2011年12月07日
もずやと学ぶ染織マーケティング<40回目> 【最終回】
第14章 ブランドのマネジメント
14−1 ブランドの再発見
14−2 信頼と識別の印
14−3 認知と連想ーブランド想起
14−4 ブランドの活用と育成
さてさて、いよいよ最終回となりました。
さっそく本題に入りましょう。
まず、448頁に載っている表を見てみましょう。
[ブランドの機能]
・保証
・識別
・想起(ブランド再生、ブランド連想) ブランドの効果
・価格プレミアム効果
ブランドの活用 ↓↑ ブランドの育成 ・ロイヤルティー効果
・プロモーション支援
[マーケティング活動] ・流通業者の協力の獲得
・プロモーション ・ブランド拡張
・新製品・サービスの開発 ・ライセンスの供与
・流通網の整備
・価格設定
・事業ドメインの設定 など
ブランドの機能
保証機能=優れた品質や属性の製品・サービスの保証
識別機能=他社との差別化
想起機能=ブランドが買い手に対してある種の知識や感情、イメージなどを想起させる機能
みなさんが、思い浮かぶブランド品、例えば、ルイ・ヴィトンシャネルなどについて、当てはめて考えて見てください。
女性にとっては非常にわかりやすい話であろうと想います。
簡単に言えば、フランス製、イタリア製と聞けば、上等で洒落ていると想うでしょうし、中国製、韓国製、あるいは東南アジア諸国で作られた物は安物、使い捨てというイメージがあるでしょう。
これもブランドの一つです。
和装業界においてのブランドを考えて見ましょう。
最大のブランドは『京都』です。
これは和装だけでなくて、すべての和物に関して最大のブランドです。
三つの機能に当てはめてみると・・・
保証機能=熟練の職人の手作り
識別機能=京都といえば誰でも解りますよね
想起機能=千年の都、古い神社仏閣、歴史・文化の中心
とほとんどの日本人は思うでしょう。
そんなことは無い!というのは私ぐらいです(^^;)
京都にはいろんな作家さんやメーカーさんがありますが、これも全て京都というブランドの下にぶら下がっているサブブランドと言う事も出来ます。
私の故郷、大阪の場合を考えて見ましょう。
大阪と言えば、何を思い出しますか?
よしもと興業?お好み焼き・たこ焼き?最近はぶたまん・串カツという人もいるかも知れませんね。
そういう庶民的、悪く言えば下世話と観られている。
これが大阪への他府県からみたイメージだろうと正直想います。
ブランドイメージというのはその下に来るサブブランドに大きく影響します。
ですから、京都と同じ物やそれ以上の物が大阪で作られているとしても、目の効かない一般の人は京都の方が上等と想ってしまう。
これがブランドの力です。
現実には、大阪にも京都に負けない伝統工芸がありますし、京都の物と想われている物の多くは、大阪で生まれた物です。
日本を代表する料亭・吉兆の本店が京都だと勘違いされているというのも、京都ブランドのなせる技であろうと想います。
京都と並ぶ最大のブランドが銀座ですね。
銀座で売っているものなら、すべて高級品で、レストランやナイトクラブに入ったらいくら取られるか解らない、そんなイメージがあると想います。
多くの和装関係のお店が銀座に本店を置いたり、支店をだすというのも、銀座に店があるという事でイメージを高めたいからでしょう。
私も銀座は大好きで、学生時代もしょっちゅううろついていましたが、現実にはちょっと高めではあるけれど、庶民的な店も少なくない。
でも、整然とした町並み、美しいディスプレイ、店員も美人・・・なんとも言えない高級感がある、日本中の最高級品が集まり、富裕層が集まる、それが銀座のイメージでしょう。
つまり、日本で文化的な物を商う場合、それがどこで生まれたか?という産地イメージというのが非常に大切なのだと想います。
では、沖縄の事を考えて見ましょう。
沖縄のイメージとは・・・
青い海、青い空、美しい珊瑚礁、色とりどりの熱帯魚、温暖な気候、歌、三線、おどり、カチャーシー・・・米軍基地、戦争・・・
では、沖縄染織のイメージは・・・
素朴、派手、おばあ、手作り・・・
たぶん、一般の人はこんなところでしょう。
どうです?
沖縄の人から見て、当たっていますか?十分に理解されていると想いますか?
沖縄ブランドというのも確かにありますが、私は十分その魅力を伝えきっては居ないと想います。
前にも書いた事があると想いますが、本土復帰前後の沖縄染織のイメージは『手作りの物が安い』というものでした。
私の亡父が沖縄に駐在していた頃、もう50年以上前の事ですが、ご年配の方はまだ裸足で生活をされていました。
『裸足の沖縄』こそ、沖縄のイメージだったのです。
そんな、安かろう悪かろうのイメージがはびこる中で、『輝かしき琉球王朝』のイメージを打ち出したのは弊社だけだったのです。
沖縄のイメージはそれから徐々に良くなって、『やすらぎ、いやしの島』に変わってきました。
それはそれで良いのですが、もっと高級感を打ち出せる財産を沖縄は持って居ると想います。
大阪が京都より古い歴史を持ち、多くの文化を生み出してきたといくら私が言っても、理解する人は少ないし、大阪の人も知らない人が多い。
それは、大阪がお笑いやB級グルメのイメージを打ち出しすぎたからでしょう。
これは、大阪の伝統工芸や伝統文化にとっては損失の大きい事でした。
そうなってしまった理由は多々ありますが、一番は、そこに住む人々が自分たちの持って居る『かけがえのない最高の財産』に気づいていなかったせいだろうと想います。
久米島紬でも、米も取れないサトウキビしかならない荒れ地で、人頭税に苦しめられて無理矢理織らされたと言うより、日本で最初に紬織がされたところで、そのデザインは首里王府のデザインルームから御絵図帳によって指示され、洗練されたものであり、豊かな自然を背景にした植物染料はその価値を一層高めている、と言った方が格段に値打ちがあがるのです。
首里王朝というのは、諸説ありますが、文化振興に非常に寄与したと言えるはずで、そのイメージを高めて利用しない手は無いわけです。
首里城を復元しただけでは、全く十分ではなく、その意味で、TV放映されたテンペストの内容は非常に残念なものでした。
すなわち!!
沖縄染織を語る上で、沖縄の歴史や他の文化に対する知識は、絶対必要な物で、それを繰り返し唱え、マスコミでも訴え続け、イベントやあらゆる場面で、表現することが、沖縄ブランドが向上するために絶対的に必要な事なのです。
私が、民藝論に対して批判的であるのも、沖縄の染織は名もない無学な工人がつくったものでも、農閑期に現金収入をアテにして土間でおったものでも何でもない。
本土でかつて貴族の子女達がたしなみとして織物をした歴史となぞらえて捉えるのが沖縄染織の正当な評価でしょう。
皇后陛下が小石丸を育てて織られるのもその名残です。
沖縄の染織は王朝文化の中にあり、その王朝文化がいかに素晴らしい、他に比類を見ない独自生を持って居たか、それを、まず、自分たちが知る。
陶器やガラス器と一緒にされたのでは、正当な評価を得ることは出来ません。
物産と文化的工芸品は違うのです。
みなさんも、まずは、自分たちの愛する故郷の事を学び、その魅力を伝えることからはじめてはいかがでしょう。
それが、きっと、あらたな『沖縄ブランド』の評価に繋がると想います。
そして、そのブランドという財産は、沖縄経済はもとより、子々孫々を豊かにする泉となるのです。
これにて、『もずやと学ぶ染織マーケティング』は千秋楽です。
いたらないところ、独断と偏見が行き過ぎた所も多々あったと想います。
こんな拙いブログの中の話でも、みなさんの制作を方向付けるお役に立てばと始めました。
中には『そんな事書いてもみんなわからないだろう』と言う声もありましたが、
書き続けるうちに、徐々に読者も増えたようですし、やってよかったな、と今は想っています。
最後に言いたいことは、マーケティングの技法というのはあくまでも一つの手法であり手段です。
一番大切な事は、みなさんが、自分らしい物を作りたい、良い物を作って消費者に末永く愛用して欲しい、
という願いであり、志です。しかし、人間というものは時に迷うときもあります。
何を作って良いのか、自分のやっていることは間違っていないのだろうか、誰しもそう思うときがある。
特に、今のような消費不況の時はそうだろうと想います。
私も同じです。商人として迷いながら、前に進んでいるのです。
そんなとき、助けになるのが客観的な分析材料であり、分析手法です。
分析することで、頭を整理する。そうすれば、きっとまた自分のやっていることに自信が持てるでしょうし、
新たなヒントが掴めるかも知れません。
また逆に、ブームに煽られているとき、自分の立ち位置を忘れない為にも、マーケティングは役立つと想います。
マーケティングというのは、基本的にはart(技術)です。
しかし、その根底には『発想法』『思考法』というものがあるのですね。
それはどういうものか。
現状認識→問題点の抽出→解決法導出→先を見渡した展望の構築
つまり、マーケティングとは『問題解決志向』の学問なのです。
ですから、染織だけでなく、みなさんの生活すべてにおいて、マーケティング発想法は役立つはずです。
沖縄流の『ま、いっか』も良いですが(^^;)、自分ひとりで考えるのが大変ならば、みんなで力を合わせて、ワイワイ
議論してみましょう。お茶を飲みお菓子を食べながらでも良いし、お酒を飲みながらでもいい。
どういう状態でもいいから、常に前向きに、壁を乗り越え、ぶち破る方向で考えて欲しいのです。
みなさんのパワーなら必ずできます。
そして、みなさんの後ろには、営々と積み重ねられた先人の徳があるのだと言う事も忘れないでください。
次は『商道 風姿花伝』のお話しをします。
マーケティングからさらに進んで、商売とは、あきないとは、と言うことを能楽の大成者、世阿弥の著書を元にしながら考えて行きたいと想います。ご期待ください。
「千秋楽は民を撫で、
万歳楽には命を延ぶ。
相生の松風、
颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」
14−1 ブランドの再発見
14−2 信頼と識別の印
14−3 認知と連想ーブランド想起
14−4 ブランドの活用と育成
さてさて、いよいよ最終回となりました。
さっそく本題に入りましょう。
まず、448頁に載っている表を見てみましょう。
[ブランドの機能]
・保証
・識別
・想起(ブランド再生、ブランド連想) ブランドの効果
・価格プレミアム効果
ブランドの活用 ↓↑ ブランドの育成 ・ロイヤルティー効果
・プロモーション支援
[マーケティング活動] ・流通業者の協力の獲得
・プロモーション ・ブランド拡張
・新製品・サービスの開発 ・ライセンスの供与
・流通網の整備
・価格設定
・事業ドメインの設定 など
ブランドの機能
保証機能=優れた品質や属性の製品・サービスの保証
識別機能=他社との差別化
想起機能=ブランドが買い手に対してある種の知識や感情、イメージなどを想起させる機能
みなさんが、思い浮かぶブランド品、例えば、ルイ・ヴィトンシャネルなどについて、当てはめて考えて見てください。
女性にとっては非常にわかりやすい話であろうと想います。
簡単に言えば、フランス製、イタリア製と聞けば、上等で洒落ていると想うでしょうし、中国製、韓国製、あるいは東南アジア諸国で作られた物は安物、使い捨てというイメージがあるでしょう。
これもブランドの一つです。
和装業界においてのブランドを考えて見ましょう。
最大のブランドは『京都』です。
これは和装だけでなくて、すべての和物に関して最大のブランドです。
三つの機能に当てはめてみると・・・
保証機能=熟練の職人の手作り
識別機能=京都といえば誰でも解りますよね
想起機能=千年の都、古い神社仏閣、歴史・文化の中心
とほとんどの日本人は思うでしょう。
そんなことは無い!というのは私ぐらいです(^^;)
京都にはいろんな作家さんやメーカーさんがありますが、これも全て京都というブランドの下にぶら下がっているサブブランドと言う事も出来ます。
私の故郷、大阪の場合を考えて見ましょう。
大阪と言えば、何を思い出しますか?
よしもと興業?お好み焼き・たこ焼き?最近はぶたまん・串カツという人もいるかも知れませんね。
そういう庶民的、悪く言えば下世話と観られている。
これが大阪への他府県からみたイメージだろうと正直想います。
ブランドイメージというのはその下に来るサブブランドに大きく影響します。
ですから、京都と同じ物やそれ以上の物が大阪で作られているとしても、目の効かない一般の人は京都の方が上等と想ってしまう。
これがブランドの力です。
現実には、大阪にも京都に負けない伝統工芸がありますし、京都の物と想われている物の多くは、大阪で生まれた物です。
日本を代表する料亭・吉兆の本店が京都だと勘違いされているというのも、京都ブランドのなせる技であろうと想います。
京都と並ぶ最大のブランドが銀座ですね。
銀座で売っているものなら、すべて高級品で、レストランやナイトクラブに入ったらいくら取られるか解らない、そんなイメージがあると想います。
多くの和装関係のお店が銀座に本店を置いたり、支店をだすというのも、銀座に店があるという事でイメージを高めたいからでしょう。
私も銀座は大好きで、学生時代もしょっちゅううろついていましたが、現実にはちょっと高めではあるけれど、庶民的な店も少なくない。
でも、整然とした町並み、美しいディスプレイ、店員も美人・・・なんとも言えない高級感がある、日本中の最高級品が集まり、富裕層が集まる、それが銀座のイメージでしょう。
つまり、日本で文化的な物を商う場合、それがどこで生まれたか?という産地イメージというのが非常に大切なのだと想います。
では、沖縄の事を考えて見ましょう。
沖縄のイメージとは・・・
青い海、青い空、美しい珊瑚礁、色とりどりの熱帯魚、温暖な気候、歌、三線、おどり、カチャーシー・・・米軍基地、戦争・・・
では、沖縄染織のイメージは・・・
素朴、派手、おばあ、手作り・・・
たぶん、一般の人はこんなところでしょう。
どうです?
沖縄の人から見て、当たっていますか?十分に理解されていると想いますか?
沖縄ブランドというのも確かにありますが、私は十分その魅力を伝えきっては居ないと想います。
前にも書いた事があると想いますが、本土復帰前後の沖縄染織のイメージは『手作りの物が安い』というものでした。
私の亡父が沖縄に駐在していた頃、もう50年以上前の事ですが、ご年配の方はまだ裸足で生活をされていました。
『裸足の沖縄』こそ、沖縄のイメージだったのです。
そんな、安かろう悪かろうのイメージがはびこる中で、『輝かしき琉球王朝』のイメージを打ち出したのは弊社だけだったのです。
沖縄のイメージはそれから徐々に良くなって、『やすらぎ、いやしの島』に変わってきました。
それはそれで良いのですが、もっと高級感を打ち出せる財産を沖縄は持って居ると想います。
大阪が京都より古い歴史を持ち、多くの文化を生み出してきたといくら私が言っても、理解する人は少ないし、大阪の人も知らない人が多い。
それは、大阪がお笑いやB級グルメのイメージを打ち出しすぎたからでしょう。
これは、大阪の伝統工芸や伝統文化にとっては損失の大きい事でした。
そうなってしまった理由は多々ありますが、一番は、そこに住む人々が自分たちの持って居る『かけがえのない最高の財産』に気づいていなかったせいだろうと想います。
久米島紬でも、米も取れないサトウキビしかならない荒れ地で、人頭税に苦しめられて無理矢理織らされたと言うより、日本で最初に紬織がされたところで、そのデザインは首里王府のデザインルームから御絵図帳によって指示され、洗練されたものであり、豊かな自然を背景にした植物染料はその価値を一層高めている、と言った方が格段に値打ちがあがるのです。
首里王朝というのは、諸説ありますが、文化振興に非常に寄与したと言えるはずで、そのイメージを高めて利用しない手は無いわけです。
首里城を復元しただけでは、全く十分ではなく、その意味で、TV放映されたテンペストの内容は非常に残念なものでした。
すなわち!!
沖縄染織を語る上で、沖縄の歴史や他の文化に対する知識は、絶対必要な物で、それを繰り返し唱え、マスコミでも訴え続け、イベントやあらゆる場面で、表現することが、沖縄ブランドが向上するために絶対的に必要な事なのです。
私が、民藝論に対して批判的であるのも、沖縄の染織は名もない無学な工人がつくったものでも、農閑期に現金収入をアテにして土間でおったものでも何でもない。
本土でかつて貴族の子女達がたしなみとして織物をした歴史となぞらえて捉えるのが沖縄染織の正当な評価でしょう。
皇后陛下が小石丸を育てて織られるのもその名残です。
沖縄の染織は王朝文化の中にあり、その王朝文化がいかに素晴らしい、他に比類を見ない独自生を持って居たか、それを、まず、自分たちが知る。
陶器やガラス器と一緒にされたのでは、正当な評価を得ることは出来ません。
物産と文化的工芸品は違うのです。
みなさんも、まずは、自分たちの愛する故郷の事を学び、その魅力を伝えることからはじめてはいかがでしょう。
それが、きっと、あらたな『沖縄ブランド』の評価に繋がると想います。
そして、そのブランドという財産は、沖縄経済はもとより、子々孫々を豊かにする泉となるのです。
これにて、『もずやと学ぶ染織マーケティング』は千秋楽です。
いたらないところ、独断と偏見が行き過ぎた所も多々あったと想います。
こんな拙いブログの中の話でも、みなさんの制作を方向付けるお役に立てばと始めました。
中には『そんな事書いてもみんなわからないだろう』と言う声もありましたが、
書き続けるうちに、徐々に読者も増えたようですし、やってよかったな、と今は想っています。
最後に言いたいことは、マーケティングの技法というのはあくまでも一つの手法であり手段です。
一番大切な事は、みなさんが、自分らしい物を作りたい、良い物を作って消費者に末永く愛用して欲しい、
という願いであり、志です。しかし、人間というものは時に迷うときもあります。
何を作って良いのか、自分のやっていることは間違っていないのだろうか、誰しもそう思うときがある。
特に、今のような消費不況の時はそうだろうと想います。
私も同じです。商人として迷いながら、前に進んでいるのです。
そんなとき、助けになるのが客観的な分析材料であり、分析手法です。
分析することで、頭を整理する。そうすれば、きっとまた自分のやっていることに自信が持てるでしょうし、
新たなヒントが掴めるかも知れません。
また逆に、ブームに煽られているとき、自分の立ち位置を忘れない為にも、マーケティングは役立つと想います。
マーケティングというのは、基本的にはart(技術)です。
しかし、その根底には『発想法』『思考法』というものがあるのですね。
それはどういうものか。
現状認識→問題点の抽出→解決法導出→先を見渡した展望の構築
つまり、マーケティングとは『問題解決志向』の学問なのです。
ですから、染織だけでなく、みなさんの生活すべてにおいて、マーケティング発想法は役立つはずです。
沖縄流の『ま、いっか』も良いですが(^^;)、自分ひとりで考えるのが大変ならば、みんなで力を合わせて、ワイワイ
議論してみましょう。お茶を飲みお菓子を食べながらでも良いし、お酒を飲みながらでもいい。
どういう状態でもいいから、常に前向きに、壁を乗り越え、ぶち破る方向で考えて欲しいのです。
みなさんのパワーなら必ずできます。
そして、みなさんの後ろには、営々と積み重ねられた先人の徳があるのだと言う事も忘れないでください。
次は『商道 風姿花伝』のお話しをします。
マーケティングからさらに進んで、商売とは、あきないとは、と言うことを能楽の大成者、世阿弥の著書を元にしながら考えて行きたいと想います。ご期待ください。
「千秋楽は民を撫で、
万歳楽には命を延ぶ。
相生の松風、
颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」
2011年11月29日
もずやと学ぶ染織マーケティング<39回目>
第13章 顧客関係のマネジメント
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
13−1 顧客関係のパラダイム
13−2 顧客関係の識別と選択
13−3 顧客関係の維持と修復
13−4 顧客関係を高める組織
先週末から長崎に来ました。
こちらはとても暖かくて驚いています。
胃腸の調子が悪く、気持ちも落ち込み気味だったのですが、コーヒーとお酒を控えたら、あらあら不思議。
すっかり良くなりました。ブラックコーヒーを1日に7〜8杯飲み、空きっ腹で強いお酒を飲めば、それは
胃腸も悲鳴をあげますよね。腹も身のうちということですね(^^;)
さてさて、顧客関係の話が書かれている章ですが、この部分は、小売とか本当の大メーカーしか、あまり関係の無いことなので、
話題を絞ります・・・ってただ、はしょっているだけですが(^^;)
ここで考えたいのは『スイッチング・コスト』ということについてです。
スイッチング・コストが高い、というのは、今までAという商品を使っていたが、Bに乗り換えるというのが非常に難しい、という状態の事を言います。
私は、2年ほど前にパソコンをウィンドウズからMacに乗り換えました。
しかし、これは、とてもスイッチング・コストが高いことだと言われています。
なぜなら、ソフトの使い方も違うし、対応ソフトも違う。いままで使えたソフトが使えない。
同じような機能のソフトも名前が違う・・・15年ウインドウズを使っていたので、やはり戸惑いました。
つまり、ある程度使い慣れると、代わるのが難しい状態のことを『スイッチング・コストが高い』というのです。
携帯電話でもそうですね。
わざとかどうかしりませんが、携帯電話メーカーによってキーの配列が微妙に違う。
私はNを使っていますが、FやらPにすると慣れるまで大変です。
何度も痛い目にあっているので、それからからなず買い換えるときはNにしています。
消費者の立場に立つとそういう事ですが、逆に供給側から見ると、それはメリットなわけです。
ある意味、仕掛けであり、罠でもあるわけですね。
一度使い出したら、次ぎも使わずには居られなくなる・・・そういう状況に消費者を追い込む訳です。
ここまで来て、染織の話に切り替えましょう。
では、染織の世界で、自分の作品、あるいは自分たちの産地の作品を次ぎにも使わずには居られなくなるようにするにはどうすればいいのでしょうか。
これは、あくまでも、作り手側から考える戦略として、という事です。
私が思うには、消費者を『はめてしまう』事です。
つまり圧倒的、排他的な魅力で、完全に魅了してしまう。
すべての消費者を対象にしているのは無理な話です。
いままで、京物や結城・大島など他産地の染織品を買っている人は、スイッチング・コストを感じていないから沖縄の物を買っているわけです。
逆に言えば、いま巷に溢れている沖縄染織品は他の染織愛用者から見て、スイッチング・コストが低いという事になります。
ということは、また出て行く可能性も高い。つまり『つまみ食い』なのですね。
最近というか、ここ数年、ラーメン二郎というラーメン屋が大ブームになっています。
このラーメン屋は私の母校の側にあって、いつも行列していた店でした。10人も座れば一杯になるような小さな店だったんですがね。
ここは、とにかく量が多い。美味しいかどうかは主観的な問題なので、論評を避けますが、別に万人向きのするラーメン屋では無かった。
でも、毎日毎日食べ続ける学生がいて、そしていつの間にか、チェーン店みたいになり、それを真似たラーメン屋もあちこちにできる様になってしまいました。
想えば、当時、あんなラーメン屋はなかったのです。
ラーメンブームの時もそれほど、話題にはならなかった。
東京ラーメンと言えば、春木屋、香月、恵比寿ラーメンや、怖いオッサンがやっているしなそば屋が有名で、たいていオーソドックスなしょうゆラーメンだったのです。
でも、二郎の場合はたくさんの人が次々にはまっていった。
一時、『たいして美味しくもないのにあれだけはまるのは、麻薬はいってんちゃうか?』という声が出るくらいでした。
何が言いたいかというと、『他に無い、特有の魅力』を出す事が、スイッチング・コストを高め、そこにどどまらせ、
反復購買をさそうための武器になるのです。
沖縄染織で、他にない魅力とは何か?
いままで、何度も話してきましたが、今回は、みなさんで考えて見てください。
そして、他の作家に出せない自分だけの魅力という事も考えて見てください。
それを見つけられて、確立できたら、どんな有名作家にも勝てます。
私は、物作りに関わる商売人とて、自分だけしか無い魅力を出そうと努力しています。
まずは、圧倒的な商品知識。
流通では沖縄染織の知識において誰にも負けないだろうと想います。
そして、歴史・文化・伝統に基づいた論理的なTPOの説明。
最高の武器は、みなさん作家さんとの強い絆です。
『もずやと学ぶ染織マーケティング』は次回、第40回で最終回といたします。
予告通り、来年からは『商道 風姿花伝』とテーマを変えてお話しをしたいと想います。 続きを読む
2011年11月23日
もずやと学ぶ染織マーケティング<38回目>
第?部 市場資源構築のマネジメント
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
第12章 チャネル資源のマネジメント
12−1 マーケティング資産としての流通チャネル
12−2 選択肢の広がりと時間の競争
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は少々体調を崩して、サボってしまいました(^^;)
さてさて、本題に入りましょう。
ここで考えたいのは、流通チャネル=販売経路と在庫回転率です。
染織といえば、和装なのですから、呉服問屋→呉服屋と行くのが普通ですね。
ところが、このルートがうまく機能していないことは、何度も申し上げたことだろうと想います。
うまく機能していないというよりも、この流通に支配されてしまっていると言う事が問題なんですね。
どんなに良い作品を作っても、流通に乗らなければ売れる事はないのです。
その消費者に向けた大きな窓口がNC(ナショナルチェーン)やいい加減な呉服屋だと、これが様々な問題を引き起こすわけです。
つまり、物は何でも良い。消費者は目の前に出された物の中から選択するしかないからです。
そして情報もそうですね。いまの政治と同じです。
雑誌やテレビで紹介されたことしか消費者は情報を得る術がない。
私達が、ブログやメルマガでいくら丁寧に書いたって、たかが知れているのです。
なんとか、独自の流通を確保しようと生産者が前に立って、直販しようとしましたが、そう甘くはありません。
まず、ノウハウが無いし、莫大なコストがかかります。
それで、結局は流通に支配されるままになってきたのですね。
適正に機能すれば、リスク面を考えても流通がしっかりしていると言う事は良い事なのですが、
これが、そうじゃないから問題なんですね。
在庫回転率の問題にも絡んできますが、在庫回転率=売上高÷在庫高です。
つまり分母を小さくすれば回転率は高まるわけですね。
と言うことは、『仕入を起こさない』という事になってくるわけです。
すなわち、『委託販売』です。
小売店の委託販売は一般的ですが、最近は、問屋まで生産者から委託で商品を調達する、という事になってきています。
それを受けないと、生産者も販売する道を閉ざされてしまうわけですから、飲んでしまう。
力のあるメーカーは断るでしょうが、そうでないところは受けざるを得ない。
そうなると、どんどん力のある流通へ流れて行く品物は良い物が無くなってくるということになります。
これが恐怖の委託地獄です。
高品質の工夫を凝らした作品は、高価になります。高価であるがゆえに、委託になる。
委託がイヤだ、たくさん出来ないのだから買い取りしかダメだ、という作り手は駆逐されてしまうわけです。
そして、複数の問屋と取引していても、1社に委託に出せば、他も同じ要求をしてくるように必ずなる。
それで、この業界は生産者→問屋→小売店とすべての流通が委託と言う事になります。
実質的に在庫は増えず、回転率は上がりますが、流通全体で観ると、買わない訳ですから無責任に商品を抱え込むことになりがちです。
そうなると、必ず過剰在庫になり、価格は低下します。
委託は買い取りより通常高い値段で出しますから、作り手の出し値と消費者価格との整合性がとれなくなってしまう。
作り手の出し値の方が、消費者価格より高くなる、なんて事もあり得るわけです。
そうなると、この作り手、ひいては、その商品群はすべて市場から消えていきます。
どこも扱わなくなるからです。
景気が悪くなって、問屋も資金がタイトになってきますから、委託の要請が増えてくるでしょう。
ご存じの通り、うちは沖縄の商品は全て買い取りです。
委託が蔓延してきたらどうするか。
委託になると、良い品物が集まらない、だから買い取っているのに、同じ商品が他社に委託で出されるとなると、
もうその品物は扱えないという事になりますね。不条理ですから。
ですから、私なら、お付き合いしている作家さんが委託で出したと聞いたら、取引を打ち切ります。
しかし、全体としてはもうどんどん委託ばかりになってしまうでしょう。
そうなると、当然、作り手はたちゆかなくなります。
在庫リスクを全部作り手が負うことになるからです。
では、どうすればいいのか?
ぶっちゃけた話、どうせ委託なら、前に委託することしかありません。
問屋に委託するより、小売に委託して、その分利益を大きくするのです。
だれが小売店に持って行くのか?
それが問題です。
作り手はたいてい作る事で精一杯ですよね。
その上に営業までしなきゃいけないというのは、非常に厳しいし、非現実的かもしれません。
わかるでしょう・・・道はかなり狭いのです。
残された道は・・・信頼できる買い取りをする問屋と組んで前(消費者にちかいところ)に出ることです。
いくら復帰40周年のバブルが来ても、委託の流れは変わりません。
そして、そうなれば、必ずまた、流通在庫がふくれあがって、価格崩壊が進みます。
非常に困難な道ですが、新しい道をつくるより他、正直な仕事をする人が報われる事にはならないように想います。
私自身も模索中ですが、もう待ったなしです。
2011年11月16日
もずやと学ぶ染織マーケティング<紅葉狩>
今夕はいきつけの味覚に行きました。お姉さんに『今日はなにがええかな?』と聞くと『シメサバの磯辺巻きがええんやないん?食べたことないやろ?』との事。お湯割り3杯分くらい待ちましたが、やはり美味い!私は、このお姉さんに全幅の信頼を置いています。お勧めはきちんと勧めてくれるし、これは良くないと想えば表情を曇らせます。味と価格をバランス良く考えて勧めてくれ、決して売れ残りを無理強いすることがない。これは、とてつもない安心です。想えば、すべての買い物・消費で、この店と消費者との信頼関係というのはとても大事なことだと想います。この人の言う事を聞いていれば絶対に間違いない、そういう信頼関係が、とくに高額品には大事です。ところが店側も店の都合を消費者に押しつけるし、消費者もストアロイヤルティを持たずに値段の安いところをあさって買うようでは、決してよい関係が築けません。店は客が育て、客は店が育てるのです。食べ物でも同じです。いくら大枚はたいても、ポンと行って秘蔵の美味いモノなど食えるはずが無いのです。食えたとしたら、それは宣伝に引っかかっているのです。本当の良い物というのはそう簡単に手に入らない。だから値打ちがあるのです。店の価値を見抜くのも、消費者の眼力です。その眼力は教養=人間力から生まれます。良い買い物をするために必要な事は、まずは『常識人になる』という事だと想います。
2011年11月08日
もずやと学ぶ染織マーケティング<37回目>
11−2 産業の離陸?ーデファクトスタンダード
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
このマーケティングの話も終盤に入って、弱音を吐くようですが、基本的には『達観』するしかないのだろうと想います。
自分が良いと思う物を楽しく、精魂こめて、笑顔で作り続ける。
まわりの環境がいかに腐っていても、どんなに安物がはびこっていても、良い物はやっぱり良い。
良い物は必ず売れていくのです。そして、消費者に愛用されるのです。
結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
11−3 産業の離陸?ー拡張製品
11−4 産業の成長期
11−5 産業の成熟期と衰退期
もう、すっとばして行きますよ(^_^)
着物、というより伝統染織市場は、もうとっくに衰退期に入っています。
伝統工芸の中で、ライフスタイルが大きく変化しているのにもかかわらず、まだ業界を維持しているというのはある意味で驚異的だと想います。
陶磁器や漆器は家庭用品や美術工芸の分野に総括されてしまっています。
金属器もそうですね。ありとあらゆる伝統工芸品で、デパートで単独で売場を持って居るというのは着物だけです。
これには、表裏、いろんな要因があると想います。
呉服屋出身のデパートが多いというのもあるでしょうが、それだけが理由ではありません。
大きな理由としては、利幅が大きい事、集散地が京都・東京に極地化している事、扱いやメンテナンスが難しい事などがあると想います。
着物業界はもっと着物の振興に努力すべきだ、とずっと言われてきましたが、善悪は別として、伝統工芸の中で
これほど販売促進に努力している品目はないと想います。
日常使われることもなく、鑑賞用として飾られることもないのに、単独の売場、単独の店舗がまだ数多くある。
これはある意味驚異的と言えるのではないでしょうか。
陶磁器や金属工芸、漆器などが単独で大きな催事をしたという話も聞いたことがありません。
着物だけがなぜ、例外なのか?
ここを考えて見なければなりません。
沖縄の人なら、同じ伝統工芸に携わっている陶芸家や木工、漆器の人がどれだけ苦労しているかよく分かると想います。
ここで、ちょっと参考になるのが、デファクトスタンダードというものです。
事実上の標準規格という事ですね。
教科書で書かれているのはVTRにおけるVHSですね。昔は一時期ベータとうのもあったのです。
それがいつのまにかVHS一色になった。
だれかが始めに決めたのでも、唯一の再生技術であったわけでもないですが、事実上の標準になった。
これがデファクトスタンダードです。
着物は、といえば、全てがデファクトスタンダードですね。
仕立て方法、帯の合わせ方、小物にいたるまで、一応標準=きまり・しきたりというものがあります。
そういう標準化された市場の中に、絶対的ブランドがあるわけです。
『京都』ブランドですね。
加賀や沖縄が束になってかかっても、まったく勝ち目のない、圧倒的ブランドです。
京都=高級品という事になっています。
その中に、さらに人間国宝や皇室御用達、宮内庁御用達なんていうのもある。
スーパーブランドですね。
そこに絹製品=高い、手作り=高い、という付加価値が付いてきます。
京都で、絹で、手作りで、当然高い。
その中で、スーパーブランドは特別に高くて当たり前だ。
ということになっているわけです。
いろんな意味で、着物は超スーパー付加価値のかたまり、ということです。
他の工芸品も本当はそうなんですね。同じ事です。
ところが、他の工芸品は、一部の好事家しか購入しないのです。
お金があっても、なにかの記念に1000万円の壺を買おうという人は滅多にいない。
買うのは、『違いのわかる人』という事になります。
美術=絵画・彫刻などは、投機目的というのがあって、そのせいで作家名で値段があがり、市場がふくれあがる。
しかし、国内の伝統工芸品を投機目的で買う人はいないでしょう。
着物は超スーパー付加価値のかたまりですから、和文化に興味がある女性なら、一度は着てみたい。
お金があれば、良い物を着たい、と想うのは当たり前です。
ところが、着物を含め、繊維製品の善し悪しはそう簡単に見分けられるモノではありません。
市場が成熟し、デファクトスタンダードが確立しているにも関わらず、消費者の眼は全体としては好事家の域には達していない。
そして、市場の大半を女性が占めている、これも大きな特徴です。
市場が成熟して本物志向にならねばならないのに、現実には感性消費市場になっている。
そして、問題は、超スーパー付加価値のほとんどが感性を刺激するために、偽造・悪用されている、という事です。
超スーパー付加価値をバックにして、その周辺部分が巨大化している。
その周辺部分を享受することで、消費者は満足している。
着物を着るのではなく、着物を着ている気分や、環境を愛している、これが着物独特の魅力であるわけです。
あらゆる消費の主体は女性ですから、市場が他に比して大きくなるのは必然です。
供給側もそれをよく知っているから、本体をつくらずに、その付加価値のみを捏造するという事も出てくるわけですね。
私はその業界の中にいて、現実を見る度に、愕然とし、絶望もし、作り手のみなさんとどこへ向かって進んでいけばいいのか、と頭を抱える毎日です。
このマーケティングの話も終盤に入って、弱音を吐くようですが、基本的には『達観』するしかないのだろうと想います。
自分が良いと思う物を楽しく、精魂こめて、笑顔で作り続ける。
まわりの環境がいかに腐っていても、どんなに安物がはびこっていても、良い物はやっぱり良い。
良い物は必ず売れていくのです。そして、消費者に愛用されるのです。
結論は消費者が出してくれます。
ですから、何度か着たら、古着屋に売られるような作品ではなく、いつまでも手元にとどめて愛用していたけるような作品を作ろうではないですか。
そして、『どこの大作家が作った』という話ではなく、着やすいとか、美しいとか、本当の愛着を語ってもらえるような物作りをしましょう。
伝統工芸に身を置くみなさんは、その土地、そして自分の故郷の伝統を引き受けているのです。
それは、みなさんの誇りそのものなのです。
2011年11月02日
もずやと学ぶ染織マーケティング<36回目>
第11章 産業のライフサイクル
11−1製品の誕生から産業のライフサイクルへ
すっかり秋めいてというか、もう南河内は肌寒くなってきました。
経済をはじめ、わが国の状況はだいぶややこしい感じになってきましたが、
基本的には『雨が降ったら傘をさす』という自然体のスタンスがいいのだと想います。
さてさて、本題に入りましょう。
ここで重要なのは『製品ライフサイクル』という概念です。
1.生成期:市場に導入された新製品・サービスがまだちいさな需要しか獲得できない磁器
2.成長期:需要が急速に拡大する磁器
3.成熟期:成長が鈍化し、需要がピークに達する時期
4.衰退期:需要が減退する時期
こういう感じで製品の市場における状態は変遷するということです。
これは頭にたたき込んでおかねばなりません。
人間はだれしも、今の幸せがずっと続くと想う、また、良いときはもっと良くなると想いたいものです。
しかし、そんなのは幻想に過ぎないということですね。
これは歴史が証明しているわけです。
そして、伝統染織の場合は3の成熟期からスタートしているのだという事も心得ておかねばならないのです。
それだけ、製品のライフサイクルは短くなる、という事です。
沖縄染織の場合は、本土復帰後に大ブームがあり、その後10年ごとに大きな山がありました。
弊社は復帰後の大ブームの主役の一人を演じていたわけですが、それは飛ぶように売れたそうです。
商品は問屋の間でも取り合い。
それで、これは行ける!と大勢の人が染織に携わるようになりました。
しかし、ブームが去るのは想ったより早かった。
そうすると、品物が余る。売れずに苦労する・・・
この構図が10年サイクルで繰り返されてきたのです。
しかも、和装市場はどんどん縮小しています。
本土復帰した1972年から10年くらいがおそらく和装需要のピークだったでしょうから、
それからどんどんマーケットは縮小しているのです。
それに対して、供給はどうでしょう?
逆にどんどん拡大している。
売れる事と共に、いわゆる『眼垢がつく』という事も製品ライフサイクルを短くする原因になります。
沖縄の染織品は、復帰30周年前後、約10年前が、需要・供給ともにピークだったろうと想います。
市場の縮小とともに、過量販売による和装業界の信用失墜、リーマンショックなどの景気悪化も不幸でした。
しかし、製品ライフサイクルを理解し、景気循環を知っていれば、需要予測は出来たはずなのです。
需要は急速に冷え込みますが、供給はそこに均衡するまでに時間がかかります。
とくに、手作りの染織品は生産の仕掛かり期間が長く、それに加えて流通経路がながい。
だから対応が遅くなるのです。
製品ライフサイクルは必ずその弧を描くし、景気循環も必ず起こるのです。
いま、売れていても必ず売れなくなる。放っておいていつまでも売れ続ける商品などあり得ないのです。
そう考えれば、沖縄県や工芸品の所轄団体は、作り手の数を調整し、供給を一定量で抑えるべきだったと想います。
いまどき、着物や帯がつくったらつくっただけ売れるなんてことが、あるわけない!、バブルはかならず弾ける!
という良識的な判断が必要だったと私は思います。
では、個人作家としてはどういう心構えで制作にあたればいいのか、です。
前述の通り、沖縄染織はすでに成熟期、あるいは、衰退期に入っています。
しかし、技術革新は望めないし、国の内外を問わず、模倣品が数多く出てきています。
そして、染織品は耐久消費財であると言うことを忘れてはいけません。
一度、消費者のタンスに入れば、5〜60年は着用できるのです。
そんな、飽和しきったマーケットに作品を投入し、消費者に購買行動をおこさせるにはどうしたらいいのか。
そして、末永い伝統染織の歴史を後世につないで行くにはどうしたらいいのか。
まずは、良い作品を丹念に造り、それにふさわしい価格で売る、という事です。
たくさんは売れません。たくさん作ったら、実需からはみ出た分は、売れ残り、最終的にはたたき売りされます。
たたき売りされたら、値段が崩れて、流通が敬遠するようになる。
では、実需分をどうやって把握すればいいのか?です。
これも歴史を振り返ってみれば解ります。
なぜ、あれだけの巨大な仮需要が生まれたのか。
それは最終消費者が限定されているのに、複数の流通に品物を流したからです。
αという消費者に品物を売るとします。
そこにアクセスするのは甲・乙・丙の三つの小売店。
甲にはA,B,C
乙にはB,C,D
丙にはC,D,E の各問屋がアクセスしている。
ということは消費者αに対してA,B,C,D,Eという5つの問屋が商品を流しているという事になりますね。
すなわち、1つ売るのに5つの流通在庫が存在するわけです。
金融でいえば、5倍のレバレッジ(テコ)効いているのです。
これが、あの莫大な仮需要が生まれ、10年まえの沖縄染織ブームのカラクリです。
そこには、沖縄県やマスコミの扇動もありました。
ちゅらさんとうNHKのドラマや、乱立した人間国宝・重要無形文化財もそうですね。
でも、作り手は『売れている』と想っていた。
でも、売れていなかったのです。作ったほどは決して。
自分の身が、そして沖縄の染織が大事だと想うなら、作り手も流通に責任を持たなければなりません。
少なくとも、需要動向を問屋と一緒に考えるべきです。
作り手はものづくりだけ考えていればよい、という時代は終わりました。
なぜかというと、流通業者が劣化している事、消費者の動向変化が早い事、流通チャネルが多様化している事などがあるからです。
問屋には、『どこへ品物を流すのか』『そこはどんな店・会社なのか』をきちんと聞いておかねばなりません。
そして、作品が出る先が重なっている所には、出さない事です。
沖縄では、どこの誰にでも売れれば売るという傾向が見られますが、これが最も危ない、もしかしたら、破滅への道になるかもしれません。
製品ライフサイクルを長く保ち、そのうねりをなだらかなモノにするためには、生産と供給を適正に制限するしかないのです。
安いモノをたくさん作るより、良い作品を高く売る事を考えて欲しいと想います。
生産者の覚悟があれば、流通も正常化し、かならず良い方向に向かうと私は信じています。
11−1製品の誕生から産業のライフサイクルへ
すっかり秋めいてというか、もう南河内は肌寒くなってきました。
経済をはじめ、わが国の状況はだいぶややこしい感じになってきましたが、
基本的には『雨が降ったら傘をさす』という自然体のスタンスがいいのだと想います。
さてさて、本題に入りましょう。
ここで重要なのは『製品ライフサイクル』という概念です。
1.生成期:市場に導入された新製品・サービスがまだちいさな需要しか獲得できない磁器
2.成長期:需要が急速に拡大する磁器
3.成熟期:成長が鈍化し、需要がピークに達する時期
4.衰退期:需要が減退する時期
こういう感じで製品の市場における状態は変遷するということです。
これは頭にたたき込んでおかねばなりません。
人間はだれしも、今の幸せがずっと続くと想う、また、良いときはもっと良くなると想いたいものです。
しかし、そんなのは幻想に過ぎないということですね。
これは歴史が証明しているわけです。
そして、伝統染織の場合は3の成熟期からスタートしているのだという事も心得ておかねばならないのです。
それだけ、製品のライフサイクルは短くなる、という事です。
沖縄染織の場合は、本土復帰後に大ブームがあり、その後10年ごとに大きな山がありました。
弊社は復帰後の大ブームの主役の一人を演じていたわけですが、それは飛ぶように売れたそうです。
商品は問屋の間でも取り合い。
それで、これは行ける!と大勢の人が染織に携わるようになりました。
しかし、ブームが去るのは想ったより早かった。
そうすると、品物が余る。売れずに苦労する・・・
この構図が10年サイクルで繰り返されてきたのです。
しかも、和装市場はどんどん縮小しています。
本土復帰した1972年から10年くらいがおそらく和装需要のピークだったでしょうから、
それからどんどんマーケットは縮小しているのです。
それに対して、供給はどうでしょう?
逆にどんどん拡大している。
売れる事と共に、いわゆる『眼垢がつく』という事も製品ライフサイクルを短くする原因になります。
沖縄の染織品は、復帰30周年前後、約10年前が、需要・供給ともにピークだったろうと想います。
市場の縮小とともに、過量販売による和装業界の信用失墜、リーマンショックなどの景気悪化も不幸でした。
しかし、製品ライフサイクルを理解し、景気循環を知っていれば、需要予測は出来たはずなのです。
需要は急速に冷え込みますが、供給はそこに均衡するまでに時間がかかります。
とくに、手作りの染織品は生産の仕掛かり期間が長く、それに加えて流通経路がながい。
だから対応が遅くなるのです。
製品ライフサイクルは必ずその弧を描くし、景気循環も必ず起こるのです。
いま、売れていても必ず売れなくなる。放っておいていつまでも売れ続ける商品などあり得ないのです。
そう考えれば、沖縄県や工芸品の所轄団体は、作り手の数を調整し、供給を一定量で抑えるべきだったと想います。
いまどき、着物や帯がつくったらつくっただけ売れるなんてことが、あるわけない!、バブルはかならず弾ける!
という良識的な判断が必要だったと私は思います。
では、個人作家としてはどういう心構えで制作にあたればいいのか、です。
前述の通り、沖縄染織はすでに成熟期、あるいは、衰退期に入っています。
しかし、技術革新は望めないし、国の内外を問わず、模倣品が数多く出てきています。
そして、染織品は耐久消費財であると言うことを忘れてはいけません。
一度、消費者のタンスに入れば、5〜60年は着用できるのです。
そんな、飽和しきったマーケットに作品を投入し、消費者に購買行動をおこさせるにはどうしたらいいのか。
そして、末永い伝統染織の歴史を後世につないで行くにはどうしたらいいのか。
まずは、良い作品を丹念に造り、それにふさわしい価格で売る、という事です。
たくさんは売れません。たくさん作ったら、実需からはみ出た分は、売れ残り、最終的にはたたき売りされます。
たたき売りされたら、値段が崩れて、流通が敬遠するようになる。
では、実需分をどうやって把握すればいいのか?です。
これも歴史を振り返ってみれば解ります。
なぜ、あれだけの巨大な仮需要が生まれたのか。
それは最終消費者が限定されているのに、複数の流通に品物を流したからです。
αという消費者に品物を売るとします。
そこにアクセスするのは甲・乙・丙の三つの小売店。
甲にはA,B,C
乙にはB,C,D
丙にはC,D,E の各問屋がアクセスしている。
ということは消費者αに対してA,B,C,D,Eという5つの問屋が商品を流しているという事になりますね。
すなわち、1つ売るのに5つの流通在庫が存在するわけです。
金融でいえば、5倍のレバレッジ(テコ)効いているのです。
これが、あの莫大な仮需要が生まれ、10年まえの沖縄染織ブームのカラクリです。
そこには、沖縄県やマスコミの扇動もありました。
ちゅらさんとうNHKのドラマや、乱立した人間国宝・重要無形文化財もそうですね。
でも、作り手は『売れている』と想っていた。
でも、売れていなかったのです。作ったほどは決して。
自分の身が、そして沖縄の染織が大事だと想うなら、作り手も流通に責任を持たなければなりません。
少なくとも、需要動向を問屋と一緒に考えるべきです。
作り手はものづくりだけ考えていればよい、という時代は終わりました。
なぜかというと、流通業者が劣化している事、消費者の動向変化が早い事、流通チャネルが多様化している事などがあるからです。
問屋には、『どこへ品物を流すのか』『そこはどんな店・会社なのか』をきちんと聞いておかねばなりません。
そして、作品が出る先が重なっている所には、出さない事です。
沖縄では、どこの誰にでも売れれば売るという傾向が見られますが、これが最も危ない、もしかしたら、破滅への道になるかもしれません。
製品ライフサイクルを長く保ち、そのうねりをなだらかなモノにするためには、生産と供給を適正に制限するしかないのです。
安いモノをたくさん作るより、良い作品を高く売る事を考えて欲しいと想います。
生産者の覚悟があれば、流通も正常化し、かならず良い方向に向かうと私は信じています。
2011年10月25日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第35回目>
10−4 戦略的ジレンマを生み出す競争
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
戦略的ジレンマとは・・・
企業が自らの優位性を確保するために築き上げてきた経営資源が他社との競争の中でジレンマを生み出す要因へ転じてしまう事がある。
こうした、関係の反転を通じて企業が直面することになるジレンマを『戦略的ジレンマ』という。
昨日の強みが今日の弱みになる、という事ですね。
ここでは、ビール会社、文具会社の例が書かれています。
和装業界に置き換えるとどんなことが言えるでしょうか。
京友禅は、高度な技術を基礎にした分業体制で、他の追随をゆるさない着物を製造してきました。
染め、刺繍、絞り、すり箔など、一つ一つが非常に高度な技術であるのにもかかわらず、それが一体となって一枚の着物の上に
乗っかるわけですから、これはまさに工芸の中の工芸、King of craftsです。
この高度な技術を束ねるのが悉皆という仕事で、悉皆を面倒見るのが問屋という風にまことに旨くできた分業体制が敷かれていたわけです。
この仕組みによって、ハイレベルな染め物がまとまった数造られる様になった。
他の染色産地にはまねの出来ないことでした。
江戸、加賀、沖縄という染色産地でも、基本的には一つあるいは+α程度の工房の中で工程が完了します。
これは、作家の特色が強くでますが、反面一つ一つの技術の習熟度はなかなか高まらず、量も出来ません。
京友禅が和装市場を席巻したのは、職人の技もありますが、この高度な分業体制があってのことだと思います。
しかし、バブル崩壊後、需要が極端に低下した。
理由は色々ありますが、景気の減退によって、消費自体が減ったこと、娘の嫁入り需要が極端に低下したこと、インクジェットの着物が出てきたことなどが代表的な理由でしょう。
そうなるとどうなるかというと、分業している一つ一つの工程の仕事量が減る事になります。
10枚の着物を造るのに、分業されていない場合は、10の仕事が来ます。
ところが分業されている場合は、工程ごとに受注状況が違いますから1つの工房の仕事は7〜8くらいになってしまいます。
そして、間に立つ悉皆や問屋は価格下落のしわ寄せを工房に持って行きますから単価も下がります。
そうなると、工房側の実入りはさらに減って5〜6となってしまう・・・こういう構図になるわけです。
本来なら、景気の変動リスクは問屋が吸収せねばならないのですが、それが現実にはそうならない。
仕事を出す側、金を払う側に主導権は握られてしまいます。
場合によってはより安い工賃でやる工房に仕事を振るという事になりますから、ハイレベルな仕事をする工房は仕事を失うことにもなります。
それで、どんどん品質は低下する→さらに価格のたたき合いになる→また品質は低下するという最悪のスパイラルに入っていく事になります。
そして、さらに進むと、仕事が維持できなくなって、転廃業に踏み切る工房も出てきます。
そうなると分業の鎖が切れてしまうことになります。
分業というのは同レベルの仕事がシナジー効果を出して初めて成立するのであって、一つの仕事が突出していてもよい作品には仕上がりません。
いくら絞りが細かくて素晴らしくても、染色が悪ければよい品物とは言えないということです。
いまの京都の染色は、まさにこの状態にあるということです。
つまりかつては圧倒的優位性を支えた分業システムが今はかえって弱みになっている=戦略的ジレンマに陥っているということですね。
沖縄では宮古上布ですね。
糸が無いから織れない、織れないからキネタ打ちの仕事がない。
今はもうキネタ打ちの職人さんは1人しかいないと聞いています。
もうこの人がいなくなれば終わります。
(若い後継者ができたという話も耳にしたようなしないような・・・)
あと、紺縞上布、赤縞上布といわれた単一デザインの生産形態もそうですね。
宮古上布といえば藍の十字絣、八重山上布と言えば紅露の捺染絣。
これで通った時代はすごく良かったわけです。
絣の柄だけを考えれば良かった。
だから、たくさん作れたし、作っただけ売れた。
でも時代は変わり、多様性の時代となりました。
人間というのはなかなか成功体験を忘れられない、過去を否定できないものです。
良い仕事をしていれば、また必ず良いときも来る。
それは正解ですが、問題は良い仕事とは何かという事です。
そこをはき違えてはいけないのです。
京友禅の品質・技術レベルも上布のデザインの問題も同じです。
良い仕事というのは消費者にとって最大の効用をもたらす仕事の事を言うのです。
何のために仕事をするのか?
それは、仕事によって生まれる財・サービスを受け取る人を幸福にするためです。
モノを生み出す事が仕事ではありません。
京友禅は京友禅が、上布なら上布がどんな効用を消費者にもたらすべきなのか、何を消費者から期待されているのかを考えて、
これからの方向性を定めていかねば成りません。
京友禅や宮古上布に見られる高度に分業されたシステムはもう維持できないだろうと思います。
その従事者を満たす需要が復活するとは考えにくいからです。
結論からすれば、細分化された分業状態を集約する、あるいは加賀・江戸・沖縄で行われているように一つの工房内でほとんどの
工程が完結するように置き換えていくしか生きる道はないのではないかと思います。
その結果として、今までのようなKIng of craftsと言える内容は失われるでしょう。
失われるモノがあったとして、ではどうしても残さなければならないものは何なのか?
それを考えるべきだと思います。
京友禅なら、京都でしか生まれ得ないモノとは、一体何なのか?
そもそも、伝統工芸というものは、『風土』から生まれるのです。
京都の財産は何か?
美しい水です。あの水なくしてはあの友禅は生まれない。
沖縄の紅型もそれを生み出すのは沖縄の水と太陽なのです。
その原点に戻る必要が今こそ、あるのではないでしょうか。
友禅なら友禅、刺繍なら刺繍、絞りなら絞り。
それぞれが単体で作品を発表する。
そこからのコラボという形で分業というものをもう一度組み立て直してみる。
職人による分業体制というのはもう無理です。
でも、作家のコラボなら出来るはずです。
その土台になるのは、あの『色』なのです。
染色をはじめとして、すべての伝統工芸を見直そうとするとき、見つめるべきはその土地の『風土』なのです。
それが最大・最強の差別化であり、他を寄せ付けない参入障壁であると私は思います。
2011年10月18日
もずやと学ぶ染織マーケティング<34回目>
10−3 産業の枠組みを構成する競争
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
鳥取に来ていますが、今日は寒いくらいです。
いよいよ食欲の秋?読書の秋?の到来でしょうか。
この時期になるとあちこち松茸を探して車を走らせるのですが、ここ数年はなかなか縁がありません。
地方では、うまくいくと、籠に一杯、そうですね・・・大きいのが5本くらいで1万円以下で買えたりするのです。
それを贅沢にすき焼きに入れて食べるというのが母の大好物で、そのためには大量の松茸が必要なのです。
いままでは鳥取や諏訪で仕込んでいたのですが、それが最近はとんとご無沙汰です。
1本1万円なんていうのは、もったいないですしね。
マッタケの話はいいとして(^^;)、本題に入りましょう。
ここでは『システム・アップ』と『システム・ダウン』について書かれています。
つまり産業の境界をどこに置くか、という話ですね。
システム・アップとは、
『複数の製品分野を融合してシステム化を進めて行くことを指す。産業の枠組みがシステム・アップすると、蓄積すべき経営資源や、必要となるマーケティング・ミックスの枠組みが異なってくる』
わかりやすい例ではシステムキッチンというやつですね。
私が子供の頃は、流し台があったかなかったか、という感じで、シンクと調理するところ、そしてガステーブルは別々でしたし、
もちろん、メーカーも売っている所も別々でした。それがシステムキッチンになって、全部統合されて、台所がスッキリしたんです。
つまり、関連のモノをすべてぶち込んで、一つの製品・商品として売るという事ですね。
『システム・ダウン』というのがその逆で、この本であげられている例では、パソコン本体と周辺器機です。
IBMは周辺器機も自分で作って売ろうとしたけども、それに対して低価格で性能の良い周辺器機で対抗するメーカーが出てきた。
これが実現すればシステム・ダウンという事になるわけです。
ではでは、私達の呉服業界に置き換えて考えて見ましょう。
もともと、呉服というか和装関連というのはバラバラで売られていました。
着物は呉服(絹)と太物(綿)に分けられて売られていたし、草履、袋物(バッグ)はそれぞれ専門のお店があって別々に売られていた。
足袋は足袋屋があり、小物は小物の専門店があったのです。
そして、それぞれが、他の領分を侵そうともしなかったのですね。
私がこの業界に入ったころはまだ、そういう感じが残っていて、弊社に絵羽物や袋帯を売ってはいけないというデパートもありました。
つまり、小紋・色無地・染の名古屋帯、そして沖縄の織物しか売ってはいけなかったのです。
ところがだんだんそれが崩れてきて、売れさえすれば何でもいいですよ、という事になってきました。
うちはやりませんが、袋物や草履まで在庫を持って売る小売店も出てきました。
専門性も薄れて、京友禅から大島はもちろん、小物まで揃う!なんていう総合小売店が出てきたわけです。
そのでかいのがNC(ナショナルチェーン)ですね。
そういった流れの中で、老舗のはきもの屋さんが潰れたりして、いまは良い草履バッグを探すのも骨が折れます。
そういう感じでだんだんと、和装関係の小売は大手を中心にシステムアップが進んできたわけですね。
また、そうすることによって売上を拡大してきたんです。
着物を買えば、帯も帯締め帯揚げも草履もバッグも、髪飾りも・・・全部トータルで売る・・・
そんな販売方法が広がってきたわけです。
この本のコラム(10−1)に面白い事が書いてあります。
システム化の動向に関わる状況要因についてです。
?顧客の知識
高い製品知識をもつ買い手は、どのような部品を必要としているかを自ら判断する事ができる。、逆に知識を持たなければ買い手はシステム全体をまとめて購入するしかない。こうした製品に対する知識は、買い手が使用経験を積むにつれて深まっていくものである。そのため、一般的に買い換え需要が増えると、産業のシステムダウンを進めやすくなる
?競争企業の経営資源
豊富な経営資源をもつ企業が存在する産業は、競争企業もシステムアップを誘導しようとする。そのため、システム・アップを進めやすくなる。
?生産コスト
最適生産規模の大きな部品は、各システム・メーカーがそれぞれ自社生産するよりも、部品メーカーが一手にその供給を引き受けた方が割安になる。こうした部品メーカーが増えると、産業のシステム・ダウンが怒りやすくなる。
?独占禁止法
和装業界が何故、システムアップしたか、を考えると、戦後の服飾習慣を考えずにはいられません。
いまの70歳以上の人は、それなりに着物を着てきています。
しかし、それ以降の女性は、着物の着用率がグンと低くなっていると想います。
私が高校生くらいになると、入学式・卒業式に着物でくるお母さん方は本当に少なくなっていました。
それまで、つまり小学校や中学校の時は、ほとんどのお母さんが着物、当時は色無地に黒紋付きの羽織を着ていたのです。
いま60歳前後、つまり団塊の世代になって、着物がほとんど着られなくなってしまいます。
ということは、いま40歳以下の人の多くははお母さんの着物姿を見たことが無い、という異なります。
その世代がピークになりますが、戦後生まれの人は、総じて着物に対する関心度が低く、着用していません。
私達の世代まではお嫁入り道具に着物をたくさん揃えてもらった女性も多いと想いますが、
多くはタンスに眠っているはずです。
最近、着物ブームと言われていますが、そこで問題と感じるのが『着物の世代的断絶』なのです。
着物=染や織、コーディネート、柄行などの知識が、親から子へ、子から孫へと継承されていない。
着物は本来、日本人の民族衣装ですから、精通していて当たり前なのですが、それがそうなっていない。
若い人が着ようと想っても、身近に着物の事を知っている人が居ない。母親も着物を着たことが無いという・・・
これが、?の顧客の知識、に引っかかるわけです。
着物世代の断絶によって、顧客が頼るのは着物を知っていそうな人=着物を着ている年配の女性や、有名人という事になってしまいます。
むかしは、色々と買い回って楽しんでいた物が、どうせ買うならトータルコーディネートしてもらって・・・とか言って、
頭のてっぺんからつま先まで、その『知ってそうな女性』に広大な展示会場で買い物を任せるという事になる。
消費者は解らないわけですから、『知ってそうな女性』が本当は何も知らない事も解らないし、高い値段が付いている着物が
現実にはボロである事もわかり得ない。でも、大きなホテルで煌びやかな展示会で、有名人も来て・・・
だから全部任せて安心!ということになっちゃうわけですね。
ここで出てくるのが?の経営資源です。
大手が金に物を言わせて、お客をかき集め、超一流ホテルで盛大な展示会をする。
そして、あれもこれも、売れる物はそこに全部ぶち込んで、売って売って売りまくる・・・
本来、現代の着物というのは専門品ですから、ブランドなどの商品知識を十分に集めた上で、購買にいたるものです。
ところが、十分な情報もなく、溢れている情報がでたらめだったりする。
ましてや、着物に限らず、繊維製品の品質というのはプロでもなかなか判断が付かないのです。
ですから本来は、専門性が高い、ほんとうのプロが一つ一つ眼をこらして品物を集めている専門店で買うのが良いのです。
ところがまた、このプロがなかなかいない。
バブル時代に、なんでもかんでも売れすぎたために、また買い取りをしないで委託中心になってしまったために、
バイイングやMD(品揃え)の能力が極端に低下しているのです。
本当は?で書かれているように買い換え需要に関してはサイズダウンへと行って欲しいのですが、さてさて、それも受け皿がない。
すべての解決方法は、?の消費者のみなさんに知識を持ってもらう、という事しか解決方法が無いのです。
では、どうやったら、解るようになるのか?
銀座泰三先輩も先日のブログで書かれていましたが、紬というか織物に関して言えば、最高の物を着たおすのが一番の近道だと想います。
生産者でも安物を作っている人は高級品を見ても解らないようです。
コピー商品しかつくっていない生産者が本物を見て触って『うちのと同じやん』と言ったという笑えない話もあります。
システムアップというのは一面では生産者・流通・消費者にメリットのあることですが、こと専門品に関しては、
不向きではないかと私は思います。
なぜなら、?で書かれている経営資源が伴わないからです。
経営資源というのは人、モノ、金、ノウハウ、情報です。
モノや金はあっても情報がないとダメなのです。
そして、専門性の高い工芸品については、情報の蓄積が非常に大事なのです。
これがシステムアップに向いていないと想う理由です。
業界が正常化するためには、システムダウンして、高度に専門化する必要があるのではないかと想いますね。
2011年10月11日
もずやと学ぶ染織マーケティング<33回目>
10−2 企業の個性をつくり出す競争
ここでは、松下電器VSソニー、トヨタVSホンダ、シャープVSカシオと競争の具体例について書かれていますね。
競争といってもいろんな形があることがよく分かります。
真っ向勝負もあるし、模倣していく方法もある。また、他社は意に介せずと独自路線をひた走る競争の形もあるのかも知れません。
市場に対して、その製品が受け入れられるパイは一定だとすると、どうしても競争してそのパイを取り合う訳です。
より多くのパイ、美味しい所を取るためには、市場と競争相手をよく見て、経営判断をしなければならないわけです。
場合によっては、競争から降りるという判断もあるでしょう。
伝統染織に置き換えて考えて見ましょう。
いま、市場はどういう状況ですか?
あなたた作っている作品群の競争相手は何で、どんな動きをしていますか?
市場も競争相手も、見る人によって様々な判断があると想います。ですから出す結論も違うでしょう。
世界同時株安が進行中で、ギリシャのデフォルト(債務不履行)が懸念され、もしかしたら、EUが破綻するかもしれない。
EUだけでなくて、アメリカも失業率が9.7%でしたっけ、そんな状態で、ニューヨークを始め各地で若者による暴動が起きてます。
何で暴動起こすのか?といえば、若者に仕事がないからです。それと金融至上主義によって、産業が空洞化し、一部の金融やITに関わる
人達だけが大もうけをして、単純労働をする職場がなくなった。
まぁ、難しいことはおいといて、とにかく、世界はえらいことになっているわけです。
そのうえ、日本政府はあろうことか、増税をしようとしている。
その動きを見て、お金持ちは財布のヒモを引き締め始めました。
こんな事書いて、着物買ってもらえなくなったら困るんですが (^^;)
とにかく、日本経済はとても心配な状態ですし、そうなれば、消費は当然、縮小します。
一方、着物市場に眼をフォーカスしてみると、不良在庫がつもりにつもっています。
商品によっては、産地から全く品物が出て行かないほど、にっちもさっちも行かない状態です。
また、縮小した市場になんとか押し込もうと、廉価な粗悪品をつくり出した産地・メーカーもあります。
その上、昔は無かったリサイクル市場が横でグルグル回っている。
着物を着る人が増えた様に見えても、それほど着物の生産に反映しないのは、このリサイクル市場の存在が影響しています。
ところが、このリサイクルというのは、GDPに計上されない。
つまり、新たな付加価値を生んでいないという事です。
リサイクルは着物だけじゃなくて、ほかの商品でもたくさん出てきています。
これらはすべて付加価値を生まない市場です。
ということは、おおまかにいうと国富に反映しないということです。
また、税金が上がって、工場が海外に出て行けば、アメリカと同じように仕事がなくなるだけでなく、たとえ本社が国内にあっても、
外国で作られ、売られた物は日本のGDPに計上されません。スーパーがいくら大きな売上をしても、海外に出した店の売り上げは、
GDPには入らないのですね。
つまり、日本経済の相対的地位はどんどん低下するということになります。
そうなれば、市場の縮小が心配なわけで、これはどんどん進みそうな感じです。
反面、1929年にはじまった世界大恐慌の時、どの様な状態だったのかといえば、日本では3割の企業が倒産しています。
逆に言えば、7割は大丈夫だったわけですね。
恐慌というのは、信用縮小という事ですから、お金が回らなくなるわけです。
銀行に取り付け騒ぎが起こるとか、持って居る株式や債券に値打ちが下がって、売ろうにも売れない。
そんな時は、お米もお金で買えなくなるわけです。
つまり、モノの値打ちが上がって、お金の値打ちが下がる。
デフレの状態というのは、お金の値打ちが上がって、モノの値打ちが下がるから、
去年は1000円だったものが今年は900円になる、つまりモノの値打ちが100円分減るという事になっているわけです。
幸い、日本は政府が借金していると行っても国民から借りているわけですし、円高を見ても解るように
国の信用は万全です。怖いのはEU,米国、新興諸国からのとばっちりです。
グローバル経済の世の中ではとばっちりといういい方も不適当かも知れません。
前置きが大変長くなりましたが、そんな市場環境の下でどのような対策を打てばいいのか。
不況というのは、そんなものはもう長く続いているのですが、気分が乗らない状態の事を言うのです。
個人消費や投資に勢いが付かない。
日本の円は高いし、円高でモノは安く入ってきますから、日本人は貯蓄に走ります。
官僚は、この貯蓄を吐き出させようと、増税を考えているのかもしれません。
特に、70%近い国内資産を握っていると言われている高齢者から、お金を引き出そうとしているのでしょう。
その見方が正しいとすれば、今回の増税は富裕層を直撃します。
富裕層から税金をとって、低所得者にばらまいても、全体の消費はあがっても、高額品を買う消費者はすぐには増えません。
頼みの綱は、震災の復興需要でしたが、それもまったくアテ外れです。
そんなこんなで、考えれば考えるほど、悲観的になるわけですが、生き残りの為の施策はあると想います。
一つは、徹底した実需狙い。
極端に言えば、バイオーダーです。
使ってもらう人、用途を特定して、確実にヒットさせる。
二つは、徹底した差別化と高付加価値化。
ヘドロにように山積みになった商品市場の中でも、ひときわ輝く商品であれば、必ず売れます。
粗悪品とリサイクルで着物の価格は裾野が無限大に広くなってしまいました。
そんな中に、さらに安物をぶち込んでも、競争に負けて売れ残りを増やすだけです。
いま、新しい事にチャレンジするのは良い事ですが、中途半端なモノを市場に送り込んでも、ダメです。
実践は、得意分野で勝負を賭けることです。
新しいことは、次のステップのための準備として取り組めばいい。
つまりは『選択と集中』をして、資源(モノ、お金、体力)を無駄遣いしないことです。
普通に考えたら、このまま行ったら、世界経済も、日本経済もえらいことになります。
もしかしたら、経済だけの問題ですまなくなるかも知れません。
特に若い人は、仕事を続けていく事に最大限の執着をもってもらいたいです。
しばらく、苦難の道は続きますが、乗り越えたときには、必ず皆さんの力が必要になります。
ベテランの方々は、若い人に仕事を引き継げるように環境を作ってあげてください。
見通しは厳しいですが、これは経済というか資本主義の台風の様なモノです。
定期的に必ず来るのですが、被害は残しても、必ずどこかに去っていくのです。
そして、去った後には、台風一過、爽快な晴天が広がるはずです。
ここでは、松下電器VSソニー、トヨタVSホンダ、シャープVSカシオと競争の具体例について書かれていますね。
競争といってもいろんな形があることがよく分かります。
真っ向勝負もあるし、模倣していく方法もある。また、他社は意に介せずと独自路線をひた走る競争の形もあるのかも知れません。
市場に対して、その製品が受け入れられるパイは一定だとすると、どうしても競争してそのパイを取り合う訳です。
より多くのパイ、美味しい所を取るためには、市場と競争相手をよく見て、経営判断をしなければならないわけです。
場合によっては、競争から降りるという判断もあるでしょう。
伝統染織に置き換えて考えて見ましょう。
いま、市場はどういう状況ですか?
あなたた作っている作品群の競争相手は何で、どんな動きをしていますか?
市場も競争相手も、見る人によって様々な判断があると想います。ですから出す結論も違うでしょう。
世界同時株安が進行中で、ギリシャのデフォルト(債務不履行)が懸念され、もしかしたら、EUが破綻するかもしれない。
EUだけでなくて、アメリカも失業率が9.7%でしたっけ、そんな状態で、ニューヨークを始め各地で若者による暴動が起きてます。
何で暴動起こすのか?といえば、若者に仕事がないからです。それと金融至上主義によって、産業が空洞化し、一部の金融やITに関わる
人達だけが大もうけをして、単純労働をする職場がなくなった。
まぁ、難しいことはおいといて、とにかく、世界はえらいことになっているわけです。
そのうえ、日本政府はあろうことか、増税をしようとしている。
その動きを見て、お金持ちは財布のヒモを引き締め始めました。
こんな事書いて、着物買ってもらえなくなったら困るんですが (^^;)
とにかく、日本経済はとても心配な状態ですし、そうなれば、消費は当然、縮小します。
一方、着物市場に眼をフォーカスしてみると、不良在庫がつもりにつもっています。
商品によっては、産地から全く品物が出て行かないほど、にっちもさっちも行かない状態です。
また、縮小した市場になんとか押し込もうと、廉価な粗悪品をつくり出した産地・メーカーもあります。
その上、昔は無かったリサイクル市場が横でグルグル回っている。
着物を着る人が増えた様に見えても、それほど着物の生産に反映しないのは、このリサイクル市場の存在が影響しています。
ところが、このリサイクルというのは、GDPに計上されない。
つまり、新たな付加価値を生んでいないという事です。
リサイクルは着物だけじゃなくて、ほかの商品でもたくさん出てきています。
これらはすべて付加価値を生まない市場です。
ということは、おおまかにいうと国富に反映しないということです。
また、税金が上がって、工場が海外に出て行けば、アメリカと同じように仕事がなくなるだけでなく、たとえ本社が国内にあっても、
外国で作られ、売られた物は日本のGDPに計上されません。スーパーがいくら大きな売上をしても、海外に出した店の売り上げは、
GDPには入らないのですね。
つまり、日本経済の相対的地位はどんどん低下するということになります。
そうなれば、市場の縮小が心配なわけで、これはどんどん進みそうな感じです。
反面、1929年にはじまった世界大恐慌の時、どの様な状態だったのかといえば、日本では3割の企業が倒産しています。
逆に言えば、7割は大丈夫だったわけですね。
恐慌というのは、信用縮小という事ですから、お金が回らなくなるわけです。
銀行に取り付け騒ぎが起こるとか、持って居る株式や債券に値打ちが下がって、売ろうにも売れない。
そんな時は、お米もお金で買えなくなるわけです。
つまり、モノの値打ちが上がって、お金の値打ちが下がる。
デフレの状態というのは、お金の値打ちが上がって、モノの値打ちが下がるから、
去年は1000円だったものが今年は900円になる、つまりモノの値打ちが100円分減るという事になっているわけです。
幸い、日本は政府が借金していると行っても国民から借りているわけですし、円高を見ても解るように
国の信用は万全です。怖いのはEU,米国、新興諸国からのとばっちりです。
グローバル経済の世の中ではとばっちりといういい方も不適当かも知れません。
前置きが大変長くなりましたが、そんな市場環境の下でどのような対策を打てばいいのか。
不況というのは、そんなものはもう長く続いているのですが、気分が乗らない状態の事を言うのです。
個人消費や投資に勢いが付かない。
日本の円は高いし、円高でモノは安く入ってきますから、日本人は貯蓄に走ります。
官僚は、この貯蓄を吐き出させようと、増税を考えているのかもしれません。
特に、70%近い国内資産を握っていると言われている高齢者から、お金を引き出そうとしているのでしょう。
その見方が正しいとすれば、今回の増税は富裕層を直撃します。
富裕層から税金をとって、低所得者にばらまいても、全体の消費はあがっても、高額品を買う消費者はすぐには増えません。
頼みの綱は、震災の復興需要でしたが、それもまったくアテ外れです。
そんなこんなで、考えれば考えるほど、悲観的になるわけですが、生き残りの為の施策はあると想います。
一つは、徹底した実需狙い。
極端に言えば、バイオーダーです。
使ってもらう人、用途を特定して、確実にヒットさせる。
二つは、徹底した差別化と高付加価値化。
ヘドロにように山積みになった商品市場の中でも、ひときわ輝く商品であれば、必ず売れます。
粗悪品とリサイクルで着物の価格は裾野が無限大に広くなってしまいました。
そんな中に、さらに安物をぶち込んでも、競争に負けて売れ残りを増やすだけです。
いま、新しい事にチャレンジするのは良い事ですが、中途半端なモノを市場に送り込んでも、ダメです。
実践は、得意分野で勝負を賭けることです。
新しいことは、次のステップのための準備として取り組めばいい。
つまりは『選択と集中』をして、資源(モノ、お金、体力)を無駄遣いしないことです。
普通に考えたら、このまま行ったら、世界経済も、日本経済もえらいことになります。
もしかしたら、経済だけの問題ですまなくなるかも知れません。
特に若い人は、仕事を続けていく事に最大限の執着をもってもらいたいです。
しばらく、苦難の道は続きますが、乗り越えたときには、必ず皆さんの力が必要になります。
ベテランの方々は、若い人に仕事を引き継げるように環境を作ってあげてください。
見通しは厳しいですが、これは経済というか資本主義の台風の様なモノです。
定期的に必ず来るのですが、被害は残しても、必ずどこかに去っていくのです。
そして、去った後には、台風一過、爽快な晴天が広がるはずです。
2011年09月28日
もずやと学ぶ染織マーケティング<31回目>
9−1 中間組織の機能とマネジメント
要は、取引業者とwin-winの関係を築くということですね。
win-winというのは両方にとって末永くメリットがある、ということです。
でも、『win-winの関係を築こう!』という所ほど、独善的なものです。
そもそも、win-winでないから、そういうわけで、共存共栄なんていうのも同じ事です。
自分だけがwiin-winだと想っていても、相手はwinちゃうやん、と想っている場合が多い。
商売においてwin-winの関係なんてそうざらにあるもんじゃない、と想っていた方が良いのです。
基本的に商売の世界で、主導権を握るのは、金を払う側です。
金を払うがわのwinと金をもらう側のwinは考えかたによって大きく違う。
『売ってやってんだから、金をもらえなくてもwinやんか』なんていうとんでもないのもいます。
win-winの関係と言い出すのは必ず、金を払う側です。
これが信用ならない。
win-winの関係を作るのは、あくまでも金をもらう側の努力であって、勝ち取るものなのだ、と想ってください。
近江商人の言葉に『三方良し』というのがありますが、作り手、売り手、買い手がすべてにメリットがある取引の事を言います。
これを実現するには、作り手、売り手、買い手それぞれの努力と理解が必要です。
そのどこかがおかしくなると、三方良しの商売ではなくなるのです。
だからこそ、作り手は、売り手だけじゃなく、買い手の事を考えなければならないし、売り手、買い手も他の二者の
事を思いやらねば、よい商いは成立し得ないのです。
私は『楽しく商売をする』というのをモットーにしています。
楽しく商売をするには、変なウソや無理があってはいけません。
始めに出来る約束をすることからスタートします。
そして、それを護ることを自分にも他社にも求めます。
それさえ出来れば、かならず、お互い笑って楽しく仕事ができると想っています。
売れる売れないは時の運。神のみぞ知ることです。
それ以前に、作り手も、買い手も、笑顔でよい関係が続けられる事が一番大切なんです。
そういう仕事の和を作る事が何より大事なんじゃないでしょうか。
要は、取引業者とwin-winの関係を築くということですね。
win-winというのは両方にとって末永くメリットがある、ということです。
でも、『win-winの関係を築こう!』という所ほど、独善的なものです。
そもそも、win-winでないから、そういうわけで、共存共栄なんていうのも同じ事です。
自分だけがwiin-winだと想っていても、相手はwinちゃうやん、と想っている場合が多い。
商売においてwin-winの関係なんてそうざらにあるもんじゃない、と想っていた方が良いのです。
基本的に商売の世界で、主導権を握るのは、金を払う側です。
金を払うがわのwinと金をもらう側のwinは考えかたによって大きく違う。
『売ってやってんだから、金をもらえなくてもwinやんか』なんていうとんでもないのもいます。
win-winの関係と言い出すのは必ず、金を払う側です。
これが信用ならない。
win-winの関係を作るのは、あくまでも金をもらう側の努力であって、勝ち取るものなのだ、と想ってください。
近江商人の言葉に『三方良し』というのがありますが、作り手、売り手、買い手がすべてにメリットがある取引の事を言います。
これを実現するには、作り手、売り手、買い手それぞれの努力と理解が必要です。
そのどこかがおかしくなると、三方良しの商売ではなくなるのです。
だからこそ、作り手は、売り手だけじゃなく、買い手の事を考えなければならないし、売り手、買い手も他の二者の
事を思いやらねば、よい商いは成立し得ないのです。
私は『楽しく商売をする』というのをモットーにしています。
楽しく商売をするには、変なウソや無理があってはいけません。
始めに出来る約束をすることからスタートします。
そして、それを護ることを自分にも他社にも求めます。
それさえ出来れば、かならず、お互い笑って楽しく仕事ができると想っています。
売れる売れないは時の運。神のみぞ知ることです。
それ以前に、作り手も、買い手も、笑顔でよい関係が続けられる事が一番大切なんです。
そういう仕事の和を作る事が何より大事なんじゃないでしょうか。
2011年09月14日
もずやと学ぶ染織マーケティング<30回目>
9−3 取引コストと資源蓄積
30回目まで来ましたね。
少しは参考になっているのでしょうか(^^;)
マーケティングというのはサイエンス=実学ですから、理論を学ぶにとどまらず、実行に移してみることが肝要です。
理論では十分な現実対応ができませんので、そこに個々の経験で肉付けする。
ですから、一つのマーケティング理論から、扱う品物や流通ルートによって様々な戦略・戦術が生まれてきて当たり前なのです。
たとえて言うなら、魚礁みたいなもんで、魚礁はタダの杭や石だったりするのですが、大切なのはその回りに集まる魚なのです。
その魚は、どこに魚礁を据えるかによって変わります。
ここでのキーワードは『機会主義的な行動』です。
機会主義的な行動とは
取引につきものな、機会があれば相手を出し抜いてでも利益を得ようとする行動
と書かれています。
そして、
取引コストが高まるのは、取引相手が機会主義的な行動をとる恐れが高い場合である。
とも書かれています。
つまりこういうことですね。
商道徳を忘れて利に走る人がいるためにコストが上がる=価格が上がる
具体的には、
金を払わない人がいるから、値付けを高くする。
買い物ツアーに来て、買わないお客さんがいるので、高く根付けする。
受取手形が不渡りになるかも知れないので、値段を高くする
簡単に言えば、不道徳な人がいるかもしれないというリスクを善良な人がおっかぶせられると言うことです。
リスクという面で言えば、値下げリスクもありますね。
値段が下げてでも売る人がいるから、自分の作品も下げられる。
そうなると、もっと下がると想うから、仕入れ先はさらなる値下げ要求をする。
つまり、我欲丸出しで、利己主義に走る人がいるために社会全体のコスト・リスクが上がってしまうということです。
マーケティングが社会学や心理学からのアプローチを必要とするのはこういう分析をするからです。
ルールを守らない人が居るために、まじめにやっている善良な人が割を食う。
『正直者がバカを見る』ということになるわけです。
これは、染織や着物の製造・流通において、生産者だけの問題ではありません。
消費者もバカを見ることになります。
すなわち、ルールを守らない生産者・流通業者は、消費者の敵だということです。
最近、ある組合団体が在庫商品を売るためにインターネット上にアウトレットモールをつくったそうです。
それ自体はいまの時代ですからいいのですが、それが公共団体からの補助金で賄われているというのです。
こうなると話は別です。
組合というのは、組合員の為にあるはずで、組合の存続・繁栄を目的としているのではないはずです。
だからこそ、公共団体から補助金が出ている。
多くの組合員は、組合だけでなくて、大部分は他のルートで商いをしていると想われます。
また、組合はその仕事をしている人達の代表として、補助金を受け取っているはずです。
なぜなら、公的な補助金は原則個人には支払われないからです。
染織の組合なら、組合に払われているのではなくて、染織に関わる人全体の為に払われていると考えるのが妥当です。
しかし、補助金を元手に組合が在庫品処分のためのアウトレットモールを立ち上げたとすれば、
これは紛れもなく民業圧迫で、非組合員だけでなく、組合員にも影響がでます。
これは何故そういうことになったかというと、組合が常軌を逸した『機会主義的な行動』を採ったからです。
品物の現物をみて値踏みをしないと価格面では何とも言えませんが、たぶん相場より安く出しているのでしょう。
これでは完全に自ら価格崩壊を促している事になってしまいます。
組合→問屋→小売店→消費者と流れていたものが、組合→消費者とダイレクトにいくと、問屋・小売店は商売が成り立ちません。
そうなったとき、問屋・小売店はどういう行動に出るか。
そのアウトレットモールに出た作り手の作品を扱うのをやめる、あるいは、組合と取引をしている造り手に組合との取引を
やめるように言うでしょう。
消費者のみなさんは、問屋や小売店じゃなく、組合から買えるなら安くていいじゃない、と想われるでしょうが、
問屋というのは、在庫リスクを負担し、流通を担当する機能をもっていて、それが無くては作り手は継続して
仕事をすることが出来ません。組合ではその役割は担えないのです。
問屋の存在が問題なのではなくて、問屋が本来の機能を果たしていないことが問題なのです。
しかし、だからといって、問屋に見放されては仕事が続けられないというのが作り手の実情なのです。
話を元に戻すと、このアウトレットモールによって作り手は、問屋から様々な制限を掛けられるかも知れません。
もし、沖縄の組合が同じ事をしたら、私は組合との取引を止めざるを得ないでしょうし、仲間の作家さんには
組合に協力しないように言うでしょう。さらに私は、取引に慎重になり、仕入を絞れるだけ絞るだろうと想います。
なぜかというと、値段が下がるかも知れない物をどんどん仕入れるバカな商売人はどこにもいないからです。
こうなると生産のリスク、在庫リスクともに跳ね上がります。
価格はどこまでも下がり続けるわけではありません。
損益分岐点を割っても生産は続けられる事はありますが、操業停止点を下回ったときには生産は止まります。
操業停止点とはMC(限界費用)=AVC(平均可変費用)となる点です。
手作りの染織の場合、サンクコストが低いので、新規参入もたやすいですが撤退もたやすい。
生産者は損をしてまで造らないので、パートに行く方が実入りがよいと想った時には、機をたたみ、刷毛を固めます。
機会主義的な行動を取った人は自業自得ですが、そうではない、真面目な人や力があって順調にやっていた人まで
影響を受けることになります。
そうなると、自然に供給量は減る。
供給量が一定以上減れば、消費者は選択の幅が狭まることになり、さらに需要は減ります。
供給量が減ることによって、流通は商品の調達コストが高くなり、消費者も買い廻りのコストが高くなる。
価格が下がった着物は、銀座などの繁華街から姿を消すことになるでしょう。
いま、東京の人が着物を買いやすいのは、銀座などに専門店が集中していて、情報が集めやすいからです。
つまり価格は下がっても、その他のコストもリスクも大幅に増えるということになります。
そのコストやリスクは今は流通が担っているわけです。
それを機会主義的な行動で破ると、結局はみんなが損をするのです。
確かに今の着物の流通は問題がありますが、それに変わるルートがなかなか構築できないのも、
本来このシステムが絶妙なリスクとコストの分散機能を果たしていたからです。
それを公的な福祉のために使われるはずの補助金が、組合員ではなく、組合の利益の為に使われるとしたら、
これは非道徳的な行為と言わざるを得ないのです。
組合がするべき仕事は、別の『機会主義的な行動』である『支払遅延』や『不当な値引き』などの下請法違反まがいの行為を
糺すことであるはずで、このことは誰がどう見ても、正しい事だし、みんながハッピーになることです。
自分だけが抜け駆けしようとしても、そうは問屋は卸さない。
天網恢々疎にして漏らさず。
きっと、その機会主義的な行動によって得た利益の何倍ものバチがあたるはずです。
商売の神様を舐めてはいけないのです。
30回目まで来ましたね。
少しは参考になっているのでしょうか(^^;)
マーケティングというのはサイエンス=実学ですから、理論を学ぶにとどまらず、実行に移してみることが肝要です。
理論では十分な現実対応ができませんので、そこに個々の経験で肉付けする。
ですから、一つのマーケティング理論から、扱う品物や流通ルートによって様々な戦略・戦術が生まれてきて当たり前なのです。
たとえて言うなら、魚礁みたいなもんで、魚礁はタダの杭や石だったりするのですが、大切なのはその回りに集まる魚なのです。
その魚は、どこに魚礁を据えるかによって変わります。
ここでのキーワードは『機会主義的な行動』です。
機会主義的な行動とは
取引につきものな、機会があれば相手を出し抜いてでも利益を得ようとする行動
と書かれています。
そして、
取引コストが高まるのは、取引相手が機会主義的な行動をとる恐れが高い場合である。
とも書かれています。
つまりこういうことですね。
商道徳を忘れて利に走る人がいるためにコストが上がる=価格が上がる
具体的には、
金を払わない人がいるから、値付けを高くする。
買い物ツアーに来て、買わないお客さんがいるので、高く根付けする。
受取手形が不渡りになるかも知れないので、値段を高くする
簡単に言えば、不道徳な人がいるかもしれないというリスクを善良な人がおっかぶせられると言うことです。
リスクという面で言えば、値下げリスクもありますね。
値段が下げてでも売る人がいるから、自分の作品も下げられる。
そうなると、もっと下がると想うから、仕入れ先はさらなる値下げ要求をする。
つまり、我欲丸出しで、利己主義に走る人がいるために社会全体のコスト・リスクが上がってしまうということです。
マーケティングが社会学や心理学からのアプローチを必要とするのはこういう分析をするからです。
ルールを守らない人が居るために、まじめにやっている善良な人が割を食う。
『正直者がバカを見る』ということになるわけです。
これは、染織や着物の製造・流通において、生産者だけの問題ではありません。
消費者もバカを見ることになります。
すなわち、ルールを守らない生産者・流通業者は、消費者の敵だということです。
最近、ある組合団体が在庫商品を売るためにインターネット上にアウトレットモールをつくったそうです。
それ自体はいまの時代ですからいいのですが、それが公共団体からの補助金で賄われているというのです。
こうなると話は別です。
組合というのは、組合員の為にあるはずで、組合の存続・繁栄を目的としているのではないはずです。
だからこそ、公共団体から補助金が出ている。
多くの組合員は、組合だけでなくて、大部分は他のルートで商いをしていると想われます。
また、組合はその仕事をしている人達の代表として、補助金を受け取っているはずです。
なぜなら、公的な補助金は原則個人には支払われないからです。
染織の組合なら、組合に払われているのではなくて、染織に関わる人全体の為に払われていると考えるのが妥当です。
しかし、補助金を元手に組合が在庫品処分のためのアウトレットモールを立ち上げたとすれば、
これは紛れもなく民業圧迫で、非組合員だけでなく、組合員にも影響がでます。
これは何故そういうことになったかというと、組合が常軌を逸した『機会主義的な行動』を採ったからです。
品物の現物をみて値踏みをしないと価格面では何とも言えませんが、たぶん相場より安く出しているのでしょう。
これでは完全に自ら価格崩壊を促している事になってしまいます。
組合→問屋→小売店→消費者と流れていたものが、組合→消費者とダイレクトにいくと、問屋・小売店は商売が成り立ちません。
そうなったとき、問屋・小売店はどういう行動に出るか。
そのアウトレットモールに出た作り手の作品を扱うのをやめる、あるいは、組合と取引をしている造り手に組合との取引を
やめるように言うでしょう。
消費者のみなさんは、問屋や小売店じゃなく、組合から買えるなら安くていいじゃない、と想われるでしょうが、
問屋というのは、在庫リスクを負担し、流通を担当する機能をもっていて、それが無くては作り手は継続して
仕事をすることが出来ません。組合ではその役割は担えないのです。
問屋の存在が問題なのではなくて、問屋が本来の機能を果たしていないことが問題なのです。
しかし、だからといって、問屋に見放されては仕事が続けられないというのが作り手の実情なのです。
話を元に戻すと、このアウトレットモールによって作り手は、問屋から様々な制限を掛けられるかも知れません。
もし、沖縄の組合が同じ事をしたら、私は組合との取引を止めざるを得ないでしょうし、仲間の作家さんには
組合に協力しないように言うでしょう。さらに私は、取引に慎重になり、仕入を絞れるだけ絞るだろうと想います。
なぜかというと、値段が下がるかも知れない物をどんどん仕入れるバカな商売人はどこにもいないからです。
こうなると生産のリスク、在庫リスクともに跳ね上がります。
価格はどこまでも下がり続けるわけではありません。
損益分岐点を割っても生産は続けられる事はありますが、操業停止点を下回ったときには生産は止まります。
操業停止点とはMC(限界費用)=AVC(平均可変費用)となる点です。
手作りの染織の場合、サンクコストが低いので、新規参入もたやすいですが撤退もたやすい。
生産者は損をしてまで造らないので、パートに行く方が実入りがよいと想った時には、機をたたみ、刷毛を固めます。
機会主義的な行動を取った人は自業自得ですが、そうではない、真面目な人や力があって順調にやっていた人まで
影響を受けることになります。
そうなると、自然に供給量は減る。
供給量が一定以上減れば、消費者は選択の幅が狭まることになり、さらに需要は減ります。
供給量が減ることによって、流通は商品の調達コストが高くなり、消費者も買い廻りのコストが高くなる。
価格が下がった着物は、銀座などの繁華街から姿を消すことになるでしょう。
いま、東京の人が着物を買いやすいのは、銀座などに専門店が集中していて、情報が集めやすいからです。
つまり価格は下がっても、その他のコストもリスクも大幅に増えるということになります。
そのコストやリスクは今は流通が担っているわけです。
それを機会主義的な行動で破ると、結局はみんなが損をするのです。
確かに今の着物の流通は問題がありますが、それに変わるルートがなかなか構築できないのも、
本来このシステムが絶妙なリスクとコストの分散機能を果たしていたからです。
それを公的な福祉のために使われるはずの補助金が、組合員ではなく、組合の利益の為に使われるとしたら、
これは非道徳的な行為と言わざるを得ないのです。
組合がするべき仕事は、別の『機会主義的な行動』である『支払遅延』や『不当な値引き』などの下請法違反まがいの行為を
糺すことであるはずで、このことは誰がどう見ても、正しい事だし、みんながハッピーになることです。
自分だけが抜け駆けしようとしても、そうは問屋は卸さない。
天網恢々疎にして漏らさず。
きっと、その機会主義的な行動によって得た利益の何倍ものバチがあたるはずです。
商売の神様を舐めてはいけないのです。
2011年08月28日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第29回目>
9−2 統合か取引か
ここでは、『仕事』を自分でやるか、外注に出すかの選択の問題が書かれています。一貫して経済原則というものに則った形です。
ここで少し考えて欲しいのです。
仕事というのは効率だけで前に進むものでしょうか。
外注に出すとなれば、受ける側は仕事が増えるのですが、その分、仕入れも人員も場合によっては増やさなければならない。もしかしたら、それまでその会社が取引していた得意先にも影響がでるかもしれない。
そんな風に、仕事というのは自分だけでなく、社会全体と繋がっているのです。
自社内で完結させるにしても、あらたに社員を雇わねばならなかったり、しなれた仕事を離れなければならない人を生み出すことになる。
つまり、個人も会社も社会的存在であって、すべてはそのつながりの中で生きているし仕事をしている、ということを忘れないで欲しいと思うのです。
もちろん、仕事はお金を稼ぐためにやるのです。
しかし、それは様々な人、多くの人が一緒になってやるから生まれて来る利益なのです。
当然、そこには一定のルールがあります。
自分勝手な利益追求は認められない場合もあるのです。
わかりやすく例を引きましょうか。
ある織物作家Aが独立して工房を構えた。若いし、技術も稚拙でどこの問屋も相手にしない。そこにAの才能を見いだした商人Bが現れ、Aの作品をぼちぼちですが仕入れした。十年後、Aは工芸界でも認められる存在になり、Bが仕入れた作品も順調に売れ出した。雑誌などにも載り、名前も知られ出した。そんな所に、小売店Cから連絡があり、直接取引がしたい、あるいは、自分の取引している問屋Dを通して作品が欲しいという話が来た。Aは今までの苦労が報われた、と想い取引に応じた・・・
良くある話です。
これは、このマーケティングの話題で言えば、Aが作家として前に出た=問屋を飛ばした=垂直統合という事になります。
もちろん、Bを飛ばして売れば高く売れるでしょうし、問屋Dを通しても販路は広がります。
仕事を経済性という面から考えると、当然の選択とも言えます。
でも、それで十分でしょうか。
仕事というのは1人、あるいは一社で続けられる物ではありません。
必ず協力者、支援者があって成り立つ物です。
Aの場合、駆け出しの時代に支えてくれたBがいなければ仕事を諦めなければ成らなかったかも知れません。
古くさい様ですが、Bへの配慮があってしかるべきなのです。
私も、作家さんと新しくおつきあいを始めるときにそんな話を作家さんから聞かされる事があります。私はその作家さんに敬意を払うと同時に信頼を置きます。そして、自分の立ち位置をわきまえながら、その作家さんとのおつきあいを始めます。
このBの場合は、様々な努力をしながらAの作品を市場に押し出してきたはずです。Aの作品がBの力を借りなくても一人歩きしだしたとしたら、逆にBへの配慮を欠かさないようにする、それが作家と商人との信頼関係です。
作家の旬は短い。
飽きられたら捨てられます。
値段も下がる。
そのときに、利のために義理を曲げた行為をした人は、誰からも相手にされなくなります。
商売人はそれほど馬鹿じゃない。
仕事だけでなく、人間関係というのは長い線で繋がっているのです。
点でとらえてはいけません。
目先の利益のために、せっかく続けてきた仕事をもしかしたら捨てなければならない事になります。
それまで、高値で買い支えてきた問屋がいるのに、金に困ったからと言って、他の業者に安く叩き売ってしまうというのもそうです。
じゃ、いままで、作家さんを支えてきた商人の努力はどうなるのでしょうか。
なんども言いますが、作品は機からおろされて、洗濯が住んだら完成するのじゃない。着物や帯に仕立てられて着用されて初めて完成するのです。
そのためには、流通業者の手を借りなければならない。もっと川上もそう。糸や染料がなければ、織機がなければ、織物は作れない。
作家も商人も現在にとらわれてはいけない。未来と過去に想いをいたし、長い線の上で自分の仕事を考えることがとても大切な事なのです。
作るより買った方が安い。どこからもらってもお金はお金。
そうかもしれません。
でも、それだけでいいのでしょうか。
今いる、周りの人。
長い歴史の中で織り続けてきた先祖。
そして、その織物の将来を担う未来の人たち。
それを考え合わせて、さまざまな事と適切に折り合いをつけていく。
これが伝統工芸のあるべき姿なのではないでしょうか。
私は、民芸運動家のように作り手に過酷な要求はしません。
仕事は、お金が入らないと続けられない。
糸が買えなければ織物はできないのです。
ですから、永く、末永く、お金が入る様に考えましょう。
あなただけでなく、あなたの周りの人、あなたを支えてくれる人、みんなが一つの仕事で豊かになれるように考えてみましょう。
協業というのはそういうものじゃないでしょうか。
仕事をしていれば良いときも悪いときもあります。
そんなときに、本当に支えてくれる人が仲間です。
本当の民芸というのはそういう仲間の中から生まれるのではないでしょうか。
ここでは、『仕事』を自分でやるか、外注に出すかの選択の問題が書かれています。一貫して経済原則というものに則った形です。
ここで少し考えて欲しいのです。
仕事というのは効率だけで前に進むものでしょうか。
外注に出すとなれば、受ける側は仕事が増えるのですが、その分、仕入れも人員も場合によっては増やさなければならない。もしかしたら、それまでその会社が取引していた得意先にも影響がでるかもしれない。
そんな風に、仕事というのは自分だけでなく、社会全体と繋がっているのです。
自社内で完結させるにしても、あらたに社員を雇わねばならなかったり、しなれた仕事を離れなければならない人を生み出すことになる。
つまり、個人も会社も社会的存在であって、すべてはそのつながりの中で生きているし仕事をしている、ということを忘れないで欲しいと思うのです。
もちろん、仕事はお金を稼ぐためにやるのです。
しかし、それは様々な人、多くの人が一緒になってやるから生まれて来る利益なのです。
当然、そこには一定のルールがあります。
自分勝手な利益追求は認められない場合もあるのです。
わかりやすく例を引きましょうか。
ある織物作家Aが独立して工房を構えた。若いし、技術も稚拙でどこの問屋も相手にしない。そこにAの才能を見いだした商人Bが現れ、Aの作品をぼちぼちですが仕入れした。十年後、Aは工芸界でも認められる存在になり、Bが仕入れた作品も順調に売れ出した。雑誌などにも載り、名前も知られ出した。そんな所に、小売店Cから連絡があり、直接取引がしたい、あるいは、自分の取引している問屋Dを通して作品が欲しいという話が来た。Aは今までの苦労が報われた、と想い取引に応じた・・・
良くある話です。
これは、このマーケティングの話題で言えば、Aが作家として前に出た=問屋を飛ばした=垂直統合という事になります。
もちろん、Bを飛ばして売れば高く売れるでしょうし、問屋Dを通しても販路は広がります。
仕事を経済性という面から考えると、当然の選択とも言えます。
でも、それで十分でしょうか。
仕事というのは1人、あるいは一社で続けられる物ではありません。
必ず協力者、支援者があって成り立つ物です。
Aの場合、駆け出しの時代に支えてくれたBがいなければ仕事を諦めなければ成らなかったかも知れません。
古くさい様ですが、Bへの配慮があってしかるべきなのです。
私も、作家さんと新しくおつきあいを始めるときにそんな話を作家さんから聞かされる事があります。私はその作家さんに敬意を払うと同時に信頼を置きます。そして、自分の立ち位置をわきまえながら、その作家さんとのおつきあいを始めます。
このBの場合は、様々な努力をしながらAの作品を市場に押し出してきたはずです。Aの作品がBの力を借りなくても一人歩きしだしたとしたら、逆にBへの配慮を欠かさないようにする、それが作家と商人との信頼関係です。
作家の旬は短い。
飽きられたら捨てられます。
値段も下がる。
そのときに、利のために義理を曲げた行為をした人は、誰からも相手にされなくなります。
商売人はそれほど馬鹿じゃない。
仕事だけでなく、人間関係というのは長い線で繋がっているのです。
点でとらえてはいけません。
目先の利益のために、せっかく続けてきた仕事をもしかしたら捨てなければならない事になります。
それまで、高値で買い支えてきた問屋がいるのに、金に困ったからと言って、他の業者に安く叩き売ってしまうというのもそうです。
じゃ、いままで、作家さんを支えてきた商人の努力はどうなるのでしょうか。
なんども言いますが、作品は機からおろされて、洗濯が住んだら完成するのじゃない。着物や帯に仕立てられて着用されて初めて完成するのです。
そのためには、流通業者の手を借りなければならない。もっと川上もそう。糸や染料がなければ、織機がなければ、織物は作れない。
作家も商人も現在にとらわれてはいけない。未来と過去に想いをいたし、長い線の上で自分の仕事を考えることがとても大切な事なのです。
作るより買った方が安い。どこからもらってもお金はお金。
そうかもしれません。
でも、それだけでいいのでしょうか。
今いる、周りの人。
長い歴史の中で織り続けてきた先祖。
そして、その織物の将来を担う未来の人たち。
それを考え合わせて、さまざまな事と適切に折り合いをつけていく。
これが伝統工芸のあるべき姿なのではないでしょうか。
私は、民芸運動家のように作り手に過酷な要求はしません。
仕事は、お金が入らないと続けられない。
糸が買えなければ織物はできないのです。
ですから、永く、末永く、お金が入る様に考えましょう。
あなただけでなく、あなたの周りの人、あなたを支えてくれる人、みんなが一つの仕事で豊かになれるように考えてみましょう。
協業というのはそういうものじゃないでしょうか。
仕事をしていれば良いときも悪いときもあります。
そんなときに、本当に支えてくれる人が仲間です。
本当の民芸というのはそういう仲間の中から生まれるのではないでしょうか。
2011年08月21日
もずやと学ぶ染織マーケティング<28回目>
第9章取引関係の理解
9−1 取引関係の構造
ここでは『取引』ということについて書かれています。
取引というのは個人、あるいは企業が何らかの利益目的で商品・サービスやお金をやりとりすることです。
一般的には、生産者と業者、業者と消費者という場面が考えられますが、実際には生産現場でも取引が行われています。
織をやる人は、糸屋や糸を造ってくれる人から糸を買い、染をする人は生地屋や生地を織ってくれる人から生地を買う。工房主は織子や染子、あるいは工房外の外注にお金を払う。
その形態は造っている品物や商習慣によって違うと思います。作り手の思い入れによっても違うでしょう。
取引というのは利害関係の上に成り立つ訳ですから、対価を前提としない場合には取引とは言わないとも言えます。糸や生地をもらったり、造った品物を自分の工房に陳列するだけなら、取引は発生しません。
取引というとなにかえげつない感じがしますが、販売=実用を前提とする伝統工芸の世界での取引というのは『感謝の連鎖』であると考えればいいと思います。
芭蕉布なら、糸芭蕉を苗つけする。糸が取れるようになるまで長い歳月が必要です。害虫を駆除したり、肥料をやったり、枝葉を整えたり・・・そして灼熱の太陽が照りつける日も、寒い北風が肌を刺すときもそれが続けられて、糸芭蕉は育ちます。そして、やっと、糸が取れるくらいにまで成長する。その時に育てた人は自然の恵みや共に作業をしてくれた人に感謝することでしょう。そしてブーウミ。糸を造る作業も様々な工程を通ります。糸をつなぐ工程では外注にも出される。しっかりつながれた糸を受け取った織り手は、素晴らしいできばえに感謝することでしょう。良い糸ならば降りやすいし、作業もスムーズだからです。芭蕉布は幅出しや丈出しの為に布を強く引っ張るので糸がきちんとつなげていないと抜けてしまいます。織をする前に絣も括ります。絣がきちんと正確に括れていないと、手結いの絣はキレイに出ません。寸分の狂いのない絣くくりがされて居てこそ、美しい躍動感ある手結いの絣は生まれるのです。ですから織り手は、糸芭蕉を育ててくれた人、糸を造ってくれた人、絣を括ってくれた人、そして染色をしてくれた人に感謝して織を進める事でしょう。
芭蕉布に染めるときは、染める人の手に無地の芭蕉布が手渡されます。芭蕉布に染められた琉球びんがたは、これ以上ないほど美しい。やはりびんがたを最高に演出するのは美しい芭蕉布の生地であろうと思います。
芭蕉の生成りの色、美しい表面、キレイに揃った布目・・・染める人は芭蕉布を目の前にして、最高の作品に仕上げようと決意するはずです。そして、その芭蕉布を造ってくれた多くの人に感謝するはずです。
そして、精密に力強く彫られた型が置かれ、糊が置かれる。そして彩色。また糊伏せ。最後には水元で糊が落とされ、美しいびんがた染が姿を現します。
その作品を前にして、染め手はきっと感動し、芭蕉布を造ってくれた人達に改めて感謝することでしょう。
織の場合も同じです。キレイに出来上がった織物も染め物も、そういう『感謝の連鎖』が積み重なって出来上がっていくのです。
そして、作品が出来上がった後も、感謝の連鎖は続きます。
私達商人は、美しい作品を見て、精魂込めて造ってくれた作り手と、沖縄の自然に感謝します。そして、その作品の素晴らしさをきちんと消費者に伝えようと決意するのです。
そして、商人は、消費者の方々に、どうしてこんなに美しい布が生まれるのか、渾身の説明をします。時には、沖縄の自然を、時には、歴史を語りながら、その美しい布が生まれてきた背景を説明するのです。
そして、消費者の方に買って頂く。
消費者の方は、作り手から、商人まですべての芭蕉布に関わった者たちに感謝の笑顔を必ずくださいます。満足して、満面の笑みを浮かべて、芭蕉布を手にとってくださるのです。
そして、私達商人は、そのお気持ちにお応えして、精一杯の笑顔と、お礼を申し上げます。そして、責任をもって、仕立て、着用頂くのです。
着用してご満足頂ければ、また、感謝の言葉を頂けます。
そのお客様の満足をまた、作り手に伝える。
良い品物をつくり、お客様にご満足いただけた品物は、さらに何度も感謝の輪を広げていくのです。
お客様は、良い品物を持ってきてくれたと感謝され、商人は、よい作品を造ってくれたと感謝し、染め手はよい生地を造ってくれたと感謝し、織り手は糸を造る人に感謝する。
そして、糸を造る人はよい織物にしてくれたと感謝し、織り手は良い染めをしてくれたと感謝する・・・・・
分業、協業、取引というのはそういう事なのです。
感謝の輪で手をつなぐ、すべての人が、それぞれ責任をもって自分の仕事を全うする。そこに感謝が生まれグルグルグルグル永遠に回り続けるのです。
感謝の印として金銭がある、それだけの話です。
金が絡むから、作品でなくて商品だから、と実用品=商業工芸を見下す人が居ます。
全く間違っています。
お金=感謝が形になったもの、と考えるべきなのです。
染め物は織物から、織物は糸から、糸は自然から、それぞれ生まれ、それが無くては出来はしません。
染め手が織り手に感謝せず、織り手が糸づくりに感謝せず、商人が生産者に感謝しなければ、よい品物は出来るわけが無いのです。
その感謝一つ一つに、お礼としてお金がついてくる。
ですから価格というのはその感謝の集積なのです。
そう考えれば、取引などというものを理屈をこねて考える必要など無いのです。
『自然』と『人』にあり得べき当然の感謝をすれば、取引関係というものは無理なく形成されていくはずです。
感謝の無いところに、よい取引など決して出来ません。
伝統染織というのは、古くからある仕事です。農業や漁業と同じ。
みんなが力を合わせて、感謝と喜びを分かち合って作り上げていく物です。
それ以上の取引の形など、ありはしない、私はそう思います。
9−1 取引関係の構造
ここでは『取引』ということについて書かれています。
取引というのは個人、あるいは企業が何らかの利益目的で商品・サービスやお金をやりとりすることです。
一般的には、生産者と業者、業者と消費者という場面が考えられますが、実際には生産現場でも取引が行われています。
織をやる人は、糸屋や糸を造ってくれる人から糸を買い、染をする人は生地屋や生地を織ってくれる人から生地を買う。工房主は織子や染子、あるいは工房外の外注にお金を払う。
その形態は造っている品物や商習慣によって違うと思います。作り手の思い入れによっても違うでしょう。
取引というのは利害関係の上に成り立つ訳ですから、対価を前提としない場合には取引とは言わないとも言えます。糸や生地をもらったり、造った品物を自分の工房に陳列するだけなら、取引は発生しません。
取引というとなにかえげつない感じがしますが、販売=実用を前提とする伝統工芸の世界での取引というのは『感謝の連鎖』であると考えればいいと思います。
芭蕉布なら、糸芭蕉を苗つけする。糸が取れるようになるまで長い歳月が必要です。害虫を駆除したり、肥料をやったり、枝葉を整えたり・・・そして灼熱の太陽が照りつける日も、寒い北風が肌を刺すときもそれが続けられて、糸芭蕉は育ちます。そして、やっと、糸が取れるくらいにまで成長する。その時に育てた人は自然の恵みや共に作業をしてくれた人に感謝することでしょう。そしてブーウミ。糸を造る作業も様々な工程を通ります。糸をつなぐ工程では外注にも出される。しっかりつながれた糸を受け取った織り手は、素晴らしいできばえに感謝することでしょう。良い糸ならば降りやすいし、作業もスムーズだからです。芭蕉布は幅出しや丈出しの為に布を強く引っ張るので糸がきちんとつなげていないと抜けてしまいます。織をする前に絣も括ります。絣がきちんと正確に括れていないと、手結いの絣はキレイに出ません。寸分の狂いのない絣くくりがされて居てこそ、美しい躍動感ある手結いの絣は生まれるのです。ですから織り手は、糸芭蕉を育ててくれた人、糸を造ってくれた人、絣を括ってくれた人、そして染色をしてくれた人に感謝して織を進める事でしょう。
芭蕉布に染めるときは、染める人の手に無地の芭蕉布が手渡されます。芭蕉布に染められた琉球びんがたは、これ以上ないほど美しい。やはりびんがたを最高に演出するのは美しい芭蕉布の生地であろうと思います。
芭蕉の生成りの色、美しい表面、キレイに揃った布目・・・染める人は芭蕉布を目の前にして、最高の作品に仕上げようと決意するはずです。そして、その芭蕉布を造ってくれた多くの人に感謝するはずです。
そして、精密に力強く彫られた型が置かれ、糊が置かれる。そして彩色。また糊伏せ。最後には水元で糊が落とされ、美しいびんがた染が姿を現します。
その作品を前にして、染め手はきっと感動し、芭蕉布を造ってくれた人達に改めて感謝することでしょう。
織の場合も同じです。キレイに出来上がった織物も染め物も、そういう『感謝の連鎖』が積み重なって出来上がっていくのです。
そして、作品が出来上がった後も、感謝の連鎖は続きます。
私達商人は、美しい作品を見て、精魂込めて造ってくれた作り手と、沖縄の自然に感謝します。そして、その作品の素晴らしさをきちんと消費者に伝えようと決意するのです。
そして、商人は、消費者の方々に、どうしてこんなに美しい布が生まれるのか、渾身の説明をします。時には、沖縄の自然を、時には、歴史を語りながら、その美しい布が生まれてきた背景を説明するのです。
そして、消費者の方に買って頂く。
消費者の方は、作り手から、商人まですべての芭蕉布に関わった者たちに感謝の笑顔を必ずくださいます。満足して、満面の笑みを浮かべて、芭蕉布を手にとってくださるのです。
そして、私達商人は、そのお気持ちにお応えして、精一杯の笑顔と、お礼を申し上げます。そして、責任をもって、仕立て、着用頂くのです。
着用してご満足頂ければ、また、感謝の言葉を頂けます。
そのお客様の満足をまた、作り手に伝える。
良い品物をつくり、お客様にご満足いただけた品物は、さらに何度も感謝の輪を広げていくのです。
お客様は、良い品物を持ってきてくれたと感謝され、商人は、よい作品を造ってくれたと感謝し、染め手はよい生地を造ってくれたと感謝し、織り手は糸を造る人に感謝する。
そして、糸を造る人はよい織物にしてくれたと感謝し、織り手は良い染めをしてくれたと感謝する・・・・・
分業、協業、取引というのはそういう事なのです。
感謝の輪で手をつなぐ、すべての人が、それぞれ責任をもって自分の仕事を全うする。そこに感謝が生まれグルグルグルグル永遠に回り続けるのです。
感謝の印として金銭がある、それだけの話です。
金が絡むから、作品でなくて商品だから、と実用品=商業工芸を見下す人が居ます。
全く間違っています。
お金=感謝が形になったもの、と考えるべきなのです。
染め物は織物から、織物は糸から、糸は自然から、それぞれ生まれ、それが無くては出来はしません。
染め手が織り手に感謝せず、織り手が糸づくりに感謝せず、商人が生産者に感謝しなければ、よい品物は出来るわけが無いのです。
その感謝一つ一つに、お礼としてお金がついてくる。
ですから価格というのはその感謝の集積なのです。
そう考えれば、取引などというものを理屈をこねて考える必要など無いのです。
『自然』と『人』にあり得べき当然の感謝をすれば、取引関係というものは無理なく形成されていくはずです。
感謝の無いところに、よい取引など決して出来ません。
伝統染織というのは、古くからある仕事です。農業や漁業と同じ。
みんなが力を合わせて、感謝と喜びを分かち合って作り上げていく物です。
それ以上の取引の形など、ありはしない、私はそう思います。
2011年08月18日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第27回目>
8−4 業績の違いを生み出す移動障壁
ここでは、ちょっと面白い考察をしてみましょう。
沖縄県本島にある三つの産地の事です。
三つの産地とは、読谷、首里、南風原の絹織物産地です。
読谷には『読谷山花織、』首里は『本場首里の織物』、南風原は『琉球かすり』といういわばブランドがありますね。
読谷は昔、貿易港として栄え、首里以外では唯一花織の着用を許された土地であるということです。ですから、読谷の伝統的織物というのは、あの『読谷山花織』だけです。
首里は王府の中にデザインルームとも言うべきものが存在し、そこから御絵図帳がつくられ、各地にデザインが流布された、ということです。そういう理由なのか、首里には花織、ロートン織、花倉織、手縞、縞ぬ中、諸取切、煮綛芭蕉、ミンサー、そして桐板と様々な素材、技法がそろっています。また、王府があったせいか、大和やチャイナから様々な文化が入ってきたせいか、デザイン的にも非常に洗練されている印象を受けます。
南風原は、本で読んだ話では元々は米軍のパラシュートをほどいてマメ袋を織ったところから始まり、首里に近いこともあって、首里の織物を手本にして、安い織物を大量生産した、という産地です。ここでのメインはいわゆる琉球かすりですね。俗に言う絵がすりの技法で大量に生産されて、『かすりの里』宣言をしました。
この三つの産地を比べてみると、ここの章のテーマがわかるかもしれません。
戦前は、南風原は織物産地ではなかった。大きくなったのは、たぶん、大城廣四郎さん、大城清助さん、カメさんくらいからなのでしょうか。
読谷にはわかりやすく言えば裏にいっぱい糸が通った花織しかなかった。それも、与那嶺貞さんが再興するまでは完全に途絶えていたのです。
ちょっと前に南風原と読谷の間に『花織論争』というのがあったように記憶しています。昔は南風原の花織は『琉球花織』と表示されていました。そこに、読谷がクレームをつけたんでしょうか。前述のように、南風原は織物産地としての歴史は浅いのですが、読谷山花織を再興した与那嶺貞さんが南風原に花織を習いに来たという証拠があったりして、結局は痛み分けのような形で『南風原花織』『読谷山花織』と分けて表示するようになったとか。
首里にはあらゆる技法がありましたし、いまも受け継がれています。ただ、技法は首里だけに伝えられていて、生産量も非常に限られたものでした。弊社が沖縄に行き始めたときは、首里の織り手といえば、大城志津子さん、宮平初子さん、漢那ツルさんなど、ほんとうに一握りの人で、生産量はといえば南風原が圧倒的だったのです。
ところが数度の沖縄ブームにも乗って、産地の様子は変わってきました。首里はアイテムが多いこともあって、量は増えたものの造っているものはそのままです。しかし読谷は手花と絣の帯を造り出しました。そして、いまは、花絽織という花織と絽織を併用した着尺を造り始めていると聞きます。南風原は絣はもちろん、花織、ロートン織、花絽織など織っていて、いわば、高級品の首里に対して、低価格品の南風原という構図になっていました。
そして、アイテムだけを見ると、首里、読谷、南風原に差がどんどん無くなってきているのです。
花織、花倉織≒花絽織、ロートン織はどこでも造っている。おまけに久米島や与那国まで造り出した。久米島は夏久米島やいままでと違った廉価な絣をつくりはじめて、南風原の領域に踏み込もうとしているとも聞きます。
これは県内カニバリゼーション=共食いです。アイテムがふえれば、当然、それぞれ一定以上のロットが必要なわけですから生産量は増えます。しかし、需要は一定どころか逓減して行っています。どういう結果を招くかといえば、県の出荷量は一時的にあがるが、市場では滞留して、価格破壊・市場崩壊が起こるのです。
花織 首里 1 南風原 1 読谷 1
花倉織 首里 2 南風原 0 読谷 0
ロートン織 首里 1 南風原 0 読谷 0
絣 首里 1 南風原 5 読谷 0
が従来だとすれば、
花織 首里 1 南風原 2 読谷 2
花倉織 首里 2 南風原 4 読谷 2
ロートン織 首里 1 南風原 2 読谷 2
絣 首里 1 南風原 5 読谷 0
となれば増産となりますが、市場はどうですか?
花織ならば昔は1/3ずつ分け合っていたのに、1/5、2/5、2/5。
ほかも、全部分散します。これが市場が拡大している状況なら良いのですが、市場は縮小して行っています。これは首里が割を食っているとか競争に負けているという事ではなくて、全部の共倒れを招くということなのです。
南風原の絣を見てみると、前は5/12、下では5/24になっています。ところが市場全体のパイは確実に小さくなっている。ということは市場の縮小分だけさらに消費者ベースでの売り上げは減るということです。
そして、アイテムが増えれば増えるだけ死に筋=売れ残りも増えるのです。
なぜ、こういう事、つまり、総合産地化しているのかといえば、既存のアイテムが行き詰まっているという意識があることと、伝統的に技法を継承している首里の価格が高止まりしていて、他産地がその下をくぐっているということです。問屋が高い首里織を仕入れせずに、同じようなものを他産地で造らせているのです。
これは、果たして産地のために良いことでしょうか。将来的にもし、首里と南風原と読谷に差がなくなったとして、それが沖縄染織によい影響をもたらすでしょうか。私にはそうは思えません。
教科書で書かれている参入障壁、染織の場合は技法ということになりますが、それが低いために染織品・繊維製品の模倣は起こりやすい。これは着物、絹に限ったことではありません。毛織物にしても、かつて一世を風靡した英国の毛織物を日本が模倣して廉価な毛織物を作って繁栄したこともありました。その歴史はずっと続いています。
しかし、それは産地が移動すると言うことに繋がります。人件費の安い所に産地は移動するからそれでも繊維産業は世界のどこかで繁栄している。しかし、伝統染織での模倣が低価格化をもたらせば、それはすなわち低賃金につながり、かならず産地は崩壊します。そして、それを担うべき他産地はありません。
ですから伝統染織をはじめとする伝統工芸では、価格維持のために需給ギャップの調整というのが不可欠なのです。産地が移動すれば伝統工芸は崩壊した、ということなのです。
ではどうすればいいのでしょうか。
首里は首里、読谷は読谷、南風原は南風原、それぞれの産地が足下を見つめ直して、自分の一番強い部分に特化する事です。
たとえば首里は華やかな文化を感じさせるハイセンスな織物、読谷は民族的な海と土の香りのする力強い織物、南風原はそれをフォローする低価格産地。棲み分けをきちんとすればそれぞれの特長も際立ち、県内染織品全体の売れ残りも減ります。いまはとにかく市場に滞留する商品を一日も早く片付けることです。そうでないと産地の未来はありません。
だからといって、生産を止めるわけにはいかない。いままでと違うものを造りたいという気持ちや想いは解ります。しかし、それでは共倒れになります。
幸い、沖縄の織物は個人工房内で完結できるものも数多くあります。その場合、技術の継承に必要なのは多大な需要ではありません。需要に対して適正な供給を続ければ、仕事は必ず適正量残ります。それをきっちりと残していけばいい。数の拡大よりも質の維持、そしてなにより大切なのは、産地の将来まで見渡す志と使命感なのだと私は思います。
ここでは、ちょっと面白い考察をしてみましょう。
沖縄県本島にある三つの産地の事です。
三つの産地とは、読谷、首里、南風原の絹織物産地です。
読谷には『読谷山花織、』首里は『本場首里の織物』、南風原は『琉球かすり』といういわばブランドがありますね。
読谷は昔、貿易港として栄え、首里以外では唯一花織の着用を許された土地であるということです。ですから、読谷の伝統的織物というのは、あの『読谷山花織』だけです。
首里は王府の中にデザインルームとも言うべきものが存在し、そこから御絵図帳がつくられ、各地にデザインが流布された、ということです。そういう理由なのか、首里には花織、ロートン織、花倉織、手縞、縞ぬ中、諸取切、煮綛芭蕉、ミンサー、そして桐板と様々な素材、技法がそろっています。また、王府があったせいか、大和やチャイナから様々な文化が入ってきたせいか、デザイン的にも非常に洗練されている印象を受けます。
南風原は、本で読んだ話では元々は米軍のパラシュートをほどいてマメ袋を織ったところから始まり、首里に近いこともあって、首里の織物を手本にして、安い織物を大量生産した、という産地です。ここでのメインはいわゆる琉球かすりですね。俗に言う絵がすりの技法で大量に生産されて、『かすりの里』宣言をしました。
この三つの産地を比べてみると、ここの章のテーマがわかるかもしれません。
戦前は、南風原は織物産地ではなかった。大きくなったのは、たぶん、大城廣四郎さん、大城清助さん、カメさんくらいからなのでしょうか。
読谷にはわかりやすく言えば裏にいっぱい糸が通った花織しかなかった。それも、与那嶺貞さんが再興するまでは完全に途絶えていたのです。
ちょっと前に南風原と読谷の間に『花織論争』というのがあったように記憶しています。昔は南風原の花織は『琉球花織』と表示されていました。そこに、読谷がクレームをつけたんでしょうか。前述のように、南風原は織物産地としての歴史は浅いのですが、読谷山花織を再興した与那嶺貞さんが南風原に花織を習いに来たという証拠があったりして、結局は痛み分けのような形で『南風原花織』『読谷山花織』と分けて表示するようになったとか。
首里にはあらゆる技法がありましたし、いまも受け継がれています。ただ、技法は首里だけに伝えられていて、生産量も非常に限られたものでした。弊社が沖縄に行き始めたときは、首里の織り手といえば、大城志津子さん、宮平初子さん、漢那ツルさんなど、ほんとうに一握りの人で、生産量はといえば南風原が圧倒的だったのです。
ところが数度の沖縄ブームにも乗って、産地の様子は変わってきました。首里はアイテムが多いこともあって、量は増えたものの造っているものはそのままです。しかし読谷は手花と絣の帯を造り出しました。そして、いまは、花絽織という花織と絽織を併用した着尺を造り始めていると聞きます。南風原は絣はもちろん、花織、ロートン織、花絽織など織っていて、いわば、高級品の首里に対して、低価格品の南風原という構図になっていました。
そして、アイテムだけを見ると、首里、読谷、南風原に差がどんどん無くなってきているのです。
花織、花倉織≒花絽織、ロートン織はどこでも造っている。おまけに久米島や与那国まで造り出した。久米島は夏久米島やいままでと違った廉価な絣をつくりはじめて、南風原の領域に踏み込もうとしているとも聞きます。
これは県内カニバリゼーション=共食いです。アイテムがふえれば、当然、それぞれ一定以上のロットが必要なわけですから生産量は増えます。しかし、需要は一定どころか逓減して行っています。どういう結果を招くかといえば、県の出荷量は一時的にあがるが、市場では滞留して、価格破壊・市場崩壊が起こるのです。
花織 首里 1 南風原 1 読谷 1
花倉織 首里 2 南風原 0 読谷 0
ロートン織 首里 1 南風原 0 読谷 0
絣 首里 1 南風原 5 読谷 0
が従来だとすれば、
花織 首里 1 南風原 2 読谷 2
花倉織 首里 2 南風原 4 読谷 2
ロートン織 首里 1 南風原 2 読谷 2
絣 首里 1 南風原 5 読谷 0
となれば増産となりますが、市場はどうですか?
花織ならば昔は1/3ずつ分け合っていたのに、1/5、2/5、2/5。
ほかも、全部分散します。これが市場が拡大している状況なら良いのですが、市場は縮小して行っています。これは首里が割を食っているとか競争に負けているという事ではなくて、全部の共倒れを招くということなのです。
南風原の絣を見てみると、前は5/12、下では5/24になっています。ところが市場全体のパイは確実に小さくなっている。ということは市場の縮小分だけさらに消費者ベースでの売り上げは減るということです。
そして、アイテムが増えれば増えるだけ死に筋=売れ残りも増えるのです。
なぜ、こういう事、つまり、総合産地化しているのかといえば、既存のアイテムが行き詰まっているという意識があることと、伝統的に技法を継承している首里の価格が高止まりしていて、他産地がその下をくぐっているということです。問屋が高い首里織を仕入れせずに、同じようなものを他産地で造らせているのです。
これは、果たして産地のために良いことでしょうか。将来的にもし、首里と南風原と読谷に差がなくなったとして、それが沖縄染織によい影響をもたらすでしょうか。私にはそうは思えません。
教科書で書かれている参入障壁、染織の場合は技法ということになりますが、それが低いために染織品・繊維製品の模倣は起こりやすい。これは着物、絹に限ったことではありません。毛織物にしても、かつて一世を風靡した英国の毛織物を日本が模倣して廉価な毛織物を作って繁栄したこともありました。その歴史はずっと続いています。
しかし、それは産地が移動すると言うことに繋がります。人件費の安い所に産地は移動するからそれでも繊維産業は世界のどこかで繁栄している。しかし、伝統染織での模倣が低価格化をもたらせば、それはすなわち低賃金につながり、かならず産地は崩壊します。そして、それを担うべき他産地はありません。
ですから伝統染織をはじめとする伝統工芸では、価格維持のために需給ギャップの調整というのが不可欠なのです。産地が移動すれば伝統工芸は崩壊した、ということなのです。
ではどうすればいいのでしょうか。
首里は首里、読谷は読谷、南風原は南風原、それぞれの産地が足下を見つめ直して、自分の一番強い部分に特化する事です。
たとえば首里は華やかな文化を感じさせるハイセンスな織物、読谷は民族的な海と土の香りのする力強い織物、南風原はそれをフォローする低価格産地。棲み分けをきちんとすればそれぞれの特長も際立ち、県内染織品全体の売れ残りも減ります。いまはとにかく市場に滞留する商品を一日も早く片付けることです。そうでないと産地の未来はありません。
だからといって、生産を止めるわけにはいかない。いままでと違うものを造りたいという気持ちや想いは解ります。しかし、それでは共倒れになります。
幸い、沖縄の織物は個人工房内で完結できるものも数多くあります。その場合、技術の継承に必要なのは多大な需要ではありません。需要に対して適正な供給を続ければ、仕事は必ず適正量残ります。それをきっちりと残していけばいい。数の拡大よりも質の維持、そしてなにより大切なのは、産地の将来まで見渡す志と使命感なのだと私は思います。
2011年08月09日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第26回目>
8−3 戦略グループ
ここでは、主に製品の『幅と深さ』によって異なるマーケティング戦略が採られるということが書かれていますね。毎度の事ながら、和装業界に置き換えて考えてみましょう。
幅が広いというのは着物で言えば、留袖から訪問着、小紋、紬、各産地の作家物などがまんべんなく扱われているという事です。
逆に深さが深いというのは、おしゃれ専門とか紬専門とか、弊社のように沖縄専門とかそういうアイテムを絞って、そこに集中的に品揃えを特化していることを言います。
家電に関してはテキストよりももっとわかりやすい例があって、パナソニック東芝の存在に対して、タイガーは炊飯器専門、象印はポット専門という事があるわけです。
ほんとうは、オールラウンドの会社と専門性を持った会社が混在しているというのが消費者にとってはいいのだと想うのですが、問題は大資本による販売チャネルの寡占化です。
和装業界で言えば、NCの存在や催事販売です。
つまり、大きな会場にたくさんのお客さんを連れ込んで、販売するという形態を採るわけですが、そうなると、当然、その会場内に大きなスペースを取った所が販売額が大きくなる傾向があるわけです。お客様も、実は販売員も商品の事はあまり解っていないし、そんなにじっくりと吟味する時間もないわけですから、とりあえず数打ちゃあたるように幅広く品揃えをするようになる。そうなると次第に小売りの側は問屋に品揃えを丸投げしたくなる。イコール、なんでもある問屋に任せてしまう、あるいはそんなオールラウンドの問屋2〜3社に絞って品揃えするということになってしまいがちです。
専門というのはその部門に特別に詳しいことをいうのですから、何から何まで専門ということは本来あり得ない。弁護士なら民事なのか刑事なのかがあるでしょうし、コンサルタントでも財務なのか販売なのかで専門は違うわけです。
着物というのは本当は非常に範囲が広くて、とくに沖縄の物を語り始めると1日かかってもまだ足りないという位ですから、かなりの専門性が必要なわけです。もちろん、品物を見定める眼を養うのは知識を得るよりさらに時間と研鑽が必要です。
他も同じような事で、奥深く品揃えをする問屋はどんどん総合問屋に押されていくし、販路を奪われるというという事が現実に起こっていて、そうなると、いくら作家が工夫しても、知名度と値段だけでしか判断されないという事になってしまいます。
タイガーがゲコ亭(堺にあるめちゃめちゃ美味しいご飯を食べさせる一膳飯屋)並のご飯が炊ける炊飯器を開発したとしても、それを置いてくれる販売店が無くなっていくというような事です。
たとえば、芭蕉布が欲しいというお客様がおられたとします。総合展示の場合には芭蕉布がそんなにたくさんある事は少ない。2〜3点の中から選ばなければならない。当然お客様は迷われます。売り手が芭蕉布の善し悪しについてきちんとした見識を持っていなければ、勧めようがないわけです。ほとんどの売り手にとっては柄が違うだけでどれも同じ芭蕉布としかうつらない。せいぜい柄が好きだ嫌いだの範囲です。私なら、糸質、糸の色、新作か定番か、そのお客様から聞いたタンスの中身を総合して最適な1点を選び出します。それが専門というもので、高度な手工芸品については同じような高度な知識がないと本来勧めることができないのです。
しかし、その機会が失われています。それは、総合問屋が適当に集めた物を押しつけられるという構造を意味しているのです。この流れは残念ながら止めることが出来ないと想います。
なぜかというと、専門問屋の側にそこまで深く考えて品揃えしようとする所が減ったこと、それを求める小売店もそれ異常に減っていること、そして何より物をきちんと見て仕入れ・販売し、消費者も物を見ないでラベルだけを見て、感覚だけで選ぶ傾向が非常に強まっていることがあげられます。
では、造る側としてはどう対応していけばいいのか、ということです。
幅に対応するのか、深さに対応するのか。
それは、作り手自身が決めることです。
久米島紬ならば代表的な柄や色で作り続けたいと思うなら、幅で勝負する所がいいでしょうし、こだわった品質や色、あたらしい技法を取り入れたいとか考えるなら深さで勝負する事もできるでしょう。
幅で勝負するときは、相手が物の価値が解らない場合が多いわけですから、どんなに良い作品を造っても認めてもらえないという事があります。いわば一山なんぼ、の商売です。
深さで勝負するところは、一つ一つ吟味して仕入れするので、価値は比較的解ってもらえるでしょうし、高く買ってもらえることもあるでしょう。
どちらを取るかは、自身のスタイルと覚悟によりますね。
ただ、どちらも、というのはもう無理だと想いますよ。
私なら、なんでも屋に出している人とは言い悪いじゃなくて、目指すところが違うと想いますし、私の想いに対応してもらうには、それなりの技量と根性が必要だと想うからです。
ですから、作り手は、取ってくれた問屋がそこからどこに出すのかにもっと関心を持つべきだと想います。
それは、このテキストに書かれているように幅か深さかによって取られる戦略が違う=あなたの作品の扱われ方が違うからです。
ここでは、主に製品の『幅と深さ』によって異なるマーケティング戦略が採られるということが書かれていますね。毎度の事ながら、和装業界に置き換えて考えてみましょう。
幅が広いというのは着物で言えば、留袖から訪問着、小紋、紬、各産地の作家物などがまんべんなく扱われているという事です。
逆に深さが深いというのは、おしゃれ専門とか紬専門とか、弊社のように沖縄専門とかそういうアイテムを絞って、そこに集中的に品揃えを特化していることを言います。
家電に関してはテキストよりももっとわかりやすい例があって、パナソニック東芝の存在に対して、タイガーは炊飯器専門、象印はポット専門という事があるわけです。
ほんとうは、オールラウンドの会社と専門性を持った会社が混在しているというのが消費者にとってはいいのだと想うのですが、問題は大資本による販売チャネルの寡占化です。
和装業界で言えば、NCの存在や催事販売です。
つまり、大きな会場にたくさんのお客さんを連れ込んで、販売するという形態を採るわけですが、そうなると、当然、その会場内に大きなスペースを取った所が販売額が大きくなる傾向があるわけです。お客様も、実は販売員も商品の事はあまり解っていないし、そんなにじっくりと吟味する時間もないわけですから、とりあえず数打ちゃあたるように幅広く品揃えをするようになる。そうなると次第に小売りの側は問屋に品揃えを丸投げしたくなる。イコール、なんでもある問屋に任せてしまう、あるいはそんなオールラウンドの問屋2〜3社に絞って品揃えするということになってしまいがちです。
専門というのはその部門に特別に詳しいことをいうのですから、何から何まで専門ということは本来あり得ない。弁護士なら民事なのか刑事なのかがあるでしょうし、コンサルタントでも財務なのか販売なのかで専門は違うわけです。
着物というのは本当は非常に範囲が広くて、とくに沖縄の物を語り始めると1日かかってもまだ足りないという位ですから、かなりの専門性が必要なわけです。もちろん、品物を見定める眼を養うのは知識を得るよりさらに時間と研鑽が必要です。
他も同じような事で、奥深く品揃えをする問屋はどんどん総合問屋に押されていくし、販路を奪われるというという事が現実に起こっていて、そうなると、いくら作家が工夫しても、知名度と値段だけでしか判断されないという事になってしまいます。
タイガーがゲコ亭(堺にあるめちゃめちゃ美味しいご飯を食べさせる一膳飯屋)並のご飯が炊ける炊飯器を開発したとしても、それを置いてくれる販売店が無くなっていくというような事です。
たとえば、芭蕉布が欲しいというお客様がおられたとします。総合展示の場合には芭蕉布がそんなにたくさんある事は少ない。2〜3点の中から選ばなければならない。当然お客様は迷われます。売り手が芭蕉布の善し悪しについてきちんとした見識を持っていなければ、勧めようがないわけです。ほとんどの売り手にとっては柄が違うだけでどれも同じ芭蕉布としかうつらない。せいぜい柄が好きだ嫌いだの範囲です。私なら、糸質、糸の色、新作か定番か、そのお客様から聞いたタンスの中身を総合して最適な1点を選び出します。それが専門というもので、高度な手工芸品については同じような高度な知識がないと本来勧めることができないのです。
しかし、その機会が失われています。それは、総合問屋が適当に集めた物を押しつけられるという構造を意味しているのです。この流れは残念ながら止めることが出来ないと想います。
なぜかというと、専門問屋の側にそこまで深く考えて品揃えしようとする所が減ったこと、それを求める小売店もそれ異常に減っていること、そして何より物をきちんと見て仕入れ・販売し、消費者も物を見ないでラベルだけを見て、感覚だけで選ぶ傾向が非常に強まっていることがあげられます。
では、造る側としてはどう対応していけばいいのか、ということです。
幅に対応するのか、深さに対応するのか。
それは、作り手自身が決めることです。
久米島紬ならば代表的な柄や色で作り続けたいと思うなら、幅で勝負する所がいいでしょうし、こだわった品質や色、あたらしい技法を取り入れたいとか考えるなら深さで勝負する事もできるでしょう。
幅で勝負するときは、相手が物の価値が解らない場合が多いわけですから、どんなに良い作品を造っても認めてもらえないという事があります。いわば一山なんぼ、の商売です。
深さで勝負するところは、一つ一つ吟味して仕入れするので、価値は比較的解ってもらえるでしょうし、高く買ってもらえることもあるでしょう。
どちらを取るかは、自身のスタイルと覚悟によりますね。
ただ、どちらも、というのはもう無理だと想いますよ。
私なら、なんでも屋に出している人とは言い悪いじゃなくて、目指すところが違うと想いますし、私の想いに対応してもらうには、それなりの技量と根性が必要だと想うからです。
ですから、作り手は、取ってくれた問屋がそこからどこに出すのかにもっと関心を持つべきだと想います。
それは、このテキストに書かれているように幅か深さかによって取られる戦略が違う=あなたの作品の扱われ方が違うからです。
2011年08月01日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第25回目>
8−2 競争が規定する産業の収益性
ここで書いてあることは簡単に言えば『なんぼええもんでも、いっぱいあったら値打ちがない』ということです。
よく売れてるように見えても、競争状態次第、つまり同じくらいの力量の競争相手がたくさんいたら、儲からないということです。
ここでは参入障壁についても書かれていますね。
沖縄染織の場合、技法等してはそれほど難しくないので、上手下手を抜きにすればどんどん作り手を増やすことが出来ます。
ちょっと前までの県をあげての大増産体制は、参入障壁の低さ=習得すべき技術の少なさを示しているとも言えます。
そして、材料が豊富であれば、さらに壁は低くなる。
芭蕉や手引きの苧麻はなかなか手に入りませんが、絹糸ならいくらでも売っています。
だから、久米島にしても読谷にしても大増産が可能になった。
一時的には織り手も潤い、県も組合も事業の成功に沸いたでしょうが、長く続くはずがない。
同じレベルの織り手がたくさん増えれば、その分、競争も激しくなるのです。
おまけに、和装市場は縮小していて、一つ売れたらそれだけ市場は狭まるという事になり、決して成長する市場では無かった。
少しでもまともに経済学を勉強した人ならば、そんな事はすぐに解るはずでした。
私は生産者よりも県、当時は振興センターでしょうか、その人たちがあまりにも無能であったと糾弾せざるを得ません。
案の定、伝統染織の中で唯一価格を維持していた沖縄染織も値が崩れてしまい、そこが見えない状況にまでなっています。
新たに育成された織り手は、『造れば売れる』というあまりにも甘い汁を吸ってきたために、『創意工夫』という絶対に必要なことを忘れてしまっている。
横並びの作品は、魅力が無く、いわばコモディティ化してしまう。
コモディティというのは穀物や鉱物の様に大きさや重さで値打ちが量られる品物です。
つまり久米島紬ならいくら、読谷山花織の帯ならいくら、というように、デザインや品質に関係なく相場で値付けされてしまう商品になったということです。
そして、需要は逓減する。供給は維持しようとあがく。さらに、消化されない流通在庫がぐるぐると回り続ける。
造れば売れて儲かる時代から、造っても造っても売れないし損をする、そういう時代になったということです。
最近、若い作り手さんから相談を受けることが多くなってきました。厳しい環境を知って、色々お聞きになりたいのでしょうが、基本的には染織だけでご飯を食べていくのは無理です。ましてや、一家を構えて、家族を養っていくことは出来ません。
なぜそうなっているかというと、需要の割には供給=作り手が多すぎるのです。ハンスアビングの『金と芸術』でも書かれていましたが、基本的に芸術も工芸=染織も超一流の人たちが利益を丸取りする世界です。名もない新人が入る隙間など普通に考えれば何処にもありません。
消費者はできれば人間国宝や重要無形文化財の作品を手に入れたい。そうでなければ、有名作家の作品が欲しい。
しかし、特に沖縄の場合、有名作家も新人作家も値段がそんなに変わらない。
2倍も3倍もしない、というのが現実です。
まして、有名作家の作品も仕入れ時点で値切られ、また、売られるときにディスカウントされる時代です。
ですから、お金が欲しいからやっている人や、才能が無いと想う人は、早々に撤退して他の仕事をした方がいいのです。
それが、ご本人のためにも、産地のためにもなるのです。
質の競争ならいいのですが、量の競争は、価値を低めるだけに終わります。
やる気が無いなら、やめましょう。
もし、染織が三度のご飯より好きだというなら、どうやったら、売れるのかを考えて、売れる品物を作る事を寝ても覚めても考えましょう。
売れない商品を垂れ流すことは、害毒でしかありません。
気持ちと根はあるけど、才能が無い、そんな人は助けることが出来ます。
そんな人に必要なことは、様々な自分を縛るこだわりを捨てることです。
消費者の喜びが自分の喜びであると心から信じられること。
これがなくては、状況は打開できません。
金へのこだわり、表現へのこだわり、伝統へのこだわり・・・
様々なこだわりが、行く手を阻んでいるのです。
売れなくてもいいから自分の好きな物を造るというのもいいでしょう。だったら、売れ残ったらタンスにしまっておきなさい。あるいは、自分で着るか、親戚や友達にもらってもらいなさい。
無理に金に換えようとするから、市場が崩壊するのです。
一端プロになったら、人間国宝も新人も同じ土俵です。私たち商人も一定の仕入れ枠の中で仕入れする。その仕入れ枠の中で、ベテランも新人も戦うのです。でも、必ず勝ち目はあります。どこで勝負をかけるのか。
それを考えるためには、自分の長所短所を客観的に把握しておくことが必要ですね。
ここで書いてあることは簡単に言えば『なんぼええもんでも、いっぱいあったら値打ちがない』ということです。
よく売れてるように見えても、競争状態次第、つまり同じくらいの力量の競争相手がたくさんいたら、儲からないということです。
ここでは参入障壁についても書かれていますね。
沖縄染織の場合、技法等してはそれほど難しくないので、上手下手を抜きにすればどんどん作り手を増やすことが出来ます。
ちょっと前までの県をあげての大増産体制は、参入障壁の低さ=習得すべき技術の少なさを示しているとも言えます。
そして、材料が豊富であれば、さらに壁は低くなる。
芭蕉や手引きの苧麻はなかなか手に入りませんが、絹糸ならいくらでも売っています。
だから、久米島にしても読谷にしても大増産が可能になった。
一時的には織り手も潤い、県も組合も事業の成功に沸いたでしょうが、長く続くはずがない。
同じレベルの織り手がたくさん増えれば、その分、競争も激しくなるのです。
おまけに、和装市場は縮小していて、一つ売れたらそれだけ市場は狭まるという事になり、決して成長する市場では無かった。
少しでもまともに経済学を勉強した人ならば、そんな事はすぐに解るはずでした。
私は生産者よりも県、当時は振興センターでしょうか、その人たちがあまりにも無能であったと糾弾せざるを得ません。
案の定、伝統染織の中で唯一価格を維持していた沖縄染織も値が崩れてしまい、そこが見えない状況にまでなっています。
新たに育成された織り手は、『造れば売れる』というあまりにも甘い汁を吸ってきたために、『創意工夫』という絶対に必要なことを忘れてしまっている。
横並びの作品は、魅力が無く、いわばコモディティ化してしまう。
コモディティというのは穀物や鉱物の様に大きさや重さで値打ちが量られる品物です。
つまり久米島紬ならいくら、読谷山花織の帯ならいくら、というように、デザインや品質に関係なく相場で値付けされてしまう商品になったということです。
そして、需要は逓減する。供給は維持しようとあがく。さらに、消化されない流通在庫がぐるぐると回り続ける。
造れば売れて儲かる時代から、造っても造っても売れないし損をする、そういう時代になったということです。
最近、若い作り手さんから相談を受けることが多くなってきました。厳しい環境を知って、色々お聞きになりたいのでしょうが、基本的には染織だけでご飯を食べていくのは無理です。ましてや、一家を構えて、家族を養っていくことは出来ません。
なぜそうなっているかというと、需要の割には供給=作り手が多すぎるのです。ハンスアビングの『金と芸術』でも書かれていましたが、基本的に芸術も工芸=染織も超一流の人たちが利益を丸取りする世界です。名もない新人が入る隙間など普通に考えれば何処にもありません。
消費者はできれば人間国宝や重要無形文化財の作品を手に入れたい。そうでなければ、有名作家の作品が欲しい。
しかし、特に沖縄の場合、有名作家も新人作家も値段がそんなに変わらない。
2倍も3倍もしない、というのが現実です。
まして、有名作家の作品も仕入れ時点で値切られ、また、売られるときにディスカウントされる時代です。
ですから、お金が欲しいからやっている人や、才能が無いと想う人は、早々に撤退して他の仕事をした方がいいのです。
それが、ご本人のためにも、産地のためにもなるのです。
質の競争ならいいのですが、量の競争は、価値を低めるだけに終わります。
やる気が無いなら、やめましょう。
もし、染織が三度のご飯より好きだというなら、どうやったら、売れるのかを考えて、売れる品物を作る事を寝ても覚めても考えましょう。
売れない商品を垂れ流すことは、害毒でしかありません。
気持ちと根はあるけど、才能が無い、そんな人は助けることが出来ます。
そんな人に必要なことは、様々な自分を縛るこだわりを捨てることです。
消費者の喜びが自分の喜びであると心から信じられること。
これがなくては、状況は打開できません。
金へのこだわり、表現へのこだわり、伝統へのこだわり・・・
様々なこだわりが、行く手を阻んでいるのです。
売れなくてもいいから自分の好きな物を造るというのもいいでしょう。だったら、売れ残ったらタンスにしまっておきなさい。あるいは、自分で着るか、親戚や友達にもらってもらいなさい。
無理に金に換えようとするから、市場が崩壊するのです。
一端プロになったら、人間国宝も新人も同じ土俵です。私たち商人も一定の仕入れ枠の中で仕入れする。その仕入れ枠の中で、ベテランも新人も戦うのです。でも、必ず勝ち目はあります。どこで勝負をかけるのか。
それを考えるためには、自分の長所短所を客観的に把握しておくことが必要ですね。
2011年07月19日
もずやと学ぶ染織マーケティング<24回目>
第8章 競争構造の理解
8−1 競争の場の枠組み
ようやく8章まできましたね。
これで半分くらい終わりました。
この章では『競争』についてお話しします。
まず、競争を考える上では『誰を競争相手とするか』を考えなければなりません。
沖縄染織の競争相手は誰か。
さらに、それを考える為には、何を取り合って競争するのか、です。
お金はもちろんですが、そのお金の出所である、消費者を取り合っていると考えるべきですね。
取り合っている消費者=ターゲットということになります。
このターゲットというのをどう設定するか、が問題です。
着物を買う人でしょうか。
合っていますが、正解ではありません。
沖縄の染織を買う人というのは、どういう人なのか。
それが解っていないと、どうしようもありませんね。
沖縄染織とうのは基本的に価格的には中の上から、上の下にランクされます。
宮古上布や芭蕉布などの特殊な物をのぞいて、だいたい10万台から100万円くらいに分布していると考えていいでしょう。
そこに着物の場合は仕立代・裏地代が入る訳ですから、プラス7〜8万円かかります。
つまり20万円以上の物を買える人、ということになります。
最近、流行っているリサイクル着物やポリエステルの着物をもっぱら購入し着用している人は、いくら着物が好きで、着物を日常的に着ていても、ターゲットにはならないと思わなければなりません。
さらに、着物と言ってもいろいろで、結婚式に着る着物から、ゆかたまであります。
沖縄染織は基本的にはカジュアルです。
カジュアルの着物というのは、着て楽しむ趣味の着物ですから、『自分で着れる人』と考え得た方が良い。
そして、カジュアルの着物は、普段から着られるますが、その反面、着る場所を特定出来ない。結婚式やパーティなどに気合いを入れて着飾るために着る着物ではないということです。
ですから、着物を着る機会をある程度の頻度で持って居る、あるいは自分で作れる人ということです。
こうやって考えていくと、絞られてくるでしょう?
そこそこお金があって、自分で着物が着れて、着る機会がたくさんある人、ということになります。
さらに、本当に良い作品の価値を認めて買っていたたける方は『審美眼』『鑑識眼』を持っていらっしゃいます。それらを持つには、ある程度の『修練』『積み重ね』が必要です。
どんな人が思い浮かびますか?
ちょっと、みなさんで考えてみてください。
抽象的に言えば、いわゆる『趣味人』ですね。
ヒントとしてあげるなら、茶道や舞踊を習っている人はこの範疇にはいります。
お金もあり、自分で着物が着られて、着る機会がある。そして何より鑑識眼・審美眼があるのがこの趣味人に共通する事です。
カジュアルの着物なのに、お茶席とかで着れるの?という質問があると思います。
もちろん、お茶席・お茶会で使える物と使えない物があります。
しかし、この趣味人は、なにより鑑識眼・審美眼とともに財力がある人が多い。
いくら着物が好きでも、この二つが揃わないと良い買い物はできません。
作り手は、『物の解る人』を対象に作品作りをしなければ、よい仕事はできないと思います。
物の解らない人が解らないままに買う事を期待せず、解る人に納得して買っていただけるような作品を造る。そして私達商人もそれをお手伝いする。それがあるべき姿でしょう。
話は元にもどって、その人達を誰と取り合うのか、です。
結城・大島・塩澤・越後の織物産地、京都・加賀・江戸の染め物産地。
カジュアルの着物といっても各産地で多くのものが造られています。
そして、私達が現実に出くわすのは、茶人なら茶道具や茶会、舞踊家なら発表会という桁違いのお金が出ていく機会があることです。
そして、女性の場合、とくに趣味人の場合、多種多様な趣味をもたれています。
そのすべてが競争相手です。
現実には『縁』に頼るしかないのですが、それをもっと確実な物へと近づけるには、『図抜けた魅力』『他に類を見ない特殊性』が必要なのです。
私が小売屋なら、『もずやの顔を見たら買わざるを得ない』という具合に持って行きたいところですが、問屋なのでそこまでお客様との交流を深めることは難しい。
ですから、『とてつもない作品』が必要なのです。
そこいらのどこの小売店・問屋でも持って居る着物なら、勝負にならないのです。
話がまた、今日の台風の様に大きくそれましたが(^_^;)、言いたいことは、『他の着物』『他の産地』『他の作家』だけが競争相手ではない、と言うことです。
競争に勝つためには何が必要か。
この趣味人の方々をうならせ、どうしても欲しい!と思わせる作品の魅力なのです。
みなさんも、自分で競争相手を設定してみて、その相手に勝つためにどうしたらいいのかをじっくり考えて見てください。
8−1 競争の場の枠組み
ようやく8章まできましたね。
これで半分くらい終わりました。
この章では『競争』についてお話しします。
まず、競争を考える上では『誰を競争相手とするか』を考えなければなりません。
沖縄染織の競争相手は誰か。
さらに、それを考える為には、何を取り合って競争するのか、です。
お金はもちろんですが、そのお金の出所である、消費者を取り合っていると考えるべきですね。
取り合っている消費者=ターゲットということになります。
このターゲットというのをどう設定するか、が問題です。
着物を買う人でしょうか。
合っていますが、正解ではありません。
沖縄の染織を買う人というのは、どういう人なのか。
それが解っていないと、どうしようもありませんね。
沖縄染織とうのは基本的に価格的には中の上から、上の下にランクされます。
宮古上布や芭蕉布などの特殊な物をのぞいて、だいたい10万台から100万円くらいに分布していると考えていいでしょう。
そこに着物の場合は仕立代・裏地代が入る訳ですから、プラス7〜8万円かかります。
つまり20万円以上の物を買える人、ということになります。
最近、流行っているリサイクル着物やポリエステルの着物をもっぱら購入し着用している人は、いくら着物が好きで、着物を日常的に着ていても、ターゲットにはならないと思わなければなりません。
さらに、着物と言ってもいろいろで、結婚式に着る着物から、ゆかたまであります。
沖縄染織は基本的にはカジュアルです。
カジュアルの着物というのは、着て楽しむ趣味の着物ですから、『自分で着れる人』と考え得た方が良い。
そして、カジュアルの着物は、普段から着られるますが、その反面、着る場所を特定出来ない。結婚式やパーティなどに気合いを入れて着飾るために着る着物ではないということです。
ですから、着物を着る機会をある程度の頻度で持って居る、あるいは自分で作れる人ということです。
こうやって考えていくと、絞られてくるでしょう?
そこそこお金があって、自分で着物が着れて、着る機会がたくさんある人、ということになります。
さらに、本当に良い作品の価値を認めて買っていたたける方は『審美眼』『鑑識眼』を持っていらっしゃいます。それらを持つには、ある程度の『修練』『積み重ね』が必要です。
どんな人が思い浮かびますか?
ちょっと、みなさんで考えてみてください。
抽象的に言えば、いわゆる『趣味人』ですね。
ヒントとしてあげるなら、茶道や舞踊を習っている人はこの範疇にはいります。
お金もあり、自分で着物が着られて、着る機会がある。そして何より鑑識眼・審美眼があるのがこの趣味人に共通する事です。
カジュアルの着物なのに、お茶席とかで着れるの?という質問があると思います。
もちろん、お茶席・お茶会で使える物と使えない物があります。
しかし、この趣味人は、なにより鑑識眼・審美眼とともに財力がある人が多い。
いくら着物が好きでも、この二つが揃わないと良い買い物はできません。
作り手は、『物の解る人』を対象に作品作りをしなければ、よい仕事はできないと思います。
物の解らない人が解らないままに買う事を期待せず、解る人に納得して買っていただけるような作品を造る。そして私達商人もそれをお手伝いする。それがあるべき姿でしょう。
話は元にもどって、その人達を誰と取り合うのか、です。
結城・大島・塩澤・越後の織物産地、京都・加賀・江戸の染め物産地。
カジュアルの着物といっても各産地で多くのものが造られています。
そして、私達が現実に出くわすのは、茶人なら茶道具や茶会、舞踊家なら発表会という桁違いのお金が出ていく機会があることです。
そして、女性の場合、とくに趣味人の場合、多種多様な趣味をもたれています。
そのすべてが競争相手です。
現実には『縁』に頼るしかないのですが、それをもっと確実な物へと近づけるには、『図抜けた魅力』『他に類を見ない特殊性』が必要なのです。
私が小売屋なら、『もずやの顔を見たら買わざるを得ない』という具合に持って行きたいところですが、問屋なのでそこまでお客様との交流を深めることは難しい。
ですから、『とてつもない作品』が必要なのです。
そこいらのどこの小売店・問屋でも持って居る着物なら、勝負にならないのです。
話がまた、今日の台風の様に大きくそれましたが(^_^;)、言いたいことは、『他の着物』『他の産地』『他の作家』だけが競争相手ではない、と言うことです。
競争に勝つためには何が必要か。
この趣味人の方々をうならせ、どうしても欲しい!と思わせる作品の魅力なのです。
みなさんも、自分で競争相手を設定してみて、その相手に勝つためにどうしたらいいのかをじっくり考えて見てください。
2011年07月14日
もずやと学ぶ染織マーケティング<23回目>
7−3 消費者をいかにリードするか
昨日、疲れて寝てしまって(^_^;)、1日遅れのアップです。
失礼致しました<(_ _)>
この項で書かれているのは、いかに『マーケティングの独善化』に陥らないか、ということですね。
マーケティングの独善化に陥らないためには、市場細分化の軸を『製品・サービスの属性』から『消費者の属性』へと切り替える事が突破口になると書いてあります。
言い換えれば『ライフスタイル・マーケティング』という事でしょうか。
つまり、どんな生活パターンや趣味趣向を持っている消費者の為に商品づくりをし、マーケティング・ミックスを構築するか、ということです。
着物の場合はどんな感じに考えたらいいでしょうか。
『製品・サービスの属性』という面で市場を切っていくと、着物の場合は振袖・留袖・訪問着・付下げ・色無地・小紋・紬、そして帯の場合は袋帯・名古屋帯・半幅帯と分けられますね。
それぞれに区切って商品開発を行えば、どうなるかというと、着物・帯の場合は着用シーンとひっついてきます。
留袖なら結婚式、振袖なら成人式、訪問着なら結婚式のおよばれやお茶会、小紋・紬ならカジュアルですね。帯もその格に応じて決まってきます。
つまり和装の場合は製品ごとに細分化すると生活シーンごとに自ずとセグメントされることになる。
つまり、和装市場自体は高度に成熟化していて、市場全体を見ると縦横共に敢然な網の目が張られているということです。
生活シーンごと、産地ごと、色柄ごと・・・あらゆるアイテムがそろいに揃っている。
問題はそれを売り手が意識していないということです。
呉服屋さんというのはほとんどが儀式用の着物でご飯を食べています。
儀式用の着物を買うお客様というのは、昨今では儀式の予定が決まってから買いに来られる事が多い。
ですから、いつ、どんなお客様が来られるのか、呉服屋さんには解らないわけです。
だから、店頭には無難な物、どこにでもある普及品が並ぶことになり、実際に売るのは大がかりな展示会になるわけです。
着物というのは専門的に言えば『専門品』(=事前に様々な情報を集めて購買にいたる、日常買わない商品)なので、本来は店ごとに店主の好みというのが反映されているべきだと私は思います。
ところが、先の銀座での展示会でも聞いたように『どこに行っても同じような商品ばかり』というのが実情です。
これは、店主がマーケット・セグメンテーションというものを理解していない、あるいは、品揃えにおいて無策である事が原因です。
私の場合は、デパートの売り場に変わって品揃えをしているわけですから、大手の問屋が出来ない、私ならではの商品構成を考え、商品づくりもします。
それは大手に囲まれて生き抜くための常套手段ですが、もしそれをやらないとすれば、大手と同じ品物をディスカウントして売る以外生きる道はなくなります。
そういう道もあるにはあるのですが、私は選択しませんでした。
いま、どんどんデフレになっていっているのも、和装をはじめとするすべての市場の品揃えに特徴が無くなっている事が大きな原因ではないでしょうか。
つまり、生産が大手によって寡占的に牛耳られていて、流通もこれまた、大手の寡占状態にある。
そうなると、商品はコモディティ化するのです。
コモディティというのは、お米や豆のように差別化されない、簡単に言えば相場で動く商品です。
こういう商品は一つ一つ吟味されることなく、丼一杯いくら、1トンいくらで取引される。着物なら一山なんぼ、という世界です。
現実にそうなりつつあるんですよ。
ちょっと前に、ある商品が10点で5000円という話を聞きました。
私は、パジャマ代わりに病人用のガーゼの寝間着を愛用していますが、他の着物も同じような事になりつつあるわけです。
だいぶ話はそれましたが(^_^;)、そもそも、着物というのは嗜好品なのですから、お客様はもちろん、扱う方も、造る人も自分の好みを最前面に打ち出すべきだと思いますし、その事が自動的に市場細分化、ターゲットマーケティングに繋がると思うのです。
もちろん、中にはセンスの悪い人もいるでしょうが、誰にも認められないセンスしか持って居ない人がこの仕事に携わっていること自体が無理なわけですし、
転廃業を考えられた方が業界のためだと思います。
私は、私が好きだ、美しいと思う着物は、他の誰かも同じように思うはずだという信念を持っていますし、制作をお願いするときも、買い付けをするときも、そういう気持ちでやっています。
『お客様の顔を具体に的に思い浮かべて』仕入れする、という話をよく聞きますが、『じゃ、外れたらどうするの?』と私は率直に思います。
私の選んだ、あるいは指図した着物を買ってくださる方が私と同じ美意識や価値観を持って居るとするならば、つねに誰かが買ってくださるはずです。
ですから、私とお付き合いある作家さんは耳にたこ焼きが出来るくらい言われているのが『自分の好きな物をつくりなさい』という言葉です。
『あなたが良いと思って造る着物は必ず誰かが好きと思ってくれるはずです。それともあなたはそんなに自分のセンスに自信がないのですか?無いなら今すぐやめてしまいなさい』いつもこんな事を言って作家さんを脅しています(^_^;)
もちろん、売れ筋の傾向や、コーディネート、着用機会(お茶席など)の観点からのアドバイスはします。
しかし、織るとなれば、少なくとも1ヶ月はその作品と作家は向かい合うのです。
嫌いなヤツとそんな長い間向かい合えますか?
良い作品ほど、早く上がってくる物です。
言葉は悪いですが、『これがワテの作品や。どや!!』と言うくらいの気合いを作品に載せて欲しいのです。
着物市場は高度に成熟化し、飽和しています。
そんなマーケットに規格品をどんどん売りつけようとすることは理に適っていない。
自分の好きな物が具体的にイメージできないとしたら、美術館や画集で絵を見て、好きな絵を探す。その色の構成を真似てみるというのもいいでしょう。
私はやっぱり絵画も、カラフルで力強い作品が好きです。
あなたの目指す市場はあなたの中にこそあるのです。
昨日、疲れて寝てしまって(^_^;)、1日遅れのアップです。
失礼致しました<(_ _)>
この項で書かれているのは、いかに『マーケティングの独善化』に陥らないか、ということですね。
マーケティングの独善化に陥らないためには、市場細分化の軸を『製品・サービスの属性』から『消費者の属性』へと切り替える事が突破口になると書いてあります。
言い換えれば『ライフスタイル・マーケティング』という事でしょうか。
つまり、どんな生活パターンや趣味趣向を持っている消費者の為に商品づくりをし、マーケティング・ミックスを構築するか、ということです。
着物の場合はどんな感じに考えたらいいでしょうか。
『製品・サービスの属性』という面で市場を切っていくと、着物の場合は振袖・留袖・訪問着・付下げ・色無地・小紋・紬、そして帯の場合は袋帯・名古屋帯・半幅帯と分けられますね。
それぞれに区切って商品開発を行えば、どうなるかというと、着物・帯の場合は着用シーンとひっついてきます。
留袖なら結婚式、振袖なら成人式、訪問着なら結婚式のおよばれやお茶会、小紋・紬ならカジュアルですね。帯もその格に応じて決まってきます。
つまり和装の場合は製品ごとに細分化すると生活シーンごとに自ずとセグメントされることになる。
つまり、和装市場自体は高度に成熟化していて、市場全体を見ると縦横共に敢然な網の目が張られているということです。
生活シーンごと、産地ごと、色柄ごと・・・あらゆるアイテムがそろいに揃っている。
問題はそれを売り手が意識していないということです。
呉服屋さんというのはほとんどが儀式用の着物でご飯を食べています。
儀式用の着物を買うお客様というのは、昨今では儀式の予定が決まってから買いに来られる事が多い。
ですから、いつ、どんなお客様が来られるのか、呉服屋さんには解らないわけです。
だから、店頭には無難な物、どこにでもある普及品が並ぶことになり、実際に売るのは大がかりな展示会になるわけです。
着物というのは専門的に言えば『専門品』(=事前に様々な情報を集めて購買にいたる、日常買わない商品)なので、本来は店ごとに店主の好みというのが反映されているべきだと私は思います。
ところが、先の銀座での展示会でも聞いたように『どこに行っても同じような商品ばかり』というのが実情です。
これは、店主がマーケット・セグメンテーションというものを理解していない、あるいは、品揃えにおいて無策である事が原因です。
私の場合は、デパートの売り場に変わって品揃えをしているわけですから、大手の問屋が出来ない、私ならではの商品構成を考え、商品づくりもします。
それは大手に囲まれて生き抜くための常套手段ですが、もしそれをやらないとすれば、大手と同じ品物をディスカウントして売る以外生きる道はなくなります。
そういう道もあるにはあるのですが、私は選択しませんでした。
いま、どんどんデフレになっていっているのも、和装をはじめとするすべての市場の品揃えに特徴が無くなっている事が大きな原因ではないでしょうか。
つまり、生産が大手によって寡占的に牛耳られていて、流通もこれまた、大手の寡占状態にある。
そうなると、商品はコモディティ化するのです。
コモディティというのは、お米や豆のように差別化されない、簡単に言えば相場で動く商品です。
こういう商品は一つ一つ吟味されることなく、丼一杯いくら、1トンいくらで取引される。着物なら一山なんぼ、という世界です。
現実にそうなりつつあるんですよ。
ちょっと前に、ある商品が10点で5000円という話を聞きました。
私は、パジャマ代わりに病人用のガーゼの寝間着を愛用していますが、他の着物も同じような事になりつつあるわけです。
だいぶ話はそれましたが(^_^;)、そもそも、着物というのは嗜好品なのですから、お客様はもちろん、扱う方も、造る人も自分の好みを最前面に打ち出すべきだと思いますし、その事が自動的に市場細分化、ターゲットマーケティングに繋がると思うのです。
もちろん、中にはセンスの悪い人もいるでしょうが、誰にも認められないセンスしか持って居ない人がこの仕事に携わっていること自体が無理なわけですし、
転廃業を考えられた方が業界のためだと思います。
私は、私が好きだ、美しいと思う着物は、他の誰かも同じように思うはずだという信念を持っていますし、制作をお願いするときも、買い付けをするときも、そういう気持ちでやっています。
『お客様の顔を具体に的に思い浮かべて』仕入れする、という話をよく聞きますが、『じゃ、外れたらどうするの?』と私は率直に思います。
私の選んだ、あるいは指図した着物を買ってくださる方が私と同じ美意識や価値観を持って居るとするならば、つねに誰かが買ってくださるはずです。
ですから、私とお付き合いある作家さんは耳にたこ焼きが出来るくらい言われているのが『自分の好きな物をつくりなさい』という言葉です。
『あなたが良いと思って造る着物は必ず誰かが好きと思ってくれるはずです。それともあなたはそんなに自分のセンスに自信がないのですか?無いなら今すぐやめてしまいなさい』いつもこんな事を言って作家さんを脅しています(^_^;)
もちろん、売れ筋の傾向や、コーディネート、着用機会(お茶席など)の観点からのアドバイスはします。
しかし、織るとなれば、少なくとも1ヶ月はその作品と作家は向かい合うのです。
嫌いなヤツとそんな長い間向かい合えますか?
良い作品ほど、早く上がってくる物です。
言葉は悪いですが、『これがワテの作品や。どや!!』と言うくらいの気合いを作品に載せて欲しいのです。
着物市場は高度に成熟化し、飽和しています。
そんなマーケットに規格品をどんどん売りつけようとすることは理に適っていない。
自分の好きな物が具体的にイメージできないとしたら、美術館や画集で絵を見て、好きな絵を探す。その色の構成を真似てみるというのもいいでしょう。
私はやっぱり絵画も、カラフルで力強い作品が好きです。
あなたの目指す市場はあなたの中にこそあるのです。
2011年07月05日
もずやと学ぶ染織マーケティング <ティーブレーク>
テキストを持ってくるのを忘れたので、お休みにしようかと思っていましたが、今回はちょっとマーケティングがらみで
別の話を。
マーケティングではプッシュ戦略とプル戦略の二つがあります。
プル戦略というのは広告・宣伝・パブリシティなどを使って消費者の購買を促進する方法ですが、プッシュ戦略というのはまさに
『売り込む』戦略です。マンパワーで売る、ということです。
和装業界は強引な販売で問題になっていますが、私としては正直言って、そんな強引にやってよく売れるもんだ、と思っています。
強引にやればやるほど、お客様は逃げるか引くかしてしまわれるからです。
問題になった業者の販売手法を聞いたこともありますが、『えーそんなんで売れるの?』という感じです。
断り切れない優しいお客様が被害に遭われるのでしょうが、私とは販売の手法が全く違うので、理解する事もできません。
作り手のみなさんに、市場に出てこい、自分で売る事を学びなさい、と何度も言っていますが、それが出来ないのは、
やったことがない、やり方が解らない、自信がない、経費がかかる、というような理由からでしょう。
販売手法を学ぶには『ロールプレイング』という訓練方法があります。
たとえば、久米島紬なら、久米島紬を売るときのセールストークの流れを実践して学ぶのです。
これは、もずやの企業秘密なので詳しくはここでは書けませんが(^_^;)、大まかな流れはこうです。
金屏風・・・・・・商品の歴史的・文化的背景など、権威付けをするための話をする。
想定問答集・・・・消費者の質問を予想して、それに対しての適切な応答を出来る限り綿密に用意する。
クロージング・・・消費者の心理を読み取りながら、さりげなく(ここが難しい!)商談をまとめる。
展示会において、久米島紬が欲しいとか、琉球絣が欲しい、という明確な目的をもって来られるお客様はまれです。
沖縄の染織の中で、いいのがあったら買おうかな、買うなら帯がいいな、とか変わったのがあれば考えようかな、くらいです。
そこが、フォーマルの品物との大きな違いです。
礼装用の着物は、結婚式に着ようとか、叙勲のために着る着物をとか、成人式の振袖だとか、明確な着用シーンがある場合が多い。
しかし、カジュアルものはそうではない。趣味の物ですから、『もしいいのがあったら』であり、『買うつもりはなかったのだけれど』
という感じなのです。
まず、金屏風を広げてお客様に興味をもってご覧いただくための情報を提示する。
見てもらわないと、何も始まりません。
そして色々、見てもらって、気に入った作品を見つけてもらう。
この段階に入らないとお客様との真剣なやりとりは始まりません。
気に入った作品があって初めて、お客様は必要な質問を投げかけて来られます。
それに対して適切に、正確に、自信をもって答えられなければ、成約には結びつかない。
作品に対してだけでなく、着物全般に対しての質問も受け答えせねばなりません。
また、コーディネートやTPOなども必ず聞かれます。
ありとあらゆる知識を詰め込んでおかないといけないし、そうしないとご満足はいただけません。
そして、あとは空気を読む。
ここは、そのセールスのセンスです。センスというのは天分=才能ということです。
お客様が作品を気に入っていらっしゃらないのに、ゴリゴリ押す販売員はセンスがないからそうなるのですが、
バブル期ならいざしらず、いまは気に入らない作品を買われるお客様はいらっしゃらないと思います。
クロージングというのは、そういう空気を絶妙に読み取って、和やかに商談を終了させる一連の流れなのですが、
こればっかりは、教えられないというか、体得することと、それこそセンスの問題なのです。
細かい販売の技術というのをここで書いて誤解を受けても困りますので(^_^;)、このくらいにしておきますが、
若い作り手さんなら、すぐに体得できる人もいると思うのです。
すぐれた販売技法というのは、なにもだまくらかして売るためのものではなくて、必要な情報を十分にお客様にお伝えして、
ご満足いただいた上で、購入していただくために必要不可欠なことなのです。
見せ方や語り方、話の進め方、などなど、販売というのは非常に奥が深いのです。
もちろん、生まれながらにして天分に恵まれた人もいます。
私は天才と呼ぶにふさわしい販売員を何人か知っています。
でも、そんな特別な才能を持っていなくても、お客様にご満足いただいて買っていただける販売員にはなれるのです。
作り手を支援する活動の一環として、ご希望があれば、私が先代から伝授されたノウハウをお教えしてもいいと思っています。
どうやって売るかを考えれば、そこから、どう説明したら消費者の心をつかめるのかが浮かび上がってくると思います。
そうすればおのずと、どういう作品をめざせば良いのかが解るはずです。
まずは、『商』という行為に興味を持つことです。
身近にある品物を見たときに、自分ならどうやって説明して売るか、考えてみるのです。
お友達がいれば、販売員と客になって、練習してみる。
それを、体系化、標準化したものがロールプレイングです。
ぜひ、実践してみてください。
別の話を。
マーケティングではプッシュ戦略とプル戦略の二つがあります。
プル戦略というのは広告・宣伝・パブリシティなどを使って消費者の購買を促進する方法ですが、プッシュ戦略というのはまさに
『売り込む』戦略です。マンパワーで売る、ということです。
和装業界は強引な販売で問題になっていますが、私としては正直言って、そんな強引にやってよく売れるもんだ、と思っています。
強引にやればやるほど、お客様は逃げるか引くかしてしまわれるからです。
問題になった業者の販売手法を聞いたこともありますが、『えーそんなんで売れるの?』という感じです。
断り切れない優しいお客様が被害に遭われるのでしょうが、私とは販売の手法が全く違うので、理解する事もできません。
作り手のみなさんに、市場に出てこい、自分で売る事を学びなさい、と何度も言っていますが、それが出来ないのは、
やったことがない、やり方が解らない、自信がない、経費がかかる、というような理由からでしょう。
販売手法を学ぶには『ロールプレイング』という訓練方法があります。
たとえば、久米島紬なら、久米島紬を売るときのセールストークの流れを実践して学ぶのです。
これは、もずやの企業秘密なので詳しくはここでは書けませんが(^_^;)、大まかな流れはこうです。
金屏風・・・・・・商品の歴史的・文化的背景など、権威付けをするための話をする。
想定問答集・・・・消費者の質問を予想して、それに対しての適切な応答を出来る限り綿密に用意する。
クロージング・・・消費者の心理を読み取りながら、さりげなく(ここが難しい!)商談をまとめる。
展示会において、久米島紬が欲しいとか、琉球絣が欲しい、という明確な目的をもって来られるお客様はまれです。
沖縄の染織の中で、いいのがあったら買おうかな、買うなら帯がいいな、とか変わったのがあれば考えようかな、くらいです。
そこが、フォーマルの品物との大きな違いです。
礼装用の着物は、結婚式に着ようとか、叙勲のために着る着物をとか、成人式の振袖だとか、明確な着用シーンがある場合が多い。
しかし、カジュアルものはそうではない。趣味の物ですから、『もしいいのがあったら』であり、『買うつもりはなかったのだけれど』
という感じなのです。
まず、金屏風を広げてお客様に興味をもってご覧いただくための情報を提示する。
見てもらわないと、何も始まりません。
そして色々、見てもらって、気に入った作品を見つけてもらう。
この段階に入らないとお客様との真剣なやりとりは始まりません。
気に入った作品があって初めて、お客様は必要な質問を投げかけて来られます。
それに対して適切に、正確に、自信をもって答えられなければ、成約には結びつかない。
作品に対してだけでなく、着物全般に対しての質問も受け答えせねばなりません。
また、コーディネートやTPOなども必ず聞かれます。
ありとあらゆる知識を詰め込んでおかないといけないし、そうしないとご満足はいただけません。
そして、あとは空気を読む。
ここは、そのセールスのセンスです。センスというのは天分=才能ということです。
お客様が作品を気に入っていらっしゃらないのに、ゴリゴリ押す販売員はセンスがないからそうなるのですが、
バブル期ならいざしらず、いまは気に入らない作品を買われるお客様はいらっしゃらないと思います。
クロージングというのは、そういう空気を絶妙に読み取って、和やかに商談を終了させる一連の流れなのですが、
こればっかりは、教えられないというか、体得することと、それこそセンスの問題なのです。
細かい販売の技術というのをここで書いて誤解を受けても困りますので(^_^;)、このくらいにしておきますが、
若い作り手さんなら、すぐに体得できる人もいると思うのです。
すぐれた販売技法というのは、なにもだまくらかして売るためのものではなくて、必要な情報を十分にお客様にお伝えして、
ご満足いただいた上で、購入していただくために必要不可欠なことなのです。
見せ方や語り方、話の進め方、などなど、販売というのは非常に奥が深いのです。
もちろん、生まれながらにして天分に恵まれた人もいます。
私は天才と呼ぶにふさわしい販売員を何人か知っています。
でも、そんな特別な才能を持っていなくても、お客様にご満足いただいて買っていただける販売員にはなれるのです。
作り手を支援する活動の一環として、ご希望があれば、私が先代から伝授されたノウハウをお教えしてもいいと思っています。
どうやって売るかを考えれば、そこから、どう説明したら消費者の心をつかめるのかが浮かび上がってくると思います。
そうすればおのずと、どういう作品をめざせば良いのかが解るはずです。
まずは、『商』という行為に興味を持つことです。
身近にある品物を見たときに、自分ならどうやって説明して売るか、考えてみるのです。
お友達がいれば、販売員と客になって、練習してみる。
それを、体系化、標準化したものがロールプレイングです。
ぜひ、実践してみてください。
2011年06月28日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第22回目>
7−3 市場細分化?多様性への対応
ここは、じっくりやりましょうね。
市場細分化というのは文字通りマーケットを属性ごとに切り分けて、誰に狙いを定めるかをはっきりさせることです。
思い違いしてはいけないのは、これは、最大市場を対象とするのではない、ということです。
つまり、ここを狙えば最大のマーケットシェアが獲得できる、という話ではないのです。
実例をあげて考えていきましょう。
わかりやすく、今回は特別にもずやの戦略を見てみましょう。
紬市場。
日本全体を見ると、紬のマーケットというのは、大島・結城を筆頭に、素朴さ、手織りの質感というところから、地味、粋という所にイメージが行っています。
大島や結城のデザインを思い起こしてみてください。
色も柄もあっさりとしていて、淡彩な味わいがあります。
ほんの一部の商品を別にして多彩さや華やかさとうものは無い。
しかし、地味や粋を解さない、それを『貧乏くさい』『ババくさい』と感じる人も少なからず存在する。
そういう人たちの需要を紬市場は無視し続けてきたのです。
なぜ、そんなことになったのか、というと、西日本の多くが友禅市場で、関東に織物市場が大きく開けていたからです。
ですから、西日本では圧倒的に染めが強かった。それと比例してフォーマルの着物を着る場面も多かった。
東京を中心とした関東圏では、冠婚葬祭がかなり前から簡略化されていたこともあり、着物というと、普段にも着るいわゆる着物好きという人が多かった。
自然にしておくと、マーケットの大きさに合わせて、紬は地味に、染めは派手になっていくのです。
しかし、日本で唯一華やかな紬を織る産地があった。あったというより帰ってきた。それが沖縄です。
他産地の紬が地味で似たり寄ったりなのに対し、沖縄の織物だけが華やかで強い独自性を保っていた。
マーケットを地味・派手、織り・染めで区分けしてみると下記の様になります。
染め好き 織り好き
派手好き ☆沖縄☆
地味好き
ここの、織り好きで派手好きのセグメント(細分化された市場)がガラ空きだったのです。
他のセグメントは強敵が一杯です。言っちゃ悪いですが、沖縄の技術で勝てる道理はありません。技術で勝てなきゃ感性で勝てばいいのですが、400年以上もわびさびに接しているヤマトンチュウにウチナンチュが対抗するのは至難の業です。
大きな市場に割り込むと大きな市場が得られると想ってしまいがちですが、一時的には押しのけられても、必ずまた揺り戻しがくるものなのです。
地味に造った沖縄物が一時的には市場でブームを造っても、結局は、もとの自分たちの慣れ親しんだ物に戻るはずだ、私はそう読んでいました。
しかし、沖縄の人に近い美意識を持った人や、華やかな着物、それも織りの着物が大好きだとかいう人にとっては、全くと行っていいほど、品物が無かったのです。せいぜい色大島くらいでしょうか。
教科書にも書かれているように、人間の価値観といのは決して一つでくくれるものではなく、人それぞれバラバラです。
沖縄の生産体制を考えたら、その供給を裁くのにそう大きなマーケットは必要ないし、長い目で見れば市場の拡大をはかるよりも、沖縄の一番の特長であり魅力である物を発揮させるのが最善だ、と私は考えたわけです。
なにも、沖縄の染織の美しさに惚れただけで、みなさんにいろんな提言をしてきたわけではありません。
きちんとしたマーケット・セグメンテーションによる戦略立案があってのことなのです。
ところが、マスマーケットを信じすぎた問屋などの指導で内地寄り、つまり地味な紬を造らせようとした。
沖縄ブームがある間は良かったのです。
沖縄ブームは時とともに去り、大半の消費者は自然の摂理でわびさびにへの方向へ帰って行った。その反面、本来、ターゲットとすべき派手な織物が好きな消費者の期待に添うことも出来なかった。
結果として、沖縄染織はどのマーケットも完全に把握することが出来ずに、ブームを終えてしまった、ということです。
私の仲間が造ってくれた作品は、私の鑑識眼で選ばれた作品たちですから、華やかな織物・しゃれ物が好きな方の満足をある程度は得ているはずです。そのおかげで、長い間に渡ってご愛顧を頂き、もずやファンのお客様は弊社の着物を継続してお作り頂けるのだと想います。
そもそも、趣味の着物というのは、どれだけのファンを得られるかが勝負であって、多くの人になんとなく買ってもらうのでは、決して長続きしないのです。
ファンを造るというのは、デザインであったり、色であったり、着心地であったり、作家さんの人柄であったりが、その誘因となります。
なのに、中森明菜が松田聖子のまねをしてブリッコしてもファンはつかないのです(古!)
私の恩師の村田昭治慶應義塾大学名誉教授は『恋愛もマーケティングだ』とおっしゃいましたが、まさにそういうことです。
恋愛は相手に合わそうとしてもうまくいかない。ましてや、大衆受けする自分を演出しても相手の心をうつことは出来ない。自分らしい自分をいかに相手に理解させるか、そして自分を受け入れてくれる異性がどんな人なのかを的確に選び出す事が、末永くうまくいくかどうかの鍵なのです。
ここは、じっくりやりましょうね。
市場細分化というのは文字通りマーケットを属性ごとに切り分けて、誰に狙いを定めるかをはっきりさせることです。
思い違いしてはいけないのは、これは、最大市場を対象とするのではない、ということです。
つまり、ここを狙えば最大のマーケットシェアが獲得できる、という話ではないのです。
実例をあげて考えていきましょう。
わかりやすく、今回は特別にもずやの戦略を見てみましょう。
紬市場。
日本全体を見ると、紬のマーケットというのは、大島・結城を筆頭に、素朴さ、手織りの質感というところから、地味、粋という所にイメージが行っています。
大島や結城のデザインを思い起こしてみてください。
色も柄もあっさりとしていて、淡彩な味わいがあります。
ほんの一部の商品を別にして多彩さや華やかさとうものは無い。
しかし、地味や粋を解さない、それを『貧乏くさい』『ババくさい』と感じる人も少なからず存在する。
そういう人たちの需要を紬市場は無視し続けてきたのです。
なぜ、そんなことになったのか、というと、西日本の多くが友禅市場で、関東に織物市場が大きく開けていたからです。
ですから、西日本では圧倒的に染めが強かった。それと比例してフォーマルの着物を着る場面も多かった。
東京を中心とした関東圏では、冠婚葬祭がかなり前から簡略化されていたこともあり、着物というと、普段にも着るいわゆる着物好きという人が多かった。
自然にしておくと、マーケットの大きさに合わせて、紬は地味に、染めは派手になっていくのです。
しかし、日本で唯一華やかな紬を織る産地があった。あったというより帰ってきた。それが沖縄です。
他産地の紬が地味で似たり寄ったりなのに対し、沖縄の織物だけが華やかで強い独自性を保っていた。
マーケットを地味・派手、織り・染めで区分けしてみると下記の様になります。
染め好き 織り好き
派手好き ☆沖縄☆
地味好き
ここの、織り好きで派手好きのセグメント(細分化された市場)がガラ空きだったのです。
他のセグメントは強敵が一杯です。言っちゃ悪いですが、沖縄の技術で勝てる道理はありません。技術で勝てなきゃ感性で勝てばいいのですが、400年以上もわびさびに接しているヤマトンチュウにウチナンチュが対抗するのは至難の業です。
大きな市場に割り込むと大きな市場が得られると想ってしまいがちですが、一時的には押しのけられても、必ずまた揺り戻しがくるものなのです。
地味に造った沖縄物が一時的には市場でブームを造っても、結局は、もとの自分たちの慣れ親しんだ物に戻るはずだ、私はそう読んでいました。
しかし、沖縄の人に近い美意識を持った人や、華やかな着物、それも織りの着物が大好きだとかいう人にとっては、全くと行っていいほど、品物が無かったのです。せいぜい色大島くらいでしょうか。
教科書にも書かれているように、人間の価値観といのは決して一つでくくれるものではなく、人それぞれバラバラです。
沖縄の生産体制を考えたら、その供給を裁くのにそう大きなマーケットは必要ないし、長い目で見れば市場の拡大をはかるよりも、沖縄の一番の特長であり魅力である物を発揮させるのが最善だ、と私は考えたわけです。
なにも、沖縄の染織の美しさに惚れただけで、みなさんにいろんな提言をしてきたわけではありません。
きちんとしたマーケット・セグメンテーションによる戦略立案があってのことなのです。
ところが、マスマーケットを信じすぎた問屋などの指導で内地寄り、つまり地味な紬を造らせようとした。
沖縄ブームがある間は良かったのです。
沖縄ブームは時とともに去り、大半の消費者は自然の摂理でわびさびにへの方向へ帰って行った。その反面、本来、ターゲットとすべき派手な織物が好きな消費者の期待に添うことも出来なかった。
結果として、沖縄染織はどのマーケットも完全に把握することが出来ずに、ブームを終えてしまった、ということです。
私の仲間が造ってくれた作品は、私の鑑識眼で選ばれた作品たちですから、華やかな織物・しゃれ物が好きな方の満足をある程度は得ているはずです。そのおかげで、長い間に渡ってご愛顧を頂き、もずやファンのお客様は弊社の着物を継続してお作り頂けるのだと想います。
そもそも、趣味の着物というのは、どれだけのファンを得られるかが勝負であって、多くの人になんとなく買ってもらうのでは、決して長続きしないのです。
ファンを造るというのは、デザインであったり、色であったり、着心地であったり、作家さんの人柄であったりが、その誘因となります。
なのに、中森明菜が松田聖子のまねをしてブリッコしてもファンはつかないのです(古!)
私の恩師の村田昭治慶應義塾大学名誉教授は『恋愛もマーケティングだ』とおっしゃいましたが、まさにそういうことです。
恋愛は相手に合わそうとしてもうまくいかない。ましてや、大衆受けする自分を演出しても相手の心をうつことは出来ない。自分らしい自分をいかに相手に理解させるか、そして自分を受け入れてくれる異性がどんな人なのかを的確に選び出す事が、末永くうまくいくかどうかの鍵なのです。