2011年12月07日
もずやと学ぶ染織マーケティング<40回目> 【最終回】
第14章 ブランドのマネジメント
14−1 ブランドの再発見
14−2 信頼と識別の印
14−3 認知と連想ーブランド想起
14−4 ブランドの活用と育成
さてさて、いよいよ最終回となりました。
さっそく本題に入りましょう。
まず、448頁に載っている表を見てみましょう。
[ブランドの機能]
・保証
・識別
・想起(ブランド再生、ブランド連想) ブランドの効果
・価格プレミアム効果
ブランドの活用 ↓↑ ブランドの育成 ・ロイヤルティー効果
・プロモーション支援
[マーケティング活動] ・流通業者の協力の獲得
・プロモーション ・ブランド拡張
・新製品・サービスの開発 ・ライセンスの供与
・流通網の整備
・価格設定
・事業ドメインの設定 など
ブランドの機能
保証機能=優れた品質や属性の製品・サービスの保証
識別機能=他社との差別化
想起機能=ブランドが買い手に対してある種の知識や感情、イメージなどを想起させる機能
みなさんが、思い浮かぶブランド品、例えば、ルイ・ヴィトンシャネルなどについて、当てはめて考えて見てください。
女性にとっては非常にわかりやすい話であろうと想います。
簡単に言えば、フランス製、イタリア製と聞けば、上等で洒落ていると想うでしょうし、中国製、韓国製、あるいは東南アジア諸国で作られた物は安物、使い捨てというイメージがあるでしょう。
これもブランドの一つです。
和装業界においてのブランドを考えて見ましょう。
最大のブランドは『京都』です。
これは和装だけでなくて、すべての和物に関して最大のブランドです。
三つの機能に当てはめてみると・・・
保証機能=熟練の職人の手作り
識別機能=京都といえば誰でも解りますよね
想起機能=千年の都、古い神社仏閣、歴史・文化の中心
とほとんどの日本人は思うでしょう。
そんなことは無い!というのは私ぐらいです(^^;)
京都にはいろんな作家さんやメーカーさんがありますが、これも全て京都というブランドの下にぶら下がっているサブブランドと言う事も出来ます。
私の故郷、大阪の場合を考えて見ましょう。
大阪と言えば、何を思い出しますか?
よしもと興業?お好み焼き・たこ焼き?最近はぶたまん・串カツという人もいるかも知れませんね。
そういう庶民的、悪く言えば下世話と観られている。
これが大阪への他府県からみたイメージだろうと正直想います。
ブランドイメージというのはその下に来るサブブランドに大きく影響します。
ですから、京都と同じ物やそれ以上の物が大阪で作られているとしても、目の効かない一般の人は京都の方が上等と想ってしまう。
これがブランドの力です。
現実には、大阪にも京都に負けない伝統工芸がありますし、京都の物と想われている物の多くは、大阪で生まれた物です。
日本を代表する料亭・吉兆の本店が京都だと勘違いされているというのも、京都ブランドのなせる技であろうと想います。
京都と並ぶ最大のブランドが銀座ですね。
銀座で売っているものなら、すべて高級品で、レストランやナイトクラブに入ったらいくら取られるか解らない、そんなイメージがあると想います。
多くの和装関係のお店が銀座に本店を置いたり、支店をだすというのも、銀座に店があるという事でイメージを高めたいからでしょう。
私も銀座は大好きで、学生時代もしょっちゅううろついていましたが、現実にはちょっと高めではあるけれど、庶民的な店も少なくない。
でも、整然とした町並み、美しいディスプレイ、店員も美人・・・なんとも言えない高級感がある、日本中の最高級品が集まり、富裕層が集まる、それが銀座のイメージでしょう。
つまり、日本で文化的な物を商う場合、それがどこで生まれたか?という産地イメージというのが非常に大切なのだと想います。
では、沖縄の事を考えて見ましょう。
沖縄のイメージとは・・・
青い海、青い空、美しい珊瑚礁、色とりどりの熱帯魚、温暖な気候、歌、三線、おどり、カチャーシー・・・米軍基地、戦争・・・
では、沖縄染織のイメージは・・・
素朴、派手、おばあ、手作り・・・
たぶん、一般の人はこんなところでしょう。
どうです?
沖縄の人から見て、当たっていますか?十分に理解されていると想いますか?
沖縄ブランドというのも確かにありますが、私は十分その魅力を伝えきっては居ないと想います。
前にも書いた事があると想いますが、本土復帰前後の沖縄染織のイメージは『手作りの物が安い』というものでした。
私の亡父が沖縄に駐在していた頃、もう50年以上前の事ですが、ご年配の方はまだ裸足で生活をされていました。
『裸足の沖縄』こそ、沖縄のイメージだったのです。
そんな、安かろう悪かろうのイメージがはびこる中で、『輝かしき琉球王朝』のイメージを打ち出したのは弊社だけだったのです。
沖縄のイメージはそれから徐々に良くなって、『やすらぎ、いやしの島』に変わってきました。
それはそれで良いのですが、もっと高級感を打ち出せる財産を沖縄は持って居ると想います。
大阪が京都より古い歴史を持ち、多くの文化を生み出してきたといくら私が言っても、理解する人は少ないし、大阪の人も知らない人が多い。
それは、大阪がお笑いやB級グルメのイメージを打ち出しすぎたからでしょう。
これは、大阪の伝統工芸や伝統文化にとっては損失の大きい事でした。
そうなってしまった理由は多々ありますが、一番は、そこに住む人々が自分たちの持って居る『かけがえのない最高の財産』に気づいていなかったせいだろうと想います。
久米島紬でも、米も取れないサトウキビしかならない荒れ地で、人頭税に苦しめられて無理矢理織らされたと言うより、日本で最初に紬織がされたところで、そのデザインは首里王府のデザインルームから御絵図帳によって指示され、洗練されたものであり、豊かな自然を背景にした植物染料はその価値を一層高めている、と言った方が格段に値打ちがあがるのです。
首里王朝というのは、諸説ありますが、文化振興に非常に寄与したと言えるはずで、そのイメージを高めて利用しない手は無いわけです。
首里城を復元しただけでは、全く十分ではなく、その意味で、TV放映されたテンペストの内容は非常に残念なものでした。
すなわち!!
沖縄染織を語る上で、沖縄の歴史や他の文化に対する知識は、絶対必要な物で、それを繰り返し唱え、マスコミでも訴え続け、イベントやあらゆる場面で、表現することが、沖縄ブランドが向上するために絶対的に必要な事なのです。
私が、民藝論に対して批判的であるのも、沖縄の染織は名もない無学な工人がつくったものでも、農閑期に現金収入をアテにして土間でおったものでも何でもない。
本土でかつて貴族の子女達がたしなみとして織物をした歴史となぞらえて捉えるのが沖縄染織の正当な評価でしょう。
皇后陛下が小石丸を育てて織られるのもその名残です。
沖縄の染織は王朝文化の中にあり、その王朝文化がいかに素晴らしい、他に比類を見ない独自生を持って居たか、それを、まず、自分たちが知る。
陶器やガラス器と一緒にされたのでは、正当な評価を得ることは出来ません。
物産と文化的工芸品は違うのです。
みなさんも、まずは、自分たちの愛する故郷の事を学び、その魅力を伝えることからはじめてはいかがでしょう。
それが、きっと、あらたな『沖縄ブランド』の評価に繋がると想います。
そして、そのブランドという財産は、沖縄経済はもとより、子々孫々を豊かにする泉となるのです。
これにて、『もずやと学ぶ染織マーケティング』は千秋楽です。
いたらないところ、独断と偏見が行き過ぎた所も多々あったと想います。
こんな拙いブログの中の話でも、みなさんの制作を方向付けるお役に立てばと始めました。
中には『そんな事書いてもみんなわからないだろう』と言う声もありましたが、
書き続けるうちに、徐々に読者も増えたようですし、やってよかったな、と今は想っています。
最後に言いたいことは、マーケティングの技法というのはあくまでも一つの手法であり手段です。
一番大切な事は、みなさんが、自分らしい物を作りたい、良い物を作って消費者に末永く愛用して欲しい、
という願いであり、志です。しかし、人間というものは時に迷うときもあります。
何を作って良いのか、自分のやっていることは間違っていないのだろうか、誰しもそう思うときがある。
特に、今のような消費不況の時はそうだろうと想います。
私も同じです。商人として迷いながら、前に進んでいるのです。
そんなとき、助けになるのが客観的な分析材料であり、分析手法です。
分析することで、頭を整理する。そうすれば、きっとまた自分のやっていることに自信が持てるでしょうし、
新たなヒントが掴めるかも知れません。
また逆に、ブームに煽られているとき、自分の立ち位置を忘れない為にも、マーケティングは役立つと想います。
マーケティングというのは、基本的にはart(技術)です。
しかし、その根底には『発想法』『思考法』というものがあるのですね。
それはどういうものか。
現状認識→問題点の抽出→解決法導出→先を見渡した展望の構築
つまり、マーケティングとは『問題解決志向』の学問なのです。
ですから、染織だけでなく、みなさんの生活すべてにおいて、マーケティング発想法は役立つはずです。
沖縄流の『ま、いっか』も良いですが(^^;)、自分ひとりで考えるのが大変ならば、みんなで力を合わせて、ワイワイ
議論してみましょう。お茶を飲みお菓子を食べながらでも良いし、お酒を飲みながらでもいい。
どういう状態でもいいから、常に前向きに、壁を乗り越え、ぶち破る方向で考えて欲しいのです。
みなさんのパワーなら必ずできます。
そして、みなさんの後ろには、営々と積み重ねられた先人の徳があるのだと言う事も忘れないでください。
次は『商道 風姿花伝』のお話しをします。
マーケティングからさらに進んで、商売とは、あきないとは、と言うことを能楽の大成者、世阿弥の著書を元にしながら考えて行きたいと想います。ご期待ください。
「千秋楽は民を撫で、
万歳楽には命を延ぶ。
相生の松風、
颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」
14−1 ブランドの再発見
14−2 信頼と識別の印
14−3 認知と連想ーブランド想起
14−4 ブランドの活用と育成
さてさて、いよいよ最終回となりました。
さっそく本題に入りましょう。
まず、448頁に載っている表を見てみましょう。
[ブランドの機能]
・保証
・識別
・想起(ブランド再生、ブランド連想) ブランドの効果
・価格プレミアム効果
ブランドの活用 ↓↑ ブランドの育成 ・ロイヤルティー効果
・プロモーション支援
[マーケティング活動] ・流通業者の協力の獲得
・プロモーション ・ブランド拡張
・新製品・サービスの開発 ・ライセンスの供与
・流通網の整備
・価格設定
・事業ドメインの設定 など
ブランドの機能
保証機能=優れた品質や属性の製品・サービスの保証
識別機能=他社との差別化
想起機能=ブランドが買い手に対してある種の知識や感情、イメージなどを想起させる機能
みなさんが、思い浮かぶブランド品、例えば、ルイ・ヴィトンシャネルなどについて、当てはめて考えて見てください。
女性にとっては非常にわかりやすい話であろうと想います。
簡単に言えば、フランス製、イタリア製と聞けば、上等で洒落ていると想うでしょうし、中国製、韓国製、あるいは東南アジア諸国で作られた物は安物、使い捨てというイメージがあるでしょう。
これもブランドの一つです。
和装業界においてのブランドを考えて見ましょう。
最大のブランドは『京都』です。
これは和装だけでなくて、すべての和物に関して最大のブランドです。
三つの機能に当てはめてみると・・・
保証機能=熟練の職人の手作り
識別機能=京都といえば誰でも解りますよね
想起機能=千年の都、古い神社仏閣、歴史・文化の中心
とほとんどの日本人は思うでしょう。
そんなことは無い!というのは私ぐらいです(^^;)
京都にはいろんな作家さんやメーカーさんがありますが、これも全て京都というブランドの下にぶら下がっているサブブランドと言う事も出来ます。
私の故郷、大阪の場合を考えて見ましょう。
大阪と言えば、何を思い出しますか?
よしもと興業?お好み焼き・たこ焼き?最近はぶたまん・串カツという人もいるかも知れませんね。
そういう庶民的、悪く言えば下世話と観られている。
これが大阪への他府県からみたイメージだろうと正直想います。
ブランドイメージというのはその下に来るサブブランドに大きく影響します。
ですから、京都と同じ物やそれ以上の物が大阪で作られているとしても、目の効かない一般の人は京都の方が上等と想ってしまう。
これがブランドの力です。
現実には、大阪にも京都に負けない伝統工芸がありますし、京都の物と想われている物の多くは、大阪で生まれた物です。
日本を代表する料亭・吉兆の本店が京都だと勘違いされているというのも、京都ブランドのなせる技であろうと想います。
京都と並ぶ最大のブランドが銀座ですね。
銀座で売っているものなら、すべて高級品で、レストランやナイトクラブに入ったらいくら取られるか解らない、そんなイメージがあると想います。
多くの和装関係のお店が銀座に本店を置いたり、支店をだすというのも、銀座に店があるという事でイメージを高めたいからでしょう。
私も銀座は大好きで、学生時代もしょっちゅううろついていましたが、現実にはちょっと高めではあるけれど、庶民的な店も少なくない。
でも、整然とした町並み、美しいディスプレイ、店員も美人・・・なんとも言えない高級感がある、日本中の最高級品が集まり、富裕層が集まる、それが銀座のイメージでしょう。
つまり、日本で文化的な物を商う場合、それがどこで生まれたか?という産地イメージというのが非常に大切なのだと想います。
では、沖縄の事を考えて見ましょう。
沖縄のイメージとは・・・
青い海、青い空、美しい珊瑚礁、色とりどりの熱帯魚、温暖な気候、歌、三線、おどり、カチャーシー・・・米軍基地、戦争・・・
では、沖縄染織のイメージは・・・
素朴、派手、おばあ、手作り・・・
たぶん、一般の人はこんなところでしょう。
どうです?
沖縄の人から見て、当たっていますか?十分に理解されていると想いますか?
沖縄ブランドというのも確かにありますが、私は十分その魅力を伝えきっては居ないと想います。
前にも書いた事があると想いますが、本土復帰前後の沖縄染織のイメージは『手作りの物が安い』というものでした。
私の亡父が沖縄に駐在していた頃、もう50年以上前の事ですが、ご年配の方はまだ裸足で生活をされていました。
『裸足の沖縄』こそ、沖縄のイメージだったのです。
そんな、安かろう悪かろうのイメージがはびこる中で、『輝かしき琉球王朝』のイメージを打ち出したのは弊社だけだったのです。
沖縄のイメージはそれから徐々に良くなって、『やすらぎ、いやしの島』に変わってきました。
それはそれで良いのですが、もっと高級感を打ち出せる財産を沖縄は持って居ると想います。
大阪が京都より古い歴史を持ち、多くの文化を生み出してきたといくら私が言っても、理解する人は少ないし、大阪の人も知らない人が多い。
それは、大阪がお笑いやB級グルメのイメージを打ち出しすぎたからでしょう。
これは、大阪の伝統工芸や伝統文化にとっては損失の大きい事でした。
そうなってしまった理由は多々ありますが、一番は、そこに住む人々が自分たちの持って居る『かけがえのない最高の財産』に気づいていなかったせいだろうと想います。
久米島紬でも、米も取れないサトウキビしかならない荒れ地で、人頭税に苦しめられて無理矢理織らされたと言うより、日本で最初に紬織がされたところで、そのデザインは首里王府のデザインルームから御絵図帳によって指示され、洗練されたものであり、豊かな自然を背景にした植物染料はその価値を一層高めている、と言った方が格段に値打ちがあがるのです。
首里王朝というのは、諸説ありますが、文化振興に非常に寄与したと言えるはずで、そのイメージを高めて利用しない手は無いわけです。
首里城を復元しただけでは、全く十分ではなく、その意味で、TV放映されたテンペストの内容は非常に残念なものでした。
すなわち!!
沖縄染織を語る上で、沖縄の歴史や他の文化に対する知識は、絶対必要な物で、それを繰り返し唱え、マスコミでも訴え続け、イベントやあらゆる場面で、表現することが、沖縄ブランドが向上するために絶対的に必要な事なのです。
私が、民藝論に対して批判的であるのも、沖縄の染織は名もない無学な工人がつくったものでも、農閑期に現金収入をアテにして土間でおったものでも何でもない。
本土でかつて貴族の子女達がたしなみとして織物をした歴史となぞらえて捉えるのが沖縄染織の正当な評価でしょう。
皇后陛下が小石丸を育てて織られるのもその名残です。
沖縄の染織は王朝文化の中にあり、その王朝文化がいかに素晴らしい、他に比類を見ない独自生を持って居たか、それを、まず、自分たちが知る。
陶器やガラス器と一緒にされたのでは、正当な評価を得ることは出来ません。
物産と文化的工芸品は違うのです。
みなさんも、まずは、自分たちの愛する故郷の事を学び、その魅力を伝えることからはじめてはいかがでしょう。
それが、きっと、あらたな『沖縄ブランド』の評価に繋がると想います。
そして、そのブランドという財産は、沖縄経済はもとより、子々孫々を豊かにする泉となるのです。
これにて、『もずやと学ぶ染織マーケティング』は千秋楽です。
いたらないところ、独断と偏見が行き過ぎた所も多々あったと想います。
こんな拙いブログの中の話でも、みなさんの制作を方向付けるお役に立てばと始めました。
中には『そんな事書いてもみんなわからないだろう』と言う声もありましたが、
書き続けるうちに、徐々に読者も増えたようですし、やってよかったな、と今は想っています。
最後に言いたいことは、マーケティングの技法というのはあくまでも一つの手法であり手段です。
一番大切な事は、みなさんが、自分らしい物を作りたい、良い物を作って消費者に末永く愛用して欲しい、
という願いであり、志です。しかし、人間というものは時に迷うときもあります。
何を作って良いのか、自分のやっていることは間違っていないのだろうか、誰しもそう思うときがある。
特に、今のような消費不況の時はそうだろうと想います。
私も同じです。商人として迷いながら、前に進んでいるのです。
そんなとき、助けになるのが客観的な分析材料であり、分析手法です。
分析することで、頭を整理する。そうすれば、きっとまた自分のやっていることに自信が持てるでしょうし、
新たなヒントが掴めるかも知れません。
また逆に、ブームに煽られているとき、自分の立ち位置を忘れない為にも、マーケティングは役立つと想います。
マーケティングというのは、基本的にはart(技術)です。
しかし、その根底には『発想法』『思考法』というものがあるのですね。
それはどういうものか。
現状認識→問題点の抽出→解決法導出→先を見渡した展望の構築
つまり、マーケティングとは『問題解決志向』の学問なのです。
ですから、染織だけでなく、みなさんの生活すべてにおいて、マーケティング発想法は役立つはずです。
沖縄流の『ま、いっか』も良いですが(^^;)、自分ひとりで考えるのが大変ならば、みんなで力を合わせて、ワイワイ
議論してみましょう。お茶を飲みお菓子を食べながらでも良いし、お酒を飲みながらでもいい。
どういう状態でもいいから、常に前向きに、壁を乗り越え、ぶち破る方向で考えて欲しいのです。
みなさんのパワーなら必ずできます。
そして、みなさんの後ろには、営々と積み重ねられた先人の徳があるのだと言う事も忘れないでください。
次は『商道 風姿花伝』のお話しをします。
マーケティングからさらに進んで、商売とは、あきないとは、と言うことを能楽の大成者、世阿弥の著書を元にしながら考えて行きたいと想います。ご期待ください。
「千秋楽は民を撫で、
万歳楽には命を延ぶ。
相生の松風、
颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」
Posted by 渡辺幻門 at 13:10│Comments(1)
│染織マーケティング
この記事へのコメント
長い間お疲れさまでした。テキストを染織業界へ置き換えての毎回のレポートは大変有意義かつ楽しめました。
ありがとうございました。
大阪は毎朝の連ドラカーネーションで大阪の女性の「おしゃれ魂」が新鮮です。
染織は大きな岐路に立っていると思いますが、手績みの苧麻は何としても守りたい、もっと広く知って欲しいという気持ちを原動力にして進みたいと思います。
手績みの草木の布は衣類のルーツだと、その布の力強さは布の原点であり、技法は忘れてはいけない宝だと考えます。
Posted by i−jah at 2011年12月07日 15:54
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