2012年10月18日
『商道 風姿花伝』第38話【復旧版】
【一、能に、強き・幽玄、弱き・荒きを知る事】
一昨日、長期の出張から帰還し、おかげさまで昨日48歳の誕生日を迎えることができました。
ありがとうございました。今後ともますます精進を続けますのでよろしくお願い申し上げます。
さて、ここで世阿弥はこう言っています。
幽玄が表現できるのは物まねの主体が幽玄に適しているからで、観衆が幽玄を望むなら、作家は幽玄に即した登場人物・題材を選んで書かねばならない。
着物でいえば、お客様が着物に対して持つイメージが京友禅の様な、はんなりたおやかな物であるなら、そういう商材を選ばねばならない、ということです。
着物ファンならずとも、一般の国民はキモノ=京都、と連想されることでしょう。
私も他府県の方と話をするときに、呉服業界の人間だというと、はじめから京都人だと決めつけられてしまっています。
大阪人=阪神ファン、というより強いかもしれません。
現実に、私は京都人でなく大阪人ですし、阪神ファンでなくてかつての近鉄バファローズファンです(でした)。
能=幽玄と思われていて、お客様もそれを望んでいるなら、それに応えた内容にしたほうがいいと言うわけですね。
だから、キモノのほとんどはいわゆる京風になっている訳です。
ところがどっこい、沖縄まで京風になってしまってきています。
これは問題ですね。
キモノ=京風=沖縄も京風でなければならない、とはならないはずです。
で、わたしは、壮大なる?実験をしてみたわけです。
仮説はこうです。
『伝統の美は普遍的である。地域や国を問わない。だとすれば、沖縄の伝統的な美も普遍的であるはずで、それはそのままヤマト人にも受け入れられるはずだ』
結論は、このブログの読者の方なら想像が付かれるだろうと思います。
仮説は実証されました。
では、キモノ=京風であるとすれば、京風のキモノのファンにも沖縄物は受け入れられるか?
伝統美が普遍的であるならば、受け入れられるはずです。
結論は受け入れられました。
京風と沖縄風。相反すると見えるような二つの染織に一人の顧客が双方を受け入れる。
これはどうしてか?
双方に共通する物は何なのか?
もちろん、双方とは京物でも一流品、沖縄物では弊社の作品群を指します。
美に共通する物は何か?
美とは何か?
それは『見て人間を心地よくするもの』ではないでしょうか。
美味しい物が世界共通であるように、美しい物も共通ですね。
それは、生物としての人間の中に心地よく入ってくる何かをもっているということです。
眼で見る物なら『心の栄養』になるもの、とでも言えばいいでしょうか。
そしてそれは何なのか?
私がいま思いつくところでは『しなやかさと力強さ』ではないかと思うのです。
私たちが景色として観る自然が、それをそのまま持っています。
その中に、身体の心地よさとか、ある意味での緊張感を持つ。
人間は美の中に、生命体としての意識をそのまま投影するのだと思います。
それは、暖かさであったり、明るさであったり、死生観であったり・・・
それは和琉共通です。そして、広い意味で世界共通です。
昔、近鉄バファローズに鈴木啓示という大エースがいました。
5年連続20勝を挙げていましたが、その後スランプに陥っていました。
その時、阪急ブレーブスから電撃的に着任したのが西本幸雄監督でした。
それまでは剛速球一本槍で、二段モーションで投げていた鈴木をよみがえらせたのは西本監督でした。
鈴木は、力投派から軟投派へ転換しようとして、ノーワインドアップ・モーションにし、流れるようなフォームになりました。
その時に、西本監督が言ったのは、
『美しいフォームの中にも力強さがなかったらアカンのや』という言葉だったそうです。
よみがえった鈴木は再度20勝投手に返り咲き、バファローズを初優勝に導くことになりました。
余談の様ですが、美について考えるに参考になる事柄です。
美しさと力強さがあって、そこにはじめて、『すごさ』が宿るんです。
『すごみ』という事ですね。
この『すごみ』こそが、世界共通なんだと思います。
世阿弥がここで言っている幽玄というのは、完璧なまでに完成された美です。
すごみをすでに持っている美です。
それを幽玄というのでしょう。
この『すごみ』を表現するにはどうしたいいのか?
私は小手先に頼らないことだろうと思います。
小手先で造った作品はすぐにわかります。
需要にすりよった作品もすぐに見抜けます。
すごみがないのです。
いかに作家さんが『すごい』作品を作り続けるようにするかがプロデューサーの腕です。
それには、その作家さんの一番好く表現しうる美をくみ取り、引き出し、提案してあげることなのだと私は心得ています。
2012年10月18日
『商道 風姿花伝』第33話 【復旧版】
【およそ、能の名望を得る事、品々多し】
上手な人は目の利かない観客から評価を受けるのは難しい。下手な人が目利きの評価を得る事も難しい。
下手が目利きの評価を得られないのは当たり前。
でも、本当に上手な役者なら、鑑識眼の無い観客にとっても面白い能を演ずる事は可能である。
そして、それが本当の『花』だ、と世阿弥は書いています。
この部分は、ちょっとトークと商品、両面から考えてみましょうか。
トークの場合、着物に詳しい、あるいは染織などの工芸に詳しいお客様に対応するにはこれは勉強するしかありません。
技法はもちろん、作者の意図、産地の歴史、用途、コーディネート、等々多角的に総合的に説明できなければ、決して満足していただけないでしょう。
でも、そんなお客様ばかりではありません。例えば沖縄の着物について全くご存じないお客様、あるいは、雑誌や本で誤った情報をお持ちのお客様、いろんな方がいらっしゃいます。
とくに、今は本当にたくさんの情報が飛び交っていますから、一通りの知識ならインターネットですぐに手に入ります。
業者もそんなことで勉強している人もおおいのだろうと思います。
どうしたら、様々なお客様にご満足いただけるトークができるか?
私は、産地に足を踏み入れずしては得られない、作家と深い付き合いをせずしては解らない、根っこの部分のお話がいちばん面白い、どなたにでも興味の持てる事なのではないかと思うのです。
私なら沖縄の歴史、風土、作家の性格、などをおもしろおかしく話をします。
時には笑いながら、時には怒りながら、独演会さながら、といった場面もあります。
前述の『切り取られた美』の、隠れている部分、切り取られてしまった部分の想像力を高めてもらうためのヒントを提供しているわけですね。
能で言えば『番組』です。
着物が好きな人で、自然が嫌いという人はいないと思います。
ナチュラリストとかいうのではなくて、自然の緑や花が好きな人は着物も好きなんだろうと思います。
美術館に入ったときに渡される音声ガイドか?というとそうじゃないんです。
いわば、美術館そのもの、なんですね。
絵の周りの環境や空気・・・これを話で演出するわけです。
私には私独特の芸風がありますから、あつかう品物もその芸風にあったもの、という事になるのかも知れません。
しかし、沖縄染織という十八番やはまり役があったとしても、他の演目もそれなりにこなすことはできるわけです。
そして、その話のおもしろさは風土=自然にあるわけですから、産地に行ったら必ずその地方の自然に十分に触れておく、そしてその地域の人となりも知っておくと非常に参考になるのです。
沖縄には沖縄の、京都には京都の、東京には東京の、工芸品を生んだ土壌、人間性というものがあるんです。
なるほど!と思うことも多いわけですね。
そこを自分の中で十分に整理して理解しておくと、作品の説明にも役立ちますし、物作りの助けにもなります。
次に商品です。
解る人には解るけど、解らない人には解らない・・・
そんな品物はたくさんありますね。
上等なものほど、その価値がわかりにくい。
特に織物はわかりにくい。
結城紬や宮古上布が何故、そんなに価値があるのか?着物に関心の無い人が見ても解らないと思います。
では、着物に詳しいといわれる人が本当に解っているのか、というとそれもどうか解りません。
反物を見て『宮古上布』と思うから、これは価値がある、すごい織物だ、価格もすごく高い、と連想するわけで、
何がどう優れているかというと、その制作工程が頭をよぎるからです。
でも、現実には着てみないと解らないのです。
でも、本当の本物はすごいのです。
見ただけで解ります。
でも、着物だけでなく、繊維製品というのは、かなり経験を積まないと見ただけで品質を判断することは難しい。
織りも染めそうです。
まぁ、焼き物だって同じですが。
では、誰が見ても良いものと解る染織品とはどういうものでしょうか。
私は、伝統を踏まえた上で、感性とか感度というものも大切にしていかなければならないものではないかと思うのです。
本質的な品質は本物のプロでないと見抜けません。
私のような20年選手でも、簡単にだまされることもあります。
でも、致命傷を受けない為にどうするかというと、そこに感性の採点欄を付け加えるのです。
染織の品質は染織を見る経験をつまないと解らなくても、感性は他のものでも得られます。
絵でもいいし、自然でも良い。もちろん、他の工芸品でもいいのです。
『着物は解らない』と思い込んでしまったり、『着物の選び方は普通と違う』と思い込まされてしまったりしないで、
自分の感性を信じて直観的に作品と向かい合ってみる。
鑑識眼のあるひとは必ず良い物をお選びになりますし、センスのいい人はやっぱりハイセンスな物を好まれるんです。
これは真実です。
着物をしっているかどうかは実は関係ないんです。
物作りもそうですね。
あまりに品質に拘泥しすぎて、感性への配慮が欠落している作品も多く見受けられます。
わかりやすさ、というのもとても大事なことなんです。
よく、この紬はなんたら亀甲というて、めっちゃ細かいんです、という説明を聞きますよね。
じゃ、なんでそのなんたら亀甲というのが値打ちあって、細かかったらええんですか?
それは、手間がかかるからです・・・・?
合っているようで違うんです。
手間がかかっているから高いというのはマルクス経済学の労働価値説ですかね。
そんな事は工芸や芸術の世界では本来関係ないんです。
どいういう理屈でそうなるのか解らないですが、ほんとうに精緻な技術を駆使して作った物は、目が釘付けになり、手を離せないくらいの魅力があるんです。
値段なんか見なくてもわかります。
もちろん、初めから解るわけではありません。
私も、仕入れをし始めた頃は何度も失敗していますし、今でも血迷うこともあります。
よくこの業界の『委託販売』制度が問題になりますが、なぜ買い取りしない委託販売が問題かというと、鑑識眼が育たないからです。
つまり、委託商品ばかりいくら売っていても、鑑識眼は持てない。消費者は鑑識眼の無い商人から物を買うことになるのです。
商人はすべて感覚に頼って、お客様に物を勧める事になります。
品質はどうやって見極めるか・・・ブランドとかラベル・証紙ということになるわけですね。
何がいいのか、全然わからないけど、これいいですよ、という感じになるんです。
最近、更紗とか江戸小紋とか沖縄物以外もやりはじめましたが、本当にしっかりしたものづくりの過程を経た物は、ほんとうに良いんです。
やってみて、深く確信しました。
感覚なんていうものはいい加減なもので、自分の経験の中でしか、判断できないんです。
では、高度な感性をもった品物を、売る商人、買う消費者が判断するにはどうしたらいいのでしょうか。
私の場合はこういうプロセスを踏んでいます。
江戸小物の場合の話をしてみましょうか。
まず、店頭に並んでいる江戸小紋をじっとみる。
江戸小紋といえば、伝統染織で、何百年も歴史がある。
なのに、こんな安い値段で売り場に転がされている。
何故?
もう一度、二度、三度、何度もじっと見てみる。
魅力が無いことが解ってきます。
でも、私たちもそうなんですが、本当の良い物は簡単に見る事ができません。
私たち商人の方が、見にくい。消費者の皆さんならデパートへ行って、第一人者の作品を見せてください、といえば見る事ができるでしょう。
でも、まずは、そのあたりにある物で良いのです。じっくり見てください。
私は、『これは、きちんと造っていない、江戸小紋の魅力に気づいていない人が指図しているから、こんなものしかできなんだ』と思ったわけです。
紅型もそうですね。紅型の魅力が解っていない人が指図すると魅力無いものしか出来ないのは当然です。
それで、江戸小紋について勉強してみるわけです。
そうすると『ちゃうやんか』と気づくわけです。
私が見ていたのは実は江戸小紋ではなかったんです。
もどき、というやつです。
伝統工芸というのは起承転結、因果応報がはっきりしていて、工程があるから、結果としての美がある。
しっかり手抜きをしないで造れば誰が見ても良い物はできるんです。
伝統の力というのはそういうものなんです。
だから、手間というのは大事なんです。
手間というのは簡単に言えば、球形の彫刻をつくってやすりを掛けようなものです。
やすりで丁寧に擦れば擦るほど、キレイになる。
たとえ多少いびつになっても、なにかしら魅力的な造形になるんです。
これは不思議なんです。だから手抜きの工芸によいものはないんです。
単純作業でも、丁寧に丁寧に手間を重ねれば、それ自体が魅力を醸し出すことになる。
手の魅力というのでしょうか。
だんだん、何を書いているのか解らなくなってきましたが(^^;)、
何が大事かというと、まずは、作品をジッと見るということです。
それまでに入っている情報をすべて頭からのけて、ジッとみる。
黙って集中してみる。
同じ事は商人にも言えて、お勧めするときにお客様のお顔やお姿はもちろん、作品を一瞬でいいから、ジッと見て勧める商人でないと信頼できません。
物を見る感性を養うこと、そして感性の高い作品を生み出すこと、双方に必要な事は、観察=ジッと見る、という事だと私は思っています。
2012年07月01日
『商道 風姿花伝』第29話
ここでは、天竺での猿楽の始まりと称して、釈迦が祇園精舎を建てたときの祝いの席で宴席しているときに、邪魔するものがあり、舎利弗の知恵で六十六番の物まねをして追い払ういきさつを記し、これがインドでの申楽の始まりだと書いています。
我が国での商売の初めはどういう事になっているのかは知りません。
商売の神様といえば『戎さま』ですね。
大坂では『えべっさん』と言われて、西宮戎神社が一番古いというか元だと言われています。
戎というと夷。
堺には戎町という地名があります。
ほかの土地の商業地区にも戎町というところがあると思います。
戎というのは夷で、外からやってきた野蛮な人達のことを言うんでしょう。
あと商売の神さんというたら、このへんでは生駒の聖天さん。
これは歓喜天。インドのガネーシャをまつっています。
生駒というのは『夷駒』なんですよ。
聖徳太子が仏教を国教にしてから、仏教への帰依を拒む人達が追われて山の上に逃げたり、環濠集落をつくった。
この中に住んでいる人達は夷=戎です。
堺もそうですが、奈良の今井町や近江にあるような環濠集落は全部そうなんですね。
だから、古い商家には神棚があって、仏壇はご先祖さんに手を合わせるだけ、というのが多いんです。
戎たちは、耕作地を与えられませんから、魚を捕るか、木・竹などの自然のモノを加工するか、それを売るか、芸をするか、で生計を立てていたわけです。
能=申楽がインドに起源があるということですが、日本の今でも基幹産業となっている金属工業もインドからの流れを継いでいるんだと私は思っています。
お釈迦様はシャカ族の王子ですが、そのシャカ族というのが世界中に散らばって、シャカとかサカイとかいう町を造って、そこでは金属工芸が盛んなのだそうです。
堺が鉄砲の生産地となり、世界一の刃物をつくるのも、そういう歴史的な土台があるからなんですね。
産地があって、商売が生まれるわけです。
堺は鉄砲も造っていたんですが、一番のポイントはマカオからの硝石の輸入を独占していた事です。
鉄砲自体は近江や大和でも造られていました。
でも、硝石=火薬がなければ鉄砲があっても弾が飛ばない。
だから、堺だったんですね。
太古の昔から、難波津や堺の港に入った世界中の品々は、竹ノ内街道を通り、奈良、明日香、京へと運ばれました。
竹ノ内街道というのは日本最古の国道です。
一番大事なのは塩です。
千利休はとと屋という塩魚屋でしたが、塩魚は塩がなくては造れません。
塩がなくては人間は生きていけませんが、奈良や京都では塩は取れないと思います。
都はもとより、戎として追われ、山中で採集生活をしている人達にも塩を届けたのは商人だったはずです。
我が国は、水や草はどこにでもありますが、命をつなぐのに不可欠な塩は海にしかありません(岩塩もあるでしょうけど)
我が国で人がまんべんなく住もうと思えば塩の流通さえあればなんとかなるわけです。
長野や岐阜などの海のないところでどうやって塩を手に入れていたのか、どこの商人が持って行ったのか非常に興味深いところです。
幕藩体制が敷かれてからは、それぞれの藩がやっていたのでしょうが、初めからそんなものがあったはずはなくて、どうしても必要だから遠くから持ってきた高い塩も買ったはずです。
海水を砂場にまいて造る訳ですから、ボロもうけです。
でも、農産物は潮を嫌いますから、塩づくりは農民には出来ない。
海の民の限定職です。
士農工商。
漁民は入っていませんね。
工商の民は自然のモノを採取したり加工したりする海の民で、限定職だったんです。
海の民だからあっちこっち出向くのも平気だし、拠点を移して商売をしたりするんです。
いわば自由人ですね。
日本中にある堺町とか堀の周りに柳が植えられている土地は堺衆が移り住んだ所だと言われていますし、伊勢丹や松坂屋の名のあるとおり、松阪商人はお江戸でお店を持つのを目標にしていたし、近江商人の活躍はご存じの通りです。
塩の他、薬なども商人が全国に売り歩いたものですね。
衣料や蚊帳などになる繊維製品も特産的な品物で、持って行かなければ生活できない土地もあったのです。
いまでこそ、モノが溢れ、流通が整備されて、商人など要らない、メーカーだけあればいいという人もいますが、元々の商人というのは日本各地で生きていく上で必要不可欠な存在だったんです。
商人が自分の近くで取れたモノを遠隔地へ持って行く、その遠隔地やその途中でで仕入れたものを、地元でも売る。
そうやって、モノも文化も運ばれて日本という国は形成されていったんです。
北回り船がモノだけでなく文化も運んだことは良く知られています。
商人というのは土地に縛られない自由な存在です。
困っているときに足下を見られたり、高い値をふっかけられたりする商人がいれば、いろんな中傷を受けたりもするでしょう。
でも、基本は、『モノと共に文化も運んで人々の暮らしを豊かにする』のが商人の仕事です。
農民が土地を持っているようには、商人には身分や財産の補償はありません。
お金など、為政者によって価値が変えられてしまえばそれまでです。
大名貸しも何度踏み倒され、どれだけの商人が武士の横暴に泣かされてきたでしょうか。
だからこそ、神仏にてを合わせ、生活を慎ましくし、つねに謙虚に3Sを大切にするのです。
3Sとは『始末・才覚・信心』です。
奢らず、高ぶらず、腐らず、常に淡々と『牛のよだれ』のように商いを続ける。
私も、毎日念じて、心がけています。
我が国での商売の初めはどういう事になっているのかは知りません。
商売の神様といえば『戎さま』ですね。
大坂では『えべっさん』と言われて、西宮戎神社が一番古いというか元だと言われています。
戎というと夷。
堺には戎町という地名があります。
ほかの土地の商業地区にも戎町というところがあると思います。
戎というのは夷で、外からやってきた野蛮な人達のことを言うんでしょう。
あと商売の神さんというたら、このへんでは生駒の聖天さん。
これは歓喜天。インドのガネーシャをまつっています。
生駒というのは『夷駒』なんですよ。
聖徳太子が仏教を国教にしてから、仏教への帰依を拒む人達が追われて山の上に逃げたり、環濠集落をつくった。
この中に住んでいる人達は夷=戎です。
堺もそうですが、奈良の今井町や近江にあるような環濠集落は全部そうなんですね。
だから、古い商家には神棚があって、仏壇はご先祖さんに手を合わせるだけ、というのが多いんです。
戎たちは、耕作地を与えられませんから、魚を捕るか、木・竹などの自然のモノを加工するか、それを売るか、芸をするか、で生計を立てていたわけです。
能=申楽がインドに起源があるということですが、日本の今でも基幹産業となっている金属工業もインドからの流れを継いでいるんだと私は思っています。
お釈迦様はシャカ族の王子ですが、そのシャカ族というのが世界中に散らばって、シャカとかサカイとかいう町を造って、そこでは金属工芸が盛んなのだそうです。
堺が鉄砲の生産地となり、世界一の刃物をつくるのも、そういう歴史的な土台があるからなんですね。
産地があって、商売が生まれるわけです。
堺は鉄砲も造っていたんですが、一番のポイントはマカオからの硝石の輸入を独占していた事です。
鉄砲自体は近江や大和でも造られていました。
でも、硝石=火薬がなければ鉄砲があっても弾が飛ばない。
だから、堺だったんですね。
太古の昔から、難波津や堺の港に入った世界中の品々は、竹ノ内街道を通り、奈良、明日香、京へと運ばれました。
竹ノ内街道というのは日本最古の国道です。
一番大事なのは塩です。
千利休はとと屋という塩魚屋でしたが、塩魚は塩がなくては造れません。
塩がなくては人間は生きていけませんが、奈良や京都では塩は取れないと思います。
都はもとより、戎として追われ、山中で採集生活をしている人達にも塩を届けたのは商人だったはずです。
我が国は、水や草はどこにでもありますが、命をつなぐのに不可欠な塩は海にしかありません(岩塩もあるでしょうけど)
我が国で人がまんべんなく住もうと思えば塩の流通さえあればなんとかなるわけです。
長野や岐阜などの海のないところでどうやって塩を手に入れていたのか、どこの商人が持って行ったのか非常に興味深いところです。
幕藩体制が敷かれてからは、それぞれの藩がやっていたのでしょうが、初めからそんなものがあったはずはなくて、どうしても必要だから遠くから持ってきた高い塩も買ったはずです。
海水を砂場にまいて造る訳ですから、ボロもうけです。
でも、農産物は潮を嫌いますから、塩づくりは農民には出来ない。
海の民の限定職です。
士農工商。
漁民は入っていませんね。
工商の民は自然のモノを採取したり加工したりする海の民で、限定職だったんです。
海の民だからあっちこっち出向くのも平気だし、拠点を移して商売をしたりするんです。
いわば自由人ですね。
日本中にある堺町とか堀の周りに柳が植えられている土地は堺衆が移り住んだ所だと言われていますし、伊勢丹や松坂屋の名のあるとおり、松阪商人はお江戸でお店を持つのを目標にしていたし、近江商人の活躍はご存じの通りです。
塩の他、薬なども商人が全国に売り歩いたものですね。
衣料や蚊帳などになる繊維製品も特産的な品物で、持って行かなければ生活できない土地もあったのです。
いまでこそ、モノが溢れ、流通が整備されて、商人など要らない、メーカーだけあればいいという人もいますが、元々の商人というのは日本各地で生きていく上で必要不可欠な存在だったんです。
商人が自分の近くで取れたモノを遠隔地へ持って行く、その遠隔地やその途中でで仕入れたものを、地元でも売る。
そうやって、モノも文化も運ばれて日本という国は形成されていったんです。
北回り船がモノだけでなく文化も運んだことは良く知られています。
商人というのは土地に縛られない自由な存在です。
困っているときに足下を見られたり、高い値をふっかけられたりする商人がいれば、いろんな中傷を受けたりもするでしょう。
でも、基本は、『モノと共に文化も運んで人々の暮らしを豊かにする』のが商人の仕事です。
農民が土地を持っているようには、商人には身分や財産の補償はありません。
お金など、為政者によって価値が変えられてしまえばそれまでです。
大名貸しも何度踏み倒され、どれだけの商人が武士の横暴に泣かされてきたでしょうか。
だからこそ、神仏にてを合わせ、生活を慎ましくし、つねに謙虚に3Sを大切にするのです。
3Sとは『始末・才覚・信心』です。
奢らず、高ぶらず、腐らず、常に淡々と『牛のよだれ』のように商いを続ける。
私も、毎日念じて、心がけています。
2012年06月25日
『商道 風姿花伝』第28話
【風姿花伝第四 神儀に云はく】
ここでは天の岩戸伝説と芸能のはじまりについて書かれています。
天照大神が天の岩戸に隠れて、それを誘い出すためにアメノウズメノミコトが奇声を発しながら踊ったところ、隠れていた天照大神が顔を出して、隠れていた太陽も現れた。その光が天照大神の顔を照らしたから『面白い』といい、このアメノウズメノミコトの踊りが芸能の発祥だという話は、良く知られています。
商いというのは、何が始まりか?と言えば、古代ギリシャの売春だと言われています。
女性が春をひさいだのが人類最初の商売というわけです。
『商』の字は女性が足を開いて男を誘っている姿を象形化したものだと言われていると聞いたこともあります。
我が国においては、士農工商という身分制があったことは良く知られていますが、人別帳に乗せられて人間扱いされていたのは、侍と農民だけです。
工商、そしてその下に置かれていた身分の人達も、一定の差別を受けていたと言われています。
武士というのは元々、農民が武装化したもので、貴族・豪族などの荘園領主が農民を支配していた、というのが源平以前の社会構造です。
すなわち、商工は、その社会構造からはみ出していた。
さらに、商人は工人とちがって何も生み出さないと思われていました。
商業の原始的・基本的な機能とは何でしょうか?
それは流通=荷役です。
馬車や大八車を引き、背中に商品を背負って、生産地から遠く離れたところで高く売って利ざやを得る。
これが商人の基本的な仕事です。
為政者からすれば、荷役の仕事など誰にでも出来て、自分の利益とはあまり関係がありません。
当時は、その便益を図る尺度もなかった。
ですから当然の事ですが、年貢などはありません。
それで、商人というのはずっと社会の底辺に位置づけられ、『商人のくせに』と言われてきたんです。
しかし、大名などに多大な貢献をした商人は士分を与えられました。
堺の会合衆には士分が与えられています。
それは、信長が要求した矢銭に応じたからだろうと思います。
身分なんて金で買えたんですね。
しかし、そういう『商人なんて』『商人のくせに』意識はずっと日本の社会に根深く残っていて、『金の為なら悪事を働いても平気』というのが未だに商人像の大きな部分としてあると私は感じます。
商人の中には『どうせそんな風に思われているんだから、もういいや』と道を踏み外す人も多かったと思います。
近江商人とういのは勤勉で倹約家で、商人のお手本とも言われていますが、反面『近江乞食』と言われて蔑まれてもいました。
武士は人を殺しても、商人がきびしい商売をすると外道呼ばわりされるんです。
そんな中で生まれたのが石田梅岩の心学であり、商人の生きていく道筋が示されたんですね。
お能の世界も、達人の域に達した人には旗本の身分が与えられたそうです。
千利休の後妻は元夫は能楽師だったそうですし、商人と芸能人の関わりというのも深いモノがありそうです。
身分制の話を書き出すと、危ないのでこのへんで止めておきますが、商人も芸能人ももともとは大変低い身分でした。
その中でも、研鑽を積み、中には士分となる人も出たのです。
そしてその人達は、ただ高い身分を得ただけでなく、さらに努力を重ねて自らを磨き続けた。
それは、先人の苦労を知っていたからではないでしょうか。
私も商人とバカにされ、愚弄された事があります。
一度や二度ではありません。
呉服商だから余計なんでしょうか。
でも、そんな時、私はヘイコラしません。
『無礼者!』と一喝しないまでも、憮然として、怒りを身体全体から発散します。
なぜ、世阿弥がこの『天の岩戸伝説』を持ち出したか。
それは、能楽の道を行く者に誇りを持たせようとしたからではないでしょうか。
不本意な身分におかれてはいても、私たちは神話に連なる歴史をもっている。
尊い仕事に携わっているのだ、という事を知らせたかったのじゃないでしょうか。
商人だって同じです。
歴史のあらゆる場面で商人は大きな役割を果たし、武士とは違う意味で社会貢献をしてきました。
常に世情のの荒波にもまれながらも誇り高く、たくましく生きてきた。
私がこの商道風姿花伝を書いているのも、この商いの道を行く人がどこまでもプライドを捨てず、『武士も及ばぬ心意気』をもって仕事に当たって欲しい、と思うからです。
楠木正成や千利休も商人でした。でも、かれらの商人としての部分にスポットライトがあたることはありません。
でも、商いの道志す方ならば、商人としての楠木正成、千利休というものを自らの心に照らして考えてみられたらいかがでしょうか。
ここでは天の岩戸伝説と芸能のはじまりについて書かれています。
天照大神が天の岩戸に隠れて、それを誘い出すためにアメノウズメノミコトが奇声を発しながら踊ったところ、隠れていた天照大神が顔を出して、隠れていた太陽も現れた。その光が天照大神の顔を照らしたから『面白い』といい、このアメノウズメノミコトの踊りが芸能の発祥だという話は、良く知られています。
商いというのは、何が始まりか?と言えば、古代ギリシャの売春だと言われています。
女性が春をひさいだのが人類最初の商売というわけです。
『商』の字は女性が足を開いて男を誘っている姿を象形化したものだと言われていると聞いたこともあります。
我が国においては、士農工商という身分制があったことは良く知られていますが、人別帳に乗せられて人間扱いされていたのは、侍と農民だけです。
工商、そしてその下に置かれていた身分の人達も、一定の差別を受けていたと言われています。
武士というのは元々、農民が武装化したもので、貴族・豪族などの荘園領主が農民を支配していた、というのが源平以前の社会構造です。
すなわち、商工は、その社会構造からはみ出していた。
さらに、商人は工人とちがって何も生み出さないと思われていました。
商業の原始的・基本的な機能とは何でしょうか?
それは流通=荷役です。
馬車や大八車を引き、背中に商品を背負って、生産地から遠く離れたところで高く売って利ざやを得る。
これが商人の基本的な仕事です。
為政者からすれば、荷役の仕事など誰にでも出来て、自分の利益とはあまり関係がありません。
当時は、その便益を図る尺度もなかった。
ですから当然の事ですが、年貢などはありません。
それで、商人というのはずっと社会の底辺に位置づけられ、『商人のくせに』と言われてきたんです。
しかし、大名などに多大な貢献をした商人は士分を与えられました。
堺の会合衆には士分が与えられています。
それは、信長が要求した矢銭に応じたからだろうと思います。
身分なんて金で買えたんですね。
しかし、そういう『商人なんて』『商人のくせに』意識はずっと日本の社会に根深く残っていて、『金の為なら悪事を働いても平気』というのが未だに商人像の大きな部分としてあると私は感じます。
商人の中には『どうせそんな風に思われているんだから、もういいや』と道を踏み外す人も多かったと思います。
近江商人とういのは勤勉で倹約家で、商人のお手本とも言われていますが、反面『近江乞食』と言われて蔑まれてもいました。
武士は人を殺しても、商人がきびしい商売をすると外道呼ばわりされるんです。
そんな中で生まれたのが石田梅岩の心学であり、商人の生きていく道筋が示されたんですね。
お能の世界も、達人の域に達した人には旗本の身分が与えられたそうです。
千利休の後妻は元夫は能楽師だったそうですし、商人と芸能人の関わりというのも深いモノがありそうです。
身分制の話を書き出すと、危ないのでこのへんで止めておきますが、商人も芸能人ももともとは大変低い身分でした。
その中でも、研鑽を積み、中には士分となる人も出たのです。
そしてその人達は、ただ高い身分を得ただけでなく、さらに努力を重ねて自らを磨き続けた。
それは、先人の苦労を知っていたからではないでしょうか。
私も商人とバカにされ、愚弄された事があります。
一度や二度ではありません。
呉服商だから余計なんでしょうか。
でも、そんな時、私はヘイコラしません。
『無礼者!』と一喝しないまでも、憮然として、怒りを身体全体から発散します。
なぜ、世阿弥がこの『天の岩戸伝説』を持ち出したか。
それは、能楽の道を行く者に誇りを持たせようとしたからではないでしょうか。
不本意な身分におかれてはいても、私たちは神話に連なる歴史をもっている。
尊い仕事に携わっているのだ、という事を知らせたかったのじゃないでしょうか。
商人だって同じです。
歴史のあらゆる場面で商人は大きな役割を果たし、武士とは違う意味で社会貢献をしてきました。
常に世情のの荒波にもまれながらも誇り高く、たくましく生きてきた。
私がこの商道風姿花伝を書いているのも、この商いの道を行く人がどこまでもプライドを捨てず、『武士も及ばぬ心意気』をもって仕事に当たって欲しい、と思うからです。
楠木正成や千利休も商人でした。でも、かれらの商人としての部分にスポットライトがあたることはありません。
でも、商いの道志す方ならば、商人としての楠木正成、千利休というものを自らの心に照らして考えてみられたらいかがでしょうか。
2012年06月17日
『商道 風姿花伝』第27話
『問ふ。能に花を知る事、この条々を見るに、無上第一なり。肝要なり。または不審なり。これ、いかにとして心得べきや。』
『花』というものをどうやったら、会得できるのか?
世阿弥は、心の中で何度も検討し、稽古・工夫を重ね、数多く能を演ずることだ、と書いています。
後半の、稽古・工夫を重ねて数多く演ずる、という部分ですが、これは今から着物の商いの道を歩む人にとって難しい問題だと想います。
いま、呉服商を育てる上で一番難しいのは、『売れる場面』が昔より圧倒的に少ない、という事なんです。
私はこの世界に25歳で入りましたが、当時は、着物離れとは言われながらも、高額品も含めてかなりの数が売れていました。
何も解らないで入社数ヶ月で外販に出ても、売れたんです。
お客様から色々教えてもらえましたし、強い需要が広範囲に存在しました。
そういう商売の経験を積み重ねて商売人は育つものなんです。
ところが、今は若いうちは着物の商売人としては、半人前以下と見られてしまうし、お客様もシビアになっています。
でも、やっぱり20代からこの仕事を始めないと、本当の意味での上達は難しい。
20代からお客様に迷惑を掛けながらも、励まして頂いたり、もり立てて頂いたりで、やっと30代中頃になって一人前になるんだと想います。
いくら商品知識を勉強しても、それだけでは商売になりません。
商売というのはお客様との『心の対話』によって成り立ちます。
若い男性で、この道に入ってこようという人は非常に少ないだろうと想いますが、もし居たとしても、一人前になる前に、嫌気が差してやめてしまう、そういうケースがほとんどだろうと想います。
私が若いときも後輩がたくさん入って来ましたが、3年続いたのは居ませんでした。
つくる方の人材不足はよく言われますが、売る方もそれ以上に後継者がいないのです。
男性は実生活自体が着物に縁遠いので、特に難しいと想います。
つくる方と同じで、これからは、女性の販売員を若いときから養成していく方法を考えなければなりませんね。
順序が逆になりますが、『心の中で何度も検討する』という部分です。
これは非常に大切です。
『花』を心の中でなんども検討するとはどういうことか?
人を魅了するとはどういう事なのか、芸とは何なのか?
それを突き詰めて考え続ける、ということではないでしょうか。
商人なら、商売とは何なのか? お客様に喜ばれる商品・サービスとはどんなものなのか?を考え続けると言うことです。
なぜ、これが大切かというと、商いというのはその場の販売だけではないからです。
今、目に見える空間にはお客様と自分しかいない。
でも、その周りには、お客様のご家族、ご友人等がいらっしゃり、自分の廻りにも作り手や仕立て屋そして、競合他社がいる。
商売というのはそういう大きな目で見ていかねばならないのだろうと想うのですね。
そこに、『商売哲学』というものが生まれるんです。
哲学無いとどうしても不道徳になります。
不道徳になるのはどうしてかというと、まわりが見えていないからです。
私はプレイング・マネージャーですが、私の下で働く販売員もいます。
私の商売に対する考えが、自ずとその人達にも乗り移るのです。
たぶん、能でもシテの演技が他の囃子方やワキ方に影響するというような事があるのではないかと想います。
合っているか間違っているか解りませんが、私は『経営者として』というよりも『商人としてどうあるべきか』を常に自分に問うています。
つねに一人の商人として、あるべき行動か、取るべき態度か、それを考え続けています。
いま騒がれているユーロ危機や、消費税増税など、世の中の動きは知っていなければなりませんが、一商人ではどうしようもありません。
地震が来たり、台風が来たりするように、受け入れざるを得ないことがほとんどです。
ですから、常に商人というのは、危険にさらされている。
いつ何時どうなるか解らない、板子一枚、下は地獄です。
順風が吹くときもあれば、逆風に悩まされ座礁したり、難破することもある。
でも、どんなときでも、商人としてどう生きたか、が大事だと私は思うのです。
いま、NHKオンデマンドで『黄金の日々』という戦国時代の堺をテーマにした大河ドラマを見ています。
主人公はルソン助左右衛門です。
彼は、交易で財を成しましたが、あまりの豪奢な暮らしに反感を持たれて、最終的には堺を追放されています。
大坂の米相場を牛耳っていた淀屋も同じような事ですね。
こういう歴史を見たとき、商人のあるべき姿とはどういうものなのか?商人とは何の為に存在し、何の為に働くのか?と考えてしまうのです。
世阿弥の言っている事と同じですね。
その時の花にかまけて、道をそれると、花は枯れてしまう。
だからこそ、本当の花を探して、自分に問いかけ続ける事が必要だと想うんです。
私は、全く未熟で、その答えを見出してはおりませんし、そんな事を人様にえらそうに特ほどの業績でもございません。
しかし、どんな小さな商人であっても、駆け出しの商人であっても、結果にうぬぼれたり卑下したりすることなく、真摯に商売に向かい合って、考え続け、良いと想うことを実行し続けることが大事だと私は思うのです。
鈴木大拙という禅の学者は
『必要な物を必要な所にとどける商人の道はホトケの道に通ずる』
と書いています。
商人も商う物によって、担う使命は違うかもしれません。
その使命によって、歩む道も違うでしょう。
しかし、常に『商道はホトケの道なんだ』と自分に言い聞かせて、商いに精出す事が大切なんじゃないでしょうか。
そのホトケの道が、周りの人達にもきっと善をもたらすと私は思っています。
『花』というものをどうやったら、会得できるのか?
世阿弥は、心の中で何度も検討し、稽古・工夫を重ね、数多く能を演ずることだ、と書いています。
後半の、稽古・工夫を重ねて数多く演ずる、という部分ですが、これは今から着物の商いの道を歩む人にとって難しい問題だと想います。
いま、呉服商を育てる上で一番難しいのは、『売れる場面』が昔より圧倒的に少ない、という事なんです。
私はこの世界に25歳で入りましたが、当時は、着物離れとは言われながらも、高額品も含めてかなりの数が売れていました。
何も解らないで入社数ヶ月で外販に出ても、売れたんです。
お客様から色々教えてもらえましたし、強い需要が広範囲に存在しました。
そういう商売の経験を積み重ねて商売人は育つものなんです。
ところが、今は若いうちは着物の商売人としては、半人前以下と見られてしまうし、お客様もシビアになっています。
でも、やっぱり20代からこの仕事を始めないと、本当の意味での上達は難しい。
20代からお客様に迷惑を掛けながらも、励まして頂いたり、もり立てて頂いたりで、やっと30代中頃になって一人前になるんだと想います。
いくら商品知識を勉強しても、それだけでは商売になりません。
商売というのはお客様との『心の対話』によって成り立ちます。
若い男性で、この道に入ってこようという人は非常に少ないだろうと想いますが、もし居たとしても、一人前になる前に、嫌気が差してやめてしまう、そういうケースがほとんどだろうと想います。
私が若いときも後輩がたくさん入って来ましたが、3年続いたのは居ませんでした。
つくる方の人材不足はよく言われますが、売る方もそれ以上に後継者がいないのです。
男性は実生活自体が着物に縁遠いので、特に難しいと想います。
つくる方と同じで、これからは、女性の販売員を若いときから養成していく方法を考えなければなりませんね。
順序が逆になりますが、『心の中で何度も検討する』という部分です。
これは非常に大切です。
『花』を心の中でなんども検討するとはどういうことか?
人を魅了するとはどういう事なのか、芸とは何なのか?
それを突き詰めて考え続ける、ということではないでしょうか。
商人なら、商売とは何なのか? お客様に喜ばれる商品・サービスとはどんなものなのか?を考え続けると言うことです。
なぜ、これが大切かというと、商いというのはその場の販売だけではないからです。
今、目に見える空間にはお客様と自分しかいない。
でも、その周りには、お客様のご家族、ご友人等がいらっしゃり、自分の廻りにも作り手や仕立て屋そして、競合他社がいる。
商売というのはそういう大きな目で見ていかねばならないのだろうと想うのですね。
そこに、『商売哲学』というものが生まれるんです。
哲学無いとどうしても不道徳になります。
不道徳になるのはどうしてかというと、まわりが見えていないからです。
私はプレイング・マネージャーですが、私の下で働く販売員もいます。
私の商売に対する考えが、自ずとその人達にも乗り移るのです。
たぶん、能でもシテの演技が他の囃子方やワキ方に影響するというような事があるのではないかと想います。
合っているか間違っているか解りませんが、私は『経営者として』というよりも『商人としてどうあるべきか』を常に自分に問うています。
つねに一人の商人として、あるべき行動か、取るべき態度か、それを考え続けています。
いま騒がれているユーロ危機や、消費税増税など、世の中の動きは知っていなければなりませんが、一商人ではどうしようもありません。
地震が来たり、台風が来たりするように、受け入れざるを得ないことがほとんどです。
ですから、常に商人というのは、危険にさらされている。
いつ何時どうなるか解らない、板子一枚、下は地獄です。
順風が吹くときもあれば、逆風に悩まされ座礁したり、難破することもある。
でも、どんなときでも、商人としてどう生きたか、が大事だと私は思うのです。
いま、NHKオンデマンドで『黄金の日々』という戦国時代の堺をテーマにした大河ドラマを見ています。
主人公はルソン助左右衛門です。
彼は、交易で財を成しましたが、あまりの豪奢な暮らしに反感を持たれて、最終的には堺を追放されています。
大坂の米相場を牛耳っていた淀屋も同じような事ですね。
こういう歴史を見たとき、商人のあるべき姿とはどういうものなのか?商人とは何の為に存在し、何の為に働くのか?と考えてしまうのです。
世阿弥の言っている事と同じですね。
その時の花にかまけて、道をそれると、花は枯れてしまう。
だからこそ、本当の花を探して、自分に問いかけ続ける事が必要だと想うんです。
私は、全く未熟で、その答えを見出してはおりませんし、そんな事を人様にえらそうに特ほどの業績でもございません。
しかし、どんな小さな商人であっても、駆け出しの商人であっても、結果にうぬぼれたり卑下したりすることなく、真摯に商売に向かい合って、考え続け、良いと想うことを実行し続けることが大事だと私は思うのです。
鈴木大拙という禅の学者は
『必要な物を必要な所にとどける商人の道はホトケの道に通ずる』
と書いています。
商人も商う物によって、担う使命は違うかもしれません。
その使命によって、歩む道も違うでしょう。
しかし、常に『商道はホトケの道なんだ』と自分に言い聞かせて、商いに精出す事が大切なんじゃないでしょうか。
そのホトケの道が、周りの人達にもきっと善をもたらすと私は思っています。
2012年06月02日
『商道 風姿花伝』第26話
【問ふ。恒の批判の中にも「しほれたる」と申すことあり。いかようなる所ぞや】
「しほれたる」=しみじみとした情感がある、と書いてある所から、私たちが言うところの『枯れた』という感じなのでしょうかね。
世阿弥は、この『しほれたる』の境地は『花がある』より上位であり、努力では到達できないだろう、と書いています。
私はまだ枯れた風情を出すには若輩でありますし、達人の境地にはまだまだ遠いところにいます。
しかしながら、この『枯れた』風情を醸し出している先輩販売員が居るかと言えば、答えはNOとしか言いようがありません。
よく売る販売員はいても、この人はすごいな、と思う人はタダの一人としていません。
天才的によく売る人は知っていますし、販売の上手な人も知っています。
でも、この人を目指そう、と思える様な販売員は居ないのです。
生意気な様ですが、現実的にそうなのです。
よく売る人だな、と思っていたら、突然ダメになる人も多いですし、VIPのお客さんが買わなくなるとガクンと成績を落としてしまうことも多い。
ただ、呉服業界を離れると、尊敬できる人はいますね。
すごい販売員というのは、知識、気品、教養、販売スキル、そして、仕事に対するまっすぐな情熱を持っている人の事だと私は思うわけです。
なぜ、呉服業界に居ないかというと、お偉くなると販売の現場から退いてしまうこともあるのだと思います。
でも、多分、昔はすごい人がたくさんいたのだと思います。
なぜ、今居ないかというと、高度成長期からバブル期にかけての時代にはそんなものは無くても、やる気次第でバンバン売れたからです。
あの時代は、熱心なら誰がやっても売れたんです。
私も、前職を辞めてから2ヶ月で着物の販売に出ましたが、それでも売れました。
正直、いまよりたくさん売れた。
それが現実なんですね。
本当は、景気が悪くなればなるほど、腕を磨き知識を深めて行かねばならないのですが、全体としてそうはなっていないのですね。
そんな事で、私も、実は目標を明確に持っているわけではないのです。
それで、茶道や能楽を学んでいるんです。
これは本当に良かったですね。
あぁ、私もこういう人になりたいな、と思える方とも出会いましたし、人間の品性と言うものについても学べたような気がします。
世阿弥の言う『しほれた芸』というのは、いろんな事を経験した達観や自信から自然と醸し出されるものじゃないでしょうかね。
私がこのブログのテーマに書いている『商道』に『道』の字を着けているのは、商いというものを通して、自分を高めていく事を目標としていきたい、そうあるべきだという考えからです。
ただ売って儲ければ良いというモノではない。様々な取引ややりとりの中から、人間としての向上の道をさぐり、欲を抑え、自利利他の考えをもって日々の仕事に邁進する。
そうでなきゃ、毎日のご飯を食べて寝るだけでしょう?
えらそうな事を言うようで恥ずかしいし、未熟ものめがと批判もされそうですが、私は、後進の目標となるような商人像というのを残してあげたいと思うんですよ。
だからこそ、いい加減なコトするひとは許せないし、自分にも厳しくありたいと思うのです。
「しほれたる」=しみじみとした情感がある、と書いてある所から、私たちが言うところの『枯れた』という感じなのでしょうかね。
世阿弥は、この『しほれたる』の境地は『花がある』より上位であり、努力では到達できないだろう、と書いています。
私はまだ枯れた風情を出すには若輩でありますし、達人の境地にはまだまだ遠いところにいます。
しかしながら、この『枯れた』風情を醸し出している先輩販売員が居るかと言えば、答えはNOとしか言いようがありません。
よく売る販売員はいても、この人はすごいな、と思う人はタダの一人としていません。
天才的によく売る人は知っていますし、販売の上手な人も知っています。
でも、この人を目指そう、と思える様な販売員は居ないのです。
生意気な様ですが、現実的にそうなのです。
よく売る人だな、と思っていたら、突然ダメになる人も多いですし、VIPのお客さんが買わなくなるとガクンと成績を落としてしまうことも多い。
ただ、呉服業界を離れると、尊敬できる人はいますね。
すごい販売員というのは、知識、気品、教養、販売スキル、そして、仕事に対するまっすぐな情熱を持っている人の事だと私は思うわけです。
なぜ、呉服業界に居ないかというと、お偉くなると販売の現場から退いてしまうこともあるのだと思います。
でも、多分、昔はすごい人がたくさんいたのだと思います。
なぜ、今居ないかというと、高度成長期からバブル期にかけての時代にはそんなものは無くても、やる気次第でバンバン売れたからです。
あの時代は、熱心なら誰がやっても売れたんです。
私も、前職を辞めてから2ヶ月で着物の販売に出ましたが、それでも売れました。
正直、いまよりたくさん売れた。
それが現実なんですね。
本当は、景気が悪くなればなるほど、腕を磨き知識を深めて行かねばならないのですが、全体としてそうはなっていないのですね。
そんな事で、私も、実は目標を明確に持っているわけではないのです。
それで、茶道や能楽を学んでいるんです。
これは本当に良かったですね。
あぁ、私もこういう人になりたいな、と思える方とも出会いましたし、人間の品性と言うものについても学べたような気がします。
世阿弥の言う『しほれた芸』というのは、いろんな事を経験した達観や自信から自然と醸し出されるものじゃないでしょうかね。
私がこのブログのテーマに書いている『商道』に『道』の字を着けているのは、商いというものを通して、自分を高めていく事を目標としていきたい、そうあるべきだという考えからです。
ただ売って儲ければ良いというモノではない。様々な取引ややりとりの中から、人間としての向上の道をさぐり、欲を抑え、自利利他の考えをもって日々の仕事に邁進する。
そうでなきゃ、毎日のご飯を食べて寝るだけでしょう?
えらそうな事を言うようで恥ずかしいし、未熟ものめがと批判もされそうですが、私は、後進の目標となるような商人像というのを残してあげたいと思うんですよ。
だからこそ、いい加減なコトするひとは許せないし、自分にも厳しくありたいと思うのです。
2012年05月30日
『商道 風姿花伝』第25話
【問ふ。文字に当たる風情とはなに事ぞや】
言葉に対応した所作とは何か?
謡曲の詞章の通りに舞うことが大事で、それが一体となったとき、名人の域に達すると世阿弥は書いています。
つまり、泣くと書いてあれば泣いている様に、音がすると書いてあれば聞き耳を立てるふりをする、ということです。
それを師匠のやるとおりに稽古しなさいと書いてあります。
これを商売に置き換えるとどうなるでしょうかねぇ。
謡曲の詞章というのは台本です。筋書き+セリフ。そこに節も書いてあります。
私が、新作を考案するときどうするかといえば、まずは土台になる研究の積み重ねからはじめます。
紅型がつくりたければ紅型の、更紗が作りたければ更紗の歴史、技法など様々な側面から研究するわけです。
その中で、今、忘れられているモノ、本来発揮されるべきもので失われているモノ、そして自分がこれをもっと強調してアピールしたいと思うモノを、浮かび上がらせるのです。
読書をたくさんする人は解ると思いますが、ツラツラと斜め読みをしていても、大事なところだけはパッと目に入ってくるモノです。同じ文章を読んでも、目に入る所は人によって違うような気がします。
私の中に入っている何かが、図録や文献を読んでいて、鋭く反応する。その反応を作品につなげていくわけです。
それは感動であったり、問題意識だったりするわけです。
ですから、当然、作品が出来上がる前にストーリーが先に決まっています。
ストーリー通りの作品でないと、作る意味が無いと言うことになります。
私の作品説明は、手作りだとか、草木染めだとかではなくて、それぞれのジャンルの作品の中で、どこが違っていてどこを理解して欲しいのか、をメインに立てていきます。
それを商談という大きなストーリーの流れに組み込んでいくということですね。
そんな感じなので、自分が思うところの説明がされないでいると、とっても不満なんです。
もちろん、作品が優れていれば説明なんてなくても売れていきます。
でも、それじゃ、てっちりを食べて最後のおじやを食べないようなモノ、というような気がするんです。
やっぱりこちらのストーリー通りに説明してほしいわけです。
例えばもずや更紗をご覧いただいて、買って頂いても販売員がもずや更紗のきちんとした説明をしていないと、売れたことにならないと私は感じるのです。
タダ単なる変わった更紗、にとどまってしまう。
それじゃ、作った甲斐がないのです。
一瞥して魅せられるような作品が作りたい、それと同時に、自分の思いも伝えたい。
はなはだ贅沢な希望かもしれませんが、そんな気持ちで物作りと販売にあたっているんですね。
世阿弥も自分で能を作ったりしましたから、表現すべきこところは逐一きっちりと表現してほしいと思ったのでしょうね。
それは詞章であり、節回しであったり。それが一体となったときに初めて作品が完成されて、自分の狙いとか想いがお客様に伝わると感じたのでしょう。
節というのは、謡い方が細かく指定されていて、そこには能を作った人の作為が籠められているはずなんです。
つまり、作り手の真意をパーフェクトにくみ取って演じきって、お客様に伝えるというのが名人ということなんでしょうかね。
言葉に対応した所作とは何か?
謡曲の詞章の通りに舞うことが大事で、それが一体となったとき、名人の域に達すると世阿弥は書いています。
つまり、泣くと書いてあれば泣いている様に、音がすると書いてあれば聞き耳を立てるふりをする、ということです。
それを師匠のやるとおりに稽古しなさいと書いてあります。
これを商売に置き換えるとどうなるでしょうかねぇ。
謡曲の詞章というのは台本です。筋書き+セリフ。そこに節も書いてあります。
私が、新作を考案するときどうするかといえば、まずは土台になる研究の積み重ねからはじめます。
紅型がつくりたければ紅型の、更紗が作りたければ更紗の歴史、技法など様々な側面から研究するわけです。
その中で、今、忘れられているモノ、本来発揮されるべきもので失われているモノ、そして自分がこれをもっと強調してアピールしたいと思うモノを、浮かび上がらせるのです。
読書をたくさんする人は解ると思いますが、ツラツラと斜め読みをしていても、大事なところだけはパッと目に入ってくるモノです。同じ文章を読んでも、目に入る所は人によって違うような気がします。
私の中に入っている何かが、図録や文献を読んでいて、鋭く反応する。その反応を作品につなげていくわけです。
それは感動であったり、問題意識だったりするわけです。
ですから、当然、作品が出来上がる前にストーリーが先に決まっています。
ストーリー通りの作品でないと、作る意味が無いと言うことになります。
私の作品説明は、手作りだとか、草木染めだとかではなくて、それぞれのジャンルの作品の中で、どこが違っていてどこを理解して欲しいのか、をメインに立てていきます。
それを商談という大きなストーリーの流れに組み込んでいくということですね。
そんな感じなので、自分が思うところの説明がされないでいると、とっても不満なんです。
もちろん、作品が優れていれば説明なんてなくても売れていきます。
でも、それじゃ、てっちりを食べて最後のおじやを食べないようなモノ、というような気がするんです。
やっぱりこちらのストーリー通りに説明してほしいわけです。
例えばもずや更紗をご覧いただいて、買って頂いても販売員がもずや更紗のきちんとした説明をしていないと、売れたことにならないと私は感じるのです。
タダ単なる変わった更紗、にとどまってしまう。
それじゃ、作った甲斐がないのです。
一瞥して魅せられるような作品が作りたい、それと同時に、自分の思いも伝えたい。
はなはだ贅沢な希望かもしれませんが、そんな気持ちで物作りと販売にあたっているんですね。
世阿弥も自分で能を作ったりしましたから、表現すべきこところは逐一きっちりと表現してほしいと思ったのでしょうね。
それは詞章であり、節回しであったり。それが一体となったときに初めて作品が完成されて、自分の狙いとか想いがお客様に伝わると感じたのでしょう。
節というのは、謡い方が細かく指定されていて、そこには能を作った人の作為が籠められているはずなんです。
つまり、作り手の真意をパーフェクトにくみ取って演じきって、お客様に伝えるというのが名人ということなんでしょうかね。
2012年05月20日
『商道 風姿花伝』第24話
【問ふ。能に位の差別を知る事は、如何。】
世阿弥は能の芸格に関して三つの言葉を使っています。
・たけ・・・芸の品格。生まれつき持っていることがある。
・位・・・たけの中でも優美なもの。
・かさ・・・押し出しが立派で迫力ある演技。どんな芸でもこなしてしまう。
その上で、未熟なものは稽古するときに、位を目標にしてはいけない。もし位を目標にしたらすればするだけ芸はさがるだろう、と書いています。
私の感じ方からすれば、『上手と言われる人の語り口や所作をまねない』という事になるでしょうか。
現実のあきないで、これをしても全然上手にはなりません。
かえって嫌味、不自然になるんです。
品良くしようとしてもだめです。
品の良いように見える商人が、現実にはそうではないように、品良く見えることと品の良いことは違うのですね。
ですから、お行儀はよくするとしても、品良くしようとしないで、気品が身につくような修練をすることが大事なんだと思うんです。
また、威厳というのも同じ事ですね。
これも威厳たっぷりに振る舞っても威厳はでません。
そう見えることと、そうであることは別で、現実にそうであり、外からもそう感じてもらえる様になるためには修練しかありません。
その修練をすれば、他の人が、どんな中身なのかが解るようになります。
あきないというのは、最終的には、信頼できる相手と商売することであり、自分が信頼されることです。
ですから、形だけ取り繕ってもかえってボロが目立つだけなんです。
世阿弥も稽古の年功を積んでくると『位』が自然と発現することがある、と書いています。
おのれを信じて、修練をつむこと、勉強をすることが、自分の『位』つまり商売の格を上げることになるんだと思います。
私の語り口や商いのやり方というのは私独自のものですし、なかなか真似できないと思います。
それは、私のいままで生きてきた人生の延長線上にあるものだからです。
でも、私と同じ修練や努力をすれば、またその人独特の発現の仕方をするんだろうと思います。
それがその人の財産であり、商売の格を上げることになるのでしょう。
私たちの業界にはインチキな商売をする人も多くいるようです。
インチキな商売はどこから生まれるかというと、必ずその先輩や上司がインチキなんです。
インチキを真似るからさらに輪を掛けてインチキになる。
その時は、よく売る先輩のマネをしているつもりなんでしょう。
でも、真似をすると悪いところも一緒に身についてしまう、というか悪いところだけが先に身につくことが多いのです。
でも、自分で別の本質的な修練を積んでいたらどうだったでしょうか。
良い所だけを取り入れることができたんじゃないかと思います。
自分が高まらないうちに、人の良いところだけを真似するというのは非常にむずかしいことなのかもしれません。
野球界では長島、王、落合、イチローと個性あるバッターがいますが、それを真似した人で球史に名を残した人はいません。
でも、それぞれ、一流と言われる人は、知らないうちに良い所を取り入れているものなんだと思います。
それは自分が確立しているから出来る事で、形だけを真似しても崩れてしまうだけなのでしょう。
真似る前に何万回と素振りをするという地道な努力が必要なのと同じなんでしょうね。
世阿弥は能の芸格に関して三つの言葉を使っています。
・たけ・・・芸の品格。生まれつき持っていることがある。
・位・・・たけの中でも優美なもの。
・かさ・・・押し出しが立派で迫力ある演技。どんな芸でもこなしてしまう。
その上で、未熟なものは稽古するときに、位を目標にしてはいけない。もし位を目標にしたらすればするだけ芸はさがるだろう、と書いています。
私の感じ方からすれば、『上手と言われる人の語り口や所作をまねない』という事になるでしょうか。
現実のあきないで、これをしても全然上手にはなりません。
かえって嫌味、不自然になるんです。
品良くしようとしてもだめです。
品の良いように見える商人が、現実にはそうではないように、品良く見えることと品の良いことは違うのですね。
ですから、お行儀はよくするとしても、品良くしようとしないで、気品が身につくような修練をすることが大事なんだと思うんです。
また、威厳というのも同じ事ですね。
これも威厳たっぷりに振る舞っても威厳はでません。
そう見えることと、そうであることは別で、現実にそうであり、外からもそう感じてもらえる様になるためには修練しかありません。
その修練をすれば、他の人が、どんな中身なのかが解るようになります。
あきないというのは、最終的には、信頼できる相手と商売することであり、自分が信頼されることです。
ですから、形だけ取り繕ってもかえってボロが目立つだけなんです。
世阿弥も稽古の年功を積んでくると『位』が自然と発現することがある、と書いています。
おのれを信じて、修練をつむこと、勉強をすることが、自分の『位』つまり商売の格を上げることになるんだと思います。
私の語り口や商いのやり方というのは私独自のものですし、なかなか真似できないと思います。
それは、私のいままで生きてきた人生の延長線上にあるものだからです。
でも、私と同じ修練や努力をすれば、またその人独特の発現の仕方をするんだろうと思います。
それがその人の財産であり、商売の格を上げることになるのでしょう。
私たちの業界にはインチキな商売をする人も多くいるようです。
インチキな商売はどこから生まれるかというと、必ずその先輩や上司がインチキなんです。
インチキを真似るからさらに輪を掛けてインチキになる。
その時は、よく売る先輩のマネをしているつもりなんでしょう。
でも、真似をすると悪いところも一緒に身についてしまう、というか悪いところだけが先に身につくことが多いのです。
でも、自分で別の本質的な修練を積んでいたらどうだったでしょうか。
良い所だけを取り入れることができたんじゃないかと思います。
自分が高まらないうちに、人の良いところだけを真似するというのは非常にむずかしいことなのかもしれません。
野球界では長島、王、落合、イチローと個性あるバッターがいますが、それを真似した人で球史に名を残した人はいません。
でも、それぞれ、一流と言われる人は、知らないうちに良い所を取り入れているものなんだと思います。
それは自分が確立しているから出来る事で、形だけを真似しても崩れてしまうだけなのでしょう。
真似る前に何万回と素振りをするという地道な努力が必要なのと同じなんでしょうね。
2012年05月15日
『商道 風姿花伝』第23話
【問ふ。得手得手とて、事の外に劣りたるシテも、一向き上手に勝りたる所あり。これを上手のせぬは、かなはぬやらん、また、すさまじき事にてせぬやらん】
世阿弥はこの章の中で
『どんな変な役者であっても、すばらしいところがあると見たなら、上手であってもこれを学ぶべきである』と書いています。
最後には
『上手は下手の見本、下手は上手の見本である』
と書いています。
つまり、どんな上手、どんな下手でも、貪欲に他人の良い所を取り入れて精進を重ねるべきである。慢心は一番いけない、というわけです。
『そら、そうやなぁ』と誰しも想うわけですが、これがなかなかできるもんやおまへん。
カシコがアホのマネできるか?っちゅうたら、そら、なかなかできまへんのや。
だってですよ、ほんまにすごい、自分より全然上や、と想う人にでも、『わしとは才能ちゅうか、ポテンシャルがちゃう』とか言うて、努力を放棄してしまうことが多いわけです。
これを実現するには、飽くなき『貪欲さ』が必要やと想うんです。
私の場合を言って恐縮ですが、新しい商品を考える時、デザインに行き詰まったとき、フラフラと街中を歩く。
キモノ屋のウィンドウ見たって、あんまり参考になるものはありません。
て、そいういうのがアカンのかも知れませんけど、私の場合は、女性のファッションとかインテリアを見ます。
デパートの呉服売場で暇をもてあましているとき、他所の商品を見て、ハタと、『あ、これはこんな味付けしたらもっとええもんになるんとちゃうやろか』というアイデアが湧いてくるんです。
いまは、インターネットとかでも、他社の商品は見れますが、画面上では湧いて来にくいですね。
案外、プリントのキモノとか、芸大生が自由な発想で造った物とか、そういうのから、ヒントがもらえるんです。
というのは、私達のような言わば高額品を扱っているといろんな『とらわれ』があるわけです。
価格とか、TPOとか、市況とか。
でも、そんなの関係無しに『イェーイ♪』って造ったのは、こちらが楽しくなるような勢いがあるんですね。
それをそのまま持って来ても、うちの商品とはなりませんが、それを言うたら、『どない値打ちかますか』がプロデューサーの腕です。
世の中には、『見ている分にはむっちゃええけど、なんかしらんけど売れへん』もんというのがたくさんあるんです。
また、本来の魅力を忘れられ、殺されて、その辺に転がっている商材というのもたくさんあります。
それをどない見つけ出して、生き返らせるか、生き返ったら、どないしつけしてシャンとしたもんにするか、です。
相場の格言で『知ったらおしまい』というのがあって、今売れているのは、後追いしても、もうすぐに売れなくなるんです。
バーンと売れたら、すぐにシューッてなって、今は、商品のライフサイクルも短い。
ですから、今の業界には、昔の売れ筋が累々と積み重なって行き倒れしています。
これって、案外、宝の山で、そのままでは売れませんが、いろんな工夫をしたら、生き返るんですよ。
ところが『もうあんなもん値打ちあらへん』と決めつけて扱わない業界人が多いのです。
せいぜい、一山なんぼで、叩き売られ、バッタ屋を言ったり来たりするのが落ちです。
でも、本当は、良い物で良い所があったから、売れたはずです。
良い物であるなら、一時は廃れたとしても、また受け入れられるはず。
要は作り手とプロデューサーがどれだけ発想の転換をはかれるかですね。
そういう意味で、素人の縮こまった作品というのは、全然面白く無いんです。
織物やったら、帯造ろうとか、着尺造ろうというのでなくていいんです。
一枚の布でええ。
50?くらいの長さでええから、そこにいろんな工夫をして面白い布を作ってみる。
作り手も、見る人も、その中からいろんなヒントを得られると想うんですね。
下手くそでもいいんです。
特に、若いうちは、はちゃめちゃに面白いのをつくったほうがいい。
無難に造って、売れたらいいな、なんて想わない方がいい。
そんなもん、それこそ値打ちあらしまへん。
面白いのを造ったら、それこそ、名人と言われる人も、『これ、誰つくったん?』と目を見張ることでしょう。
そこから、商品へと派生していけばいいんです。
商売でもそうですね。
若いうちは、うまいこと言うて売ろうと想わない方が良い。
それより、商品の事を勉強して、心からその商品が好きになって、その気持ちをお客様にぶつけるほうがいい。
その姿が、ベテランの心を撃つでしょうし、忘れていた気持ちを取り戻すでしょう。
常に初心を忘れないで、純粋に、その道での向上を目指す、ということが一番大切なのだと想います。
世阿弥はこの章の中で
『どんな変な役者であっても、すばらしいところがあると見たなら、上手であってもこれを学ぶべきである』と書いています。
最後には
『上手は下手の見本、下手は上手の見本である』
と書いています。
つまり、どんな上手、どんな下手でも、貪欲に他人の良い所を取り入れて精進を重ねるべきである。慢心は一番いけない、というわけです。
『そら、そうやなぁ』と誰しも想うわけですが、これがなかなかできるもんやおまへん。
カシコがアホのマネできるか?っちゅうたら、そら、なかなかできまへんのや。
だってですよ、ほんまにすごい、自分より全然上や、と想う人にでも、『わしとは才能ちゅうか、ポテンシャルがちゃう』とか言うて、努力を放棄してしまうことが多いわけです。
これを実現するには、飽くなき『貪欲さ』が必要やと想うんです。
私の場合を言って恐縮ですが、新しい商品を考える時、デザインに行き詰まったとき、フラフラと街中を歩く。
キモノ屋のウィンドウ見たって、あんまり参考になるものはありません。
て、そいういうのがアカンのかも知れませんけど、私の場合は、女性のファッションとかインテリアを見ます。
デパートの呉服売場で暇をもてあましているとき、他所の商品を見て、ハタと、『あ、これはこんな味付けしたらもっとええもんになるんとちゃうやろか』というアイデアが湧いてくるんです。
いまは、インターネットとかでも、他社の商品は見れますが、画面上では湧いて来にくいですね。
案外、プリントのキモノとか、芸大生が自由な発想で造った物とか、そういうのから、ヒントがもらえるんです。
というのは、私達のような言わば高額品を扱っているといろんな『とらわれ』があるわけです。
価格とか、TPOとか、市況とか。
でも、そんなの関係無しに『イェーイ♪』って造ったのは、こちらが楽しくなるような勢いがあるんですね。
それをそのまま持って来ても、うちの商品とはなりませんが、それを言うたら、『どない値打ちかますか』がプロデューサーの腕です。
世の中には、『見ている分にはむっちゃええけど、なんかしらんけど売れへん』もんというのがたくさんあるんです。
また、本来の魅力を忘れられ、殺されて、その辺に転がっている商材というのもたくさんあります。
それをどない見つけ出して、生き返らせるか、生き返ったら、どないしつけしてシャンとしたもんにするか、です。
相場の格言で『知ったらおしまい』というのがあって、今売れているのは、後追いしても、もうすぐに売れなくなるんです。
バーンと売れたら、すぐにシューッてなって、今は、商品のライフサイクルも短い。
ですから、今の業界には、昔の売れ筋が累々と積み重なって行き倒れしています。
これって、案外、宝の山で、そのままでは売れませんが、いろんな工夫をしたら、生き返るんですよ。
ところが『もうあんなもん値打ちあらへん』と決めつけて扱わない業界人が多いのです。
せいぜい、一山なんぼで、叩き売られ、バッタ屋を言ったり来たりするのが落ちです。
でも、本当は、良い物で良い所があったから、売れたはずです。
良い物であるなら、一時は廃れたとしても、また受け入れられるはず。
要は作り手とプロデューサーがどれだけ発想の転換をはかれるかですね。
そういう意味で、素人の縮こまった作品というのは、全然面白く無いんです。
織物やったら、帯造ろうとか、着尺造ろうというのでなくていいんです。
一枚の布でええ。
50?くらいの長さでええから、そこにいろんな工夫をして面白い布を作ってみる。
作り手も、見る人も、その中からいろんなヒントを得られると想うんですね。
下手くそでもいいんです。
特に、若いうちは、はちゃめちゃに面白いのをつくったほうがいい。
無難に造って、売れたらいいな、なんて想わない方がいい。
そんなもん、それこそ値打ちあらしまへん。
面白いのを造ったら、それこそ、名人と言われる人も、『これ、誰つくったん?』と目を見張ることでしょう。
そこから、商品へと派生していけばいいんです。
商売でもそうですね。
若いうちは、うまいこと言うて売ろうと想わない方が良い。
それより、商品の事を勉強して、心からその商品が好きになって、その気持ちをお客様にぶつけるほうがいい。
その姿が、ベテランの心を撃つでしょうし、忘れていた気持ちを取り戻すでしょう。
常に初心を忘れないで、純粋に、その道での向上を目指す、ということが一番大切なのだと想います。
2012年05月05日
『商道 風姿花伝』第22話
【問ふ。これに大きなる不審あり。はや功入りたるシテのしかも名人なるに、ただ良い間の若きシテの、立合に勝つこと有り。これ、不審なり】
昔、名人といわれたベテランが、駆け出しの若手に競演で負けることがある。これは何故か?という問いです。
商売の世界ではいくらでもあることです。
ベテランが販売に長けているとは全く限りません。
若い人が良い場合もけっこうあるのです。
昔、めちゃくちゃ良く売った販売員が、年齢を重ねる事にダメになる場合もあります。
世阿弥風に言えば、花が無くなっているのです。
所帯じみたり、年寄り臭くなってきて、魅力がなくなると、高額品は売れなくなります。
着物のお客様、とくに高額品の着物を買ってくださる方はそれなりの年齢層である場合が多いのです。
私が何度も書いている様に、商売人というのは、かわいらしくなければいけません。
可愛がってもらって、ナンボです。
そういう面で、若い男性は有利なんです。
若いから着物は売れないと思ったら、大きな間違いです。
着物を売る場合、一番花があるのは、30代、40代でしょう。
50歳になったら、歯が抜けたり、頭が禿げてきたり、姿勢が悪くなってきたりと、容姿が衰えはじめます。
それを何かで補えばいいのですが、『自分は実力があるのだから』と話法を過信し、身だしなみと知識・見識・教養を磨かなければ、
若い人に負けるのは当たり前なのです。
自分がお客の立場になったら、すぐに解ることです。
販売ということに関して言えば、これは80%以上『天性』『センス』です。
努力で補える事には限界があります。
私自身はどうかといえば、そんなに天性に恵まれているとも思いません。
『なんで、こんなやつがこんなに売るんや』という事があるんです。
その人の出す空気というか、なんとなく、信用してしまうような、断りにくいような、そんなオーラを持っている人がいるんです。
多分、これを悪用したケースが詐欺師なんでしょうね。
口も上手くないし、見てくれもそうでもない。だけど、抜群に売るという人がいるのは確かです。
それで、そんな天分を持っていない場合、どうしたらええのか?ということです。
つまり、若手の花に、ベテランが勝つには、どないしたらええでしょうか?
突然やろうとしても無理です。
40代に入ったら、基本的にはそれまでの蓄積が物を言います。
若いときにバリバリやっていた商売人が、衰えをどうカバーすればいいか、ということになるでしょうね。
私としては、やはり努力だろうと思います。
まずは、自分を知るという事じゃないかと思います。
自分のカラーやキャラクターにあった、修練の仕方があると思うんですね。
私は、第一印象として固いと言われます。
ものすごく、堅物に思われるんですね。
そして、偉そうにしていると思われがちです。
お客様はそうでもないのですが、一緒に仕事をする外商さんにはそう映る場合があるようです。
ほんなら、知識と教養でめにものみせたろやないか!!というのが私の作戦です。
それプラス、大阪弁の強さと柔らかさをうまく使い分けた話術ですね。
簡単に言えば、芸術・工芸漫談を武器にしたわけです。
うちの母は『あんた、ようそんな毎日毎日、本読めるもんやなぁ』と言いますが、
私だって、ほんとうは、のんびり釣りでもしていたいんです。
本を読んだり、図録を見たりすることは、インスピレーションが作品に反映されるだけでなくて、知識の仕入れでもあるんですね。
だから、高い本でも惜しまずに買うわけです。
もちろん、芸術漫談戦法が通じないお客様もいらっしゃいます。
それはそれで、仕方がありません。
私のお客様ではないと思って諦めます。
他にそのお客様に合う商人から、お求めになればいいのだと思います。
すなわち、商売人の技量とうのは相対的、定性的なものなんですね。
多くの人に対応できる、というのが天分の部分で、これはどうしようもない。
自分がどういう人間で、どういう得意技をもって、どういうお客様を対象にしていくのか。
それが定まらないと、50代以降は難しいのではないかと思います。
繁華街にある呉服チェーン店には、若いお兄ちゃんが結構いたりしますよね。
あれは、あれで、使えるんだと思います。
でも、一生呉服でごはんを食べていけるかといえば、非常に難しいのです。
着物屋なんだから、着物の事を知っているのは当たり前です。
男性販売員が、ベテランの女性販売員に勝つにはどうしたらいいか。
競争相手が持っていないモノを持てば良いのです。
それが、自分の花になります。
明日から、沖縄行ってきます! (^o^)
昔、名人といわれたベテランが、駆け出しの若手に競演で負けることがある。これは何故か?という問いです。
商売の世界ではいくらでもあることです。
ベテランが販売に長けているとは全く限りません。
若い人が良い場合もけっこうあるのです。
昔、めちゃくちゃ良く売った販売員が、年齢を重ねる事にダメになる場合もあります。
世阿弥風に言えば、花が無くなっているのです。
所帯じみたり、年寄り臭くなってきて、魅力がなくなると、高額品は売れなくなります。
着物のお客様、とくに高額品の着物を買ってくださる方はそれなりの年齢層である場合が多いのです。
私が何度も書いている様に、商売人というのは、かわいらしくなければいけません。
可愛がってもらって、ナンボです。
そういう面で、若い男性は有利なんです。
若いから着物は売れないと思ったら、大きな間違いです。
着物を売る場合、一番花があるのは、30代、40代でしょう。
50歳になったら、歯が抜けたり、頭が禿げてきたり、姿勢が悪くなってきたりと、容姿が衰えはじめます。
それを何かで補えばいいのですが、『自分は実力があるのだから』と話法を過信し、身だしなみと知識・見識・教養を磨かなければ、
若い人に負けるのは当たり前なのです。
自分がお客の立場になったら、すぐに解ることです。
販売ということに関して言えば、これは80%以上『天性』『センス』です。
努力で補える事には限界があります。
私自身はどうかといえば、そんなに天性に恵まれているとも思いません。
『なんで、こんなやつがこんなに売るんや』という事があるんです。
その人の出す空気というか、なんとなく、信用してしまうような、断りにくいような、そんなオーラを持っている人がいるんです。
多分、これを悪用したケースが詐欺師なんでしょうね。
口も上手くないし、見てくれもそうでもない。だけど、抜群に売るという人がいるのは確かです。
それで、そんな天分を持っていない場合、どうしたらええのか?ということです。
つまり、若手の花に、ベテランが勝つには、どないしたらええでしょうか?
突然やろうとしても無理です。
40代に入ったら、基本的にはそれまでの蓄積が物を言います。
若いときにバリバリやっていた商売人が、衰えをどうカバーすればいいか、ということになるでしょうね。
私としては、やはり努力だろうと思います。
まずは、自分を知るという事じゃないかと思います。
自分のカラーやキャラクターにあった、修練の仕方があると思うんですね。
私は、第一印象として固いと言われます。
ものすごく、堅物に思われるんですね。
そして、偉そうにしていると思われがちです。
お客様はそうでもないのですが、一緒に仕事をする外商さんにはそう映る場合があるようです。
ほんなら、知識と教養でめにものみせたろやないか!!というのが私の作戦です。
それプラス、大阪弁の強さと柔らかさをうまく使い分けた話術ですね。
簡単に言えば、芸術・工芸漫談を武器にしたわけです。
うちの母は『あんた、ようそんな毎日毎日、本読めるもんやなぁ』と言いますが、
私だって、ほんとうは、のんびり釣りでもしていたいんです。
本を読んだり、図録を見たりすることは、インスピレーションが作品に反映されるだけでなくて、知識の仕入れでもあるんですね。
だから、高い本でも惜しまずに買うわけです。
もちろん、芸術漫談戦法が通じないお客様もいらっしゃいます。
それはそれで、仕方がありません。
私のお客様ではないと思って諦めます。
他にそのお客様に合う商人から、お求めになればいいのだと思います。
すなわち、商売人の技量とうのは相対的、定性的なものなんですね。
多くの人に対応できる、というのが天分の部分で、これはどうしようもない。
自分がどういう人間で、どういう得意技をもって、どういうお客様を対象にしていくのか。
それが定まらないと、50代以降は難しいのではないかと思います。
繁華街にある呉服チェーン店には、若いお兄ちゃんが結構いたりしますよね。
あれは、あれで、使えるんだと思います。
でも、一生呉服でごはんを食べていけるかといえば、非常に難しいのです。
着物屋なんだから、着物の事を知っているのは当たり前です。
男性販売員が、ベテランの女性販売員に勝つにはどうしたらいいか。
競争相手が持っていないモノを持てば良いのです。
それが、自分の花になります。
明日から、沖縄行ってきます! (^o^)
2012年04月28日
『商道 風姿花伝』第21話
『申楽の勝負の立合の手立はいかに』
他座の役者との競演に勝つためにはどうしたらよいか、を世阿弥は書いています。
その方法として、
?たくさんの上演可能演目を保有して相手方の能とは違う姿の能をぶつける
?そのためにも和歌を学び、自作の能を持つこと。
としています。
浮ついた理屈を書くのではなく、あくまで実践的に書いているところが世阿弥のすごさだと思います。
着物の商いでもまったく同じ事が言えるのではないかと思います。
相手と違う能をぶつけるためには相手の得意な能、出してきそうな能を見極めなければなりません。
傾向と対策がきちんと練られていなければ、相手と違うもへったくれも無いわけです。
世阿弥レベルになると仮想的は絞られていたはずで、仮想的に勝つために己の長所を最大限に引き出す能を自作していたんじゃないでしょうか。
変わっている、他と違うだけではダメなのです。相手の長所を抑えて、さらに自分の長所が相手の長所を上回らなければ勝つことはできません。
ここで、注目すべきは、観る人=勝敗を下す人の視点が全く触れられて居ないことです。
『良い作品を、うまく演じて、上々の出来である』のが上の能だと書いています。
『敵人の申楽に変へてすれば、いかに敵方の申楽よけれども、さのみに負くる事なし。もし能よく出で来れば、勝つ事は治定なるべし』
つまり相手と違う感じのをやれば、どんなに相手の出来がよくてもボロ負けすることはないし、こちらの出来がよければ必勝である、というのです。
こちらの出来がよければ必勝、というに至るにはかなりの自信がなければいけませんよね。
その域にまで達するにはやはり『自作』でなければならない、と考えて良いのではないでしょうか。
競演の場合、普通に考えて、演技力は五分と五分。
それを見比べるのが競演の楽しみなのですから、力が圧倒的に違う役者はでてくるはずがありません。
力とその日の出来、そして選んだ演目が勝っていれば勝つのはあたりまえ。
弱含みの時に、どう戦うかが、不利とみたときに、いかにドローに持ち込むか。
勝負の本質とは負けないことであると私も思います。
私の場合、競合他社と比べて規模は小さいし、相手は大きな集散地に属しているし、普通に考えたら問屋としては勝てません。
沖縄染織の仕事は父から受け継いだモノですが、私が会社を引き継いだときに、『どないして戦っていこうか』とつくづく考えました。
毎月の様に沖縄に行って、ただ、フラフラとあっちの組合、こっちの作家さんと、訪ね歩いていたんです。
実はいまお付き合いしている作家さんたちは、ほとんど私が開拓した人達で、親から引き継いだのはほとんどいません。
作家さんたちに色々聞くと、『どんなの造ったらいいですか』という質問がやたらと多い、というかそんなのばっかりなんです。
ですから、京都の問屋の人が来ても、同じような質問をしてるはずなんですね。
そうするとどうなるかといえば、京風のものになるか、無難なものになるかのどちらかです。
『こら、あかんわ!』と思ったわけです。
京都へ京風の沖縄モノ持って行ったって、勝てるわけがない。
京風は京都で造った方がいいのができるに決まってますから。
それで、私はジッと考えてみたんです。
何を考えたかというと、沖縄と大阪人である自分の事です。
沖縄の歴史、風土、そして大阪のそれ。
私のでどころである堺の歴史・文化・風土・・・
来る日も来る日も考え続けて、ある時、一つにまとまったんです。
それは、山から日が昇り海に沈む地形、海を臨み諸外国と交流し歴史、その風土の中で育まれた文化。
そこには、庶民のたくましい生きる力があった。
それを表現した染織品を造ろう!というのが私のものづくりの原点です。
そして、小袖展などを観て感じたことは、いまある『わびさび』の美意識への疑問です。
『わびさび』を否定しているのではありません。
しかし、利休が行き着いた境地と、今考えられているものとは違うような気がしたのです。
京都の文化・美意識はすばらしいものであるけれども、それがすべてではない。
着物といえば、京都だと言われることに息苦しさを感じている人も多いはずだ。
伸びやかで力強い=堺と沖縄に共通した=南方のおおらかな美しさを提案して、世の中に元気を贈りたい!
貴族的ではない、私たちが日々の生活を元気にはつらつと送っていける、作っても使っても楽しい、豊かな気持ちになる、そんなものを作ろう!
敵を知り、己を知らなければこの戦法は採れないわけですから、多大な努力が必要です。
しかし、双方をしれば、自分の守備範囲も広がります。
ですから私は、商品の扱いとしてはオールラウンダーです。
でも、私の生み出した作品は、私が一番の扱い手です。
この分野、この美の範疇に入ったら、私に及ぶモノは居ない。
絶対に勝てる、と信じています。
つまり、十八番(おはこ)なんですね。
十八番を競争対抗戦略に基づいて、作り上げる。
これが競演に勝つ秘訣だと私は思います。
勝ち負けは、受け手の好みや作品の出来不出来も左右します。
でも、比較されにくい強みを持っていれば、下位や劣位に置かれることはないのです。
芸術の世界は、能などの舞台芸術も染織などの工芸の世界も同じです。
トップまるどりです。
ですから、下位・劣位に置かれることは死を意味します。
そうならないように並列されて評価される様に持って行くことが大事なんです。
その差・違いを生み出す為には、作品の差や違いを考える事より、他者と自分がどう違うのかを突き詰めて考える事が大事なんだと思うのです。
生み出す土壌の差を適切に認識することが、それを活かした作品を生み出し続ける事に繋がるのではないでしょうか。
ですから、自分を愛すること、親戚・先祖を愛すること、郷土を愛すること、祖国を愛すること。
これがなければ、根無し草な小手先の作品しか出来ないし、人の心を打つことはできないと私は思います。
他座の役者との競演に勝つためにはどうしたらよいか、を世阿弥は書いています。
その方法として、
?たくさんの上演可能演目を保有して相手方の能とは違う姿の能をぶつける
?そのためにも和歌を学び、自作の能を持つこと。
としています。
浮ついた理屈を書くのではなく、あくまで実践的に書いているところが世阿弥のすごさだと思います。
着物の商いでもまったく同じ事が言えるのではないかと思います。
相手と違う能をぶつけるためには相手の得意な能、出してきそうな能を見極めなければなりません。
傾向と対策がきちんと練られていなければ、相手と違うもへったくれも無いわけです。
世阿弥レベルになると仮想的は絞られていたはずで、仮想的に勝つために己の長所を最大限に引き出す能を自作していたんじゃないでしょうか。
変わっている、他と違うだけではダメなのです。相手の長所を抑えて、さらに自分の長所が相手の長所を上回らなければ勝つことはできません。
ここで、注目すべきは、観る人=勝敗を下す人の視点が全く触れられて居ないことです。
『良い作品を、うまく演じて、上々の出来である』のが上の能だと書いています。
『敵人の申楽に変へてすれば、いかに敵方の申楽よけれども、さのみに負くる事なし。もし能よく出で来れば、勝つ事は治定なるべし』
つまり相手と違う感じのをやれば、どんなに相手の出来がよくてもボロ負けすることはないし、こちらの出来がよければ必勝である、というのです。
こちらの出来がよければ必勝、というに至るにはかなりの自信がなければいけませんよね。
その域にまで達するにはやはり『自作』でなければならない、と考えて良いのではないでしょうか。
競演の場合、普通に考えて、演技力は五分と五分。
それを見比べるのが競演の楽しみなのですから、力が圧倒的に違う役者はでてくるはずがありません。
力とその日の出来、そして選んだ演目が勝っていれば勝つのはあたりまえ。
弱含みの時に、どう戦うかが、不利とみたときに、いかにドローに持ち込むか。
勝負の本質とは負けないことであると私も思います。
私の場合、競合他社と比べて規模は小さいし、相手は大きな集散地に属しているし、普通に考えたら問屋としては勝てません。
沖縄染織の仕事は父から受け継いだモノですが、私が会社を引き継いだときに、『どないして戦っていこうか』とつくづく考えました。
毎月の様に沖縄に行って、ただ、フラフラとあっちの組合、こっちの作家さんと、訪ね歩いていたんです。
実はいまお付き合いしている作家さんたちは、ほとんど私が開拓した人達で、親から引き継いだのはほとんどいません。
作家さんたちに色々聞くと、『どんなの造ったらいいですか』という質問がやたらと多い、というかそんなのばっかりなんです。
ですから、京都の問屋の人が来ても、同じような質問をしてるはずなんですね。
そうするとどうなるかといえば、京風のものになるか、無難なものになるかのどちらかです。
『こら、あかんわ!』と思ったわけです。
京都へ京風の沖縄モノ持って行ったって、勝てるわけがない。
京風は京都で造った方がいいのができるに決まってますから。
それで、私はジッと考えてみたんです。
何を考えたかというと、沖縄と大阪人である自分の事です。
沖縄の歴史、風土、そして大阪のそれ。
私のでどころである堺の歴史・文化・風土・・・
来る日も来る日も考え続けて、ある時、一つにまとまったんです。
それは、山から日が昇り海に沈む地形、海を臨み諸外国と交流し歴史、その風土の中で育まれた文化。
そこには、庶民のたくましい生きる力があった。
それを表現した染織品を造ろう!というのが私のものづくりの原点です。
そして、小袖展などを観て感じたことは、いまある『わびさび』の美意識への疑問です。
『わびさび』を否定しているのではありません。
しかし、利休が行き着いた境地と、今考えられているものとは違うような気がしたのです。
京都の文化・美意識はすばらしいものであるけれども、それがすべてではない。
着物といえば、京都だと言われることに息苦しさを感じている人も多いはずだ。
伸びやかで力強い=堺と沖縄に共通した=南方のおおらかな美しさを提案して、世の中に元気を贈りたい!
貴族的ではない、私たちが日々の生活を元気にはつらつと送っていける、作っても使っても楽しい、豊かな気持ちになる、そんなものを作ろう!
敵を知り、己を知らなければこの戦法は採れないわけですから、多大な努力が必要です。
しかし、双方をしれば、自分の守備範囲も広がります。
ですから私は、商品の扱いとしてはオールラウンダーです。
でも、私の生み出した作品は、私が一番の扱い手です。
この分野、この美の範疇に入ったら、私に及ぶモノは居ない。
絶対に勝てる、と信じています。
つまり、十八番(おはこ)なんですね。
十八番を競争対抗戦略に基づいて、作り上げる。
これが競演に勝つ秘訣だと私は思います。
勝ち負けは、受け手の好みや作品の出来不出来も左右します。
でも、比較されにくい強みを持っていれば、下位や劣位に置かれることはないのです。
芸術の世界は、能などの舞台芸術も染織などの工芸の世界も同じです。
トップまるどりです。
ですから、下位・劣位に置かれることは死を意味します。
そうならないように並列されて評価される様に持って行くことが大事なんです。
その差・違いを生み出す為には、作品の差や違いを考える事より、他者と自分がどう違うのかを突き詰めて考える事が大事なんだと思うのです。
生み出す土壌の差を適切に認識することが、それを活かした作品を生み出し続ける事に繋がるのではないでしょうか。
ですから、自分を愛すること、親戚・先祖を愛すること、郷土を愛すること、祖国を愛すること。
これがなければ、根無し草な小手先の作品しか出来ないし、人の心を打つことはできないと私は思います。
2012年04月25日
『商道 風姿花伝』第20話
【序破急】
ご無沙汰しておりました <(_ _)>
先週の初めから、帯状疱疹を患いまして、静養しておりました。
ここ最近の無理がたたったようで、大変つらい思いを致しました。
疱疹は引きましたが、神経痛がまだ残っていて、昨日ペインクリニックに行って来ました。
これからは、無理をせずに、年齢にあったマイルドな活動を心がけたいと想っています。
さて、序破急です。
序破急とは・・・
【ウィキペディアより】
本来は雅楽の演奏についての言葉である。雅楽の唐楽などで、曲を構成する三つの部分をいい、ほぼ西洋音楽の楽章に相当する。「序」が無拍子かつ低速度で展開され、太鼓の拍数のみを定めて自由に奏され、「破」から拍子が加わり、「急」で加速が入り一曲三部構成を成す。序破急一組で楽式とも考えることができる。ただし、序破急すべてを備えていない(失われたか、始めから存在しない)曲も多い。
「序破急」の語は、猿樂、世阿彌の書『花鏡』、『三道』、『風姿花伝』で触れられているので、有名である。そのため、能からの言葉と誤解されることが多いが、元来は雅楽から発した語であった。しかし、世阿弥は、それを芸道一般に通じることと論じている。
現代日本では、物語などにおける四段構成(“起承転結”)に対する三段構成を指す概念として用いられ、舞台の“三幕構成”などの類似語として使われることがある。また、起承転結とともに小中学校の作文技法として使われる。
ということです。
商いの世界で言えば・・・ひとつの流れと言ってもいいのでしょうか。
作品をご紹介する前、その後、締めくくり・・・
一連の流れの中で、お客様の反応を見ながら、話を進めていくわけです。
基本的には、あまり難しい事をつらつら話すのは意味がありません。
ポイントだけを繰り返し繰り返し、お経を詠むように、話し続けるというのが基本です。
また、立て板に水のようにあまりに流ちょう過ぎてもいけません。
訥々と、ひっかかりながら話をするほうが、お客様は聞き耳を立ててくださいます。
大きな声でハッキリ話す部分、ささやくように話す部分があって、トークが活き活きとしてきます。
これは、歌でも同じですね。
一本調子にならないように、お客様の反応に合わせて、興味と注意を引くように話を続けるわけです。
私なら、馴染みのお客様なら自信満々に、初めてのお客様ならささやくようにします。
これは何が良いというのはなくて、その人のキャラクターや語り口によります。
自分にあった話し方を見つけることです。
話がうまいからよく売れるということでもありませんし、その逆も真なりです。
序破急のタイミングを捉えるのは、経験とカン以外にありません。
ブワーッと柔らかい話が続く中で、シャボン玉を割れないように手で押すように、ジュワーッと詰めていく。
最後はビシィーッと締めなければなりません。
最後が一番肝心です。
ここが甘いと、すべてワヤです。
この流れの『息』が味噌なんです。
世阿弥はとても簡単にさらっと書いていますが、これはたぶん書いても解らないからだろうと想います。
脳みそと神経と体で覚えないと、どうにもなりません。
その上に、センスも必要です。
ですから、商いの道は、人生の早い時期から始めないと難しいのです。
ご無沙汰しておりました <(_ _)>
先週の初めから、帯状疱疹を患いまして、静養しておりました。
ここ最近の無理がたたったようで、大変つらい思いを致しました。
疱疹は引きましたが、神経痛がまだ残っていて、昨日ペインクリニックに行って来ました。
これからは、無理をせずに、年齢にあったマイルドな活動を心がけたいと想っています。
さて、序破急です。
序破急とは・・・
【ウィキペディアより】
本来は雅楽の演奏についての言葉である。雅楽の唐楽などで、曲を構成する三つの部分をいい、ほぼ西洋音楽の楽章に相当する。「序」が無拍子かつ低速度で展開され、太鼓の拍数のみを定めて自由に奏され、「破」から拍子が加わり、「急」で加速が入り一曲三部構成を成す。序破急一組で楽式とも考えることができる。ただし、序破急すべてを備えていない(失われたか、始めから存在しない)曲も多い。
「序破急」の語は、猿樂、世阿彌の書『花鏡』、『三道』、『風姿花伝』で触れられているので、有名である。そのため、能からの言葉と誤解されることが多いが、元来は雅楽から発した語であった。しかし、世阿弥は、それを芸道一般に通じることと論じている。
現代日本では、物語などにおける四段構成(“起承転結”)に対する三段構成を指す概念として用いられ、舞台の“三幕構成”などの類似語として使われることがある。また、起承転結とともに小中学校の作文技法として使われる。
ということです。
商いの世界で言えば・・・ひとつの流れと言ってもいいのでしょうか。
作品をご紹介する前、その後、締めくくり・・・
一連の流れの中で、お客様の反応を見ながら、話を進めていくわけです。
基本的には、あまり難しい事をつらつら話すのは意味がありません。
ポイントだけを繰り返し繰り返し、お経を詠むように、話し続けるというのが基本です。
また、立て板に水のようにあまりに流ちょう過ぎてもいけません。
訥々と、ひっかかりながら話をするほうが、お客様は聞き耳を立ててくださいます。
大きな声でハッキリ話す部分、ささやくように話す部分があって、トークが活き活きとしてきます。
これは、歌でも同じですね。
一本調子にならないように、お客様の反応に合わせて、興味と注意を引くように話を続けるわけです。
私なら、馴染みのお客様なら自信満々に、初めてのお客様ならささやくようにします。
これは何が良いというのはなくて、その人のキャラクターや語り口によります。
自分にあった話し方を見つけることです。
話がうまいからよく売れるということでもありませんし、その逆も真なりです。
序破急のタイミングを捉えるのは、経験とカン以外にありません。
ブワーッと柔らかい話が続く中で、シャボン玉を割れないように手で押すように、ジュワーッと詰めていく。
最後はビシィーッと締めなければなりません。
最後が一番肝心です。
ここが甘いと、すべてワヤです。
この流れの『息』が味噌なんです。
世阿弥はとても簡単にさらっと書いていますが、これはたぶん書いても解らないからだろうと想います。
脳みそと神経と体で覚えないと、どうにもなりません。
その上に、センスも必要です。
ですから、商いの道は、人生の早い時期から始めないと難しいのです。
2012年04月15日
『商道 風姿花伝』第19話
【風姿花伝第三 問答条々】
能楽興業をするのに、その当日になって最初に会場をみて、上手くいくかどうか認識するとはどういう事か。
世阿弥は『そんなもん、達人やないとわからへん』と書いています。
そして、観客がざわざわして、落ち着かないときにシテはどのようにすればいいのかを具体的に書いています。
着物の商いでお客様がざわざわしているシーンがあると思いますか?
結構頻繁にあるんですよ。
もちろん、お客様が複数の時にそうなります。
複数で会場にいらっしゃったとき、お客様のご自宅に訪問したときに、別のお客様がおいでになったとき、等です。
基本的に、お客様が複数の時の商談は非常に難しいです。
母娘とか、姉妹などの場合はいいのですが、お友達とかですと、非常に厳しい状況に追い込まれます。
まず、お客様と正対して、きちんとお話を進めていくこと自体が難しいのです。
私の場合、お客様が別のお話をされているときは、品物をお見せしません。
話が終わられて、こちらの話に耳を傾けてくださる態勢になってから、おもむろに広げていきます。
ほとんどの場合、お客様同士が牽制しあって、お話が上手くいきません。
途中で、また話が脱線する場合もあります。
その時は、ジワジワと品物を片付けます。
この状況に陥ると、どうにもなりません。
唯一の打開策は、着物=商品以外のところで、お客様との接点を見いだして、お客様の輪の中に入り込むことです。
趣味やら、共通の知人、などの話から、ガラッと展開が変わることがあります。
つまり、正対していながら、お客様が私の話をお聞きにならないという状態は、『壁』を造っていらっしゃるととらえた方がいいのです。
不審感を持っていらっしゃるとか、私自身に違和感を持っていらっしゃるとか、いろんな理由があると思います。
そんな状態で、いくら作品をご覧にいれても、お客様は心を開かれることはないと思います。
まずは、少し反応があった作品数点だけを残して、あとはしまってしまう。
そして、まずはお客様のお話されている内容をじっくり聞くのです。
そこから糸口を見つけて、絡みをほどいていくしかありません。
しかし、限られた時間で、それを成功させるのは非常に難しいです。
私としては、『次』に繋がる話をするように心がけます。
展示会場などでお客様の来店が多いとき、その状態に陥ったら、失礼にならないようにお声がけして、その場を立ち去るより方法がありません。
これは真実です。
世阿弥も書いていますが、こんな時は、上手くいくことが少ないのです。
それが、商いにおける『読み』です。
逆に、お客様がお一人で、話を聞いてくださっているのですが、まったく無反応な場合もあります。
これも同じです。壁を造っていらっしゃるのです。
好みが合わないか、値段が合わないか、人間が合わないか、のどれかです。
両方とも、同じことなのですが『会話』がないと商売は成立しないのです。
ですから、まずは会話をする。会話をするためには、お客様に話して頂いてそれを聞くという態勢をとることです。
話をするのではなくて、まずは聞かせて頂くのです。
そのためには、時には『沈黙』も必要です。
沈黙を恐れる商売人は、上手とは言えないと私は思います。
沈黙して、お客様の目の動き、手の動き、表情などを、つぶさに読み取るのです。
言葉には発していなくても『目は口ほどに物を言う』のです。
私の場合、巨漢のオッサンなので、ガンガン押しはもう出来ません。
女性販売員や若い男性なら、いけるかもしれませんが、私くらいの年配になると、押しつけがましくなって嫌われます。
ですから『引き』の商売を心がけているんですね。
催事やキャンペーンの場合、私たちメーカーがお客様になにか買わなければならない義理を感じてもらうことはまず出来ません。
それだけの人間関係も簡単には構築できません。
商品がすべてです。
商品の魅力がなければ、お客様にお話をして頂くこともできないのです。
まずは、そこからです。
会話が始まれば、また作品をご覧にいれて、その中からお客様の目が真剣になる作品が出てくることがあります。
それも目と手の動きです。
そこから、ジワーッと、薄い一反木綿を水平にそのまま持ち上げるような感じで、まるで太極拳の平手打ちの様に、前に押すのです。
その周りの空気、全体を押す感じです。
複数のお客様がいらっしゃって、流れを逆流されたり、止められたりしたら、もうダメです。
どんな魅力ある品物も、卓越した技術も、人間のつながりには勝てません。
和やかに撤退時期を計りながら、失礼にならないようにお勧めする作業を続けていく。
アカン!と思って、さっさと片付けてはいけません。
お互いの後味が悪くなる、つまり場が汚れます。
良い作品なんですけどね、よろしいですか、残念ですね・・・とかぐちゃぐちゃ言いながら、無念さをにじみ出して、がっかりした悲しそうな表情を浮かべながらも、ジワジワと片付ける。そして・・・・じゃ、また良いのを探させてもらいますので、よろしくお願いいたします。
で、フィニッシュ。
お客様がお求めにならないときほど、慎重な対応が必要です。
クレームになるのは、決まってお客様がお求めにならなかった時です。
時間が限られていたり、お客様が多かったり、売り上げが思うようにいかなかったりして、焦っている時ほど、気持ちを整理して、3倍くらいの笑顔を作って、お客様の前を去るようにしなければダメです。
また、そうしなければ、次のお客様に向かうときに、自分の心にイヤな感じが残って悪影響が出てしまうのです。
常に心を平穏にしておく。
品物でご満足いただけなかったお客様には、せめて面白いお話でも聞いて頂こう、くらいの気持ちで居た方がいいと思います。
世阿弥はこう書いています。
『そもそも、一切は、陰陽の和する所の境を、成就とは知るべし』
すなわち、お客様がざわついているときや高ぶっているときは、こちらは、淡々と低い姿勢でことを進め、逆に、お客様に反応がないときは、こちらが陽を演じるのです。
そして最後は『秘するが花』です。
能楽興業をするのに、その当日になって最初に会場をみて、上手くいくかどうか認識するとはどういう事か。
世阿弥は『そんなもん、達人やないとわからへん』と書いています。
そして、観客がざわざわして、落ち着かないときにシテはどのようにすればいいのかを具体的に書いています。
着物の商いでお客様がざわざわしているシーンがあると思いますか?
結構頻繁にあるんですよ。
もちろん、お客様が複数の時にそうなります。
複数で会場にいらっしゃったとき、お客様のご自宅に訪問したときに、別のお客様がおいでになったとき、等です。
基本的に、お客様が複数の時の商談は非常に難しいです。
母娘とか、姉妹などの場合はいいのですが、お友達とかですと、非常に厳しい状況に追い込まれます。
まず、お客様と正対して、きちんとお話を進めていくこと自体が難しいのです。
私の場合、お客様が別のお話をされているときは、品物をお見せしません。
話が終わられて、こちらの話に耳を傾けてくださる態勢になってから、おもむろに広げていきます。
ほとんどの場合、お客様同士が牽制しあって、お話が上手くいきません。
途中で、また話が脱線する場合もあります。
その時は、ジワジワと品物を片付けます。
この状況に陥ると、どうにもなりません。
唯一の打開策は、着物=商品以外のところで、お客様との接点を見いだして、お客様の輪の中に入り込むことです。
趣味やら、共通の知人、などの話から、ガラッと展開が変わることがあります。
つまり、正対していながら、お客様が私の話をお聞きにならないという状態は、『壁』を造っていらっしゃるととらえた方がいいのです。
不審感を持っていらっしゃるとか、私自身に違和感を持っていらっしゃるとか、いろんな理由があると思います。
そんな状態で、いくら作品をご覧にいれても、お客様は心を開かれることはないと思います。
まずは、少し反応があった作品数点だけを残して、あとはしまってしまう。
そして、まずはお客様のお話されている内容をじっくり聞くのです。
そこから糸口を見つけて、絡みをほどいていくしかありません。
しかし、限られた時間で、それを成功させるのは非常に難しいです。
私としては、『次』に繋がる話をするように心がけます。
展示会場などでお客様の来店が多いとき、その状態に陥ったら、失礼にならないようにお声がけして、その場を立ち去るより方法がありません。
これは真実です。
世阿弥も書いていますが、こんな時は、上手くいくことが少ないのです。
それが、商いにおける『読み』です。
逆に、お客様がお一人で、話を聞いてくださっているのですが、まったく無反応な場合もあります。
これも同じです。壁を造っていらっしゃるのです。
好みが合わないか、値段が合わないか、人間が合わないか、のどれかです。
両方とも、同じことなのですが『会話』がないと商売は成立しないのです。
ですから、まずは会話をする。会話をするためには、お客様に話して頂いてそれを聞くという態勢をとることです。
話をするのではなくて、まずは聞かせて頂くのです。
そのためには、時には『沈黙』も必要です。
沈黙を恐れる商売人は、上手とは言えないと私は思います。
沈黙して、お客様の目の動き、手の動き、表情などを、つぶさに読み取るのです。
言葉には発していなくても『目は口ほどに物を言う』のです。
私の場合、巨漢のオッサンなので、ガンガン押しはもう出来ません。
女性販売員や若い男性なら、いけるかもしれませんが、私くらいの年配になると、押しつけがましくなって嫌われます。
ですから『引き』の商売を心がけているんですね。
催事やキャンペーンの場合、私たちメーカーがお客様になにか買わなければならない義理を感じてもらうことはまず出来ません。
それだけの人間関係も簡単には構築できません。
商品がすべてです。
商品の魅力がなければ、お客様にお話をして頂くこともできないのです。
まずは、そこからです。
会話が始まれば、また作品をご覧にいれて、その中からお客様の目が真剣になる作品が出てくることがあります。
それも目と手の動きです。
そこから、ジワーッと、薄い一反木綿を水平にそのまま持ち上げるような感じで、まるで太極拳の平手打ちの様に、前に押すのです。
その周りの空気、全体を押す感じです。
複数のお客様がいらっしゃって、流れを逆流されたり、止められたりしたら、もうダメです。
どんな魅力ある品物も、卓越した技術も、人間のつながりには勝てません。
和やかに撤退時期を計りながら、失礼にならないようにお勧めする作業を続けていく。
アカン!と思って、さっさと片付けてはいけません。
お互いの後味が悪くなる、つまり場が汚れます。
良い作品なんですけどね、よろしいですか、残念ですね・・・とかぐちゃぐちゃ言いながら、無念さをにじみ出して、がっかりした悲しそうな表情を浮かべながらも、ジワジワと片付ける。そして・・・・じゃ、また良いのを探させてもらいますので、よろしくお願いいたします。
で、フィニッシュ。
お客様がお求めにならないときほど、慎重な対応が必要です。
クレームになるのは、決まってお客様がお求めにならなかった時です。
時間が限られていたり、お客様が多かったり、売り上げが思うようにいかなかったりして、焦っている時ほど、気持ちを整理して、3倍くらいの笑顔を作って、お客様の前を去るようにしなければダメです。
また、そうしなければ、次のお客様に向かうときに、自分の心にイヤな感じが残って悪影響が出てしまうのです。
常に心を平穏にしておく。
品物でご満足いただけなかったお客様には、せめて面白いお話でも聞いて頂こう、くらいの気持ちで居た方がいいと思います。
世阿弥はこう書いています。
『そもそも、一切は、陰陽の和する所の境を、成就とは知るべし』
すなわち、お客様がざわついているときや高ぶっているときは、こちらは、淡々と低い姿勢でことを進め、逆に、お客様に反応がないときは、こちらが陽を演じるのです。
そして最後は『秘するが花』です。
2012年04月10日
『商道 風姿花伝』第18話
【唐事】
ここでは、中国人の物まねの話が書かれています。
かといって、私達が中国人の物まねをして『これ、琉球絣アルヨ』とかは言えないわけで(^_^;)、今回は、外国文化の影響を強く受けた今のわが国で、キモノというものをどう捉えてお客様に話をすればいいのかを考えて見たいと想います。
ちょっと前に『キモノを着ている呉服屋が良い呉服屋とは限らない』と書いたら、えらい反響を頂きました。
消費者の方の多くは、呉服屋にキモノを着ていて欲しい、と想っていらっしゃる事がよく分かりました。
でも、ひとつ付け加えるとすれば、今、世間で想われているいわゆる『キモノ』というものが和装の全てではないということです。
テレビでやっている時代劇とか、歌舞伎をご覧になる方なら、役者の衣裳をよく思い起こしてみてください。
職人は職人の、農民は農民の、漁民は漁民のそれぞれ、仕事にふさわしい形の衣服を着ています。
『キモノが動きにくいなんて言うな』というご意見もありましたが、今の袖の振りがあって、裾までの身丈のある長着というのは、本来動きにくいもので、おうちでゆっくりしたり、あまり動かないで良い人達のキモノの形だったのです。
柳田國男という民俗学者も『木綿以前の事』という本の中に書いています。
わかりやすく言えば、お祭りの時に法被にモモヒキであったり、柔道着、剣道着なんかも和装=キモノであるわけです。
それが、スタイリッシュに労働着を着て且つ接客も出来るようになったというのが洋服=背広だと考えたら良いのじゃないかと想います。
商店街の呉服屋さんのように、ノーネクタイにカーディガンなんていうのは、ちょっとどうかと想いますけど、今は昔のような徒弟制がなくなって、一人の人がいろんな業務をこなします。
私などは、亭主であり、番頭であり、丁稚でもあります。
特に小売の世界では、亭主もあらゆる業務をこなしている場合が多いですから、合理的に考えて背広がいいのです。
つまりは、筒袖の綿の着物にモモヒキでお客様の前には出られないので、それが背広になったというだけのことです。
すなわち、いまのキモノというモノを考える時に、現実の生活の中で捉えて、合理的に判断する俯瞰的かつ客観的視点が必要だと私は思うわけです。
お客様に『○○さんの△△祝賀パーティーに行くのだけれど、梅雨時だから雨が心配なのよね。キモノで行きたいのだけど、洋服ならなにがいいのかしら』
という話を聞いて、『お洋服なら○○が適切かと存じます。』と応え、アクセサリーやバッグなどの持ち物まで、適格に答えられなければ呉服屋ではありません。
何故、呉服屋が洋服にまで口を出さねばならないか?
それは当然なのです。
呉服屋は冠婚葬祭のコーディネーターであり、アドバイザーだからです。
呉服屋で一番大事なのは、品名を知っている事ではありません。
どんな時に、どんな場に、どんな装いをしていけばいいのかを、適格に答えることです。
洋服であろうが、和服であろうが、日本の冠婚葬祭は日本の習慣に沿って行われます。
また、季節もそうですし、日本人の感性というものに沿って『場』が生まれるわけです。
ですから、これは外国人には解らないことです。
結婚式場は結婚式の、葬儀屋は葬儀の事について知っていますが、すべてを知っているのは呉服屋だけです。
また、呉服屋というのはそうであるべきで、責任をもって適切なアドバイスができなければなりません。
いまのキモノのしきたりというのは、実はそんなに昔からあるものではありません。
しかし、アタマの良い人が考えたのでしょうか、非常に合理的に考えられています。
また、日本人の感性にあっていると想います。
また、なぜ、日本人にしかできないかというと、微妙な親戚関係、友人関係、隣人関係をかみ分けて、『分別の効いた』装いをして頂く事も必要だからです。
私もいろんな場所にお招き頂きます。
完璧ではありませんから、顔から火が出る想いをすることもあります。
でも、そこから次には絶対に間違わない、パーフェクトにやってみせる、という気持ちで知識を整えるのが呉服屋の使命です。
もちろん、『なんでもええねん』というお客様もいらっしゃいます。
しかし、お節介と言われても、お話しだけは聞いて頂きたいのです。
なぜかというと、もしかしたらお客様が恥をかかれることになるかも知れないからです。
また、自分も『出入りの呉服屋』として恥をさらすことになるからです。
今、誰も笑いません。ほとんどの人は、装いとかドレスコードについてご存じないからです。
でも、もし一人でも、気づいた方がいらっしゃったら・・・
そう思うと、いてもたってもいられない、これが呉服屋本来の感覚だと私は思うのです。
キモノをよく知っているといはどういう事か?
それは、日本の文化・習慣に精通しているということなんです。
品質と価格が釣り合っているとか、適正な品名表示がされているなんて言う事は、本来、全く当たり前の事なんです。
例えば、結婚式にお出ましになると言うときにはお客様に様々な質問をさせて頂かねばなりません。
まずは、だれの結婚式なのか、です。ご子息なのかご令嬢なのか、甥御、姪御さんなのか、友人なのか、友人の子供なのか、仕事上なら、お得意先なのか、仕入れ先なのか、使用人なのか・・・
そして、どの立場で出席なさるのか。
季節は何時か。
配偶者は同席されるのか。
どんな形式の結婚式なのか・・・
会場は・・・
等々です。
そこから、適切な装いをはじき出していくわけです。
それが洋服であっても同じ事です。
というか、洋服のTPOがちゃらんぽらんであることに、私は慨嘆を禁じ得ないのです。
なぜなら、これだけ豊になったのに、装いという事に関しては本当にメリハリが無くなってしまったからです。
紬屋だから紬だけ知っていればいいというものではありませんし、呉服屋だからキモノだけ知っていればいいというのではありません。
『何故、キモノを着るのか?』
日本の文化だから、なんて耳がイイダコになる位聞く話ではなくて、もっと広く深く、世界の中の日本、そして服飾の中のキモノ、そしてキモノの中の○○という風に考えを詰めていかねばならないと私は思います。
服飾は歴史や文化と深く繋がっています。
他の服飾がそうであるように、キモノ=和装というのは日本人の感性が表現されたスタイルブックのようなものです。
私達、呉服商は、お客様の感性の表現のお手伝いという大きな役割を担っているのだ、という自覚が必要だと私は思うのです。
ここでは、中国人の物まねの話が書かれています。
かといって、私達が中国人の物まねをして『これ、琉球絣アルヨ』とかは言えないわけで(^_^;)、今回は、外国文化の影響を強く受けた今のわが国で、キモノというものをどう捉えてお客様に話をすればいいのかを考えて見たいと想います。
ちょっと前に『キモノを着ている呉服屋が良い呉服屋とは限らない』と書いたら、えらい反響を頂きました。
消費者の方の多くは、呉服屋にキモノを着ていて欲しい、と想っていらっしゃる事がよく分かりました。
でも、ひとつ付け加えるとすれば、今、世間で想われているいわゆる『キモノ』というものが和装の全てではないということです。
テレビでやっている時代劇とか、歌舞伎をご覧になる方なら、役者の衣裳をよく思い起こしてみてください。
職人は職人の、農民は農民の、漁民は漁民のそれぞれ、仕事にふさわしい形の衣服を着ています。
『キモノが動きにくいなんて言うな』というご意見もありましたが、今の袖の振りがあって、裾までの身丈のある長着というのは、本来動きにくいもので、おうちでゆっくりしたり、あまり動かないで良い人達のキモノの形だったのです。
柳田國男という民俗学者も『木綿以前の事』という本の中に書いています。
わかりやすく言えば、お祭りの時に法被にモモヒキであったり、柔道着、剣道着なんかも和装=キモノであるわけです。
それが、スタイリッシュに労働着を着て且つ接客も出来るようになったというのが洋服=背広だと考えたら良いのじゃないかと想います。
商店街の呉服屋さんのように、ノーネクタイにカーディガンなんていうのは、ちょっとどうかと想いますけど、今は昔のような徒弟制がなくなって、一人の人がいろんな業務をこなします。
私などは、亭主であり、番頭であり、丁稚でもあります。
特に小売の世界では、亭主もあらゆる業務をこなしている場合が多いですから、合理的に考えて背広がいいのです。
つまりは、筒袖の綿の着物にモモヒキでお客様の前には出られないので、それが背広になったというだけのことです。
すなわち、いまのキモノというモノを考える時に、現実の生活の中で捉えて、合理的に判断する俯瞰的かつ客観的視点が必要だと私は思うわけです。
お客様に『○○さんの△△祝賀パーティーに行くのだけれど、梅雨時だから雨が心配なのよね。キモノで行きたいのだけど、洋服ならなにがいいのかしら』
という話を聞いて、『お洋服なら○○が適切かと存じます。』と応え、アクセサリーやバッグなどの持ち物まで、適格に答えられなければ呉服屋ではありません。
何故、呉服屋が洋服にまで口を出さねばならないか?
それは当然なのです。
呉服屋は冠婚葬祭のコーディネーターであり、アドバイザーだからです。
呉服屋で一番大事なのは、品名を知っている事ではありません。
どんな時に、どんな場に、どんな装いをしていけばいいのかを、適格に答えることです。
洋服であろうが、和服であろうが、日本の冠婚葬祭は日本の習慣に沿って行われます。
また、季節もそうですし、日本人の感性というものに沿って『場』が生まれるわけです。
ですから、これは外国人には解らないことです。
結婚式場は結婚式の、葬儀屋は葬儀の事について知っていますが、すべてを知っているのは呉服屋だけです。
また、呉服屋というのはそうであるべきで、責任をもって適切なアドバイスができなければなりません。
いまのキモノのしきたりというのは、実はそんなに昔からあるものではありません。
しかし、アタマの良い人が考えたのでしょうか、非常に合理的に考えられています。
また、日本人の感性にあっていると想います。
また、なぜ、日本人にしかできないかというと、微妙な親戚関係、友人関係、隣人関係をかみ分けて、『分別の効いた』装いをして頂く事も必要だからです。
私もいろんな場所にお招き頂きます。
完璧ではありませんから、顔から火が出る想いをすることもあります。
でも、そこから次には絶対に間違わない、パーフェクトにやってみせる、という気持ちで知識を整えるのが呉服屋の使命です。
もちろん、『なんでもええねん』というお客様もいらっしゃいます。
しかし、お節介と言われても、お話しだけは聞いて頂きたいのです。
なぜかというと、もしかしたらお客様が恥をかかれることになるかも知れないからです。
また、自分も『出入りの呉服屋』として恥をさらすことになるからです。
今、誰も笑いません。ほとんどの人は、装いとかドレスコードについてご存じないからです。
でも、もし一人でも、気づいた方がいらっしゃったら・・・
そう思うと、いてもたってもいられない、これが呉服屋本来の感覚だと私は思うのです。
キモノをよく知っているといはどういう事か?
それは、日本の文化・習慣に精通しているということなんです。
品質と価格が釣り合っているとか、適正な品名表示がされているなんて言う事は、本来、全く当たり前の事なんです。
例えば、結婚式にお出ましになると言うときにはお客様に様々な質問をさせて頂かねばなりません。
まずは、だれの結婚式なのか、です。ご子息なのかご令嬢なのか、甥御、姪御さんなのか、友人なのか、友人の子供なのか、仕事上なら、お得意先なのか、仕入れ先なのか、使用人なのか・・・
そして、どの立場で出席なさるのか。
季節は何時か。
配偶者は同席されるのか。
どんな形式の結婚式なのか・・・
会場は・・・
等々です。
そこから、適切な装いをはじき出していくわけです。
それが洋服であっても同じ事です。
というか、洋服のTPOがちゃらんぽらんであることに、私は慨嘆を禁じ得ないのです。
なぜなら、これだけ豊になったのに、装いという事に関しては本当にメリハリが無くなってしまったからです。
紬屋だから紬だけ知っていればいいというものではありませんし、呉服屋だからキモノだけ知っていればいいというのではありません。
『何故、キモノを着るのか?』
日本の文化だから、なんて耳がイイダコになる位聞く話ではなくて、もっと広く深く、世界の中の日本、そして服飾の中のキモノ、そしてキモノの中の○○という風に考えを詰めていかねばならないと私は思います。
服飾は歴史や文化と深く繋がっています。
他の服飾がそうであるように、キモノ=和装というのは日本人の感性が表現されたスタイルブックのようなものです。
私達、呉服商は、お客様の感性の表現のお手伝いという大きな役割を担っているのだ、という自覚が必要だと私は思うのです。
2012年04月07日
『商道 風姿花伝』第17話
【鬼】
鬼の演技の要諦とは、恐ろしく、強く、そして面白い。
でも、これを両立するシテはほとんど居ない、と世阿弥は書いています。
これは、まさに商売でも同じ事ですね。
優しく面白く語っているのだけれども、何か話に聞き入って、ひき込まれてしまう強さ、威厳を感じる。
私のめざす究極の商売の形です。
初対面のお客様でも、お顔つき、服装、お話の様子から、即座に様々な要素を判断し、適切な品物を取り出し、ひとこと、ふたこと話しただけで成約に至る・・・
これこそが、達人の商売だと私は思います。
そのためには、この鬼の様に、体中から立ち上るオーラと一言一言の言葉の力の強さが必要です。
そして、眼力。
昔、野球の投手対談で、江夏が江川に『究極のピッチングとはなにか?』と聞いたところ、江川は『1試合を27球で終わらせることです』と答えたところ、江夏も同意見だったそうです。
当時は、また江川の省エネ投法の話か、と想っていましたが、違いますね。
27球で終わらせるためには、一人のバッターを1球で仕留めなければいけません。
ということは、必ず初球を振らせて凡打させねばならいのです。
バッターにとって絶好球と思える、ボールを投げて必ず振らせなければ、絶対に出来ない事です。
つまり、バッターの心理、好みのコース、自分のコントロールと球速など、全部が完全に掌握され、実現できなければ、27球では終わらないのです。
とてつもない芸当だということです。
私たちの商売でも、一番大切なのは初球です。
つまり、一番はじめに何をお見せするか。
全然、的が外れていては、お客様が相手にしてくださらなくなる場合もあります。
ですから、こんな方にはこの作品、とある程度のパターンを決めて、自分の中でストーリーを造っておかねばなりません。
電車やバスの中で、前に座ったり立っている人の顔や服装を見て、『この人がお客様だったら、何を勧めるか』を何度も何度も、心に描いて練習するのです。
お顔の色、髪型、服装、持っているモノなどから、だいたいのお好みは類推されるものです。
第一球、外したら・・・
次の手も、きちんと計算されていなければなりません。
そして、そのお話の中から、いろんな情報を頂くのです。
お客様の方から『これこれ、こんな着物とか帯』と言ってくださることはまれです。
それは、言葉の端々や、顔の表情、目の動きで察するのです。
どうやっても、お好みが察しきれない、なにをどうお勧めしたらいいのか途方に暮れてしまうことがあります。
その時は、自分の手には負えないのだと諦めましょう。
諦めも肝心です。
私も、私が作り出す着物や帯が嫌いな方をどうやっても説得できません。
嫌いなモノを自信を持って勧めることもできません。
ですから、諦めます。
着物というのはもう趣味の世界ですから、お好みの問題で、どなたにでも万能に対応出来るモノではないと私は思います。
この『諦め』があるから、商売に力強さが出る。
恐ろしく、怖く、そして面白い・・・
これを表現するには、確信と諦めの両方が必要なんじゃないかと私は思うのです。
琉球びんがたが嫌いだという方にどうやっても、琉球びんがたを売ることは出来ないのです。
でも、既存の琉球びんがたに抱いていらっしゃる観念をひっくり返すことは出来ます。
そのためには、琉球びんがたの持っている長所・短所などの特性を事細かく、正確にかつ客観的に把握していなければなりません。
自分であつめた、あるいは作り出した作品が並んでいるわけですから、店主つまり私なら私の会社の商品群には一定の特徴があるはずで、それを大きく外れた品物があるはずがないのですね。
ですから、必要なことは、お客様の好みがつかみきれないときに、次に展開するパターンを決めておくことです。
これは数多くパターンを持っている方が当然有利です。
それでも、どうしてもダメなら諦めましょう。
作品が合わないか、人間が合わないか、タイミングが合わないかのどれかです。
タイミングは合うことはあっても作品や人間はなかなか合わない。
自信を失うより、確信と諦めをもって商売をする方がいいと私は思います。
つまりは、お客様を良く知るということが、この『恐ろしさ、強さ、おもしろさ』を実現する秘訣じゃないかと思います。
商売抜きで楽しいお話をしていたら、案外、別の所から糸口が見つかったりするものですよ。
鬼の演技の要諦とは、恐ろしく、強く、そして面白い。
でも、これを両立するシテはほとんど居ない、と世阿弥は書いています。
これは、まさに商売でも同じ事ですね。
優しく面白く語っているのだけれども、何か話に聞き入って、ひき込まれてしまう強さ、威厳を感じる。
私のめざす究極の商売の形です。
初対面のお客様でも、お顔つき、服装、お話の様子から、即座に様々な要素を判断し、適切な品物を取り出し、ひとこと、ふたこと話しただけで成約に至る・・・
これこそが、達人の商売だと私は思います。
そのためには、この鬼の様に、体中から立ち上るオーラと一言一言の言葉の力の強さが必要です。
そして、眼力。
昔、野球の投手対談で、江夏が江川に『究極のピッチングとはなにか?』と聞いたところ、江川は『1試合を27球で終わらせることです』と答えたところ、江夏も同意見だったそうです。
当時は、また江川の省エネ投法の話か、と想っていましたが、違いますね。
27球で終わらせるためには、一人のバッターを1球で仕留めなければいけません。
ということは、必ず初球を振らせて凡打させねばならいのです。
バッターにとって絶好球と思える、ボールを投げて必ず振らせなければ、絶対に出来ない事です。
つまり、バッターの心理、好みのコース、自分のコントロールと球速など、全部が完全に掌握され、実現できなければ、27球では終わらないのです。
とてつもない芸当だということです。
私たちの商売でも、一番大切なのは初球です。
つまり、一番はじめに何をお見せするか。
全然、的が外れていては、お客様が相手にしてくださらなくなる場合もあります。
ですから、こんな方にはこの作品、とある程度のパターンを決めて、自分の中でストーリーを造っておかねばなりません。
電車やバスの中で、前に座ったり立っている人の顔や服装を見て、『この人がお客様だったら、何を勧めるか』を何度も何度も、心に描いて練習するのです。
お顔の色、髪型、服装、持っているモノなどから、だいたいのお好みは類推されるものです。
第一球、外したら・・・
次の手も、きちんと計算されていなければなりません。
そして、そのお話の中から、いろんな情報を頂くのです。
お客様の方から『これこれ、こんな着物とか帯』と言ってくださることはまれです。
それは、言葉の端々や、顔の表情、目の動きで察するのです。
どうやっても、お好みが察しきれない、なにをどうお勧めしたらいいのか途方に暮れてしまうことがあります。
その時は、自分の手には負えないのだと諦めましょう。
諦めも肝心です。
私も、私が作り出す着物や帯が嫌いな方をどうやっても説得できません。
嫌いなモノを自信を持って勧めることもできません。
ですから、諦めます。
着物というのはもう趣味の世界ですから、お好みの問題で、どなたにでも万能に対応出来るモノではないと私は思います。
この『諦め』があるから、商売に力強さが出る。
恐ろしく、怖く、そして面白い・・・
これを表現するには、確信と諦めの両方が必要なんじゃないかと私は思うのです。
琉球びんがたが嫌いだという方にどうやっても、琉球びんがたを売ることは出来ないのです。
でも、既存の琉球びんがたに抱いていらっしゃる観念をひっくり返すことは出来ます。
そのためには、琉球びんがたの持っている長所・短所などの特性を事細かく、正確にかつ客観的に把握していなければなりません。
自分であつめた、あるいは作り出した作品が並んでいるわけですから、店主つまり私なら私の会社の商品群には一定の特徴があるはずで、それを大きく外れた品物があるはずがないのですね。
ですから、必要なことは、お客様の好みがつかみきれないときに、次に展開するパターンを決めておくことです。
これは数多くパターンを持っている方が当然有利です。
それでも、どうしてもダメなら諦めましょう。
作品が合わないか、人間が合わないか、タイミングが合わないかのどれかです。
タイミングは合うことはあっても作品や人間はなかなか合わない。
自信を失うより、確信と諦めをもって商売をする方がいいと私は思います。
つまりは、お客様を良く知るということが、この『恐ろしさ、強さ、おもしろさ』を実現する秘訣じゃないかと思います。
商売抜きで楽しいお話をしていたら、案外、別の所から糸口が見つかったりするものですよ。
2012年04月04日
『商道 風姿花伝』第16話
【神】
これも、こじつけの難しいテーマです。
神・・・
商売において、『威厳』や『気品』というのをどうやって表現したらいいのか、という事を考えてみましょう。
あきんどと言えば、揉み手をして、へいこらしている様子がイメージされますが、もちろん、基本的には腰が低くなくてはいけません。
頭の高い商売人はよくありません。
でも、平身低頭しているだけでは、立派な商売人とは言えないと思います。
腰と頭は低く、志とプライドは高くなくてはいけません。
商売について理解の無い人は、頭の低い商売人を卑屈と見なしてバカにしますが、これはとんでもない思い違いです。
商人というのは、基本的に表に出ている行動と、腹の中は違うものです。
つまり、低い頭、低い腰、丁重な態度というのは、商人にとって『鎧(よろい)』であり戦闘態勢なんですね。
居丈高な態度を取るというときは逆に戦闘態勢を解いている時です。
心で思っていればそれで十分というのはプロとしては甘えで、お客様への感謝や尊重の姿勢は、きっちりと表に出さねばなりません。
あるいみでオーバーなくらいに表現できてはじめて、役者と言えるのです。
それが大前提です。
でも、それだけではダメです。
ここぞ!というときは、威厳をもって対応せねばなりません。
それは信頼感を表現する為でもあります。
お客様のお話に合わせて言っている事が左右にぶれたり、なんかごまかしている様な話しぶりでは、深い信頼関係は生まれません。
柔らかい表現を使いながらも、きちんとした話ができなければならないのです。
お客様が間違ったTPOでお出ましになろうと言うとき、『基本的にはご自由でございますが、セオリーからは外れております。これこれこういう、理由があって、この場合にはこういう装いが適切かと存じます』と柔らかくもビシッとお伝えするのが責任ある商人の姿勢だろうとお思います。
結果として、お客様がどういう選択をされるかは、それこそご自由です。私たちが強制することは全く出来ません。
でも、無責任な話しぶりで、お客様に恥をかかせることは、絶対にあってはならないことです。
私はここが一流かどうかの分かれ目だと思います。
扱っているモノが上等かどうかよりも、信念をもって、きちんとした情報をお伝えできるかどうか、です。
これは、資金があるから出来るというモノではありません。
いわば、『見識』の問題です。
モノの善し悪しが解るということ、それ以上に、大切なのは、お客様の身になって、最善と思うアドバイスをさせて頂くということが私たちのつとめです。
それを裏打ちする知識も必要です。
しきたりとか決まり事、というのは必ず、その背景となる理由や歴史があります。
それを熟知していて、お話しする。
『それでもいいの、私は私。』とおっしゃるなら、残念な気持ちはありますが、お任せするしかありません。
商売人ですから、あまり教養を自慢したり、他人を悪く言って得することはありません。
あくまでも、扱っている品物、つまり私たちなら着物とか染織品、服飾という事について、深く知識を得、日頃から様々な考えを巡らせて、お客様のお役に立たねばなりません。
売ったらおしまい、じゃないのです。
お求めになられた後の事まで含めて、
『喜んでもろて、なんぼ』だと私は思います。
『威厳』とか『気品』というのはそのために、備えておくモノなんだろうと私は思っています。
これも、こじつけの難しいテーマです。
神・・・
商売において、『威厳』や『気品』というのをどうやって表現したらいいのか、という事を考えてみましょう。
あきんどと言えば、揉み手をして、へいこらしている様子がイメージされますが、もちろん、基本的には腰が低くなくてはいけません。
頭の高い商売人はよくありません。
でも、平身低頭しているだけでは、立派な商売人とは言えないと思います。
腰と頭は低く、志とプライドは高くなくてはいけません。
商売について理解の無い人は、頭の低い商売人を卑屈と見なしてバカにしますが、これはとんでもない思い違いです。
商人というのは、基本的に表に出ている行動と、腹の中は違うものです。
つまり、低い頭、低い腰、丁重な態度というのは、商人にとって『鎧(よろい)』であり戦闘態勢なんですね。
居丈高な態度を取るというときは逆に戦闘態勢を解いている時です。
心で思っていればそれで十分というのはプロとしては甘えで、お客様への感謝や尊重の姿勢は、きっちりと表に出さねばなりません。
あるいみでオーバーなくらいに表現できてはじめて、役者と言えるのです。
それが大前提です。
でも、それだけではダメです。
ここぞ!というときは、威厳をもって対応せねばなりません。
それは信頼感を表現する為でもあります。
お客様のお話に合わせて言っている事が左右にぶれたり、なんかごまかしている様な話しぶりでは、深い信頼関係は生まれません。
柔らかい表現を使いながらも、きちんとした話ができなければならないのです。
お客様が間違ったTPOでお出ましになろうと言うとき、『基本的にはご自由でございますが、セオリーからは外れております。これこれこういう、理由があって、この場合にはこういう装いが適切かと存じます』と柔らかくもビシッとお伝えするのが責任ある商人の姿勢だろうとお思います。
結果として、お客様がどういう選択をされるかは、それこそご自由です。私たちが強制することは全く出来ません。
でも、無責任な話しぶりで、お客様に恥をかかせることは、絶対にあってはならないことです。
私はここが一流かどうかの分かれ目だと思います。
扱っているモノが上等かどうかよりも、信念をもって、きちんとした情報をお伝えできるかどうか、です。
これは、資金があるから出来るというモノではありません。
いわば、『見識』の問題です。
モノの善し悪しが解るということ、それ以上に、大切なのは、お客様の身になって、最善と思うアドバイスをさせて頂くということが私たちのつとめです。
それを裏打ちする知識も必要です。
しきたりとか決まり事、というのは必ず、その背景となる理由や歴史があります。
それを熟知していて、お話しする。
『それでもいいの、私は私。』とおっしゃるなら、残念な気持ちはありますが、お任せするしかありません。
商売人ですから、あまり教養を自慢したり、他人を悪く言って得することはありません。
あくまでも、扱っている品物、つまり私たちなら着物とか染織品、服飾という事について、深く知識を得、日頃から様々な考えを巡らせて、お客様のお役に立たねばなりません。
売ったらおしまい、じゃないのです。
お求めになられた後の事まで含めて、
『喜んでもろて、なんぼ』だと私は思います。
『威厳』とか『気品』というのはそのために、備えておくモノなんだろうと私は思っています。
2012年04月01日
『商道 風姿花伝』第15話
【修羅】
修羅とは・・・
注釈にはこうあります。
六道の一つで帝釈天との戦闘に明け暮れる、阿修羅王の世界。ここは、修羅道に落ちて苦しむ亡者を指す。
ウィキペディアによれば、
修羅能(しゅらのう)とは、能の演目の中で武人がシテになる曲を言う。修羅物とも言う。五番立においては二番目物となる。修羅道に落ちて苦しむさまが語られることからこう呼ばれる。多くは『平家物語』に取材し、源平の武将を主人公とするが、『田村』などの例外もある。
戦いに負けた側がシテである負修羅(まけしゅら)がほとんどであるが、戦いに勝った側をシテとする勝修羅(かちしゅら)もある。
とあります。
商いにどうこじつけようかと、いつも悩むのですが(^^;)、今回は商談の中での、生産現場の様子、そして生産者とのお話をするときの事を書きたいと思います。
別に、生産者が修羅道に落ちた亡者だという意味ではありません(^^;)
まぁ、いろんな苦悩をもって、またそれに勝る喜びをもって、生産に当たっているということです(^_^)v
私は、お客様とお話しするときに作り手さんとどんな話をしているのか、をお話ししたりします。
また、沖縄や工房へ行ったときに、どんな事に感動したのか、それもよく話します。
本に書いてある作り方とか、作家さんの略歴なんかはどうでもいいので、あんまり話しません。
それより、どんな環境の中で、どんな心境の中で、この作品が生まれたのかを話します。
こういう話をするためには、まず自分の感性を磨いて、感受性を高めておかなければいけません。
消費者の方が、工房に行かれて感じる事と同じくらいのレベルの話しかできないのでは、話だけでお客様を魅了する事はできないのです。
写真でもだめですから、これは感受性に加えて表現力も必要です。
でも、感じる事が無ければ、表現することは出来るわけがないのですから、まずは感受性です。
感じたことを織物にするのが織物作家で、染め物にするのが染め物作家。話にするのが商人だと思えばいいでしょう。
ですから、私が手がけた作品には必ずストーリーがあります。
ストーリーの無い品物は、作品とは言えません。
作家さんと初めて会うとき、もちろんまずは作品を見せてもらいます。
その瞬間に、ストーリーを考えるのです。
ストーリーが考えつかない物は、私の手に負えないものなので、諦めることもあります。
ダメだと思っても、ある日突然、閃光の様にストーリーを思いつく事もあって、その時にまたお願いしたりします。
私は、作家さんを訪問するときにはほとんど作品の話をしません。
世間話や、他の染織作家さんの話、業界の話など、周辺の話題がほとんどです。
でも、そんな中だからこそ、いろんなエピソードが生まれるんです。
一番大事なのは、価値観の共有と信頼関係ですね。
それを確認するために話をするわけです。
そいういう土台があって初めて、お客様の心をうつ話ができるのではないかと思うのです。
沖縄という産地の話をするときでも、沖縄が好きでも嫌いでもない、染織品も良いのか悪いのか解らない、でも、なんとなくやっているというのでは何も伝わらないでしょう。
私は沖縄という所も、沖縄の人達も、嫌いな部分もあるし好きな部分もあります。長い付き合いというのはそういうものだと思います。
なんかそういう霧が立ちこめたような、けだるい関係の中に、ガツン!とした感動に直面することがあるんです。
それが自然だったり、光景だったり、作品だったりする。
日本酒を飲み過ぎて、二日酔いでしんどいときに、とんでもなく美味しいグレープフルーツジュースを飲んだような新鮮な感動?です。
パーッと目が開いて、心もさわやかになって、気分が軽くなる。そんな感動がたまにあるんです。
それを、お客様の前で表現するのです。
ですから、まずはその感動を得ることです。
どないしたら、そんな感動が得られるのか?
ヘロヘロになるまで、もうあかん!と思うところまで、また、くそったれ!と憎しみを持つところまで、つまり、産地や作り手との間に強い愛憎が生まれるまで、想いを深くして、作品作りに立ち向かう事です。
愛情ではありません、愛憎です。
そこまで至ってはじめて、感動が生まれると思いますし、他と違う物が作り出せると思います。
そして、それをバネにして、お客様にお話しするのです。
汚い所はお見せしなくても良いのです。綺麗なところだけで良い。
でも、自分は汚い所を知っていてこそ、美しい物をさらに美しく見せることが出来るのじゃないでしょうか。
お話しの中でいろんな表現をするということについては、お客様だけでなく作家さんに対してもそうですね。
お客様の作品に対する反応を教えてあげるのも大切な仕事です。
これも同じ事。やはり感受性です。
感受性を高めるには、ごまかしをしないことも大切な事です。
詐術を弄して成約に至っても、何も得られませんし、何も伝えられません。
私の頭と心には、その作品に対してのお客様の反応が事細かに記憶されます。
それが、作家さんへのアドバイスと仕入れ行動に反映するわけですね。
これが出来れば表現力は自然に伴ってくると思います。
淡々として話すべき時は淡々と、感動を伝えるときには抑揚を加えて話せばいいのです。
そのままです。
もし、表現力に自信がないというのなら、カラオケに行ったときに、情感たっぷりに歌う練習をされたら良いと思います。
表情は要りません。
声の出し方と間で、感情を表現する練習をしてみましょう。
あと、朗読もいいと思います。良い朗読を聞くと表現力が高まります。
美味しい物を食べたとき、
『これ、おいしいね』というのではなくて、
『(ちょっと間をためて)おいしいなぁ〜』と言う方が美味しそうに聞こえるでしょう?
作品をお見せするときも、勝負所では、すぐにお見せしない。
反物を左手に持つ。
反末を持つ。
2〜3秒ためる
おもむろに引き出す。
さらに数秒ためる。
お客様の反応を見る。→お気に召した様子
さらに数秒ためる
『ええでしょう』(ドヤ顔)
そこから、またおもむろに、この作品の背景、ストーリーを静かに話し始めるのです。
このときは、まさに淡々と声のトーンを落として話す。
盛り上げるとき、笑ってもらうとき、じっくり話を聞いて頂きたいとき、そしてクロージングの時、等々、場合と状況に応じて声色とトーン、スピードを変えなければなりません。
これは経験で自然と身につきますが、修練も必要です。
修練したほうが、上達は早いですし、お客様の満足度も違うと思います。
『そんな事しなくても、売れるときは売れるよ!』という声もあると思いますが、この修練を積まないから、様々な努力をしないから、自分を磨かない、磨いた形跡がないから、商売人は馬鹿にされるのだと私は思っています。
なぜ、商売人が馬鹿にされるのかといえば、目に見える付加価値がないからです。
だから、右の物を左に持って行って暴利をむさぼっていると、言われてしまう。
商売人が造っている付加価値とは何なのか?
それは、『満足の最大化』というサービスなのです。
ワインを飲むだけならソムリエなんて要らない。
料理に合うワイン、お客様のお好みに合うワインを選び、会話で楽しい食事のお手伝いをする、それがソムリエの仕事であり、ワインをただ飲むだけでは得られない満足感がソムリエの仕事に対する報酬でしょう。
私たち商人は自分の仕事に対して誇りを持たなければなりません。
では、何に対して誇りを持つべきなのか?
それが理解されていないから、外道を踏んだり、卑屈になったりするのではないでしょうか。
同じワインでも、どこの店で飲むのか、どの料理に合わせるのか、どのソムリエに世話してもらうのかで味わいが違うはずです。
その違いこそが私たちの仕事なのでしょう。
修羅とは・・・
注釈にはこうあります。
六道の一つで帝釈天との戦闘に明け暮れる、阿修羅王の世界。ここは、修羅道に落ちて苦しむ亡者を指す。
ウィキペディアによれば、
修羅能(しゅらのう)とは、能の演目の中で武人がシテになる曲を言う。修羅物とも言う。五番立においては二番目物となる。修羅道に落ちて苦しむさまが語られることからこう呼ばれる。多くは『平家物語』に取材し、源平の武将を主人公とするが、『田村』などの例外もある。
戦いに負けた側がシテである負修羅(まけしゅら)がほとんどであるが、戦いに勝った側をシテとする勝修羅(かちしゅら)もある。
とあります。
商いにどうこじつけようかと、いつも悩むのですが(^^;)、今回は商談の中での、生産現場の様子、そして生産者とのお話をするときの事を書きたいと思います。
別に、生産者が修羅道に落ちた亡者だという意味ではありません(^^;)
まぁ、いろんな苦悩をもって、またそれに勝る喜びをもって、生産に当たっているということです(^_^)v
私は、お客様とお話しするときに作り手さんとどんな話をしているのか、をお話ししたりします。
また、沖縄や工房へ行ったときに、どんな事に感動したのか、それもよく話します。
本に書いてある作り方とか、作家さんの略歴なんかはどうでもいいので、あんまり話しません。
それより、どんな環境の中で、どんな心境の中で、この作品が生まれたのかを話します。
こういう話をするためには、まず自分の感性を磨いて、感受性を高めておかなければいけません。
消費者の方が、工房に行かれて感じる事と同じくらいのレベルの話しかできないのでは、話だけでお客様を魅了する事はできないのです。
写真でもだめですから、これは感受性に加えて表現力も必要です。
でも、感じる事が無ければ、表現することは出来るわけがないのですから、まずは感受性です。
感じたことを織物にするのが織物作家で、染め物にするのが染め物作家。話にするのが商人だと思えばいいでしょう。
ですから、私が手がけた作品には必ずストーリーがあります。
ストーリーの無い品物は、作品とは言えません。
作家さんと初めて会うとき、もちろんまずは作品を見せてもらいます。
その瞬間に、ストーリーを考えるのです。
ストーリーが考えつかない物は、私の手に負えないものなので、諦めることもあります。
ダメだと思っても、ある日突然、閃光の様にストーリーを思いつく事もあって、その時にまたお願いしたりします。
私は、作家さんを訪問するときにはほとんど作品の話をしません。
世間話や、他の染織作家さんの話、業界の話など、周辺の話題がほとんどです。
でも、そんな中だからこそ、いろんなエピソードが生まれるんです。
一番大事なのは、価値観の共有と信頼関係ですね。
それを確認するために話をするわけです。
そいういう土台があって初めて、お客様の心をうつ話ができるのではないかと思うのです。
沖縄という産地の話をするときでも、沖縄が好きでも嫌いでもない、染織品も良いのか悪いのか解らない、でも、なんとなくやっているというのでは何も伝わらないでしょう。
私は沖縄という所も、沖縄の人達も、嫌いな部分もあるし好きな部分もあります。長い付き合いというのはそういうものだと思います。
なんかそういう霧が立ちこめたような、けだるい関係の中に、ガツン!とした感動に直面することがあるんです。
それが自然だったり、光景だったり、作品だったりする。
日本酒を飲み過ぎて、二日酔いでしんどいときに、とんでもなく美味しいグレープフルーツジュースを飲んだような新鮮な感動?です。
パーッと目が開いて、心もさわやかになって、気分が軽くなる。そんな感動がたまにあるんです。
それを、お客様の前で表現するのです。
ですから、まずはその感動を得ることです。
どないしたら、そんな感動が得られるのか?
ヘロヘロになるまで、もうあかん!と思うところまで、また、くそったれ!と憎しみを持つところまで、つまり、産地や作り手との間に強い愛憎が生まれるまで、想いを深くして、作品作りに立ち向かう事です。
愛情ではありません、愛憎です。
そこまで至ってはじめて、感動が生まれると思いますし、他と違う物が作り出せると思います。
そして、それをバネにして、お客様にお話しするのです。
汚い所はお見せしなくても良いのです。綺麗なところだけで良い。
でも、自分は汚い所を知っていてこそ、美しい物をさらに美しく見せることが出来るのじゃないでしょうか。
お話しの中でいろんな表現をするということについては、お客様だけでなく作家さんに対してもそうですね。
お客様の作品に対する反応を教えてあげるのも大切な仕事です。
これも同じ事。やはり感受性です。
感受性を高めるには、ごまかしをしないことも大切な事です。
詐術を弄して成約に至っても、何も得られませんし、何も伝えられません。
私の頭と心には、その作品に対してのお客様の反応が事細かに記憶されます。
それが、作家さんへのアドバイスと仕入れ行動に反映するわけですね。
これが出来れば表現力は自然に伴ってくると思います。
淡々として話すべき時は淡々と、感動を伝えるときには抑揚を加えて話せばいいのです。
そのままです。
もし、表現力に自信がないというのなら、カラオケに行ったときに、情感たっぷりに歌う練習をされたら良いと思います。
表情は要りません。
声の出し方と間で、感情を表現する練習をしてみましょう。
あと、朗読もいいと思います。良い朗読を聞くと表現力が高まります。
美味しい物を食べたとき、
『これ、おいしいね』というのではなくて、
『(ちょっと間をためて)おいしいなぁ〜』と言う方が美味しそうに聞こえるでしょう?
作品をお見せするときも、勝負所では、すぐにお見せしない。
反物を左手に持つ。
反末を持つ。
2〜3秒ためる
おもむろに引き出す。
さらに数秒ためる。
お客様の反応を見る。→お気に召した様子
さらに数秒ためる
『ええでしょう』(ドヤ顔)
そこから、またおもむろに、この作品の背景、ストーリーを静かに話し始めるのです。
このときは、まさに淡々と声のトーンを落として話す。
盛り上げるとき、笑ってもらうとき、じっくり話を聞いて頂きたいとき、そしてクロージングの時、等々、場合と状況に応じて声色とトーン、スピードを変えなければなりません。
これは経験で自然と身につきますが、修練も必要です。
修練したほうが、上達は早いですし、お客様の満足度も違うと思います。
『そんな事しなくても、売れるときは売れるよ!』という声もあると思いますが、この修練を積まないから、様々な努力をしないから、自分を磨かない、磨いた形跡がないから、商売人は馬鹿にされるのだと私は思っています。
なぜ、商売人が馬鹿にされるのかといえば、目に見える付加価値がないからです。
だから、右の物を左に持って行って暴利をむさぼっていると、言われてしまう。
商売人が造っている付加価値とは何なのか?
それは、『満足の最大化』というサービスなのです。
ワインを飲むだけならソムリエなんて要らない。
料理に合うワイン、お客様のお好みに合うワインを選び、会話で楽しい食事のお手伝いをする、それがソムリエの仕事であり、ワインをただ飲むだけでは得られない満足感がソムリエの仕事に対する報酬でしょう。
私たち商人は自分の仕事に対して誇りを持たなければなりません。
では、何に対して誇りを持つべきなのか?
それが理解されていないから、外道を踏んだり、卑屈になったりするのではないでしょうか。
同じワインでも、どこの店で飲むのか、どの料理に合わせるのか、どのソムリエに世話してもらうのかで味わいが違うはずです。
その違いこそが私たちの仕事なのでしょう。
2012年03月28日
『商道 風姿花伝』第14話
【法師】
私も能を見始めた頃に想ったのですが、びっくりするくらいお坊さんが出てきます。
たいていの場合、動きがゆったりと重々しく、威厳に溢れています。
たいていはワキ方と呼ばれる能楽師が担当するのですが、始めにちょっと演じたらすぐにワキ柱という能舞台の向かって右側の柱の前に座ってじっとしています。
なんか暇そうに、眠たそうにしているときもあって、時々表情を見て、面白がったりしています(^_^;)
それはさておき、世阿弥はこの『法師』を演ずるのに、『威儀を本として気高き所を学ぶべし』と書いています。
つまり、作法通りの重々しい所作を基本として、気品ある様子をまねよ、ということです。
商いにおいて、一番これが大切なのが、初めと終わりです。
つまり、お客様にお会いしたとき、そして、最後に挨拶してお見送りする、あるいはおいとまする時です。
そのお客様とどんなに親しくても、ここはビシッと決めなければいけません。
初めと終わりは恭しく、品格と礼儀をもって御挨拶するのです。
真ん中の商談は、ある程度親しさをもってお話しするのが良いのですが、ここが肝心です。
『どんなに親しくても』です。
あるデパートでお客様にアンケートしたところ、ほとんどのお客様が『馴れ馴れしい接客は不快だ』と答えられたそうです。
こちら、つまり商人がいくらお客様と親しいと想っていても、お客様にとっては『客と商人』なのです。
これを忘れていけません。
しかし、あんまりしゃっちょこばった話も面白みに欠ける物です。
ですから、始めと終わりはどんな事があってもビシッと決めるのです。
笑顔と礼儀、オーバーすぎるくらいでちょうど良いのです。
そして、これは大阪弁かも知れませんが、お客様を絶対にいじってはいけません。
自分がアホになるのはいいですが、お客様を話のネタにしてはいけません。
どうしてもどうやっても、自分の得意とするお客様のタイプというのがあります。
ノーブルなお客様とざっくばらんなお客様、両方を得意とするのは難しいと想います。
ですが、初めにきちんとされて、不快に思う方は皆無だと想います。
それから、だんだんとお話しを伺いながら、こちらが合わせていけばいいのです。
最重要ポイントは『お客様にご満足いただく』という事以外ありません。
あと、大切なのは電話です。
お得意先、お客様からかかってきたとします。あるいはこちらからかけた時。
声を2オクターブくらい上げるのです。
馬鹿馬鹿しいと想うかも知れませんが、電話というのは、普通に話すと顔が見えない事と独特の心理状態のせいで、不機嫌に聞こえるそうです。
ですから、機嫌良く、『はーぃ!もずやでございまーす!!』と笑顔もつけて第一声。
そして、ハイテンションで、受け答えする。
『何がそんなにうれしいねん』と想われるくらい、実際にお会いしているときより3倍くらい愛想良くお話ししましょう。
それが出来ないときは、できるだけ電話に出ないことです。
今は、携帯電話に電話すれば誰から掛かってきたか解っているとお客様、お得意様も知っていますから、表示された名前を見た瞬間、覚悟をして、演じきる事です。
これは、大変大事なことなのです。
逆にいえば、電話でもめ事が解決しにくいのは、電話での会話が難しいかを示しています。
得に男性は注意が必要です。
野太い声で『はい。○○でございます』と貫禄たっぷりに言っても、全然好感は持たれません。
私もついつい調子に乗ってしまうことがあるのですが、常に『大切なお客様である』という想いを表現しなければいけません。
それは卑屈であることと同じではありません。
卑屈になってはいけないのです。
プロとしての堂々たる姿勢を保ちながら、自信たっぷりに、余裕をもって、それでいながら、可愛らしく、あかるく、優しく、丁寧に対応できるかどうかが大切なんですね。
簡単な様でこれが一番難しいのですが、実行するためには、常に平常心を保つ事です。
平常心の話はまた別の機会に。
私も能を見始めた頃に想ったのですが、びっくりするくらいお坊さんが出てきます。
たいていの場合、動きがゆったりと重々しく、威厳に溢れています。
たいていはワキ方と呼ばれる能楽師が担当するのですが、始めにちょっと演じたらすぐにワキ柱という能舞台の向かって右側の柱の前に座ってじっとしています。
なんか暇そうに、眠たそうにしているときもあって、時々表情を見て、面白がったりしています(^_^;)
それはさておき、世阿弥はこの『法師』を演ずるのに、『威儀を本として気高き所を学ぶべし』と書いています。
つまり、作法通りの重々しい所作を基本として、気品ある様子をまねよ、ということです。
商いにおいて、一番これが大切なのが、初めと終わりです。
つまり、お客様にお会いしたとき、そして、最後に挨拶してお見送りする、あるいはおいとまする時です。
そのお客様とどんなに親しくても、ここはビシッと決めなければいけません。
初めと終わりは恭しく、品格と礼儀をもって御挨拶するのです。
真ん中の商談は、ある程度親しさをもってお話しするのが良いのですが、ここが肝心です。
『どんなに親しくても』です。
あるデパートでお客様にアンケートしたところ、ほとんどのお客様が『馴れ馴れしい接客は不快だ』と答えられたそうです。
こちら、つまり商人がいくらお客様と親しいと想っていても、お客様にとっては『客と商人』なのです。
これを忘れていけません。
しかし、あんまりしゃっちょこばった話も面白みに欠ける物です。
ですから、始めと終わりはどんな事があってもビシッと決めるのです。
笑顔と礼儀、オーバーすぎるくらいでちょうど良いのです。
そして、これは大阪弁かも知れませんが、お客様を絶対にいじってはいけません。
自分がアホになるのはいいですが、お客様を話のネタにしてはいけません。
どうしてもどうやっても、自分の得意とするお客様のタイプというのがあります。
ノーブルなお客様とざっくばらんなお客様、両方を得意とするのは難しいと想います。
ですが、初めにきちんとされて、不快に思う方は皆無だと想います。
それから、だんだんとお話しを伺いながら、こちらが合わせていけばいいのです。
最重要ポイントは『お客様にご満足いただく』という事以外ありません。
あと、大切なのは電話です。
お得意先、お客様からかかってきたとします。あるいはこちらからかけた時。
声を2オクターブくらい上げるのです。
馬鹿馬鹿しいと想うかも知れませんが、電話というのは、普通に話すと顔が見えない事と独特の心理状態のせいで、不機嫌に聞こえるそうです。
ですから、機嫌良く、『はーぃ!もずやでございまーす!!』と笑顔もつけて第一声。
そして、ハイテンションで、受け答えする。
『何がそんなにうれしいねん』と想われるくらい、実際にお会いしているときより3倍くらい愛想良くお話ししましょう。
それが出来ないときは、できるだけ電話に出ないことです。
今は、携帯電話に電話すれば誰から掛かってきたか解っているとお客様、お得意様も知っていますから、表示された名前を見た瞬間、覚悟をして、演じきる事です。
これは、大変大事なことなのです。
逆にいえば、電話でもめ事が解決しにくいのは、電話での会話が難しいかを示しています。
得に男性は注意が必要です。
野太い声で『はい。○○でございます』と貫禄たっぷりに言っても、全然好感は持たれません。
私もついつい調子に乗ってしまうことがあるのですが、常に『大切なお客様である』という想いを表現しなければいけません。
それは卑屈であることと同じではありません。
卑屈になってはいけないのです。
プロとしての堂々たる姿勢を保ちながら、自信たっぷりに、余裕をもって、それでいながら、可愛らしく、あかるく、優しく、丁寧に対応できるかどうかが大切なんですね。
簡単な様でこれが一番難しいのですが、実行するためには、常に平常心を保つ事です。
平常心の話はまた別の機会に。
2012年03月24日
『商道 風姿花伝』第13話
【物狂(ものぐるい)】
週に1回のペースでは一年かかってしまうので、ちょっとペースを上げますね。
まだ、他に書きたいシリーズもありますし、週2回くらいでアップしたいと想います。
能では、この【物狂】というのが出てくるのがあります。
物狂というのは、文字通り気が狂うことと、何かに取り憑かれた状態を言います。
この本の解説にも書いてある『卒都婆小町』は世阿弥の作です。
99歳になった小野小町に深草四位少将が憑依して、突然、変な事を言い出すのです。
この話を書くのに、今でDVDで『卒都婆小町』を見返しました。
物狂が演出上、どんな役割をしているかを確認するためです。
私はまだ全く未熟ですので、感じ取れることに限界がありますが、この『物狂』によって、面白みを増すというか、話に厚みが増すように想います。また、現実の能としては、ここがシテ(主役)の見せ場なのでしょう。
つらつらと小野小町のやつれた姿を書くだけではおもしろさは半分も出ないかも知れませんし、演技としても一人二役的なおもしろさも出てくるでしょう。
商いにおいて、厚みを加える、面白みを加えるためには、どうしたらいいでしょうか。
一度限りの商売ならガンガン押しの直線的なトークもアリかもしれませんが、私のようなカジュアルやお茶人相手のアイテムですと、いかに継続してご愛顧頂くかが、非常に大切になります。
そのためには、お客様に楽しい話が出来なければなりませんし、話自体も面白く無いといけません。
つまり、自らがエンターティナーであることが必要です。
物狂になぞらえて考えて見れば、商談から、一転、話題を変えることも大切な技です。
また、時には、商売抜きにして世間話や趣味の話だけで終わる事も自分で組み込まねばなりません。
売らないつもりが売れちゃった、なんて事もたまにあります。
ほとんどのお客様は、私の事も知らないし、ブログも読んでいらっしゃらないわけですから、はじめは『そのへんの呉服屋のオッサン』です。
私の場合、通常は、お客様との架け橋には外商さんがなってくれるわけですが、店頭ではそうは行きません。
まず、自分から声を掛けるところから始まるのです。
そこから商品の説明に入る。
そして、だんだん煮詰まってくる。お客様は購入に対して前向きに考えている様子。
何度も何度もポイントを繰り返しお話しする方法もありますが、これでは、ファンになって頂くのは難しいかも知れません。
ポイントは、どこでどう話題を切り替えるか、です。
着用法や用途など、新しい提案を加えるのもいいですが、全く今、説明している品物から離れた話をする場合もあります。
そのためには、お客様に出来る限り話をしてもらって、説明しながらもその情報を分析していなければなりません。
茶人なのか、舞踊をされているのか、はたまた、布が好きな人なのか、知らぬフリをして心に持っておくのです。
そして、さりげなく、そのポイントに近い話を持ち出すのです。
例えば『こないだ、大阪能楽会館に能を見に行った時、こんなコーディネートの方がいらっしゃいました』とかですね。
もちろん、茶会でも良いわけです。
うちの様なアイテムなら、沖縄のいろんな事を知っていた方が、絶対に有利ですね。
作家さんの実像なんかもお客様は知りたかったりします。
それを如何に自然な流れの中で、持ち出すかが大事です。
唐突だとそれこそ、物狂いになってしまいます。
これは、その場で成約に至るかどうか、の話ではありません。
もちろん、そのための効果もありますが、『楽しい買い物シーン』を提供するために必要な事ですし、それが積み重なって、自分のファン作りができると私は思っています。
私の場合、1年に2回くらいしかお客様とお会いすることが出来ません。
その間には、他の商材の売り込みもあるでしょうし、他所の呉服店からも誘いがあるでしょう。
それを半年間思いとどまってもらうためにはどうしたらいいか、と言うことになるわけです。
沖縄物なんて、いまどき、どこの呉服屋でも扱えるし、値段もうちより下をくぐってくるかもしれません。
それでも、『もずやから買いたい』と想ってもらう為にはどうしたらいいか、です。
何の義理もコネもないお客様に、そう想ってもらうのは至難の業です。
呉服屋さんは、着付けしたり、しみ抜きしたり、常にお客様をコンタクトを取れます。
それに勝つには、作品の魅力に加えて、『すごく楽しい』場の提供が必要な訳です。
でも、過剰なサービスは価格を押し上げてしまう事は前述しましたね。
コストを掛けないためには、『まじめおもしろい』というか、剛柔、強弱をとりまぜた、話法を会得しなければならないのです。
デタラメを言わないで、面白い話をするには、やはり努力と勉強が必要です。
アホな事ばっかり言っていたのでは、信頼されにくい。
硬いことばっかりでも、面白く無い。
それは、作り手さんに対しても同じですね。
相手が女性であるかぎり、楽しんでもらうという姿勢が絶対に必要だと私は思っています。
必要なのは知識と『間』です。
間は本を読んでも身につきません。
どうしたら身につくか。
たくさん女性とお話しして、『笑わせる』事だと想います。
こちらが二人なら、ボケとツッコミで行けますが、一人なら、両方演じなければなりません。
お客様も煮詰まってしまいます。煮詰まってしまえば、考える事をおやめになってしまう。
煮詰まりかけた時に、タイミング良く、他の話を出すんです。
もし、それで商談が不成立になっても構わない。
前に反物をしまってしまう話をしましたが、これも目的は同じです。
お客様に冷静な頭と気持ちで、きちんと考えて納得して頂く為です。
それでも、『よく考えたら・・・』なんて事もあります。
その時は、自分の説明が甘かった、お客様の知りたいことを察知しきれなかった、と反省すべきです。
商売人なら誰だって売りたい、買って頂きたい。
私やメーカーのみなさんが販売の現場に出るときは、まさに『一期一会』一発勝負です。
限られた時間と空間の中で、いかに満足していただくか、なんですね。
週に1回のペースでは一年かかってしまうので、ちょっとペースを上げますね。
まだ、他に書きたいシリーズもありますし、週2回くらいでアップしたいと想います。
能では、この【物狂】というのが出てくるのがあります。
物狂というのは、文字通り気が狂うことと、何かに取り憑かれた状態を言います。
この本の解説にも書いてある『卒都婆小町』は世阿弥の作です。
99歳になった小野小町に深草四位少将が憑依して、突然、変な事を言い出すのです。
この話を書くのに、今でDVDで『卒都婆小町』を見返しました。
物狂が演出上、どんな役割をしているかを確認するためです。
私はまだ全く未熟ですので、感じ取れることに限界がありますが、この『物狂』によって、面白みを増すというか、話に厚みが増すように想います。また、現実の能としては、ここがシテ(主役)の見せ場なのでしょう。
つらつらと小野小町のやつれた姿を書くだけではおもしろさは半分も出ないかも知れませんし、演技としても一人二役的なおもしろさも出てくるでしょう。
商いにおいて、厚みを加える、面白みを加えるためには、どうしたらいいでしょうか。
一度限りの商売ならガンガン押しの直線的なトークもアリかもしれませんが、私のようなカジュアルやお茶人相手のアイテムですと、いかに継続してご愛顧頂くかが、非常に大切になります。
そのためには、お客様に楽しい話が出来なければなりませんし、話自体も面白く無いといけません。
つまり、自らがエンターティナーであることが必要です。
物狂になぞらえて考えて見れば、商談から、一転、話題を変えることも大切な技です。
また、時には、商売抜きにして世間話や趣味の話だけで終わる事も自分で組み込まねばなりません。
売らないつもりが売れちゃった、なんて事もたまにあります。
ほとんどのお客様は、私の事も知らないし、ブログも読んでいらっしゃらないわけですから、はじめは『そのへんの呉服屋のオッサン』です。
私の場合、通常は、お客様との架け橋には外商さんがなってくれるわけですが、店頭ではそうは行きません。
まず、自分から声を掛けるところから始まるのです。
そこから商品の説明に入る。
そして、だんだん煮詰まってくる。お客様は購入に対して前向きに考えている様子。
何度も何度もポイントを繰り返しお話しする方法もありますが、これでは、ファンになって頂くのは難しいかも知れません。
ポイントは、どこでどう話題を切り替えるか、です。
着用法や用途など、新しい提案を加えるのもいいですが、全く今、説明している品物から離れた話をする場合もあります。
そのためには、お客様に出来る限り話をしてもらって、説明しながらもその情報を分析していなければなりません。
茶人なのか、舞踊をされているのか、はたまた、布が好きな人なのか、知らぬフリをして心に持っておくのです。
そして、さりげなく、そのポイントに近い話を持ち出すのです。
例えば『こないだ、大阪能楽会館に能を見に行った時、こんなコーディネートの方がいらっしゃいました』とかですね。
もちろん、茶会でも良いわけです。
うちの様なアイテムなら、沖縄のいろんな事を知っていた方が、絶対に有利ですね。
作家さんの実像なんかもお客様は知りたかったりします。
それを如何に自然な流れの中で、持ち出すかが大事です。
唐突だとそれこそ、物狂いになってしまいます。
これは、その場で成約に至るかどうか、の話ではありません。
もちろん、そのための効果もありますが、『楽しい買い物シーン』を提供するために必要な事ですし、それが積み重なって、自分のファン作りができると私は思っています。
私の場合、1年に2回くらいしかお客様とお会いすることが出来ません。
その間には、他の商材の売り込みもあるでしょうし、他所の呉服店からも誘いがあるでしょう。
それを半年間思いとどまってもらうためにはどうしたらいいか、と言うことになるわけです。
沖縄物なんて、いまどき、どこの呉服屋でも扱えるし、値段もうちより下をくぐってくるかもしれません。
それでも、『もずやから買いたい』と想ってもらう為にはどうしたらいいか、です。
何の義理もコネもないお客様に、そう想ってもらうのは至難の業です。
呉服屋さんは、着付けしたり、しみ抜きしたり、常にお客様をコンタクトを取れます。
それに勝つには、作品の魅力に加えて、『すごく楽しい』場の提供が必要な訳です。
でも、過剰なサービスは価格を押し上げてしまう事は前述しましたね。
コストを掛けないためには、『まじめおもしろい』というか、剛柔、強弱をとりまぜた、話法を会得しなければならないのです。
デタラメを言わないで、面白い話をするには、やはり努力と勉強が必要です。
アホな事ばっかり言っていたのでは、信頼されにくい。
硬いことばっかりでも、面白く無い。
それは、作り手さんに対しても同じですね。
相手が女性であるかぎり、楽しんでもらうという姿勢が絶対に必要だと私は思っています。
必要なのは知識と『間』です。
間は本を読んでも身につきません。
どうしたら身につくか。
たくさん女性とお話しして、『笑わせる』事だと想います。
こちらが二人なら、ボケとツッコミで行けますが、一人なら、両方演じなければなりません。
お客様も煮詰まってしまいます。煮詰まってしまえば、考える事をおやめになってしまう。
煮詰まりかけた時に、タイミング良く、他の話を出すんです。
もし、それで商談が不成立になっても構わない。
前に反物をしまってしまう話をしましたが、これも目的は同じです。
お客様に冷静な頭と気持ちで、きちんと考えて納得して頂く為です。
それでも、『よく考えたら・・・』なんて事もあります。
その時は、自分の説明が甘かった、お客様の知りたいことを察知しきれなかった、と反省すべきです。
商売人なら誰だって売りたい、買って頂きたい。
私やメーカーのみなさんが販売の現場に出るときは、まさに『一期一会』一発勝負です。
限られた時間と空間の中で、いかに満足していただくか、なんですね。
2012年03月18日
『商道 風姿花伝』第12話
【直面】
これは『ひためん』と読みます。
お能というと、面(おもて)を着けているというイメージがあると思いますが、面を着けないお能もあるのです。
ある能楽師の方が、丸顔でぽっちゃりされていて、面から顔がはみ出すので『はみだし王子と呼ばれています』などと、笑いをとられていたことがありましたが、私のお師匠様によれば、お能というのはあくまで幻想の世界なのではみだした方が良いのだということです。
この世の出来事ではない事を演ずるために面を着けるということだとしたら、直面はその反対ということになるのでしょうか。
そういう意味では私の商いはいつも直面です。
面を着けるのが幻想の世界の表現のためだとすれば、私の商いが目指すところはそこには無いからです。
面を着けることを商いになぞらえれば、上品に振る舞うとか、仰々しい事を言うとか、派手なアトラクションをするという事になるのでしょうか。
お客様を夢見心地にする、お姫様気分にする、というのがその目的でしょうか。
私は、理想主義者でありますが、リアリストでもあるので、お客様の現実、そして作り手の現実を、正面からとらえて、それにお応えしていこうと考えます。
作り手は良いモノを造って豊かになりたい。
お客様は、ご用途たお好みに合うキモノ、良いモノを安く手に入れたい。
沖縄のキモノというのはそもそも、上品ぶって売る品物ではありませんが、それ以外の素晴らしい魅力があります。
私自身も、お上品な人間でもありませんし、上品ぶるつもりもありません。
ブログやフェイスブック、ツィッターなどで発言するのも、もうちょっと柔らかく言えば良いものを、心のままに書いてしまうので、たぶん誤解?されている事も多いと思います。
でも、そんなことも含めて、すべてがもずやという男なんですね。
商道風姿花伝とか言って、これは教本のつもりでもありませんし、単なるエッセイというか、ぼやきです。
京都の上品なキモノをやっていたら、私ももう少し上品になれたかもしれませんが・・・(^^;)
なれそうも無いので、諦めて、力強く伸びやかな沖縄の染織を愛し、その美意識に沿うモノを造り、集め、自身もそれを体現しようという魂胆です。
そもそも、茶道だって、上品ぶってするモノなのかどうか、私は疑問に思っています。
私が加えて頂いている養心会はほんとうにざっくばらんな楽しい会ですし、みなさん笑いながら稽古をしています。
千利休が上品だったかといえば、当時の堺の人の気性からして、とても生意気な商人だったんだろうと思います。
こんな逸話があります。
ある大名が堺に鉄砲を買いに来た。
『鉄砲をうってくれ』
『鉄砲はうつもんですわ』
『で、ねはいかに』
『ポンていいますねん』
いかに堺商人が大名を馬鹿にして、生意気だったかがよく解る話でしょう?
そのせいで、あとでえらい目に遭わされるわけですが、今でもこの気位の高さは受け継がれています。
和物が全部京風でお上品なものが良いのか、といえば、私はそうでないと思うのですよ。
日本人のアイデンティティというか美意識には、本来多様性があって、京風のはんなり上品としたものというのは、その大きな部分であるとは思いますが、すべてではない。
お江戸の粋というのもそうですが、大阪には大阪の、沖縄には沖縄の、その風土が生んだ美意識とか価値観があるわけです。
美は時代も映しています。
奈良時代から平安時代へ、仏像の姿も変化しているのもそのせいです。
人間、心の内はそれぞれで、人生の場面によっても違います。
静かな気分になりたいとき、明るい気分になりたいとき、その助けの一つが『衣』というものじゃないでしょうか。
自己表現のためのアイテムとしても『衣』は役立ちます。
元気なキモノが着たい時、シュンとした商いでは元気はでません。
だから、私はいつも元気いっぱい。
大阪の元気をそのまま表して、お客様の前に出ます。
でもね・・・美しいモノに共通したもの、っていうものがあるんですよ。
それがつかめれば、良いモノとそうでないものは解るようになるんです。
それは、なんというか言葉では難しいのですが・・・『気』というのですかね・・・
私が品物を仕入れるとき、そこを大切にしています。
一通り説明は聞きますが、それより自分の感性を信じます。
ですから、そこそこで仕入れたのは、やっぱり力が入らないんですね。
良いのは、見たときにグンと心に入ってくるんです。
その感動を、お客様にそのまま伝えるということなんですね。
ですから、私はいつも直面ですかね。
まぁ、ここで世阿弥が書いているように直面でも、表情はできるだけ押さえ、高ぶらないようにするのですがね。
これは『ひためん』と読みます。
お能というと、面(おもて)を着けているというイメージがあると思いますが、面を着けないお能もあるのです。
ある能楽師の方が、丸顔でぽっちゃりされていて、面から顔がはみ出すので『はみだし王子と呼ばれています』などと、笑いをとられていたことがありましたが、私のお師匠様によれば、お能というのはあくまで幻想の世界なのではみだした方が良いのだということです。
この世の出来事ではない事を演ずるために面を着けるということだとしたら、直面はその反対ということになるのでしょうか。
そういう意味では私の商いはいつも直面です。
面を着けるのが幻想の世界の表現のためだとすれば、私の商いが目指すところはそこには無いからです。
面を着けることを商いになぞらえれば、上品に振る舞うとか、仰々しい事を言うとか、派手なアトラクションをするという事になるのでしょうか。
お客様を夢見心地にする、お姫様気分にする、というのがその目的でしょうか。
私は、理想主義者でありますが、リアリストでもあるので、お客様の現実、そして作り手の現実を、正面からとらえて、それにお応えしていこうと考えます。
作り手は良いモノを造って豊かになりたい。
お客様は、ご用途たお好みに合うキモノ、良いモノを安く手に入れたい。
沖縄のキモノというのはそもそも、上品ぶって売る品物ではありませんが、それ以外の素晴らしい魅力があります。
私自身も、お上品な人間でもありませんし、上品ぶるつもりもありません。
ブログやフェイスブック、ツィッターなどで発言するのも、もうちょっと柔らかく言えば良いものを、心のままに書いてしまうので、たぶん誤解?されている事も多いと思います。
でも、そんなことも含めて、すべてがもずやという男なんですね。
商道風姿花伝とか言って、これは教本のつもりでもありませんし、単なるエッセイというか、ぼやきです。
京都の上品なキモノをやっていたら、私ももう少し上品になれたかもしれませんが・・・(^^;)
なれそうも無いので、諦めて、力強く伸びやかな沖縄の染織を愛し、その美意識に沿うモノを造り、集め、自身もそれを体現しようという魂胆です。
そもそも、茶道だって、上品ぶってするモノなのかどうか、私は疑問に思っています。
私が加えて頂いている養心会はほんとうにざっくばらんな楽しい会ですし、みなさん笑いながら稽古をしています。
千利休が上品だったかといえば、当時の堺の人の気性からして、とても生意気な商人だったんだろうと思います。
こんな逸話があります。
ある大名が堺に鉄砲を買いに来た。
『鉄砲をうってくれ』
『鉄砲はうつもんですわ』
『で、ねはいかに』
『ポンていいますねん』
いかに堺商人が大名を馬鹿にして、生意気だったかがよく解る話でしょう?
そのせいで、あとでえらい目に遭わされるわけですが、今でもこの気位の高さは受け継がれています。
和物が全部京風でお上品なものが良いのか、といえば、私はそうでないと思うのですよ。
日本人のアイデンティティというか美意識には、本来多様性があって、京風のはんなり上品としたものというのは、その大きな部分であるとは思いますが、すべてではない。
お江戸の粋というのもそうですが、大阪には大阪の、沖縄には沖縄の、その風土が生んだ美意識とか価値観があるわけです。
美は時代も映しています。
奈良時代から平安時代へ、仏像の姿も変化しているのもそのせいです。
人間、心の内はそれぞれで、人生の場面によっても違います。
静かな気分になりたいとき、明るい気分になりたいとき、その助けの一つが『衣』というものじゃないでしょうか。
自己表現のためのアイテムとしても『衣』は役立ちます。
元気なキモノが着たい時、シュンとした商いでは元気はでません。
だから、私はいつも元気いっぱい。
大阪の元気をそのまま表して、お客様の前に出ます。
でもね・・・美しいモノに共通したもの、っていうものがあるんですよ。
それがつかめれば、良いモノとそうでないものは解るようになるんです。
それは、なんというか言葉では難しいのですが・・・『気』というのですかね・・・
私が品物を仕入れるとき、そこを大切にしています。
一通り説明は聞きますが、それより自分の感性を信じます。
ですから、そこそこで仕入れたのは、やっぱり力が入らないんですね。
良いのは、見たときにグンと心に入ってくるんです。
その感動を、お客様にそのまま伝えるということなんですね。
ですから、私はいつも直面ですかね。
まぁ、ここで世阿弥が書いているように直面でも、表情はできるだけ押さえ、高ぶらないようにするのですがね。