2011年11月30日
年末年始休日のお知らせ
もう明日から12月、師走ですね。
私は、もずや展、沖縄廻りと、のんびりした12月です。
さて、年末年始休日ですが、かなり長めにとらせていただきます。
12月23日(金)〜1月9日(月)です。
会社に電話掛けても繋がらないからと言って、人聞きの悪い噂を立てないでくださいね(^^;)
出張に出ると、お休みが少なくなるのと、従業員が老齢化している(^^;)ので、暮れからお正月にかけてはゆっくり休ませて頂くのです。
もちろん、私へメールや携帯電話はつながりますので、そちらにご連絡くださいませ。
12月、来年一月は、ゆっくりとこれからのプランを練りたいと想っています。
私は、もずや展、沖縄廻りと、のんびりした12月です。
さて、年末年始休日ですが、かなり長めにとらせていただきます。
12月23日(金)〜1月9日(月)です。
会社に電話掛けても繋がらないからと言って、人聞きの悪い噂を立てないでくださいね(^^;)
出張に出ると、お休みが少なくなるのと、従業員が老齢化している(^^;)ので、暮れからお正月にかけてはゆっくり休ませて頂くのです。
もちろん、私へメールや携帯電話はつながりますので、そちらにご連絡くださいませ。
12月、来年一月は、ゆっくりとこれからのプランを練りたいと想っています。
Posted by 渡辺幻門 at
06:56
│Comments(0)
2011年11月30日
年末年始休日のお知らせ
もう明日から12月、師走ですね。
私は、もずや展、沖縄廻りと、のんびりした12月です。
さて、年末年始休日ですが、かなり長めにとらせていただきます。
12月23日(金)〜1月9日(月)です。
会社に電話掛けても繋がらないからと言って、人聞きの悪い噂を立てないでくださいね(^^;)
出張に出ると、お休みが少なくなるのと、従業員が老齢化している(^^;)ので、暮れからお正月にかけてはゆっくり休ませて頂くのです。
もちろん、私へメールや携帯電話はつながりますので、そちらにご連絡くださいませ。
12月、来年一月は、ゆっくりとこれからのプランを練りたいと想っています。
私は、もずや展、沖縄廻りと、のんびりした12月です。
さて、年末年始休日ですが、かなり長めにとらせていただきます。
12月23日(金)〜1月9日(月)です。
会社に電話掛けても繋がらないからと言って、人聞きの悪い噂を立てないでくださいね(^^;)
出張に出ると、お休みが少なくなるのと、従業員が老齢化している(^^;)ので、暮れからお正月にかけてはゆっくり休ませて頂くのです。
もちろん、私へメールや携帯電話はつながりますので、そちらにご連絡くださいませ。
12月、来年一月は、ゆっくりとこれからのプランを練りたいと想っています。
Posted by 渡辺幻門 at
06:56
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2011年11月29日
もずやと学ぶ染織マーケティング<39回目>
第13章 顧客関係のマネジメント
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
2011年11月29日
もずやと学ぶ染織マーケティング<39回目>
第13章 顧客関係のマネジメント
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
Posted by 渡辺幻門 at
21:26
│Comments(2)
2011年11月23日
もずやと学ぶ染織マーケティング<38回目>
第?部 市場資源構築のマネジメント
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
2011年11月23日
もずやと学ぶ染織マーケティング<38回目>
第?部 市場資源構築のマネジメント
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
Posted by 渡辺幻門 at
18:19
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2011年11月23日
下関 実りの秋
今日は国民の祝日で仕事はお休み。
勤労感謝の日と言うことになっていますが、本当は新嘗祭ですね。
ウィキペディアより。
新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
という事です。天皇陛下が収穫をくださった天地の恵みに感謝なさる日なのですね。
それに合わせて、下関でも様々なお祭りが開催されていましたので、午前中に散歩がてら行ってきました。
下関さかな祭


農業まつり


グリーンモール(コリアンタウン)では リトル釜山フェスタ。


とても賑やかで、実りの秋にふさわしいお祭りでした。
こんな豊穣な実りを毎年のように頂いて、本当にありがたい事だと想いますが、
これも、天地の恵みと、田畑を耕してくれるお百姓さん、舟を出し、網を投げてくれる漁師さんあっての事です。
今日は、その意味での勤労感謝の日なのです。
なんでもお金さえあれば、買えばいいのだ、という人が多い世の中ですが、ほんとうにそれでいいのでしょうか。
美味しそうな魚や野菜を前にして、工夫を凝らし丹精込めて造り、冷たい風の吹く荒波の中で働く人達に、
感謝の気持ちを贈りたい、つくづくそう思うのです。
勤労感謝の日と言うことになっていますが、本当は新嘗祭ですね。
ウィキペディアより。
新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
という事です。天皇陛下が収穫をくださった天地の恵みに感謝なさる日なのですね。
それに合わせて、下関でも様々なお祭りが開催されていましたので、午前中に散歩がてら行ってきました。
下関さかな祭
農業まつり
グリーンモール(コリアンタウン)では リトル釜山フェスタ。
とても賑やかで、実りの秋にふさわしいお祭りでした。
こんな豊穣な実りを毎年のように頂いて、本当にありがたい事だと想いますが、
これも、天地の恵みと、田畑を耕してくれるお百姓さん、舟を出し、網を投げてくれる漁師さんあっての事です。
今日は、その意味での勤労感謝の日なのです。
なんでもお金さえあれば、買えばいいのだ、という人が多い世の中ですが、ほんとうにそれでいいのでしょうか。
美味しそうな魚や野菜を前にして、工夫を凝らし丹精込めて造り、冷たい風の吹く荒波の中で働く人達に、
感謝の気持ちを贈りたい、つくづくそう思うのです。
Posted by 渡辺幻門 at
12:30
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2011年11月23日
下関 実りの秋
今日は国民の祝日で仕事はお休み。
勤労感謝の日と言うことになっていますが、本当は新嘗祭ですね。
ウィキペディアより。
新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
という事です。天皇陛下が収穫をくださった天地の恵みに感謝なさる日なのですね。
それに合わせて、下関でも様々なお祭りが開催されていましたので、午前中に散歩がてら行ってきました。
下関さかな祭


農業まつり


グリーンモール(コリアンタウン)では リトル釜山フェスタ。


とても賑やかで、実りの秋にふさわしいお祭りでした。
こんな豊穣な実りを毎年のように頂いて、本当にありがたい事だと想いますが、
これも、天地の恵みと、田畑を耕してくれるお百姓さん、舟を出し、網を投げてくれる漁師さんあっての事です。
今日は、その意味での勤労感謝の日なのです。
なんでもお金さえあれば、買えばいいのだ、という人が多い世の中ですが、ほんとうにそれでいいのでしょうか。
美味しそうな魚や野菜を前にして、工夫を凝らし丹精込めて造り、冷たい風の吹く荒波の中で働く人達に、
感謝の気持ちを贈りたい、つくづくそう思うのです。
勤労感謝の日と言うことになっていますが、本当は新嘗祭ですね。
ウィキペディアより。
新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
という事です。天皇陛下が収穫をくださった天地の恵みに感謝なさる日なのですね。
それに合わせて、下関でも様々なお祭りが開催されていましたので、午前中に散歩がてら行ってきました。
下関さかな祭
農業まつり
グリーンモール(コリアンタウン)では リトル釜山フェスタ。
とても賑やかで、実りの秋にふさわしいお祭りでした。
こんな豊穣な実りを毎年のように頂いて、本当にありがたい事だと想いますが、
これも、天地の恵みと、田畑を耕してくれるお百姓さん、舟を出し、網を投げてくれる漁師さんあっての事です。
今日は、その意味での勤労感謝の日なのです。
なんでもお金さえあれば、買えばいいのだ、という人が多い世の中ですが、ほんとうにそれでいいのでしょうか。
美味しそうな魚や野菜を前にして、工夫を凝らし丹精込めて造り、冷たい風の吹く荒波の中で働く人達に、
感謝の気持ちを贈りたい、つくづくそう思うのです。
Posted by 渡辺幻門 at
12:30
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2011年11月21日
来月は もずや店内展 (12/7−10)
来月は久しぶりに弊社内で展示会を行います。
期日は12月7日(水)〜10日(土)
午前11時〜午後5時 が開店時間です。
今回で3回目、ということになりますね。
年末でほとんど全ての商品が店内にありますので、思う存分ご覧いただけると想います。
また、沖縄の染織ビデオやら、参考図書やらを見ながら、着物について、文化について楽しいお話しができたらと想います。
弊社はある時はメーカー、ある時は問屋、そして小売店の応援にも常に出ているという営業形態を取っていますが、
これからは、本格的に三位一体、メーカーであり、問屋であり、小売であり、という体制を強めたいと想っているのです。
販路が先細っているこという事もありますが、私が観たところでは、本当に染織の事をよく知り、
作り手と消費者とのつなぎ手となるところがほとんど無い様に見えるからです。
特に、大阪には織物、しゃれ物に強いところがほとんど無い。
そういう事で、消費者のみなさんへの直接のアクセスを、あらゆる意味で強めていきたいと想っています。
来年は、本格的に取り組む最初の年にしたいと想っています。
これから、本物の着物を扱う、着物を熟知した販売員の居る店はどんどん無くなっていくと想います。
作り手がどんなに心を込めて作っても、それを伝達する流通がスカタンでは努力も水の泡です。
というわけで、楽しくやりますから、あそびにきてくださいね。
弊社に関してはこちらをご参照ください。
http://mozuya.com/
期日は12月7日(水)〜10日(土)
午前11時〜午後5時 が開店時間です。
今回で3回目、ということになりますね。
年末でほとんど全ての商品が店内にありますので、思う存分ご覧いただけると想います。
また、沖縄の染織ビデオやら、参考図書やらを見ながら、着物について、文化について楽しいお話しができたらと想います。
弊社はある時はメーカー、ある時は問屋、そして小売店の応援にも常に出ているという営業形態を取っていますが、
これからは、本格的に三位一体、メーカーであり、問屋であり、小売であり、という体制を強めたいと想っているのです。
販路が先細っているこという事もありますが、私が観たところでは、本当に染織の事をよく知り、
作り手と消費者とのつなぎ手となるところがほとんど無い様に見えるからです。
特に、大阪には織物、しゃれ物に強いところがほとんど無い。
そういう事で、消費者のみなさんへの直接のアクセスを、あらゆる意味で強めていきたいと想っています。
来年は、本格的に取り組む最初の年にしたいと想っています。
これから、本物の着物を扱う、着物を熟知した販売員の居る店はどんどん無くなっていくと想います。
作り手がどんなに心を込めて作っても、それを伝達する流通がスカタンでは努力も水の泡です。
というわけで、楽しくやりますから、あそびにきてくださいね。
弊社に関してはこちらをご参照ください。
http://mozuya.com/
Posted by 渡辺幻門 at
23:10
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2011年11月21日
来月は もずや店内展 (12/7−10)
来月は久しぶりに弊社内で展示会を行います。
期日は12月7日(水)〜10日(土)
午前11時〜午後5時 が開店時間です。
今回で3回目、ということになりますね。
年末でほとんど全ての商品が店内にありますので、思う存分ご覧いただけると想います。
また、沖縄の染織ビデオやら、参考図書やらを見ながら、着物について、文化について楽しいお話しができたらと想います。
弊社はある時はメーカー、ある時は問屋、そして小売店の応援にも常に出ているという営業形態を取っていますが、
これからは、本格的に三位一体、メーカーであり、問屋であり、小売であり、という体制を強めたいと想っているのです。
販路が先細っているこという事もありますが、私が観たところでは、本当に染織の事をよく知り、
作り手と消費者とのつなぎ手となるところがほとんど無い様に見えるからです。
特に、大阪には織物、しゃれ物に強いところがほとんど無い。
そういう事で、消費者のみなさんへの直接のアクセスを、あらゆる意味で強めていきたいと想っています。
来年は、本格的に取り組む最初の年にしたいと想っています。
これから、本物の着物を扱う、着物を熟知した販売員の居る店はどんどん無くなっていくと想います。
作り手がどんなに心を込めて作っても、それを伝達する流通がスカタンでは努力も水の泡です。
というわけで、楽しくやりますから、あそびにきてくださいね。
弊社に関してはこちらをご参照ください。
http://mozuya.com/
期日は12月7日(水)〜10日(土)
午前11時〜午後5時 が開店時間です。
今回で3回目、ということになりますね。
年末でほとんど全ての商品が店内にありますので、思う存分ご覧いただけると想います。
また、沖縄の染織ビデオやら、参考図書やらを見ながら、着物について、文化について楽しいお話しができたらと想います。
弊社はある時はメーカー、ある時は問屋、そして小売店の応援にも常に出ているという営業形態を取っていますが、
これからは、本格的に三位一体、メーカーであり、問屋であり、小売であり、という体制を強めたいと想っているのです。
販路が先細っているこという事もありますが、私が観たところでは、本当に染織の事をよく知り、
作り手と消費者とのつなぎ手となるところがほとんど無い様に見えるからです。
特に、大阪には織物、しゃれ物に強いところがほとんど無い。
そういう事で、消費者のみなさんへの直接のアクセスを、あらゆる意味で強めていきたいと想っています。
来年は、本格的に取り組む最初の年にしたいと想っています。
これから、本物の着物を扱う、着物を熟知した販売員の居る店はどんどん無くなっていくと想います。
作り手がどんなに心を込めて作っても、それを伝達する流通がスカタンでは努力も水の泡です。
というわけで、楽しくやりますから、あそびにきてくださいね。
弊社に関してはこちらをご参照ください。
http://mozuya.com/
Posted by 渡辺幻門 at
23:10
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2011年11月21日
お扇子をいただきました。

お客様に扇子を頂きました。北九州の能の先生です。商売上、前から存じ上げては居たのですが、今日は能の話で大盛り上がり。この扇子まで頂いて、何だったら、長刀もあげるよ、と言って頂きましたが、それは次回以降にさせていただきました(^^;)
茶道、謡曲・仕舞をのお稽古を初めてまだ間がないのですが、良い事ずくめです。
若い?男性が少ないので、とくに可愛がって頂けるのでしょうが、私のような仕事をしていて、お稽古して損することは何もありませんね。もっと早く、せめて40歳くらいからやっておけばよかった、と想います。
お買い物が無いときは、お客様も私達も気まずい雰囲気になるのですが、趣味が一致すると、その硬直した空気を、和やかなものに変えることができます。これは、とても大事な事なのです。いまは、ほんの初心者ですが、もっと勉強と稽古を積んで、お客様と同じ目線で話ができるようになりたいと想います。
Posted by 渡辺幻門 at
20:15
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2011年11月21日
お扇子をいただきました。

お客様に扇子を頂きました。北九州の能の先生です。商売上、前から存じ上げては居たのですが、今日は能の話で大盛り上がり。この扇子まで頂いて、何だったら、長刀もあげるよ、と言って頂きましたが、それは次回以降にさせていただきました(^^;)
茶道、謡曲・仕舞をのお稽古を初めてまだ間がないのですが、良い事ずくめです。
若い?男性が少ないので、とくに可愛がって頂けるのでしょうが、私のような仕事をしていて、お稽古して損することは何もありませんね。もっと早く、せめて40歳くらいからやっておけばよかった、と想います。
お買い物が無いときは、お客様も私達も気まずい雰囲気になるのですが、趣味が一致すると、その硬直した空気を、和やかなものに変えることができます。これは、とても大事な事なのです。いまは、ほんの初心者ですが、もっと勉強と稽古を積んで、お客様と同じ目線で話ができるようになりたいと想います。
Posted by 渡辺幻門 at
20:15
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2011年11月16日
もずやと学ぶ染織マーケティング<紅葉狩>
今夕はいきつけの味覚に行きました。お姉さんに『今日はなにがええかな?』と聞くと『シメサバの磯辺巻きがええんやないん?食べたことないやろ?』との事。お湯割り3杯分くらい待ちましたが、やはり美味い!私は、このお姉さんに全幅の信頼を置いています。お勧めはきちんと勧めてくれるし、これは良くないと想えば表情を曇らせます。味と価格をバランス良く考えて勧めてくれ、決して売れ残りを無理強いすることがない。これは、とてつもない安心です。想えば、すべての買い物・消費で、この店と消費者との信頼関係というのはとても大事なことだと想います。この人の言う事を聞いていれば絶対に間違いない、そういう信頼関係が、とくに高額品には大事です。ところが店側も店の都合を消費者に押しつけるし、消費者もストアロイヤルティを持たずに値段の安いところをあさって買うようでは、決してよい関係が築けません。店は客が育て、客は店が育てるのです。食べ物でも同じです。いくら大枚はたいても、ポンと行って秘蔵の美味いモノなど食えるはずが無いのです。食えたとしたら、それは宣伝に引っかかっているのです。本当の良い物というのはそう簡単に手に入らない。だから値打ちがあるのです。店の価値を見抜くのも、消費者の眼力です。その眼力は教養=人間力から生まれます。良い買い物をするために必要な事は、まずは『常識人になる』という事だと想います。
2011年11月16日
もずやと学ぶ染織マーケティング<紅葉狩>
今夕はいきつけの味覚に行きました。お姉さんに『今日はなにがええかな?』と聞くと『シメサバの磯辺巻きがええんやないん?食べたことないやろ?』との事。お湯割り3杯分くらい待ちましたが、やはり美味い!私は、このお姉さんに全幅の信頼を置いています。お勧めはきちんと勧めてくれるし、これは良くないと想えば表情を曇らせます。味と価格をバランス良く考えて勧めてくれ、決して売れ残りを無理強いすることがない。これは、とてつもない安心です。想えば、すべての買い物・消費で、この店と消費者との信頼関係というのはとても大事なことだと想います。この人の言う事を聞いていれば絶対に間違いない、そういう信頼関係が、とくに高額品には大事です。ところが店側も店の都合を消費者に押しつけるし、消費者もストアロイヤルティを持たずに値段の安いところをあさって買うようでは、決してよい関係が築けません。店は客が育て、客は店が育てるのです。食べ物でも同じです。いくら大枚はたいても、ポンと行って秘蔵の美味いモノなど食えるはずが無いのです。食えたとしたら、それは宣伝に引っかかっているのです。本当の良い物というのはそう簡単に手に入らない。だから値打ちがあるのです。店の価値を見抜くのも、消費者の眼力です。その眼力は教養=人間力から生まれます。良い買い物をするために必要な事は、まずは『常識人になる』という事だと想います。
Posted by 渡辺幻門 at
21:00
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2011年11月09日
『本物着物男子会』
つくりし罪も消えぬべし つくりし罪の消えぬべし 鐘(紡)の供養にまいらん。
これは 河内の傍らに住む あきんどににてそうろ。
というわけで、『本物着物男子会』を作りたいと想います。
着物好き女子会に負けては居られません!
FBでもグループをつくりますので同志の方はいいね!を押してください。
グループへご招待いたします。
その他、広く募集いたします。
ブログを読んでくださっている方はメッセージあるいはツイッターでご連絡ください。
共に活動いたしましょう。
いにしえより、日本文化は男子が創ってきました。
男子が意識を持たぬ限り、この国の文化は枯渇すると想います。
これは性差別でも何でもありません。
いまは、男子が文化の御輿をかつぐことをあまりにもやめてしまっているのです。
着物はもちろん、幅広い和文化を語り合う会にしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
これは 河内の傍らに住む あきんどににてそうろ。
というわけで、『本物着物男子会』を作りたいと想います。
着物好き女子会に負けては居られません!
FBでもグループをつくりますので同志の方はいいね!を押してください。
グループへご招待いたします。
その他、広く募集いたします。
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共に活動いたしましょう。
いにしえより、日本文化は男子が創ってきました。
男子が意識を持たぬ限り、この国の文化は枯渇すると想います。
これは性差別でも何でもありません。
いまは、男子が文化の御輿をかつぐことをあまりにもやめてしまっているのです。
着物はもちろん、幅広い和文化を語り合う会にしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
Posted by 渡辺幻門 at
22:05
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2011年11月09日
『本物着物男子会』
つくりし罪も消えぬべし つくりし罪の消えぬべし 鐘(紡)の供養にまいらん。
これは 河内の傍らに住む あきんどににてそうろ。
というわけで、『本物着物男子会』を作りたいと想います。
着物好き女子会に負けては居られません!
FBでもグループをつくりますので同志の方はいいね!を押してください。
グループへご招待いたします。
その他、広く募集いたします。
ブログを読んでくださっている方はメッセージあるいはツイッターでご連絡ください。
共に活動いたしましょう。
いにしえより、日本文化は男子が創ってきました。
男子が意識を持たぬ限り、この国の文化は枯渇すると想います。
これは性差別でも何でもありません。
いまは、男子が文化の御輿をかつぐことをあまりにもやめてしまっているのです。
着物はもちろん、幅広い和文化を語り合う会にしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
これは 河内の傍らに住む あきんどににてそうろ。
というわけで、『本物着物男子会』を作りたいと想います。
着物好き女子会に負けては居られません!
FBでもグループをつくりますので同志の方はいいね!を押してください。
グループへご招待いたします。
その他、広く募集いたします。
ブログを読んでくださっている方はメッセージあるいはツイッターでご連絡ください。
共に活動いたしましょう。
いにしえより、日本文化は男子が創ってきました。
男子が意識を持たぬ限り、この国の文化は枯渇すると想います。
これは性差別でも何でもありません。
いまは、男子が文化の御輿をかつぐことをあまりにもやめてしまっているのです。
着物はもちろん、幅広い和文化を語り合う会にしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
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2011年11月08日
フェイスブックへどうぞ!
このブログには基本的に硬いことをかいています。
いちおう、公表しても良いような内容にしています。
このブログよりまえにHPも作ってあります。
http://mozuya.com ですね。
HPの方は、会社の紹介と資料室、という感じになっています。
ツイッターというのもやってます。
このアパレルファッションリーダーズのブログの右端にでていますでしょう。
ここで、ブログの更新とかをお知らせしています。
ツイッターにつぶやかないとアクセス数が上がらないので、けっこう皆さん利用されているのですね。
ブログを書かない日は何も、ネットに書き込みしないのか、というとそんな事は無くて、
フェイスブックという新しい?SNSにいろんな事を書き込んでいます。
ここは、基本的に実名・顔出しです。
ですから、比較的安全・安心なんですね。
顔が解らない、名前も匿名・ハンドルネームということになると、無責任なことをめちゃくちゃ書いてくる人も居るのです。
そこんとこ、フェイスブックでは不愉快・不可解な書き込みはありませんし、まじなガチンコ討論もあったりして
とても楽しく利用させて頂いています。
本名の萬代学で登録していますので、私の素顔?が知りたい!気軽に質問・反論をしたい!とおっしゃるかたは、
是非、登録して、友達申請をしてください。
おまちしております(^_^)
いちおう、公表しても良いような内容にしています。
このブログよりまえにHPも作ってあります。
http://mozuya.com ですね。
HPの方は、会社の紹介と資料室、という感じになっています。
ツイッターというのもやってます。
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Posted by 渡辺幻門 at
21:44
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2011年11月08日
フェイスブックへどうぞ!
このブログには基本的に硬いことをかいています。
いちおう、公表しても良いような内容にしています。
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2011年11月08日
もずやと学ぶ染織マーケティング<37回目>
11−2 産業の離陸?ーデファクトスタンダード
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
このマーケティングの話も終盤に入って、弱音を吐くようですが、基本的には『達観』するしかないのだろうと想います。
自分が良いと思う物を楽しく、精魂こめて、笑顔で作り続ける。
まわりの環境がいかに腐っていても、どんなに安物がはびこっていても、良い物はやっぱり良い。
良い物は必ず売れていくのです。そして、消費者に愛用されるのです。
結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
このマーケティングの話も終盤に入って、弱音を吐くようですが、基本的には『達観』するしかないのだろうと想います。
自分が良いと思う物を楽しく、精魂こめて、笑顔で作り続ける。
まわりの環境がいかに腐っていても、どんなに安物がはびこっていても、良い物はやっぱり良い。
良い物は必ず売れていくのです。そして、消費者に愛用されるのです。
結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
2011年11月08日
もずやと学ぶ染織マーケティング<37回目>
11−2 産業の離陸?ーデファクトスタンダード
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
このマーケティングの話も終盤に入って、弱音を吐くようですが、基本的には『達観』するしかないのだろうと想います。
自分が良いと思う物を楽しく、精魂こめて、笑顔で作り続ける。
まわりの環境がいかに腐っていても、どんなに安物がはびこっていても、良い物はやっぱり良い。
良い物は必ず売れていくのです。そして、消費者に愛用されるのです。
結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
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結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
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