オオサカジン

  | 羽曳野市

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年03月31日

沖縄訪問4日目

今日は朝はゆっくり。

ちかくのかめしまパンを買いに行きました。

ここのパン屋は朝6時から開いていて、モチモチして美味しいんですよ。

前島と辻?にもあって、たまに買いに行きます。

10時ちょっと前に出てT先生訪問。

作品の話やら、芸大の話やらをさせて頂いて、1時間半ほど。

主には、どんな作品を造ったらいいのか?という事でしたが、

簡単にいえば、『他の誰も造っていないT先生らしい作品』という事ですよね。

そのあと、国際通りを少し歩いて『てんぶす館』の伝統工芸士展を観に来ました。

うーん。面白く無い。

あれじゃ、組合展ですよね。

沖展もそうですが、販売会と作品展の意味の違いをもう少し明確に認識してほしいです。

売れる作品づくりというのも、基本的に魅力あるものでなければなりませんし、

無難なものばかり造っていたら、いずれ飽きられます。

もっと、個性を意識した作品づくりが必要だと思います。

織物も染め物も、なんか縮こまっている。大らかさ、伸びやかさがない。

これじゃ、沖縄染織の魅力はありません。

問屋の意向ばかり気にしていたり、売れ筋をおってばかり居ると、いざというときに力が出ないのでしょうか。

私は、もうすでに売れ筋を大量生産して市場で裁く時代は終わったと思っています。

私達は茶道具屋のように、一点一点、丁寧に使ってもらう事を意識して、丁寧に売る時代に入ったと思います。

そのためには、作家名や能書きではなく、モノがすべてを語る程の作品の魅力が必要です。

良い物がたくさん出来るわけがないわけで、私は、ボチボチ良い作品を造る作家さんと永いお付き合いをさせて頂こうと思っています。

そして、ランチは、ホテルのそばの『名護そば』

今日はニューヨークステーキ200グラムにしました。

ジャッキーステーキハウスもよく来ますが、そこではテンダーロインなのですが、今日はニューヨークステーキにしました。

うん。ニューヨークの方が硬いけど味は良いですね。

次からはニューヨークにします。


ランチが終わったら、レンタカーでS先生訪問。

半年ぶりでした。

いろんな世間話や、お身内の話をお聞きしたりして2時間あまりお話しをさせて頂きました。

『沖展、どうでしたか?』と聞かれたので、ここのブログに書いた事をお話ししたのですが、

『ブログは私も読んでますが、ブログじゃなくて、沖縄タイムスに投稿してください』と言われてしまいました(^_^;)

S先生が読んでくださっているというのも驚きましたが、先生方もある意味で共通したご意見をお持ちなのかな、と感じましたね。

私は基本的にマスコミ嫌い、とくに先代の時に、沖縄のマスコミにはひどい目に合わされているので、

新聞にこちらからお願いするような事はしたくありません。

私の思想・哲学は無料で公開することにしています (^_^)

3時過ぎにS先生のところをあとにして、どうしようかな、と思ったのですが、少し早めに手じまいしました。

景気がもっと悪化しそうなので、今回は仕入れも抑えめ。

それに、今は、いろんな業者がウロウロしていて、どこでどう転ぶか解らない状況なので、様子見です。

状況が悪くなると、より悪くする剥奪者が現れる事は、地震などの災害の後と共通ですね。

要は、足元を見られるわけです。

こんなときに、どれだけ踏ん張って正道を貫き通せるか、これが勝負の分かれ目だと私は思っています。

明日は、昼過ぎまで雑用を済ませて、2時の飛行機で帰阪します (^^)/
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:39Comments(0)

2011年03月31日

沖縄訪問4日目

今日は朝はゆっくり。

ちかくのかめしまパンを買いに行きました。

ここのパン屋は朝6時から開いていて、モチモチして美味しいんですよ。

前島と辻?にもあって、たまに買いに行きます。

10時ちょっと前に出てT先生訪問。

作品の話やら、芸大の話やらをさせて頂いて、1時間半ほど。

主には、どんな作品を造ったらいいのか?という事でしたが、

簡単にいえば、『他の誰も造っていないT先生らしい作品』という事ですよね。

そのあと、国際通りを少し歩いて『てんぶす館』の伝統工芸士展を観に来ました。

うーん。面白く無い。

あれじゃ、組合展ですよね。

沖展もそうですが、販売会と作品展の意味の違いをもう少し明確に認識してほしいです。

売れる作品づくりというのも、基本的に魅力あるものでなければなりませんし、

無難なものばかり造っていたら、いずれ飽きられます。

もっと、個性を意識した作品づくりが必要だと思います。

織物も染め物も、なんか縮こまっている。大らかさ、伸びやかさがない。

これじゃ、沖縄染織の魅力はありません。

問屋の意向ばかり気にしていたり、売れ筋をおってばかり居ると、いざというときに力が出ないのでしょうか。

私は、もうすでに売れ筋を大量生産して市場で裁く時代は終わったと思っています。

私達は茶道具屋のように、一点一点、丁寧に使ってもらう事を意識して、丁寧に売る時代に入ったと思います。

そのためには、作家名や能書きではなく、モノがすべてを語る程の作品の魅力が必要です。

良い物がたくさん出来るわけがないわけで、私は、ボチボチ良い作品を造る作家さんと永いお付き合いをさせて頂こうと思っています。

そして、ランチは、ホテルのそばの『名護そば』

今日はニューヨークステーキ200グラムにしました。

ジャッキーステーキハウスもよく来ますが、そこではテンダーロインなのですが、今日はニューヨークステーキにしました。

うん。ニューヨークの方が硬いけど味は良いですね。

次からはニューヨークにします。


ランチが終わったら、レンタカーでS先生訪問。

半年ぶりでした。

いろんな世間話や、お身内の話をお聞きしたりして2時間あまりお話しをさせて頂きました。

『沖展、どうでしたか?』と聞かれたので、ここのブログに書いた事をお話ししたのですが、

『ブログは私も読んでますが、ブログじゃなくて、沖縄タイムスに投稿してください』と言われてしまいました(^_^;)

S先生が読んでくださっているというのも驚きましたが、先生方もある意味で共通したご意見をお持ちなのかな、と感じましたね。

私は基本的にマスコミ嫌い、とくに先代の時に、沖縄のマスコミにはひどい目に合わされているので、

新聞にこちらからお願いするような事はしたくありません。

私の思想・哲学は無料で公開することにしています (^_^)

3時過ぎにS先生のところをあとにして、どうしようかな、と思ったのですが、少し早めに手じまいしました。

景気がもっと悪化しそうなので、今回は仕入れも抑えめ。

それに、今は、いろんな業者がウロウロしていて、どこでどう転ぶか解らない状況なので、様子見です。

状況が悪くなると、より悪くする剥奪者が現れる事は、地震などの災害の後と共通ですね。

要は、足元を見られるわけです。

こんなときに、どれだけ踏ん張って正道を貫き通せるか、これが勝負の分かれ目だと私は思っています。

明日は、昼過ぎまで雑用を済ませて、2時の飛行機で帰阪します (^^)/
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:39Comments(0)

2011年03月30日

第63回沖展 染織部門を見て

ひさしぶりに沖展を見ました。

沖展の作品は他の公募展とまた違った味わいがあって楽しみです。

ちょっと私の感想を。

<織部門>

思った通り変わり映えのしない内容でした。

技法的には凝った物もありましたが、なんか面白みに欠けているように思いました。

作品というより、私が普段接している商品がずらりとならんだ、という感じがして、ちょっとガッカリでしたね。

せっかくの沖展なんですから、会員や準会員の方々は、後輩になにか示唆を与える内容があってもよいと思うし、

ぶっ飛んだような色彩の物があってもいいと思います。

なんか、みんなこじんまりまとまっていて、楽しく無かったです。

出色は沖展賞受賞の宮城奈々さんの作品でした。

専門的には『あれは首里織じゃないよ』という声もあるようですが、沖展は首里織展じゃないし、宮城奈々さんも首里織と

思って造ってはいないと思います。

これからは、伝統と創造をいかに組み合わせるかがポイントで、伝統を守るためにも現代の感覚にマッチした物を追求しなければ

ならないと私は思います。そのバランスをどこにとるのか。これは沖縄の人で議論をしてもらわねばなりません。

また、いつまでも着尺・帯ではなくて、タピストリーやショール、服地などもっとあってもいいと思います。

沖展というのは単に作品の展示会ではなく、作家が県民に対してメッセージを発する場であるべきだと思います。

技術を誇るも良し、色彩感覚を表現するもよし、また元気づけたり、驚かせたりというコンセプトがあっていいんじゃないでしょうか。

私は大阪芸大で学んでいるので、影響を受けているのかもしれませんが、今後の制作の方向や将来性を指し示すような意図を感じられる作品が

見たかった、そう感じました。


<染部門>

うーん。イヤな感じでした。

紅型界の有力者の意図が明らかに感じられて、紅型の発展に非常に暗いものを感じました。

作品としてはどれも全体的によくまとまっていますが、面白く無い。

一番に思うのは、色づくりが甘い。

織の場合は、経緯の糸の世界という制限がありますが、染めはそれがない。

自由なだけに、表現への拘泥に陥りがちです。

染めで一番大事なのは何か。

私は色だと思います。

色さえ良ければ、余計な柄など要らないのです。

今回見た作品は、どれも無難ではあるけれども、圧倒される色の良さを感じる作品が無かった。

また、画面一杯に柄が押し込められているために、一つ一つの造形の良さがまったく伝わってこなかった。

悪く言えば、『つめこんで、ごまかして、無難にまとめた』と言えない事もありません。

でも、そんなことは私達商売人が考える手段であって、作家が一番に考えることではありません。

着尺を造るには、それなりの工房のスペースが必要ですし、持てる者が圧倒的に有利です。

そんななかでも、渾身の『うちくい』があっても良いと思います。

会員の作品は落ち着いた完成度があっていいと思いますが、若手はもっとやんちゃな、躍動感を感じる作品であってほしいと

私は思います。なにより、すごい!と思える作品が無かったのは非常に残念でした。

私の持論として、沖展の染部門は創作と古典の両方をまんべんなく評価すべきだと思います。

とくに、若手には古典を染めさせてそれを評価するようにすれば、創作も今以上に光を得ることになるのではないでしょうか。

古典をやれば、線の出し方、型彫り、色作りの習熟度がもっと上がるでしょうし、創作のデザインにもあらたな

発想が加わることでしょう。

小手先の目新しさに終わることなく、あくまで『染めもの』としての完成度をもっと上げることを目標にすべきだと思うのです。

書道でも初めはお手本を稽古するでしょう。

気の遠くなるような反復練習の上に、確固たる技術が身につくはずですし、その上での創作でなければ作品とはいえないのではないでしょうか。

紅型をはじめて数年年で大きな賞が取れるというのは、なにかおかしいのです。

主宰者や審査員はそれを謙虚に反省すべきだと私は思います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:42Comments(2)

2011年03月30日

第63回沖展 染織部門を見て

ひさしぶりに沖展を見ました。

沖展の作品は他の公募展とまた違った味わいがあって楽しみです。

ちょっと私の感想を。

<織部門>

思った通り変わり映えのしない内容でした。

技法的には凝った物もありましたが、なんか面白みに欠けているように思いました。

作品というより、私が普段接している商品がずらりとならんだ、という感じがして、ちょっとガッカリでしたね。

せっかくの沖展なんですから、会員や準会員の方々は、後輩になにか示唆を与える内容があってもよいと思うし、

ぶっ飛んだような色彩の物があってもいいと思います。

なんか、みんなこじんまりまとまっていて、楽しく無かったです。

出色は沖展賞受賞の宮城奈々さんの作品でした。

専門的には『あれは首里織じゃないよ』という声もあるようですが、沖展は首里織展じゃないし、宮城奈々さんも首里織と

思って造ってはいないと思います。

これからは、伝統と創造をいかに組み合わせるかがポイントで、伝統を守るためにも現代の感覚にマッチした物を追求しなければ

ならないと私は思います。そのバランスをどこにとるのか。これは沖縄の人で議論をしてもらわねばなりません。

また、いつまでも着尺・帯ではなくて、タピストリーやショール、服地などもっとあってもいいと思います。

沖展というのは単に作品の展示会ではなく、作家が県民に対してメッセージを発する場であるべきだと思います。

技術を誇るも良し、色彩感覚を表現するもよし、また元気づけたり、驚かせたりというコンセプトがあっていいんじゃないでしょうか。

私は大阪芸大で学んでいるので、影響を受けているのかもしれませんが、今後の制作の方向や将来性を指し示すような意図を感じられる作品が

見たかった、そう感じました。


<染部門>

うーん。イヤな感じでした。

紅型界の有力者の意図が明らかに感じられて、紅型の発展に非常に暗いものを感じました。

作品としてはどれも全体的によくまとまっていますが、面白く無い。

一番に思うのは、色づくりが甘い。

織の場合は、経緯の糸の世界という制限がありますが、染めはそれがない。

自由なだけに、表現への拘泥に陥りがちです。

染めで一番大事なのは何か。

私は色だと思います。

色さえ良ければ、余計な柄など要らないのです。

今回見た作品は、どれも無難ではあるけれども、圧倒される色の良さを感じる作品が無かった。

また、画面一杯に柄が押し込められているために、一つ一つの造形の良さがまったく伝わってこなかった。

悪く言えば、『つめこんで、ごまかして、無難にまとめた』と言えない事もありません。

でも、そんなことは私達商売人が考える手段であって、作家が一番に考えることではありません。

着尺を造るには、それなりの工房のスペースが必要ですし、持てる者が圧倒的に有利です。

そんななかでも、渾身の『うちくい』があっても良いと思います。

会員の作品は落ち着いた完成度があっていいと思いますが、若手はもっとやんちゃな、躍動感を感じる作品であってほしいと

私は思います。なにより、すごい!と思える作品が無かったのは非常に残念でした。

私の持論として、沖展の染部門は創作と古典の両方をまんべんなく評価すべきだと思います。

とくに、若手には古典を染めさせてそれを評価するようにすれば、創作も今以上に光を得ることになるのではないでしょうか。

古典をやれば、線の出し方、型彫り、色作りの習熟度がもっと上がるでしょうし、創作のデザインにもあらたな

発想が加わることでしょう。

小手先の目新しさに終わることなく、あくまで『染めもの』としての完成度をもっと上げることを目標にすべきだと思うのです。

書道でも初めはお手本を稽古するでしょう。

気の遠くなるような反復練習の上に、確固たる技術が身につくはずですし、その上での創作でなければ作品とはいえないのではないでしょうか。

紅型をはじめて数年年で大きな賞が取れるというのは、なにかおかしいのです。

主宰者や審査員はそれを謙虚に反省すべきだと私は思います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:42Comments(2)

2011年03月30日

沖縄訪問3日目

南部を中心に回りました。

午前中は豊見城市の紅型作家のNさん。

沖展の内容やら、紅型のあり方について、熱く熱く議論しました。

このNさんは私と本当に意気投合する人です。

朝ご飯を食べていなくて、お腹が空いたので、Nさんの近くのコンビニで昼食。

食べ終わってゆっくりしていると、Nさんから電話。

泡盛をプレゼントしようと思っていたのに、渡すのを忘れたので、戻ってこいとのこと。

すこし休んでから戻って泡盛をもらいました。

ありがとう(^o^)

午後から首里のHさんを訪問。

この作家さんはほんのりして、とても面白い人です。

ちょこちょこ作品をもらいました。

後は、予定が変わってしまったので久しぶりに、Kさんを訪問。

この作家さんも私と気が合うのです。

Kさんが造ってくれたちいさなおにぎりをほおばりながら、ここでも熱く熱く意見交換。

5時過ぎまでいました。

一緒に行くとわかると思いますが、私は商品の話とか、仕入れの話はほとんどしません。

世間話とか、染織のあり方、作家の心構えなどを話すことが中心です。

そんな話ができなとつまらないし、よい作家さんは必ず信念をもっているものなのです。

ですから、私も非常に勉強になります。

仕入れは、電話一本で出来ますが、沖縄へ出向く第一義は作家さんから勉強させてもらうことです。

みんなかなり先行き不安を持っているようですが、よい物というのは基本的にそんなに沢山できるわけではないので、

いつも通り造って大丈夫ですよ、と伝えて回っています。

今日も、沖縄の作家さんたちから元気をもらいました(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 18:53Comments(0)

2011年03月30日

沖縄訪問3日目

南部を中心に回りました。

午前中は豊見城市の紅型作家のNさん。

沖展の内容やら、紅型のあり方について、熱く熱く議論しました。

このNさんは私と本当に意気投合する人です。

朝ご飯を食べていなくて、お腹が空いたので、Nさんの近くのコンビニで昼食。

食べ終わってゆっくりしていると、Nさんから電話。

泡盛をプレゼントしようと思っていたのに、渡すのを忘れたので、戻ってこいとのこと。

すこし休んでから戻って泡盛をもらいました。

ありがとう(^o^)

午後から首里のHさんを訪問。

この作家さんはほんのりして、とても面白い人です。

ちょこちょこ作品をもらいました。

後は、予定が変わってしまったので久しぶりに、Kさんを訪問。

この作家さんも私と気が合うのです。

Kさんが造ってくれたちいさなおにぎりをほおばりながら、ここでも熱く熱く意見交換。

5時過ぎまでいました。

一緒に行くとわかると思いますが、私は商品の話とか、仕入れの話はほとんどしません。

世間話とか、染織のあり方、作家の心構えなどを話すことが中心です。

そんな話ができなとつまらないし、よい作家さんは必ず信念をもっているものなのです。

ですから、私も非常に勉強になります。

仕入れは、電話一本で出来ますが、沖縄へ出向く第一義は作家さんから勉強させてもらうことです。

みんなかなり先行き不安を持っているようですが、よい物というのは基本的にそんなに沢山できるわけではないので、

いつも通り造って大丈夫ですよ、と伝えて回っています。

今日も、沖縄の作家さんたちから元気をもらいました(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 18:53Comments(0)

2011年03月30日

沖縄訪問2日目

朝、8時にレンタカー屋で待ち合わせ。

参加者は、そそかさん、さるはるさーさん、キャメルさんの三人。

キャメルさんは初参加です。

喜如嘉を目指して、北上。約2時間の道のりです。

10時前に喜如嘉の芭蕉布工房に到着。

いきなりの話は、前述の通りです。

平良美恵子さんにいろんなお願いをして、ちょびっと仕入れ。

今回もいいのが入りました。

美恵子さんとは、熱い熱いお話しでしたが、他の三人はちんぷんかんぷんだったようです。

聞く人が聞いたら、超ディープな話なんですけどね。

喜如嘉を12時ちょっと過ぎにおいとまして、ダッシュで前田食堂へ。

いつもの牛肉そばでランチ。



毎回載せてますが、これうまいんですよ。

食べたたらすぐに、今度はオオシッタイのやまあい工房へ。

キャメルさんは、藍染に深い興味を持たれていて、本日のメインイベントです。

上山さんは、キャメルさんにいろんな話をしてくれましたね。

そして、すこし工房見学。






上山さんはいつも丁寧に説明してくださって、ありがたいです。

もう一軒、中部の作家さんの所にいく予定だったのですが、不在で断念。

那覇に向かいました。

レンタカーを返して、みんなで向かったのは『栄町』

入ったのは『昭和茶屋』


なぜか料理は水餃子やちまきなどの台湾料理。

店内には懐かしい昭和歌謡が流れ、店の壁には昭和のスターや常連客の写真が貼られています。

一人のお客が三線をひいていましたが、常連が集まりだすと、その中の二人がギターで弾き語り。

もちろん、私もそれに合わせて歌う・・・

超盛り上がりました。





常連客とも話がはずみ、店内は一体に・・・

長らく通っている沖縄で、こんな楽しい夜は初めてでした。

そして、そそかさんのお父さんが経営されている民謡酒場へ。

本来は定休日だったのですが、特別に開けてもらいました。


久米島紬を造っている女性が、途中参加してくださってお話しをしていたのですが、

この女性は私の亡父をよく知っていて、展示会の実演にも来てくれた事があるとのこと。

縁はどこで繋がるかわかりませんね。

そして、私の友達の春うららさんも飛び入り参加。

糸満に住んでいるのですが、5月から那覇に越してくるということです。

久しぶりに会ったのですが、めちゃくちゃ盛り上がりました。

12時を過ぎて、私もさすがにグロッキー。

もうヘロヘロで、まぶたが落ちてきます。

頼むから帰らして、と懇願して、散会に。

久しぶりに沖縄の魅力を満喫した1日でした(^o^)


  
Posted by 渡辺幻門 at 18:41Comments(1)

2011年03月30日

沖縄訪問2日目

朝、8時にレンタカー屋で待ち合わせ。

参加者は、そそかさん、さるはるさーさん、キャメルさんの三人。

キャメルさんは初参加です。

喜如嘉を目指して、北上。約2時間の道のりです。

10時前に喜如嘉の芭蕉布工房に到着。

いきなりの話は、前述の通りです。

平良美恵子さんにいろんなお願いをして、ちょびっと仕入れ。

今回もいいのが入りました。

美恵子さんとは、熱い熱いお話しでしたが、他の三人はちんぷんかんぷんだったようです。

聞く人が聞いたら、超ディープな話なんですけどね。

喜如嘉を12時ちょっと過ぎにおいとまして、ダッシュで前田食堂へ。

いつもの牛肉そばでランチ。



毎回載せてますが、これうまいんですよ。

食べたたらすぐに、今度はオオシッタイのやまあい工房へ。

キャメルさんは、藍染に深い興味を持たれていて、本日のメインイベントです。

上山さんは、キャメルさんにいろんな話をしてくれましたね。

そして、すこし工房見学。






上山さんはいつも丁寧に説明してくださって、ありがたいです。

もう一軒、中部の作家さんの所にいく予定だったのですが、不在で断念。

那覇に向かいました。

レンタカーを返して、みんなで向かったのは『栄町』

入ったのは『昭和茶屋』


なぜか料理は水餃子やちまきなどの台湾料理。

店内には懐かしい昭和歌謡が流れ、店の壁には昭和のスターや常連客の写真が貼られています。

一人のお客が三線をひいていましたが、常連が集まりだすと、その中の二人がギターで弾き語り。

もちろん、私もそれに合わせて歌う・・・

超盛り上がりました。





常連客とも話がはずみ、店内は一体に・・・

長らく通っている沖縄で、こんな楽しい夜は初めてでした。

そして、そそかさんのお父さんが経営されている民謡酒場へ。

本来は定休日だったのですが、特別に開けてもらいました。


久米島紬を造っている女性が、途中参加してくださってお話しをしていたのですが、

この女性は私の亡父をよく知っていて、展示会の実演にも来てくれた事があるとのこと。

縁はどこで繋がるかわかりませんね。

そして、私の友達の春うららさんも飛び入り参加。

糸満に住んでいるのですが、5月から那覇に越してくるということです。

久しぶりに会ったのですが、めちゃくちゃ盛り上がりました。

12時を過ぎて、私もさすがにグロッキー。

もうヘロヘロで、まぶたが落ちてきます。

頼むから帰らして、と懇願して、散会に。

久しぶりに沖縄の魅力を満喫した1日でした(^o^)


  
Posted by 渡辺幻門 at 18:41Comments(1)

2011年03月30日

沖縄訪問1日目

午後1時過ぎに沖縄・那覇空港に着きました。

まずは、琉風でソーキそば定食。

モノレールで美栄橋まで行って、レンタカー屋へ。

ここでアイジャーさんと待ち合わせ。

浦添体育館で行われている沖展を見に行きました。

染・織の会場へダッシュ。

感想は・・・

MNさんの作品がダントツで、あとはフーンていう感じでしたね。

あと、S先生の作品はさすがでした。

染は・・・イヤな感じ。

詳細はまた別で書きますね。


アイジャーさんをモノレールの駅まで送って、私もレンタカーを返してホテルに入りました。

5時過ぎに首里の組合で研修を終えたTさんとTさんの同期の女性とホテルロビーで面談。

2時間以上、あれこれ話していましたね。

話していたというか、9割以上は私の演説でしたが(^_^;)

朋さんは私のブログを読んで、会いに来てくれたのですが、若い作家さんが読んでくれているのはとても嬉しいですね。

作家さんはもちろん良い物を造ればそれでいいのですが、流通が乱れてくると作家さんがそれに惑わされずに、確固たる目標をもって創作を続ける事が必要になってきます。それは気持ちだけでなく、論理が必要だ、というのが私の立場です。

とくに沖縄は市場から遠く離れていて情報が全く無いので、作家の自立が難しい。どう流通とつきあっていくか、というのがとても大切です。

もっともっと、読者が増えるように面白い記事を書こうと思いますね。

7時すぎにかいゆうていに行ったのですが、やっぱり誰も来ていませんでした。

翌日が早いからしょうがないですね。

でも、7時をすぎると料理の半額もなくなるし、一人で食べるかいゆうていの料理は我慢の限界を超えてまずいし、アグーの塩焼きとしまらっきょうの天ぷらを食べて、サッサと出ました。

  
Posted by 渡辺幻門 at 18:17Comments(0)

2011年03月30日

沖縄訪問1日目

午後1時過ぎに沖縄・那覇空港に着きました。

まずは、琉風でソーキそば定食。

モノレールで美栄橋まで行って、レンタカー屋へ。

ここでアイジャーさんと待ち合わせ。

浦添体育館で行われている沖展を見に行きました。

染・織の会場へダッシュ。

感想は・・・

MNさんの作品がダントツで、あとはフーンていう感じでしたね。

あと、S先生の作品はさすがでした。

染は・・・イヤな感じ。

詳細はまた別で書きますね。


アイジャーさんをモノレールの駅まで送って、私もレンタカーを返してホテルに入りました。

5時過ぎに首里の組合で研修を終えたTさんとTさんの同期の女性とホテルロビーで面談。

2時間以上、あれこれ話していましたね。

話していたというか、9割以上は私の演説でしたが(^_^;)

朋さんは私のブログを読んで、会いに来てくれたのですが、若い作家さんが読んでくれているのはとても嬉しいですね。

作家さんはもちろん良い物を造ればそれでいいのですが、流通が乱れてくると作家さんがそれに惑わされずに、確固たる目標をもって創作を続ける事が必要になってきます。それは気持ちだけでなく、論理が必要だ、というのが私の立場です。

とくに沖縄は市場から遠く離れていて情報が全く無いので、作家の自立が難しい。どう流通とつきあっていくか、というのがとても大切です。

もっともっと、読者が増えるように面白い記事を書こうと思いますね。

7時すぎにかいゆうていに行ったのですが、やっぱり誰も来ていませんでした。

翌日が早いからしょうがないですね。

でも、7時をすぎると料理の半額もなくなるし、一人で食べるかいゆうていの料理は我慢の限界を超えてまずいし、アグーの塩焼きとしまらっきょうの天ぷらを食べて、サッサと出ました。

  
Posted by 渡辺幻門 at 18:17Comments(0)

2011年03月30日

またも劣化コピー品

昨日、喜如嘉の芭蕉布工房へ行ってきました。

平良美恵子さんとお話ししたのですが、座るやいなや写真を出されました。

これです。




前に紅型証紙問題で私が糾弾した業者が中国で織らせた物だそうです。

同じ図案は『平良敏子の芭蕉布』という本に載っています。

工房で撮らせてもらった画像です。



この中国製の絣帯は喜如嘉の芭蕉布とは書かれていません。
でも、これを見られた方はどう思いますか?

この業者は前に芭蕉布でも証紙偽造の嫌疑がかかったのですが、
平良さんの温情で取引を続けていたのです。

それなのに、と非常に憤慨されています。

私はこの写真を見たときに、やった業者の名前を一発で当てましたし、

証紙を貼り替えて、あるいは、仕立てあがり品としてリサイクル市場で売られる可能性が非常に高いと思いました。

中国産の苧麻で中国で織ったのなら、原価は想像できます。

この業者は、自分の手から離れたら、それがどういう売られ方をしようが私は知らないと、自分があたかも被害者の

ような物言いをしている様ですが、そんな話が通るでしょうか。

少なくとも、沖縄に深く関わり、沖縄を愛している業者ならこんなことは出来ません。

喜如嘉の芭蕉布工房では、この業者との取引を一切停止するそうです。

では、消費者の方々はどうやって見分ければいいのか。

まずは、証紙です。そしてそれに伴う割り印。


あとは、糸のつなぎ目。芭蕉糸は機結びといって団子結びでつながれていくため、布の表面に無数に小さい結び目が出ます。

苧麻の場合は、ねじるだけなので、結び目は出ません。ここが大きな違いです。

喜如嘉の芭蕉布組合としては、この業者を公に糾弾しているのだそうですが、他産地は取引量を護りたいという事で、

決断を先送りにするのだそうです。

このような業者、このような商品がのさばる限り、この業界は決して良くなりませんし、伝統染織の灯は消えてしまいます。

あとこれも平良さんから提示されました。これは現品です。

芭蕉布そっくりですが、私が見れた一目瞭然、違うと解ります。
でも、素人にはなかなか見抜けないと思います。
まず、色が違う。平良さんが出してきたので、すごくよく染まっている本物だと思いましたが、
やはり違いました。


花芭蕉織と書いてありますが、芭蕉の糸はタダの一本も使われていません。

芭蕉布というのは、糸芭蕉から採られた繊維で作った布の事を言うのです。

この様な物を造らせる業者、そして知っていながらそのままにしている業者も同罪です。

すくなくとも、沖縄の染織を愛しているなら、決して許されない行為です。

業界の粛正は消費者の方々が安心してお求め頂くための最低条件です。

そして、それが、作り手の仕事を営々と続けられる事に繋がるのです。

上に挙げた商品が商品の内容にふさわしい価格で買えるなら、それはそれでよいではないかという意見もあるかと思います。

しかし、その積み重ねが悪貨が良貨を駆逐することとなり、結局本物が消えていったという歴史となってきたのです。

膨大な手間をかけて造られる芭蕉布は、本来ならもう消えてしまっている原始布です。

それを、なんとか平良さんを初めとする喜如嘉の人達で護っている。

その足を引っ張るような行為を、沖縄に深く関わっている業者が行っている事を私は絶対に許せない。

そして、それに荷担する業者も許せない。

消費者のみなさんは、どうぞ、注意なさってください。

業界の方々は、こういう商品を見られたら、どうぞ産地の末永い繁栄を想い、良心に照らして適切な判断をなさってください。

お願い致します。
  
Posted by 渡辺幻門 at 09:00Comments(2)

2011年03月30日

またも劣化コピー品

昨日、喜如嘉の芭蕉布工房へ行ってきました。

平良美恵子さんとお話ししたのですが、座るやいなや写真を出されました。

これです。




前に紅型証紙問題で私が糾弾した業者が中国で織らせた物だそうです。

同じ図案は『平良敏子の芭蕉布』という本に載っています。

工房で撮らせてもらった画像です。



この中国製の絣帯は喜如嘉の芭蕉布とは書かれていません。
でも、これを見られた方はどう思いますか?

この業者は前に芭蕉布でも証紙偽造の嫌疑がかかったのですが、
平良さんの温情で取引を続けていたのです。

それなのに、と非常に憤慨されています。

私はこの写真を見たときに、やった業者の名前を一発で当てましたし、

証紙を貼り替えて、あるいは、仕立てあがり品としてリサイクル市場で売られる可能性が非常に高いと思いました。

中国産の苧麻で中国で織ったのなら、原価は想像できます。

この業者は、自分の手から離れたら、それがどういう売られ方をしようが私は知らないと、自分があたかも被害者の

ような物言いをしている様ですが、そんな話が通るでしょうか。

少なくとも、沖縄に深く関わり、沖縄を愛している業者ならこんなことは出来ません。

喜如嘉の芭蕉布工房では、この業者との取引を一切停止するそうです。

では、消費者の方々はどうやって見分ければいいのか。

まずは、証紙です。そしてそれに伴う割り印。


あとは、糸のつなぎ目。芭蕉糸は機結びといって団子結びでつながれていくため、布の表面に無数に小さい結び目が出ます。

苧麻の場合は、ねじるだけなので、結び目は出ません。ここが大きな違いです。

喜如嘉の芭蕉布組合としては、この業者を公に糾弾しているのだそうですが、他産地は取引量を護りたいという事で、

決断を先送りにするのだそうです。

このような業者、このような商品がのさばる限り、この業界は決して良くなりませんし、伝統染織の灯は消えてしまいます。

あとこれも平良さんから提示されました。これは現品です。

芭蕉布そっくりですが、私が見れた一目瞭然、違うと解ります。
でも、素人にはなかなか見抜けないと思います。
まず、色が違う。平良さんが出してきたので、すごくよく染まっている本物だと思いましたが、
やはり違いました。


花芭蕉織と書いてありますが、芭蕉の糸はタダの一本も使われていません。

芭蕉布というのは、糸芭蕉から採られた繊維で作った布の事を言うのです。

この様な物を造らせる業者、そして知っていながらそのままにしている業者も同罪です。

すくなくとも、沖縄の染織を愛しているなら、決して許されない行為です。

業界の粛正は消費者の方々が安心してお求め頂くための最低条件です。

そして、それが、作り手の仕事を営々と続けられる事に繋がるのです。

上に挙げた商品が商品の内容にふさわしい価格で買えるなら、それはそれでよいではないかという意見もあるかと思います。

しかし、その積み重ねが悪貨が良貨を駆逐することとなり、結局本物が消えていったという歴史となってきたのです。

膨大な手間をかけて造られる芭蕉布は、本来ならもう消えてしまっている原始布です。

それを、なんとか平良さんを初めとする喜如嘉の人達で護っている。

その足を引っ張るような行為を、沖縄に深く関わっている業者が行っている事を私は絶対に許せない。

そして、それに荷担する業者も許せない。

消費者のみなさんは、どうぞ、注意なさってください。

業界の方々は、こういう商品を見られたら、どうぞ産地の末永い繁栄を想い、良心に照らして適切な判断をなさってください。

お願い致します。
  
Posted by 渡辺幻門 at 09:00Comments(2)

2011年03月27日

明日から沖縄

4月1日までの予定です。

今回はじっくり本島を回ります。

市況が良くないので、仕入れは抑え気味かな。

今回は、作家さんに現状を伝えて元気づけること、そしてみんなの顔を見て、私も元気をもらいたいと想います。

そんな中でも、若い才能ある作家さんと出会えればと、密かに期待しています。

今の状況を考えると、市場動向は余談を許しません。

長期の低迷に陥ったとき、琉球染織を支えてくれるのは若い作家さんたちだと私は思います。

20年後、私が引退するころに、大きな花を咲かせてくれるような作家さんを育てたい、それが私の願いです。

できれば、沖縄染織のリーダーを育てたいのです。

私は染織家ではありませんから、染織の技術は教えられません。

でも、作家を取り巻く様々な環境にどう対応していけば良いのかは話すことが出来ます。

いつも笑顔で楽しく安心して仕事を続けられるような環境をつくってあげないといけません。

これからの永い作家生活ではいろんな誘惑や挫折を経験するでしょう。

どんなときでも困難に立ち向かい、誘惑や挫折に負けないで、魅力ある作品を淡々と作り続ける為には確固たる信念と自信が必要です。

私がやっているマーケティング勉強会もそのひとつですが、別にがむしゃらにそれを勉強しなくてもなんとなく心の隅に

残っていれば、いざというときのヒントになるだろうと想ってやっているのです。

私ももう商人生活が20年を越えました。折り返しです。

でも、沖縄の染織は未来永劫、営々と続いて行かなければならないのです。

私は、なにも沖縄の人たちに残してはあげられないけれど、

『大阪に昔、もずやという変なオッサンがいて、色々えらそうな事を言っていたさね』

そう言ってもらえればで十分です。

船を漕ぐのはみなさんです。

私は、頼りないですがみなさんを導く水先案内人になれればと想っています。

内地は暗いです。

沖縄のみなさんの元気な姿と笑顔が早くみたいです(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:32Comments(0)

2011年03月27日

明日から沖縄

4月1日までの予定です。

今回はじっくり本島を回ります。

市況が良くないので、仕入れは抑え気味かな。

今回は、作家さんに現状を伝えて元気づけること、そしてみんなの顔を見て、私も元気をもらいたいと想います。

そんな中でも、若い才能ある作家さんと出会えればと、密かに期待しています。

今の状況を考えると、市場動向は余談を許しません。

長期の低迷に陥ったとき、琉球染織を支えてくれるのは若い作家さんたちだと私は思います。

20年後、私が引退するころに、大きな花を咲かせてくれるような作家さんを育てたい、それが私の願いです。

できれば、沖縄染織のリーダーを育てたいのです。

私は染織家ではありませんから、染織の技術は教えられません。

でも、作家を取り巻く様々な環境にどう対応していけば良いのかは話すことが出来ます。

いつも笑顔で楽しく安心して仕事を続けられるような環境をつくってあげないといけません。

これからの永い作家生活ではいろんな誘惑や挫折を経験するでしょう。

どんなときでも困難に立ち向かい、誘惑や挫折に負けないで、魅力ある作品を淡々と作り続ける為には確固たる信念と自信が必要です。

私がやっているマーケティング勉強会もそのひとつですが、別にがむしゃらにそれを勉強しなくてもなんとなく心の隅に

残っていれば、いざというときのヒントになるだろうと想ってやっているのです。

私ももう商人生活が20年を越えました。折り返しです。

でも、沖縄の染織は未来永劫、営々と続いて行かなければならないのです。

私は、なにも沖縄の人たちに残してはあげられないけれど、

『大阪に昔、もずやという変なオッサンがいて、色々えらそうな事を言っていたさね』

そう言ってもらえればで十分です。

船を漕ぐのはみなさんです。

私は、頼りないですがみなさんを導く水先案内人になれればと想っています。

内地は暗いです。

沖縄のみなさんの元気な姿と笑顔が早くみたいです(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:32Comments(0)

2011年03月27日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第12回目>

3−3 メッセージの選択

今回も水曜日は沖縄に滞在しているので早めにアップしますね。

ここは、最重要ポイントです。
この間私が受けた『アートマネジメント』の核心はここにあります。


ここでは、コカ・コーラのはなしが書かれていますね。
非常にわかりやすいと想います。

○ 優れたプロモーションを行うには、考えられるさまざまなメッセージの中から、製品・サービスの販売を強力に促進するものを選択しなければならない。

そのためには以下の3つが必要だと書かれています。
? ターゲットとなる買い手に対する訴求力がある
? 競争相手が模倣することの困難な優位性が確立される
? マーケティング・ミックスの他の要素との整合性がとれている。


コカ・コーラのはなしを読んでいると、発信しているメッセージが味や効能ではないことに気づくと想います。コーラはおいしいとか、体によいとか、栄養があるとかはありません。

コカ・コーラが発信するのはコカ・コーラの提供する生活シーンや心の状態であることがわかるでしょう。


重要なことは、コラム3−4に書かれています。

メッセージの作成はコンセプト形成→表現制作の順をたどります。

マーケターが担当するのはこの『コンセプトの形成』です。

この染織マーケティングでは、マーケターとは染織家自身を指します。

メッセージの作成は通常はコピーライターや音楽家が行います。

染織の場合は、問屋や小売店かもしれませんね。

コンセプトが間違っていれば、有効なメッセージは絶対に作れないということです。

○ マーケティングの役割はメッセージのコンセプトを定めることで、さまざまな専門家との協同作業の効率性と創造性を高めることである。

=『コンセプト・ブリーフ』を作成すること
 コンセプトとその背景の明確かつ簡潔な記述


とても重要ですよ。

今の状況はどうですか。

物を作って、問屋や小売店に渡し、販売にかける。

問屋や小売店は、どんな情報を持って、どんな事を言って売っているのか、作り手は知らないし、知ろうともしない。

沖縄の染織はどういう風に紹介されてきたでしょうか。

40年前の沖縄復帰のとき、沖縄染織に対して問屋が掲げたコンセプトは『裸足の沖縄』だったのです。当時、沖縄ではまだ裸足で生活しているお年寄りがいらした。それを見た問屋が『沖縄はまだ裸足で生活している。貧しい沖縄だから手作りの物が安くできる』と言われていたのです。ですから、当時は、良い物をつくるよりも安い物を作る事が優先されました。八重山上布は経緯ラミーでしたし、南風原の絣もスリップするような代物が多かったのです。そんな中で、『琉球王朝の輝かしい歴史と文化』を掲げたのは唯一弊社だけだったんです。


首里織と琉球びんがた(以下紅型)を見てみましょう。
首里織と紅型は主に氏族によって作られ、着用するのも貴族・王族といった上流階級でした。沖縄は海洋国家として繁栄したとされていますが、それは同時に他国からの侵略に悩まされてきたという事でもあります。南洋の小国であった琉球がいかにその存在を保ってきたのか。それは卓越した文化力であったのです。その文化の象徴が首里織であり紅型なのです。紅型がなぜあれだけ華やかなのか。それは琉球王朝の威厳を表しているからなのです。

それがどう紹介されていると想いますか?オバアやオジイが作っている素朴な織物、染め物と紹介されているのです。

そこには民芸運動の影響も大きく影をおとしていると言わざるを得ません。首里の人はなぜ、首里の織物や紅型は決して民衆的工芸などではない、と反論しなかったのでしょうか。私が民芸運動を執拗に攻撃するのは、民芸の呪縛から沖縄を解放するためなのです。

沖縄染織を紹介するときに、歴史や文化の知識が必須であるのは、その光の部分を知っていないと、正しく有効なメッセージが形成できないからです。

なぜなら、沖縄の歴史や文化は『誰もまねの出来ない独自のものだから』です。

私が、内地の趣味にすり寄ったいじけた作品を嫌うのは、コンセプトが間違っているからです。

もちろん、現代の和装需要に見合った作品を作る努力はしなければなりません。しかし、その根本には『沖縄の歴史と文化に対する誇り』が無ければならないと私は思います。

宮古上布、八重山上布、久米島紬が紹介されるとき、人頭税の話がよくされます。私は、この種のお涙頂戴的な話をすることにずっと疑問を持ってきました。
どんな本を読んでも必ず書いてありますし、ビデオを見ても出てきます。人頭税石も映されてたりしています。

これって、これらの作品をアピールするために有効でしょうか。もちろん人頭税によって苦しめられたのは事実です。でも、だれに抗議をしているのか。それに同情したり贖罪意識をもって作品を購入する人など皆無です。それより、『イヤな話を聞いた』と購買意欲をそがれてしまう場合の方が多いのではないでしょうか。

私は最近『ミンサー全書』という本を読んで、人頭税に対するモヤモヤが吹っ飛びました。なぜ、あれだけ人頭税に苦しめられる事になったのか。誤解を受けるといけませんので、ここでは書きませんが、沖縄の女性のつよさと勤勉さをよく物語っている話だと想いました。

作品についてよい印象を持ってもらう。そのためにコンセプトを作るのです。

苦難の歴史など、聞きたくもない。
沖縄に行くと戦争の話をされるから、行きたくないというお客様もたくさんいらっしゃるのです。

しかし、沖縄というところは、何度も言うように素晴らしい歴史と文化を持っています。そして、風土や県民性も非常に魅力的です。

それら、歴史・文化・風土・県民性から染織は生まれるのです。

伝統工芸のコンセプトはすべからく、ここから生まれるのです。

ですから、沖縄を愛していない人に、沖縄の染織が扱える訳がないのです。

沖縄の染織に携わる人、また、それ以外の地域でその地方の伝統工芸に携わる人は、ご当地の歴史、文化、風土を深く知り、研究すべきです。

宮古上布、八重山上布、久米島紬、芭蕉布・・・

これらを野良着と馬鹿にする人がいます。

とんでもない話です。

首里王府にはデザインルームがあり、その中でデザイナーがデザインを決めて、織らせていたのです。それが各離島にも波及した。そのデザイン本が『御絵図帳』です。

そのデザイナーが決めたデザインで作られた染織品たちは、貢納布として、王族・貴族が着用したり、島津藩への上納品、あるいは輸出品とされていたのです。

この、どこが野良着ですか?

作り手はその事を、問屋などの流通業者にきちんと理解させねばなりませんし、自らの作品に誇りを持たねばなりません。


その『想い』こそがコンセプトの源であり、それが波及して、作品づくり、流通業者の扱い方、消費者の見る目が変わっていくのです。

価値があるのは物である作品ではありません。

作品にこめられた『想い』です。

その『想い』こそがコンセプトであり、

『想い』は形がないから無限に広がるのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:41Comments(0)染織マーケティング

2011年03月27日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第12回目>

3−3 メッセージの選択

今回も水曜日は沖縄に滞在しているので早めにアップしますね。

ここは、最重要ポイントです。
この間私が受けた『アートマネジメント』の核心はここにあります。


ここでは、コカ・コーラのはなしが書かれていますね。
非常にわかりやすいと想います。

○ 優れたプロモーションを行うには、考えられるさまざまなメッセージの中から、製品・サービスの販売を強力に促進するものを選択しなければならない。

そのためには以下の3つが必要だと書かれています。
? ターゲットとなる買い手に対する訴求力がある
? 競争相手が模倣することの困難な優位性が確立される
? マーケティング・ミックスの他の要素との整合性がとれている。


コカ・コーラのはなしを読んでいると、発信しているメッセージが味や効能ではないことに気づくと想います。コーラはおいしいとか、体によいとか、栄養があるとかはありません。

コカ・コーラが発信するのはコカ・コーラの提供する生活シーンや心の状態であることがわかるでしょう。


重要なことは、コラム3−4に書かれています。

メッセージの作成はコンセプト形成→表現制作の順をたどります。

マーケターが担当するのはこの『コンセプトの形成』です。

この染織マーケティングでは、マーケターとは染織家自身を指します。

メッセージの作成は通常はコピーライターや音楽家が行います。

染織の場合は、問屋や小売店かもしれませんね。

コンセプトが間違っていれば、有効なメッセージは絶対に作れないということです。

○ マーケティングの役割はメッセージのコンセプトを定めることで、さまざまな専門家との協同作業の効率性と創造性を高めることである。

=『コンセプト・ブリーフ』を作成すること
 コンセプトとその背景の明確かつ簡潔な記述


とても重要ですよ。

今の状況はどうですか。

物を作って、問屋や小売店に渡し、販売にかける。

問屋や小売店は、どんな情報を持って、どんな事を言って売っているのか、作り手は知らないし、知ろうともしない。

沖縄の染織はどういう風に紹介されてきたでしょうか。

40年前の沖縄復帰のとき、沖縄染織に対して問屋が掲げたコンセプトは『裸足の沖縄』だったのです。当時、沖縄ではまだ裸足で生活しているお年寄りがいらした。それを見た問屋が『沖縄はまだ裸足で生活している。貧しい沖縄だから手作りの物が安くできる』と言われていたのです。ですから、当時は、良い物をつくるよりも安い物を作る事が優先されました。八重山上布は経緯ラミーでしたし、南風原の絣もスリップするような代物が多かったのです。そんな中で、『琉球王朝の輝かしい歴史と文化』を掲げたのは唯一弊社だけだったんです。


首里織と琉球びんがた(以下紅型)を見てみましょう。
首里織と紅型は主に氏族によって作られ、着用するのも貴族・王族といった上流階級でした。沖縄は海洋国家として繁栄したとされていますが、それは同時に他国からの侵略に悩まされてきたという事でもあります。南洋の小国であった琉球がいかにその存在を保ってきたのか。それは卓越した文化力であったのです。その文化の象徴が首里織であり紅型なのです。紅型がなぜあれだけ華やかなのか。それは琉球王朝の威厳を表しているからなのです。

それがどう紹介されていると想いますか?オバアやオジイが作っている素朴な織物、染め物と紹介されているのです。

そこには民芸運動の影響も大きく影をおとしていると言わざるを得ません。首里の人はなぜ、首里の織物や紅型は決して民衆的工芸などではない、と反論しなかったのでしょうか。私が民芸運動を執拗に攻撃するのは、民芸の呪縛から沖縄を解放するためなのです。

沖縄染織を紹介するときに、歴史や文化の知識が必須であるのは、その光の部分を知っていないと、正しく有効なメッセージが形成できないからです。

なぜなら、沖縄の歴史や文化は『誰もまねの出来ない独自のものだから』です。

私が、内地の趣味にすり寄ったいじけた作品を嫌うのは、コンセプトが間違っているからです。

もちろん、現代の和装需要に見合った作品を作る努力はしなければなりません。しかし、その根本には『沖縄の歴史と文化に対する誇り』が無ければならないと私は思います。

宮古上布、八重山上布、久米島紬が紹介されるとき、人頭税の話がよくされます。私は、この種のお涙頂戴的な話をすることにずっと疑問を持ってきました。
どんな本を読んでも必ず書いてありますし、ビデオを見ても出てきます。人頭税石も映されてたりしています。

これって、これらの作品をアピールするために有効でしょうか。もちろん人頭税によって苦しめられたのは事実です。でも、だれに抗議をしているのか。それに同情したり贖罪意識をもって作品を購入する人など皆無です。それより、『イヤな話を聞いた』と購買意欲をそがれてしまう場合の方が多いのではないでしょうか。

私は最近『ミンサー全書』という本を読んで、人頭税に対するモヤモヤが吹っ飛びました。なぜ、あれだけ人頭税に苦しめられる事になったのか。誤解を受けるといけませんので、ここでは書きませんが、沖縄の女性のつよさと勤勉さをよく物語っている話だと想いました。

作品についてよい印象を持ってもらう。そのためにコンセプトを作るのです。

苦難の歴史など、聞きたくもない。
沖縄に行くと戦争の話をされるから、行きたくないというお客様もたくさんいらっしゃるのです。

しかし、沖縄というところは、何度も言うように素晴らしい歴史と文化を持っています。そして、風土や県民性も非常に魅力的です。

それら、歴史・文化・風土・県民性から染織は生まれるのです。

伝統工芸のコンセプトはすべからく、ここから生まれるのです。

ですから、沖縄を愛していない人に、沖縄の染織が扱える訳がないのです。

沖縄の染織に携わる人、また、それ以外の地域でその地方の伝統工芸に携わる人は、ご当地の歴史、文化、風土を深く知り、研究すべきです。

宮古上布、八重山上布、久米島紬、芭蕉布・・・

これらを野良着と馬鹿にする人がいます。

とんでもない話です。

首里王府にはデザインルームがあり、その中でデザイナーがデザインを決めて、織らせていたのです。それが各離島にも波及した。そのデザイン本が『御絵図帳』です。

そのデザイナーが決めたデザインで作られた染織品たちは、貢納布として、王族・貴族が着用したり、島津藩への上納品、あるいは輸出品とされていたのです。

この、どこが野良着ですか?

作り手はその事を、問屋などの流通業者にきちんと理解させねばなりませんし、自らの作品に誇りを持たねばなりません。


その『想い』こそがコンセプトの源であり、それが波及して、作品づくり、流通業者の扱い方、消費者の見る目が変わっていくのです。

価値があるのは物である作品ではありません。

作品にこめられた『想い』です。

その『想い』こそがコンセプトであり、

『想い』は形がないから無限に広がるのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:41Comments(0)

2011年03月27日

魂鎮(たましずめ) 能『忠度』

昨日、大槻能楽堂で行われました。

能楽は鎮魂の為に行われた歴史があるそうです。

ちょうど、破れた平氏の魂鎮めのために行われた能の一つ、『忠度』が演目でした。

http://www.youtube.com/watch?v=DGXPPDhhPOM


2時間以上の演技の後、地方によって犠牲者の冥福を祈るための『砧の一節』が行われました。



法華讀誦の力にて

法華讀誦の力にて

幽霊正に成佛の

道明らかになりにけり

これも思へば假初に

檮ちし砧の聲の中

開くる法乃花心

菩提の種となりにけり

菩提の種となりにけり


さすがに大勢詰めかけた観客も良く知っていて拍手は無しでした。

能楽は素晴らしいですね。

あらためて、犠牲者のご冥福をお祈りいたします。
  
Posted by 渡辺幻門 at 08:58Comments(0)

2011年03月27日

魂鎮(たましずめ) 能『忠度』

昨日、大槻能楽堂で行われました。

能楽は鎮魂の為に行われた歴史があるそうです。

ちょうど、破れた平氏の魂鎮めのために行われた能の一つ、『忠度』が演目でした。

http://www.youtube.com/watch?v=DGXPPDhhPOM


2時間以上の演技の後、地方によって犠牲者の冥福を祈るための『砧の一節』が行われました。



法華讀誦の力にて

法華讀誦の力にて

幽霊正に成佛の

道明らかになりにけり

これも思へば假初に

檮ちし砧の聲の中

開くる法乃花心

菩提の種となりにけり

菩提の種となりにけり


さすがに大勢詰めかけた観客も良く知っていて拍手は無しでした。

能楽は素晴らしいですね。

あらためて、犠牲者のご冥福をお祈りいたします。
  
Posted by 渡辺幻門 at 08:58Comments(0)

2011年03月25日

きちんと議論しないといけないと想う。

原発が津波でやられました。

今日のチャンネル桜の放送で水島さんがクライン孝子さんと電話会談していたんですが、水島さんは、原発推進主義者。クライン孝子さんは見直すべきという意見。水島さんはちょっと激しくクラインさんに反論していましたね。



水島さんは、『一年に一万人以上の人が交通事故でなくなる。だからと言って自動車を廃止しようとはならないわけで、原発もそれと同じ。経済発展をあきらめて原発を廃止すると言うことは事実上不可能だ』というわけです。

クラインさんは、あまり論理的な反論は出来なかったように感じました。

私は保守系の思想ですが、原発の事はよくわかりませんでしたので、反対でも賛成でもありませんでした。一般的に保守系は原発推進論者が多いようですね。私はそうでもありません。

だって、やっぱり怖いもん。

でも、経済の発展も必要だとも想う。

だから態度が決められないでいたんですね。

私は、東京や大阪などの大都市圏の人が自分たちが不自由になるからと言って、原発は必要だ、無ければ経済が落ち込む、と言うのには違和感を覚えます。

自分たちが逆の立場に立てばどう思うのか。

懐かしい故郷に原発を建設されて、故郷を汚されて、生命の危険にまでさらされるとしたら。それが自分たちの為ではなく、他府県の人のためだとしたら。

そんなの公共の福祉、最大多数の最大幸福の為には仕方ない、で済まされるのでしょうか。

今の経済を維持・発展させようと想えば、原発は必要かも知れませんね。

原発は安全に運転されれば、それこそクリーンエネルギーなんでしょう。

でも、世界最高水準の技術を持つ日本の原発も自然の威力の前にはもろくも崩れ去ったのです。原子炉は大丈夫だった、なんていうのは議論のすり替えだと想いますね。拳銃が暴発したのは拳銃が悪いのではなくて、弾が悪かったからだ、というのと同じです。誰かが傷ついたのは事実です。

私は未だに原発に対する態度を完全には決めかねています。

しかし、原発が必ずしも安全でないとしたら、それを他府県に押しつけて、自分たちだけが安全と経済繁栄を謳歌しているというのは筋の通らない話だと想います。

水島さんは、自動車事故を例に挙げましたが、自動車の場合は被害者と共に、運転する人も事故を起こすリスクを背負っているわけです。それを承知の上で運転しているし、事故を起こせば罰せられたり、自分も命を落とすわけです。でも、原発の場合は違う。受益者とリスク負担者が別なのです。

最近、上関の原発建設が話題になっていましたが、これも別に上関周辺の人たちは大してメリットがないはずです。反対運動をしている人の口に札束がねじ込まれる位なのではないでしょうか。でも、今回の事故で、その程度のことでは住民は納得しないでしょう。

原発建設推進政策がどういう構造で進んでいるのかはわかりませんが、それが国の繁栄のために是非とも必要で、地元住民にリスク負担をお願いせねばならないとしたら、やっぱりそれなりの代償と正直な情報公開が必要だと想います。今回の場合を参考にすると、原発から半径50キロの人にはそういう対応が必要じゃないでしょうか。

その条件をテーブルにのせて、受け入れるかどうかを国と住民とで話し合わねばならないと想うし、住民の意見を超えて国策を通さねばならないとしたら、さらに上積みも必要じゃないでしょうか。

私は、基本的に受益者負担が原則だと想うし、絶対安全だと国が言い張るのであれば、東京や大阪に原発を作れば良いと想う。

でも、やっぱり私は怖いです。

だから、原発に賛成できないです。

でも、もしかしたら、衰退している地方には原発を誘致したいというところがあるかも知れません。

そういう所には地域の産業として原発を建設すれば良いと想います。

なぜ、東電の発電所が福島にあるのでしょうか。

東北電力が作って東電に売れば良いんじゃないんですか?

もし、大阪に原発を作られて、その電気が岡山で使われるとしたら、それは怒りますよ。怒らないのがおかしい。

大阪の電気も発電を他府県に頼っています。
よく黙って我慢してくれているよな、と想います。

でも、私たちは当たり前のように毎日電気を使い、便利で快適な生活をさせてもらっているのです。

なんかやっぱり、気づづないですよ。

私は私の意見が正しいとは想いません。

あまりにも知識が無いからです。

国民に知識がないから、流言飛語や風評被害が生まれるのです。

沖縄の米軍基地と同じですね。

事実を知れば在沖米軍が今の日本の体制では必要であることが解るし、その負担をお願いしている沖縄にはそれなりの代償が払われてしかるべきです。

いくらお金をもらっても米軍基地はイヤだ!と沖縄の人が言うなら、それは他の方法をまずは考えてみるべきなのです。

本当に代替案はないのか?

他の発電方法では経済発展を維持できないのか?

原発に関しては、いろんな事を総合的に、国民的問題として議論すべきだろうと想います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:45Comments(1)

2011年03月25日

きちんと議論しないといけないと想う。

原発が津波でやられました。

今日のチャンネル桜の放送で水島さんがクライン孝子さんと電話会談していたんですが、水島さんは、原発推進主義者。クライン孝子さんは見直すべきという意見。水島さんはちょっと激しくクラインさんに反論していましたね。



水島さんは、『一年に一万人以上の人が交通事故でなくなる。だからと言って自動車を廃止しようとはならないわけで、原発もそれと同じ。経済発展をあきらめて原発を廃止すると言うことは事実上不可能だ』というわけです。

クラインさんは、あまり論理的な反論は出来なかったように感じました。

私は保守系の思想ですが、原発の事はよくわかりませんでしたので、反対でも賛成でもありませんでした。一般的に保守系は原発推進論者が多いようですね。私はそうでもありません。

だって、やっぱり怖いもん。

でも、経済の発展も必要だとも想う。

だから態度が決められないでいたんですね。

私は、東京や大阪などの大都市圏の人が自分たちが不自由になるからと言って、原発は必要だ、無ければ経済が落ち込む、と言うのには違和感を覚えます。

自分たちが逆の立場に立てばどう思うのか。

懐かしい故郷に原発を建設されて、故郷を汚されて、生命の危険にまでさらされるとしたら。それが自分たちの為ではなく、他府県の人のためだとしたら。

そんなの公共の福祉、最大多数の最大幸福の為には仕方ない、で済まされるのでしょうか。

今の経済を維持・発展させようと想えば、原発は必要かも知れませんね。

原発は安全に運転されれば、それこそクリーンエネルギーなんでしょう。

でも、世界最高水準の技術を持つ日本の原発も自然の威力の前にはもろくも崩れ去ったのです。原子炉は大丈夫だった、なんていうのは議論のすり替えだと想いますね。拳銃が暴発したのは拳銃が悪いのではなくて、弾が悪かったからだ、というのと同じです。誰かが傷ついたのは事実です。

私は未だに原発に対する態度を完全には決めかねています。

しかし、原発が必ずしも安全でないとしたら、それを他府県に押しつけて、自分たちだけが安全と経済繁栄を謳歌しているというのは筋の通らない話だと想います。

水島さんは、自動車事故を例に挙げましたが、自動車の場合は被害者と共に、運転する人も事故を起こすリスクを背負っているわけです。それを承知の上で運転しているし、事故を起こせば罰せられたり、自分も命を落とすわけです。でも、原発の場合は違う。受益者とリスク負担者が別なのです。

最近、上関の原発建設が話題になっていましたが、これも別に上関周辺の人たちは大してメリットがないはずです。反対運動をしている人の口に札束がねじ込まれる位なのではないでしょうか。でも、今回の事故で、その程度のことでは住民は納得しないでしょう。

原発建設推進政策がどういう構造で進んでいるのかはわかりませんが、それが国の繁栄のために是非とも必要で、地元住民にリスク負担をお願いせねばならないとしたら、やっぱりそれなりの代償と正直な情報公開が必要だと想います。今回の場合を参考にすると、原発から半径50キロの人にはそういう対応が必要じゃないでしょうか。

その条件をテーブルにのせて、受け入れるかどうかを国と住民とで話し合わねばならないと想うし、住民の意見を超えて国策を通さねばならないとしたら、さらに上積みも必要じゃないでしょうか。

私は、基本的に受益者負担が原則だと想うし、絶対安全だと国が言い張るのであれば、東京や大阪に原発を作れば良いと想う。

でも、やっぱり私は怖いです。

だから、原発に賛成できないです。

でも、もしかしたら、衰退している地方には原発を誘致したいというところがあるかも知れません。

そういう所には地域の産業として原発を建設すれば良いと想います。

なぜ、東電の発電所が福島にあるのでしょうか。

東北電力が作って東電に売れば良いんじゃないんですか?

もし、大阪に原発を作られて、その電気が岡山で使われるとしたら、それは怒りますよ。怒らないのがおかしい。

大阪の電気も発電を他府県に頼っています。
よく黙って我慢してくれているよな、と想います。

でも、私たちは当たり前のように毎日電気を使い、便利で快適な生活をさせてもらっているのです。

なんかやっぱり、気づづないですよ。

私は私の意見が正しいとは想いません。

あまりにも知識が無いからです。

国民に知識がないから、流言飛語や風評被害が生まれるのです。

沖縄の米軍基地と同じですね。

事実を知れば在沖米軍が今の日本の体制では必要であることが解るし、その負担をお願いしている沖縄にはそれなりの代償が払われてしかるべきです。

いくらお金をもらっても米軍基地はイヤだ!と沖縄の人が言うなら、それは他の方法をまずは考えてみるべきなのです。

本当に代替案はないのか?

他の発電方法では経済発展を維持できないのか?

原発に関しては、いろんな事を総合的に、国民的問題として議論すべきだろうと想います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:45Comments(1)