2011年10月31日
なんで国立文楽劇場がガラガラなんか?
なんで国立文楽劇場がガラガラなんか?これは大阪人にとって由々しき問題です。なでかというと、大阪人は文化を愛さないと思われてしまうからです。サントリーの佐治敬三さんは『大阪は芸術のたんつぼ』と言ったそうですが、サントリー美術館も閉館してしまうし、大阪の文化は目に見えるところではさっぱりです。これは、大阪府の文化行政にも問題があるのだろうと思いますが、せっかくええイレモンつくっても、観にいかなんだら、なんにもなりまへん。このままでは、文楽の人もみんな京都に行ってしもて、100年後には、『文楽は京都で花開いた』なんて言われかねまへん。大阪はいままでいろんな文化をたくさん生んできました。それがみんな他所へでていってしもたんです。日本の料亭の最初は天王寺区にあった浮瀬やし、昆布と鰹の合わせ出汁、懐石料理、わび茶、能、線香、三味線、鉄砲、鉄道、雪駄、信用取引、・・・・みんな、ここいらでできたもんですがな。日本が一番平和で幸せやったのは、仁徳・応神天皇の河内王朝時代やった。万葉集はその時代を懐かしんで詠まれたもんやと聞いたことがあります。でも、大阪人も、そんなこと知らんし。
でも、これではアカンと思います。生み出すだけではアカン。けちくさい事言うわけやないけど、美味しいとこ、みんなもってかれたら、けったくそ悪いでんがな。
でも、大阪も捨てたもんやない。大阪能楽会館はマンパッチンやった。そやのに文楽劇場はなんでや?努力がたらんのちゃいまっしゃろか?国立の劇場あるから、公演しすぎ?沖縄の組踊でももうちょっと入ってまっせ。
ガラガラやというけど、年間の入場者数はどないなってんねやろか?増えてんねやったら、それはそれでええと思います。イレモンあるんやから、せいだいつこたらええと思います。
それにしてもでんな、私は大阪=よしもと、と思われんのが、ものすごいイヤなんですわ。大阪は歴史・文化のふるさとやし、いつの時代も新しい文化を生み出す勢いがあります。古いもんにこだわらないのも、あたらしい文化を作り出す力があるからこそ。でも、古いもんも大事にせなあきまへん。
そのために、わしらがもっとがんばらなあきまへんな。
でも、これではアカンと思います。生み出すだけではアカン。けちくさい事言うわけやないけど、美味しいとこ、みんなもってかれたら、けったくそ悪いでんがな。
でも、大阪も捨てたもんやない。大阪能楽会館はマンパッチンやった。そやのに文楽劇場はなんでや?努力がたらんのちゃいまっしゃろか?国立の劇場あるから、公演しすぎ?沖縄の組踊でももうちょっと入ってまっせ。
ガラガラやというけど、年間の入場者数はどないなってんねやろか?増えてんねやったら、それはそれでええと思います。イレモンあるんやから、せいだいつこたらええと思います。
それにしてもでんな、私は大阪=よしもと、と思われんのが、ものすごいイヤなんですわ。大阪は歴史・文化のふるさとやし、いつの時代も新しい文化を生み出す勢いがあります。古いもんにこだわらないのも、あたらしい文化を作り出す力があるからこそ。でも、古いもんも大事にせなあきまへん。
そのために、わしらがもっとがんばらなあきまへんな。
Posted by 渡辺幻門 at
20:51
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2011年10月31日
なんで国立文楽劇場がガラガラなんか?
なんで国立文楽劇場がガラガラなんか?これは大阪人にとって由々しき問題です。なでかというと、大阪人は文化を愛さないと思われてしまうからです。サントリーの佐治敬三さんは『大阪は芸術のたんつぼ』と言ったそうですが、サントリー美術館も閉館してしまうし、大阪の文化は目に見えるところではさっぱりです。これは、大阪府の文化行政にも問題があるのだろうと思いますが、せっかくええイレモンつくっても、観にいかなんだら、なんにもなりまへん。このままでは、文楽の人もみんな京都に行ってしもて、100年後には、『文楽は京都で花開いた』なんて言われかねまへん。大阪はいままでいろんな文化をたくさん生んできました。それがみんな他所へでていってしもたんです。日本の料亭の最初は天王寺区にあった浮瀬やし、昆布と鰹の合わせ出汁、懐石料理、わび茶、能、線香、三味線、鉄砲、鉄道、雪駄、信用取引、・・・・みんな、ここいらでできたもんですがな。日本が一番平和で幸せやったのは、仁徳・応神天皇の河内王朝時代やった。万葉集はその時代を懐かしんで詠まれたもんやと聞いたことがあります。でも、大阪人も、そんなこと知らんし。
でも、これではアカンと思います。生み出すだけではアカン。けちくさい事言うわけやないけど、美味しいとこ、みんなもってかれたら、けったくそ悪いでんがな。
でも、大阪も捨てたもんやない。大阪能楽会館はマンパッチンやった。そやのに文楽劇場はなんでや?努力がたらんのちゃいまっしゃろか?国立の劇場あるから、公演しすぎ?沖縄の組踊でももうちょっと入ってまっせ。
ガラガラやというけど、年間の入場者数はどないなってんねやろか?増えてんねやったら、それはそれでええと思います。イレモンあるんやから、せいだいつこたらええと思います。
それにしてもでんな、私は大阪=よしもと、と思われんのが、ものすごいイヤなんですわ。大阪は歴史・文化のふるさとやし、いつの時代も新しい文化を生み出す勢いがあります。古いもんにこだわらないのも、あたらしい文化を作り出す力があるからこそ。でも、古いもんも大事にせなあきまへん。
そのために、わしらがもっとがんばらなあきまへんな。
でも、これではアカンと思います。生み出すだけではアカン。けちくさい事言うわけやないけど、美味しいとこ、みんなもってかれたら、けったくそ悪いでんがな。
でも、大阪も捨てたもんやない。大阪能楽会館はマンパッチンやった。そやのに文楽劇場はなんでや?努力がたらんのちゃいまっしゃろか?国立の劇場あるから、公演しすぎ?沖縄の組踊でももうちょっと入ってまっせ。
ガラガラやというけど、年間の入場者数はどないなってんねやろか?増えてんねやったら、それはそれでええと思います。イレモンあるんやから、せいだいつこたらええと思います。
それにしてもでんな、私は大阪=よしもと、と思われんのが、ものすごいイヤなんですわ。大阪は歴史・文化のふるさとやし、いつの時代も新しい文化を生み出す勢いがあります。古いもんにこだわらないのも、あたらしい文化を作り出す力があるからこそ。でも、古いもんも大事にせなあきまへん。
そのために、わしらがもっとがんばらなあきまへんな。
Posted by 渡辺幻門 at
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2011年10月31日
天然染料が最良の選択か
私は沖縄の染織品を扱っているので、植物染料、天然染料の話は良く出ますし、作り手さんから相談もされます。
お客様も天然染料・草木染めにこだわるというか、それが手放しで良い物だと想われている感じがします。
でも、それはちょっと問題なんです。
天然染料というのは、確かに微妙な味わいが出ますし、染めていても楽しい。
この色は、この植物から出たんですよ〜なんて、聞けば、『へ〜』なんて言って、物語性抜群です。
人間国宝の有名な染織家も本なんか出したりして、その物語を書いていますよね。
『命を染める』とか言って。
でも、本当は、天然染料というのは、危険性もはらんでいるのです。
何が危険かといえば、堅牢度です。
堅牢度といえば、日光、摩擦、経年など様々な要素に対して、どれだけ色が保てるか、という事ですね。
植物染料100%というとすっごく値打ちがあるようですが、危険性もすっごくあるわけです。
大学や染織試験場で結果の出たモノを使う分にはまだ安心ですが、そうでない植物を染料としているのは、
実用品を染める場合にはちょっと問題です。
ある有名作家の作品は、十数年後にタンスから出してみたら、すっかり退色していて白くなっていた、なんて話もあります。
樟脳ヤケなんていうのもあります。
私は、作家さんには、必要であれば、化学染料を併用するように勧めています。
天然染料でもバインダー加工などをすれば割と色落ちは止まる場合がありますが、通常、織物にはそういった加工はしませんよね。
だから、織物で事故が多いのです。
作り手のみなさんには、消費者のみなさんは30年、40年とその着物を愛用してくださるのだ、という前提で物作りに
取り組んで欲しいと想います。
趣味でやるなら自由にやれば良いのですが、他人に使ってもらう、それもそれなりの価格で購入される訳ですから、
そのあたりは、十分な配慮があってしかるべきです。
そして、消費者の方々には、やみくもに天然染料・植物染料がいい!とか想われないで、合理的な判断をおすすめしたいところです。
天然染料100%の場合は、基本的に退色の危険性があるということです。
染料と繊維、そして、加工方法との相性もあります。
芭蕉布は琉球藍と双想樹を多用しますが、これが退色したとは聞いた事がありません。
なんでかというと永年の実績と、きちんとした実証があるからだと想います。
化学染料だから、安物だとか手抜きをしているとか、作家にこだわりが無いとかいうのでは全く無いのです。
逆に、天然染料を使っているからといって、その人が責任ある仕事をしているかというとそれはそうとも言えないという事です。
織でもそうですね。
手織りだからと言って、必ずしも値打ちがあるわけではありません。
手織りにしか出せない味わいが表現されていて、初めて値打ちがあるのです。
つまり、素材やプロセスは手段であって、結果ではないし、表現でもない。
作家はどんな作品を作ろうかと考えて、その中でどんな手法・技法・素材を使うかを選択するのです。
玄人の中にも、機械織だからダメだとか、化学染料なんて良い物と言えないなんて言う人がいますが、
全然わかってない、としか言いようが無いのです。
動力織機や化学染料をつかう目的がコスト削減だと想っているからでしょう?
とんでもない間違いです!
動力織機や化学染料をつかった方が良いから使っているのです。
沖縄に花織がありますね。
あれを手織じゃなくて、動力織機で織ったとします。
そうするとどんな作品になるか。
なにかペタンとした味わいのない、冷たい織物になってしまう。
機械織のコピー商品を見たことのある人は解るでしょう?
あれはやっぱり、手で打ち込んで織らないとだめなんです。
紬もそうですね。ムッチリ感がでない。
でも、経糸のテンションをピンピンにして、スカスカ織ったのでは、手織の味は出ません。
手織だから良いというモノではないのです。
手織は手織りの味を出す目的があって選択された技法であるはずで、手織自体が目的ではありません。
結城紬がいざり機だといって、高機と変わらない織り方をしていたら、何の値打ちも無いのです。
動力で織れば、織段や織ムラが出にくく、キレイに織れます。
これを優先したい場合は動力の選択が良いのです。
手織・天然染料の世界にいる私が言うのですから間違いありません!
問題は、手織・天然染料を最高のもの、こだわりの証と言っている業者にあります。
割れない陶器・磁器が無いように、天然の素材・手段には、完璧ということはないのです。
天然染料で染められた作品を購入なさろうとするとき、ご心配なら販売員に聞いてみられると良いと想います。
『堅牢度は大丈夫ですか?』と。
『大丈夫です』と答えたら、
『なぜ大丈夫と言えるんですか?』とまた聞き直してください。
とくに、伝統染織の産地でない、個人作家のものは気を付けられた方が良いと想います。
伝統染織は伝統があって、ノウハウが蓄積されています。
沖縄の場合は、県立芸大があり、組合があり、そこで染料の研究もされています。
だから、事故が少ないのです。
長野でも、染織試験場で研究されているそうです。
これは、その土地で染織が盛んに行われて来た歴史があるからです。
そうでないところは、悪く言えば『個人のおもいつき』で染料を使っている場合がないとは言えません。
個人作家が乱立しつつある今、それを非常に危惧します。
着物や帯を構成する、素材、染料、技法を十分に味わってお召しになられる事をお勧めします。
人工だから、悪いモノでも安物でもない、ということなんです。
お客様も天然染料・草木染めにこだわるというか、それが手放しで良い物だと想われている感じがします。
でも、それはちょっと問題なんです。
天然染料というのは、確かに微妙な味わいが出ますし、染めていても楽しい。
この色は、この植物から出たんですよ〜なんて、聞けば、『へ〜』なんて言って、物語性抜群です。
人間国宝の有名な染織家も本なんか出したりして、その物語を書いていますよね。
『命を染める』とか言って。
でも、本当は、天然染料というのは、危険性もはらんでいるのです。
何が危険かといえば、堅牢度です。
堅牢度といえば、日光、摩擦、経年など様々な要素に対して、どれだけ色が保てるか、という事ですね。
植物染料100%というとすっごく値打ちがあるようですが、危険性もすっごくあるわけです。
大学や染織試験場で結果の出たモノを使う分にはまだ安心ですが、そうでない植物を染料としているのは、
実用品を染める場合にはちょっと問題です。
ある有名作家の作品は、十数年後にタンスから出してみたら、すっかり退色していて白くなっていた、なんて話もあります。
樟脳ヤケなんていうのもあります。
私は、作家さんには、必要であれば、化学染料を併用するように勧めています。
天然染料でもバインダー加工などをすれば割と色落ちは止まる場合がありますが、通常、織物にはそういった加工はしませんよね。
だから、織物で事故が多いのです。
作り手のみなさんには、消費者のみなさんは30年、40年とその着物を愛用してくださるのだ、という前提で物作りに
取り組んで欲しいと想います。
趣味でやるなら自由にやれば良いのですが、他人に使ってもらう、それもそれなりの価格で購入される訳ですから、
そのあたりは、十分な配慮があってしかるべきです。
そして、消費者の方々には、やみくもに天然染料・植物染料がいい!とか想われないで、合理的な判断をおすすめしたいところです。
天然染料100%の場合は、基本的に退色の危険性があるということです。
染料と繊維、そして、加工方法との相性もあります。
芭蕉布は琉球藍と双想樹を多用しますが、これが退色したとは聞いた事がありません。
なんでかというと永年の実績と、きちんとした実証があるからだと想います。
化学染料だから、安物だとか手抜きをしているとか、作家にこだわりが無いとかいうのでは全く無いのです。
逆に、天然染料を使っているからといって、その人が責任ある仕事をしているかというとそれはそうとも言えないという事です。
織でもそうですね。
手織りだからと言って、必ずしも値打ちがあるわけではありません。
手織りにしか出せない味わいが表現されていて、初めて値打ちがあるのです。
つまり、素材やプロセスは手段であって、結果ではないし、表現でもない。
作家はどんな作品を作ろうかと考えて、その中でどんな手法・技法・素材を使うかを選択するのです。
玄人の中にも、機械織だからダメだとか、化学染料なんて良い物と言えないなんて言う人がいますが、
全然わかってない、としか言いようが無いのです。
動力織機や化学染料をつかう目的がコスト削減だと想っているからでしょう?
とんでもない間違いです!
動力織機や化学染料をつかった方が良いから使っているのです。
沖縄に花織がありますね。
あれを手織じゃなくて、動力織機で織ったとします。
そうするとどんな作品になるか。
なにかペタンとした味わいのない、冷たい織物になってしまう。
機械織のコピー商品を見たことのある人は解るでしょう?
あれはやっぱり、手で打ち込んで織らないとだめなんです。
紬もそうですね。ムッチリ感がでない。
でも、経糸のテンションをピンピンにして、スカスカ織ったのでは、手織の味は出ません。
手織だから良いというモノではないのです。
手織は手織りの味を出す目的があって選択された技法であるはずで、手織自体が目的ではありません。
結城紬がいざり機だといって、高機と変わらない織り方をしていたら、何の値打ちも無いのです。
動力で織れば、織段や織ムラが出にくく、キレイに織れます。
これを優先したい場合は動力の選択が良いのです。
手織・天然染料の世界にいる私が言うのですから間違いありません!
問題は、手織・天然染料を最高のもの、こだわりの証と言っている業者にあります。
割れない陶器・磁器が無いように、天然の素材・手段には、完璧ということはないのです。
天然染料で染められた作品を購入なさろうとするとき、ご心配なら販売員に聞いてみられると良いと想います。
『堅牢度は大丈夫ですか?』と。
『大丈夫です』と答えたら、
『なぜ大丈夫と言えるんですか?』とまた聞き直してください。
とくに、伝統染織の産地でない、個人作家のものは気を付けられた方が良いと想います。
伝統染織は伝統があって、ノウハウが蓄積されています。
沖縄の場合は、県立芸大があり、組合があり、そこで染料の研究もされています。
だから、事故が少ないのです。
長野でも、染織試験場で研究されているそうです。
これは、その土地で染織が盛んに行われて来た歴史があるからです。
そうでないところは、悪く言えば『個人のおもいつき』で染料を使っている場合がないとは言えません。
個人作家が乱立しつつある今、それを非常に危惧します。
着物や帯を構成する、素材、染料、技法を十分に味わってお召しになられる事をお勧めします。
人工だから、悪いモノでも安物でもない、ということなんです。
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2011年10月31日
天然染料が最良の選択か
私は沖縄の染織品を扱っているので、植物染料、天然染料の話は良く出ますし、作り手さんから相談もされます。
お客様も天然染料・草木染めにこだわるというか、それが手放しで良い物だと想われている感じがします。
でも、それはちょっと問題なんです。
天然染料というのは、確かに微妙な味わいが出ますし、染めていても楽しい。
この色は、この植物から出たんですよ〜なんて、聞けば、『へ〜』なんて言って、物語性抜群です。
人間国宝の有名な染織家も本なんか出したりして、その物語を書いていますよね。
『命を染める』とか言って。
でも、本当は、天然染料というのは、危険性もはらんでいるのです。
何が危険かといえば、堅牢度です。
堅牢度といえば、日光、摩擦、経年など様々な要素に対して、どれだけ色が保てるか、という事ですね。
植物染料100%というとすっごく値打ちがあるようですが、危険性もすっごくあるわけです。
大学や染織試験場で結果の出たモノを使う分にはまだ安心ですが、そうでない植物を染料としているのは、
実用品を染める場合にはちょっと問題です。
ある有名作家の作品は、十数年後にタンスから出してみたら、すっかり退色していて白くなっていた、なんて話もあります。
樟脳ヤケなんていうのもあります。
私は、作家さんには、必要であれば、化学染料を併用するように勧めています。
天然染料でもバインダー加工などをすれば割と色落ちは止まる場合がありますが、通常、織物にはそういった加工はしませんよね。
だから、織物で事故が多いのです。
作り手のみなさんには、消費者のみなさんは30年、40年とその着物を愛用してくださるのだ、という前提で物作りに
取り組んで欲しいと想います。
趣味でやるなら自由にやれば良いのですが、他人に使ってもらう、それもそれなりの価格で購入される訳ですから、
そのあたりは、十分な配慮があってしかるべきです。
そして、消費者の方々には、やみくもに天然染料・植物染料がいい!とか想われないで、合理的な判断をおすすめしたいところです。
天然染料100%の場合は、基本的に退色の危険性があるということです。
染料と繊維、そして、加工方法との相性もあります。
芭蕉布は琉球藍と双想樹を多用しますが、これが退色したとは聞いた事がありません。
なんでかというと永年の実績と、きちんとした実証があるからだと想います。
化学染料だから、安物だとか手抜きをしているとか、作家にこだわりが無いとかいうのでは全く無いのです。
逆に、天然染料を使っているからといって、その人が責任ある仕事をしているかというとそれはそうとも言えないという事です。
織でもそうですね。
手織りだからと言って、必ずしも値打ちがあるわけではありません。
手織りにしか出せない味わいが表現されていて、初めて値打ちがあるのです。
つまり、素材やプロセスは手段であって、結果ではないし、表現でもない。
作家はどんな作品を作ろうかと考えて、その中でどんな手法・技法・素材を使うかを選択するのです。
玄人の中にも、機械織だからダメだとか、化学染料なんて良い物と言えないなんて言う人がいますが、
全然わかってない、としか言いようが無いのです。
動力織機や化学染料をつかう目的がコスト削減だと想っているからでしょう?
とんでもない間違いです!
動力織機や化学染料をつかった方が良いから使っているのです。
沖縄に花織がありますね。
あれを手織じゃなくて、動力織機で織ったとします。
そうするとどんな作品になるか。
なにかペタンとした味わいのない、冷たい織物になってしまう。
機械織のコピー商品を見たことのある人は解るでしょう?
あれはやっぱり、手で打ち込んで織らないとだめなんです。
紬もそうですね。ムッチリ感がでない。
でも、経糸のテンションをピンピンにして、スカスカ織ったのでは、手織の味は出ません。
手織だから良いというモノではないのです。
手織は手織りの味を出す目的があって選択された技法であるはずで、手織自体が目的ではありません。
結城紬がいざり機だといって、高機と変わらない織り方をしていたら、何の値打ちも無いのです。
動力で織れば、織段や織ムラが出にくく、キレイに織れます。
これを優先したい場合は動力の選択が良いのです。
手織・天然染料の世界にいる私が言うのですから間違いありません!
問題は、手織・天然染料を最高のもの、こだわりの証と言っている業者にあります。
割れない陶器・磁器が無いように、天然の素材・手段には、完璧ということはないのです。
天然染料で染められた作品を購入なさろうとするとき、ご心配なら販売員に聞いてみられると良いと想います。
『堅牢度は大丈夫ですか?』と。
『大丈夫です』と答えたら、
『なぜ大丈夫と言えるんですか?』とまた聞き直してください。
とくに、伝統染織の産地でない、個人作家のものは気を付けられた方が良いと想います。
伝統染織は伝統があって、ノウハウが蓄積されています。
沖縄の場合は、県立芸大があり、組合があり、そこで染料の研究もされています。
だから、事故が少ないのです。
長野でも、染織試験場で研究されているそうです。
これは、その土地で染織が盛んに行われて来た歴史があるからです。
そうでないところは、悪く言えば『個人のおもいつき』で染料を使っている場合がないとは言えません。
個人作家が乱立しつつある今、それを非常に危惧します。
着物や帯を構成する、素材、染料、技法を十分に味わってお召しになられる事をお勧めします。
人工だから、悪いモノでも安物でもない、ということなんです。
お客様も天然染料・草木染めにこだわるというか、それが手放しで良い物だと想われている感じがします。
でも、それはちょっと問題なんです。
天然染料というのは、確かに微妙な味わいが出ますし、染めていても楽しい。
この色は、この植物から出たんですよ〜なんて、聞けば、『へ〜』なんて言って、物語性抜群です。
人間国宝の有名な染織家も本なんか出したりして、その物語を書いていますよね。
『命を染める』とか言って。
でも、本当は、天然染料というのは、危険性もはらんでいるのです。
何が危険かといえば、堅牢度です。
堅牢度といえば、日光、摩擦、経年など様々な要素に対して、どれだけ色が保てるか、という事ですね。
植物染料100%というとすっごく値打ちがあるようですが、危険性もすっごくあるわけです。
大学や染織試験場で結果の出たモノを使う分にはまだ安心ですが、そうでない植物を染料としているのは、
実用品を染める場合にはちょっと問題です。
ある有名作家の作品は、十数年後にタンスから出してみたら、すっかり退色していて白くなっていた、なんて話もあります。
樟脳ヤケなんていうのもあります。
私は、作家さんには、必要であれば、化学染料を併用するように勧めています。
天然染料でもバインダー加工などをすれば割と色落ちは止まる場合がありますが、通常、織物にはそういった加工はしませんよね。
だから、織物で事故が多いのです。
作り手のみなさんには、消費者のみなさんは30年、40年とその着物を愛用してくださるのだ、という前提で物作りに
取り組んで欲しいと想います。
趣味でやるなら自由にやれば良いのですが、他人に使ってもらう、それもそれなりの価格で購入される訳ですから、
そのあたりは、十分な配慮があってしかるべきです。
そして、消費者の方々には、やみくもに天然染料・植物染料がいい!とか想われないで、合理的な判断をおすすめしたいところです。
天然染料100%の場合は、基本的に退色の危険性があるということです。
染料と繊維、そして、加工方法との相性もあります。
芭蕉布は琉球藍と双想樹を多用しますが、これが退色したとは聞いた事がありません。
なんでかというと永年の実績と、きちんとした実証があるからだと想います。
化学染料だから、安物だとか手抜きをしているとか、作家にこだわりが無いとかいうのでは全く無いのです。
逆に、天然染料を使っているからといって、その人が責任ある仕事をしているかというとそれはそうとも言えないという事です。
織でもそうですね。
手織りだからと言って、必ずしも値打ちがあるわけではありません。
手織りにしか出せない味わいが表現されていて、初めて値打ちがあるのです。
つまり、素材やプロセスは手段であって、結果ではないし、表現でもない。
作家はどんな作品を作ろうかと考えて、その中でどんな手法・技法・素材を使うかを選択するのです。
玄人の中にも、機械織だからダメだとか、化学染料なんて良い物と言えないなんて言う人がいますが、
全然わかってない、としか言いようが無いのです。
動力織機や化学染料をつかう目的がコスト削減だと想っているからでしょう?
とんでもない間違いです!
動力織機や化学染料をつかった方が良いから使っているのです。
沖縄に花織がありますね。
あれを手織じゃなくて、動力織機で織ったとします。
そうするとどんな作品になるか。
なにかペタンとした味わいのない、冷たい織物になってしまう。
機械織のコピー商品を見たことのある人は解るでしょう?
あれはやっぱり、手で打ち込んで織らないとだめなんです。
紬もそうですね。ムッチリ感がでない。
でも、経糸のテンションをピンピンにして、スカスカ織ったのでは、手織の味は出ません。
手織だから良いというモノではないのです。
手織は手織りの味を出す目的があって選択された技法であるはずで、手織自体が目的ではありません。
結城紬がいざり機だといって、高機と変わらない織り方をしていたら、何の値打ちも無いのです。
動力で織れば、織段や織ムラが出にくく、キレイに織れます。
これを優先したい場合は動力の選択が良いのです。
手織・天然染料の世界にいる私が言うのですから間違いありません!
問題は、手織・天然染料を最高のもの、こだわりの証と言っている業者にあります。
割れない陶器・磁器が無いように、天然の素材・手段には、完璧ということはないのです。
天然染料で染められた作品を購入なさろうとするとき、ご心配なら販売員に聞いてみられると良いと想います。
『堅牢度は大丈夫ですか?』と。
『大丈夫です』と答えたら、
『なぜ大丈夫と言えるんですか?』とまた聞き直してください。
とくに、伝統染織の産地でない、個人作家のものは気を付けられた方が良いと想います。
伝統染織は伝統があって、ノウハウが蓄積されています。
沖縄の場合は、県立芸大があり、組合があり、そこで染料の研究もされています。
だから、事故が少ないのです。
長野でも、染織試験場で研究されているそうです。
これは、その土地で染織が盛んに行われて来た歴史があるからです。
そうでないところは、悪く言えば『個人のおもいつき』で染料を使っている場合がないとは言えません。
個人作家が乱立しつつある今、それを非常に危惧します。
着物や帯を構成する、素材、染料、技法を十分に味わってお召しになられる事をお勧めします。
人工だから、悪いモノでも安物でもない、ということなんです。
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2011年10月28日
『喜如嘉の芭蕉布展』於 神戸大丸 11/2〜8
ちょっと早いのですが展示会のお知らせです。
表題のとおり、神戸大丸8階きものサロンにて『喜如嘉の芭蕉布展』を行います。
これも早めの『沖縄本土復帰40周年記念』というサブタイトルが付いています。
まぁ、このブログの読者様に、いまさら芭蕉布についてお話しすることも無いと想いますのでやめときます(^_^)
着尺・帯・小物という感じの内容になりますが、特に帯が充実しています。
って、平良美恵子さんに『こんなに持ってたの!』って怒られそうですが(^^;)
とにかく、いろんな技法、いろんな染料をつかった作品を集めてあります。
それに今回はちょっとお買い得かも。
芭蕉布というと、染めにくくて織りにくいという感じで人間の手が加えにくいから美しいなんて、柳宗悦が書いてたりしましたが、
実は実は、工夫と技術次第でいろんな表現ができて、それがすべて美しいということが解ると想います。
着尺は別として、帯は、単衣の時期になると使える、とくに八寸の場合は、それほどスケスケ感もないので、真夏以外でも
締められるんです。それに一つあると、たんすの肥え方も違います。
もちろん弊社では本物しかありませんから、安心です(^^;)
芭蕉布を語るときに、いろいろ言う呉服屋さんもいるでしょうが、じゃ着てみたことあるの?って言う感じですね。
前もご紹介しましたが、私は芭蕉布を琉装に仕立てて着ています。
そうすると、芭蕉布の長所・短所がよく分かります。
シワになるというけれど、麻のシワとは全然ちがいますね。
折れるという感じになるんです。チリチリシワシワにならない。
だからだらしない感じにならないのです。
それと、圧倒的に涼しい。
そして、気持ちが良い。
肌に直接触れる部分はそう多くありませんが、なんとも言えず肌触りが良い。
私の場合は琉装ですので、下に着ているのは、ドゥジン・カカンです。
この場合、かなり肌に触れる面積が大きい。だから解るんです。
ほんとうはね、喜如嘉に行って、芭蕉の糸を見て欲しいんですよね。
黄金に輝くあの糸の美しさは、本物の金糸をはるかにしのぐ美しさです。
はぁ〜、ってなります。
高価な夏物はとくに若い人に勧めたいですね。
これから生産量を維持するのが難しいという事もありますが、早く買えば買うほど長く楽しめるからです。
40代の人が買えば、80歳まで40シーズン身につけられます。
着用できる期間が限られるわけですから、早く手にすればするほど、何度も使うチャンスがあるということです。
それに、流行廃れないので、長く持って居ても飽きることがない。
芭蕉布についていえば、とくに愛着が湧くと私は思うのですよ。
それが、伝統のよさだろうと想います。
まだ、たぶん神戸大丸からDMが出ていないと想うので、詳しい内容を掲載することは差し控えますが
お近くにお住まいで、芭蕉布にご興味がおありの方は、一見しておいて損はないと想います。
店頭なので気楽にご覧いただけますので、よろしくお願いいたします。
芭蕉布にかんする私のうんちくはまた、別の機会に(^_^)
表題のとおり、神戸大丸8階きものサロンにて『喜如嘉の芭蕉布展』を行います。
これも早めの『沖縄本土復帰40周年記念』というサブタイトルが付いています。
まぁ、このブログの読者様に、いまさら芭蕉布についてお話しすることも無いと想いますのでやめときます(^_^)
着尺・帯・小物という感じの内容になりますが、特に帯が充実しています。
って、平良美恵子さんに『こんなに持ってたの!』って怒られそうですが(^^;)
とにかく、いろんな技法、いろんな染料をつかった作品を集めてあります。
それに今回はちょっとお買い得かも。
芭蕉布というと、染めにくくて織りにくいという感じで人間の手が加えにくいから美しいなんて、柳宗悦が書いてたりしましたが、
実は実は、工夫と技術次第でいろんな表現ができて、それがすべて美しいということが解ると想います。
着尺は別として、帯は、単衣の時期になると使える、とくに八寸の場合は、それほどスケスケ感もないので、真夏以外でも
締められるんです。それに一つあると、たんすの肥え方も違います。
もちろん弊社では本物しかありませんから、安心です(^^;)
芭蕉布を語るときに、いろいろ言う呉服屋さんもいるでしょうが、じゃ着てみたことあるの?って言う感じですね。
前もご紹介しましたが、私は芭蕉布を琉装に仕立てて着ています。
そうすると、芭蕉布の長所・短所がよく分かります。
シワになるというけれど、麻のシワとは全然ちがいますね。
折れるという感じになるんです。チリチリシワシワにならない。
だからだらしない感じにならないのです。
それと、圧倒的に涼しい。
そして、気持ちが良い。
肌に直接触れる部分はそう多くありませんが、なんとも言えず肌触りが良い。
私の場合は琉装ですので、下に着ているのは、ドゥジン・カカンです。
この場合、かなり肌に触れる面積が大きい。だから解るんです。
ほんとうはね、喜如嘉に行って、芭蕉の糸を見て欲しいんですよね。
黄金に輝くあの糸の美しさは、本物の金糸をはるかにしのぐ美しさです。
はぁ〜、ってなります。
高価な夏物はとくに若い人に勧めたいですね。
これから生産量を維持するのが難しいという事もありますが、早く買えば買うほど長く楽しめるからです。
40代の人が買えば、80歳まで40シーズン身につけられます。
着用できる期間が限られるわけですから、早く手にすればするほど、何度も使うチャンスがあるということです。
それに、流行廃れないので、長く持って居ても飽きることがない。
芭蕉布についていえば、とくに愛着が湧くと私は思うのですよ。
それが、伝統のよさだろうと想います。
まだ、たぶん神戸大丸からDMが出ていないと想うので、詳しい内容を掲載することは差し控えますが
お近くにお住まいで、芭蕉布にご興味がおありの方は、一見しておいて損はないと想います。
店頭なので気楽にご覧いただけますので、よろしくお願いいたします。
芭蕉布にかんする私のうんちくはまた、別の機会に(^_^)
Posted by 渡辺幻門 at
14:12
│Comments(0)
2011年10月28日
『喜如嘉の芭蕉布展』於 神戸大丸 11/2〜8
ちょっと早いのですが展示会のお知らせです。
表題のとおり、神戸大丸8階きものサロンにて『喜如嘉の芭蕉布展』を行います。
これも早めの『沖縄本土復帰40周年記念』というサブタイトルが付いています。
まぁ、このブログの読者様に、いまさら芭蕉布についてお話しすることも無いと想いますのでやめときます(^_^)
着尺・帯・小物という感じの内容になりますが、特に帯が充実しています。
って、平良美恵子さんに『こんなに持ってたの!』って怒られそうですが(^^;)
とにかく、いろんな技法、いろんな染料をつかった作品を集めてあります。
それに今回はちょっとお買い得かも。
芭蕉布というと、染めにくくて織りにくいという感じで人間の手が加えにくいから美しいなんて、柳宗悦が書いてたりしましたが、
実は実は、工夫と技術次第でいろんな表現ができて、それがすべて美しいということが解ると想います。
着尺は別として、帯は、単衣の時期になると使える、とくに八寸の場合は、それほどスケスケ感もないので、真夏以外でも
締められるんです。それに一つあると、たんすの肥え方も違います。
もちろん弊社では本物しかありませんから、安心です(^^;)
芭蕉布を語るときに、いろいろ言う呉服屋さんもいるでしょうが、じゃ着てみたことあるの?って言う感じですね。
前もご紹介しましたが、私は芭蕉布を琉装に仕立てて着ています。
そうすると、芭蕉布の長所・短所がよく分かります。
シワになるというけれど、麻のシワとは全然ちがいますね。
折れるという感じになるんです。チリチリシワシワにならない。
だからだらしない感じにならないのです。
それと、圧倒的に涼しい。
そして、気持ちが良い。
肌に直接触れる部分はそう多くありませんが、なんとも言えず肌触りが良い。
私の場合は琉装ですので、下に着ているのは、ドゥジン・カカンです。
この場合、かなり肌に触れる面積が大きい。だから解るんです。
ほんとうはね、喜如嘉に行って、芭蕉の糸を見て欲しいんですよね。
黄金に輝くあの糸の美しさは、本物の金糸をはるかにしのぐ美しさです。
はぁ〜、ってなります。
高価な夏物はとくに若い人に勧めたいですね。
これから生産量を維持するのが難しいという事もありますが、早く買えば買うほど長く楽しめるからです。
40代の人が買えば、80歳まで40シーズン身につけられます。
着用できる期間が限られるわけですから、早く手にすればするほど、何度も使うチャンスがあるということです。
それに、流行廃れないので、長く持って居ても飽きることがない。
芭蕉布についていえば、とくに愛着が湧くと私は思うのですよ。
それが、伝統のよさだろうと想います。
まだ、たぶん神戸大丸からDMが出ていないと想うので、詳しい内容を掲載することは差し控えますが
お近くにお住まいで、芭蕉布にご興味がおありの方は、一見しておいて損はないと想います。
店頭なので気楽にご覧いただけますので、よろしくお願いいたします。
芭蕉布にかんする私のうんちくはまた、別の機会に(^_^)
表題のとおり、神戸大丸8階きものサロンにて『喜如嘉の芭蕉布展』を行います。
これも早めの『沖縄本土復帰40周年記念』というサブタイトルが付いています。
まぁ、このブログの読者様に、いまさら芭蕉布についてお話しすることも無いと想いますのでやめときます(^_^)
着尺・帯・小物という感じの内容になりますが、特に帯が充実しています。
って、平良美恵子さんに『こんなに持ってたの!』って怒られそうですが(^^;)
とにかく、いろんな技法、いろんな染料をつかった作品を集めてあります。
それに今回はちょっとお買い得かも。
芭蕉布というと、染めにくくて織りにくいという感じで人間の手が加えにくいから美しいなんて、柳宗悦が書いてたりしましたが、
実は実は、工夫と技術次第でいろんな表現ができて、それがすべて美しいということが解ると想います。
着尺は別として、帯は、単衣の時期になると使える、とくに八寸の場合は、それほどスケスケ感もないので、真夏以外でも
締められるんです。それに一つあると、たんすの肥え方も違います。
もちろん弊社では本物しかありませんから、安心です(^^;)
芭蕉布を語るときに、いろいろ言う呉服屋さんもいるでしょうが、じゃ着てみたことあるの?って言う感じですね。
前もご紹介しましたが、私は芭蕉布を琉装に仕立てて着ています。
そうすると、芭蕉布の長所・短所がよく分かります。
シワになるというけれど、麻のシワとは全然ちがいますね。
折れるという感じになるんです。チリチリシワシワにならない。
だからだらしない感じにならないのです。
それと、圧倒的に涼しい。
そして、気持ちが良い。
肌に直接触れる部分はそう多くありませんが、なんとも言えず肌触りが良い。
私の場合は琉装ですので、下に着ているのは、ドゥジン・カカンです。
この場合、かなり肌に触れる面積が大きい。だから解るんです。
ほんとうはね、喜如嘉に行って、芭蕉の糸を見て欲しいんですよね。
黄金に輝くあの糸の美しさは、本物の金糸をはるかにしのぐ美しさです。
はぁ〜、ってなります。
高価な夏物はとくに若い人に勧めたいですね。
これから生産量を維持するのが難しいという事もありますが、早く買えば買うほど長く楽しめるからです。
40代の人が買えば、80歳まで40シーズン身につけられます。
着用できる期間が限られるわけですから、早く手にすればするほど、何度も使うチャンスがあるということです。
それに、流行廃れないので、長く持って居ても飽きることがない。
芭蕉布についていえば、とくに愛着が湧くと私は思うのですよ。
それが、伝統のよさだろうと想います。
まだ、たぶん神戸大丸からDMが出ていないと想うので、詳しい内容を掲載することは差し控えますが
お近くにお住まいで、芭蕉布にご興味がおありの方は、一見しておいて損はないと想います。
店頭なので気楽にご覧いただけますので、よろしくお願いいたします。
芭蕉布にかんする私のうんちくはまた、別の機会に(^_^)
Posted by 渡辺幻門 at
14:12
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2011年10月27日
歌(謡)のはなし
今日は謡曲・仕舞のお稽古に行ってきました。
8月からお稽古を初めて今日で3回目です。
観世流シテ方の藤井丈雄先生に師事しています。
毎回、とても楽しくお稽古させていただいております。
私は歌が好きで、12〜3歳から家にあったカラオケで歌っていました。
当時、はじめて市販された『カラオケ大将』という小さな機械です。
CDや通信カラオケなんてありませんから、八トラ(エイトトラック)のテープでしたし、ほとんどが演歌でした。
幸いというかなんというか、変声期が早かったので、中1くらいからガンガン歌ってましたね。
幼少期はボーイソプラノと言われたくらいの高音でしたが、中2位でいまのバリトンが定着しました。
とにかく大声で歌っていましたので、お風呂で歌って近所から苦情が来たこともありました(^^;)
勉強も忙しかったのですが、日曜日になると親戚がカラオケをしにくるので私も一緒に歌ってました。
おかげさまで、音符も読めないのに音楽の点数は学年一。
腹から声を出す発声法は、もう高校時代には自然に身についていましたね。
でも、歌う唄が演歌、あるいはムード歌謡という感じですから、大学に入っても浮いていました(>_<)
社会人になっても、向かうところ敵なしで、商売よりも歌の方が自信あります!とか冗談で言っていました。
大声で朗朗と歌い上げるのが好きなので、洋楽で言えば、カンツォーネとかラテンが好きなのですが、
なかなか歌う機会がない。カラオケに入っているといえば、キサスキサスキサスと、ベサメムーチョくらい。
それで、どこかで声楽を教えてくれるところはないかなぁ・・・
とか本気で思っていたのです。
目立ちたがりなので、コーラスとかイヤだし。
オーケストラをやっている先輩から年末の第九に誘われた事もありましたが、そんな事で断ってました。
そんな感じでモヤモヤしていたところで、友人から謡曲の先生を紹介してもらったというわけです。
これはいいですね!
歌謡曲に比べると大変難しいですが、そもそもが能楽という芝居からきているので感情移入が盛り込みやすい。
たっぷり情感こめて歌いたい私としては、謡い甲斐があるのです。
歌というのは和歌・俳句などもそうですが、中身が凝縮されているので、勉強にももってこいなのです。
謡曲の場合は、歴史や国語、季節感、風土などを知ることができますし、節に載せて覚える事も出来る。
小難しい言い方をするよりも、すらりと謡えば、気も効いています。
10分謡えば、汗ばんでくるくらいエネルギーを使いますから、健康にもよいと思います。
熟達するにはまだまだ道のりは遠いですが、一生の趣味として楽しんで行きたいですね。
勉強というのは、本を読むのも良いのですが、やっぱり楽しみながらやるというのが良いと思います。
まずは好きなことから入ると興味を持つから続けやすい。
続けやすいというのが一番大切なんですね。
経済の本でも初めから難しいのを読まなくて良いんです。
マンガでいい。
そこから、興味をもって、それから段々難しい本を見ていけばいいのです。
私も、読まなきゃ!と思って買った本はことごとく積んだままになっています。
そうでなくて、面白いと思う本を読んで、そこから派生していくのがいいのではないかと思うのですね。
なんでもそうですが、楽しい物から始めるというのが成功の極意のような気がします。
8月からお稽古を初めて今日で3回目です。
観世流シテ方の藤井丈雄先生に師事しています。
毎回、とても楽しくお稽古させていただいております。
私は歌が好きで、12〜3歳から家にあったカラオケで歌っていました。
当時、はじめて市販された『カラオケ大将』という小さな機械です。
CDや通信カラオケなんてありませんから、八トラ(エイトトラック)のテープでしたし、ほとんどが演歌でした。
幸いというかなんというか、変声期が早かったので、中1くらいからガンガン歌ってましたね。
幼少期はボーイソプラノと言われたくらいの高音でしたが、中2位でいまのバリトンが定着しました。
とにかく大声で歌っていましたので、お風呂で歌って近所から苦情が来たこともありました(^^;)
勉強も忙しかったのですが、日曜日になると親戚がカラオケをしにくるので私も一緒に歌ってました。
おかげさまで、音符も読めないのに音楽の点数は学年一。
腹から声を出す発声法は、もう高校時代には自然に身についていましたね。
でも、歌う唄が演歌、あるいはムード歌謡という感じですから、大学に入っても浮いていました(>_<)
社会人になっても、向かうところ敵なしで、商売よりも歌の方が自信あります!とか冗談で言っていました。
大声で朗朗と歌い上げるのが好きなので、洋楽で言えば、カンツォーネとかラテンが好きなのですが、
なかなか歌う機会がない。カラオケに入っているといえば、キサスキサスキサスと、ベサメムーチョくらい。
それで、どこかで声楽を教えてくれるところはないかなぁ・・・
とか本気で思っていたのです。
目立ちたがりなので、コーラスとかイヤだし。
オーケストラをやっている先輩から年末の第九に誘われた事もありましたが、そんな事で断ってました。
そんな感じでモヤモヤしていたところで、友人から謡曲の先生を紹介してもらったというわけです。
これはいいですね!
歌謡曲に比べると大変難しいですが、そもそもが能楽という芝居からきているので感情移入が盛り込みやすい。
たっぷり情感こめて歌いたい私としては、謡い甲斐があるのです。
歌というのは和歌・俳句などもそうですが、中身が凝縮されているので、勉強にももってこいなのです。
謡曲の場合は、歴史や国語、季節感、風土などを知ることができますし、節に載せて覚える事も出来る。
小難しい言い方をするよりも、すらりと謡えば、気も効いています。
10分謡えば、汗ばんでくるくらいエネルギーを使いますから、健康にもよいと思います。
熟達するにはまだまだ道のりは遠いですが、一生の趣味として楽しんで行きたいですね。
勉強というのは、本を読むのも良いのですが、やっぱり楽しみながらやるというのが良いと思います。
まずは好きなことから入ると興味を持つから続けやすい。
続けやすいというのが一番大切なんですね。
経済の本でも初めから難しいのを読まなくて良いんです。
マンガでいい。
そこから、興味をもって、それから段々難しい本を見ていけばいいのです。
私も、読まなきゃ!と思って買った本はことごとく積んだままになっています。
そうでなくて、面白いと思う本を読んで、そこから派生していくのがいいのではないかと思うのですね。
なんでもそうですが、楽しい物から始めるというのが成功の極意のような気がします。
Posted by 渡辺幻門 at
23:20
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2011年10月27日
歌(謡)のはなし
今日は謡曲・仕舞のお稽古に行ってきました。
8月からお稽古を初めて今日で3回目です。
観世流シテ方の藤井丈雄先生に師事しています。
毎回、とても楽しくお稽古させていただいております。
私は歌が好きで、12〜3歳から家にあったカラオケで歌っていました。
当時、はじめて市販された『カラオケ大将』という小さな機械です。
CDや通信カラオケなんてありませんから、八トラ(エイトトラック)のテープでしたし、ほとんどが演歌でした。
幸いというかなんというか、変声期が早かったので、中1くらいからガンガン歌ってましたね。
幼少期はボーイソプラノと言われたくらいの高音でしたが、中2位でいまのバリトンが定着しました。
とにかく大声で歌っていましたので、お風呂で歌って近所から苦情が来たこともありました(^^;)
勉強も忙しかったのですが、日曜日になると親戚がカラオケをしにくるので私も一緒に歌ってました。
おかげさまで、音符も読めないのに音楽の点数は学年一。
腹から声を出す発声法は、もう高校時代には自然に身についていましたね。
でも、歌う唄が演歌、あるいはムード歌謡という感じですから、大学に入っても浮いていました(>_<)
社会人になっても、向かうところ敵なしで、商売よりも歌の方が自信あります!とか冗談で言っていました。
大声で朗朗と歌い上げるのが好きなので、洋楽で言えば、カンツォーネとかラテンが好きなのですが、
なかなか歌う機会がない。カラオケに入っているといえば、キサスキサスキサスと、ベサメムーチョくらい。
それで、どこかで声楽を教えてくれるところはないかなぁ・・・
とか本気で思っていたのです。
目立ちたがりなので、コーラスとかイヤだし。
オーケストラをやっている先輩から年末の第九に誘われた事もありましたが、そんな事で断ってました。
そんな感じでモヤモヤしていたところで、友人から謡曲の先生を紹介してもらったというわけです。
これはいいですね!
歌謡曲に比べると大変難しいですが、そもそもが能楽という芝居からきているので感情移入が盛り込みやすい。
たっぷり情感こめて歌いたい私としては、謡い甲斐があるのです。
歌というのは和歌・俳句などもそうですが、中身が凝縮されているので、勉強にももってこいなのです。
謡曲の場合は、歴史や国語、季節感、風土などを知ることができますし、節に載せて覚える事も出来る。
小難しい言い方をするよりも、すらりと謡えば、気も効いています。
10分謡えば、汗ばんでくるくらいエネルギーを使いますから、健康にもよいと思います。
熟達するにはまだまだ道のりは遠いですが、一生の趣味として楽しんで行きたいですね。
勉強というのは、本を読むのも良いのですが、やっぱり楽しみながらやるというのが良いと思います。
まずは好きなことから入ると興味を持つから続けやすい。
続けやすいというのが一番大切なんですね。
経済の本でも初めから難しいのを読まなくて良いんです。
マンガでいい。
そこから、興味をもって、それから段々難しい本を見ていけばいいのです。
私も、読まなきゃ!と思って買った本はことごとく積んだままになっています。
そうでなくて、面白いと思う本を読んで、そこから派生していくのがいいのではないかと思うのですね。
なんでもそうですが、楽しい物から始めるというのが成功の極意のような気がします。
8月からお稽古を初めて今日で3回目です。
観世流シテ方の藤井丈雄先生に師事しています。
毎回、とても楽しくお稽古させていただいております。
私は歌が好きで、12〜3歳から家にあったカラオケで歌っていました。
当時、はじめて市販された『カラオケ大将』という小さな機械です。
CDや通信カラオケなんてありませんから、八トラ(エイトトラック)のテープでしたし、ほとんどが演歌でした。
幸いというかなんというか、変声期が早かったので、中1くらいからガンガン歌ってましたね。
幼少期はボーイソプラノと言われたくらいの高音でしたが、中2位でいまのバリトンが定着しました。
とにかく大声で歌っていましたので、お風呂で歌って近所から苦情が来たこともありました(^^;)
勉強も忙しかったのですが、日曜日になると親戚がカラオケをしにくるので私も一緒に歌ってました。
おかげさまで、音符も読めないのに音楽の点数は学年一。
腹から声を出す発声法は、もう高校時代には自然に身についていましたね。
でも、歌う唄が演歌、あるいはムード歌謡という感じですから、大学に入っても浮いていました(>_<)
社会人になっても、向かうところ敵なしで、商売よりも歌の方が自信あります!とか冗談で言っていました。
大声で朗朗と歌い上げるのが好きなので、洋楽で言えば、カンツォーネとかラテンが好きなのですが、
なかなか歌う機会がない。カラオケに入っているといえば、キサスキサスキサスと、ベサメムーチョくらい。
それで、どこかで声楽を教えてくれるところはないかなぁ・・・
とか本気で思っていたのです。
目立ちたがりなので、コーラスとかイヤだし。
オーケストラをやっている先輩から年末の第九に誘われた事もありましたが、そんな事で断ってました。
そんな感じでモヤモヤしていたところで、友人から謡曲の先生を紹介してもらったというわけです。
これはいいですね!
歌謡曲に比べると大変難しいですが、そもそもが能楽という芝居からきているので感情移入が盛り込みやすい。
たっぷり情感こめて歌いたい私としては、謡い甲斐があるのです。
歌というのは和歌・俳句などもそうですが、中身が凝縮されているので、勉強にももってこいなのです。
謡曲の場合は、歴史や国語、季節感、風土などを知ることができますし、節に載せて覚える事も出来る。
小難しい言い方をするよりも、すらりと謡えば、気も効いています。
10分謡えば、汗ばんでくるくらいエネルギーを使いますから、健康にもよいと思います。
熟達するにはまだまだ道のりは遠いですが、一生の趣味として楽しんで行きたいですね。
勉強というのは、本を読むのも良いのですが、やっぱり楽しみながらやるというのが良いと思います。
まずは好きなことから入ると興味を持つから続けやすい。
続けやすいというのが一番大切なんですね。
経済の本でも初めから難しいのを読まなくて良いんです。
マンガでいい。
そこから、興味をもって、それから段々難しい本を見ていけばいいのです。
私も、読まなきゃ!と思って買った本はことごとく積んだままになっています。
そうでなくて、面白いと思う本を読んで、そこから派生していくのがいいのではないかと思うのですね。
なんでもそうですが、楽しい物から始めるというのが成功の極意のような気がします。
Posted by 渡辺幻門 at
23:20
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2011年10月27日
アカデミックハラスメント
私は最近になってこの言葉を知りました。
アカデミックハラスメントとは・・・
(略称・アカハラ)は、大学などの学内で、教授や教職員がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う、数々の嫌がらせ行為。上下関係を利用した嫌がらせであるためパワーハラスメントの1類型ととらえることができる。また、大学の学内で生じやすい点を捉えれば、キャンパスハラスメントにも分類できる。
私は、高校までもそれなりに、大学の時はまさに花盛りという位、学生生活を謳歌していましたので、こんなことがあるなどとは夢にも思いませんでした。
でも現実には頻発しているようです。
こんなNPOまであるんです。
アカデミックハラスメントをなくすネットワーク
http://www.naah.jp/
最近、大学を出た人達や先生方から、教師から嫌がらせを受けたとか、大学内でいろんな問題があったなんて話は聞いていましたが、
そんなのはごく少数の異常人格者がやっている事だろう、位にしか思っていませんでした。というか思えなかったのです。
少なくとも、慶應にはそんな先生はいませんでしたから。
ところが、私も似たような目にあったのです。
どこのどの大学とは言うのを控えますが、知っている人は知っているでしょう。
その中のある特定の教員に強烈な嫌がらせと弾圧を受けたんです。
知人とそんな話をしていたら、『そら、アカハラっちゅうやっちゃ。ほっといたら他の学生さんもえらい目に遭うで!』というのです。
私は基本的に性善説をとっているので、そんな風には思えなかったし、もう思い出すのも気分が悪いので、記憶から消し去る事に
していましたが、勉強する学生さんに良い環境を与えられないとなると、これは問題です。
私の仕事は、染織家を育てて、次代につなぐことですから、その障害になる行為をする人は私の敵です。
私は、多くの先生方、友人(もちろん親)のおかげで、素晴らしい学生生活を送ることが出来ました。
だから、私は母校の慶應義塾が大好きです。
素晴らしい先生と仲間に支えられた輝く4年間があったから、社会に出てものびのびと物も言えるし、思う存分の活動ができるんだと思います。
それが、教師に理不尽な理由で怒鳴りつけられ、罵倒され、やることなすこと全否定される様なら、その学生は大学が嫌いになるでしょうし、
坊主にくけりゃ袈裟まで憎いで、友達とも縁遠くなると思います。そして社会人になってからも何か心細い想いをするはずです。
アカハラ教員は何故そんなことができるかというと、単位・進級・卒業・就職という伝家の宝刀を持っているからです。
アカハラをされている友人を見て見ぬふりをしている構図は、まさにいじめっ子を生むそれと同じです。
大学の教師は研究者だからその個性が尊重されるべきだぁ?
馬鹿を言っちゃいけません。
だったら、研究だけしてなさいよ!!
大学教員のもっとも大きな仕事は、社会に出て行く若い人達に実践は無理としても、戦いに臨むための夢と勇気を持たせる所じゃないでしょうか。
私はもう、ひねたオッサンですから、少々のことでは夢も勇気も失いませんが、それでも、奥歯が削れるぐらい、爪が手のひらに食い込むくらい頭に来ました。
そんなのは教育でもなんでもないのです。
私が作家さんに対してボロカスに言って、作家さんが良い物をつくると思いますか?
そうだと思っている人がいたら、それはドアホです。
恫喝し罵倒し、欠点をあげつらっても決して良い結果は生まないし、その作家が伸びることはない。
もちろん、致命的な事は指摘してあげて、解決方法を一緒に考えます。
それも、その作家を救いたいと思う大きな長所があるからです。
人を育てる時には、長所を伸ばしてあげる、磨きを掛けてあげる事が大切なのです。
作り手は自分の長所に案外気づいていない場合が多い。それを気づかせてあげるのです。
そして、欠点を補う方法を教えてあげて、安心と自信を持って、仕事に取り組めるようにしてあげる。
大学教師の仕事もおなじだと思うのです。
実は、この教師のアカハラが理由であると明確に大学側に伝えて退学した人が今年だけで二人いるそうです。
それ以前にも何度も問題はおこっているとう話です。問題というのは授業欠席や転出・退学ということです。
大学側は認識しているそうですが、今のところ動こうとはしていないと聞いています。
大学というのは一体何のために、誰のためにあるのでしょう。
就職の厳しい今の時代なら、なおさら、学生さんを大切に教育して、力を付けさせてあげる事が必要であるし、
そのための環境を整えなければならないのではないでしょうか。
自分のもっている権限を振りかざして、学生が困って泣いていても、ヘラヘラ笑い、自分の地位にのぼせ上がっている教員がいたとしたら、
私は、絶対に許せない。
それをのさばらせている大学当局も、最高学府の看板を返上すべきです。
大学は猿山や牢屋じゃない。
猿山なら、ボス猿のマウンティングもあるし、牢屋なら牢名主に屈辱的な事もされることもあるでしょう。
しかし、大学というところは知識と良識の源泉なのです。
大学当局も教員もみんなそれを理解、自覚しているのでしょうか。
同僚の大学教員も、被害を受けている学生さんの友人も、見て見ぬふりをしていてはいけないのです。
『天は人の上に人をつくらず』
『義を見てせざるは勇なきなり』
アカデミックハラスメントとは・・・
(略称・アカハラ)は、大学などの学内で、教授や教職員がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う、数々の嫌がらせ行為。上下関係を利用した嫌がらせであるためパワーハラスメントの1類型ととらえることができる。また、大学の学内で生じやすい点を捉えれば、キャンパスハラスメントにも分類できる。
私は、高校までもそれなりに、大学の時はまさに花盛りという位、学生生活を謳歌していましたので、こんなことがあるなどとは夢にも思いませんでした。
でも現実には頻発しているようです。
こんなNPOまであるんです。
アカデミックハラスメントをなくすネットワーク
http://www.naah.jp/
最近、大学を出た人達や先生方から、教師から嫌がらせを受けたとか、大学内でいろんな問題があったなんて話は聞いていましたが、
そんなのはごく少数の異常人格者がやっている事だろう、位にしか思っていませんでした。というか思えなかったのです。
少なくとも、慶應にはそんな先生はいませんでしたから。
ところが、私も似たような目にあったのです。
どこのどの大学とは言うのを控えますが、知っている人は知っているでしょう。
その中のある特定の教員に強烈な嫌がらせと弾圧を受けたんです。
知人とそんな話をしていたら、『そら、アカハラっちゅうやっちゃ。ほっといたら他の学生さんもえらい目に遭うで!』というのです。
私は基本的に性善説をとっているので、そんな風には思えなかったし、もう思い出すのも気分が悪いので、記憶から消し去る事に
していましたが、勉強する学生さんに良い環境を与えられないとなると、これは問題です。
私の仕事は、染織家を育てて、次代につなぐことですから、その障害になる行為をする人は私の敵です。
私は、多くの先生方、友人(もちろん親)のおかげで、素晴らしい学生生活を送ることが出来ました。
だから、私は母校の慶應義塾が大好きです。
素晴らしい先生と仲間に支えられた輝く4年間があったから、社会に出てものびのびと物も言えるし、思う存分の活動ができるんだと思います。
それが、教師に理不尽な理由で怒鳴りつけられ、罵倒され、やることなすこと全否定される様なら、その学生は大学が嫌いになるでしょうし、
坊主にくけりゃ袈裟まで憎いで、友達とも縁遠くなると思います。そして社会人になってからも何か心細い想いをするはずです。
アカハラ教員は何故そんなことができるかというと、単位・進級・卒業・就職という伝家の宝刀を持っているからです。
アカハラをされている友人を見て見ぬふりをしている構図は、まさにいじめっ子を生むそれと同じです。
大学の教師は研究者だからその個性が尊重されるべきだぁ?
馬鹿を言っちゃいけません。
だったら、研究だけしてなさいよ!!
大学教員のもっとも大きな仕事は、社会に出て行く若い人達に実践は無理としても、戦いに臨むための夢と勇気を持たせる所じゃないでしょうか。
私はもう、ひねたオッサンですから、少々のことでは夢も勇気も失いませんが、それでも、奥歯が削れるぐらい、爪が手のひらに食い込むくらい頭に来ました。
そんなのは教育でもなんでもないのです。
私が作家さんに対してボロカスに言って、作家さんが良い物をつくると思いますか?
そうだと思っている人がいたら、それはドアホです。
恫喝し罵倒し、欠点をあげつらっても決して良い結果は生まないし、その作家が伸びることはない。
もちろん、致命的な事は指摘してあげて、解決方法を一緒に考えます。
それも、その作家を救いたいと思う大きな長所があるからです。
人を育てる時には、長所を伸ばしてあげる、磨きを掛けてあげる事が大切なのです。
作り手は自分の長所に案外気づいていない場合が多い。それを気づかせてあげるのです。
そして、欠点を補う方法を教えてあげて、安心と自信を持って、仕事に取り組めるようにしてあげる。
大学教師の仕事もおなじだと思うのです。
実は、この教師のアカハラが理由であると明確に大学側に伝えて退学した人が今年だけで二人いるそうです。
それ以前にも何度も問題はおこっているとう話です。問題というのは授業欠席や転出・退学ということです。
大学側は認識しているそうですが、今のところ動こうとはしていないと聞いています。
大学というのは一体何のために、誰のためにあるのでしょう。
就職の厳しい今の時代なら、なおさら、学生さんを大切に教育して、力を付けさせてあげる事が必要であるし、
そのための環境を整えなければならないのではないでしょうか。
自分のもっている権限を振りかざして、学生が困って泣いていても、ヘラヘラ笑い、自分の地位にのぼせ上がっている教員がいたとしたら、
私は、絶対に許せない。
それをのさばらせている大学当局も、最高学府の看板を返上すべきです。
大学は猿山や牢屋じゃない。
猿山なら、ボス猿のマウンティングもあるし、牢屋なら牢名主に屈辱的な事もされることもあるでしょう。
しかし、大学というところは知識と良識の源泉なのです。
大学当局も教員もみんなそれを理解、自覚しているのでしょうか。
同僚の大学教員も、被害を受けている学生さんの友人も、見て見ぬふりをしていてはいけないのです。
『天は人の上に人をつくらず』
『義を見てせざるは勇なきなり』
Posted by 渡辺幻門 at
21:54
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2011年10月27日
アカデミックハラスメント
私は最近になってこの言葉を知りました。
アカデミックハラスメントとは・・・
(略称・アカハラ)は、大学などの学内で、教授や教職員がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う、数々の嫌がらせ行為。上下関係を利用した嫌がらせであるためパワーハラスメントの1類型ととらえることができる。また、大学の学内で生じやすい点を捉えれば、キャンパスハラスメントにも分類できる。
私は、高校までもそれなりに、大学の時はまさに花盛りという位、学生生活を謳歌していましたので、こんなことがあるなどとは夢にも思いませんでした。
でも現実には頻発しているようです。
こんなNPOまであるんです。
アカデミックハラスメントをなくすネットワーク
http://www.naah.jp/
最近、大学を出た人達や先生方から、教師から嫌がらせを受けたとか、大学内でいろんな問題があったなんて話は聞いていましたが、
そんなのはごく少数の異常人格者がやっている事だろう、位にしか思っていませんでした。というか思えなかったのです。
少なくとも、慶應にはそんな先生はいませんでしたから。
ところが、私も似たような目にあったのです。
どこのどの大学とは言うのを控えますが、知っている人は知っているでしょう。
その中のある特定の教員に強烈な嫌がらせと弾圧を受けたんです。
知人とそんな話をしていたら、『そら、アカハラっちゅうやっちゃ。ほっといたら他の学生さんもえらい目に遭うで!』というのです。
私は基本的に性善説をとっているので、そんな風には思えなかったし、もう思い出すのも気分が悪いので、記憶から消し去る事に
していましたが、勉強する学生さんに良い環境を与えられないとなると、これは問題です。
私の仕事は、染織家を育てて、次代につなぐことですから、その障害になる行為をする人は私の敵です。
私は、多くの先生方、友人(もちろん親)のおかげで、素晴らしい学生生活を送ることが出来ました。
だから、私は母校の慶應義塾が大好きです。
素晴らしい先生と仲間に支えられた輝く4年間があったから、社会に出てものびのびと物も言えるし、思う存分の活動ができるんだと思います。
それが、教師に理不尽な理由で怒鳴りつけられ、罵倒され、やることなすこと全否定される様なら、その学生は大学が嫌いになるでしょうし、
坊主にくけりゃ袈裟まで憎いで、友達とも縁遠くなると思います。そして社会人になってからも何か心細い想いをするはずです。
アカハラ教員は何故そんなことができるかというと、単位・進級・卒業・就職という伝家の宝刀を持っているからです。
アカハラをされている友人を見て見ぬふりをしている構図は、まさにいじめっ子を生むそれと同じです。
大学の教師は研究者だからその個性が尊重されるべきだぁ?
馬鹿を言っちゃいけません。
だったら、研究だけしてなさいよ!!
大学教員のもっとも大きな仕事は、社会に出て行く若い人達に実践は無理としても、戦いに臨むための夢と勇気を持たせる所じゃないでしょうか。
私はもう、ひねたオッサンですから、少々のことでは夢も勇気も失いませんが、それでも、奥歯が削れるぐらい、爪が手のひらに食い込むくらい頭に来ました。
そんなのは教育でもなんでもないのです。
私が作家さんに対してボロカスに言って、作家さんが良い物をつくると思いますか?
そうだと思っている人がいたら、それはドアホです。
恫喝し罵倒し、欠点をあげつらっても決して良い結果は生まないし、その作家が伸びることはない。
もちろん、致命的な事は指摘してあげて、解決方法を一緒に考えます。
それも、その作家を救いたいと思う大きな長所があるからです。
人を育てる時には、長所を伸ばしてあげる、磨きを掛けてあげる事が大切なのです。
作り手は自分の長所に案外気づいていない場合が多い。それを気づかせてあげるのです。
そして、欠点を補う方法を教えてあげて、安心と自信を持って、仕事に取り組めるようにしてあげる。
大学教師の仕事もおなじだと思うのです。
実は、この教師のアカハラが理由であると明確に大学側に伝えて退学した人が今年だけで二人いるそうです。
それ以前にも何度も問題はおこっているとう話です。問題というのは授業欠席や転出・退学ということです。
大学側は認識しているそうですが、今のところ動こうとはしていないと聞いています。
大学というのは一体何のために、誰のためにあるのでしょう。
就職の厳しい今の時代なら、なおさら、学生さんを大切に教育して、力を付けさせてあげる事が必要であるし、
そのための環境を整えなければならないのではないでしょうか。
自分のもっている権限を振りかざして、学生が困って泣いていても、ヘラヘラ笑い、自分の地位にのぼせ上がっている教員がいたとしたら、
私は、絶対に許せない。
それをのさばらせている大学当局も、最高学府の看板を返上すべきです。
大学は猿山や牢屋じゃない。
猿山なら、ボス猿のマウンティングもあるし、牢屋なら牢名主に屈辱的な事もされることもあるでしょう。
しかし、大学というところは知識と良識の源泉なのです。
大学当局も教員もみんなそれを理解、自覚しているのでしょうか。
同僚の大学教員も、被害を受けている学生さんの友人も、見て見ぬふりをしていてはいけないのです。
『天は人の上に人をつくらず』
『義を見てせざるは勇なきなり』
アカデミックハラスメントとは・・・
(略称・アカハラ)は、大学などの学内で、教授や教職員がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う、数々の嫌がらせ行為。上下関係を利用した嫌がらせであるためパワーハラスメントの1類型ととらえることができる。また、大学の学内で生じやすい点を捉えれば、キャンパスハラスメントにも分類できる。
私は、高校までもそれなりに、大学の時はまさに花盛りという位、学生生活を謳歌していましたので、こんなことがあるなどとは夢にも思いませんでした。
でも現実には頻発しているようです。
こんなNPOまであるんです。
アカデミックハラスメントをなくすネットワーク
http://www.naah.jp/
最近、大学を出た人達や先生方から、教師から嫌がらせを受けたとか、大学内でいろんな問題があったなんて話は聞いていましたが、
そんなのはごく少数の異常人格者がやっている事だろう、位にしか思っていませんでした。というか思えなかったのです。
少なくとも、慶應にはそんな先生はいませんでしたから。
ところが、私も似たような目にあったのです。
どこのどの大学とは言うのを控えますが、知っている人は知っているでしょう。
その中のある特定の教員に強烈な嫌がらせと弾圧を受けたんです。
知人とそんな話をしていたら、『そら、アカハラっちゅうやっちゃ。ほっといたら他の学生さんもえらい目に遭うで!』というのです。
私は基本的に性善説をとっているので、そんな風には思えなかったし、もう思い出すのも気分が悪いので、記憶から消し去る事に
していましたが、勉強する学生さんに良い環境を与えられないとなると、これは問題です。
私の仕事は、染織家を育てて、次代につなぐことですから、その障害になる行為をする人は私の敵です。
私は、多くの先生方、友人(もちろん親)のおかげで、素晴らしい学生生活を送ることが出来ました。
だから、私は母校の慶應義塾が大好きです。
素晴らしい先生と仲間に支えられた輝く4年間があったから、社会に出てものびのびと物も言えるし、思う存分の活動ができるんだと思います。
それが、教師に理不尽な理由で怒鳴りつけられ、罵倒され、やることなすこと全否定される様なら、その学生は大学が嫌いになるでしょうし、
坊主にくけりゃ袈裟まで憎いで、友達とも縁遠くなると思います。そして社会人になってからも何か心細い想いをするはずです。
アカハラ教員は何故そんなことができるかというと、単位・進級・卒業・就職という伝家の宝刀を持っているからです。
アカハラをされている友人を見て見ぬふりをしている構図は、まさにいじめっ子を生むそれと同じです。
大学の教師は研究者だからその個性が尊重されるべきだぁ?
馬鹿を言っちゃいけません。
だったら、研究だけしてなさいよ!!
大学教員のもっとも大きな仕事は、社会に出て行く若い人達に実践は無理としても、戦いに臨むための夢と勇気を持たせる所じゃないでしょうか。
私はもう、ひねたオッサンですから、少々のことでは夢も勇気も失いませんが、それでも、奥歯が削れるぐらい、爪が手のひらに食い込むくらい頭に来ました。
そんなのは教育でもなんでもないのです。
私が作家さんに対してボロカスに言って、作家さんが良い物をつくると思いますか?
そうだと思っている人がいたら、それはドアホです。
恫喝し罵倒し、欠点をあげつらっても決して良い結果は生まないし、その作家が伸びることはない。
もちろん、致命的な事は指摘してあげて、解決方法を一緒に考えます。
それも、その作家を救いたいと思う大きな長所があるからです。
人を育てる時には、長所を伸ばしてあげる、磨きを掛けてあげる事が大切なのです。
作り手は自分の長所に案外気づいていない場合が多い。それを気づかせてあげるのです。
そして、欠点を補う方法を教えてあげて、安心と自信を持って、仕事に取り組めるようにしてあげる。
大学教師の仕事もおなじだと思うのです。
実は、この教師のアカハラが理由であると明確に大学側に伝えて退学した人が今年だけで二人いるそうです。
それ以前にも何度も問題はおこっているとう話です。問題というのは授業欠席や転出・退学ということです。
大学側は認識しているそうですが、今のところ動こうとはしていないと聞いています。
大学というのは一体何のために、誰のためにあるのでしょう。
就職の厳しい今の時代なら、なおさら、学生さんを大切に教育して、力を付けさせてあげる事が必要であるし、
そのための環境を整えなければならないのではないでしょうか。
自分のもっている権限を振りかざして、学生が困って泣いていても、ヘラヘラ笑い、自分の地位にのぼせ上がっている教員がいたとしたら、
私は、絶対に許せない。
それをのさばらせている大学当局も、最高学府の看板を返上すべきです。
大学は猿山や牢屋じゃない。
猿山なら、ボス猿のマウンティングもあるし、牢屋なら牢名主に屈辱的な事もされることもあるでしょう。
しかし、大学というところは知識と良識の源泉なのです。
大学当局も教員もみんなそれを理解、自覚しているのでしょうか。
同僚の大学教員も、被害を受けている学生さんの友人も、見て見ぬふりをしていてはいけないのです。
『天は人の上に人をつくらず』
『義を見てせざるは勇なきなり』
Posted by 渡辺幻門 at
21:54
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2011年10月25日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第35回目>
10−4 戦略的ジレンマを生み出す競争
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
2011年10月25日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第35回目>
10−4 戦略的ジレンマを生み出す競争
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at
21:17
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2011年10月18日
もずやと学ぶ染織マーケティング<34回目>
10−3 産業の枠組みを構成する競争
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
2011年10月18日
もずやと学ぶ染織マーケティング<34回目>
10−3 産業の枠組みを構成する競争
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
Posted by 渡辺幻門 at
18:28
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2011年10月16日
口角を上げる
気色悪いと想われるかもしれませんが、私は『口角をあげる練習』をしています。
鏡を見て、口の両端を上げる=もちあげる練習をするのです。
これは、一つは、印象をよくするためです。
営業をやっているといやな事、つらいことに出くわします。
その度に表情をゆがめたり、暗い顔をしていては、お客様に悪い印象を与えてしまいます。
つらそうな顔をしていて、同情してくださるほど、世の中甘くありません。
『笑う門には福来たる』という言葉の通り、笑顔が最大の販促であると心得なければなりません。
体がつらいときや、イヤな想いをした時は、どうしても口角が下がって口が『へ』の字になります。
昔のお侍さんはへの字の口でよかったのでしょうが、商人はいつも笑顔でいなければなりません。
腹の中がどうでも、それはお客様には全く関係の無いことです。
笑顔で自信をもってハキハキと対応する事が一番大切です。
それと、もうひとつ。
心情が顔に出ると想われがちですが、それはそうとも言えない、と私は思っています。
体から心を操作することも出来るのではないか、と想うのです。
疲れて体がしんどい時に、軽い運動をすれば、体の調子が良くなって、心も軽くなるということは誰しも経験があるでしょう。
だから、気分が落ち込んだとき、悲観的な気持ちになったとき、表情や態度から変えてみるのです。
その一つが『口角をあげる』事です。
悲しいとき、腹が立ったとき、わざと口角を上げて、笑顔を作ってみる。
大笑いする必要はありません。微笑みを浮かべるだけでいいのです。
これだけで印象が非常によくなり、自分自身も心が軽くなります。
私は若い頃、いやな事があったら顔に出ると良く言われていました。
お客様に失礼な事も数多くしただろうと想います。
なぜ、そんなことになるかといえば、経験不足と、精神の不安定が原因なのです。
営業といえば、感情の起伏の激しい目立つタイプが向いていそうに想われがちですが、
これは、初級篇のはなし。
営業で一番大切なのは、安定した精神状態だと私は思います。
ですから、悲しくてもつらい顔をせず、嬉しくてもおごらず、という態度が必要ですし、
普段からそうした訓練をしなければなりません。
つまり、常に淡々としている。一喜一憂しないで、つねに口角を上げて微笑みを浮かべた
和やかな精神状態に保つ事が必要で、そうした訓練をしなければなりません。
それは、売る場合だけでなく、買う場合でもそうです。
私が仕入方の顔の場合、本当に良い作品を前にしたら静かに『はい。これいつもと同じ値段でいいですね』と言うだけ。
大げさに『ええのつくったやんか!』と言うときは、それは演技です。
全然ダメな作品の時は・・・・これは秘密にしておきましょう(^^;)
つまり、商売というのは高度な心理戦だ、ということです。
心理戦を制するためには、まず自分の心をコントロールしなければなりません。
そして、心を制御するには、体からそちらに向かわせなければならないということです。
私はよく『感情が読み取れない』『何を考えているのか解らない』と言われます。
それは、リアクションが普通と違うからだと想います。
嬉しいときほど、喜ばない。
悲しいときも、悲しそうにしない。
感情を押し殺して、自分をコントロールする訓練を普段からしているのです。
そうしていても、心情というのは必ず自ずと表情に表れてきます。それで十分だからです。
『素晴らしい人生』という歌があってその中に、こう歌われています。
♪悲しいときは、微笑み浮かべ、喜びを待ちましょう♪
『まだはもうなり、もうはまだなり』
商売は営々と続くもの。
ひと商売終わったときは、もうすぐに次の商売が始まっているのです。
この心がけは、私達商人だけでなく、作り手にも応用できる事だと想います。
すくなくとも、用の美の工芸には悲しみは必要ない。あるのは健康美のみです。
それなのに、こころが沈んでいたり、怒っていたりしていては、よい作品は出来ないと私は思います。
つねに平常心+楽しい気持ち、うれしい気持ちがなければいけない。
みなさんに『楽しく、笑顔で仕事をしよう!』と呼びかけているのはそういう事なのです。
生きとし生けるものは必ず暖かい所に集ってくるのです。
みんなで、口角を上げて、微笑みをもって仕事を続けていきましょう!
鏡を見て、口の両端を上げる=もちあげる練習をするのです。
これは、一つは、印象をよくするためです。
営業をやっているといやな事、つらいことに出くわします。
その度に表情をゆがめたり、暗い顔をしていては、お客様に悪い印象を与えてしまいます。
つらそうな顔をしていて、同情してくださるほど、世の中甘くありません。
『笑う門には福来たる』という言葉の通り、笑顔が最大の販促であると心得なければなりません。
体がつらいときや、イヤな想いをした時は、どうしても口角が下がって口が『へ』の字になります。
昔のお侍さんはへの字の口でよかったのでしょうが、商人はいつも笑顔でいなければなりません。
腹の中がどうでも、それはお客様には全く関係の無いことです。
笑顔で自信をもってハキハキと対応する事が一番大切です。
それと、もうひとつ。
心情が顔に出ると想われがちですが、それはそうとも言えない、と私は思っています。
体から心を操作することも出来るのではないか、と想うのです。
疲れて体がしんどい時に、軽い運動をすれば、体の調子が良くなって、心も軽くなるということは誰しも経験があるでしょう。
だから、気分が落ち込んだとき、悲観的な気持ちになったとき、表情や態度から変えてみるのです。
その一つが『口角をあげる』事です。
悲しいとき、腹が立ったとき、わざと口角を上げて、笑顔を作ってみる。
大笑いする必要はありません。微笑みを浮かべるだけでいいのです。
これだけで印象が非常によくなり、自分自身も心が軽くなります。
私は若い頃、いやな事があったら顔に出ると良く言われていました。
お客様に失礼な事も数多くしただろうと想います。
なぜ、そんなことになるかといえば、経験不足と、精神の不安定が原因なのです。
営業といえば、感情の起伏の激しい目立つタイプが向いていそうに想われがちですが、
これは、初級篇のはなし。
営業で一番大切なのは、安定した精神状態だと私は思います。
ですから、悲しくてもつらい顔をせず、嬉しくてもおごらず、という態度が必要ですし、
普段からそうした訓練をしなければなりません。
つまり、常に淡々としている。一喜一憂しないで、つねに口角を上げて微笑みを浮かべた
和やかな精神状態に保つ事が必要で、そうした訓練をしなければなりません。
それは、売る場合だけでなく、買う場合でもそうです。
私が仕入方の顔の場合、本当に良い作品を前にしたら静かに『はい。これいつもと同じ値段でいいですね』と言うだけ。
大げさに『ええのつくったやんか!』と言うときは、それは演技です。
全然ダメな作品の時は・・・・これは秘密にしておきましょう(^^;)
つまり、商売というのは高度な心理戦だ、ということです。
心理戦を制するためには、まず自分の心をコントロールしなければなりません。
そして、心を制御するには、体からそちらに向かわせなければならないということです。
私はよく『感情が読み取れない』『何を考えているのか解らない』と言われます。
それは、リアクションが普通と違うからだと想います。
嬉しいときほど、喜ばない。
悲しいときも、悲しそうにしない。
感情を押し殺して、自分をコントロールする訓練を普段からしているのです。
そうしていても、心情というのは必ず自ずと表情に表れてきます。それで十分だからです。
『素晴らしい人生』という歌があってその中に、こう歌われています。
♪悲しいときは、微笑み浮かべ、喜びを待ちましょう♪
『まだはもうなり、もうはまだなり』
商売は営々と続くもの。
ひと商売終わったときは、もうすぐに次の商売が始まっているのです。
この心がけは、私達商人だけでなく、作り手にも応用できる事だと想います。
すくなくとも、用の美の工芸には悲しみは必要ない。あるのは健康美のみです。
それなのに、こころが沈んでいたり、怒っていたりしていては、よい作品は出来ないと私は思います。
つねに平常心+楽しい気持ち、うれしい気持ちがなければいけない。
みなさんに『楽しく、笑顔で仕事をしよう!』と呼びかけているのはそういう事なのです。
生きとし生けるものは必ず暖かい所に集ってくるのです。
みんなで、口角を上げて、微笑みをもって仕事を続けていきましょう!
Posted by 渡辺幻門 at
22:33
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2011年10月16日
口角を上げる
気色悪いと想われるかもしれませんが、私は『口角をあげる練習』をしています。
鏡を見て、口の両端を上げる=もちあげる練習をするのです。
これは、一つは、印象をよくするためです。
営業をやっているといやな事、つらいことに出くわします。
その度に表情をゆがめたり、暗い顔をしていては、お客様に悪い印象を与えてしまいます。
つらそうな顔をしていて、同情してくださるほど、世の中甘くありません。
『笑う門には福来たる』という言葉の通り、笑顔が最大の販促であると心得なければなりません。
体がつらいときや、イヤな想いをした時は、どうしても口角が下がって口が『へ』の字になります。
昔のお侍さんはへの字の口でよかったのでしょうが、商人はいつも笑顔でいなければなりません。
腹の中がどうでも、それはお客様には全く関係の無いことです。
笑顔で自信をもってハキハキと対応する事が一番大切です。
それと、もうひとつ。
心情が顔に出ると想われがちですが、それはそうとも言えない、と私は思っています。
体から心を操作することも出来るのではないか、と想うのです。
疲れて体がしんどい時に、軽い運動をすれば、体の調子が良くなって、心も軽くなるということは誰しも経験があるでしょう。
だから、気分が落ち込んだとき、悲観的な気持ちになったとき、表情や態度から変えてみるのです。
その一つが『口角をあげる』事です。
悲しいとき、腹が立ったとき、わざと口角を上げて、笑顔を作ってみる。
大笑いする必要はありません。微笑みを浮かべるだけでいいのです。
これだけで印象が非常によくなり、自分自身も心が軽くなります。
私は若い頃、いやな事があったら顔に出ると良く言われていました。
お客様に失礼な事も数多くしただろうと想います。
なぜ、そんなことになるかといえば、経験不足と、精神の不安定が原因なのです。
営業といえば、感情の起伏の激しい目立つタイプが向いていそうに想われがちですが、
これは、初級篇のはなし。
営業で一番大切なのは、安定した精神状態だと私は思います。
ですから、悲しくてもつらい顔をせず、嬉しくてもおごらず、という態度が必要ですし、
普段からそうした訓練をしなければなりません。
つまり、常に淡々としている。一喜一憂しないで、つねに口角を上げて微笑みを浮かべた
和やかな精神状態に保つ事が必要で、そうした訓練をしなければなりません。
それは、売る場合だけでなく、買う場合でもそうです。
私が仕入方の顔の場合、本当に良い作品を前にしたら静かに『はい。これいつもと同じ値段でいいですね』と言うだけ。
大げさに『ええのつくったやんか!』と言うときは、それは演技です。
全然ダメな作品の時は・・・・これは秘密にしておきましょう(^^;)
つまり、商売というのは高度な心理戦だ、ということです。
心理戦を制するためには、まず自分の心をコントロールしなければなりません。
そして、心を制御するには、体からそちらに向かわせなければならないということです。
私はよく『感情が読み取れない』『何を考えているのか解らない』と言われます。
それは、リアクションが普通と違うからだと想います。
嬉しいときほど、喜ばない。
悲しいときも、悲しそうにしない。
感情を押し殺して、自分をコントロールする訓練を普段からしているのです。
そうしていても、心情というのは必ず自ずと表情に表れてきます。それで十分だからです。
『素晴らしい人生』という歌があってその中に、こう歌われています。
♪悲しいときは、微笑み浮かべ、喜びを待ちましょう♪
『まだはもうなり、もうはまだなり』
商売は営々と続くもの。
ひと商売終わったときは、もうすぐに次の商売が始まっているのです。
この心がけは、私達商人だけでなく、作り手にも応用できる事だと想います。
すくなくとも、用の美の工芸には悲しみは必要ない。あるのは健康美のみです。
それなのに、こころが沈んでいたり、怒っていたりしていては、よい作品は出来ないと私は思います。
つねに平常心+楽しい気持ち、うれしい気持ちがなければいけない。
みなさんに『楽しく、笑顔で仕事をしよう!』と呼びかけているのはそういう事なのです。
生きとし生けるものは必ず暖かい所に集ってくるのです。
みんなで、口角を上げて、微笑みをもって仕事を続けていきましょう!
鏡を見て、口の両端を上げる=もちあげる練習をするのです。
これは、一つは、印象をよくするためです。
営業をやっているといやな事、つらいことに出くわします。
その度に表情をゆがめたり、暗い顔をしていては、お客様に悪い印象を与えてしまいます。
つらそうな顔をしていて、同情してくださるほど、世の中甘くありません。
『笑う門には福来たる』という言葉の通り、笑顔が最大の販促であると心得なければなりません。
体がつらいときや、イヤな想いをした時は、どうしても口角が下がって口が『へ』の字になります。
昔のお侍さんはへの字の口でよかったのでしょうが、商人はいつも笑顔でいなければなりません。
腹の中がどうでも、それはお客様には全く関係の無いことです。
笑顔で自信をもってハキハキと対応する事が一番大切です。
それと、もうひとつ。
心情が顔に出ると想われがちですが、それはそうとも言えない、と私は思っています。
体から心を操作することも出来るのではないか、と想うのです。
疲れて体がしんどい時に、軽い運動をすれば、体の調子が良くなって、心も軽くなるということは誰しも経験があるでしょう。
だから、気分が落ち込んだとき、悲観的な気持ちになったとき、表情や態度から変えてみるのです。
その一つが『口角をあげる』事です。
悲しいとき、腹が立ったとき、わざと口角を上げて、笑顔を作ってみる。
大笑いする必要はありません。微笑みを浮かべるだけでいいのです。
これだけで印象が非常によくなり、自分自身も心が軽くなります。
私は若い頃、いやな事があったら顔に出ると良く言われていました。
お客様に失礼な事も数多くしただろうと想います。
なぜ、そんなことになるかといえば、経験不足と、精神の不安定が原因なのです。
営業といえば、感情の起伏の激しい目立つタイプが向いていそうに想われがちですが、
これは、初級篇のはなし。
営業で一番大切なのは、安定した精神状態だと私は思います。
ですから、悲しくてもつらい顔をせず、嬉しくてもおごらず、という態度が必要ですし、
普段からそうした訓練をしなければなりません。
つまり、常に淡々としている。一喜一憂しないで、つねに口角を上げて微笑みを浮かべた
和やかな精神状態に保つ事が必要で、そうした訓練をしなければなりません。
それは、売る場合だけでなく、買う場合でもそうです。
私が仕入方の顔の場合、本当に良い作品を前にしたら静かに『はい。これいつもと同じ値段でいいですね』と言うだけ。
大げさに『ええのつくったやんか!』と言うときは、それは演技です。
全然ダメな作品の時は・・・・これは秘密にしておきましょう(^^;)
つまり、商売というのは高度な心理戦だ、ということです。
心理戦を制するためには、まず自分の心をコントロールしなければなりません。
そして、心を制御するには、体からそちらに向かわせなければならないということです。
私はよく『感情が読み取れない』『何を考えているのか解らない』と言われます。
それは、リアクションが普通と違うからだと想います。
嬉しいときほど、喜ばない。
悲しいときも、悲しそうにしない。
感情を押し殺して、自分をコントロールする訓練を普段からしているのです。
そうしていても、心情というのは必ず自ずと表情に表れてきます。それで十分だからです。
『素晴らしい人生』という歌があってその中に、こう歌われています。
♪悲しいときは、微笑み浮かべ、喜びを待ちましょう♪
『まだはもうなり、もうはまだなり』
商売は営々と続くもの。
ひと商売終わったときは、もうすぐに次の商売が始まっているのです。
この心がけは、私達商人だけでなく、作り手にも応用できる事だと想います。
すくなくとも、用の美の工芸には悲しみは必要ない。あるのは健康美のみです。
それなのに、こころが沈んでいたり、怒っていたりしていては、よい作品は出来ないと私は思います。
つねに平常心+楽しい気持ち、うれしい気持ちがなければいけない。
みなさんに『楽しく、笑顔で仕事をしよう!』と呼びかけているのはそういう事なのです。
生きとし生けるものは必ず暖かい所に集ってくるのです。
みんなで、口角を上げて、微笑みをもって仕事を続けていきましょう!
Posted by 渡辺幻門 at
22:33
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2011年10月13日
花倉織のはなし
花倉織というのは、ご存じの通り、首里の織物の技法のひとつで、花織と絽織が併用されたものを言います。
ところが、これにはちょっと注意が必要です。
まず、『花倉織』という名前は本場首里の織物保存会が商標登録しているので、基本的にはこの保存会の人しか使えません。
しかし、首里織の範疇の中では使用が許されていて、首里織の作家さんはこの商標を使うことができます。
ですから、同じ技法でも、南風原や読谷、もちろん、沖縄以外の産地で作った物は花倉織とは表示出来ないわけです。
そして、花倉織とは、花織と絽織が市松の状態になったもののみを言うのであって、『一絽』と言われる、
横一線に耳から耳まで入った絽織のものは同じく花絽織と表示せねばいけない事になっています。
このデザインは故大城志津子先生が、ベルリンの博物館の収蔵品の中から発見したと聞いています。
ある人の話では、昔、『角(かど)』の事を首里では『倉(くら)』と言ったそうで、その事から来ているらしい、と言うことでした。
話を整理すると、花織と絽織が市松に配置されている首里織の範疇に入るものだけが『花倉織』でそれ以外は、技法が同じでも
『花絽織』と表示せねばならないということです。
前に、ある京都のメーカーが同じ組織をつかって襦袢をつくり、花倉織と表示していたので、事情を話して
『こんなん出してはったら、○○の暖簾に傷つきまっせ』と言っておきました。それ以来、名前を変えたか、生産をやめたか
どちらかだと信じています。
まぁ、沖縄物をやっていない業者が間違っても仕方がないとしても、主力、あるいは、そこそこ力を入れて扱っているお店が
間違うというのは、勉強不足というか、インチキだと言われても仕方ないでしょうね。
この業界は自浄作用がないというか、みんなどこかで繋がっているので、悪行や無知を指摘しない傾向が強いのです。
私は着物を愛してくれる消費者の方々が安心して着物が買えるように、そして正直に頑張る生産者が報われるように、
環境を整えていきたいと想うのですが、多勢に無勢です。
悪貨が良貨を駆逐するという逆選択は、消費者の情報不足から来るのです。
つまり業者と消費者の情報の非対称性が逆選択を生むということですから、それを是正すれば、逆選択は起こらない。
そのためには、私も沖縄以外のものにも勉強を広げなければなりませんが、これがまた大変です。
各産地に同じ志を持つ人が一人ずつ居れば、もっとこの業界はよくなるし、着物ファンも増えると私は思うのです。
ところが、これにはちょっと注意が必要です。
まず、『花倉織』という名前は本場首里の織物保存会が商標登録しているので、基本的にはこの保存会の人しか使えません。
しかし、首里織の範疇の中では使用が許されていて、首里織の作家さんはこの商標を使うことができます。
ですから、同じ技法でも、南風原や読谷、もちろん、沖縄以外の産地で作った物は花倉織とは表示出来ないわけです。
そして、花倉織とは、花織と絽織が市松の状態になったもののみを言うのであって、『一絽』と言われる、
横一線に耳から耳まで入った絽織のものは同じく花絽織と表示せねばいけない事になっています。
このデザインは故大城志津子先生が、ベルリンの博物館の収蔵品の中から発見したと聞いています。
ある人の話では、昔、『角(かど)』の事を首里では『倉(くら)』と言ったそうで、その事から来ているらしい、と言うことでした。
話を整理すると、花織と絽織が市松に配置されている首里織の範疇に入るものだけが『花倉織』でそれ以外は、技法が同じでも
『花絽織』と表示せねばならないということです。
前に、ある京都のメーカーが同じ組織をつかって襦袢をつくり、花倉織と表示していたので、事情を話して
『こんなん出してはったら、○○の暖簾に傷つきまっせ』と言っておきました。それ以来、名前を変えたか、生産をやめたか
どちらかだと信じています。
まぁ、沖縄物をやっていない業者が間違っても仕方がないとしても、主力、あるいは、そこそこ力を入れて扱っているお店が
間違うというのは、勉強不足というか、インチキだと言われても仕方ないでしょうね。
この業界は自浄作用がないというか、みんなどこかで繋がっているので、悪行や無知を指摘しない傾向が強いのです。
私は着物を愛してくれる消費者の方々が安心して着物が買えるように、そして正直に頑張る生産者が報われるように、
環境を整えていきたいと想うのですが、多勢に無勢です。
悪貨が良貨を駆逐するという逆選択は、消費者の情報不足から来るのです。
つまり業者と消費者の情報の非対称性が逆選択を生むということですから、それを是正すれば、逆選択は起こらない。
そのためには、私も沖縄以外のものにも勉強を広げなければなりませんが、これがまた大変です。
各産地に同じ志を持つ人が一人ずつ居れば、もっとこの業界はよくなるし、着物ファンも増えると私は思うのです。
Posted by 渡辺幻門 at
23:31
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2011年10月13日
花倉織のはなし
花倉織というのは、ご存じの通り、首里の織物の技法のひとつで、花織と絽織が併用されたものを言います。
ところが、これにはちょっと注意が必要です。
まず、『花倉織』という名前は本場首里の織物保存会が商標登録しているので、基本的にはこの保存会の人しか使えません。
しかし、首里織の範疇の中では使用が許されていて、首里織の作家さんはこの商標を使うことができます。
ですから、同じ技法でも、南風原や読谷、もちろん、沖縄以外の産地で作った物は花倉織とは表示出来ないわけです。
そして、花倉織とは、花織と絽織が市松の状態になったもののみを言うのであって、『一絽』と言われる、
横一線に耳から耳まで入った絽織のものは同じく花絽織と表示せねばいけない事になっています。
このデザインは故大城志津子先生が、ベルリンの博物館の収蔵品の中から発見したと聞いています。
ある人の話では、昔、『角(かど)』の事を首里では『倉(くら)』と言ったそうで、その事から来ているらしい、と言うことでした。
話を整理すると、花織と絽織が市松に配置されている首里織の範疇に入るものだけが『花倉織』でそれ以外は、技法が同じでも
『花絽織』と表示せねばならないということです。
前に、ある京都のメーカーが同じ組織をつかって襦袢をつくり、花倉織と表示していたので、事情を話して
『こんなん出してはったら、○○の暖簾に傷つきまっせ』と言っておきました。それ以来、名前を変えたか、生産をやめたか
どちらかだと信じています。
まぁ、沖縄物をやっていない業者が間違っても仕方がないとしても、主力、あるいは、そこそこ力を入れて扱っているお店が
間違うというのは、勉強不足というか、インチキだと言われても仕方ないでしょうね。
この業界は自浄作用がないというか、みんなどこかで繋がっているので、悪行や無知を指摘しない傾向が強いのです。
私は着物を愛してくれる消費者の方々が安心して着物が買えるように、そして正直に頑張る生産者が報われるように、
環境を整えていきたいと想うのですが、多勢に無勢です。
悪貨が良貨を駆逐するという逆選択は、消費者の情報不足から来るのです。
つまり業者と消費者の情報の非対称性が逆選択を生むということですから、それを是正すれば、逆選択は起こらない。
そのためには、私も沖縄以外のものにも勉強を広げなければなりませんが、これがまた大変です。
各産地に同じ志を持つ人が一人ずつ居れば、もっとこの業界はよくなるし、着物ファンも増えると私は思うのです。
ところが、これにはちょっと注意が必要です。
まず、『花倉織』という名前は本場首里の織物保存会が商標登録しているので、基本的にはこの保存会の人しか使えません。
しかし、首里織の範疇の中では使用が許されていて、首里織の作家さんはこの商標を使うことができます。
ですから、同じ技法でも、南風原や読谷、もちろん、沖縄以外の産地で作った物は花倉織とは表示出来ないわけです。
そして、花倉織とは、花織と絽織が市松の状態になったもののみを言うのであって、『一絽』と言われる、
横一線に耳から耳まで入った絽織のものは同じく花絽織と表示せねばいけない事になっています。
このデザインは故大城志津子先生が、ベルリンの博物館の収蔵品の中から発見したと聞いています。
ある人の話では、昔、『角(かど)』の事を首里では『倉(くら)』と言ったそうで、その事から来ているらしい、と言うことでした。
話を整理すると、花織と絽織が市松に配置されている首里織の範疇に入るものだけが『花倉織』でそれ以外は、技法が同じでも
『花絽織』と表示せねばならないということです。
前に、ある京都のメーカーが同じ組織をつかって襦袢をつくり、花倉織と表示していたので、事情を話して
『こんなん出してはったら、○○の暖簾に傷つきまっせ』と言っておきました。それ以来、名前を変えたか、生産をやめたか
どちらかだと信じています。
まぁ、沖縄物をやっていない業者が間違っても仕方がないとしても、主力、あるいは、そこそこ力を入れて扱っているお店が
間違うというのは、勉強不足というか、インチキだと言われても仕方ないでしょうね。
この業界は自浄作用がないというか、みんなどこかで繋がっているので、悪行や無知を指摘しない傾向が強いのです。
私は着物を愛してくれる消費者の方々が安心して着物が買えるように、そして正直に頑張る生産者が報われるように、
環境を整えていきたいと想うのですが、多勢に無勢です。
悪貨が良貨を駆逐するという逆選択は、消費者の情報不足から来るのです。
つまり業者と消費者の情報の非対称性が逆選択を生むということですから、それを是正すれば、逆選択は起こらない。
そのためには、私も沖縄以外のものにも勉強を広げなければなりませんが、これがまた大変です。
各産地に同じ志を持つ人が一人ずつ居れば、もっとこの業界はよくなるし、着物ファンも増えると私は思うのです。
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2011年10月13日
福沢晩年の憂い
☆☆☆全国通信三田会2010年秋期幹事会記念講演要旨☆☆☆
福沢諭吉の文明論
―特に地方への眼差し―
慶應義塾福沢研究センター 都倉 武之 先生
福沢晩年の憂い
その観点から考えますと、福沢は大満足で生涯を終えていったわけではないようです。むしろその逆で、自分の言葉に従って実業界に進んだ多くの門下生たち、あるいはその人たちを中心に、いよいよ盛んになってきた日本の実業界の人士のあり方に、強い不満を持ちながら生涯を終えていったようです。名を上げた実業家には、日々酒池肉林の宴会を繰り広げ、自分たちだけが良ければ良いという商売に走ってしまった人たちもいました。福沢は智と徳のうち、これまでの日本は儒教ばかり勉強していて十分徳(モラル)を備えているから、むしろ智を備えなければと『文明論之概略』では智を強調していますが、彼らの実践に徳が大きく欠けてしまったことに大変失望したようです。最晩年の福沢は、信頼する門下生を全国に派遣して、「独立自尊」という語を柱とするモラル向上の運動を開始しまして、最晩年には慶應義塾を解散してその売却資金をその運動にあてようと主張したこともあったという記録があります。晩年の福沢はそれほどに実業界あるいは日本の智徳の状態に危機感を抱いて亡くなったようです。『福翁自伝』の最後には、人生愉快でたまらなかったというように書いているんですが、実は自分の思想を受け継いだという門下生たちが自分の考え方を十分に理解しておらず、社会において違うことをしているのではないかという違和感を強く持っていたということが、様々な資料から明らかになってきています。
「衆心発達」を目指し、広く人々が高め合っていく状態が「文明」であり、慶應義塾出身者はその先導者でなければならないと考えた福沢でしたが、果たして福沢のいう「文明」は今日の日本にあるのでしょうか。また慶應義塾出身者はその担い手になり得ていると言えるでしょうか。時代状況が随分変わっているとはいえ、現状に卑屈にならず、自ら考え行動する精神的独立を保ち、なおかつ経済的にも独立した、真の独立した個人になっているだろうか、そういうことを今一度考えることは、慶應義塾出身者にとって無意味ではないと思います。独立した個人の全国各地での主体的な活動、社会活動によって、日本全体を高めていく、そういった成熟した民間の姿をいま我々は実践しているだろうか、そういうことを創立者を知ることによって身近に考える機会を持てるということ、それを慶應義塾出身者はもっと活かしても良いのではないかと思います。「独立」した「民」が育つところに「文明」があり、そこに人々の幸福もあると福沢は考えました。福沢という人は「独立」や「文明」というものを、どこか遠くの話ではなく、身近な自分の問題として時に思い返して考えるという、今日なお新しい問題を提起し続けてくれています。
Posted by 渡辺幻門 at
22:09
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2011年10月13日
福沢晩年の憂い
☆☆☆全国通信三田会2010年秋期幹事会記念講演要旨☆☆☆
福沢諭吉の文明論
―特に地方への眼差し―
慶應義塾福沢研究センター 都倉 武之 先生
福沢晩年の憂い
その観点から考えますと、福沢は大満足で生涯を終えていったわけではないようです。むしろその逆で、自分の言葉に従って実業界に進んだ多くの門下生たち、あるいはその人たちを中心に、いよいよ盛んになってきた日本の実業界の人士のあり方に、強い不満を持ちながら生涯を終えていったようです。名を上げた実業家には、日々酒池肉林の宴会を繰り広げ、自分たちだけが良ければ良いという商売に走ってしまった人たちもいました。福沢は智と徳のうち、これまでの日本は儒教ばかり勉強していて十分徳(モラル)を備えているから、むしろ智を備えなければと『文明論之概略』では智を強調していますが、彼らの実践に徳が大きく欠けてしまったことに大変失望したようです。最晩年の福沢は、信頼する門下生を全国に派遣して、「独立自尊」という語を柱とするモラル向上の運動を開始しまして、最晩年には慶應義塾を解散してその売却資金をその運動にあてようと主張したこともあったという記録があります。晩年の福沢はそれほどに実業界あるいは日本の智徳の状態に危機感を抱いて亡くなったようです。『福翁自伝』の最後には、人生愉快でたまらなかったというように書いているんですが、実は自分の思想を受け継いだという門下生たちが自分の考え方を十分に理解しておらず、社会において違うことをしているのではないかという違和感を強く持っていたということが、様々な資料から明らかになってきています。
「衆心発達」を目指し、広く人々が高め合っていく状態が「文明」であり、慶應義塾出身者はその先導者でなければならないと考えた福沢でしたが、果たして福沢のいう「文明」は今日の日本にあるのでしょうか。また慶應義塾出身者はその担い手になり得ていると言えるでしょうか。時代状況が随分変わっているとはいえ、現状に卑屈にならず、自ら考え行動する精神的独立を保ち、なおかつ経済的にも独立した、真の独立した個人になっているだろうか、そういうことを今一度考えることは、慶應義塾出身者にとって無意味ではないと思います。独立した個人の全国各地での主体的な活動、社会活動によって、日本全体を高めていく、そういった成熟した民間の姿をいま我々は実践しているだろうか、そういうことを創立者を知ることによって身近に考える機会を持てるということ、それを慶應義塾出身者はもっと活かしても良いのではないかと思います。「独立」した「民」が育つところに「文明」があり、そこに人々の幸福もあると福沢は考えました。福沢という人は「独立」や「文明」というものを、どこか遠くの話ではなく、身近な自分の問題として時に思い返して考えるという、今日なお新しい問題を提起し続けてくれています。
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