされる物は何か?

遠く離れた沖縄の産地で、どうやって数多い内地の作り手に対峙していくのか?

沖縄は作り手が多い分、一人一人の生存競争は厳しいものになると思います。

今回は、情熱と才能に溢れた若い作り手を出会えれば良いな、と思っています。