2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第50話 【最終回】
【おほかた、能の是非分別のこと、私ならず】
世阿弥は
本物の幽玄を基本芸とする絶対的芸位というものは、時代がどんなに変わっても、観客の評価に変化は起こりえないように想われる。
だから、歌舞幽玄の花を咲かせる種となるような作風を基本として、能を制作すべきなのである。
として、この書を結んでいます。
私がいろんな染織展、大阪市立美術館で行われた、小袖展やびんがた展、日本民芸館での展示などをみて想うのは、染織の美というのは、基本的に大らかで力強く、かつ優しくなくてはならないのではないかと言う事です。
どれ一つとして、人間の感情を切り裂くようなものや、後になってイヤな後味の残るモノが無い。
なにか優しく温かい気持ちになる。
それは衣というものが基本的に暖かさを求めて着られたものであり、文様は第二の皮膚としての衣類に、呪術的意味を込めて染め込み織り込まれた物であるからではないかと想うのです。
色、文様、ともに着る人間を護り、幸福に導くための物であり、見る人を優雅な気持ちにさせ、気品を感じさせる為に着用されたんです。
他人から蔑まれたり、疎まれたりするために作られたり着られたりした着物は1枚とてないはずです。
能が幽玄を永遠のテーマとするのだとすれば、着物にも上記のような事がいえるのではないかと想います。
舞台芸術にもいろんな種類があり、それぞれの存在意義や目指す所は違うと想います。
衣類でも同じではないでしょうか。
伝統染織に託された物、お客様が期待されている物、それは一体何なのか?
私達の先人は、着物というものにどんな思いをもっていたのか?
能衣裳にもいろんな意味が隠されていると聞きます。
衣裳にいろんな思いや、願いを込める。
これこそ日本人ならではの文化ではないでしょうか。
私達、伝統染織に携わる者は、先人から受け継がれてきたそういう気持ち、心をこそ、着け継いでいかねばならないのではないかと想います。
この50話にて、『商道 風姿花伝』は結びとさせて頂きます。
長い間、ご愛読まことにありがとうございました。
このブログは、生産者の方が販売の場に立たれたときに一助になればと書き始めたものでした。
未熟な商人の身でありながら、えらそうな事を書き連ね、恥ずかしくもありましたが、
何かのご参考になればと想い、なんとか続けて来られました。
若輩者のたわごとばかり書いて参りましたが、お許しください。
また、来年からは新たな連載をいたします。
ご意見等、いただければ幸いに存じます。
1年間ありがとうございました。
萬代屋竹渓斎宗晏 拝
世阿弥は
本物の幽玄を基本芸とする絶対的芸位というものは、時代がどんなに変わっても、観客の評価に変化は起こりえないように想われる。
だから、歌舞幽玄の花を咲かせる種となるような作風を基本として、能を制作すべきなのである。
として、この書を結んでいます。
私がいろんな染織展、大阪市立美術館で行われた、小袖展やびんがた展、日本民芸館での展示などをみて想うのは、染織の美というのは、基本的に大らかで力強く、かつ優しくなくてはならないのではないかと言う事です。
どれ一つとして、人間の感情を切り裂くようなものや、後になってイヤな後味の残るモノが無い。
なにか優しく温かい気持ちになる。
それは衣というものが基本的に暖かさを求めて着られたものであり、文様は第二の皮膚としての衣類に、呪術的意味を込めて染め込み織り込まれた物であるからではないかと想うのです。
色、文様、ともに着る人間を護り、幸福に導くための物であり、見る人を優雅な気持ちにさせ、気品を感じさせる為に着用されたんです。
他人から蔑まれたり、疎まれたりするために作られたり着られたりした着物は1枚とてないはずです。
能が幽玄を永遠のテーマとするのだとすれば、着物にも上記のような事がいえるのではないかと想います。
舞台芸術にもいろんな種類があり、それぞれの存在意義や目指す所は違うと想います。
衣類でも同じではないでしょうか。
伝統染織に託された物、お客様が期待されている物、それは一体何なのか?
私達の先人は、着物というものにどんな思いをもっていたのか?
能衣裳にもいろんな意味が隠されていると聞きます。
衣裳にいろんな思いや、願いを込める。
これこそ日本人ならではの文化ではないでしょうか。
私達、伝統染織に携わる者は、先人から受け継がれてきたそういう気持ち、心をこそ、着け継いでいかねばならないのではないかと想います。
この50話にて、『商道 風姿花伝』は結びとさせて頂きます。
長い間、ご愛読まことにありがとうございました。
このブログは、生産者の方が販売の場に立たれたときに一助になればと書き始めたものでした。
未熟な商人の身でありながら、えらそうな事を書き連ね、恥ずかしくもありましたが、
何かのご参考になればと想い、なんとか続けて来られました。
若輩者のたわごとばかり書いて参りましたが、お許しください。
また、来年からは新たな連載をいたします。
ご意見等、いただければ幸いに存じます。
1年間ありがとうございました。
萬代屋竹渓斎宗晏 拝
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第49話
【およそかくのごとき条々、よくよく見得して書作すべきなり】
だいぶ飛ばしました(^_^;)
ここでは開聞と開眼について書かれています。
開聞とは、文辞の面白さと作曲上の興趣を一つの音楽的感動に発現させる境地
開眼とは、舞ったり所作をしたりする演技のなかで得る観客の感動
これが両方とも能作によって得られると書いています。
とくに開眼の場合は、シテの演技によるものと想われがちですが、これも能の作者の狙いで実現できるのだというのです。
商品づくりもおなじなんです。
商品を造るときに、お客様にどうお勧めするかのストーリーを描きながら制作をするんです。
そのストーリーが美しくないとき、その品物は売れません。
着物でも商品の魅力というのは品質とデザインと想われがちですが、それだけではないのです。
その商品がうまれてくる、また、生み出さねばならない必然性というか、テーマ性がどうしても必要なんです。
それがないと、どうしても説得力に欠けてくる。
そうなると売り手も力が入らない。
私の横でストーリーを聞いて居る人は、単独でも売れますが、ストーリーを知らない人は、売れない事も多いのです。
私がプロデュースする作品はあえて、伝統工芸としての名前や作家名を消してあります。
『もずや更紗』『えばみりをん』
何がなにやら、どこでつくっているのやら、全然解りませんよね。
いま、作ろうとしているものも同じです。
ひとつには、伝統工芸への敬意を込めて、その名前をそのまま使わないということがあります。
それともう一つは、産地やブランドに惑わされずに、直に作品を見て頂く為にそうしているんです。
呉服屋さんや展示会に行かれると『○○さんの作品です』『人間国宝です』『無形文化財です』なんて言葉が飛び交っているでしょう?
それは値打ちのあるものですが、それでは、作品が磨かれないんです。
ブランド品でなくても、作品自体の魅力で売れて初めてホンモノだと言えると私は思っているんです。
ストーリーにはお客様のご希望を踏まえて実用性や、利便性、お客様が気づいておられないような新しいメリットなどをお伝えするわけです。
そして、もちろん、私がそれを生み出したことによって、よみがえり、研ぎ澄まされた美を読み取って頂くように、お話しを聞いて頂きます。
ですから、よくいうのですが、うちの商品は説明込みで初めて完成するんです。
ラーメンでいえば、品物は麺で、私のストーリーがスープです。
これが、作るところから売るところまで一貫してやっているメリットであり強みです。
品物は真似できても(真似できないと想いますが)、ストーリーは真似できないのです。
もしストーリーが真似できたとしても1回限りです。
ストーリーが物を生み、物がストーリーを生む。
それは、かつ、実需に即したものでないといけません。
そして、最終段階では、私が喋らなくても、作品が勝手にお客様とお話ししてくれるんです。
だいぶ飛ばしました(^_^;)
ここでは開聞と開眼について書かれています。
開聞とは、文辞の面白さと作曲上の興趣を一つの音楽的感動に発現させる境地
開眼とは、舞ったり所作をしたりする演技のなかで得る観客の感動
これが両方とも能作によって得られると書いています。
とくに開眼の場合は、シテの演技によるものと想われがちですが、これも能の作者の狙いで実現できるのだというのです。
商品づくりもおなじなんです。
商品を造るときに、お客様にどうお勧めするかのストーリーを描きながら制作をするんです。
そのストーリーが美しくないとき、その品物は売れません。
着物でも商品の魅力というのは品質とデザインと想われがちですが、それだけではないのです。
その商品がうまれてくる、また、生み出さねばならない必然性というか、テーマ性がどうしても必要なんです。
それがないと、どうしても説得力に欠けてくる。
そうなると売り手も力が入らない。
私の横でストーリーを聞いて居る人は、単独でも売れますが、ストーリーを知らない人は、売れない事も多いのです。
私がプロデュースする作品はあえて、伝統工芸としての名前や作家名を消してあります。
『もずや更紗』『えばみりをん』
何がなにやら、どこでつくっているのやら、全然解りませんよね。
いま、作ろうとしているものも同じです。
ひとつには、伝統工芸への敬意を込めて、その名前をそのまま使わないということがあります。
それともう一つは、産地やブランドに惑わされずに、直に作品を見て頂く為にそうしているんです。
呉服屋さんや展示会に行かれると『○○さんの作品です』『人間国宝です』『無形文化財です』なんて言葉が飛び交っているでしょう?
それは値打ちのあるものですが、それでは、作品が磨かれないんです。
ブランド品でなくても、作品自体の魅力で売れて初めてホンモノだと言えると私は思っているんです。
ストーリーにはお客様のご希望を踏まえて実用性や、利便性、お客様が気づいておられないような新しいメリットなどをお伝えするわけです。
そして、もちろん、私がそれを生み出したことによって、よみがえり、研ぎ澄まされた美を読み取って頂くように、お話しを聞いて頂きます。
ですから、よくいうのですが、うちの商品は説明込みで初めて完成するんです。
ラーメンでいえば、品物は麺で、私のストーリーがスープです。
これが、作るところから売るところまで一貫してやっているメリットであり強みです。
品物は真似できても(真似できないと想いますが)、ストーリーは真似できないのです。
もしストーリーが真似できたとしても1回限りです。
ストーリーが物を生み、物がストーリーを生む。
それは、かつ、実需に即したものでないといけません。
そして、最終段階では、私が喋らなくても、作品が勝手にお客様とお話ししてくれるんです。
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第48話
【一、種といつぱ、芸能の本説に、その態をなす人体によつて、舞歌のため大用なる事をしるべし】
ここからは、能作、つまり能を作ることについて書かれています。
世阿弥が能をどのようにしてい作ったか・・・それは本を読んでください(^_^)
私の作品づくりについて書きましょう。
私の場合ネタは、デパートの店頭、呉服屋のショーウィンドウ、そんなところにある着物を観る事から始まります。
そこには、なんの輝きもない、大量生産された、ただ日焼けをまっている商品が積まれたり架けられたりしている事も多々あります。
そんな品物を見て、『おかしいなぁ、本当は良い物だから今に伝わっているのに、なんでこんなしょうむないんやろ?』と想うわけです。
なんで、立派な名前を持っていながら、無様な姿をさらしているんだろう?
そう想うわけです。
それは、本来の魅力を発揮する機会が与えられていないからだ!と想うわけです。
そこからがスタートです。
では、その商品の本来の魅力とは何なのか?
それを歴史的、技法的に勉強して、アタマで組み立ててみるんです。
そこには、価格や手間の為に、捨て去られた『美のエキス』が浮かんでくるんです。
美のエキスが入っていない工芸品は、アミノ酸の入っていない料理と同じです。うま味がない。
栄養はあっても美味しくないんです。
そのうま味を取り戻そう!そう思うんです。
そのうま味とは何か?
そこには歴史的考察が入って来ます。その染め物や織物が生まれた時代背景、自然風土などを思い浮かべ、可能な物は体験してみる。
そしてそのうま味のたっぷりはいった品物を作ってくれそうな所を探す。
ある場合は良いのですが、無い場合は断念せざるを得ない。
幸運にもあった場合、まず数反作ってもらう。
その時に、こちらの思いを十分に伝える。ここが1回目の勝負です。
どんな問題意識を持って、どんなものを作りたいのか、それをできるだけ丁寧に熱意を込めて作り手に語る。
そして注文品が上がってくる。
その品物をジッと、ジッと見る。
そこに、今足りない物は何か、足りない物があったら、自分なりの味付けを考える。
伝統的な物の上に、伝統的で新しい物のエキスを塗って、新しい魅力を引き出すのですね。
ステーキに醤油をかけるようなもんです。
それが本来の味を壊す物であっても行けないし、私が作るなら私らしくないといけない。
そして、また、再度作り手に、意向を伝える。これが二回目の勝負です。
これを納得いくまで何度もやります。
三度目の勝負は、お客様の反応です。
お客様の反応を元に、軌道修正をしていくんです。
それがなければ、作品は独善的なものになります。
いくら自分が良いと想っていても、お客様に受け入れてもらえなければ、何の値打ちもありません。
おかげさまで私はよいお客様に恵まれているので、素晴らしいヒントとご批判を頂く事が出来ます。
お客様こそが私の最高の財産ですね。
そして、一通りお客様にご覧頂いたら、また、次へ次へと新しい試みを加えていく。
そのためには、美のタネをたくさん持って居た方が有利です。
美術館に行ったり、能や文楽を見るのはそのタネを得るためです。
思いつきだけでは、その作品は一過性の物に終わり、作り手も使い捨てのような感じになってしまいます。
よいお客様、よい作り手さんとの縁があれば、あとは自分の努力です。
その努力がなければ、よい作品を生み出し続ける事はできません。
それが、まさにプロデューサーのしごとなんですね。
ここからは、能作、つまり能を作ることについて書かれています。
世阿弥が能をどのようにしてい作ったか・・・それは本を読んでください(^_^)
私の作品づくりについて書きましょう。
私の場合ネタは、デパートの店頭、呉服屋のショーウィンドウ、そんなところにある着物を観る事から始まります。
そこには、なんの輝きもない、大量生産された、ただ日焼けをまっている商品が積まれたり架けられたりしている事も多々あります。
そんな品物を見て、『おかしいなぁ、本当は良い物だから今に伝わっているのに、なんでこんなしょうむないんやろ?』と想うわけです。
なんで、立派な名前を持っていながら、無様な姿をさらしているんだろう?
そう想うわけです。
それは、本来の魅力を発揮する機会が与えられていないからだ!と想うわけです。
そこからがスタートです。
では、その商品の本来の魅力とは何なのか?
それを歴史的、技法的に勉強して、アタマで組み立ててみるんです。
そこには、価格や手間の為に、捨て去られた『美のエキス』が浮かんでくるんです。
美のエキスが入っていない工芸品は、アミノ酸の入っていない料理と同じです。うま味がない。
栄養はあっても美味しくないんです。
そのうま味を取り戻そう!そう思うんです。
そのうま味とは何か?
そこには歴史的考察が入って来ます。その染め物や織物が生まれた時代背景、自然風土などを思い浮かべ、可能な物は体験してみる。
そしてそのうま味のたっぷりはいった品物を作ってくれそうな所を探す。
ある場合は良いのですが、無い場合は断念せざるを得ない。
幸運にもあった場合、まず数反作ってもらう。
その時に、こちらの思いを十分に伝える。ここが1回目の勝負です。
どんな問題意識を持って、どんなものを作りたいのか、それをできるだけ丁寧に熱意を込めて作り手に語る。
そして注文品が上がってくる。
その品物をジッと、ジッと見る。
そこに、今足りない物は何か、足りない物があったら、自分なりの味付けを考える。
伝統的な物の上に、伝統的で新しい物のエキスを塗って、新しい魅力を引き出すのですね。
ステーキに醤油をかけるようなもんです。
それが本来の味を壊す物であっても行けないし、私が作るなら私らしくないといけない。
そして、また、再度作り手に、意向を伝える。これが二回目の勝負です。
これを納得いくまで何度もやります。
三度目の勝負は、お客様の反応です。
お客様の反応を元に、軌道修正をしていくんです。
それがなければ、作品は独善的なものになります。
いくら自分が良いと想っていても、お客様に受け入れてもらえなければ、何の値打ちもありません。
おかげさまで私はよいお客様に恵まれているので、素晴らしいヒントとご批判を頂く事が出来ます。
お客様こそが私の最高の財産ですね。
そして、一通りお客様にご覧頂いたら、また、次へ次へと新しい試みを加えていく。
そのためには、美のタネをたくさん持って居た方が有利です。
美術館に行ったり、能や文楽を見るのはそのタネを得るためです。
思いつきだけでは、その作品は一過性の物に終わり、作り手も使い捨てのような感じになってしまいます。
よいお客様、よい作り手さんとの縁があれば、あとは自分の努力です。
その努力がなければ、よい作品を生み出し続ける事はできません。
それが、まさにプロデューサーのしごとなんですね。
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第47話
【そもそも、因果とて、よき・悪しき時のあるも、公案を尽くして見るに、ただめづらしき・めづらしからぬの二つなり】
つまりは、
能の作品の数々も、世間の多くの観客や、様々な上演場所について、その時のあらゆる好尚に応じて舞台に出す演目こそが、観客の要求を満たす為の花ということであろう。
そして、最後に
ただ、その時に喜ばれるものが花であると知るがよい。
と書かれています。
下世話ないい方をすれば、『喜んでもろてナンボ』という事なんですね。
ええ演技も悪い演技もない。喜んでもろた演技が花のある演技ということになる、と世阿弥は書いているんです。
でも、喜ばれるからと言ってゲスい演技でもいいのでしょうか?
そうならなかったところに、能の素晴らしさがあるということなんでしょうね。
観衆にも素晴らしい感受性と審美眼があった。
観衆の求めるレベルが高かったからこそ、能も高尚たりえた。
そういうことなのではないでしょうか。
文楽もわかりづらい、と言われますよね。
でも、昔の人は、解ったから流行ったし、今に伝わっているんです。
もちろん、言葉の問題はありますが、本当はそれだけではないのではないかと想うんですよ。
言わば、能や文楽は伝統に沿うことによってレベルを落とさずに来たが、観衆のレベルが落ちている、それが現実なのではないでしょうか。
政治家、役人、実業家、それぞれの文化レベルを見たら、どうでしょう?
明治時代と比較しても、眼を覆うばかりのていたらくとは感じないでしょうか?
文化というのは、上から下へと流れます。
上が高ければ、文化の階層は高く多重層化します。
しかし、上が低ければ、低いまま層も少なくなります。
文化レベルを引っ張るべき、政治家や経済人、官吏のレベルが低ければ、庶民レベルは推して知るべしなんです。
ここは文化論を書くブログではありませんが、芸能だけでなく、物販も同じなんですね。
着物は文化だと言いながら、『えーこれが文化か?』と眼を覆うような着物も多々眼にするようになりました。
私の様な伝統染織を扱う者は、能や文楽の人達と同じで、高みに止まっていなければ、文化的、歴史的役割は果たせないんです。
降りていけば、伝統の看板を下ろさなければなりません。
『みんなの花』であるのか、『解る人には解る花』であるのか?
究極の選択なんです。
でも、私は後者をとった。
どちらも花であることは間違いない。世阿弥も言っている事です。
お客様に喜んでもらってナンボです。
どの道を行くかは、だれが決めるのではない自分自身ですし、どちらを選ばれても花の価値に多寡はないと想います。
ただ、花の価値が解る人が少ないからと言って、その花の値打ちが無いと言う議論は間違っていると私は思うのです。
つまりは、
能の作品の数々も、世間の多くの観客や、様々な上演場所について、その時のあらゆる好尚に応じて舞台に出す演目こそが、観客の要求を満たす為の花ということであろう。
そして、最後に
ただ、その時に喜ばれるものが花であると知るがよい。
と書かれています。
下世話ないい方をすれば、『喜んでもろてナンボ』という事なんですね。
ええ演技も悪い演技もない。喜んでもろた演技が花のある演技ということになる、と世阿弥は書いているんです。
でも、喜ばれるからと言ってゲスい演技でもいいのでしょうか?
そうならなかったところに、能の素晴らしさがあるということなんでしょうね。
観衆にも素晴らしい感受性と審美眼があった。
観衆の求めるレベルが高かったからこそ、能も高尚たりえた。
そういうことなのではないでしょうか。
文楽もわかりづらい、と言われますよね。
でも、昔の人は、解ったから流行ったし、今に伝わっているんです。
もちろん、言葉の問題はありますが、本当はそれだけではないのではないかと想うんですよ。
言わば、能や文楽は伝統に沿うことによってレベルを落とさずに来たが、観衆のレベルが落ちている、それが現実なのではないでしょうか。
政治家、役人、実業家、それぞれの文化レベルを見たら、どうでしょう?
明治時代と比較しても、眼を覆うばかりのていたらくとは感じないでしょうか?
文化というのは、上から下へと流れます。
上が高ければ、文化の階層は高く多重層化します。
しかし、上が低ければ、低いまま層も少なくなります。
文化レベルを引っ張るべき、政治家や経済人、官吏のレベルが低ければ、庶民レベルは推して知るべしなんです。
ここは文化論を書くブログではありませんが、芸能だけでなく、物販も同じなんですね。
着物は文化だと言いながら、『えーこれが文化か?』と眼を覆うような着物も多々眼にするようになりました。
私の様な伝統染織を扱う者は、能や文楽の人達と同じで、高みに止まっていなければ、文化的、歴史的役割は果たせないんです。
降りていけば、伝統の看板を下ろさなければなりません。
『みんなの花』であるのか、『解る人には解る花』であるのか?
究極の選択なんです。
でも、私は後者をとった。
どちらも花であることは間違いない。世阿弥も言っている事です。
お客様に喜んでもらってナンボです。
どの道を行くかは、だれが決めるのではない自分自身ですし、どちらを選ばれても花の価値に多寡はないと想います。
ただ、花の価値が解る人が少ないからと言って、その花の値打ちが無いと言う議論は間違っていると私は思うのです。
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第46話
【因果の花を知る事、極めなるべし】
ここでは、申楽=能の立ち会いの時の心構えについて書かれているのでしょうか。
自分が調子の悪いときは、そう心得て、良いときも同様にして、無理をするなという感じです。
相手の調子がいいときには、控えめに、相手が悪いときは一気に、勝ちに行く。
昔で言えば、バイオリズムに逆らうな!ということでしょうね。
つまりは『勝負の潮目を読む』ということなのだろうと想います。
商売の世界はまさにこれに尽きます。
潮目を見誤れば、つぎ込んだ金も、買い集めた商品も、ムダになります。
売り時、買い時・・・
その他諸々合わせて、商売は『金と間』です。
商売と言ってもいろんな考え方がありますが、私の場合は、一攫千金を狙わずに息長く続けていく事をヨシとしています。
相手が攻め込んで来る、売りに掛かってきたときには、私なら引きます。
逆に引いた後が狙い目と見ます。
簡単に言えば逆張りなんですが、それも潮の流れの速さや高さによります。
経済原則からみても、物の供給が増えれば価格は下がります。逆に物が少なくなれば物の価値は上がる。
お金の量が少ないときに、物を今以上に流し込めばさらに価格は下がるんです。
ここ20年くらい経済政策が失敗しているのは、サプライサイド=供給側の経済学が先行しているからなんですね。
物を市場に流せば、売上はあがるだろう、そう想って沖縄県などもいろんなイベントをやるわけです。
でも、やればやるほど、価値は下がっていきます。
同じ商品でもあちこちで催事をすると現実の量以上に、市場に存在するように感じられてしまいます。
そうなると、商品の陳腐化という恐るべき現象が起こってきます。
あー沖縄のね。
そう言われてしまうんですね。
そんなときは、ちょっと休んで、世阿弥も書いてますが、自分の得意分野をもう一回おさらいして強化・洗練させてみる。
公的な催事だと、やることが先になって、結果は後回しだからやっかいなんです。
どばーっと来て、ダメでも、またどばーってやる。
だから、陳腐化も価格低下も止まらないんです。
普通なら、何回かやってダメなら、引きますよね。
その、みんなが引いたときが、出るチャンスです。
もちろん大商いはできませんが、存在価値は高まり、じっくり落ち着いて商売ができるんです。
ブームが怖いのは、あとの揺り戻しなんですね。
結局はブームで損をする人が多いんです。
ブームのときはプカプカのっかって居るくらいでいい。
ブームが去ってからが勝負だとおもって、力を蓄えておくべきなんですね。
経済も運気も必ず波がある、ということを知っておくということです。
そして、他人に作った波に乗せられたら溺れるかも知れない。
泳ぎ切るには、自分の体調やその時の潮の状況をみないとダメですよ、ということです。
ここでは、申楽=能の立ち会いの時の心構えについて書かれているのでしょうか。
自分が調子の悪いときは、そう心得て、良いときも同様にして、無理をするなという感じです。
相手の調子がいいときには、控えめに、相手が悪いときは一気に、勝ちに行く。
昔で言えば、バイオリズムに逆らうな!ということでしょうね。
つまりは『勝負の潮目を読む』ということなのだろうと想います。
商売の世界はまさにこれに尽きます。
潮目を見誤れば、つぎ込んだ金も、買い集めた商品も、ムダになります。
売り時、買い時・・・
その他諸々合わせて、商売は『金と間』です。
商売と言ってもいろんな考え方がありますが、私の場合は、一攫千金を狙わずに息長く続けていく事をヨシとしています。
相手が攻め込んで来る、売りに掛かってきたときには、私なら引きます。
逆に引いた後が狙い目と見ます。
簡単に言えば逆張りなんですが、それも潮の流れの速さや高さによります。
経済原則からみても、物の供給が増えれば価格は下がります。逆に物が少なくなれば物の価値は上がる。
お金の量が少ないときに、物を今以上に流し込めばさらに価格は下がるんです。
ここ20年くらい経済政策が失敗しているのは、サプライサイド=供給側の経済学が先行しているからなんですね。
物を市場に流せば、売上はあがるだろう、そう想って沖縄県などもいろんなイベントをやるわけです。
でも、やればやるほど、価値は下がっていきます。
同じ商品でもあちこちで催事をすると現実の量以上に、市場に存在するように感じられてしまいます。
そうなると、商品の陳腐化という恐るべき現象が起こってきます。
あー沖縄のね。
そう言われてしまうんですね。
そんなときは、ちょっと休んで、世阿弥も書いてますが、自分の得意分野をもう一回おさらいして強化・洗練させてみる。
公的な催事だと、やることが先になって、結果は後回しだからやっかいなんです。
どばーっと来て、ダメでも、またどばーってやる。
だから、陳腐化も価格低下も止まらないんです。
普通なら、何回かやってダメなら、引きますよね。
その、みんなが引いたときが、出るチャンスです。
もちろん大商いはできませんが、存在価値は高まり、じっくり落ち着いて商売ができるんです。
ブームが怖いのは、あとの揺り戻しなんですね。
結局はブームで損をする人が多いんです。
ブームのときはプカプカのっかって居るくらいでいい。
ブームが去ってからが勝負だとおもって、力を蓄えておくべきなんですね。
経済も運気も必ず波がある、ということを知っておくということです。
そして、他人に作った波に乗せられたら溺れるかも知れない。
泳ぎ切るには、自分の体調やその時の潮の状況をみないとダメですよ、ということです。
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第45話
【秘する花を知る事。秘すれば花なり】
割と長文で書いてありますが、つまりは
観客の心に思ってもいない感動をもたらす方法というのが花なのである。
ということのようです。
今風に言えば、サプライズという事なんでしょうが、これとても難しいですよね。
1回限りの公演ならまだしも、将軍の前などでは何度も何度も舞っていたのでしょうから、見ている将軍も芸風というのは知り尽くしているはず。
その上で、サプライズで花を咲かせようというのですから・・・
毎回毎回、『うーむ、今回はそうきたか・・・』とうならせることなど、どうやったらできるんでしょうか。
私などがなじみ深い、よしもと新喜劇なら、何年も同じギャグでご飯を食べている役者さんがいて、その人の顔を見ただけで、笑ってしまう、そういう存在なんですね。
また、そのギャグがいつくるか、いつくるか、という緊張とキターという弛緩で笑いが生まれるということらしいです。
能の場合は演目を変えて、演ずる対象を変えれば、新しい花が生まれるのでしょうか?
えっ?さっきの世阿弥やったんか?
というような演技が果たしてできるもんなんでしょうか?
芸風の軸を保ちながら、意外性を演出して、観客の興味を引く・・・
私の世界なら、もずやの好みを消さないような、アッと驚く新作を発表する、という感じでしょうか。
あの着物も、もずやがプロデュースすれば、こんな風になります。そんな感じでしょうか?
でも、それを続けていくのは、むちゃむちゃ大変です。
自分の得意でない分野からネタを探してきて、自分なりにアレンジして、お客様にも納得してもらえる物にするのには、ものすごい器量・度量が要ります。
鑑識眼・審美眼も客観性があって研ぎ澄まされていなければできません。
なんでそんなたいそうに言うかというと、美というのはどうしても主観的になりがちだからです。
それを客観的に見て、自分の外にある美を認めるというのは、意識の外に働きかける何かが必要です。
何かというのは、宗教であったり、哲学であったり、ピンピンに尖った普遍的なものです。
私達はまさに、能面を着けてみるようなピンポイントでしか物が見れていないのが普通です。
パチンコ玉くらいの穴から、のぞくように物を見ているに過ぎない。
しかし、だからこそ、『秘すれば花』が実現するのでしょう。
意識の外にある美を感じさせる・・・
あ!これってうつくしいものだったんだ!
まさしく能にあって、他の演劇に無いものはそういう研ぎ澄まされた抽象性だと想うんですね。
ピンピンにとがった抽象性というのは、普遍性を持つ。
その梅干しのタネの中の芯みたいなのが世阿弥の言う『花』なのではないでしょうか。
もちろん、それを見抜く観客もそれなりの眼をもっていなければなりませんけどね。
実は、私にも先祖代々伝えられている『花』があります。
もちろん、それも『秘すれば花、秘してこそ花』
どなたにもお教えすることはできません。
割と長文で書いてありますが、つまりは
観客の心に思ってもいない感動をもたらす方法というのが花なのである。
ということのようです。
今風に言えば、サプライズという事なんでしょうが、これとても難しいですよね。
1回限りの公演ならまだしも、将軍の前などでは何度も何度も舞っていたのでしょうから、見ている将軍も芸風というのは知り尽くしているはず。
その上で、サプライズで花を咲かせようというのですから・・・
毎回毎回、『うーむ、今回はそうきたか・・・』とうならせることなど、どうやったらできるんでしょうか。
私などがなじみ深い、よしもと新喜劇なら、何年も同じギャグでご飯を食べている役者さんがいて、その人の顔を見ただけで、笑ってしまう、そういう存在なんですね。
また、そのギャグがいつくるか、いつくるか、という緊張とキターという弛緩で笑いが生まれるということらしいです。
能の場合は演目を変えて、演ずる対象を変えれば、新しい花が生まれるのでしょうか?
えっ?さっきの世阿弥やったんか?
というような演技が果たしてできるもんなんでしょうか?
芸風の軸を保ちながら、意外性を演出して、観客の興味を引く・・・
私の世界なら、もずやの好みを消さないような、アッと驚く新作を発表する、という感じでしょうか。
あの着物も、もずやがプロデュースすれば、こんな風になります。そんな感じでしょうか?
でも、それを続けていくのは、むちゃむちゃ大変です。
自分の得意でない分野からネタを探してきて、自分なりにアレンジして、お客様にも納得してもらえる物にするのには、ものすごい器量・度量が要ります。
鑑識眼・審美眼も客観性があって研ぎ澄まされていなければできません。
なんでそんなたいそうに言うかというと、美というのはどうしても主観的になりがちだからです。
それを客観的に見て、自分の外にある美を認めるというのは、意識の外に働きかける何かが必要です。
何かというのは、宗教であったり、哲学であったり、ピンピンに尖った普遍的なものです。
私達はまさに、能面を着けてみるようなピンポイントでしか物が見れていないのが普通です。
パチンコ玉くらいの穴から、のぞくように物を見ているに過ぎない。
しかし、だからこそ、『秘すれば花』が実現するのでしょう。
意識の外にある美を感じさせる・・・
あ!これってうつくしいものだったんだ!
まさしく能にあって、他の演劇に無いものはそういう研ぎ澄まされた抽象性だと想うんですね。
ピンピンにとがった抽象性というのは、普遍性を持つ。
その梅干しのタネの中の芯みたいなのが世阿弥の言う『花』なのではないでしょうか。
もちろん、それを見抜く観客もそれなりの眼をもっていなければなりませんけどね。
実は、私にも先祖代々伝えられている『花』があります。
もちろん、それも『秘すれば花、秘してこそ花』
どなたにもお教えすることはできません。
2012年12月12日
『商道 風姿花伝』第44話
【一、能によろづ用心を持つべき事】
世阿弥は鬼神を演じるときには柔和であれ、体を強く動かすときは足踏みの音をさせるな、と書いています。
歌手も、悲しいときには少しほほえむような感じで歌うと良いそうです。
これはテクニックとは言えないかもしれませんが、セールストークでも言える事ではないかと想います。
出だしの部分はゆるやかに、話が進むにつれて声のボリュームとトーンを上げ、熟してきたらトーンを落とし、声を優しく、場合によっては黙る。
仮にカッとなってしまったときは、にこやかにほほえむ、動きを緩やかにする・・・
私はそう、心がけています。
もちろん、馴染みのお客様の時は終始ワイワイ言っているときもありますが、初めてのお客様の時には出来るだけじっくり考えて頂く、またそのための情報を適切にタイミング良くお出しするようにしています。
つまりは、お客様の心の動きを正確に把握して、お客様が必要とされる情報をわかりやすく提供するということですね。
こちらがガンガン出していくばかりだと、お客様は引いてしまわれますし、一度引いてしまわれると、なかなか話を聞いてもらえなくなります。
そうなったら、商談はそこで終わりです。
私達は話をきいてもらって、ナンボです。
お客様と一緒に、沈んだり盛り上がったりしていてはいけません。
ここで世阿弥も書いていますが、これは実際に経験を積んでいないと習得出来ません。
理屈ではないし、セオリーもありません。
お客様との相性もあります。
商談の進め方、商品の定時の仕方、しまい方、商品を出す前の話、態度、しまうときの話ぶり・・・
トークの中身以外に、いっぱい心得ておかねばならないことがあります。
いちばん大事なことは、自分が何を伝えたいのかをはっきりと自覚して、そのためのベストな方法を常に追求するという姿勢だと想います。
いくら口で言っても、文章で書いても、これだけは、やってやって、喜んだり、悲しんだり、口惜しい思いをしたりしないと、解らないkとだろうと想います。
まさに、奥義なんですね。
世阿弥は鬼神を演じるときには柔和であれ、体を強く動かすときは足踏みの音をさせるな、と書いています。
歌手も、悲しいときには少しほほえむような感じで歌うと良いそうです。
これはテクニックとは言えないかもしれませんが、セールストークでも言える事ではないかと想います。
出だしの部分はゆるやかに、話が進むにつれて声のボリュームとトーンを上げ、熟してきたらトーンを落とし、声を優しく、場合によっては黙る。
仮にカッとなってしまったときは、にこやかにほほえむ、動きを緩やかにする・・・
私はそう、心がけています。
もちろん、馴染みのお客様の時は終始ワイワイ言っているときもありますが、初めてのお客様の時には出来るだけじっくり考えて頂く、またそのための情報を適切にタイミング良くお出しするようにしています。
つまりは、お客様の心の動きを正確に把握して、お客様が必要とされる情報をわかりやすく提供するということですね。
こちらがガンガン出していくばかりだと、お客様は引いてしまわれますし、一度引いてしまわれると、なかなか話を聞いてもらえなくなります。
そうなったら、商談はそこで終わりです。
私達は話をきいてもらって、ナンボです。
お客様と一緒に、沈んだり盛り上がったりしていてはいけません。
ここで世阿弥も書いていますが、これは実際に経験を積んでいないと習得出来ません。
理屈ではないし、セオリーもありません。
お客様との相性もあります。
商談の進め方、商品の定時の仕方、しまい方、商品を出す前の話、態度、しまうときの話ぶり・・・
トークの中身以外に、いっぱい心得ておかねばならないことがあります。
いちばん大事なことは、自分が何を伝えたいのかをはっきりと自覚して、そのためのベストな方法を常に追求するという姿勢だと想います。
いくら口で言っても、文章で書いても、これだけは、やってやって、喜んだり、悲しんだり、口惜しい思いをしたりしないと、解らないkとだろうと想います。
まさに、奥義なんですね。
2012年11月10日
『商道 風姿花伝』第43話
【一、能に十体を得べき事。】
世阿弥は『すべての演目に通じていれば、それぞれが同じ役者の芸とはわからないくらいに演じる事が出来、生涯花が失せることはない』
と書いています。
そんなん、むずかしすぎるなぁ・・・と想いながら読み進めると、
『しかし、そんな人は見たことも聞いた事もない』
と書いてありました。
そこで、父親の観阿弥の事について書いています。
観阿弥は若い頃には老人の芸、年老いてからは若者の芸を得意としたそうです。
世阿弥は、それをして『その意外性こそが花を生む』
そして、
『若い頃の未熟な芸を忘れてはいけない』
と書いています。
つまり、若い頃にやった未熟な芸であっても、それを忘れずにやり続けることが芸の多様性を生むと言う事なのでしょう。
私がこの業界に入った頃は、呉服市場は娘さん用の嫁入り支度で賑わっていました。
母親が娘のために少しずつキモノをこしらえていく、そして結婚が決まったら、仕上げにさらに娘用と自分のをつくる。
これが娘を持つ母親の楽しみでありましたし、私達呉服商にとって最大の商機だったんです。
振袖、喪服、色無地、小紋、付下げ、訪問着、紬類、帯・・・等々、そこそこの裕福な家庭であれば娘さんの為にキモノをこしらえたのです。
それがパタッと止まったのは、神戸の震災くらいからでしょうか。
それまでは、嫁入り前の年頃の娘さんのいらっしゃるご家庭を手当たり次第に訪問していけば、必ずといっていいほど、どこかで売れたんです。
結婚が決まったとなれば、それこそ、一揃え、二揃え。
娘さんご本人に見せなくても、お母様が見立てて買っておかれたんです。
あくまで『お支度を調える』という親の役目の遂行だったんですね。
その時代は、大した商品知識も必要なかったし、オーソドックスなはやりすたれの無いものをお勧めしていれば、問題なかった。
20歳台の私でもバンバン売れたんです。
でも、バブルが弾けて、大地震が来て、様相は一変しました。
娘用が売れなくなったんです。
仕込んだ商品も、ピンクやオレンジ等という色はことごとく売れ残りました。
嫁入り需要というのが市場から完全に抜け落ちたんですね。
嫁入り需要=タンス需要で、実需とは離れたところにあった。
これは、キモノだけではなくて、他の嫁入り支度も極端に落ちたはずです。
貴金属類や洋服、家具なんかも大きく落ち込んでいるんだと推測します。
『着ない物は買わない』
そうなったんです。
どうあがいても、嫁入り需要は復活しそうにない。
ジミ婚になり、マンション暮らしになり、ライフスタイルそのものが変化してきました。
世代が変わって、私達の親の世代と違い、親御さんの兄弟の数も少なくなった。
ということは甥姪も減って、結婚式自体も少なくなる。そうすると、黒留袖を始めとする婚礼用衣裳も買うから借りるとなる。
貸衣装が恥ずかしいという意識も薄れてきたんですね。
先代が一線から退いて、私が副社長になったのを契機に、一時はフォーマル中心になっていた商品構成から、再度、沖縄染織を中心とするカジュアル路線に舵を切ったんです。
沖縄染織を中心とするカジュアルと、茶道・舞踊などお稽古事をされている、実際にお召しになる方の為のキモノを中心に展開するようにしました。
呉服商としては珍しい、留袖や振袖を扱わない業者になったんです。
180度とは言わないですが120度くらいの転換をしたんですね。
創業当時の沖縄染織から少し距離を置いていた時期、別のある作家の作品を主力にしていました。
私が若い頃に習った商品知識、ロールプレイングは、その作家の商品を売るための物でした。
そこで習得したのは、TPOと納得して買って頂くための理論です。
その後、留袖や訪問着などの一般呉服も扱いましたが、その時に学んだ事が土台になっていますし、同種の商品が来れば、誰にも負けないくらいの説明ができると想います。
ひとつの商品を売ろうと想えば、それを知っているだけでは不十分なんですね。
何故かと言えば、お客様は他のキモノも比較の対象にしながら、その商品を見ておられるからです。
ですから、今目の前にある物が他の物に対してどう比較優位性があるのかを納得してもらわなければ最終的な決定には至らないのです。
それを語るには、日頃お客様方が他のキモノに対してどういう不満を持っていらっしゃるか、どういう所を選択のポイントとされているのかを正確に把握していなければなりません。
また、それが改善された商品を造ることも肝心なのです。
いくら作り手だからと言っても、自分の作品だけに精通していても、市場という『選択の現場』に入ってしまえば無力です。
『キレイでしょう!』『手が混んでいるんですよ』
熱意で買ってくださるのは初めだけです。
あらら・・・話がずれてしまいました(^_^;)
ですから、(^_^;)、『専門』と言っても、ある程度すべての商品内容と販売方法について知っておかなければ、自分の得意とする物も長くは売れないのです。
得に顕著に見られるのは、年配になると特定の商品しか売れなくなる傾向です。
これは、何故そうなるかと言えば、若い頃の商談の進め方が『慣れ』に頼っていたからです。
つまり『売りこなす』事ができないまま、タダ単なるルーティンワークとして販売行動をしているとこうなります。
もちろん、そういう人は商品を造り出すことなど出来ません。
考えられた販売があって、よい商品が生まれる。良い商品を売りこなすために考え抜かれた販売が生まれる。
そういう事なんです。
売れる商品は時代によって、人心によって変わりますが、どんな時でも、真剣に商品とお客様の利便性を考えていけば、すべてが実になって、長く商売がつづけられるのではないかと想います。
世阿弥は『すべての演目に通じていれば、それぞれが同じ役者の芸とはわからないくらいに演じる事が出来、生涯花が失せることはない』
と書いています。
そんなん、むずかしすぎるなぁ・・・と想いながら読み進めると、
『しかし、そんな人は見たことも聞いた事もない』
と書いてありました。
そこで、父親の観阿弥の事について書いています。
観阿弥は若い頃には老人の芸、年老いてからは若者の芸を得意としたそうです。
世阿弥は、それをして『その意外性こそが花を生む』
そして、
『若い頃の未熟な芸を忘れてはいけない』
と書いています。
つまり、若い頃にやった未熟な芸であっても、それを忘れずにやり続けることが芸の多様性を生むと言う事なのでしょう。
私がこの業界に入った頃は、呉服市場は娘さん用の嫁入り支度で賑わっていました。
母親が娘のために少しずつキモノをこしらえていく、そして結婚が決まったら、仕上げにさらに娘用と自分のをつくる。
これが娘を持つ母親の楽しみでありましたし、私達呉服商にとって最大の商機だったんです。
振袖、喪服、色無地、小紋、付下げ、訪問着、紬類、帯・・・等々、そこそこの裕福な家庭であれば娘さんの為にキモノをこしらえたのです。
それがパタッと止まったのは、神戸の震災くらいからでしょうか。
それまでは、嫁入り前の年頃の娘さんのいらっしゃるご家庭を手当たり次第に訪問していけば、必ずといっていいほど、どこかで売れたんです。
結婚が決まったとなれば、それこそ、一揃え、二揃え。
娘さんご本人に見せなくても、お母様が見立てて買っておかれたんです。
あくまで『お支度を調える』という親の役目の遂行だったんですね。
その時代は、大した商品知識も必要なかったし、オーソドックスなはやりすたれの無いものをお勧めしていれば、問題なかった。
20歳台の私でもバンバン売れたんです。
でも、バブルが弾けて、大地震が来て、様相は一変しました。
娘用が売れなくなったんです。
仕込んだ商品も、ピンクやオレンジ等という色はことごとく売れ残りました。
嫁入り需要というのが市場から完全に抜け落ちたんですね。
嫁入り需要=タンス需要で、実需とは離れたところにあった。
これは、キモノだけではなくて、他の嫁入り支度も極端に落ちたはずです。
貴金属類や洋服、家具なんかも大きく落ち込んでいるんだと推測します。
『着ない物は買わない』
そうなったんです。
どうあがいても、嫁入り需要は復活しそうにない。
ジミ婚になり、マンション暮らしになり、ライフスタイルそのものが変化してきました。
世代が変わって、私達の親の世代と違い、親御さんの兄弟の数も少なくなった。
ということは甥姪も減って、結婚式自体も少なくなる。そうすると、黒留袖を始めとする婚礼用衣裳も買うから借りるとなる。
貸衣装が恥ずかしいという意識も薄れてきたんですね。
先代が一線から退いて、私が副社長になったのを契機に、一時はフォーマル中心になっていた商品構成から、再度、沖縄染織を中心とするカジュアル路線に舵を切ったんです。
沖縄染織を中心とするカジュアルと、茶道・舞踊などお稽古事をされている、実際にお召しになる方の為のキモノを中心に展開するようにしました。
呉服商としては珍しい、留袖や振袖を扱わない業者になったんです。
180度とは言わないですが120度くらいの転換をしたんですね。
創業当時の沖縄染織から少し距離を置いていた時期、別のある作家の作品を主力にしていました。
私が若い頃に習った商品知識、ロールプレイングは、その作家の商品を売るための物でした。
そこで習得したのは、TPOと納得して買って頂くための理論です。
その後、留袖や訪問着などの一般呉服も扱いましたが、その時に学んだ事が土台になっていますし、同種の商品が来れば、誰にも負けないくらいの説明ができると想います。
ひとつの商品を売ろうと想えば、それを知っているだけでは不十分なんですね。
何故かと言えば、お客様は他のキモノも比較の対象にしながら、その商品を見ておられるからです。
ですから、今目の前にある物が他の物に対してどう比較優位性があるのかを納得してもらわなければ最終的な決定には至らないのです。
それを語るには、日頃お客様方が他のキモノに対してどういう不満を持っていらっしゃるか、どういう所を選択のポイントとされているのかを正確に把握していなければなりません。
また、それが改善された商品を造ることも肝心なのです。
いくら作り手だからと言っても、自分の作品だけに精通していても、市場という『選択の現場』に入ってしまえば無力です。
『キレイでしょう!』『手が混んでいるんですよ』
熱意で買ってくださるのは初めだけです。
あらら・・・話がずれてしまいました(^_^;)
ですから、(^_^;)、『専門』と言っても、ある程度すべての商品内容と販売方法について知っておかなければ、自分の得意とする物も長くは売れないのです。
得に顕著に見られるのは、年配になると特定の商品しか売れなくなる傾向です。
これは、何故そうなるかと言えば、若い頃の商談の進め方が『慣れ』に頼っていたからです。
つまり『売りこなす』事ができないまま、タダ単なるルーティンワークとして販売行動をしているとこうなります。
もちろん、そういう人は商品を造り出すことなど出来ません。
考えられた販売があって、よい商品が生まれる。良い商品を売りこなすために考え抜かれた販売が生まれる。
そういう事なんです。
売れる商品は時代によって、人心によって変わりますが、どんな時でも、真剣に商品とお客様の利便性を考えていけば、すべてが実になって、長く商売がつづけられるのではないかと想います。
2012年10月28日
『商道 風姿花伝』第42話
【物まねに、似せぬ位あるべし】
ここでのポイントです。
年寄りになりきって演ずれば、自然と年寄りになるのだから似せようとする必要は無い。でも、年寄りは若くしたがる。しかし、現実には動作がついていかない。そこのところを上手に演ずれば面白さを生む。つまりは『道理』である。
少し、話の角度を変えてみましょうか。
生粋の大阪人、河内人である私がどうやって、沖縄の染織をプロデュースし、面白いものをつくり出すのか。
普通に考えれば、伝統工芸なんですから、その風土の中で生まれ育った人が考えてこしらえる以上のものはないはずです。
琉球びんがたを考えて見ましょうか。
今、びんがたをつくっている人の多くはずっと先祖から沖縄に住んでいる人で、沖縄に生まれ育った人です。
でも、いまある環境はすぐれたびんがたが生み出された時代とは大きく異なっています。
正確に言えば技法が残っているだけで、資料さえ十分にあるわけではありません。
首里の景色も首里の人の気持ちも変わっているし、第一王家が無い。士族もない。
華やかな王朝文化は歴史遺産としては感じられても、今に息づいているものはごくわずかです。
そういった環境の中で育った人の手によって造られた物がそのまま、『本当のびんがた』に最も近いと言えるでしょうか?
あくまでも、『そのまま』でそういえるのか、という意味です。
老人が老人を演じて、面白い老人らしい味のある演技ができるのか?
案外、若い人がずっと老け役を演じていて、実物はまだ若いので驚いた、と言うことも多々あります。
吉本新喜劇の井上竜夫という芸人さんは、昔からずっと老人役ですが、いかにも老人らしい演技を実際の老人以上に面白く見せています。
世阿弥が書いているように、『道理』を踏まえて演ずれば、ホンモノ以上にホンモノらしくなり、面白さも加わるのです。
『びんがたの道理』とは何なのか?
びんがたはどうして生まれ、どうしてあんな風になったのか?
沖縄の歴史を考えればそこが見えてくるような気がするのです。
琉球王国といえば、清と冊封関係にあり、薩摩藩からの圧力も受けていた。
武器を持たず、戦わずに独立を守る為に、国王や官吏は最大限の努力をしたでしょう。
そのためには、清や薩摩からの使者に『威厳』を見せる事がどうしても必要だったと思います。
なんという名前か忘れましたが、首里城のある地点からは大きな眺望が開け、沖縄がとてつもなく大きく見えるんだそうで、琉球の官吏は各国施設を必ずそこから、全景を見させたのだそうです。
大きく見せる、強く見せる、華やかに見せる、それでいて、無抵抗であることをアピールする。
びんがたはそれを表す衣裳としての役割をもっていたのではないかと想うのです。
そして、それは国内にもあって、色や文様によって、位が決められていた。
びんがたは男性の衣裳でもあったのです。
琉球王国は、大和や清国に対して知恵と芸術で対抗した。
その武器のひとつがびんがただったのです。
そう考えると、びんがたの本来伝統的にあるべき姿というものが浮かび上がってきます。
力強く、華やかで、戦意を失わせるほどに美しい。
芸術力、文化力で、大和や清国の使節を圧倒するためにびんがたはあったのではないでしょうか。
そう想ったとき、大和人である私のびんがたに対する演出は、『王朝の輝き』を演じさせるためのものになるのです。
考える事は、『びんがたとは一体なんなのか?』ということです。
伝統工芸品としての技法に即して造られたものをびんがたというのでしょうか?
もちろん、そういう定義もあるでしょう。
でも、『らしくある』という事が、その土地の風土や文化を担った工芸品としは必要だと私は思います。
伝統とは?風土とは?歴史とは?
大坂人が案外大坂の歴史や魅力について知らないのと同じように、沖縄の人もご存じない事が多いのです。
私は言わば、沖縄の人達に先祖の思いを伝えようとする、うさんくさい霊媒師みたいなものです。
もしかしたら、間違っているかも知れません。
でも、内地の人間が沖縄に対して抱いている想い、あこがれというものについては、沖縄の人よりよく知っていると想います。
私は、びんがたについて、『果たしてこんな姿を内地の人はびんがたに求めているのだろうか?』とずっと思って来ました。
このままでは、びんがたは京友禅の亜流になってしまう、との警告も発してきました。
びんがたと京友禅では成り立ちも意味も違う。
つまり、『道理』が違うのです。
私がものづくりをするとき、すべからく、その伝統工芸の歴史・文化・風土を研究し、考えます。
そこから、自分なりの結論を導き出す。
それが当を得ているか、間違っているかは、生み出されてくる作品が教えてくれますし、お客様も教えてくださいます。
ここでのポイントです。
年寄りになりきって演ずれば、自然と年寄りになるのだから似せようとする必要は無い。でも、年寄りは若くしたがる。しかし、現実には動作がついていかない。そこのところを上手に演ずれば面白さを生む。つまりは『道理』である。
少し、話の角度を変えてみましょうか。
生粋の大阪人、河内人である私がどうやって、沖縄の染織をプロデュースし、面白いものをつくり出すのか。
普通に考えれば、伝統工芸なんですから、その風土の中で生まれ育った人が考えてこしらえる以上のものはないはずです。
琉球びんがたを考えて見ましょうか。
今、びんがたをつくっている人の多くはずっと先祖から沖縄に住んでいる人で、沖縄に生まれ育った人です。
でも、いまある環境はすぐれたびんがたが生み出された時代とは大きく異なっています。
正確に言えば技法が残っているだけで、資料さえ十分にあるわけではありません。
首里の景色も首里の人の気持ちも変わっているし、第一王家が無い。士族もない。
華やかな王朝文化は歴史遺産としては感じられても、今に息づいているものはごくわずかです。
そういった環境の中で育った人の手によって造られた物がそのまま、『本当のびんがた』に最も近いと言えるでしょうか?
あくまでも、『そのまま』でそういえるのか、という意味です。
老人が老人を演じて、面白い老人らしい味のある演技ができるのか?
案外、若い人がずっと老け役を演じていて、実物はまだ若いので驚いた、と言うことも多々あります。
吉本新喜劇の井上竜夫という芸人さんは、昔からずっと老人役ですが、いかにも老人らしい演技を実際の老人以上に面白く見せています。
世阿弥が書いているように、『道理』を踏まえて演ずれば、ホンモノ以上にホンモノらしくなり、面白さも加わるのです。
『びんがたの道理』とは何なのか?
びんがたはどうして生まれ、どうしてあんな風になったのか?
沖縄の歴史を考えればそこが見えてくるような気がするのです。
琉球王国といえば、清と冊封関係にあり、薩摩藩からの圧力も受けていた。
武器を持たず、戦わずに独立を守る為に、国王や官吏は最大限の努力をしたでしょう。
そのためには、清や薩摩からの使者に『威厳』を見せる事がどうしても必要だったと思います。
なんという名前か忘れましたが、首里城のある地点からは大きな眺望が開け、沖縄がとてつもなく大きく見えるんだそうで、琉球の官吏は各国施設を必ずそこから、全景を見させたのだそうです。
大きく見せる、強く見せる、華やかに見せる、それでいて、無抵抗であることをアピールする。
びんがたはそれを表す衣裳としての役割をもっていたのではないかと想うのです。
そして、それは国内にもあって、色や文様によって、位が決められていた。
びんがたは男性の衣裳でもあったのです。
琉球王国は、大和や清国に対して知恵と芸術で対抗した。
その武器のひとつがびんがただったのです。
そう考えると、びんがたの本来伝統的にあるべき姿というものが浮かび上がってきます。
力強く、華やかで、戦意を失わせるほどに美しい。
芸術力、文化力で、大和や清国の使節を圧倒するためにびんがたはあったのではないでしょうか。
そう想ったとき、大和人である私のびんがたに対する演出は、『王朝の輝き』を演じさせるためのものになるのです。
考える事は、『びんがたとは一体なんなのか?』ということです。
伝統工芸品としての技法に即して造られたものをびんがたというのでしょうか?
もちろん、そういう定義もあるでしょう。
でも、『らしくある』という事が、その土地の風土や文化を担った工芸品としは必要だと私は思います。
伝統とは?風土とは?歴史とは?
大坂人が案外大坂の歴史や魅力について知らないのと同じように、沖縄の人もご存じない事が多いのです。
私は言わば、沖縄の人達に先祖の思いを伝えようとする、うさんくさい霊媒師みたいなものです。
もしかしたら、間違っているかも知れません。
でも、内地の人間が沖縄に対して抱いている想い、あこがれというものについては、沖縄の人よりよく知っていると想います。
私は、びんがたについて、『果たしてこんな姿を内地の人はびんがたに求めているのだろうか?』とずっと思って来ました。
このままでは、びんがたは京友禅の亜流になってしまう、との警告も発してきました。
びんがたと京友禅では成り立ちも意味も違う。
つまり、『道理』が違うのです。
私がものづくりをするとき、すべからく、その伝統工芸の歴史・文化・風土を研究し、考えます。
そこから、自分なりの結論を導き出す。
それが当を得ているか、間違っているかは、生み出されてくる作品が教えてくれますし、お客様も教えてくださいます。
2012年10月25日
『商道 風姿花伝』第41話
【細かなる口伝いはく。音曲・舞・はたらき・振り・風情、これまた同じ心なり】
この中で世阿弥は上手は自分で舞や謡曲を変化させて、おもしろさを演出しろ、と書いています。
私たちのセールストークでも同じなんですよね。
時には強く、時には優しく、早く遅く、多く少なく・・・
そのときの商談もそうですが、お客様とのながいおつきあいの中では、話題も含めてそういう変化・抑揚が必要です。
これは、販売するためのテクニックとして書いているのではありません。お客様に商品の内容をよく知っていただくために必要ですし、楽しいお買い物を演出するためにも重要な、いわばエンターテイメントなんです。
作った物がおいてあれば売れるなら商人なんて必要ありません。
特に対面販売の場合は、ショッピングを楽しんでいただくという観点が絶対に必要です。
商品の見え方も、販売員によってずいぶん違います。
どんなに商品が気に入っても、販売員が嫌いだとお客様は購入されません。
商品さえよければ、物は売れると考えているならそれは、大きな誤解です。
買い物が楽しくなければ、特に高額品はお求めにならないのです。
もちろん、エンターテイメントが過剰になって、経費がかかりすぎるのはいけませんが、私たちが演じる分には無料です。
前に、呉服屋がキモノを着るの着ないの、と話を書きましたが、自分が演出上必要だと思えば着ればいいのだし、そんなことしなくてもいいと思えば着なければいいのです。
ただ、私はボロいキモノを着て、センスの悪さを露呈するくらいなら、着ないのも選択肢の一つだろうと思います。
楽しい話題やおもしろい語り口、着る物のセンス、様々な幅広い話題・・・それを総動員して『いかにお客様に楽しんでいただくか』です。
私は問屋ですから、直接お客様とおつきあいする事は少ないです。
しかし、その代わり、多くの問屋と競争しなければなりません。
その中からうちの作品を買っていただくには、どうしたらいいのか?
個性的な高品質な作品、そして、プラスアルファがいるわけです。
『次はどんなおもしろいの持ってくるのかな?』
『お稽古は進んでるかな?』
『沖縄の話がまた聞きたいな』
などなど、『買わないけど、まぁ上がりぃな』と思ってもらえるようにしないといけないわけです。
ですから、いろんな事を勉強して、おもしろく話ができなければいけません。
ただし、しゃべりすぎもいけない。
ここいらが難しいのですが、また別の機会に。
この中で世阿弥は上手は自分で舞や謡曲を変化させて、おもしろさを演出しろ、と書いています。
私たちのセールストークでも同じなんですよね。
時には強く、時には優しく、早く遅く、多く少なく・・・
そのときの商談もそうですが、お客様とのながいおつきあいの中では、話題も含めてそういう変化・抑揚が必要です。
これは、販売するためのテクニックとして書いているのではありません。お客様に商品の内容をよく知っていただくために必要ですし、楽しいお買い物を演出するためにも重要な、いわばエンターテイメントなんです。
作った物がおいてあれば売れるなら商人なんて必要ありません。
特に対面販売の場合は、ショッピングを楽しんでいただくという観点が絶対に必要です。
商品の見え方も、販売員によってずいぶん違います。
どんなに商品が気に入っても、販売員が嫌いだとお客様は購入されません。
商品さえよければ、物は売れると考えているならそれは、大きな誤解です。
買い物が楽しくなければ、特に高額品はお求めにならないのです。
もちろん、エンターテイメントが過剰になって、経費がかかりすぎるのはいけませんが、私たちが演じる分には無料です。
前に、呉服屋がキモノを着るの着ないの、と話を書きましたが、自分が演出上必要だと思えば着ればいいのだし、そんなことしなくてもいいと思えば着なければいいのです。
ただ、私はボロいキモノを着て、センスの悪さを露呈するくらいなら、着ないのも選択肢の一つだろうと思います。
楽しい話題やおもしろい語り口、着る物のセンス、様々な幅広い話題・・・それを総動員して『いかにお客様に楽しんでいただくか』です。
私は問屋ですから、直接お客様とおつきあいする事は少ないです。
しかし、その代わり、多くの問屋と競争しなければなりません。
その中からうちの作品を買っていただくには、どうしたらいいのか?
個性的な高品質な作品、そして、プラスアルファがいるわけです。
『次はどんなおもしろいの持ってくるのかな?』
『お稽古は進んでるかな?』
『沖縄の話がまた聞きたいな』
などなど、『買わないけど、まぁ上がりぃな』と思ってもらえるようにしないといけないわけです。
ですから、いろんな事を勉強して、おもしろく話ができなければいけません。
ただし、しゃべりすぎもいけない。
ここいらが難しいのですが、また別の機会に。
2012年10月25日
『商道 風姿花伝』第33話
【およそ、能の名望を得る事、品々多し】
上手な人は目の利かない観客から評価を受けるのは難しい。下手な人が目利きの評価を得る事も難しい。
下手が目利きの評価を得られないのは当たり前。
でも、本当に上手な役者なら、鑑識眼の無い観客にとっても面白い能を演ずる事は可能である。
そして、それが本当の『花』だ、と世阿弥は書いています。
この部分は、ちょっとトークと商品、両面から考えてみましょうか。
トークの場合、着物に詳しい、あるいは染織などの工芸に詳しいお客様に対応するにはこれは勉強するしかありません。
技法はもちろん、作者の意図、産地の歴史、用途、コーディネート、等々多角的に総合的に説明できなければ、決して満足していただけないでしょう。
でも、そんなお客様ばかりではありません。例えば沖縄の着物について全くご存じないお客様、あるいは、雑誌や本で誤った情報をお持ちのお客様、いろんな方がいらっしゃいます。
とくに、今は本当にたくさんの情報が飛び交っていますから、一通りの知識ならインターネットですぐに手に入ります。
業者もそんなことで勉強している人もおおいのだろうと思います。
どうしたら、様々なお客様にご満足いただけるトークができるか?
私は、産地に足を踏み入れずしては得られない、作家と深い付き合いをせずしては解らない、根っこの部分のお話がいちばん面白い、どなたにでも興味の持てる事なのではないかと思うのです。
私なら沖縄の歴史、風土、作家の性格、などをおもしろおかしく話をします。
時には笑いながら、時には怒りながら、独演会さながら、といった場面もあります。
前述の『切り取られた美』の、隠れている部分、切り取られてしまった部分の想像力を高めてもらうためのヒントを提供しているわけですね。
能で言えば『番組』です。
着物が好きな人で、自然が嫌いという人はいないと思います。
ナチュラリストとかいうのではなくて、自然の緑や花が好きな人は着物も好きなんだろうと思います。
美術館に入ったときに渡される音声ガイドか?というとそうじゃないんです。
いわば、美術館そのもの、なんですね。
絵の周りの環境や空気・・・これを話で演出するわけです。
私には私独特の芸風がありますから、あつかう品物もその芸風にあったもの、という事になるのかも知れません。
しかし、沖縄染織という十八番やはまり役があったとしても、他の演目もそれなりにこなすことはできるわけです。
そして、その話のおもしろさは風土=自然にあるわけですから、産地に行ったら必ずその地方の自然に十分に触れておく、そしてその地域の人となりも知っておくと非常に参考になるのです。
沖縄には沖縄の、京都には京都の、東京には東京の、工芸品を生んだ土壌、人間性というものがあるんです。
なるほど!と思うことも多いわけですね。
そこを自分の中で十分に整理して理解しておくと、作品の説明にも役立ちますし、物作りの助けにもなります。
次に商品です。
解る人には解るけど、解らない人には解らない・・・
そんな品物はたくさんありますね。
上等なものほど、その価値がわかりにくい。
特に織物はわかりにくい。
結城紬や宮古上布が何故、そんなに価値があるのか?着物に関心の無い人が見ても解らないと思います。
では、着物に詳しいといわれる人が本当に解っているのか、というとそれもどうか解りません。
反物を見て『宮古上布』と思うから、これは価値がある、すごい織物だ、価格もすごく高い、と連想するわけで、
何がどう優れているかというと、その制作工程が頭をよぎるからです。
でも、現実には着てみないと解らないのです。
でも、本当の本物はすごいのです。
見ただけで解ります。
でも、着物だけでなく、繊維製品というのは、かなり経験を積まないと見ただけで品質を判断することは難しい。
織りも染めそうです。
まぁ、焼き物だって同じですが。
では、誰が見ても良いものと解る染織品とはどういうものでしょうか。
私は、伝統を踏まえた上で、感性とか感度というものも大切にしていかなければならないものではないかと思うのです。
本質的な品質は本物のプロでないと見抜けません。
私のような20年選手でも、簡単にだまされることもあります。
でも、致命傷を受けない為にどうするかというと、そこに感性の採点欄を付け加えるのです。
染織の品質は染織を見る経験をつまないと解らなくても、感性は他のものでも得られます。
絵でもいいし、自然でも良い。もちろん、他の工芸品でもいいのです。
『着物は解らない』と思い込んでしまったり、『着物の選び方は普通と違う』と思い込まされてしまったりしないで、
自分の感性を信じて直観的に作品と向かい合ってみる。
鑑識眼のあるひとは必ず良い物をお選びになりますし、センスのいい人はやっぱりハイセンスな物を好まれるんです。
これは真実です。
着物をしっているかどうかは実は関係ないんです。
物作りもそうですね。
あまりに品質に拘泥しすぎて、感性への配慮が欠落している作品も多く見受けられます。
わかりやすさ、というのもとても大事なことなんです。
よく、この紬はなんたら亀甲というて、めっちゃ細かいんです、という説明を聞きますよね。
じゃ、なんでそのなんたら亀甲というのが値打ちあって、細かかったらええんですか?
それは、手間がかかるからです・・・・?
合っているようで違うんです。
手間がかかっているから高いというのはマルクス経済学の労働価値説ですかね。
そんな事は工芸や芸術の世界では本来関係ないんです。
どいういう理屈でそうなるのか解らないですが、ほんとうに精緻な技術を駆使して作った物は、目が釘付けになり、手を離せないくらいの魅力があるんです。
値段なんか見なくてもわかります。
もちろん、初めから解るわけではありません。
私も、仕入れをし始めた頃は何度も失敗していますし、今でも血迷うこともあります。
よくこの業界の『委託販売』制度が問題になりますが、なぜ買い取りしない委託販売が問題かというと、鑑識眼が育たないからです。
つまり、委託商品ばかりいくら売っていても、鑑識眼は持てない。消費者は鑑識眼の無い商人から物を買うことになるのです。
商人はすべて感覚に頼って、お客様に物を勧める事になります。
品質はどうやって見極めるか・・・ブランドとかラベル・証紙ということになるわけですね。
何がいいのか、全然わからないけど、これいいですよ、という感じになるんです。
最近、更紗とか江戸小紋とか沖縄物以外もやりはじめましたが、本当にしっかりしたものづくりの過程を経た物は、ほんとうに良いんです。
やってみて、深く確信しました。
感覚なんていうものはいい加減なもので、自分の経験の中でしか、判断できないんです。
では、高度な感性をもった品物を、売る商人、買う消費者が判断するにはどうしたらいいのでしょうか。
私の場合はこういうプロセスを踏んでいます。
江戸小物の場合の話をしてみましょうか。
まず、店頭に並んでいる江戸小紋をじっとみる。
江戸小紋といえば、伝統染織で、何百年も歴史がある。
なのに、こんな安い値段で売り場に転がされている。
何故?
もう一度、二度、三度、何度もじっと見てみる。
魅力が無いことが解ってきます。
でも、私たちもそうなんですが、本当の良い物は簡単に見る事ができません。
私たち商人の方が、見にくい。消費者の皆さんならデパートへ行って、第一人者の作品を見せてください、といえば見る事ができるでしょう。
でも、まずは、そのあたりにある物で良いのです。じっくり見てください。
私は、『これは、きちんと造っていない、江戸小紋の魅力に気づいていない人が指図しているから、こんなものしかできなんだ』と思ったわけです。
紅型もそうですね。紅型の魅力が解っていない人が指図すると魅力無いものしか出来ないのは当然です。
それで、江戸小紋について勉強してみるわけです。
そうすると『ちゃうやんか』と気づくわけです。
私が見ていたのは実は江戸小紋ではなかったんです。
もどき、というやつです。
伝統工芸というのは起承転結、因果応報がはっきりしていて、工程があるから、結果としての美がある。
しっかり手抜きをしないで造れば誰が見ても良い物はできるんです。
伝統の力というのはそういうものなんです。
だから、手間というのは大事なんです。
手間というのは簡単に言えば、球形の彫刻をつくってやすりを掛けようなものです。
やすりで丁寧に擦れば擦るほど、キレイになる。
たとえ多少いびつになっても、なにかしら魅力的な造形になるんです。
これは不思議なんです。だから手抜きの工芸によいものはないんです。
単純作業でも、丁寧に丁寧に手間を重ねれば、それ自体が魅力を醸し出すことになる。
手の魅力というのでしょうか。
だんだん、何を書いているのか解らなくなってきましたが(^^;)、
何が大事かというと、まずは、作品をジッと見るということです。
それまでに入っている情報をすべて頭からのけて、ジッとみる。
黙って集中してみる。
同じ事は商人にも言えて、お勧めするときにお客様のお顔やお姿はもちろん、作品を一瞬でいいから、ジッと見て勧める商人でないと信頼できません。
物を見る感性を養うこと、そして感性の高い作品を生み出すこと、双方に必要な事は、観察=ジッと見る、という事だと私は思っています。
上手な人は目の利かない観客から評価を受けるのは難しい。下手な人が目利きの評価を得る事も難しい。
下手が目利きの評価を得られないのは当たり前。
でも、本当に上手な役者なら、鑑識眼の無い観客にとっても面白い能を演ずる事は可能である。
そして、それが本当の『花』だ、と世阿弥は書いています。
この部分は、ちょっとトークと商品、両面から考えてみましょうか。
トークの場合、着物に詳しい、あるいは染織などの工芸に詳しいお客様に対応するにはこれは勉強するしかありません。
技法はもちろん、作者の意図、産地の歴史、用途、コーディネート、等々多角的に総合的に説明できなければ、決して満足していただけないでしょう。
でも、そんなお客様ばかりではありません。例えば沖縄の着物について全くご存じないお客様、あるいは、雑誌や本で誤った情報をお持ちのお客様、いろんな方がいらっしゃいます。
とくに、今は本当にたくさんの情報が飛び交っていますから、一通りの知識ならインターネットですぐに手に入ります。
業者もそんなことで勉強している人もおおいのだろうと思います。
どうしたら、様々なお客様にご満足いただけるトークができるか?
私は、産地に足を踏み入れずしては得られない、作家と深い付き合いをせずしては解らない、根っこの部分のお話がいちばん面白い、どなたにでも興味の持てる事なのではないかと思うのです。
私なら沖縄の歴史、風土、作家の性格、などをおもしろおかしく話をします。
時には笑いながら、時には怒りながら、独演会さながら、といった場面もあります。
前述の『切り取られた美』の、隠れている部分、切り取られてしまった部分の想像力を高めてもらうためのヒントを提供しているわけですね。
能で言えば『番組』です。
着物が好きな人で、自然が嫌いという人はいないと思います。
ナチュラリストとかいうのではなくて、自然の緑や花が好きな人は着物も好きなんだろうと思います。
美術館に入ったときに渡される音声ガイドか?というとそうじゃないんです。
いわば、美術館そのもの、なんですね。
絵の周りの環境や空気・・・これを話で演出するわけです。
私には私独特の芸風がありますから、あつかう品物もその芸風にあったもの、という事になるのかも知れません。
しかし、沖縄染織という十八番やはまり役があったとしても、他の演目もそれなりにこなすことはできるわけです。
そして、その話のおもしろさは風土=自然にあるわけですから、産地に行ったら必ずその地方の自然に十分に触れておく、そしてその地域の人となりも知っておくと非常に参考になるのです。
沖縄には沖縄の、京都には京都の、東京には東京の、工芸品を生んだ土壌、人間性というものがあるんです。
なるほど!と思うことも多いわけですね。
そこを自分の中で十分に整理して理解しておくと、作品の説明にも役立ちますし、物作りの助けにもなります。
次に商品です。
解る人には解るけど、解らない人には解らない・・・
そんな品物はたくさんありますね。
上等なものほど、その価値がわかりにくい。
特に織物はわかりにくい。
結城紬や宮古上布が何故、そんなに価値があるのか?着物に関心の無い人が見ても解らないと思います。
では、着物に詳しいといわれる人が本当に解っているのか、というとそれもどうか解りません。
反物を見て『宮古上布』と思うから、これは価値がある、すごい織物だ、価格もすごく高い、と連想するわけで、
何がどう優れているかというと、その制作工程が頭をよぎるからです。
でも、現実には着てみないと解らないのです。
でも、本当の本物はすごいのです。
見ただけで解ります。
でも、着物だけでなく、繊維製品というのは、かなり経験を積まないと見ただけで品質を判断することは難しい。
織りも染めそうです。
まぁ、焼き物だって同じですが。
では、誰が見ても良いものと解る染織品とはどういうものでしょうか。
私は、伝統を踏まえた上で、感性とか感度というものも大切にしていかなければならないものではないかと思うのです。
本質的な品質は本物のプロでないと見抜けません。
私のような20年選手でも、簡単にだまされることもあります。
でも、致命傷を受けない為にどうするかというと、そこに感性の採点欄を付け加えるのです。
染織の品質は染織を見る経験をつまないと解らなくても、感性は他のものでも得られます。
絵でもいいし、自然でも良い。もちろん、他の工芸品でもいいのです。
『着物は解らない』と思い込んでしまったり、『着物の選び方は普通と違う』と思い込まされてしまったりしないで、
自分の感性を信じて直観的に作品と向かい合ってみる。
鑑識眼のあるひとは必ず良い物をお選びになりますし、センスのいい人はやっぱりハイセンスな物を好まれるんです。
これは真実です。
着物をしっているかどうかは実は関係ないんです。
物作りもそうですね。
あまりに品質に拘泥しすぎて、感性への配慮が欠落している作品も多く見受けられます。
わかりやすさ、というのもとても大事なことなんです。
よく、この紬はなんたら亀甲というて、めっちゃ細かいんです、という説明を聞きますよね。
じゃ、なんでそのなんたら亀甲というのが値打ちあって、細かかったらええんですか?
それは、手間がかかるからです・・・・?
合っているようで違うんです。
手間がかかっているから高いというのはマルクス経済学の労働価値説ですかね。
そんな事は工芸や芸術の世界では本来関係ないんです。
どいういう理屈でそうなるのか解らないですが、ほんとうに精緻な技術を駆使して作った物は、目が釘付けになり、手を離せないくらいの魅力があるんです。
値段なんか見なくてもわかります。
もちろん、初めから解るわけではありません。
私も、仕入れをし始めた頃は何度も失敗していますし、今でも血迷うこともあります。
よくこの業界の『委託販売』制度が問題になりますが、なぜ買い取りしない委託販売が問題かというと、鑑識眼が育たないからです。
つまり、委託商品ばかりいくら売っていても、鑑識眼は持てない。消費者は鑑識眼の無い商人から物を買うことになるのです。
商人はすべて感覚に頼って、お客様に物を勧める事になります。
品質はどうやって見極めるか・・・ブランドとかラベル・証紙ということになるわけですね。
何がいいのか、全然わからないけど、これいいですよ、という感じになるんです。
最近、更紗とか江戸小紋とか沖縄物以外もやりはじめましたが、本当にしっかりしたものづくりの過程を経た物は、ほんとうに良いんです。
やってみて、深く確信しました。
感覚なんていうものはいい加減なもので、自分の経験の中でしか、判断できないんです。
では、高度な感性をもった品物を、売る商人、買う消費者が判断するにはどうしたらいいのでしょうか。
私の場合はこういうプロセスを踏んでいます。
江戸小物の場合の話をしてみましょうか。
まず、店頭に並んでいる江戸小紋をじっとみる。
江戸小紋といえば、伝統染織で、何百年も歴史がある。
なのに、こんな安い値段で売り場に転がされている。
何故?
もう一度、二度、三度、何度もじっと見てみる。
魅力が無いことが解ってきます。
でも、私たちもそうなんですが、本当の良い物は簡単に見る事ができません。
私たち商人の方が、見にくい。消費者の皆さんならデパートへ行って、第一人者の作品を見せてください、といえば見る事ができるでしょう。
でも、まずは、そのあたりにある物で良いのです。じっくり見てください。
私は、『これは、きちんと造っていない、江戸小紋の魅力に気づいていない人が指図しているから、こんなものしかできなんだ』と思ったわけです。
紅型もそうですね。紅型の魅力が解っていない人が指図すると魅力無いものしか出来ないのは当然です。
それで、江戸小紋について勉強してみるわけです。
そうすると『ちゃうやんか』と気づくわけです。
私が見ていたのは実は江戸小紋ではなかったんです。
もどき、というやつです。
伝統工芸というのは起承転結、因果応報がはっきりしていて、工程があるから、結果としての美がある。
しっかり手抜きをしないで造れば誰が見ても良い物はできるんです。
伝統の力というのはそういうものなんです。
だから、手間というのは大事なんです。
手間というのは簡単に言えば、球形の彫刻をつくってやすりを掛けようなものです。
やすりで丁寧に擦れば擦るほど、キレイになる。
たとえ多少いびつになっても、なにかしら魅力的な造形になるんです。
これは不思議なんです。だから手抜きの工芸によいものはないんです。
単純作業でも、丁寧に丁寧に手間を重ねれば、それ自体が魅力を醸し出すことになる。
手の魅力というのでしょうか。
だんだん、何を書いているのか解らなくなってきましたが(^^;)、
何が大事かというと、まずは、作品をジッと見るということです。
それまでに入っている情報をすべて頭からのけて、ジッとみる。
黙って集中してみる。
同じ事は商人にも言えて、お勧めするときにお客様のお顔やお姿はもちろん、作品を一瞬でいいから、ジッと見て勧める商人でないと信頼できません。
物を見る感性を養うこと、そして感性の高い作品を生み出すこと、双方に必要な事は、観察=ジッと見る、という事だと私は思っています。
2012年10月24日
『商道 風姿花伝』第40話
花伝第七 別紙口伝
【この口伝に花を知る事。まづ、仮齢、花の咲くを見て、よろづに花をたとへ始めし理をわきまふべし】
現代語訳から要点になるところを抜き出してみましょう。
『申楽の場合でも、観客が心の中で新鮮な魅力を感じる事が、そのまま面白いということなのである。「花」と「面白さ」と「めずらしさ」とこの三つは同じ事なのである』
『ただただ、花というのは、観客にとって新鮮なのが花なのである』
『全ての演目を演じきり、あらゆる演出を工夫し尽くして、能の珍しさの何たるかを感得するというのが能の花なのである』
『能の花は役者の工夫が咲かせ、その花の種は稽古である』
『鬼ばかりを得意芸とする役者だと観客が見なすならば、上手く演じているとは見えても、新鮮さは感じるはずはないから、鑑賞しても魅力は感じないのである』
つまり、『面白さ』=『花』は新鮮さにある、と言うことですね。
わかりやすく言えば、『目先を変える』ということでしょうか。
私の場合、琉球染織が本業です。
日本のいろんな染織の中で、沖縄染織をメインにやっています。これが全体の7割を占めます。
普通、単品物の問屋は前売りでは長続きしません。
大手の問屋は企画のアイテムの一つとしてやっている感じ、小売店では何年かに一回程度でしょう。
いくら、お客様に可愛がられていると言っても、同じ物を毎回毎回買ってくださる方はいらっしゃいません。
沖縄の中でも色々と手を変え品を変え、はたまたオリジナルで沖縄物の中に入っても浮かないような物を作り出したり、他から面白い作品を引っ張ってきたりと、工夫をしているんですよ。
同じ作家さんでも、長い付き合いを想定して、制作方針をプランニングします。
派手な物、地味な物、素材、技法、帯、着尺、・・・その作家さんの得手不得手、時代性、流行、景気などを考えながら、制作のお願いをします。
作家さんの特性を活かさないお願いは、作家さんを殺してしまうことになりますから、あくまでも作家さんと真正面から対話しながらやっていきます。そうしないで、勝手放題に造ったものを取っていたのでは、必ず、売れずに残ります。そして、最終的には作家さんも行き詰まります。
『もずやは派手物を造らせる』という話が沖縄で知られているようですが、これはちょっとした訳があるんです。
どうも、あんな指図をするのは、当社だけのようです。
なぜ、そんな事をするかというと、色々理由があるのですが、その中のひとつとして、『派手物を造れば地味物はいつでも造れる』という事があります。
派手なのを上手に造る人は、必ず、地味物も上手に造ります。
でも、地味物ばかり造っている人は、派手物になると手がしびれてしまう人が多い様に感じるのです。
派手物を造れば、その作家さんの得意とする色、色合わせのセンス、などなど作家さんのポテンシャルを把握することができます。
ここが、『新鮮さ』を演出する大きな要素となるんです。
突っ張りが効いているから引き落としが決まるわけですね。
作家さんもある一定以上のレベルになると技能はそう変わりません。すくなくとも商業ベースでは問題にならない。
作品の優劣を決定するのは最終的には『色』です。
無地にしろ、多色物にしろ、一つ一つの色を如何に丹念に執念をもって色出ししているか、その結果良い色が出ているか。
作品全体を見ても、ある一カ所のある色に引き込まれてしまうこともあります。
でも、分析すると、回りの色が良いから、余計に引き立っているんです。
多色使いの作品は、ある意味で、その作家さんの色見本でもあるわけです。
逆に、『勝負色』の無い作家さんは、絶対的な作品が造れません。
私としても非常に指図がしにくいのです。
『この作家さんのコレだったら、絶対即売れ』というのがあるんです。
でも、そればっかり造っていると、ダメなんです。
一定の期間をおいて、その作家さんの新しい魅力を引き出して、紹介しなければなりません。
それがなかなか、自分ではお気づきにならない事が多い。それを補うのも私の仕事なんですね。
そういう意味では、同じ作家さんの同じ技法の作品でも本当の意味での価値は違うんです。
Aさんの花織の帯ならいくら、花倉織の着尺ならいくら、と私がいただく価格はたいてい一定です。
よほどでない限り変わりません。
でも、本当は違う。
普通で言えば、同じ作品を作り続けていれば、だんだん市場価値は下がります。
希少価値性がなくなるからです。
でも、作家さんの出し値は同じです。
中には何十年も全く同じ作品を作り続けている人もいるんですよ。
でも、現実的にその人の作品は価格が下がってきていると想います。
それを下がらないようにしなければならないわけです。
市場価格が下がれば、最終的には作家にも圧力がかかるのです。
その為にはつねに『新鮮さ』を追求せねばなりません。
しかし、伝統染織の場合、技法は制限があります。
新鮮さは奇抜さやタダ単なる目新しさでは表現できません。
市場はそんなに甘くない。
『如何にその作家さんの良い所を引き出すか』が要点なんです。
多様性を演出しながらも、個性=長所をきっちり盛り込む事がなにより大事です。
作品づくりも、我々の商いの世界も同じだと想いますね。
【この口伝に花を知る事。まづ、仮齢、花の咲くを見て、よろづに花をたとへ始めし理をわきまふべし】
現代語訳から要点になるところを抜き出してみましょう。
『申楽の場合でも、観客が心の中で新鮮な魅力を感じる事が、そのまま面白いということなのである。「花」と「面白さ」と「めずらしさ」とこの三つは同じ事なのである』
『ただただ、花というのは、観客にとって新鮮なのが花なのである』
『全ての演目を演じきり、あらゆる演出を工夫し尽くして、能の珍しさの何たるかを感得するというのが能の花なのである』
『能の花は役者の工夫が咲かせ、その花の種は稽古である』
『鬼ばかりを得意芸とする役者だと観客が見なすならば、上手く演じているとは見えても、新鮮さは感じるはずはないから、鑑賞しても魅力は感じないのである』
つまり、『面白さ』=『花』は新鮮さにある、と言うことですね。
わかりやすく言えば、『目先を変える』ということでしょうか。
私の場合、琉球染織が本業です。
日本のいろんな染織の中で、沖縄染織をメインにやっています。これが全体の7割を占めます。
普通、単品物の問屋は前売りでは長続きしません。
大手の問屋は企画のアイテムの一つとしてやっている感じ、小売店では何年かに一回程度でしょう。
いくら、お客様に可愛がられていると言っても、同じ物を毎回毎回買ってくださる方はいらっしゃいません。
沖縄の中でも色々と手を変え品を変え、はたまたオリジナルで沖縄物の中に入っても浮かないような物を作り出したり、他から面白い作品を引っ張ってきたりと、工夫をしているんですよ。
同じ作家さんでも、長い付き合いを想定して、制作方針をプランニングします。
派手な物、地味な物、素材、技法、帯、着尺、・・・その作家さんの得手不得手、時代性、流行、景気などを考えながら、制作のお願いをします。
作家さんの特性を活かさないお願いは、作家さんを殺してしまうことになりますから、あくまでも作家さんと真正面から対話しながらやっていきます。そうしないで、勝手放題に造ったものを取っていたのでは、必ず、売れずに残ります。そして、最終的には作家さんも行き詰まります。
『もずやは派手物を造らせる』という話が沖縄で知られているようですが、これはちょっとした訳があるんです。
どうも、あんな指図をするのは、当社だけのようです。
なぜ、そんな事をするかというと、色々理由があるのですが、その中のひとつとして、『派手物を造れば地味物はいつでも造れる』という事があります。
派手なのを上手に造る人は、必ず、地味物も上手に造ります。
でも、地味物ばかり造っている人は、派手物になると手がしびれてしまう人が多い様に感じるのです。
派手物を造れば、その作家さんの得意とする色、色合わせのセンス、などなど作家さんのポテンシャルを把握することができます。
ここが、『新鮮さ』を演出する大きな要素となるんです。
突っ張りが効いているから引き落としが決まるわけですね。
作家さんもある一定以上のレベルになると技能はそう変わりません。すくなくとも商業ベースでは問題にならない。
作品の優劣を決定するのは最終的には『色』です。
無地にしろ、多色物にしろ、一つ一つの色を如何に丹念に執念をもって色出ししているか、その結果良い色が出ているか。
作品全体を見ても、ある一カ所のある色に引き込まれてしまうこともあります。
でも、分析すると、回りの色が良いから、余計に引き立っているんです。
多色使いの作品は、ある意味で、その作家さんの色見本でもあるわけです。
逆に、『勝負色』の無い作家さんは、絶対的な作品が造れません。
私としても非常に指図がしにくいのです。
『この作家さんのコレだったら、絶対即売れ』というのがあるんです。
でも、そればっかり造っていると、ダメなんです。
一定の期間をおいて、その作家さんの新しい魅力を引き出して、紹介しなければなりません。
それがなかなか、自分ではお気づきにならない事が多い。それを補うのも私の仕事なんですね。
そういう意味では、同じ作家さんの同じ技法の作品でも本当の意味での価値は違うんです。
Aさんの花織の帯ならいくら、花倉織の着尺ならいくら、と私がいただく価格はたいてい一定です。
よほどでない限り変わりません。
でも、本当は違う。
普通で言えば、同じ作品を作り続けていれば、だんだん市場価値は下がります。
希少価値性がなくなるからです。
でも、作家さんの出し値は同じです。
中には何十年も全く同じ作品を作り続けている人もいるんですよ。
でも、現実的にその人の作品は価格が下がってきていると想います。
それを下がらないようにしなければならないわけです。
市場価格が下がれば、最終的には作家にも圧力がかかるのです。
その為にはつねに『新鮮さ』を追求せねばなりません。
しかし、伝統染織の場合、技法は制限があります。
新鮮さは奇抜さやタダ単なる目新しさでは表現できません。
市場はそんなに甘くない。
『如何にその作家さんの良い所を引き出すか』が要点なんです。
多様性を演出しながらも、個性=長所をきっちり盛り込む事がなにより大事です。
作品づくりも、我々の商いの世界も同じだと想いますね。
2012年10月24日
『商道 風姿花伝』第37話
【作者の思ひ分くべき事あり】
世阿弥は謡が主であり所作は従であり、謡から動作が生まれるのが順当であると書いています。
また、能を書く場合には謡から所作を生まれさせるために、演技を基本にして書かねばならないと書いています。
このように工夫して年功を積めば謡から美しい所作が生まれ、舞はまた謡と一体化するという具合になって、あらゆるおもしろさを一つに融合した上手となろう、というのです。
実に意味の深い言葉です。
わたし流に置き換えるとこうなります。
商品を造り出すときにはまず、コンセプトを考える。
どんな美意識と問題意識を持った商品なのか、この商品を持つ事でお客様にどんな便益を提供できるのか。
これが、私の語る『謡』=ストーリーです。
ストーリーとはその商品の存在意義です。
なぜ、この商品を造り出そうと想ったのか、なぜこの商品を勧めるのか。
これが無ければ、自信をもってお客様に提案できません。
作り手が発案する品物と、私のような商人がつくり出す商品とはそこが違うのです。
謡=ストーリーは、その商品の命です。
それが、形になったのが、染織品です。
形にしてくれる染織家を捜すのです。
やってくれそうな人が見つかったら、作って見てもらう。
そして、試作が出来てきたら、その作品を前にして、自分一人で舞ってみる=演じてみるのです。
説明する、想定問答をこしらえる。
そうすれば、コンセプト=謡の調子に抑揚を加えることが出来ます。
命がさらに強く吹き込まれて、演技全体に力強さが出てきます。
自信が持てなかったら、もてるまで何度も作り直してもらう。
私の持つコンセプト(謡)と染織家がつくる作品(舞)が一体となったときに、本当に素晴らしい商品となるのです。
商品と言えば、売る為の手抜きの物とバカにする芸術家・工芸家(もどき)がいますが、物の本質を解っていません。
伝えたい物があって、その伝達に最も適しているプレイヤーを選んでできるもの、これが商品です。
自分の力量を超えた作品でも、それが可能なプレイヤーであれば、演じてもらい受容者に最高の感動を与えられるのです。
だから、私はプロデューサーなんですね。
古い話で恐縮ですが、もしかしたら前に書いた話かもしれませんが、川内康範という作詞家がいました。
第二回レコード大賞を取った『誰よりも君を愛す』という歌を作ったときに、レコード会社は当時人気のあったマヒナスターズに謡わせます、と川内に半ば決定したように伝えたといいます。
そこで川内は『ちょっとまて。マヒナだけでは、この歌のつらく切ない感情は表現できない。誰か他の歌手に歌わせろ』と止めたんだそうです。
そこで見出されたのがナイトクラブで歌っていた松尾和子だったのです。
松尾和子はフランク永井によって見出され、彼をして『歌手のオレでもグッとくる』といわしめた『すすり泣く様な歌声』の持ち主でした。
かくて、松尾和子+マヒナスターズで売り出されたこの曲は大ヒットし、第二回のレコード大賞を受賞することになったのです。
川内の心には、この『誰よりも君を愛す』に乗せて伝えたい強いメッセージがあった。
でも、それは彼が書いた詞だけではないのです。作曲家も彼が選び、歌い手も彼が選ぶことで、最大の効果を狙ったわけです。
森進一が『おふくろさん』の始めに勝手な詞を着けたことで大騒ぎになりましたが、これは川内の伝えたい事とは違ったからです。
川内は『おふくろさん』で『母の無私の慈愛』を表現したかったのだといいます。
川内本人が歌うわけでもない、彼が作曲するわけでもない。
並べてみれば、川内らしい言葉遣いの詞ばかりです。
でも、彼の一番のすごさは、伝えたいメッセージ=コンセプトの表現に妥協が無かったところだと想います。
染織においても全く同じですね。
何を伝えたいか、何を与えたいか、何で貢献したいか。
その核となるコンセプトを明確にし、表現することにおいて妥協しない。
これが良い作品を造る上で一番大事なことだと想います。
世阿弥は謡が主であり所作は従であり、謡から動作が生まれるのが順当であると書いています。
また、能を書く場合には謡から所作を生まれさせるために、演技を基本にして書かねばならないと書いています。
このように工夫して年功を積めば謡から美しい所作が生まれ、舞はまた謡と一体化するという具合になって、あらゆるおもしろさを一つに融合した上手となろう、というのです。
実に意味の深い言葉です。
わたし流に置き換えるとこうなります。
商品を造り出すときにはまず、コンセプトを考える。
どんな美意識と問題意識を持った商品なのか、この商品を持つ事でお客様にどんな便益を提供できるのか。
これが、私の語る『謡』=ストーリーです。
ストーリーとはその商品の存在意義です。
なぜ、この商品を造り出そうと想ったのか、なぜこの商品を勧めるのか。
これが無ければ、自信をもってお客様に提案できません。
作り手が発案する品物と、私のような商人がつくり出す商品とはそこが違うのです。
謡=ストーリーは、その商品の命です。
それが、形になったのが、染織品です。
形にしてくれる染織家を捜すのです。
やってくれそうな人が見つかったら、作って見てもらう。
そして、試作が出来てきたら、その作品を前にして、自分一人で舞ってみる=演じてみるのです。
説明する、想定問答をこしらえる。
そうすれば、コンセプト=謡の調子に抑揚を加えることが出来ます。
命がさらに強く吹き込まれて、演技全体に力強さが出てきます。
自信が持てなかったら、もてるまで何度も作り直してもらう。
私の持つコンセプト(謡)と染織家がつくる作品(舞)が一体となったときに、本当に素晴らしい商品となるのです。
商品と言えば、売る為の手抜きの物とバカにする芸術家・工芸家(もどき)がいますが、物の本質を解っていません。
伝えたい物があって、その伝達に最も適しているプレイヤーを選んでできるもの、これが商品です。
自分の力量を超えた作品でも、それが可能なプレイヤーであれば、演じてもらい受容者に最高の感動を与えられるのです。
だから、私はプロデューサーなんですね。
古い話で恐縮ですが、もしかしたら前に書いた話かもしれませんが、川内康範という作詞家がいました。
第二回レコード大賞を取った『誰よりも君を愛す』という歌を作ったときに、レコード会社は当時人気のあったマヒナスターズに謡わせます、と川内に半ば決定したように伝えたといいます。
そこで川内は『ちょっとまて。マヒナだけでは、この歌のつらく切ない感情は表現できない。誰か他の歌手に歌わせろ』と止めたんだそうです。
そこで見出されたのがナイトクラブで歌っていた松尾和子だったのです。
松尾和子はフランク永井によって見出され、彼をして『歌手のオレでもグッとくる』といわしめた『すすり泣く様な歌声』の持ち主でした。
かくて、松尾和子+マヒナスターズで売り出されたこの曲は大ヒットし、第二回のレコード大賞を受賞することになったのです。
川内の心には、この『誰よりも君を愛す』に乗せて伝えたい強いメッセージがあった。
でも、それは彼が書いた詞だけではないのです。作曲家も彼が選び、歌い手も彼が選ぶことで、最大の効果を狙ったわけです。
森進一が『おふくろさん』の始めに勝手な詞を着けたことで大騒ぎになりましたが、これは川内の伝えたい事とは違ったからです。
川内は『おふくろさん』で『母の無私の慈愛』を表現したかったのだといいます。
川内本人が歌うわけでもない、彼が作曲するわけでもない。
並べてみれば、川内らしい言葉遣いの詞ばかりです。
でも、彼の一番のすごさは、伝えたいメッセージ=コンセプトの表現に妥協が無かったところだと想います。
染織においても全く同じですね。
何を伝えたいか、何を与えたいか、何で貢献したいか。
その核となるコンセプトを明確にし、表現することにおいて妥協しない。
これが良い作品を造る上で一番大事なことだと想います。
2012年10月24日
『商道 風姿花伝』第34話
【かように申せばとて、わが風体の形木のおろそかならむは、ことにことに能の命あるべからず】
長らくお休みさせて頂いておりましたが、また再開したいと想います。
4月にヘルペスになってから、どうも自己防衛に走りがちで、無理が利かなくなりました。
盆前に夏風邪を引いてしまって、ちょっとやる気が出ずにいましたが、ようやく復活してきました。
というわけで、本題にはいりましょう。
世阿弥は『自らの能の基本がいい加減では決して能芸は立ちゆかないであろう』と書いています。
つまり、自分の『芸風』を確立し熟達してこそ、ありとあらゆる能を演じ尽くして永遠の能の魅力を獲得できる、ということです。
私には私の芸風、つまり弊社の商品独特の味わいとか、私の語り口の特徴があるわけです。
私も、他の会社の商品や他の販売員のトークなどを参考にして自分の中に取り入れる事は数多くあります。
それは、自分自身の技=芸が確立していてこそ初めて出来る事だ、と言うことですね。
私もそう思います。
相撲でも『型』を持っている力士は強くて、大物食いをすると言います。
この型になりさえすれば、平幕でも横綱を倒す事がある、というのがあるそうです。
横綱はなかなかその型にさせないから強いわけですが。
逆に言えば、オールマイティーというのはよっぽどでなければ、勝ち目が薄いということでしょうか。
呉服店でもありますね。
あれこれとよく揃ってはいるけれども、これと言って特徴も魅力もない。
販売員も幅広く知識はあるけれども、これと言って特に詳しいものもないし、こだわりもない。
そんなお店はたいてい、どの商品も面白く無いんです。
何故そうなるのかと言えば、それは商人の意欲とか打ち込み方が現れるからだろうと想います。
いろんな商材があるなかでも、やっぱり自分の性にあう物というのがあるはずなんですね。
私は京友禅が好きとか、自分はやっぱり大島が好きとかね。
好きこそものの上手なれで、好きな物から勧める。
勧めるから、商売も腕が上がるんです。
そして、そうなると商売が面白くなるから、色々と研究する。
つまり、性に合う物が好きになり得意になるわけです。
楽しい努力がそこにある。
こう努力すれば、上手く行く事を知っているから、幅広く対応できるようにもなるんですね。
あれもこれもと、薄く広くやっても、いちおうの対応は無難にできるでしょうが、今時の消費者の方はその程度の知識はお持ちですし、自慢できるレベルでもありません。
1点に深い知識があれば、そこから関連して他の物も深く理解しやすいのです。
そして、興味自体が深くなる。
いろんな商品に熟達して、上手に商うようになるには、一つで良いから十八番の商材、商品群を持つ事です。
そこから、自分の芸風を確立していく。
野球なら、ここのコースに直球が来たら、たとえ160キロでもスタンドに放り込んでやる、というツボを持つ事です。
それは、天性の物として、予め備わっています。
それを自分で探すのです。
どれが売りやすいか、ではなくて、どれが好きか、美しいと想うか。それが肝心です。
わたしが考えるに、商売の理想は1種類の商品で成り立つ事です。
堺にはそんな店がたくさんあって、プノンペンのプノンペンそば、ちく満の蒸し蕎麦、かん袋のくるみ餅・・・
大阪では551の豚まんなんかもそうですね。
そういう、絶対的商品を造り出すのが商売の究極の目標なのです。
はじめはいろんな料理やお菓子をやっていても、どんどん一つに集約されていく。
それは得意料理であったでしょうし、すなわち人気メニューでもあったはずです。
いろんな物を造って売った経験がまた、一つの品物を磨き上げて行く助けにもなる。
軸を持つ、ということでしょうか。
軸があれば、その周りにあるいろんな他の物が土台になって、さらに軸の頂点は高くなるのです。
つねに自分の軸を意識しながら、様々な商材に挑戦していくということが大切なように想います。
長らくお休みさせて頂いておりましたが、また再開したいと想います。
4月にヘルペスになってから、どうも自己防衛に走りがちで、無理が利かなくなりました。
盆前に夏風邪を引いてしまって、ちょっとやる気が出ずにいましたが、ようやく復活してきました。
というわけで、本題にはいりましょう。
世阿弥は『自らの能の基本がいい加減では決して能芸は立ちゆかないであろう』と書いています。
つまり、自分の『芸風』を確立し熟達してこそ、ありとあらゆる能を演じ尽くして永遠の能の魅力を獲得できる、ということです。
私には私の芸風、つまり弊社の商品独特の味わいとか、私の語り口の特徴があるわけです。
私も、他の会社の商品や他の販売員のトークなどを参考にして自分の中に取り入れる事は数多くあります。
それは、自分自身の技=芸が確立していてこそ初めて出来る事だ、と言うことですね。
私もそう思います。
相撲でも『型』を持っている力士は強くて、大物食いをすると言います。
この型になりさえすれば、平幕でも横綱を倒す事がある、というのがあるそうです。
横綱はなかなかその型にさせないから強いわけですが。
逆に言えば、オールマイティーというのはよっぽどでなければ、勝ち目が薄いということでしょうか。
呉服店でもありますね。
あれこれとよく揃ってはいるけれども、これと言って特徴も魅力もない。
販売員も幅広く知識はあるけれども、これと言って特に詳しいものもないし、こだわりもない。
そんなお店はたいてい、どの商品も面白く無いんです。
何故そうなるのかと言えば、それは商人の意欲とか打ち込み方が現れるからだろうと想います。
いろんな商材があるなかでも、やっぱり自分の性にあう物というのがあるはずなんですね。
私は京友禅が好きとか、自分はやっぱり大島が好きとかね。
好きこそものの上手なれで、好きな物から勧める。
勧めるから、商売も腕が上がるんです。
そして、そうなると商売が面白くなるから、色々と研究する。
つまり、性に合う物が好きになり得意になるわけです。
楽しい努力がそこにある。
こう努力すれば、上手く行く事を知っているから、幅広く対応できるようにもなるんですね。
あれもこれもと、薄く広くやっても、いちおうの対応は無難にできるでしょうが、今時の消費者の方はその程度の知識はお持ちですし、自慢できるレベルでもありません。
1点に深い知識があれば、そこから関連して他の物も深く理解しやすいのです。
そして、興味自体が深くなる。
いろんな商品に熟達して、上手に商うようになるには、一つで良いから十八番の商材、商品群を持つ事です。
そこから、自分の芸風を確立していく。
野球なら、ここのコースに直球が来たら、たとえ160キロでもスタンドに放り込んでやる、というツボを持つ事です。
それは、天性の物として、予め備わっています。
それを自分で探すのです。
どれが売りやすいか、ではなくて、どれが好きか、美しいと想うか。それが肝心です。
わたしが考えるに、商売の理想は1種類の商品で成り立つ事です。
堺にはそんな店がたくさんあって、プノンペンのプノンペンそば、ちく満の蒸し蕎麦、かん袋のくるみ餅・・・
大阪では551の豚まんなんかもそうですね。
そういう、絶対的商品を造り出すのが商売の究極の目標なのです。
はじめはいろんな料理やお菓子をやっていても、どんどん一つに集約されていく。
それは得意料理であったでしょうし、すなわち人気メニューでもあったはずです。
いろんな物を造って売った経験がまた、一つの品物を磨き上げて行く助けにもなる。
軸を持つ、ということでしょうか。
軸があれば、その周りにあるいろんな他の物が土台になって、さらに軸の頂点は高くなるのです。
つねに自分の軸を意識しながら、様々な商材に挑戦していくということが大切なように想います。
2012年10月24日
商道 風姿花伝』第32話
【およそ、この道、和州・江州において風体変はれり】
世阿弥は和州=大和と江州=近江では芸風が違うと書いています。
江州では物まねを二の次にして、姿の美しさを基本とする。
大和では、物まねを最優先としてありとあらゆる演目を演じる中で歌舞の芸を実現しようとする。
最終的にはどちらにも精通していなければ、一流の能楽師とは言えないと書いています。
商売に置き換えれば、商品知識の豊富さと話の上手さ、という所でしょうか。
これも両方備わっていなければ、長い商人としての人生で安定した商いをすることはできないと思います。
私もいろんな商人を観てきましたが、若いときから年寄りになるまで一線級の商人でありえた人はまれです。
30代40代のころはものすごい販売員だったひとも、50歳を超えたころにはもう、勢いを失っているという事が多いのです。
とくに、一時期商いの場から離れて、管理者なんかになって復帰してくると、元の力が失われている状態に遭遇します。
つまり、ノリとか勢いで商いをしている人が多いんですね。
あとは、お客様の力を自分の力と勘違いしている。外から見てもすごい!と見えたりするけれども、現実にはお客様を無くすとまったく精彩が無いことが多い。
なぜ、そうなるのかといえば、努力の積み重ねが無いからです。
若いうちからよく売る人はいわゆる営業センスに恵まれている。
だから努力しない事が多いんです。
ところが、お客様はどんどん成長されます。
時代も、趣味趣向も変わっていく。
自分は一流の商人だと思っているけれど、そのうちに若い華やかなこれまたセンスに溢れた商人が現れる。
そこで繋がっているのは『なじみ』だけです。
なじみは大事ですが、これにおぼれたら、商人は成長しません。
ですから、年配になると、よいお客様を頼って、高額品を右から左へ、というような商いになりがちなわけです。
そのお客様がいなくなると、こんどは、安い商品を振り回して、自滅する。
こんなパターンを何度となく観てきました。
そうならないように努力する事が必要なんですが、そのためには商品知識、そして話の幅を広げて話術に磨きをかけることです。
そして、あたらしい商品提案、商品作りができるように常に勉強することだと私は思っています。
人間国宝の作品だと、仰々しく説明する商人がいたとしますね。
じゃ、その商人がその作品のどこが良いと思っているのかを、聞いてみられたらいいと思います。
どこが普通の人のと違うのか?
それが正確につかめていて、自らの感性に照らして説明できたとしたら、その人はあたらしい商品づくりもできるはずなんです。
商品知識と会話のおもしろさというのは、そういう奥深いところまで含めて、の話です。
とくに男性販売員の場合は、話し相手になるという部分においては女性販売員に刃が立ちません。
異性ですから心を許してもらうのは難しい。
ではどうするか?
信頼と尊敬と安心をしていただくことではないでしょうか。
いい年をして、くだらないウダ話しかできず、だらしのない所作をしている様では、相手にしてもらえなくなるのも当然です。
常に自分の感性と知識を磨いていさえすれば、どこに行っても、どんな時代でも対応できる商人でいられるだろうと私は思います。
世阿弥は和州=大和と江州=近江では芸風が違うと書いています。
江州では物まねを二の次にして、姿の美しさを基本とする。
大和では、物まねを最優先としてありとあらゆる演目を演じる中で歌舞の芸を実現しようとする。
最終的にはどちらにも精通していなければ、一流の能楽師とは言えないと書いています。
商売に置き換えれば、商品知識の豊富さと話の上手さ、という所でしょうか。
これも両方備わっていなければ、長い商人としての人生で安定した商いをすることはできないと思います。
私もいろんな商人を観てきましたが、若いときから年寄りになるまで一線級の商人でありえた人はまれです。
30代40代のころはものすごい販売員だったひとも、50歳を超えたころにはもう、勢いを失っているという事が多いのです。
とくに、一時期商いの場から離れて、管理者なんかになって復帰してくると、元の力が失われている状態に遭遇します。
つまり、ノリとか勢いで商いをしている人が多いんですね。
あとは、お客様の力を自分の力と勘違いしている。外から見てもすごい!と見えたりするけれども、現実にはお客様を無くすとまったく精彩が無いことが多い。
なぜ、そうなるのかといえば、努力の積み重ねが無いからです。
若いうちからよく売る人はいわゆる営業センスに恵まれている。
だから努力しない事が多いんです。
ところが、お客様はどんどん成長されます。
時代も、趣味趣向も変わっていく。
自分は一流の商人だと思っているけれど、そのうちに若い華やかなこれまたセンスに溢れた商人が現れる。
そこで繋がっているのは『なじみ』だけです。
なじみは大事ですが、これにおぼれたら、商人は成長しません。
ですから、年配になると、よいお客様を頼って、高額品を右から左へ、というような商いになりがちなわけです。
そのお客様がいなくなると、こんどは、安い商品を振り回して、自滅する。
こんなパターンを何度となく観てきました。
そうならないように努力する事が必要なんですが、そのためには商品知識、そして話の幅を広げて話術に磨きをかけることです。
そして、あたらしい商品提案、商品作りができるように常に勉強することだと私は思っています。
人間国宝の作品だと、仰々しく説明する商人がいたとしますね。
じゃ、その商人がその作品のどこが良いと思っているのかを、聞いてみられたらいいと思います。
どこが普通の人のと違うのか?
それが正確につかめていて、自らの感性に照らして説明できたとしたら、その人はあたらしい商品づくりもできるはずなんです。
商品知識と会話のおもしろさというのは、そういう奥深いところまで含めて、の話です。
とくに男性販売員の場合は、話し相手になるという部分においては女性販売員に刃が立ちません。
異性ですから心を許してもらうのは難しい。
ではどうするか?
信頼と尊敬と安心をしていただくことではないでしょうか。
いい年をして、くだらないウダ話しかできず、だらしのない所作をしている様では、相手にしてもらえなくなるのも当然です。
常に自分の感性と知識を磨いていさえすれば、どこに行っても、どんな時代でも対応できる商人でいられるだろうと私は思います。
2012年10月24日
『商道 風姿花伝』第31話
【奥義に云はく】
ちょっとだけ飛ばして先に進みます。
『ただ望むところの本意とは、当世、この道のともがらを見るに、芸のたしなみはおろそかにして、非道のみ行じ、たまたま陶芸に至る時も、ただ、一夕の戯笑、一旦の名利に染みて、源を忘れて失ふ事、道すでにすたる自説かと、これを嘆くのみなり』
飛ばした部分でも、世阿弥は申楽=能のなりたち、能という芸能がどういう意味をもっているのかを何節にも分けて書いています。
それを土台にして、この章があるわけです。
『その場限りの喝采や一時的な名声に目がくらんで本芸をわすれて伝統を見失ってしまうようでは、能ももう終わりだ』と書いているのです。
そして、それに歯止めをかけるために、誰にも知られたくないこの本を書こうと決意した、ということなのです。
我々商人も、心せねばなりません。
とくに伝統に関わる呉服商は肝に銘じなければならないと想います。
私達商人の使命は、『必要なモノを必要な所に届けて、世の中を豊かにすること』そしてその報酬として利潤を頂くのです。
ですから、利潤を追求することは、商人として当然の事であり、必要とされている度合いが高いほど利潤が大きくなることは当然なのです。
では、大もうけをすればそれでいいのか?
それと同じ事を世阿弥は問うている、そして、それでは行けないと想って風姿花伝を書いたのです。
なぜ、それではいけないのか?
能をはじめとする芸も、商売も『社会性』を持って居るからです。
能は、世の中を平安にし、豊にする効果をもつとされました。
商売も、同じ事です。
そして、特に呉服商は『伝統』というものを背負っています。
伝統を背負うと言うことはどういう事か?
それは、世の中がどう変わろうが、自分の環境がどうであろうが、あくまで守っていくべき物であるということなのです。
だから、世阿弥は書いているのです。
その覚悟を、後進や周りにいる人に伝えたいと想って書いたのだと想うのです。
呉服商の中でも伝統染織に関わる人は特にそうあらねばならないと私は思っています。
もちろん、着物も能も時代と共に、形を少しずつ変えてきたでしょう。
でも、変えて良い物と変えてはいけない物、これをきちんと分別する事がなにより大事です。
そのためには、『この仕事がどういうものなのか』という事を自分の中で整理し、強い信念として持っておくことだろうと想います。
能ならば、受ければいいのか、名声が高まればいいのか?
商いならば、売れれば良いのか?儲かればいいのか?
これは、必要条件であって、十分条件ではないのです。
なぜか?
これらはすべて相対的なモノだからです。
見ている人の好みや、世相を反映して、能の評価は変わるかもしれません。
商いは、景気がよくなればたくさんの人が儲かるし、ブームに乗れば、大もうけとなります。
昔、飛ぶ鳥を落とす勢いだった芸能人や商人が、見るも無惨に落ちぶれている姿は枚挙にいとまがありません。
でも、きちんとした信念と思想をもって仕事に当たってきた人は、時代がどうであろうが、その人がどういう環境であろうが、凜とした気迫に溢れ、尊敬を集めます。
それは、大海を渡る舟の船長のようなものです。
私達、伝統に生きる者は、木造船で南蛮へ渡ろうとしているようなものなのです。
もし、台風に遭ったら・・・帆柱に体をくくりつけて舟もろとも沈むしかないのです。
それが、伝統に生きる者の誇りであり、木造の帆船で如何にこの荒海を渡っていくか、そのための鍛錬を欠かさないのです。
加古たちは、お金の為に乗っているのかもしれません。でも船長はお金のためであってはいけない。
無事に目的地に着くことが最大唯一の目的でなければならない。
私達にとって目的地とはなにか。
次世代に手渡す事です。
世阿弥もまさに、それを憂えているのです。
そして、伝統染織の世界も、破滅の危機がもうそこにまで迫っているのです。
そうなると、他を出し抜いて、結果だけを先に取ろうとする人が必ず出ます。
出し抜かれると、また、次々と後を追う。
これは世の常です。仕方のない事かも知れません。
みんな、自分がかわいい。お金が欲しい、有名になりたい、良い生活がしたい。
しかし、そうしてまで得た果実は、時代が変われば、使ってしまえば、もう何も残らないのです。
それはもう能楽師でもなければ、商売人でもない、と私は思うのです。
簡単に言えば『お金より仕事を大切にする』ということです。
商いでも、利潤を得るにはいろんな方法があります。
その方法が天に恥じないものかどうか、自分自身に問うてみよ、という事です。
そして、お客様にお渡しした品物が様々な角度から見て、自分の『信用の分身』として恥ずかしくないか?という事です。
非常に怖いことですが、扱っている商品は、その人の人格を明らかに反映します。
商品内容や値付け、展開方法を見ていると、その会社の社長の人格がわかるものです。
芸でも同じじゃないでしょうか。
ですから、私達商人は、商品、そして商売のありかたでその人間性を見透かされるのです。
いい加減な商いをする人に、人格者は絶対に居ない。
こすい商売をする人は、かならずいろんな面でこすい。
だから、非常に怖いのです。
怖いから、精進せねばならないのです。
常に突き詰めて、商売とは何か?伝統とは何か?そしてそれを守るということはどういう事なのか?を自問自答し、己を高めてこそ、本当の商人になれると想うし、それが次世代への継承にも繋がる、と私は考えています。
ちょっとだけ飛ばして先に進みます。
『ただ望むところの本意とは、当世、この道のともがらを見るに、芸のたしなみはおろそかにして、非道のみ行じ、たまたま陶芸に至る時も、ただ、一夕の戯笑、一旦の名利に染みて、源を忘れて失ふ事、道すでにすたる自説かと、これを嘆くのみなり』
飛ばした部分でも、世阿弥は申楽=能のなりたち、能という芸能がどういう意味をもっているのかを何節にも分けて書いています。
それを土台にして、この章があるわけです。
『その場限りの喝采や一時的な名声に目がくらんで本芸をわすれて伝統を見失ってしまうようでは、能ももう終わりだ』と書いているのです。
そして、それに歯止めをかけるために、誰にも知られたくないこの本を書こうと決意した、ということなのです。
我々商人も、心せねばなりません。
とくに伝統に関わる呉服商は肝に銘じなければならないと想います。
私達商人の使命は、『必要なモノを必要な所に届けて、世の中を豊かにすること』そしてその報酬として利潤を頂くのです。
ですから、利潤を追求することは、商人として当然の事であり、必要とされている度合いが高いほど利潤が大きくなることは当然なのです。
では、大もうけをすればそれでいいのか?
それと同じ事を世阿弥は問うている、そして、それでは行けないと想って風姿花伝を書いたのです。
なぜ、それではいけないのか?
能をはじめとする芸も、商売も『社会性』を持って居るからです。
能は、世の中を平安にし、豊にする効果をもつとされました。
商売も、同じ事です。
そして、特に呉服商は『伝統』というものを背負っています。
伝統を背負うと言うことはどういう事か?
それは、世の中がどう変わろうが、自分の環境がどうであろうが、あくまで守っていくべき物であるということなのです。
だから、世阿弥は書いているのです。
その覚悟を、後進や周りにいる人に伝えたいと想って書いたのだと想うのです。
呉服商の中でも伝統染織に関わる人は特にそうあらねばならないと私は思っています。
もちろん、着物も能も時代と共に、形を少しずつ変えてきたでしょう。
でも、変えて良い物と変えてはいけない物、これをきちんと分別する事がなにより大事です。
そのためには、『この仕事がどういうものなのか』という事を自分の中で整理し、強い信念として持っておくことだろうと想います。
能ならば、受ければいいのか、名声が高まればいいのか?
商いならば、売れれば良いのか?儲かればいいのか?
これは、必要条件であって、十分条件ではないのです。
なぜか?
これらはすべて相対的なモノだからです。
見ている人の好みや、世相を反映して、能の評価は変わるかもしれません。
商いは、景気がよくなればたくさんの人が儲かるし、ブームに乗れば、大もうけとなります。
昔、飛ぶ鳥を落とす勢いだった芸能人や商人が、見るも無惨に落ちぶれている姿は枚挙にいとまがありません。
でも、きちんとした信念と思想をもって仕事に当たってきた人は、時代がどうであろうが、その人がどういう環境であろうが、凜とした気迫に溢れ、尊敬を集めます。
それは、大海を渡る舟の船長のようなものです。
私達、伝統に生きる者は、木造船で南蛮へ渡ろうとしているようなものなのです。
もし、台風に遭ったら・・・帆柱に体をくくりつけて舟もろとも沈むしかないのです。
それが、伝統に生きる者の誇りであり、木造の帆船で如何にこの荒海を渡っていくか、そのための鍛錬を欠かさないのです。
加古たちは、お金の為に乗っているのかもしれません。でも船長はお金のためであってはいけない。
無事に目的地に着くことが最大唯一の目的でなければならない。
私達にとって目的地とはなにか。
次世代に手渡す事です。
世阿弥もまさに、それを憂えているのです。
そして、伝統染織の世界も、破滅の危機がもうそこにまで迫っているのです。
そうなると、他を出し抜いて、結果だけを先に取ろうとする人が必ず出ます。
出し抜かれると、また、次々と後を追う。
これは世の常です。仕方のない事かも知れません。
みんな、自分がかわいい。お金が欲しい、有名になりたい、良い生活がしたい。
しかし、そうしてまで得た果実は、時代が変われば、使ってしまえば、もう何も残らないのです。
それはもう能楽師でもなければ、商売人でもない、と私は思うのです。
簡単に言えば『お金より仕事を大切にする』ということです。
商いでも、利潤を得るにはいろんな方法があります。
その方法が天に恥じないものかどうか、自分自身に問うてみよ、という事です。
そして、お客様にお渡しした品物が様々な角度から見て、自分の『信用の分身』として恥ずかしくないか?という事です。
非常に怖いことですが、扱っている商品は、その人の人格を明らかに反映します。
商品内容や値付け、展開方法を見ていると、その会社の社長の人格がわかるものです。
芸でも同じじゃないでしょうか。
ですから、私達商人は、商品、そして商売のありかたでその人間性を見透かされるのです。
いい加減な商いをする人に、人格者は絶対に居ない。
こすい商売をする人は、かならずいろんな面でこすい。
だから、非常に怖いのです。
怖いから、精進せねばならないのです。
常に突き詰めて、商売とは何か?伝統とは何か?そしてそれを守るということはどういう事なのか?を自問自答し、己を高めてこそ、本当の商人になれると想うし、それが次世代への継承にも繋がる、と私は考えています。
2012年10月24日
『商道 風姿花伝』第30話
【一、日本国においては、欽明天皇の御宇に、・・・】
ここでは、秦河勝の出生の話と聖徳太子との関わりについて書かれ、なぜ、申楽と呼ばれるようになったか、について書かれています。
そして、最後に聖徳太子に刃向かった物部守屋は秦河勝が乗りうつった矢に当たって死んだ、と書かれています。
なんか、釈然としない気分です。
物部守屋はご存じのように、神徒系で、仏教系の蘇我氏と対立して、負けた。
その時に、聖徳太子が建立したのが、四天王寺です。
聖徳太子は物部を討たせてくれたら、ここに日本最初の大きなお寺を建てますと願を掛け、それで建てられたのです。
四天王寺の境内には守屋廟というちいさなほこらのようなモノがあって、そこにまつられています。
しかし、秦河勝は、当然ながら秦氏ですから、仏教系ではありません。
アメノウズメノミコトが芸事の初めですから、神をまつる氏族だったはずです。
最後に、矢に乗り移って守屋を仕留めた、というのですから、これはただごとではありません。
時代は下って、観阿弥・世阿弥ですが、観阿弥は楠木正成の甥であると言われています。
『根も葉もない話である』と言った罰当たりがいるそうですが、どう考えたら根も葉もない事なのか聞きたいくらいです。
楠木正成と観阿弥が親戚だったとして・・・
楠木正成が足利尊氏と戦って、一族郎党討ち滅ぼされたのは知られていますよね。
私が住んでいる南河内の英雄ですし、民謡河内音頭でも、足利尊氏は『朝敵』とされています。
だのに、観阿弥は足利将軍家にすり寄った。
罰当たりはひとは、これを根拠にしているのかもしれません。
天皇と秦氏の関係の深さは言うまでもありませんが、それにしても天皇を中心にすばやい変わり身を見せています。
まさに変幻自在、自由自在。
NHKオンデマンドでまだ『黄金の日々』を見ていますが、当時の堺商人も特定の武士に付いていない。
付いていたのは織田信長に付いていた今井宗久だけです。
あとは、注文があれば、どこにでも商品をながした。
三好勢と織田双方に武器を売ったのが堺滅亡の原因だと言われていますが、仁義の整った商いであれば、自由自在であったようです。
つまり、観阿弥・世阿弥たち能楽師も商人も、一定の権力構造に組み込まれず、自由に活動していたんですね。
千利休も秀吉に仕えてはいたものの、決して家来にならず、独立を保ち通した。
北野大茶会を最後に、秀吉から遠ざかったと言われています。
観阿弥も利休も為政者からはえらい目にあわされているのです。
観阿弥は尊氏に親戚を殺されているだろうし、一族は身分を落とされた。
秀吉は大阪へ商人を移動させて堺を衰退させた張本人です。
そんな人の側に仕えるというのは、まさにしたたかともいえるでしょう。
しかし、それだけではないように思います。
カタキに仕えてまでカネが欲しいか、という考えもあるでしょうが、観阿弥も利休も自分の利益だけの為にやっていたのでは無いと思うのです。
いまでは考えられないことですが、昔は為政者に刃向かえば殺されるか身分を落とされるかです。
それも一族郎党共々です。
為政者の懐に入るということは、自分の同族や故郷を護るための最大の防御だったのではないかと思います。
その時の武器は、芸や商いです。
堺はその後、徳川家康によって本当に壊滅させられてしまいます。
商人も芸人も時の為政者によって、振り回され、良いこともあるけれど、煮え湯を飲まされることもある。
でも、どんなときも、たくましく、そして変幻自在に生き抜いてきたんですね。
世阿弥がどんな気持ちでこの部分を書いたのか、じっくり想像してみたいです。
ここでは、秦河勝の出生の話と聖徳太子との関わりについて書かれ、なぜ、申楽と呼ばれるようになったか、について書かれています。
そして、最後に聖徳太子に刃向かった物部守屋は秦河勝が乗りうつった矢に当たって死んだ、と書かれています。
なんか、釈然としない気分です。
物部守屋はご存じのように、神徒系で、仏教系の蘇我氏と対立して、負けた。
その時に、聖徳太子が建立したのが、四天王寺です。
聖徳太子は物部を討たせてくれたら、ここに日本最初の大きなお寺を建てますと願を掛け、それで建てられたのです。
四天王寺の境内には守屋廟というちいさなほこらのようなモノがあって、そこにまつられています。
しかし、秦河勝は、当然ながら秦氏ですから、仏教系ではありません。
アメノウズメノミコトが芸事の初めですから、神をまつる氏族だったはずです。
最後に、矢に乗り移って守屋を仕留めた、というのですから、これはただごとではありません。
時代は下って、観阿弥・世阿弥ですが、観阿弥は楠木正成の甥であると言われています。
『根も葉もない話である』と言った罰当たりがいるそうですが、どう考えたら根も葉もない事なのか聞きたいくらいです。
楠木正成と観阿弥が親戚だったとして・・・
楠木正成が足利尊氏と戦って、一族郎党討ち滅ぼされたのは知られていますよね。
私が住んでいる南河内の英雄ですし、民謡河内音頭でも、足利尊氏は『朝敵』とされています。
だのに、観阿弥は足利将軍家にすり寄った。
罰当たりはひとは、これを根拠にしているのかもしれません。
天皇と秦氏の関係の深さは言うまでもありませんが、それにしても天皇を中心にすばやい変わり身を見せています。
まさに変幻自在、自由自在。
NHKオンデマンドでまだ『黄金の日々』を見ていますが、当時の堺商人も特定の武士に付いていない。
付いていたのは織田信長に付いていた今井宗久だけです。
あとは、注文があれば、どこにでも商品をながした。
三好勢と織田双方に武器を売ったのが堺滅亡の原因だと言われていますが、仁義の整った商いであれば、自由自在であったようです。
つまり、観阿弥・世阿弥たち能楽師も商人も、一定の権力構造に組み込まれず、自由に活動していたんですね。
千利休も秀吉に仕えてはいたものの、決して家来にならず、独立を保ち通した。
北野大茶会を最後に、秀吉から遠ざかったと言われています。
観阿弥も利休も為政者からはえらい目にあわされているのです。
観阿弥は尊氏に親戚を殺されているだろうし、一族は身分を落とされた。
秀吉は大阪へ商人を移動させて堺を衰退させた張本人です。
そんな人の側に仕えるというのは、まさにしたたかともいえるでしょう。
しかし、それだけではないように思います。
カタキに仕えてまでカネが欲しいか、という考えもあるでしょうが、観阿弥も利休も自分の利益だけの為にやっていたのでは無いと思うのです。
いまでは考えられないことですが、昔は為政者に刃向かえば殺されるか身分を落とされるかです。
それも一族郎党共々です。
為政者の懐に入るということは、自分の同族や故郷を護るための最大の防御だったのではないかと思います。
その時の武器は、芸や商いです。
堺はその後、徳川家康によって本当に壊滅させられてしまいます。
商人も芸人も時の為政者によって、振り回され、良いこともあるけれど、煮え湯を飲まされることもある。
でも、どんなときも、たくましく、そして変幻自在に生き抜いてきたんですね。
世阿弥がどんな気持ちでこの部分を書いたのか、じっくり想像してみたいです。
2012年10月18日
『商道 風姿花伝』第36話【復旧版】
自分で商品を発案する時のことを考えてみましょう。
これは、あるものの廉価版を作ったり、コピーする事ではありません。
今、市場にない新しいコンセプトを持った物を作るという意味です。
人それぞれだと思いますが、私がどういう具合にして新しい商品を作り出すかを紹介してみます。
まずは、自分の得意分野、いわば経営資源を自分なりに認識します。
どこに差別優位があるのか、どこに他と違う魅力があるのか。
それを自ら押さえた上で、市場をじっくり見渡します。
市場を見渡すと、ボコッと落ちている部分が見えてきます。
アレッ?本来はあっていいはずの物がないときがあるのです。
それは日本の市場が一方方向に集中しがちだからです。
特に今はマーケティングやメディアが発達しているので個性というより、売る側の都合で商品の傾向が偏ってしまっているのです。
でも、本当はそんな事はないわけで、好みは人それぞれ。着物、とくに高価な染織品は流行廃りで買うものではないわけです。
あくまでも自分の好みに合うもの、長く使える物を買うのがふつうです。
そのボコッと落ちた物が世の中で必要なものならば、拾い出して新たに生み出す価値があるわけですね。
伝統工芸の世界で、まったく新しい物はありませんし、必要ないと私は思います。
古い物に少しだけ新しさを加えるだけで、光はよみがえると私は考えています。
次はそれを形にしてくれる作り手を探します。
いまおつきあいしている人でもいいし、それがだめなら新しい人を捜します。
これは縁です。
縁があれば、出会いがあるでしょうし、なければお蔵入り。
でも、プランはそのまま持っていて縁がつながるまで待てばいいのです。
あとは、作り手と試行錯誤して、自分のねらいにはまるまでやり続けます。
この過程を進行しながら、どう説明するかのストーリーを考えます。
このときにはじめにどう着想したかが大事になるんです。
なぜ、この商品を生み出したか、この商品がこの世に生み出される意義は何なのか。
それがそのままセールストークになります。
それに、着物としてどうなのか、これを持つとどういうメリットがあるのか・・・
様々な面から商品を客観的に観てみる。
そして、初反があがってきたら、早速販売にかけてみます。
お客様がどう反応なさるかをじっくり観察させていただくきます。
それが自信になったり反省になったりして、また次の製造指図にいかされますし、それでも軌道に乗らなければ廃盤という事もあります。
廃盤になっても、また何かのヒントで再生する場合も多いので、丁寧に取り扱っていきます。
今売れている物や、有名ブランド品のコピーなんて作っても仕方ないのです。そんなのは、商品開発でもなんでもありません。
古い物を掘り起こして、新しい何かを少しだけ付け加える。
新しさは破壊からは生まれません。
お塩ひとつまみ、お酢の一滴で新しい味が生まれます。
先人の努力や感性を信じて尊重し、その上で自信をもって、自分のねらうところを表現してもらう。
最後は自分で売り切ればいいのです。
これは、あるものの廉価版を作ったり、コピーする事ではありません。
今、市場にない新しいコンセプトを持った物を作るという意味です。
人それぞれだと思いますが、私がどういう具合にして新しい商品を作り出すかを紹介してみます。
まずは、自分の得意分野、いわば経営資源を自分なりに認識します。
どこに差別優位があるのか、どこに他と違う魅力があるのか。
それを自ら押さえた上で、市場をじっくり見渡します。
市場を見渡すと、ボコッと落ちている部分が見えてきます。
アレッ?本来はあっていいはずの物がないときがあるのです。
それは日本の市場が一方方向に集中しがちだからです。
特に今はマーケティングやメディアが発達しているので個性というより、売る側の都合で商品の傾向が偏ってしまっているのです。
でも、本当はそんな事はないわけで、好みは人それぞれ。着物、とくに高価な染織品は流行廃りで買うものではないわけです。
あくまでも自分の好みに合うもの、長く使える物を買うのがふつうです。
そのボコッと落ちた物が世の中で必要なものならば、拾い出して新たに生み出す価値があるわけですね。
伝統工芸の世界で、まったく新しい物はありませんし、必要ないと私は思います。
古い物に少しだけ新しさを加えるだけで、光はよみがえると私は考えています。
次はそれを形にしてくれる作り手を探します。
いまおつきあいしている人でもいいし、それがだめなら新しい人を捜します。
これは縁です。
縁があれば、出会いがあるでしょうし、なければお蔵入り。
でも、プランはそのまま持っていて縁がつながるまで待てばいいのです。
あとは、作り手と試行錯誤して、自分のねらいにはまるまでやり続けます。
この過程を進行しながら、どう説明するかのストーリーを考えます。
このときにはじめにどう着想したかが大事になるんです。
なぜ、この商品を生み出したか、この商品がこの世に生み出される意義は何なのか。
それがそのままセールストークになります。
それに、着物としてどうなのか、これを持つとどういうメリットがあるのか・・・
様々な面から商品を客観的に観てみる。
そして、初反があがってきたら、早速販売にかけてみます。
お客様がどう反応なさるかをじっくり観察させていただくきます。
それが自信になったり反省になったりして、また次の製造指図にいかされますし、それでも軌道に乗らなければ廃盤という事もあります。
廃盤になっても、また何かのヒントで再生する場合も多いので、丁寧に取り扱っていきます。
今売れている物や、有名ブランド品のコピーなんて作っても仕方ないのです。そんなのは、商品開発でもなんでもありません。
古い物を掘り起こして、新しい何かを少しだけ付け加える。
新しさは破壊からは生まれません。
お塩ひとつまみ、お酢の一滴で新しい味が生まれます。
先人の努力や感性を信じて尊重し、その上で自信をもって、自分のねらうところを表現してもらう。
最後は自分で売り切ればいいのです。
2012年10月18日
『商道 風姿花伝』第35話【復旧版】
商人として心得ねばならないことのひとつです。
鑑識眼、審美眼のある人だけを対象にした商品づくり、説明でいいものか。
いわゆる玄人好み、わかる人にはわかる内容でいいのか。
たとえば料理なら、おいしいものは誰が食べてもおいしいと感じるはずです。
ただ、ここでも世阿弥は書いていますが、その土地その土地の好みに合いそうなものを演じる。演目にしても舞い方にしてもそうなのだろうと思います。
その土地に根付いた商売なら、その土地の好みに合わせて物作りをすればいいのでしょうが、私のように全国を歩いて回る場合は商品づくりが非常に難しいのです。
どこにでも通用する商品というのは良さそうで、結局はどこにも通用しない。伝統産業の場合は売れ筋とうのは研究しつくされていて、大手がたくさん持っていて値段も崩れていることが多いのです。
オーソドックスなフォーマルというのは売れそうで売れない。どうみても無難な商品ほど売れ残るんです。
では、どうすればいいかというと、私の場合は今、あまりみないけれども、昔から美しいとされている『伝統美』を探し出して形にするんです。
古い物をみるだけではそれはわかりません。古い物は経年変化しています。それが作られたときにどういう状態だったか、を推測しなければいけません。
世の中の流行というのはいい加減なもので人が勝手に作り出したものです。
多くの場合、生産者、提供者の都合でブームを作って集中販売するわけです。それは好みではなくて流行にすぎないんですね。
伝統にいきる物は流行という物の外にいます。
流行れば必ず廃る。
流行廃りのない日本人のそして人間の奥底にある美意識を捜し当てることこそが普遍的な美の追求なんだと私は思うのですね。
沖縄では私は派手な作品を好むといわれている様ですが、それは関東の織物市場が圧倒的に大きいことと、他社のバイヤーが無難に流れているせいだと思います。
関東が地味好みだといいますが、本当にそうかなぁ?と私は思います。
色のセイの好みの差はありますが、関東で地味物しか売れないかといえば、全くそんなことはありません。
あるとすれば、昔から娘さんのお嫁入り需要が少なくて、派手物が出回らなかったのでしょう。
銀座とかで、華やかな着物を上手に着ているご婦人をみるとうっとりします。
派手な着物を着れないというので、よく聞くのは、『近所の人の手前』です。
贅沢をしているとか、ちゃらちゃらしているとか、近所の人に言われるからというのです。
もちろん、大都会ではそんな話はありませんが、今でもそういう事をおっしゃる地域があるんですよ。
地域性とか、そのお客様のご都合とかいろいろ考えていると、商人が着物のプロデュースなんてできません。
全国区で通用するためには、『あまり深く考えないで自分の好きな物を作る』のが良いように思います。
私の場合、自分で指図して、自分で売るのですからなおさらです。
お客様のお好みは変わっても、私の想いだけは変わらないわけです。
結論としてけっこう、これで通用します。
すべてのお客様に気に入られる品物など所詮できはしない、というあきらめも必要だと思います。
問題はそれが奇形的でない、奇抜でないという事です。
あくまでも、伝統と正統に沿っている。
そうでなければ、普遍性はないし、本当の感動は与えられないでしょう。
鑑識眼、審美眼のある人だけを対象にした商品づくり、説明でいいものか。
いわゆる玄人好み、わかる人にはわかる内容でいいのか。
たとえば料理なら、おいしいものは誰が食べてもおいしいと感じるはずです。
ただ、ここでも世阿弥は書いていますが、その土地その土地の好みに合いそうなものを演じる。演目にしても舞い方にしてもそうなのだろうと思います。
その土地に根付いた商売なら、その土地の好みに合わせて物作りをすればいいのでしょうが、私のように全国を歩いて回る場合は商品づくりが非常に難しいのです。
どこにでも通用する商品というのは良さそうで、結局はどこにも通用しない。伝統産業の場合は売れ筋とうのは研究しつくされていて、大手がたくさん持っていて値段も崩れていることが多いのです。
オーソドックスなフォーマルというのは売れそうで売れない。どうみても無難な商品ほど売れ残るんです。
では、どうすればいいかというと、私の場合は今、あまりみないけれども、昔から美しいとされている『伝統美』を探し出して形にするんです。
古い物をみるだけではそれはわかりません。古い物は経年変化しています。それが作られたときにどういう状態だったか、を推測しなければいけません。
世の中の流行というのはいい加減なもので人が勝手に作り出したものです。
多くの場合、生産者、提供者の都合でブームを作って集中販売するわけです。それは好みではなくて流行にすぎないんですね。
伝統にいきる物は流行という物の外にいます。
流行れば必ず廃る。
流行廃りのない日本人のそして人間の奥底にある美意識を捜し当てることこそが普遍的な美の追求なんだと私は思うのですね。
沖縄では私は派手な作品を好むといわれている様ですが、それは関東の織物市場が圧倒的に大きいことと、他社のバイヤーが無難に流れているせいだと思います。
関東が地味好みだといいますが、本当にそうかなぁ?と私は思います。
色のセイの好みの差はありますが、関東で地味物しか売れないかといえば、全くそんなことはありません。
あるとすれば、昔から娘さんのお嫁入り需要が少なくて、派手物が出回らなかったのでしょう。
銀座とかで、華やかな着物を上手に着ているご婦人をみるとうっとりします。
派手な着物を着れないというので、よく聞くのは、『近所の人の手前』です。
贅沢をしているとか、ちゃらちゃらしているとか、近所の人に言われるからというのです。
もちろん、大都会ではそんな話はありませんが、今でもそういう事をおっしゃる地域があるんですよ。
地域性とか、そのお客様のご都合とかいろいろ考えていると、商人が着物のプロデュースなんてできません。
全国区で通用するためには、『あまり深く考えないで自分の好きな物を作る』のが良いように思います。
私の場合、自分で指図して、自分で売るのですからなおさらです。
お客様のお好みは変わっても、私の想いだけは変わらないわけです。
結論としてけっこう、これで通用します。
すべてのお客様に気に入られる品物など所詮できはしない、というあきらめも必要だと思います。
問題はそれが奇形的でない、奇抜でないという事です。
あくまでも、伝統と正統に沿っている。
そうでなければ、普遍性はないし、本当の感動は与えられないでしょう。
2012年10月18日
『商道 風姿花伝』第39話【復旧版】
【能のよき・悪しきにつけて、シテの位によりて、相応のところを知るべきなり】
ここでは非常に意味深い事が書かれています。
『能は上手だが能を知らない役者と能はそれほどでもないが能を知っている役者、どちらがいいか?』
一座を成功に導くのは後者だと世阿弥は書いています。
つまり、能を知る=自分を知る=相応のところを知る、ということが大事だということです。
商売でいえば、商品知識があって商売が上手だけども、商いのなんたるかを知らない人よりも、商売はそんなに上手でないが、商いの本質をわかっている人は、その会社・商家を成功に導くということです。
商いというのは非常に奥深いものです。やればやるほど、その道の遠さを感じます。その中でも、『売れるには売れる理由がある』という事を感じるのです。
売れて得意げになっていないで、なぜ売れたのかを自分で分析してみる。
また、売れなかった、売りのがした、と思うとき、なぜそうなってしまったのか、なにが足りなかったのかを、反省してみる。
そうすると、自分や自分の商売というものが客観的に見えてきます。
お客様は自分に何を期待してくださっているのか?
この商品にどんな効用を期待して買ってくださったのか?
この商品の他商品に対する比較優位性はなんなのか?
自分の思惑通りに、お客様に伝わったのか?
いろいろ考えていくと、自分の『勝負玉』がわかってきます。
野球にたとえるなら、配球のコンビネーションも大切です。
商売は点でとらえるのではなく、あくまでも線で、永く愛顧いただけるようにしなければならないからです。
当然、捨てる物、捨てるべき物も見えてきます。
この『捨てるべきもの』を正確に認識して実行できるのがプロです。
プロとはプロフェッション。つまり職業です。
職業とは生活の糧を稼ぐための物です。
お金をいただくのですから、自分にできる最高のものをお客様に提供しなくてはなりません。
なのに、自分の力を過信して、あまり得意ではない事をして自己満足に浸っている・・・これはプロではないのです。
世阿弥が言う、能を知るということ、私が今書いている、商いを知るということは、その道の厳しさを知り、自分の慢心を戒め、常に謙虚である、ということなのではないかと思うのです。
アマチュアであれば、不得意なものに挑戦しようがそれはその人の勝手です。自分の想いを最優先して仕事をするのも、本人の自由。どんなスカタンしても、自分のうちで済むことです。
でも、お金をいただくということになると訳が違います。対価にふさわしい物やサービスがなければ、お客様は納得されません。納得していただけなければ、次の仕事はありません。点で終わってしまうわけです。
ですから世阿弥も『不得手な演目は地方でやれ』と書いているわけです。鑑識眼のある人の前では下手が見抜かれる、主戦場でやったのではお客様を無くしてしまうことになるからです。
能なら演目、商いなら商品に、それぞれ、得意度のランクをつけておくことも必要なのかもしれません。そして同じように大事なのが自分の商いのスタイルです。どんなスタイル、どんなお客様が自分は得意なのか。
この状況なら自分には裁けない、こういうタイプのお客様は自分には手に負えない、それを知っておくのも実は大事なことなんです。
それを知った上で、いかに状況をクリアするかを考え、修練を積むんです。
恥ずかしながら、20年以上商売をしている私にもどうしても苦手なお客様のタイプがあります。逆に、初めてお会いしたのに昔から知っているように感じるお客様もいらっしゃいます。
要は『やるのは人間なんだ』という事です。
得手も苦手もある。
そして、プロの道は果てしなく遠い。
だからこそ、いつも謙虚でいなければならないし、努力を怠ってはいけないのです。
それが実行し続けられれば、大きな失敗をせずに、常に安定した評価が得られるようになるだろう、そういう事を世阿弥は言っているのだと思います。
ここでは非常に意味深い事が書かれています。
『能は上手だが能を知らない役者と能はそれほどでもないが能を知っている役者、どちらがいいか?』
一座を成功に導くのは後者だと世阿弥は書いています。
つまり、能を知る=自分を知る=相応のところを知る、ということが大事だということです。
商売でいえば、商品知識があって商売が上手だけども、商いのなんたるかを知らない人よりも、商売はそんなに上手でないが、商いの本質をわかっている人は、その会社・商家を成功に導くということです。
商いというのは非常に奥深いものです。やればやるほど、その道の遠さを感じます。その中でも、『売れるには売れる理由がある』という事を感じるのです。
売れて得意げになっていないで、なぜ売れたのかを自分で分析してみる。
また、売れなかった、売りのがした、と思うとき、なぜそうなってしまったのか、なにが足りなかったのかを、反省してみる。
そうすると、自分や自分の商売というものが客観的に見えてきます。
お客様は自分に何を期待してくださっているのか?
この商品にどんな効用を期待して買ってくださったのか?
この商品の他商品に対する比較優位性はなんなのか?
自分の思惑通りに、お客様に伝わったのか?
いろいろ考えていくと、自分の『勝負玉』がわかってきます。
野球にたとえるなら、配球のコンビネーションも大切です。
商売は点でとらえるのではなく、あくまでも線で、永く愛顧いただけるようにしなければならないからです。
当然、捨てる物、捨てるべき物も見えてきます。
この『捨てるべきもの』を正確に認識して実行できるのがプロです。
プロとはプロフェッション。つまり職業です。
職業とは生活の糧を稼ぐための物です。
お金をいただくのですから、自分にできる最高のものをお客様に提供しなくてはなりません。
なのに、自分の力を過信して、あまり得意ではない事をして自己満足に浸っている・・・これはプロではないのです。
世阿弥が言う、能を知るということ、私が今書いている、商いを知るということは、その道の厳しさを知り、自分の慢心を戒め、常に謙虚である、ということなのではないかと思うのです。
アマチュアであれば、不得意なものに挑戦しようがそれはその人の勝手です。自分の想いを最優先して仕事をするのも、本人の自由。どんなスカタンしても、自分のうちで済むことです。
でも、お金をいただくということになると訳が違います。対価にふさわしい物やサービスがなければ、お客様は納得されません。納得していただけなければ、次の仕事はありません。点で終わってしまうわけです。
ですから世阿弥も『不得手な演目は地方でやれ』と書いているわけです。鑑識眼のある人の前では下手が見抜かれる、主戦場でやったのではお客様を無くしてしまうことになるからです。
能なら演目、商いなら商品に、それぞれ、得意度のランクをつけておくことも必要なのかもしれません。そして同じように大事なのが自分の商いのスタイルです。どんなスタイル、どんなお客様が自分は得意なのか。
この状況なら自分には裁けない、こういうタイプのお客様は自分には手に負えない、それを知っておくのも実は大事なことなんです。
それを知った上で、いかに状況をクリアするかを考え、修練を積むんです。
恥ずかしながら、20年以上商売をしている私にもどうしても苦手なお客様のタイプがあります。逆に、初めてお会いしたのに昔から知っているように感じるお客様もいらっしゃいます。
要は『やるのは人間なんだ』という事です。
得手も苦手もある。
そして、プロの道は果てしなく遠い。
だからこそ、いつも謙虚でいなければならないし、努力を怠ってはいけないのです。
それが実行し続けられれば、大きな失敗をせずに、常に安定した評価が得られるようになるだろう、そういう事を世阿弥は言っているのだと思います。