2011年03月09日
大学受験の想い出
あちこちから朗報やら、涙を呑んだ話が聞こえてくる時期になりました。
私は、この時期になると、少しブルーになります。
大学受験というと、受かった事よりも落ちた事を思い出すからです。
現役の時、楽勝と思っていた私立に蹴られ、第一志望の国立にも門を閉ざされてしまいました。
国立大学の合格発表を見に行った後、バンザイの声を聞きながらトボトボと大阪に帰った事は今でも忘れられません。
浪人が決まって、親に報告したとき、本当に顔が向けられませんでした。
まさか自分が浪人するなんて思っていませんでしたから。
浪人時代もブクブク太っただけで、成績は上がらず、夏過ぎ位からもうヘロヘロになっていたように記憶しています。
体重は110キロを超え、膝も腰も痛くて、頭も回らず、最悪の状況でしたね。
1月に共通一次、いまのセンター試験があったのですが、それもあり得ない失敗。
二次試験での一発逆転を狙って、志望校変えをしようと思ったのですが、親の反対に遭いました。
なぜ、父があんなにムキなって起こったのか、いまでも正確には分かりません。
たぶん、あの大学に行ったら、商売を継がないだろうと思ったんでしょうね。
まぁ、継いでいないでしょうが・・・
それで、私立の試験が始まります。
結果的には、落ちた方が多いですね (^_^;)
私は歴史がとことん苦手だったので、社会科で政治経済が選択できないところはほぼ全敗でした。
高校の時に習っていた英語塾の先生が『これからは絶対世界史を勉強せなあかん。英語なんてどうでもええ』というのを信じて世界史と政治経済を選択したのですが、これが足を引っ張りました。カタカナが覚えられないのです。英単語は覚えられるのにカタカナが覚えられない。
英語、国語、政治経済は超得意。数学、理科もまぁまぁ。でも世界史が全然ダメでした。
いまとなっては世界史を選択して置いて良かったと思いますが、受験では失敗でした。
私立は東京の大学しか受けませんでした。
なぜかというと、父がそれ以外、もっと言えば慶應か早稲田しか承知しなかったのです。
父は早稲田大学の政治経済学部を目指して勉強していた矢先に、祖父が倒れ、大学進学を断念した経緯がありました。
精神的には本当に厳しかったのですが、なんとか、私立の第一志望の慶應義塾大学経済学部に合格。
あと他もいくつか通りました。
合格したら、喜んで、参考書や問題集をタタキ捨てたのを覚えています。
共通一次の5教科7科目はほんとうにきつかった。
あれの後遺症で、『大学に入ったら、嫌な勉強は一切しない!』と心に誓ったのですから。
慶應に入ったら、先輩は可愛がってくれるわ、大学野球の応援にはまってしまうわ、で受験のつらさなんて
吹っ飛んでしまいました。
クラスやサークルの友達にはやっぱり東大コンプレックスを持っていた人も多くいましたが、私はそんなの無かったですね。私の親友は東大を目指して三浪して、慶應に入って来た猛者でした。
慶應の経済というと、ほとんどが東大か一橋崩れなんですよね。
私は後者ですが、一橋崩れの人はコンプレックスなんか無かったように想います。
というか、行かなくて良かった (^o^)
なんで一橋を目指したのかというと、東大という柄じゃないし、商売人になるんだから東大じゃないだろう、
くらいの簡単な理由でした。
京大や阪大も興味なかったですね。
でも、結果として慶應に入った事は大成功でした。
大学受験は受かることも大切ですけど、もっと大切なのは、大学生活でどんな友を持つかだと思いますよ。
私は、おかげさまで、大学を卒業してからもずっとつきあえて、さらに輪の広がる友を持っています。
これは慶應に入ったおかげです。
ヨタヨタしながら、やっと入れてもらった大学でも、友は平等に目の前に現れます。
多くの同級生、先輩、後輩。
大学生活というのは、腹を割って利害関係なく話し合える友が持てる最後の場です。
志望校に入れた人も、入れなかった人も、そんなことは人生に於いて大した事じゃない。
大切な事は、友を持つこと、一生打ち込めるものを見つけることです。
大学に行けば、すごいヤツが居ます。
自分がオタクだと思っていても、さらなる上のオタクがいる。
高校よりさらに大きな所に行って、自分の存在というものを確認してみることです。
私は、勉強はダメだったけど、歌と酒では誰にも負けなかった。
経済学は肌に合わなかったけど、マーケティングは打ち込める学問でした。
野球は二度優勝したし、ラグビーも日本一になった。
最高の学生生活でしたね。
いまの学生さんは就職難でほんとうにお気の毒ですが、できれば目先のことに囚われないで、
学生時代を謳歌してほしいものです。
今年ダメだった人は、しょげていないで、あらたな希望をもってもう一年頑張りましょう。
浪人生活は決して無駄にはなりませんよ。
もうはるか29年前。
一喜一憂したこの時期が懐かしいです(^o^)
私は、この時期になると、少しブルーになります。
大学受験というと、受かった事よりも落ちた事を思い出すからです。
現役の時、楽勝と思っていた私立に蹴られ、第一志望の国立にも門を閉ざされてしまいました。
国立大学の合格発表を見に行った後、バンザイの声を聞きながらトボトボと大阪に帰った事は今でも忘れられません。
浪人が決まって、親に報告したとき、本当に顔が向けられませんでした。
まさか自分が浪人するなんて思っていませんでしたから。
浪人時代もブクブク太っただけで、成績は上がらず、夏過ぎ位からもうヘロヘロになっていたように記憶しています。
体重は110キロを超え、膝も腰も痛くて、頭も回らず、最悪の状況でしたね。
1月に共通一次、いまのセンター試験があったのですが、それもあり得ない失敗。
二次試験での一発逆転を狙って、志望校変えをしようと思ったのですが、親の反対に遭いました。
なぜ、父があんなにムキなって起こったのか、いまでも正確には分かりません。
たぶん、あの大学に行ったら、商売を継がないだろうと思ったんでしょうね。
まぁ、継いでいないでしょうが・・・
それで、私立の試験が始まります。
結果的には、落ちた方が多いですね (^_^;)
私は歴史がとことん苦手だったので、社会科で政治経済が選択できないところはほぼ全敗でした。
高校の時に習っていた英語塾の先生が『これからは絶対世界史を勉強せなあかん。英語なんてどうでもええ』というのを信じて世界史と政治経済を選択したのですが、これが足を引っ張りました。カタカナが覚えられないのです。英単語は覚えられるのにカタカナが覚えられない。
英語、国語、政治経済は超得意。数学、理科もまぁまぁ。でも世界史が全然ダメでした。
いまとなっては世界史を選択して置いて良かったと思いますが、受験では失敗でした。
私立は東京の大学しか受けませんでした。
なぜかというと、父がそれ以外、もっと言えば慶應か早稲田しか承知しなかったのです。
父は早稲田大学の政治経済学部を目指して勉強していた矢先に、祖父が倒れ、大学進学を断念した経緯がありました。
精神的には本当に厳しかったのですが、なんとか、私立の第一志望の慶應義塾大学経済学部に合格。
あと他もいくつか通りました。
合格したら、喜んで、参考書や問題集をタタキ捨てたのを覚えています。
共通一次の5教科7科目はほんとうにきつかった。
あれの後遺症で、『大学に入ったら、嫌な勉強は一切しない!』と心に誓ったのですから。
慶應に入ったら、先輩は可愛がってくれるわ、大学野球の応援にはまってしまうわ、で受験のつらさなんて
吹っ飛んでしまいました。
クラスやサークルの友達にはやっぱり東大コンプレックスを持っていた人も多くいましたが、私はそんなの無かったですね。私の親友は東大を目指して三浪して、慶應に入って来た猛者でした。
慶應の経済というと、ほとんどが東大か一橋崩れなんですよね。
私は後者ですが、一橋崩れの人はコンプレックスなんか無かったように想います。
というか、行かなくて良かった (^o^)
なんで一橋を目指したのかというと、東大という柄じゃないし、商売人になるんだから東大じゃないだろう、
くらいの簡単な理由でした。
京大や阪大も興味なかったですね。
でも、結果として慶應に入った事は大成功でした。
大学受験は受かることも大切ですけど、もっと大切なのは、大学生活でどんな友を持つかだと思いますよ。
私は、おかげさまで、大学を卒業してからもずっとつきあえて、さらに輪の広がる友を持っています。
これは慶應に入ったおかげです。
ヨタヨタしながら、やっと入れてもらった大学でも、友は平等に目の前に現れます。
多くの同級生、先輩、後輩。
大学生活というのは、腹を割って利害関係なく話し合える友が持てる最後の場です。
志望校に入れた人も、入れなかった人も、そんなことは人生に於いて大した事じゃない。
大切な事は、友を持つこと、一生打ち込めるものを見つけることです。
大学に行けば、すごいヤツが居ます。
自分がオタクだと思っていても、さらなる上のオタクがいる。
高校よりさらに大きな所に行って、自分の存在というものを確認してみることです。
私は、勉強はダメだったけど、歌と酒では誰にも負けなかった。
経済学は肌に合わなかったけど、マーケティングは打ち込める学問でした。
野球は二度優勝したし、ラグビーも日本一になった。
最高の学生生活でしたね。
いまの学生さんは就職難でほんとうにお気の毒ですが、できれば目先のことに囚われないで、
学生時代を謳歌してほしいものです。
今年ダメだった人は、しょげていないで、あらたな希望をもってもう一年頑張りましょう。
浪人生活は決して無駄にはなりませんよ。
もうはるか29年前。
一喜一憂したこの時期が懐かしいです(^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
22:31
│Comments(5)
2011年03月09日
大学受験の想い出
あちこちから朗報やら、涙を呑んだ話が聞こえてくる時期になりました。
私は、この時期になると、少しブルーになります。
大学受験というと、受かった事よりも落ちた事を思い出すからです。
現役の時、楽勝と思っていた私立に蹴られ、第一志望の国立にも門を閉ざされてしまいました。
国立大学の合格発表を見に行った後、バンザイの声を聞きながらトボトボと大阪に帰った事は今でも忘れられません。
浪人が決まって、親に報告したとき、本当に顔が向けられませんでした。
まさか自分が浪人するなんて思っていませんでしたから。
浪人時代もブクブク太っただけで、成績は上がらず、夏過ぎ位からもうヘロヘロになっていたように記憶しています。
体重は110キロを超え、膝も腰も痛くて、頭も回らず、最悪の状況でしたね。
1月に共通一次、いまのセンター試験があったのですが、それもあり得ない失敗。
二次試験での一発逆転を狙って、志望校変えをしようと思ったのですが、親の反対に遭いました。
なぜ、父があんなにムキなって起こったのか、いまでも正確には分かりません。
たぶん、あの大学に行ったら、商売を継がないだろうと思ったんでしょうね。
まぁ、継いでいないでしょうが・・・
それで、私立の試験が始まります。
結果的には、落ちた方が多いですね (^_^;)
私は歴史がとことん苦手だったので、社会科で政治経済が選択できないところはほぼ全敗でした。
高校の時に習っていた英語塾の先生が『これからは絶対世界史を勉強せなあかん。英語なんてどうでもええ』というのを信じて世界史と政治経済を選択したのですが、これが足を引っ張りました。カタカナが覚えられないのです。英単語は覚えられるのにカタカナが覚えられない。
英語、国語、政治経済は超得意。数学、理科もまぁまぁ。でも世界史が全然ダメでした。
いまとなっては世界史を選択して置いて良かったと思いますが、受験では失敗でした。
私立は東京の大学しか受けませんでした。
なぜかというと、父がそれ以外、もっと言えば慶應か早稲田しか承知しなかったのです。
父は早稲田大学の政治経済学部を目指して勉強していた矢先に、祖父が倒れ、大学進学を断念した経緯がありました。
精神的には本当に厳しかったのですが、なんとか、私立の第一志望の慶應義塾大学経済学部に合格。
あと他もいくつか通りました。
合格したら、喜んで、参考書や問題集をタタキ捨てたのを覚えています。
共通一次の5教科7科目はほんとうにきつかった。
あれの後遺症で、『大学に入ったら、嫌な勉強は一切しない!』と心に誓ったのですから。
慶應に入ったら、先輩は可愛がってくれるわ、大学野球の応援にはまってしまうわ、で受験のつらさなんて
吹っ飛んでしまいました。
クラスやサークルの友達にはやっぱり東大コンプレックスを持っていた人も多くいましたが、私はそんなの無かったですね。私の親友は東大を目指して三浪して、慶應に入って来た猛者でした。
慶應の経済というと、ほとんどが東大か一橋崩れなんですよね。
私は後者ですが、一橋崩れの人はコンプレックスなんか無かったように想います。
というか、行かなくて良かった (^o^)
なんで一橋を目指したのかというと、東大という柄じゃないし、商売人になるんだから東大じゃないだろう、
くらいの簡単な理由でした。
京大や阪大も興味なかったですね。
でも、結果として慶應に入った事は大成功でした。
大学受験は受かることも大切ですけど、もっと大切なのは、大学生活でどんな友を持つかだと思いますよ。
私は、おかげさまで、大学を卒業してからもずっとつきあえて、さらに輪の広がる友を持っています。
これは慶應に入ったおかげです。
ヨタヨタしながら、やっと入れてもらった大学でも、友は平等に目の前に現れます。
多くの同級生、先輩、後輩。
大学生活というのは、腹を割って利害関係なく話し合える友が持てる最後の場です。
志望校に入れた人も、入れなかった人も、そんなことは人生に於いて大した事じゃない。
大切な事は、友を持つこと、一生打ち込めるものを見つけることです。
大学に行けば、すごいヤツが居ます。
自分がオタクだと思っていても、さらなる上のオタクがいる。
高校よりさらに大きな所に行って、自分の存在というものを確認してみることです。
私は、勉強はダメだったけど、歌と酒では誰にも負けなかった。
経済学は肌に合わなかったけど、マーケティングは打ち込める学問でした。
野球は二度優勝したし、ラグビーも日本一になった。
最高の学生生活でしたね。
いまの学生さんは就職難でほんとうにお気の毒ですが、できれば目先のことに囚われないで、
学生時代を謳歌してほしいものです。
今年ダメだった人は、しょげていないで、あらたな希望をもってもう一年頑張りましょう。
浪人生活は決して無駄にはなりませんよ。
もうはるか29年前。
一喜一憂したこの時期が懐かしいです(^o^)
私は、この時期になると、少しブルーになります。
大学受験というと、受かった事よりも落ちた事を思い出すからです。
現役の時、楽勝と思っていた私立に蹴られ、第一志望の国立にも門を閉ざされてしまいました。
国立大学の合格発表を見に行った後、バンザイの声を聞きながらトボトボと大阪に帰った事は今でも忘れられません。
浪人が決まって、親に報告したとき、本当に顔が向けられませんでした。
まさか自分が浪人するなんて思っていませんでしたから。
浪人時代もブクブク太っただけで、成績は上がらず、夏過ぎ位からもうヘロヘロになっていたように記憶しています。
体重は110キロを超え、膝も腰も痛くて、頭も回らず、最悪の状況でしたね。
1月に共通一次、いまのセンター試験があったのですが、それもあり得ない失敗。
二次試験での一発逆転を狙って、志望校変えをしようと思ったのですが、親の反対に遭いました。
なぜ、父があんなにムキなって起こったのか、いまでも正確には分かりません。
たぶん、あの大学に行ったら、商売を継がないだろうと思ったんでしょうね。
まぁ、継いでいないでしょうが・・・
それで、私立の試験が始まります。
結果的には、落ちた方が多いですね (^_^;)
私は歴史がとことん苦手だったので、社会科で政治経済が選択できないところはほぼ全敗でした。
高校の時に習っていた英語塾の先生が『これからは絶対世界史を勉強せなあかん。英語なんてどうでもええ』というのを信じて世界史と政治経済を選択したのですが、これが足を引っ張りました。カタカナが覚えられないのです。英単語は覚えられるのにカタカナが覚えられない。
英語、国語、政治経済は超得意。数学、理科もまぁまぁ。でも世界史が全然ダメでした。
いまとなっては世界史を選択して置いて良かったと思いますが、受験では失敗でした。
私立は東京の大学しか受けませんでした。
なぜかというと、父がそれ以外、もっと言えば慶應か早稲田しか承知しなかったのです。
父は早稲田大学の政治経済学部を目指して勉強していた矢先に、祖父が倒れ、大学進学を断念した経緯がありました。
精神的には本当に厳しかったのですが、なんとか、私立の第一志望の慶應義塾大学経済学部に合格。
あと他もいくつか通りました。
合格したら、喜んで、参考書や問題集をタタキ捨てたのを覚えています。
共通一次の5教科7科目はほんとうにきつかった。
あれの後遺症で、『大学に入ったら、嫌な勉強は一切しない!』と心に誓ったのですから。
慶應に入ったら、先輩は可愛がってくれるわ、大学野球の応援にはまってしまうわ、で受験のつらさなんて
吹っ飛んでしまいました。
クラスやサークルの友達にはやっぱり東大コンプレックスを持っていた人も多くいましたが、私はそんなの無かったですね。私の親友は東大を目指して三浪して、慶應に入って来た猛者でした。
慶應の経済というと、ほとんどが東大か一橋崩れなんですよね。
私は後者ですが、一橋崩れの人はコンプレックスなんか無かったように想います。
というか、行かなくて良かった (^o^)
なんで一橋を目指したのかというと、東大という柄じゃないし、商売人になるんだから東大じゃないだろう、
くらいの簡単な理由でした。
京大や阪大も興味なかったですね。
でも、結果として慶應に入った事は大成功でした。
大学受験は受かることも大切ですけど、もっと大切なのは、大学生活でどんな友を持つかだと思いますよ。
私は、おかげさまで、大学を卒業してからもずっとつきあえて、さらに輪の広がる友を持っています。
これは慶應に入ったおかげです。
ヨタヨタしながら、やっと入れてもらった大学でも、友は平等に目の前に現れます。
多くの同級生、先輩、後輩。
大学生活というのは、腹を割って利害関係なく話し合える友が持てる最後の場です。
志望校に入れた人も、入れなかった人も、そんなことは人生に於いて大した事じゃない。
大切な事は、友を持つこと、一生打ち込めるものを見つけることです。
大学に行けば、すごいヤツが居ます。
自分がオタクだと思っていても、さらなる上のオタクがいる。
高校よりさらに大きな所に行って、自分の存在というものを確認してみることです。
私は、勉強はダメだったけど、歌と酒では誰にも負けなかった。
経済学は肌に合わなかったけど、マーケティングは打ち込める学問でした。
野球は二度優勝したし、ラグビーも日本一になった。
最高の学生生活でしたね。
いまの学生さんは就職難でほんとうにお気の毒ですが、できれば目先のことに囚われないで、
学生時代を謳歌してほしいものです。
今年ダメだった人は、しょげていないで、あらたな希望をもってもう一年頑張りましょう。
浪人生活は決して無駄にはなりませんよ。
もうはるか29年前。
一喜一憂したこの時期が懐かしいです(^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
22:31
│Comments(5)