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  | 羽曳野市

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2013年05月02日

西陣に学ぶ〜流通在庫問題

昨日、ある帯のメーカーさんとしていたときに思った話です。

昔、私がこの業界に入った頃は、呉服業界というのはある程度の区分けがありました。

デパートは実用・高級・特選と別れていたし、問屋も別でした。

そのまた特選は、染め物と織物、そして帯が別々の問屋だったんです。

うちが持っている絵羽物や西陣の袋帯は売ってはいけないというデパートもあったんですよ。

それがだんだんと、オリジナルの物なら良いとなり、そこからさらに、売れるなら何を売っても良い、という風になったんです。

同じように染め物の問屋は染め物しかやらず、紬などの織物は扱いませんでした。

織専門のところも、友禅物の着物はやらなかった、というかやれなかったんです。

着物屋は着物しか売れず、帯は売れなかった。

帯専門の問屋というのがあったわけです。

それが、平成5年位からでしょうか、どの問屋が何を売っても良いとなったわけです。

着物屋も帯を売るようになった。

そうすると、帯専門の問屋は商売がしにくくなるわけですが、帯のメーカーは今までの帯屋と、今度は着物の問屋に品物を卸すようになる。

すると、いままでより流通チャネルが広がりますから、帯メーカーは一時は儲かるわけですね。

帯問屋は帯問屋で買うし、着物問屋はまた新しく帯を扱うということで、どんどん買う。

私が新人の頃は、着物が決まったら、帯問屋さんを呼んで帯を合わせてもらったんです。

それが、今度は、着物問屋で着物が売れたら、そのままその場で着物屋の在庫の帯を合わせる訳です。

ということは、帯問屋と同じかそれ以上の在庫が要るわけですよね。

そうなると、いわゆる『流通在庫』が着物問屋の分だけふくれあがるわけです。

今、帯の在庫を持っていない着物問屋なんてないと思います。

しかし、お客様の消費量が、それに従って増加するわけではありません。

一つの着物問屋ベースでは売り上げは上がりますが、業界全体としての最終販売額は変わらない。

帯メーカーの売り上げは増えるけど、消費者ベースでの販売額は変わらない・・・

つまり、流通在庫=売れ残りが大量に出るようになったわけです。

流通在庫を抱えた問屋はどうするかといえば、売り上げが思わしくないと、投げ売りをします。

着物屋は着物を正価で売って、帯は半額、時にはサービスで付けますよ、というような事をやり出したわけです。

それで流通在庫が減るかと言えば、そうではなかったんです。

問屋の需要、つまり仮需要をアテにして生産体制を拡大したメーカーは、大量に生産を続ける。

問屋は、一度安くした物を元に戻せないから、さらに拍車を掛けて価格訴求品として帯を使う。

そういう仕組みで、どんどん帯の値段は安くなり、良いモノがなくなっていったんです。


これって、ここ20年の沖縄とそっくりです。

沖縄は20年前から大ブームに入りました。

30周年がブームの頂点だったと思います。

ブライダル市場が縮小してフォーマルの着物が以前より売れなくなった事もあって、染め物の問屋が織物を扱いだした。

沖縄ブームとともに、織物ブーム・紬ブームが起こった訳です。

沖縄にも産地問屋が登場して、県と結びついて、大々的に広告宣伝をうち、内地の大手問屋と組んで、沖縄染織の大きなパイプを造ったわけです。

それ以前は、沖縄物といえば扱う問屋もごく少なく、生産量も限られていたんです。

それでも、復帰直後、10周年と沖縄ブームが来たら、その後は売れなくなって、産地は困っていたんです。

確かに、紅型の品質改良や織物のデザイン多様化で、沖縄染織は格段にレベルアップしたと言っていいでしょう。

しかし、あの爆発的な仮需要は、消費者の需要の変化と、それに対応した内地の問屋の構造の変化も大きな要因でした。

いままで、染め物しか扱っていなかった問屋が、織物、とくにそれまでほとんど出回っていなかった沖縄のモノを扱いだしたら、初めはバンバン売れるでしょう。

『沖縄物がよく売れているらしい』と聞くと、うちもうちも、となるのがこの業界です。

ブームがブームを呼んで、大きな『仮需要』を生んだのです。

それまで、入っていなかったパイプに入るんですから、産地は賑わうし、作り手も潤う。

ここまでは良かったんです。

ところがある程度市場が飽和してくると、今度は下り坂に入ります。

当然そういう時が来る。

しかし、西陣の帯と同じように、生産体制が拡大しています。

県は後継者育成事業として、作り手をどんどん育成し、組合もそれに続きました。

この20年で何倍になったのでしょう。

そして今、どうなっているかというと、広がったパイプの一本一本にびっしり在庫として残っているんです。

20年前、パイプの数が10だったとすれば、今は100、いや、300位になっているかもしれません。

その300のパイプの中に、流通在庫が溜まっているんです。

お話しした帯のメーカーさんの話では『そう簡単に流通在庫ははけない』という事でした。

産地から出て行くときには玉石混淆です。

良い作品も悪い作品も同じように流れていきます。

新規の需要というのは、買い付けする方も見る目がないから、売れにくい作品も仕入れされていきます。

ところが消費者の目は甘くない。

良くない商品はやはり滞留します。

つまり、長期に流通在庫になった物は、安くしても売れない『デッドストック』なんです。

さらに、消費者の方々は多くの沖縄染織品を見て、目垢もつき、飽きも来て、目も肥えてきている。

そこにいくら、デッドストックを安く提示しても売れない。

そういう状況なわけです。

信じられないとうなら、沖縄の方も京都の問屋をまわってみられたらいい。

織物問屋はもちろん、染め物問屋、帯問屋、小物問屋、あちこちに沖縄物が積んであります。

大手だけじゃない。ほんとうに零細な問屋にまで置いてあるのを何度も見ています。

私は商品を見れば、どこからどういうルートで入ったのかはだいたい想像が出来ます。

おいてある商品はだいたい決まっているんです。


嘆いていてもしょうがありません。

覆水盆に返らずです。

このままでは、上澄み=売れやすい商品だけが売れて、その他多くの標準以下の商品はすべて売れ残るという事になりかねません。

それはさらに事態を悪化させます。

西陣の苦境を見て、そこから学ばねばなりません。

何を学ぶべきなのか?

低品質化、低下価格化路線から即時に脱却し、自らの特性を活かした、オリジナリティ溢れる作品に特化すべきです。

産地ベースで考えてはダメです。

個人ベース、工房ベースで考えてください。

西陣織は、質・量ともに日本最大・最高の織物産地だったし、今でもそうです。

その西陣が永年の苦境にあえいでいる。

その産地の束の中から、頭ひとつ抜け出そうとしているメーカーのみが、今後も生き残るのだろうと思います。

景気が良くなって、西陣全体がまた往時の活況をとりもどすなどとは誰も考えていないのです。

ですから、沖縄の作り手のみなさんも、ブームや県や組合に頼らず、自分自身の力で、抜け出てきてください!

それが産地を救うことにもなります。

その他大勢で、おこぼれに預かれる状態ではありませんし、今の状況は何十年も続くでしょうし、もう永遠に変わらないかも知れない。

でも、今これを呼んでいるあなた一人なら、沖縄でも各産地何人かなら、抜け出して、盛んな仕事を続けられるかも知れない。

今からスタートしましょう!

あなたしか出来ない物を造りましょう。

良いモノを造りましょう。

個性ある物、オリジナリティのある物しか作ってはいけません。

今が、産地の存亡をかけた最大の勝負時だと私は思います。






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Posted by 渡辺幻門 at 14:34│Comments(0)迷作選
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