2012年02月27日
『商道 風姿花伝』第9話
【風姿花伝第二 物学(ものまね)条々】
物まねとは、能の演技の事で、ある人物に扮してその役を演じることを言う、と書いてあります。
その演技をどれだけ写実的に表現するか、と言うことについて書かれています。
天皇やお公家さんのマネはなかなか難しい。賤しい民の物まねは余りに写実的にすると興ざめだ、などと書いてあります。
商売の上で、写実=どのくらいそのままあからさまに真実を伝えるか、を考えて見ましょう。
これは、非常に難しい問題です。
商売人は、商品の欠点をできるだけ隠したい。これは人情であり、真実です。
良い所だけをアピールして、成果に結びつけたいとは誰でもがそう思うのです。
天然の藍が色落ちするとか、芭蕉布がシワになるとか、出来ることなら言いたくないわけです。
正直に言った商売人が売れなくて、言わなかった、あるいはウソをついた商売人が売れるということになってしまいます。
これは情報の非対称性から来る物で、悪貨が良貨を駆逐するということになってしまうわけですね。
多くの商人は『触れない』事で、なんとかごまかすというか、逃れるのだろうと想います。
でも、最終的には、必ず結果として、その隠したことは明るみに出るわけです。
そして、『そんなの常識ですよ。言うまでも無いことです』と言うのが常套手段です。
品物に対する情報をどの程度、詳しく、そのままに伝えるか、それはまさしく『究極の選択』なんですね。
白い帯が汚れるか?汚れるならガード加工したら汚れにくくなります。しかし、その分、風合いは損なわれます。
芭蕉布はシワになる。では、シワにならない芭蕉布があるのかといえば、無い。
苧麻で織られた上布類でもシワになります。
天然繊維、天然染料、手仕事、それぞれ、良い点の裏腹に欠点もあるのです。
それは化学や機械を使った物でも同じです。
どんなものでも完璧な物はなくて、良否は裏腹なのです。
では、短所から眼をそらして、無視して、お客様に伝えないのが正しい態度かと言えば、それは違いますよね。
ウソは論外だとしても、どれだけの情報をお伝えするか、というのが非常に難しいのです。
お客様とお話する時間というのは限られています。
品質や性能という部分についてお話しする時間といえば、さらにもっと少なくなります。
基本的にはやはり、普通に着用するのに問題がある品物は扱わない、というのが基本だろうと想います。
2、3年着れば、膝やおしりが出るような物や、スリップするもの、退色するものはやらないに越したことはないと私は思います。
色落ちやシワに関しては、それを超越した便益を提供できる物は、きちんと説明して解って頂けるお客様だけにお勧めするというのが正しい態度ではないでしょうか。
また、この品質に関しては若干の個体差があります。
全品検査はできないにしても、品物がダメになるのを覚悟で抜き取り検査はしなくてはならないだろうと想います。
始めて扱う品物に関しては、自分や従業員に着せて、テストしてみるべきだと想います。
太鼓ー腹、つまり、お腹とお太鼓の部分だけに文様のある帯は、お客様のサイズによって合う合わないがあります。
ですから、基本的に私は、こういう帯を発注しませんし、買い取りしません。
うちの名古屋帯は全部六通です。そうしておけば、安心だからです。
一番難しいのは『似合うか似合わないか』です。
これは、主観的なものですし、お客様の好みや想いもあるので、いかんともしがたいのです。
お客様が気に入ってらっしゃる着物を『似合わないからやめておきなさい』とは言えないものです。
私だって、着物姿の女性を見て、『もっとこんな色を着たらこの人は映えるのにな』と想うことは多々あります。
結論から言って、そんな事は余計なお世話なんだと想います。
お客様が着たいと想う色があれば、それが似合うように小物や帯などで調整するアドバイスをするべきです。
髪型やお化粧によってもずいぶん違います。また、表情によって、周りの環境によっても、見え方は違います。
ただ、お客様が迷われているときに、どちらの作品が適しているかはきっちりとご提案できる見識はもっていなければなりません。
それは、似合う似合わないだけでなくて、ご用途や、季節、社会的地位などです。
最近の呉服屋さんは、トリッキーな提案をされる所も多い様に見受けられますが、基本的には、はやりすたれのない、上品な品物、コーディネートを提案するのが良いのだろうと想います。
セオリーというか、基本を大切にした方が、応用がきくからです。
コーディネートもしやすいし、着用範囲も広くなります。
今回の話は、本当に、非常に簡単そうに見えて難しい問題なのです。
結論としては、自分がその品物の長所・短所をしっかりと把握しておく。
そして、長所と短所が二律背反である場合には、短所を伝え、それを受け入れても長所を楽しみたいという方にお勧めする事だろうと想います。
最終的には、『覚悟を決めて、信念を持っておすすめする』という事になるのではないでしょうか。
物まねとは、能の演技の事で、ある人物に扮してその役を演じることを言う、と書いてあります。
その演技をどれだけ写実的に表現するか、と言うことについて書かれています。
天皇やお公家さんのマネはなかなか難しい。賤しい民の物まねは余りに写実的にすると興ざめだ、などと書いてあります。
商売の上で、写実=どのくらいそのままあからさまに真実を伝えるか、を考えて見ましょう。
これは、非常に難しい問題です。
商売人は、商品の欠点をできるだけ隠したい。これは人情であり、真実です。
良い所だけをアピールして、成果に結びつけたいとは誰でもがそう思うのです。
天然の藍が色落ちするとか、芭蕉布がシワになるとか、出来ることなら言いたくないわけです。
正直に言った商売人が売れなくて、言わなかった、あるいはウソをついた商売人が売れるということになってしまいます。
これは情報の非対称性から来る物で、悪貨が良貨を駆逐するということになってしまうわけですね。
多くの商人は『触れない』事で、なんとかごまかすというか、逃れるのだろうと想います。
でも、最終的には、必ず結果として、その隠したことは明るみに出るわけです。
そして、『そんなの常識ですよ。言うまでも無いことです』と言うのが常套手段です。
品物に対する情報をどの程度、詳しく、そのままに伝えるか、それはまさしく『究極の選択』なんですね。
白い帯が汚れるか?汚れるならガード加工したら汚れにくくなります。しかし、その分、風合いは損なわれます。
芭蕉布はシワになる。では、シワにならない芭蕉布があるのかといえば、無い。
苧麻で織られた上布類でもシワになります。
天然繊維、天然染料、手仕事、それぞれ、良い点の裏腹に欠点もあるのです。
それは化学や機械を使った物でも同じです。
どんなものでも完璧な物はなくて、良否は裏腹なのです。
では、短所から眼をそらして、無視して、お客様に伝えないのが正しい態度かと言えば、それは違いますよね。
ウソは論外だとしても、どれだけの情報をお伝えするか、というのが非常に難しいのです。
お客様とお話する時間というのは限られています。
品質や性能という部分についてお話しする時間といえば、さらにもっと少なくなります。
基本的にはやはり、普通に着用するのに問題がある品物は扱わない、というのが基本だろうと想います。
2、3年着れば、膝やおしりが出るような物や、スリップするもの、退色するものはやらないに越したことはないと私は思います。
色落ちやシワに関しては、それを超越した便益を提供できる物は、きちんと説明して解って頂けるお客様だけにお勧めするというのが正しい態度ではないでしょうか。
また、この品質に関しては若干の個体差があります。
全品検査はできないにしても、品物がダメになるのを覚悟で抜き取り検査はしなくてはならないだろうと想います。
始めて扱う品物に関しては、自分や従業員に着せて、テストしてみるべきだと想います。
太鼓ー腹、つまり、お腹とお太鼓の部分だけに文様のある帯は、お客様のサイズによって合う合わないがあります。
ですから、基本的に私は、こういう帯を発注しませんし、買い取りしません。
うちの名古屋帯は全部六通です。そうしておけば、安心だからです。
一番難しいのは『似合うか似合わないか』です。
これは、主観的なものですし、お客様の好みや想いもあるので、いかんともしがたいのです。
お客様が気に入ってらっしゃる着物を『似合わないからやめておきなさい』とは言えないものです。
私だって、着物姿の女性を見て、『もっとこんな色を着たらこの人は映えるのにな』と想うことは多々あります。
結論から言って、そんな事は余計なお世話なんだと想います。
お客様が着たいと想う色があれば、それが似合うように小物や帯などで調整するアドバイスをするべきです。
髪型やお化粧によってもずいぶん違います。また、表情によって、周りの環境によっても、見え方は違います。
ただ、お客様が迷われているときに、どちらの作品が適しているかはきっちりとご提案できる見識はもっていなければなりません。
それは、似合う似合わないだけでなくて、ご用途や、季節、社会的地位などです。
最近の呉服屋さんは、トリッキーな提案をされる所も多い様に見受けられますが、基本的には、はやりすたれのない、上品な品物、コーディネートを提案するのが良いのだろうと想います。
セオリーというか、基本を大切にした方が、応用がきくからです。
コーディネートもしやすいし、着用範囲も広くなります。
今回の話は、本当に、非常に簡単そうに見えて難しい問題なのです。
結論としては、自分がその品物の長所・短所をしっかりと把握しておく。
そして、長所と短所が二律背反である場合には、短所を伝え、それを受け入れても長所を楽しみたいという方にお勧めする事だろうと想います。
最終的には、『覚悟を決めて、信念を持っておすすめする』という事になるのではないでしょうか。
2012年02月24日
模倣
また、どこのどいつが模倣したという話ではありません。
今日は、技術と感性の習得の為の模倣について書いてみたいと思います。
私は、歌が好きで、小さいときから人前で歌を歌い、13歳の頃にはカラオケで歌いまくっていました。
そのおかげで、今は何よりも歌が自慢です。
本業の商売よりもはるかに自信があります。
タダののど自慢というのではなくて、オーケストラをやっている人や、音楽を専門に学んだ人が評価してくれるので多分、本当に上手いのだろうと自負していますが、『どこかで勉強したのか?』と必ず聞かれます。
そういう時、私は『天才なんです!』と応えるようにしています。
何故かというと、誰からも教えてもらった記憶がないからです。
でも、発声法が普通ではしない方法の様で、そういわれるのです。
なぜ、そうなったかというと、『聞いていたこと』と『ものまね』のせいだと思うのです。
私の亡父も歌が好きで、特に森繁久弥の歌をしょっちゅう聴いていました。
日曜日となると家中に響く音量で森繁のレコードをかけていました。
そのせいで、今でも軍歌や小学唱歌はほとんどそらで歌えます。
私が良く聞いていたのは、水原弘という若くして亡くなった天才歌手。
それをずっとずっと聞き続け、カラオケで歌い続けていました。
私の十八番は水原弘の名曲『黄昏のビギン』で初めてのお店では名刺代わりに必ず最初に歌います。
何が言いたいかというと、上手な人の作品に触れ、マネをしているとイヤでも上手になるということです。
今の歌手がなぜしょうむないかというと、下手くそな歌手の歌ばかり聴いていたからじゃないかと思います。
つまり、工芸も同じ、染織も同じ。
天才を真似れば、天才に近づくのではないでしょうか。
真似ることと個性は相反しない、私はそう思います。
何故かというと、天才の表現というのは真似しきれないからです。
真似しようとすればするほど、自分の個性に気づかされずにいられなくなるのです。
歌手でいえば、節回しや声色、とくに情感の盛り込み方は完全には真似できません。
まっすぐに歌わないと、歌えないし、下手に真似ようとすれば歌そのものが下手くそになる。
何回も何回もやれば、『天才の核心』というものに触れることになると思います。
『天才の核心』とは何か。
自分を生かし切ることと、努力の二つです。
そこまで到達して初めて、個性になり、自分らしい表現とは何かにたどり着くのではないでしょうか。
いまは、ちょこっと3年くらい下積みをして、公募展に入賞したりしたら、頭に乗って一流作家の様に個性個性と言う人が増えているようです。
ちゃんちゃらおかしいのです。
審査員も頭がどうかしているのか、眼が曇っているのか、自分たちもまともな努力をしていないのか知りませんが、薄っぺらな個性を持ち上げて評価し、本質に迫ろうとしない。
だから、工芸も染織もどんどん軽くなっていく。
私は、茶道と謡曲・仕舞を学んでいますが、どちらも、ロボットのように師匠から教わるまま、そのままに動きます。
それを何回も何回も繰り返すのですが、そのまま真似しようしても、出来ないのです。
謡曲などは、師匠の声をICレコーダーに吹き込んで頂いて、なんどもなんども、聞いては、合わせて歌うのですが、出来ない。
どうしてもクセが出てしまう。でも、クセはクセでいけないのです。
クセは完全に直して、教えられるままに謡えるようになって、さらに何度も何度も謡ってはじめて個性が出てくるのだと思います。
茶道も同じです。何度も何度も、同じお点前をお稽古する。自己流なんていうのはない。
修練に修練を積んで、師匠の通りに出来て、さらにそれを繰り返す事で、初めて個性といえいるモノに到達するのです。
工芸の天才とは何か?
存在するとしたら、幼少より良い物を見、良い仕事を見てきた人でしょう。
しかし、浅薄な修練から生まれた『個性らしきモノ』は必ず早晩に枯渇します。
いわゆる一発屋で終わるのです。
若い人が、工芸、染織を永く続けていき、その上で個性的な自分らしい作品を造りたいと思うなら、最低10年は徹底して、模倣することだろうと思います。
良い師匠について、その指導の下で師匠の作品づくりの中にはいるのも良いでしょうし、自分でやるなら、良い作品を模写するのです。
今の芸術大学の教育で一番欠けいているのはその部分だと私は思います。
学術の世界では、5%の新しい説が盛り込まれrば大論文だということです。
それまでに、何度も古典的な学説や、他者の論文を研究し、検証するのです。
私たち商売人も先輩から様々なことを学び、繰り返し繰り返し、練習するのです。
同じセールストークを毎日毎日語り続ける。
でも、そこから自分独特の語り口や、テンポが生まれて、味になるわけです。
クラッシックの歌手が上手いのは、良い楽曲を何度も何度も練習するからです。
そうすることによって、自分の出せない声、出せない節回しが出来るようになる。
個性を追求することは、自分を甘やかすことにもなりがちなのです。
『まなぶ』は『まねぶ』から来ています。
『まねぶ』とはまねをすること。
模倣は個性の茶こしなのです!
良いモノを繰り返し模倣することによって、個性は雑味が取れ、より研ぎ澄まされて、さらに湧きいずる泉になり得るのだと思います。
今日は、技術と感性の習得の為の模倣について書いてみたいと思います。
私は、歌が好きで、小さいときから人前で歌を歌い、13歳の頃にはカラオケで歌いまくっていました。
そのおかげで、今は何よりも歌が自慢です。
本業の商売よりもはるかに自信があります。
タダののど自慢というのではなくて、オーケストラをやっている人や、音楽を専門に学んだ人が評価してくれるので多分、本当に上手いのだろうと自負していますが、『どこかで勉強したのか?』と必ず聞かれます。
そういう時、私は『天才なんです!』と応えるようにしています。
何故かというと、誰からも教えてもらった記憶がないからです。
でも、発声法が普通ではしない方法の様で、そういわれるのです。
なぜ、そうなったかというと、『聞いていたこと』と『ものまね』のせいだと思うのです。
私の亡父も歌が好きで、特に森繁久弥の歌をしょっちゅう聴いていました。
日曜日となると家中に響く音量で森繁のレコードをかけていました。
そのせいで、今でも軍歌や小学唱歌はほとんどそらで歌えます。
私が良く聞いていたのは、水原弘という若くして亡くなった天才歌手。
それをずっとずっと聞き続け、カラオケで歌い続けていました。
私の十八番は水原弘の名曲『黄昏のビギン』で初めてのお店では名刺代わりに必ず最初に歌います。
何が言いたいかというと、上手な人の作品に触れ、マネをしているとイヤでも上手になるということです。
今の歌手がなぜしょうむないかというと、下手くそな歌手の歌ばかり聴いていたからじゃないかと思います。
つまり、工芸も同じ、染織も同じ。
天才を真似れば、天才に近づくのではないでしょうか。
真似ることと個性は相反しない、私はそう思います。
何故かというと、天才の表現というのは真似しきれないからです。
真似しようとすればするほど、自分の個性に気づかされずにいられなくなるのです。
歌手でいえば、節回しや声色、とくに情感の盛り込み方は完全には真似できません。
まっすぐに歌わないと、歌えないし、下手に真似ようとすれば歌そのものが下手くそになる。
何回も何回もやれば、『天才の核心』というものに触れることになると思います。
『天才の核心』とは何か。
自分を生かし切ることと、努力の二つです。
そこまで到達して初めて、個性になり、自分らしい表現とは何かにたどり着くのではないでしょうか。
いまは、ちょこっと3年くらい下積みをして、公募展に入賞したりしたら、頭に乗って一流作家の様に個性個性と言う人が増えているようです。
ちゃんちゃらおかしいのです。
審査員も頭がどうかしているのか、眼が曇っているのか、自分たちもまともな努力をしていないのか知りませんが、薄っぺらな個性を持ち上げて評価し、本質に迫ろうとしない。
だから、工芸も染織もどんどん軽くなっていく。
私は、茶道と謡曲・仕舞を学んでいますが、どちらも、ロボットのように師匠から教わるまま、そのままに動きます。
それを何回も何回も繰り返すのですが、そのまま真似しようしても、出来ないのです。
謡曲などは、師匠の声をICレコーダーに吹き込んで頂いて、なんどもなんども、聞いては、合わせて歌うのですが、出来ない。
どうしてもクセが出てしまう。でも、クセはクセでいけないのです。
クセは完全に直して、教えられるままに謡えるようになって、さらに何度も何度も謡ってはじめて個性が出てくるのだと思います。
茶道も同じです。何度も何度も、同じお点前をお稽古する。自己流なんていうのはない。
修練に修練を積んで、師匠の通りに出来て、さらにそれを繰り返す事で、初めて個性といえいるモノに到達するのです。
工芸の天才とは何か?
存在するとしたら、幼少より良い物を見、良い仕事を見てきた人でしょう。
しかし、浅薄な修練から生まれた『個性らしきモノ』は必ず早晩に枯渇します。
いわゆる一発屋で終わるのです。
若い人が、工芸、染織を永く続けていき、その上で個性的な自分らしい作品を造りたいと思うなら、最低10年は徹底して、模倣することだろうと思います。
良い師匠について、その指導の下で師匠の作品づくりの中にはいるのも良いでしょうし、自分でやるなら、良い作品を模写するのです。
今の芸術大学の教育で一番欠けいているのはその部分だと私は思います。
学術の世界では、5%の新しい説が盛り込まれrば大論文だということです。
それまでに、何度も古典的な学説や、他者の論文を研究し、検証するのです。
私たち商売人も先輩から様々なことを学び、繰り返し繰り返し、練習するのです。
同じセールストークを毎日毎日語り続ける。
でも、そこから自分独特の語り口や、テンポが生まれて、味になるわけです。
クラッシックの歌手が上手いのは、良い楽曲を何度も何度も練習するからです。
そうすることによって、自分の出せない声、出せない節回しが出来るようになる。
個性を追求することは、自分を甘やかすことにもなりがちなのです。
『まなぶ』は『まねぶ』から来ています。
『まねぶ』とはまねをすること。
模倣は個性の茶こしなのです!
良いモノを繰り返し模倣することによって、個性は雑味が取れ、より研ぎ澄まされて、さらに湧きいずる泉になり得るのだと思います。
Posted by 渡辺幻門 at
21:47
│Comments(0)
2012年02月23日
染織オタク
昨日は朝8時に大阪を出発して、長野県の作家さんをまわってきました。
沖縄と並んで、当社の看板である『草木染』のジャンルの作家さんです。
1人は織、もう1人は染めの方なのですが、お二人とも本当に『オタク』な人でした。
話し始めるといつまで経っても話が終わらない。
沖縄でも、そういうシーンがあるのですが、『あぁ、この人は、本当に染織というか、布が好きなんだなぁ』と想いながら話をしています。
着物とか帯とか、はたまた服とか小物ではなくて、『布そのもの』『糸そのもの』『染織そのもの』が大好きなんですね。
私も、実はそういう分類のオタクなんです。
着物が好きとかいうよりも布が好き。
それが、絹であろうが、羊毛であろうが、着物であろうが、洋服であろうが、そんなのはあんまり重要なことではなくて、布、糸、染織が好きなんです。
お客様でもそういう方がいらっしゃいます。
仕立てないで反物でずっともっていらっしゃるという方にそういう方が多いようです。
良い生地を見ると、頬ずりしたくなるくらい、愛おしい。いつまでも触っていたい。
糸や布というのは、そういう不思議な魅力があるようです。
そこからさらにはまると、植物を見れば、『どんな色がでるのかな?』とか考えてしまう。
水を見れば『良い色に染まりそうだな』とか思う。
特に、芸大に行きだした頃から、私もそうなってしまいました。
私は、現場で作る人ではなく、あくまでも売る人なので、冷静に客観的に染織というものを見ないといけないのですが、困ったことにはまってしまってます。実際に作る人は、もっとはまってるんだと思います。
着物が好きだという消費者の方の中にも、着物オタクと染織オタクの両方がいらっしゃるのかなと思います。
だとすると、消費者の方と、染織の担い手の『オタクの輪』をつくりたいな、と思いますね。
その輪の中で、私の仕事は翻訳家でしょうか。
本当のプロの染織家と話していると、私でも理解できない、その道を極めている人にしか解らない話が出てきます。
そのくらい、本当の染織の世界というのは奥が深いのです。
作り手の苦労とか、行程の難しさ・複雑さとか、そういう次元ではなくて、なんというか、精神的というか、宗教的というかそういう部分にまで話が行ってしまうことも多々あります。
だから、話がいつまでも終わらないのですが、そういう話をわかりやすく解説するのが私たち商人の仕事だろうと思うのですね。
我が国では『オタク文化』が新たな国際的パワーになりつつあるということですが、この『染織オタク』の輪も広がって、大きな力になれば、とても魅力的で楽しい染め織りが出来上がると思うのです。
沖縄と並んで、当社の看板である『草木染』のジャンルの作家さんです。
1人は織、もう1人は染めの方なのですが、お二人とも本当に『オタク』な人でした。
話し始めるといつまで経っても話が終わらない。
沖縄でも、そういうシーンがあるのですが、『あぁ、この人は、本当に染織というか、布が好きなんだなぁ』と想いながら話をしています。
着物とか帯とか、はたまた服とか小物ではなくて、『布そのもの』『糸そのもの』『染織そのもの』が大好きなんですね。
私も、実はそういう分類のオタクなんです。
着物が好きとかいうよりも布が好き。
それが、絹であろうが、羊毛であろうが、着物であろうが、洋服であろうが、そんなのはあんまり重要なことではなくて、布、糸、染織が好きなんです。
お客様でもそういう方がいらっしゃいます。
仕立てないで反物でずっともっていらっしゃるという方にそういう方が多いようです。
良い生地を見ると、頬ずりしたくなるくらい、愛おしい。いつまでも触っていたい。
糸や布というのは、そういう不思議な魅力があるようです。
そこからさらにはまると、植物を見れば、『どんな色がでるのかな?』とか考えてしまう。
水を見れば『良い色に染まりそうだな』とか思う。
特に、芸大に行きだした頃から、私もそうなってしまいました。
私は、現場で作る人ではなく、あくまでも売る人なので、冷静に客観的に染織というものを見ないといけないのですが、困ったことにはまってしまってます。実際に作る人は、もっとはまってるんだと思います。
着物が好きだという消費者の方の中にも、着物オタクと染織オタクの両方がいらっしゃるのかなと思います。
だとすると、消費者の方と、染織の担い手の『オタクの輪』をつくりたいな、と思いますね。
その輪の中で、私の仕事は翻訳家でしょうか。
本当のプロの染織家と話していると、私でも理解できない、その道を極めている人にしか解らない話が出てきます。
そのくらい、本当の染織の世界というのは奥が深いのです。
作り手の苦労とか、行程の難しさ・複雑さとか、そういう次元ではなくて、なんというか、精神的というか、宗教的というかそういう部分にまで話が行ってしまうことも多々あります。
だから、話がいつまでも終わらないのですが、そういう話をわかりやすく解説するのが私たち商人の仕事だろうと思うのですね。
我が国では『オタク文化』が新たな国際的パワーになりつつあるということですが、この『染織オタク』の輪も広がって、大きな力になれば、とても魅力的で楽しい染め織りが出来上がると思うのです。
Posted by 渡辺幻門 at
00:04
│Comments(0)
2012年02月20日
さて、もうすぐ『琉球染織 名巧展』 3/1−6
案内状も出来上がりました。

今回は、本土復帰40周年の節目の年ですので、いつもよりさらに良い感じです。
何が良い感じかは、来てのお楽しみ(^_^)
皆様のご来店、心よりお待ち申し上げております<(_ _)>

今回は、本土復帰40周年の節目の年ですので、いつもよりさらに良い感じです。
何が良い感じかは、来てのお楽しみ(^_^)
皆様のご来店、心よりお待ち申し上げております<(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
12:57
│Comments(0)
2012年02月20日
さて、もうすぐ『琉球染織 名巧展』 3/1−6
案内状も出来上がりました。

今回は、本土復帰40周年の節目の年ですので、いつもよりさらに良い感じです。
何が良い感じかは、来てのお楽しみ(^_^)
皆様のご来店、心よりお待ち申し上げております<(_ _)>

今回は、本土復帰40周年の節目の年ですので、いつもよりさらに良い感じです。
何が良い感じかは、来てのお楽しみ(^_^)
皆様のご来店、心よりお待ち申し上げております<(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
12:57
│Comments(0)
2012年02月19日
『商道 風姿花伝』第8話
【五十有余】
世阿弥は『ねぬならではの手立あるまじ』と書いています。
しないのにこしたことはない、ということです。
でも、商人はそうは行きませんね。
年金の受給年齢もどんどん上がってきていることですし(^^;)
また、年齢を重ねても出来るのが着物の仕事の良いところでもあります。
私は今年48歳になりますが、この業界ではまだ若手で、業界はおっちゃん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、ばっかりです。
また、年かさがはるほど、『着物に詳しい』と思ってもらえるというメリットもあります。
事実は別にして、そう思ってもらえます。
ですから、大ベテランの境地にはいったら、その期待を裏切らないような修練をして、商談最後の〆にまわるようにすれば良いと思います。
つまり『私が保証します!』という事です。
私は生意気ながら、それなりの勉強と研究を積んできているつもりですが、この47歳のオッサンでも『私が保証します!』にいまいち説得力がない。ところが、70歳くらいのおじいちゃんが言うと、『あ、ほんまなんや』と思ってもらえる。これが人間の心理というやつです。
大阪人が言うより京都人が言ったほうが信用される、というのもあります。
大阪の人はうまいこと言うて買わそうとする、という警戒心が働くのでしょうか。
そんなことはないのですけどね、私なんか口下手でっし。
そういう事ですから、年かさが行くと、嘘くさいことでも本当に聞こえます。
『おばあは嘘つかない』というのと同じですね。
ですから、軽々な発言は慎まねば、お客様に大きな損失を与えてしまう可能性もあるとも言えるわけです。
いまは、染織の技法も、着物の着方も流行も変わってきています。
価値観も美意識も違う。冠婚葬祭なんて20年で大きく様変わりしています。
それをちゃんと踏まえないと、着物に関して的確なアドバイスはできません。
昔はこうだった、は通用しないのです。
もし、70歳ちかくなって、自分が販売の第一線に立つとしたら、いま結婚式や披露宴はどんな風になっているのかを常に見なければなりませんし、茶道の場もおなじです。
それでいて、伝統を踏まえて、きちんとした正式なアドバイスをしなければいけません。
それが大ベテランに課せられた仕事だろうと思います。
それと、やっぱり若手の指導でしょうね。
私も、もうベテランの域に入ってきましたから、若手、後継者を育成せねばならないのですが、そのあたりはちょっと自信がありません。
この仕事は、伊達や酔狂の世界だからです。まともに考えたらやってられません。
それでもやりたい!と想い、その気持ちを一生貫いていかなければならないのですから、常人では難しいと思います。
でも、作り手との交流し、共に物作りをし、消費者によろこんでもらえる仕事は楽しいです。
正直、大手を向こうに回し、多勢に無勢の中で戦っていくのは大変です。
歯に衣着せず正論を吐けば、かならずその何倍もの批判を浴びます。
でも、これは私の年代しか、大阪に居る私にしか、手作りのものを扱っている私にしか、出来ない事だと思うのですね。
私が偉大なご先祖の名前を拝借しているのも、そういう中でも決して節を曲げない為なんです。
このブログを読んで、私のようにやってみたい、という人が、もし1人でも出てこられたら本望に思います。
世阿弥は『ねぬならではの手立あるまじ』と書いています。
しないのにこしたことはない、ということです。
でも、商人はそうは行きませんね。
年金の受給年齢もどんどん上がってきていることですし(^^;)
また、年齢を重ねても出来るのが着物の仕事の良いところでもあります。
私は今年48歳になりますが、この業界ではまだ若手で、業界はおっちゃん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、ばっかりです。
また、年かさがはるほど、『着物に詳しい』と思ってもらえるというメリットもあります。
事実は別にして、そう思ってもらえます。
ですから、大ベテランの境地にはいったら、その期待を裏切らないような修練をして、商談最後の〆にまわるようにすれば良いと思います。
つまり『私が保証します!』という事です。
私は生意気ながら、それなりの勉強と研究を積んできているつもりですが、この47歳のオッサンでも『私が保証します!』にいまいち説得力がない。ところが、70歳くらいのおじいちゃんが言うと、『あ、ほんまなんや』と思ってもらえる。これが人間の心理というやつです。
大阪人が言うより京都人が言ったほうが信用される、というのもあります。
大阪の人はうまいこと言うて買わそうとする、という警戒心が働くのでしょうか。
そんなことはないのですけどね、私なんか口下手でっし。
そういう事ですから、年かさが行くと、嘘くさいことでも本当に聞こえます。
『おばあは嘘つかない』というのと同じですね。
ですから、軽々な発言は慎まねば、お客様に大きな損失を与えてしまう可能性もあるとも言えるわけです。
いまは、染織の技法も、着物の着方も流行も変わってきています。
価値観も美意識も違う。冠婚葬祭なんて20年で大きく様変わりしています。
それをちゃんと踏まえないと、着物に関して的確なアドバイスはできません。
昔はこうだった、は通用しないのです。
もし、70歳ちかくなって、自分が販売の第一線に立つとしたら、いま結婚式や披露宴はどんな風になっているのかを常に見なければなりませんし、茶道の場もおなじです。
それでいて、伝統を踏まえて、きちんとした正式なアドバイスをしなければいけません。
それが大ベテランに課せられた仕事だろうと思います。
それと、やっぱり若手の指導でしょうね。
私も、もうベテランの域に入ってきましたから、若手、後継者を育成せねばならないのですが、そのあたりはちょっと自信がありません。
この仕事は、伊達や酔狂の世界だからです。まともに考えたらやってられません。
それでもやりたい!と想い、その気持ちを一生貫いていかなければならないのですから、常人では難しいと思います。
でも、作り手との交流し、共に物作りをし、消費者によろこんでもらえる仕事は楽しいです。
正直、大手を向こうに回し、多勢に無勢の中で戦っていくのは大変です。
歯に衣着せず正論を吐けば、かならずその何倍もの批判を浴びます。
でも、これは私の年代しか、大阪に居る私にしか、手作りのものを扱っている私にしか、出来ない事だと思うのですね。
私が偉大なご先祖の名前を拝借しているのも、そういう中でも決して節を曲げない為なんです。
このブログを読んで、私のようにやってみたい、という人が、もし1人でも出てこられたら本望に思います。
2012年02月19日
『商道 風姿花伝』第8話
【五十有余】
世阿弥は『ねぬならではの手立あるまじ』と書いています。
しないのにこしたことはない、ということです。
でも、商人はそうは行きませんね。
年金の受給年齢もどんどん上がってきていることですし(^^;)
また、年齢を重ねても出来るのが着物の仕事の良いところでもあります。
私は今年48歳になりますが、この業界ではまだ若手で、業界はおっちゃん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、ばっかりです。
また、年かさがはるほど、『着物に詳しい』と思ってもらえるというメリットもあります。
事実は別にして、そう思ってもらえます。
ですから、大ベテランの境地にはいったら、その期待を裏切らないような修練をして、商談最後の〆にまわるようにすれば良いと思います。
つまり『私が保証します!』という事です。
私は生意気ながら、それなりの勉強と研究を積んできているつもりですが、この47歳のオッサンでも『私が保証します!』にいまいち説得力がない。ところが、70歳くらいのおじいちゃんが言うと、『あ、ほんまなんや』と思ってもらえる。これが人間の心理というやつです。
大阪人が言うより京都人が言ったほうが信用される、というのもあります。
大阪の人はうまいこと言うて買わそうとする、という警戒心が働くのでしょうか。
そんなことはないのですけどね、私なんか口下手でっし。
そういう事ですから、年かさが行くと、嘘くさいことでも本当に聞こえます。
『おばあは嘘つかない』というのと同じですね。
ですから、軽々な発言は慎まねば、お客様に大きな損失を与えてしまう可能性もあるとも言えるわけです。
いまは、染織の技法も、着物の着方も流行も変わってきています。
価値観も美意識も違う。冠婚葬祭なんて20年で大きく様変わりしています。
それをちゃんと踏まえないと、着物に関して的確なアドバイスはできません。
昔はこうだった、は通用しないのです。
もし、70歳ちかくなって、自分が販売の第一線に立つとしたら、いま結婚式や披露宴はどんな風になっているのかを常に見なければなりませんし、茶道の場もおなじです。
それでいて、伝統を踏まえて、きちんとした正式なアドバイスをしなければいけません。
それが大ベテランに課せられた仕事だろうと思います。
それと、やっぱり若手の指導でしょうね。
私も、もうベテランの域に入ってきましたから、若手、後継者を育成せねばならないのですが、そのあたりはちょっと自信がありません。
この仕事は、伊達や酔狂の世界だからです。まともに考えたらやってられません。
それでもやりたい!と想い、その気持ちを一生貫いていかなければならないのですから、常人では難しいと思います。
でも、作り手との交流し、共に物作りをし、消費者によろこんでもらえる仕事は楽しいです。
正直、大手を向こうに回し、多勢に無勢の中で戦っていくのは大変です。
歯に衣着せず正論を吐けば、かならずその何倍もの批判を浴びます。
でも、これは私の年代しか、大阪に居る私にしか、手作りのものを扱っている私にしか、出来ない事だと思うのですね。
私が偉大なご先祖の名前を拝借しているのも、そういう中でも決して節を曲げない為なんです。
このブログを読んで、私のようにやってみたい、という人が、もし1人でも出てこられたら本望に思います。
世阿弥は『ねぬならではの手立あるまじ』と書いています。
しないのにこしたことはない、ということです。
でも、商人はそうは行きませんね。
年金の受給年齢もどんどん上がってきていることですし(^^;)
また、年齢を重ねても出来るのが着物の仕事の良いところでもあります。
私は今年48歳になりますが、この業界ではまだ若手で、業界はおっちゃん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、ばっかりです。
また、年かさがはるほど、『着物に詳しい』と思ってもらえるというメリットもあります。
事実は別にして、そう思ってもらえます。
ですから、大ベテランの境地にはいったら、その期待を裏切らないような修練をして、商談最後の〆にまわるようにすれば良いと思います。
つまり『私が保証します!』という事です。
私は生意気ながら、それなりの勉強と研究を積んできているつもりですが、この47歳のオッサンでも『私が保証します!』にいまいち説得力がない。ところが、70歳くらいのおじいちゃんが言うと、『あ、ほんまなんや』と思ってもらえる。これが人間の心理というやつです。
大阪人が言うより京都人が言ったほうが信用される、というのもあります。
大阪の人はうまいこと言うて買わそうとする、という警戒心が働くのでしょうか。
そんなことはないのですけどね、私なんか口下手でっし。
そういう事ですから、年かさが行くと、嘘くさいことでも本当に聞こえます。
『おばあは嘘つかない』というのと同じですね。
ですから、軽々な発言は慎まねば、お客様に大きな損失を与えてしまう可能性もあるとも言えるわけです。
いまは、染織の技法も、着物の着方も流行も変わってきています。
価値観も美意識も違う。冠婚葬祭なんて20年で大きく様変わりしています。
それをちゃんと踏まえないと、着物に関して的確なアドバイスはできません。
昔はこうだった、は通用しないのです。
もし、70歳ちかくなって、自分が販売の第一線に立つとしたら、いま結婚式や披露宴はどんな風になっているのかを常に見なければなりませんし、茶道の場もおなじです。
それでいて、伝統を踏まえて、きちんとした正式なアドバイスをしなければいけません。
それが大ベテランに課せられた仕事だろうと思います。
それと、やっぱり若手の指導でしょうね。
私も、もうベテランの域に入ってきましたから、若手、後継者を育成せねばならないのですが、そのあたりはちょっと自信がありません。
この仕事は、伊達や酔狂の世界だからです。まともに考えたらやってられません。
それでもやりたい!と想い、その気持ちを一生貫いていかなければならないのですから、常人では難しいと思います。
でも、作り手との交流し、共に物作りをし、消費者によろこんでもらえる仕事は楽しいです。
正直、大手を向こうに回し、多勢に無勢の中で戦っていくのは大変です。
歯に衣着せず正論を吐けば、かならずその何倍もの批判を浴びます。
でも、これは私の年代しか、大阪に居る私にしか、手作りのものを扱っている私にしか、出来ない事だと思うのですね。
私が偉大なご先祖の名前を拝借しているのも、そういう中でも決して節を曲げない為なんです。
このブログを読んで、私のようにやってみたい、という人が、もし1人でも出てこられたら本望に思います。
Posted by 渡辺幻門 at
16:04
│Comments(0)
2012年02月19日
沖縄と木綿
見つけた!!!木綿布、特に薩摩木綿の事を調べていました。すると『工芸志料』という本にありました!
木綿布
天文年間薩摩の職工、木綿糸を以て布を織る。是を薩摩木綿布という。本邦に於いて木綿布を織ること、此に始まる(按ずるに、当時薩摩木綿布と称する者は、琉球より織出す所の者なるべし)
『ミンサー全書』によれば、宮古・八重山を始め琉球全土で木綿は広く栽培され、貢納布ともされています。
つまり、薩摩木綿=琉球木綿、という事です。
『ミンサー全書』では奄美の事は触れられていませんが、織物の産地としては圧倒的にいまの沖縄県で進んだ技術があった事は想像に難くないし、宮古上布や八重山上布が薩摩上布という名前で括られていることから、なんかクサイな、と思っていたのでした。特に宮古島ではすばらしい綿花・綿糸・綿布がとれていたというし、綿には藍が染められていた事からも、推量された事でした。小浜では綿絣が伝統的にありますが、なぜ、八重山本島や宮古島で今では綿布が織られていないのか、あるいは、織っていた歴史を語らないのかと言えば、これも『ミンサー全書』に書かれていますが、絹は上流階級、綿は庶民階級と分けられていて、庶民には藍縞の着用も禁止されています。つまり、『綿は安物』というイメージが当時の人にあったのでしょうね。苧麻のモノは、上布といわれるように貢納布の最上級品とされてたし、庶民には手の届かないモノであったのでしょう。その他、綿は綿花・綿糸・綿布と様々な形で交易されていたようですし、沖縄と綿の関わりも調べてみると面白そうです。今度、またじっくり話を聞いてまわります。
木綿布
天文年間薩摩の職工、木綿糸を以て布を織る。是を薩摩木綿布という。本邦に於いて木綿布を織ること、此に始まる(按ずるに、当時薩摩木綿布と称する者は、琉球より織出す所の者なるべし)
『ミンサー全書』によれば、宮古・八重山を始め琉球全土で木綿は広く栽培され、貢納布ともされています。
つまり、薩摩木綿=琉球木綿、という事です。
『ミンサー全書』では奄美の事は触れられていませんが、織物の産地としては圧倒的にいまの沖縄県で進んだ技術があった事は想像に難くないし、宮古上布や八重山上布が薩摩上布という名前で括られていることから、なんかクサイな、と思っていたのでした。特に宮古島ではすばらしい綿花・綿糸・綿布がとれていたというし、綿には藍が染められていた事からも、推量された事でした。小浜では綿絣が伝統的にありますが、なぜ、八重山本島や宮古島で今では綿布が織られていないのか、あるいは、織っていた歴史を語らないのかと言えば、これも『ミンサー全書』に書かれていますが、絹は上流階級、綿は庶民階級と分けられていて、庶民には藍縞の着用も禁止されています。つまり、『綿は安物』というイメージが当時の人にあったのでしょうね。苧麻のモノは、上布といわれるように貢納布の最上級品とされてたし、庶民には手の届かないモノであったのでしょう。その他、綿は綿花・綿糸・綿布と様々な形で交易されていたようですし、沖縄と綿の関わりも調べてみると面白そうです。今度、またじっくり話を聞いてまわります。
Posted by 渡辺幻門 at
14:37
│Comments(2)
2012年02月19日
沖縄と木綿
見つけた!!!木綿布、特に薩摩木綿の事を調べていました。すると『工芸志料』という本にありました!
木綿布
天文年間薩摩の職工、木綿糸を以て布を織る。是を薩摩木綿布という。本邦に於いて木綿布を織ること、此に始まる(按ずるに、当時薩摩木綿布と称する者は、琉球より織出す所の者なるべし)
『ミンサー全書』によれば、宮古・八重山を始め琉球全土で木綿は広く栽培され、貢納布ともされています。
つまり、薩摩木綿=琉球木綿、という事です。
『ミンサー全書』では奄美の事は触れられていませんが、織物の産地としては圧倒的にいまの沖縄県で進んだ技術があった事は想像に難くないし、宮古上布や八重山上布が薩摩上布という名前で括られていることから、なんかクサイな、と思っていたのでした。特に宮古島ではすばらしい綿花・綿糸・綿布がとれていたというし、綿には藍が染められていた事からも、推量された事でした。小浜では綿絣が伝統的にありますが、なぜ、八重山本島や宮古島で今では綿布が織られていないのか、あるいは、織っていた歴史を語らないのかと言えば、これも『ミンサー全書』に書かれていますが、絹は上流階級、綿は庶民階級と分けられていて、庶民には藍縞の着用も禁止されています。つまり、『綿は安物』というイメージが当時の人にあったのでしょうね。苧麻のモノは、上布といわれるように貢納布の最上級品とされてたし、庶民には手の届かないモノであったのでしょう。その他、綿は綿花・綿糸・綿布と様々な形で交易されていたようですし、沖縄と綿の関わりも調べてみると面白そうです。今度、またじっくり話を聞いてまわります。
木綿布
天文年間薩摩の職工、木綿糸を以て布を織る。是を薩摩木綿布という。本邦に於いて木綿布を織ること、此に始まる(按ずるに、当時薩摩木綿布と称する者は、琉球より織出す所の者なるべし)
『ミンサー全書』によれば、宮古・八重山を始め琉球全土で木綿は広く栽培され、貢納布ともされています。
つまり、薩摩木綿=琉球木綿、という事です。
『ミンサー全書』では奄美の事は触れられていませんが、織物の産地としては圧倒的にいまの沖縄県で進んだ技術があった事は想像に難くないし、宮古上布や八重山上布が薩摩上布という名前で括られていることから、なんかクサイな、と思っていたのでした。特に宮古島ではすばらしい綿花・綿糸・綿布がとれていたというし、綿には藍が染められていた事からも、推量された事でした。小浜では綿絣が伝統的にありますが、なぜ、八重山本島や宮古島で今では綿布が織られていないのか、あるいは、織っていた歴史を語らないのかと言えば、これも『ミンサー全書』に書かれていますが、絹は上流階級、綿は庶民階級と分けられていて、庶民には藍縞の着用も禁止されています。つまり、『綿は安物』というイメージが当時の人にあったのでしょうね。苧麻のモノは、上布といわれるように貢納布の最上級品とされてたし、庶民には手の届かないモノであったのでしょう。その他、綿は綿花・綿糸・綿布と様々な形で交易されていたようですし、沖縄と綿の関わりも調べてみると面白そうです。今度、またじっくり話を聞いてまわります。
Posted by 渡辺幻門 at
14:37
│Comments(2)
2012年02月18日
伝統を守り抜く覚悟
午後七時半ころに大阪に帰ってきました。
途中、淡路島で吹雪に遭いましたが、3時間半の予定通りの行程でした。
最近、今の、そして将来の着物市場(しじょう)というものについて考えるのですが、20年前と比べるとかなり変化してきているような気がします。
安価な機械織やインクジェットプリントの着物が出現し、リサイクル着物も出てきました。
これによって、いわゆる『和装』という部分で、あたらしい需要層が形成されたように思います。
そちらのほうが、ネットやメディアでの露出が多く、賑やかなので、目がいってしまいます。
私のような伝統染織に携わる者からすれば、もともとは、別の世界の話だったものが、どんどんそちらに吸い込まれて行ってしまっている、そう感じるようになってきました。
和装の世界も、洋服と同じようにモードをつくり、そちらに消費者を誘導していく。そして、消費者は、自分の感性のままに購入し、次のあたらしいものを求める。
見方によって違うと思いますが、私にはそう見えます。
商人として品物を供給する立場であれば、1人でも多くの人に使ってもらって、喜んでもらいたい、そう思うのが普通です。
私も、そうありたいし、そうしたいと思います。
しかしながら、伝統染織というものの性格、あるいは宿命と言ってもいいでしょうか、それを考えると、考えてしまうのです。
何年か前に、沖縄もずや会のメンバーと共に喜如嘉の芭蕉布工房を訪ねたときの話です。
平良美恵子さんといろいろ話をしていたのですが、その時、私の仲間にしてくれた話が非常に印象に残っているのです。
『機械織が出て、化学繊維がでて、そいういう意味では芭蕉布というのはすでに終わっているんです。でも、私たちは、その終わっている布をずっとやっていかなければならない。それが私たちの仕事だと思っている』
言葉は正確ではないと思いますが、趣旨はこういうことでした。
すごい覚悟、すごい達観だと思います。
着衣という事においては、代替品は数限りなく存在します。
芭蕉布の代替品もそれより安価で気易いものはたくさんあります。
それでも、喜如嘉の芭蕉布工房は、淡々と良い芭蕉布を作り続けるしかないのです。
宮古上布も同じ。八重山上布しかりです。ほかの伝統染織の産地もすべて同じです。
需要があるとか無いとか、多いとか少ないとか、関係ない。
ただひたすらに良いモノをめざして造るしかないのです。
その覚悟を目の前にしては、正直、マーケティング・サイエンスなどは吹き飛んでしまいます。
市場ポートフォリオもへったくれもないのです。
大切な事は、私たち商人も『覚悟』を持ち、『達観』するということなのでしょう。
それでなければ、いかなる戦略論をもってしても、作り手と共に歩むということにはならないでしょう。
私は、作り手が精魂こめて造った品物を受け取ったら、作り手と同じようにただひたすら雨が降ろうが、槍が降ろうが、お客様に勧めるしかないのです。
私が、この業界の一部の不埒な所行に過敏なまでに反応して、暴き立て、糾弾するのは、伝統染織に携わる人達の悲壮なまでの覚悟を知っているからです。
作り手の人達は、抗議する以外、なんの対抗手段ももっていません。伝統染織は技法としても独占できません。せいぜい商標登録です。場合によっては商人の圧力に屈して泣き寝入りということもあります。
この人達の努力はただひたすら良いモノを作り続けると言うことしかないのです。
コピー商品や粗悪品の生産・販売に対して、『市場の要求である』と言う人もいます。
市場とは消費者です。
消費者がそういうモノ=似たようなモノで安いモノ、が欲しいと言っているのだから、いいではないか、ということです。
市場原理主義でいけばそれはそうなのかも知れません。
でも、本物を作り続け、さらにそれを良きモノにしていこうという人は、どうなるのでしょうか。
立場によって、価値観によって感じ方も考え方も違うかもしれません。
でも、私は、本物を作り続けよう、努力していこう、という人と共に歩き、この人達の力となっていきたいと思うのです。
今のまま、つまり市場原理絶対主義、弱肉強食の原理の下では、伝統染織はさらに衰退の一途をたどるでしょう。
もし、そうであったとしても、続けていかねばならない。
なぜなら、作り手がそこにいて、続けていくと覚悟をしているからです。
市場全体の中で、隅っこの隅っこ、針で突いたような小さなマーケットでの話です。
でも、私はここにいます。
二十歳の女の子が『染織をして米寿を迎えたい』と言った、その願いを叶えられるように、道を拓く事を私の一生の仕事としたいと思います。
途中、淡路島で吹雪に遭いましたが、3時間半の予定通りの行程でした。
最近、今の、そして将来の着物市場(しじょう)というものについて考えるのですが、20年前と比べるとかなり変化してきているような気がします。
安価な機械織やインクジェットプリントの着物が出現し、リサイクル着物も出てきました。
これによって、いわゆる『和装』という部分で、あたらしい需要層が形成されたように思います。
そちらのほうが、ネットやメディアでの露出が多く、賑やかなので、目がいってしまいます。
私のような伝統染織に携わる者からすれば、もともとは、別の世界の話だったものが、どんどんそちらに吸い込まれて行ってしまっている、そう感じるようになってきました。
和装の世界も、洋服と同じようにモードをつくり、そちらに消費者を誘導していく。そして、消費者は、自分の感性のままに購入し、次のあたらしいものを求める。
見方によって違うと思いますが、私にはそう見えます。
商人として品物を供給する立場であれば、1人でも多くの人に使ってもらって、喜んでもらいたい、そう思うのが普通です。
私も、そうありたいし、そうしたいと思います。
しかしながら、伝統染織というものの性格、あるいは宿命と言ってもいいでしょうか、それを考えると、考えてしまうのです。
何年か前に、沖縄もずや会のメンバーと共に喜如嘉の芭蕉布工房を訪ねたときの話です。
平良美恵子さんといろいろ話をしていたのですが、その時、私の仲間にしてくれた話が非常に印象に残っているのです。
『機械織が出て、化学繊維がでて、そいういう意味では芭蕉布というのはすでに終わっているんです。でも、私たちは、その終わっている布をずっとやっていかなければならない。それが私たちの仕事だと思っている』
言葉は正確ではないと思いますが、趣旨はこういうことでした。
すごい覚悟、すごい達観だと思います。
着衣という事においては、代替品は数限りなく存在します。
芭蕉布の代替品もそれより安価で気易いものはたくさんあります。
それでも、喜如嘉の芭蕉布工房は、淡々と良い芭蕉布を作り続けるしかないのです。
宮古上布も同じ。八重山上布しかりです。ほかの伝統染織の産地もすべて同じです。
需要があるとか無いとか、多いとか少ないとか、関係ない。
ただひたすらに良いモノをめざして造るしかないのです。
その覚悟を目の前にしては、正直、マーケティング・サイエンスなどは吹き飛んでしまいます。
市場ポートフォリオもへったくれもないのです。
大切な事は、私たち商人も『覚悟』を持ち、『達観』するということなのでしょう。
それでなければ、いかなる戦略論をもってしても、作り手と共に歩むということにはならないでしょう。
私は、作り手が精魂こめて造った品物を受け取ったら、作り手と同じようにただひたすら雨が降ろうが、槍が降ろうが、お客様に勧めるしかないのです。
私が、この業界の一部の不埒な所行に過敏なまでに反応して、暴き立て、糾弾するのは、伝統染織に携わる人達の悲壮なまでの覚悟を知っているからです。
作り手の人達は、抗議する以外、なんの対抗手段ももっていません。伝統染織は技法としても独占できません。せいぜい商標登録です。場合によっては商人の圧力に屈して泣き寝入りということもあります。
この人達の努力はただひたすら良いモノを作り続けると言うことしかないのです。
コピー商品や粗悪品の生産・販売に対して、『市場の要求である』と言う人もいます。
市場とは消費者です。
消費者がそういうモノ=似たようなモノで安いモノ、が欲しいと言っているのだから、いいではないか、ということです。
市場原理主義でいけばそれはそうなのかも知れません。
でも、本物を作り続け、さらにそれを良きモノにしていこうという人は、どうなるのでしょうか。
立場によって、価値観によって感じ方も考え方も違うかもしれません。
でも、私は、本物を作り続けよう、努力していこう、という人と共に歩き、この人達の力となっていきたいと思うのです。
今のまま、つまり市場原理絶対主義、弱肉強食の原理の下では、伝統染織はさらに衰退の一途をたどるでしょう。
もし、そうであったとしても、続けていかねばならない。
なぜなら、作り手がそこにいて、続けていくと覚悟をしているからです。
市場全体の中で、隅っこの隅っこ、針で突いたような小さなマーケットでの話です。
でも、私はここにいます。
二十歳の女の子が『染織をして米寿を迎えたい』と言った、その願いを叶えられるように、道を拓く事を私の一生の仕事としたいと思います。
Posted by 渡辺幻門 at
23:09
│Comments(2)
2012年02月18日
伝統を守り抜く覚悟
午後七時半ころに大阪に帰ってきました。
途中、淡路島で吹雪に遭いましたが、3時間半の予定通りの行程でした。
最近、今の、そして将来の着物市場(しじょう)というものについて考えるのですが、20年前と比べるとかなり変化してきているような気がします。
安価な機械織やインクジェットプリントの着物が出現し、リサイクル着物も出てきました。
これによって、いわゆる『和装』という部分で、あたらしい需要層が形成されたように思います。
そちらのほうが、ネットやメディアでの露出が多く、賑やかなので、目がいってしまいます。
私のような伝統染織に携わる者からすれば、もともとは、別の世界の話だったものが、どんどんそちらに吸い込まれて行ってしまっている、そう感じるようになってきました。
和装の世界も、洋服と同じようにモードをつくり、そちらに消費者を誘導していく。そして、消費者は、自分の感性のままに購入し、次のあたらしいものを求める。
見方によって違うと思いますが、私にはそう見えます。
商人として品物を供給する立場であれば、1人でも多くの人に使ってもらって、喜んでもらいたい、そう思うのが普通です。
私も、そうありたいし、そうしたいと思います。
しかしながら、伝統染織というものの性格、あるいは宿命と言ってもいいでしょうか、それを考えると、考えてしまうのです。
何年か前に、沖縄もずや会のメンバーと共に喜如嘉の芭蕉布工房を訪ねたときの話です。
平良美恵子さんといろいろ話をしていたのですが、その時、私の仲間にしてくれた話が非常に印象に残っているのです。
『機械織が出て、化学繊維がでて、そいういう意味では芭蕉布というのはすでに終わっているんです。でも、私たちは、その終わっている布をずっとやっていかなければならない。それが私たちの仕事だと思っている』
言葉は正確ではないと思いますが、趣旨はこういうことでした。
すごい覚悟、すごい達観だと思います。
着衣という事においては、代替品は数限りなく存在します。
芭蕉布の代替品もそれより安価で気易いものはたくさんあります。
それでも、喜如嘉の芭蕉布工房は、淡々と良い芭蕉布を作り続けるしかないのです。
宮古上布も同じ。八重山上布しかりです。ほかの伝統染織の産地もすべて同じです。
需要があるとか無いとか、多いとか少ないとか、関係ない。
ただひたすらに良いモノをめざして造るしかないのです。
その覚悟を目の前にしては、正直、マーケティング・サイエンスなどは吹き飛んでしまいます。
市場ポートフォリオもへったくれもないのです。
大切な事は、私たち商人も『覚悟』を持ち、『達観』するということなのでしょう。
それでなければ、いかなる戦略論をもってしても、作り手と共に歩むということにはならないでしょう。
私は、作り手が精魂こめて造った品物を受け取ったら、作り手と同じようにただひたすら雨が降ろうが、槍が降ろうが、お客様に勧めるしかないのです。
私が、この業界の一部の不埒な所行に過敏なまでに反応して、暴き立て、糾弾するのは、伝統染織に携わる人達の悲壮なまでの覚悟を知っているからです。
作り手の人達は、抗議する以外、なんの対抗手段ももっていません。伝統染織は技法としても独占できません。せいぜい商標登録です。場合によっては商人の圧力に屈して泣き寝入りということもあります。
この人達の努力はただひたすら良いモノを作り続けると言うことしかないのです。
コピー商品や粗悪品の生産・販売に対して、『市場の要求である』と言う人もいます。
市場とは消費者です。
消費者がそういうモノ=似たようなモノで安いモノ、が欲しいと言っているのだから、いいではないか、ということです。
市場原理主義でいけばそれはそうなのかも知れません。
でも、本物を作り続け、さらにそれを良きモノにしていこうという人は、どうなるのでしょうか。
立場によって、価値観によって感じ方も考え方も違うかもしれません。
でも、私は、本物を作り続けよう、努力していこう、という人と共に歩き、この人達の力となっていきたいと思うのです。
今のまま、つまり市場原理絶対主義、弱肉強食の原理の下では、伝統染織はさらに衰退の一途をたどるでしょう。
もし、そうであったとしても、続けていかねばならない。
なぜなら、作り手がそこにいて、続けていくと覚悟をしているからです。
市場全体の中で、隅っこの隅っこ、針で突いたような小さなマーケットでの話です。
でも、私はここにいます。
二十歳の女の子が『染織をして米寿を迎えたい』と言った、その願いを叶えられるように、道を拓く事を私の一生の仕事としたいと思います。
途中、淡路島で吹雪に遭いましたが、3時間半の予定通りの行程でした。
最近、今の、そして将来の着物市場(しじょう)というものについて考えるのですが、20年前と比べるとかなり変化してきているような気がします。
安価な機械織やインクジェットプリントの着物が出現し、リサイクル着物も出てきました。
これによって、いわゆる『和装』という部分で、あたらしい需要層が形成されたように思います。
そちらのほうが、ネットやメディアでの露出が多く、賑やかなので、目がいってしまいます。
私のような伝統染織に携わる者からすれば、もともとは、別の世界の話だったものが、どんどんそちらに吸い込まれて行ってしまっている、そう感じるようになってきました。
和装の世界も、洋服と同じようにモードをつくり、そちらに消費者を誘導していく。そして、消費者は、自分の感性のままに購入し、次のあたらしいものを求める。
見方によって違うと思いますが、私にはそう見えます。
商人として品物を供給する立場であれば、1人でも多くの人に使ってもらって、喜んでもらいたい、そう思うのが普通です。
私も、そうありたいし、そうしたいと思います。
しかしながら、伝統染織というものの性格、あるいは宿命と言ってもいいでしょうか、それを考えると、考えてしまうのです。
何年か前に、沖縄もずや会のメンバーと共に喜如嘉の芭蕉布工房を訪ねたときの話です。
平良美恵子さんといろいろ話をしていたのですが、その時、私の仲間にしてくれた話が非常に印象に残っているのです。
『機械織が出て、化学繊維がでて、そいういう意味では芭蕉布というのはすでに終わっているんです。でも、私たちは、その終わっている布をずっとやっていかなければならない。それが私たちの仕事だと思っている』
言葉は正確ではないと思いますが、趣旨はこういうことでした。
すごい覚悟、すごい達観だと思います。
着衣という事においては、代替品は数限りなく存在します。
芭蕉布の代替品もそれより安価で気易いものはたくさんあります。
それでも、喜如嘉の芭蕉布工房は、淡々と良い芭蕉布を作り続けるしかないのです。
宮古上布も同じ。八重山上布しかりです。ほかの伝統染織の産地もすべて同じです。
需要があるとか無いとか、多いとか少ないとか、関係ない。
ただひたすらに良いモノをめざして造るしかないのです。
その覚悟を目の前にしては、正直、マーケティング・サイエンスなどは吹き飛んでしまいます。
市場ポートフォリオもへったくれもないのです。
大切な事は、私たち商人も『覚悟』を持ち、『達観』するということなのでしょう。
それでなければ、いかなる戦略論をもってしても、作り手と共に歩むということにはならないでしょう。
私は、作り手が精魂こめて造った品物を受け取ったら、作り手と同じようにただひたすら雨が降ろうが、槍が降ろうが、お客様に勧めるしかないのです。
私が、この業界の一部の不埒な所行に過敏なまでに反応して、暴き立て、糾弾するのは、伝統染織に携わる人達の悲壮なまでの覚悟を知っているからです。
作り手の人達は、抗議する以外、なんの対抗手段ももっていません。伝統染織は技法としても独占できません。せいぜい商標登録です。場合によっては商人の圧力に屈して泣き寝入りということもあります。
この人達の努力はただひたすら良いモノを作り続けると言うことしかないのです。
コピー商品や粗悪品の生産・販売に対して、『市場の要求である』と言う人もいます。
市場とは消費者です。
消費者がそういうモノ=似たようなモノで安いモノ、が欲しいと言っているのだから、いいではないか、ということです。
市場原理主義でいけばそれはそうなのかも知れません。
でも、本物を作り続け、さらにそれを良きモノにしていこうという人は、どうなるのでしょうか。
立場によって、価値観によって感じ方も考え方も違うかもしれません。
でも、私は、本物を作り続けよう、努力していこう、という人と共に歩き、この人達の力となっていきたいと思うのです。
今のまま、つまり市場原理絶対主義、弱肉強食の原理の下では、伝統染織はさらに衰退の一途をたどるでしょう。
もし、そうであったとしても、続けていかねばならない。
なぜなら、作り手がそこにいて、続けていくと覚悟をしているからです。
市場全体の中で、隅っこの隅っこ、針で突いたような小さなマーケットでの話です。
でも、私はここにいます。
二十歳の女の子が『染織をして米寿を迎えたい』と言った、その願いを叶えられるように、道を拓く事を私の一生の仕事としたいと思います。
Posted by 渡辺幻門 at
23:09
│Comments(2)
2012年02月18日
半幅帯のススメ
昨日書いた『呉服屋はいつも着物があたりまえか』のブログはかなりの反響があったようで、もうすでにアクセスが300近くなっています。
それだけ、この話題は、消費者の方の大きな問題になっているのですね。
その事実は業界人として、真摯に受け止めたいと想います。
反省すべきは反省し、同業者にもそれを勧め、消費者の方の満足度が少しでも高くなるようにするのが私達の勤めであろうと想います。
この話とも関連するのですが、着物を着たくない、着るのがおっくう、という事の大きな理由に『帯』があるのだろうと想います。
男性の場合は、着物もついたけで、角帯や兵児帯を締めますから非常に楽で、洋服を着るより時間が掛かりません。
ところが女性となると、大変です。
近頃は前結びとかいう結び方もあるらしいですが、後ろでお太鼓を造るというのは、大変だと想います。
私が聞くだけの話でも、年齢とともに後ろに手が回らなくなったという話をしょっちゅう聞きます。
柔らかいものは別としても、そういう時は半幅帯をされたらいいのにな、と想います。
半幅帯というのは、商売的には諸刃の剣で、これがあまりに普及して名古屋帯が売れなくなると、大変。売上が落ちてしまいます(^^;)
でも、一つの提案としてお話ししておくべきだろうと想うのです。
私の場合、沖縄に関わっているので、ミンサー、とくに首里ミンサーを愛用しています。
これは綿で花織とかロートン織とかを使って織ってあるのですが、非常に具合が良いのです。
宮古島の苧麻で織ってもらったのや、芭蕉布のもありますが、これも具合が良い。
しめるのに具合が良い上に、着物の柄が切れないのがまたよいのです。
背中にお太鼓があると、着物の柄との釣り合いや相性を考えなくてはいけませんし、せっかくの着物の美しい柄が切れてしまいます。
訪問着や付下げなど、帯の部分が無地になっているものは良いのですが、小紋柄や絣などは、帯が邪魔だなぁ、と想うことが多いのです。
紅型に合わす帯が難しいのは、そもそもが帯との相性が悪いことに起因していると想いますし、絣も同じです。
沖縄の絣はうしんちーという帯をしない沖縄独特の着方をすれば非常に美しいのですが、名古屋帯などをすればどうも絣が生きない。
帯があることで絣が小さくなり、魅力を失っているとも言えると想います。
戦前とかは、兵児帯なども使われていたようで、兵児帯ならなかなか良い感じだろうと思います。
沖縄は暑いですしね。
私は着物を着て、車を運転することも多いのですが、角帯でも貝の口だと背中に当たってうっとおしい。
それで、浪人結びにするのですが、お太鼓だとさぞや気になるだろうと想います。
確かに、いまは名古屋帯や袋帯をすることが前提になっていて、羽織やコートも帯の膨らみを計算して採寸します。
見慣れているので、お太鼓が膨らんでいる方がキレイだと感じるかもしれません。
でも、もう少し半幅帯をされている方が増えても良いように想います。
ミンサーでもお好きな方はお一人で3本、5本とお求めになる方もいらっしゃって、とても喜んで頂いています。
私は、母校の150周年を記念してスクールカラーのミンサー織ってもらったりして、楽しんでいますが、いろんなな楽しみ方が出来ます。
お仕立てもなく、収納も場所を取りませんから、ちょこちょこお出かけになるときにしめられるのには最適なのではないでしょうか。
今は、浴衣の上に使うとか、舞踊をされる方がお求めになるのが多いのですが、絣や紬を着るときにもっと活用していただきたいと想います。
とくに、盛夏用の着物、芭蕉布や宮古上布、八重山上布、駒上布などにしめられるのも格好がいいと想います。
もちろん、それ以外の単衣や袷にもできます。
昔のテレビ番組で、市原悦子という女優が大きな柄の手縞に半幅の帯をして居るのを見て、これは美しい!とおもったものです。
半幅帯を活用することで、お手持ちの着物も新たな魅力を発揮するかも知れません。
ミンサーですと、手織りでも非常に安価ですし、絣の魅力も見直されるかもしれないと想っています。
半幅だとくだけすぎる、という話も聞きますが、カジュアルはカジュアルで、紬を着て料亭にお食事に行かれるときは名古屋帯をされれば良いわけです。
名古屋帯の良い物が少ない以上に、半幅帯の良い物はもっと少ないです。
締めても伸びない、緩まない、腰がビシッと決まる、そういうモノでなければ行けませんが、造るのにそんなに往生するものでもないと想います。
デザインも、私が画用紙やパソコンで描いても出来るわけですから、非常に自由です。
首里織の展示会を見ても、おもしろいな!楽しいな!と想う作品はミンサーに多いのです。
なぜ、こんな風に花織の帯も造れないの?と聞くと、素材が綿で安いから、と言います。
要は、びびっているのですね。気持ちは解りますが、これじゃ、面白い作品は出てきません。
そこのところ、ミンサーは若手が織っているのもあって、若さ爆発。見ているだけでルンルンしてきます。
ベテランが織った物は、それはそれで重厚さがあって、着物がしまります。
ミンサーの歴史も面白いです。
『ミンサー全書』という本が出版されていますが、沖縄の染織の歴史や四方山話も書かれていて非常に楽しい本です。
ミンサーだけでなく、他の半幅帯や兵児帯なども活用されて、着物を着る事の楽しさを、また別の角度から味わって頂くのも良いかと想います。
私も、今年は、自分でデザインしたミンサーを作って見たいと想っています。
それだけ、この話題は、消費者の方の大きな問題になっているのですね。
その事実は業界人として、真摯に受け止めたいと想います。
反省すべきは反省し、同業者にもそれを勧め、消費者の方の満足度が少しでも高くなるようにするのが私達の勤めであろうと想います。
この話とも関連するのですが、着物を着たくない、着るのがおっくう、という事の大きな理由に『帯』があるのだろうと想います。
男性の場合は、着物もついたけで、角帯や兵児帯を締めますから非常に楽で、洋服を着るより時間が掛かりません。
ところが女性となると、大変です。
近頃は前結びとかいう結び方もあるらしいですが、後ろでお太鼓を造るというのは、大変だと想います。
私が聞くだけの話でも、年齢とともに後ろに手が回らなくなったという話をしょっちゅう聞きます。
柔らかいものは別としても、そういう時は半幅帯をされたらいいのにな、と想います。
半幅帯というのは、商売的には諸刃の剣で、これがあまりに普及して名古屋帯が売れなくなると、大変。売上が落ちてしまいます(^^;)
でも、一つの提案としてお話ししておくべきだろうと想うのです。
私の場合、沖縄に関わっているので、ミンサー、とくに首里ミンサーを愛用しています。
これは綿で花織とかロートン織とかを使って織ってあるのですが、非常に具合が良いのです。
宮古島の苧麻で織ってもらったのや、芭蕉布のもありますが、これも具合が良い。
しめるのに具合が良い上に、着物の柄が切れないのがまたよいのです。
背中にお太鼓があると、着物の柄との釣り合いや相性を考えなくてはいけませんし、せっかくの着物の美しい柄が切れてしまいます。
訪問着や付下げなど、帯の部分が無地になっているものは良いのですが、小紋柄や絣などは、帯が邪魔だなぁ、と想うことが多いのです。
紅型に合わす帯が難しいのは、そもそもが帯との相性が悪いことに起因していると想いますし、絣も同じです。
沖縄の絣はうしんちーという帯をしない沖縄独特の着方をすれば非常に美しいのですが、名古屋帯などをすればどうも絣が生きない。
帯があることで絣が小さくなり、魅力を失っているとも言えると想います。
戦前とかは、兵児帯なども使われていたようで、兵児帯ならなかなか良い感じだろうと思います。
沖縄は暑いですしね。
私は着物を着て、車を運転することも多いのですが、角帯でも貝の口だと背中に当たってうっとおしい。
それで、浪人結びにするのですが、お太鼓だとさぞや気になるだろうと想います。
確かに、いまは名古屋帯や袋帯をすることが前提になっていて、羽織やコートも帯の膨らみを計算して採寸します。
見慣れているので、お太鼓が膨らんでいる方がキレイだと感じるかもしれません。
でも、もう少し半幅帯をされている方が増えても良いように想います。
ミンサーでもお好きな方はお一人で3本、5本とお求めになる方もいらっしゃって、とても喜んで頂いています。
私は、母校の150周年を記念してスクールカラーのミンサー織ってもらったりして、楽しんでいますが、いろんなな楽しみ方が出来ます。
お仕立てもなく、収納も場所を取りませんから、ちょこちょこお出かけになるときにしめられるのには最適なのではないでしょうか。
今は、浴衣の上に使うとか、舞踊をされる方がお求めになるのが多いのですが、絣や紬を着るときにもっと活用していただきたいと想います。
とくに、盛夏用の着物、芭蕉布や宮古上布、八重山上布、駒上布などにしめられるのも格好がいいと想います。
もちろん、それ以外の単衣や袷にもできます。
昔のテレビ番組で、市原悦子という女優が大きな柄の手縞に半幅の帯をして居るのを見て、これは美しい!とおもったものです。
半幅帯を活用することで、お手持ちの着物も新たな魅力を発揮するかも知れません。
ミンサーですと、手織りでも非常に安価ですし、絣の魅力も見直されるかもしれないと想っています。
半幅だとくだけすぎる、という話も聞きますが、カジュアルはカジュアルで、紬を着て料亭にお食事に行かれるときは名古屋帯をされれば良いわけです。
名古屋帯の良い物が少ない以上に、半幅帯の良い物はもっと少ないです。
締めても伸びない、緩まない、腰がビシッと決まる、そういうモノでなければ行けませんが、造るのにそんなに往生するものでもないと想います。
デザインも、私が画用紙やパソコンで描いても出来るわけですから、非常に自由です。
首里織の展示会を見ても、おもしろいな!楽しいな!と想う作品はミンサーに多いのです。
なぜ、こんな風に花織の帯も造れないの?と聞くと、素材が綿で安いから、と言います。
要は、びびっているのですね。気持ちは解りますが、これじゃ、面白い作品は出てきません。
そこのところ、ミンサーは若手が織っているのもあって、若さ爆発。見ているだけでルンルンしてきます。
ベテランが織った物は、それはそれで重厚さがあって、着物がしまります。
ミンサーの歴史も面白いです。
『ミンサー全書』という本が出版されていますが、沖縄の染織の歴史や四方山話も書かれていて非常に楽しい本です。
ミンサーだけでなく、他の半幅帯や兵児帯なども活用されて、着物を着る事の楽しさを、また別の角度から味わって頂くのも良いかと想います。
私も、今年は、自分でデザインしたミンサーを作って見たいと想っています。
Posted by 渡辺幻門 at
00:20
│Comments(2)
2012年02月18日
半幅帯のススメ
昨日書いた『呉服屋はいつも着物があたりまえか』のブログはかなりの反響があったようで、もうすでにアクセスが300近くなっています。
それだけ、この話題は、消費者の方の大きな問題になっているのですね。
その事実は業界人として、真摯に受け止めたいと想います。
反省すべきは反省し、同業者にもそれを勧め、消費者の方の満足度が少しでも高くなるようにするのが私達の勤めであろうと想います。
この話とも関連するのですが、着物を着たくない、着るのがおっくう、という事の大きな理由に『帯』があるのだろうと想います。
男性の場合は、着物もついたけで、角帯や兵児帯を締めますから非常に楽で、洋服を着るより時間が掛かりません。
ところが女性となると、大変です。
近頃は前結びとかいう結び方もあるらしいですが、後ろでお太鼓を造るというのは、大変だと想います。
私が聞くだけの話でも、年齢とともに後ろに手が回らなくなったという話をしょっちゅう聞きます。
柔らかいものは別としても、そういう時は半幅帯をされたらいいのにな、と想います。
半幅帯というのは、商売的には諸刃の剣で、これがあまりに普及して名古屋帯が売れなくなると、大変。売上が落ちてしまいます(^^;)
でも、一つの提案としてお話ししておくべきだろうと想うのです。
私の場合、沖縄に関わっているので、ミンサー、とくに首里ミンサーを愛用しています。
これは綿で花織とかロートン織とかを使って織ってあるのですが、非常に具合が良いのです。
宮古島の苧麻で織ってもらったのや、芭蕉布のもありますが、これも具合が良い。
しめるのに具合が良い上に、着物の柄が切れないのがまたよいのです。
背中にお太鼓があると、着物の柄との釣り合いや相性を考えなくてはいけませんし、せっかくの着物の美しい柄が切れてしまいます。
訪問着や付下げなど、帯の部分が無地になっているものは良いのですが、小紋柄や絣などは、帯が邪魔だなぁ、と想うことが多いのです。
紅型に合わす帯が難しいのは、そもそもが帯との相性が悪いことに起因していると想いますし、絣も同じです。
沖縄の絣はうしんちーという帯をしない沖縄独特の着方をすれば非常に美しいのですが、名古屋帯などをすればどうも絣が生きない。
帯があることで絣が小さくなり、魅力を失っているとも言えると想います。
戦前とかは、兵児帯なども使われていたようで、兵児帯ならなかなか良い感じだろうと思います。
沖縄は暑いですしね。
私は着物を着て、車を運転することも多いのですが、角帯でも貝の口だと背中に当たってうっとおしい。
それで、浪人結びにするのですが、お太鼓だとさぞや気になるだろうと想います。
確かに、いまは名古屋帯や袋帯をすることが前提になっていて、羽織やコートも帯の膨らみを計算して採寸します。
見慣れているので、お太鼓が膨らんでいる方がキレイだと感じるかもしれません。
でも、もう少し半幅帯をされている方が増えても良いように想います。
ミンサーでもお好きな方はお一人で3本、5本とお求めになる方もいらっしゃって、とても喜んで頂いています。
私は、母校の150周年を記念してスクールカラーのミンサー織ってもらったりして、楽しんでいますが、いろんなな楽しみ方が出来ます。
お仕立てもなく、収納も場所を取りませんから、ちょこちょこお出かけになるときにしめられるのには最適なのではないでしょうか。
今は、浴衣の上に使うとか、舞踊をされる方がお求めになるのが多いのですが、絣や紬を着るときにもっと活用していただきたいと想います。
とくに、盛夏用の着物、芭蕉布や宮古上布、八重山上布、駒上布などにしめられるのも格好がいいと想います。
もちろん、それ以外の単衣や袷にもできます。
昔のテレビ番組で、市原悦子という女優が大きな柄の手縞に半幅の帯をして居るのを見て、これは美しい!とおもったものです。
半幅帯を活用することで、お手持ちの着物も新たな魅力を発揮するかも知れません。
ミンサーですと、手織りでも非常に安価ですし、絣の魅力も見直されるかもしれないと想っています。
半幅だとくだけすぎる、という話も聞きますが、カジュアルはカジュアルで、紬を着て料亭にお食事に行かれるときは名古屋帯をされれば良いわけです。
名古屋帯の良い物が少ない以上に、半幅帯の良い物はもっと少ないです。
締めても伸びない、緩まない、腰がビシッと決まる、そういうモノでなければ行けませんが、造るのにそんなに往生するものでもないと想います。
デザインも、私が画用紙やパソコンで描いても出来るわけですから、非常に自由です。
首里織の展示会を見ても、おもしろいな!楽しいな!と想う作品はミンサーに多いのです。
なぜ、こんな風に花織の帯も造れないの?と聞くと、素材が綿で安いから、と言います。
要は、びびっているのですね。気持ちは解りますが、これじゃ、面白い作品は出てきません。
そこのところ、ミンサーは若手が織っているのもあって、若さ爆発。見ているだけでルンルンしてきます。
ベテランが織った物は、それはそれで重厚さがあって、着物がしまります。
ミンサーの歴史も面白いです。
『ミンサー全書』という本が出版されていますが、沖縄の染織の歴史や四方山話も書かれていて非常に楽しい本です。
ミンサーだけでなく、他の半幅帯や兵児帯なども活用されて、着物を着る事の楽しさを、また別の角度から味わって頂くのも良いかと想います。
私も、今年は、自分でデザインしたミンサーを作って見たいと想っています。
それだけ、この話題は、消費者の方の大きな問題になっているのですね。
その事実は業界人として、真摯に受け止めたいと想います。
反省すべきは反省し、同業者にもそれを勧め、消費者の方の満足度が少しでも高くなるようにするのが私達の勤めであろうと想います。
この話とも関連するのですが、着物を着たくない、着るのがおっくう、という事の大きな理由に『帯』があるのだろうと想います。
男性の場合は、着物もついたけで、角帯や兵児帯を締めますから非常に楽で、洋服を着るより時間が掛かりません。
ところが女性となると、大変です。
近頃は前結びとかいう結び方もあるらしいですが、後ろでお太鼓を造るというのは、大変だと想います。
私が聞くだけの話でも、年齢とともに後ろに手が回らなくなったという話をしょっちゅう聞きます。
柔らかいものは別としても、そういう時は半幅帯をされたらいいのにな、と想います。
半幅帯というのは、商売的には諸刃の剣で、これがあまりに普及して名古屋帯が売れなくなると、大変。売上が落ちてしまいます(^^;)
でも、一つの提案としてお話ししておくべきだろうと想うのです。
私の場合、沖縄に関わっているので、ミンサー、とくに首里ミンサーを愛用しています。
これは綿で花織とかロートン織とかを使って織ってあるのですが、非常に具合が良いのです。
宮古島の苧麻で織ってもらったのや、芭蕉布のもありますが、これも具合が良い。
しめるのに具合が良い上に、着物の柄が切れないのがまたよいのです。
背中にお太鼓があると、着物の柄との釣り合いや相性を考えなくてはいけませんし、せっかくの着物の美しい柄が切れてしまいます。
訪問着や付下げなど、帯の部分が無地になっているものは良いのですが、小紋柄や絣などは、帯が邪魔だなぁ、と想うことが多いのです。
紅型に合わす帯が難しいのは、そもそもが帯との相性が悪いことに起因していると想いますし、絣も同じです。
沖縄の絣はうしんちーという帯をしない沖縄独特の着方をすれば非常に美しいのですが、名古屋帯などをすればどうも絣が生きない。
帯があることで絣が小さくなり、魅力を失っているとも言えると想います。
戦前とかは、兵児帯なども使われていたようで、兵児帯ならなかなか良い感じだろうと思います。
沖縄は暑いですしね。
私は着物を着て、車を運転することも多いのですが、角帯でも貝の口だと背中に当たってうっとおしい。
それで、浪人結びにするのですが、お太鼓だとさぞや気になるだろうと想います。
確かに、いまは名古屋帯や袋帯をすることが前提になっていて、羽織やコートも帯の膨らみを計算して採寸します。
見慣れているので、お太鼓が膨らんでいる方がキレイだと感じるかもしれません。
でも、もう少し半幅帯をされている方が増えても良いように想います。
ミンサーでもお好きな方はお一人で3本、5本とお求めになる方もいらっしゃって、とても喜んで頂いています。
私は、母校の150周年を記念してスクールカラーのミンサー織ってもらったりして、楽しんでいますが、いろんなな楽しみ方が出来ます。
お仕立てもなく、収納も場所を取りませんから、ちょこちょこお出かけになるときにしめられるのには最適なのではないでしょうか。
今は、浴衣の上に使うとか、舞踊をされる方がお求めになるのが多いのですが、絣や紬を着るときにもっと活用していただきたいと想います。
とくに、盛夏用の着物、芭蕉布や宮古上布、八重山上布、駒上布などにしめられるのも格好がいいと想います。
もちろん、それ以外の単衣や袷にもできます。
昔のテレビ番組で、市原悦子という女優が大きな柄の手縞に半幅の帯をして居るのを見て、これは美しい!とおもったものです。
半幅帯を活用することで、お手持ちの着物も新たな魅力を発揮するかも知れません。
ミンサーですと、手織りでも非常に安価ですし、絣の魅力も見直されるかもしれないと想っています。
半幅だとくだけすぎる、という話も聞きますが、カジュアルはカジュアルで、紬を着て料亭にお食事に行かれるときは名古屋帯をされれば良いわけです。
名古屋帯の良い物が少ない以上に、半幅帯の良い物はもっと少ないです。
締めても伸びない、緩まない、腰がビシッと決まる、そういうモノでなければ行けませんが、造るのにそんなに往生するものでもないと想います。
デザインも、私が画用紙やパソコンで描いても出来るわけですから、非常に自由です。
首里織の展示会を見ても、おもしろいな!楽しいな!と想う作品はミンサーに多いのです。
なぜ、こんな風に花織の帯も造れないの?と聞くと、素材が綿で安いから、と言います。
要は、びびっているのですね。気持ちは解りますが、これじゃ、面白い作品は出てきません。
そこのところ、ミンサーは若手が織っているのもあって、若さ爆発。見ているだけでルンルンしてきます。
ベテランが織った物は、それはそれで重厚さがあって、着物がしまります。
ミンサーの歴史も面白いです。
『ミンサー全書』という本が出版されていますが、沖縄の染織の歴史や四方山話も書かれていて非常に楽しい本です。
ミンサーだけでなく、他の半幅帯や兵児帯なども活用されて、着物を着る事の楽しさを、また別の角度から味わって頂くのも良いかと想います。
私も、今年は、自分でデザインしたミンサーを作って見たいと想っています。
Posted by 渡辺幻門 at
00:20
│Comments(2)
2012年02月16日
現代のきものライフ
昨日書いた、ブログに対してツィッターの読者の方からご意見を頂きましたので、補足的なお話しをさせて頂きたいと想います。
まず、私達、呉服商の仕事とは何か?
お客様の、体型、お顔立ち、お顔色、などに合うように、そしてご用途に合うように、着物やその周辺のものをお勧めすることです。
ところが、今は、日常の生活が西洋化しています。
服装もほとんどの人が洋服です。
では、洋服がいけないか、まったく文化的な要素がないかといえば、そんなことはありません。
非常に、機能的、用途的に優れた所もあるわけです。
例えば、シャネルスーツという服はココ・シャネルがつくり出した『ビジネス・フォーマル兼用服』です。
彼女が生きていた時代、女性の社会進出が進んで、いままでコルセットをしてドレスを着ていた人が働くようになった。
しかし、そのまま夜会にも行きたい。そんな女性たちのニーズに合わせて造られた物です。
男性が着るダークスーツというのも、ネクタイさえ変えれば、仕事の合間にフォーマルの席に参加可能です。
わかりやすい例でいえば、仕事の途中で急な訃報を聞いたとき、そのまま弔いにも行けるのです。
だから、デパートの外商マンはダークスーツを着ているのです。
私は、着物に携わる者であっても、服飾全体に対して俯瞰的な視点を忘れてはいけないと想います。
現代において、様々な便益を享受できる世の中では、洋服は洋服の、着物は着物の良い所を活かしてチョイスしていくというのが、現実的、かつ理性的な考え方ではないかと想うのです。
私がなぜ着物を着るかといえば、
ひとつには、自分の扱っている品物の品質をチェックするため。
ふたつには、着物を着ると楽であるため。
みっつには、着物を着ていくと喜んでもらえるため。
よっつには、お稽古をする上で、着物を着た方が効果的であるため。
いつつには、アピールのため。
等々あります。
では、洋服は嫌いかというと、そんなことはないし、洋服を着るときも、きちんと筋の通った物を着ています。
一番の理由は、活動的であるからですが、それだけではありません。
得意先やお世話になっている方に挨拶するときは、『正装』しなければならないからです。
私は、キャンペーンの初日は必ずダークスーツです。
なぜか?
得意先の責任者に挨拶するからです。
そしてそのまま外販に出ます。
外販では、小さな軽自動車に荷物をたくさん積み込み、場合によってはエレベーターのないマンションの階段を荷物を抱えて登らねばなりません。長崎などでは、延々と山の上にある家までにもつを抱えていきます。
正装と活動。双方をカバーするのにダークスーツが一番よいのです。
デパートの社員の女性は、ほとんど着物を着ていません。
でも、ほんとうにお客様の事をよく考えて、着物に詳しい方もたくさんおられます。
ですから、実感として、『着物を着ていない呉服屋なんて』というのは、納得できないのです。
前述の通り、私達呉服商の仕事は、お客様に合った着物をお勧めすることです。
それは、現代の生活にあった内容の物であるべきだと私は考えます。
お買い物も、掃除も洗濯も、なにをするときも着物を着ていらっしゃるというのは、本当にありがたいことだと想います。
しかしながら、それは今となっては一般的ではありません。
一番変化しているのは着物に対する感覚です。
沖縄で言えば、昔は、王族から庶民まで幅広く芭蕉布は着用されていました。
でも、谷茶目のように芭蕉布を着て、漁をするなんてことが今できるでしょうか。
日常着としての着物という色彩が極端に薄れていて、着物=非日常と捉えるのが一般的だと想います。
もし、日常と捉えたとして、その日常着を着て、お客様をおもてなしする店に出るのが正解でしょうか?
洋服で言えば、高級ブランドの洋服を勧める店員がGパンにTシャツでいいでしょうか。
やっぱり、それなりのきちんとしたスーツやそれに値する物を着用すべきでしょう。
TPOや用途、そして礼節から離れて、『キモノ』というものがあたかも隔離された世界の物であるかのように想って欲しくないのです。
店頭に立つ、あるいは展示会で接客するなら、キモノか洋服かより、まずは『お客様に対するのに失礼でない装い』というものを考えるべきでしょう。
そこのところを一番わかっていないと行けないのが呉服屋のはずなんです。
いくらいつもキモノを着ていても、洋服のTPOはちんぷんかんぷんでは、論外なのです。
服飾には経の分類と緯の分類があります。
わたしはキモノのTPOを説明するときによく洋装の緯の分類を例示します。
つまり、経は大きく分けて洋か和か、緯はTPOです。
呉服屋を大きく服飾文化のお手伝い役とすれば、洋も和も精通していなければならないのです。
それであってこそ、キモノに関しても的確なアドバイスが出来るのだ、と私は思うのです。
『キモノを特別扱いしないでほしい』というのはそういうことなのです。
キモノの生活から乖離してしまった現代において、どうキモノというものを位置づけて、よりよいきものライフを送って頂くか、それを考えるのが、今の呉服屋の勤めであろうと想います。
普段からキモノの生活をされている方にはそれにあった品物とアドバイスを、ちょいちょい着る人、滅多に着ない人、それぞれにあったサービスをするのが、本当のプロじゃないでしょうか。
そのためには、キモノと洋服のバランス、役割分担にも冷静に眼をむけ、考えを整理しておかねばならないだろうと私は思います。
続きを読む
まず、私達、呉服商の仕事とは何か?
お客様の、体型、お顔立ち、お顔色、などに合うように、そしてご用途に合うように、着物やその周辺のものをお勧めすることです。
ところが、今は、日常の生活が西洋化しています。
服装もほとんどの人が洋服です。
では、洋服がいけないか、まったく文化的な要素がないかといえば、そんなことはありません。
非常に、機能的、用途的に優れた所もあるわけです。
例えば、シャネルスーツという服はココ・シャネルがつくり出した『ビジネス・フォーマル兼用服』です。
彼女が生きていた時代、女性の社会進出が進んで、いままでコルセットをしてドレスを着ていた人が働くようになった。
しかし、そのまま夜会にも行きたい。そんな女性たちのニーズに合わせて造られた物です。
男性が着るダークスーツというのも、ネクタイさえ変えれば、仕事の合間にフォーマルの席に参加可能です。
わかりやすい例でいえば、仕事の途中で急な訃報を聞いたとき、そのまま弔いにも行けるのです。
だから、デパートの外商マンはダークスーツを着ているのです。
私は、着物に携わる者であっても、服飾全体に対して俯瞰的な視点を忘れてはいけないと想います。
現代において、様々な便益を享受できる世の中では、洋服は洋服の、着物は着物の良い所を活かしてチョイスしていくというのが、現実的、かつ理性的な考え方ではないかと想うのです。
私がなぜ着物を着るかといえば、
ひとつには、自分の扱っている品物の品質をチェックするため。
ふたつには、着物を着ると楽であるため。
みっつには、着物を着ていくと喜んでもらえるため。
よっつには、お稽古をする上で、着物を着た方が効果的であるため。
いつつには、アピールのため。
等々あります。
では、洋服は嫌いかというと、そんなことはないし、洋服を着るときも、きちんと筋の通った物を着ています。
一番の理由は、活動的であるからですが、それだけではありません。
得意先やお世話になっている方に挨拶するときは、『正装』しなければならないからです。
私は、キャンペーンの初日は必ずダークスーツです。
なぜか?
得意先の責任者に挨拶するからです。
そしてそのまま外販に出ます。
外販では、小さな軽自動車に荷物をたくさん積み込み、場合によってはエレベーターのないマンションの階段を荷物を抱えて登らねばなりません。長崎などでは、延々と山の上にある家までにもつを抱えていきます。
正装と活動。双方をカバーするのにダークスーツが一番よいのです。
デパートの社員の女性は、ほとんど着物を着ていません。
でも、ほんとうにお客様の事をよく考えて、着物に詳しい方もたくさんおられます。
ですから、実感として、『着物を着ていない呉服屋なんて』というのは、納得できないのです。
前述の通り、私達呉服商の仕事は、お客様に合った着物をお勧めすることです。
それは、現代の生活にあった内容の物であるべきだと私は考えます。
お買い物も、掃除も洗濯も、なにをするときも着物を着ていらっしゃるというのは、本当にありがたいことだと想います。
しかしながら、それは今となっては一般的ではありません。
一番変化しているのは着物に対する感覚です。
沖縄で言えば、昔は、王族から庶民まで幅広く芭蕉布は着用されていました。
でも、谷茶目のように芭蕉布を着て、漁をするなんてことが今できるでしょうか。
日常着としての着物という色彩が極端に薄れていて、着物=非日常と捉えるのが一般的だと想います。
もし、日常と捉えたとして、その日常着を着て、お客様をおもてなしする店に出るのが正解でしょうか?
洋服で言えば、高級ブランドの洋服を勧める店員がGパンにTシャツでいいでしょうか。
やっぱり、それなりのきちんとしたスーツやそれに値する物を着用すべきでしょう。
TPOや用途、そして礼節から離れて、『キモノ』というものがあたかも隔離された世界の物であるかのように想って欲しくないのです。
店頭に立つ、あるいは展示会で接客するなら、キモノか洋服かより、まずは『お客様に対するのに失礼でない装い』というものを考えるべきでしょう。
そこのところを一番わかっていないと行けないのが呉服屋のはずなんです。
いくらいつもキモノを着ていても、洋服のTPOはちんぷんかんぷんでは、論外なのです。
服飾には経の分類と緯の分類があります。
わたしはキモノのTPOを説明するときによく洋装の緯の分類を例示します。
つまり、経は大きく分けて洋か和か、緯はTPOです。
呉服屋を大きく服飾文化のお手伝い役とすれば、洋も和も精通していなければならないのです。
それであってこそ、キモノに関しても的確なアドバイスが出来るのだ、と私は思うのです。
『キモノを特別扱いしないでほしい』というのはそういうことなのです。
キモノの生活から乖離してしまった現代において、どうキモノというものを位置づけて、よりよいきものライフを送って頂くか、それを考えるのが、今の呉服屋の勤めであろうと想います。
普段からキモノの生活をされている方にはそれにあった品物とアドバイスを、ちょいちょい着る人、滅多に着ない人、それぞれにあったサービスをするのが、本当のプロじゃないでしょうか。
そのためには、キモノと洋服のバランス、役割分担にも冷静に眼をむけ、考えを整理しておかねばならないだろうと私は思います。
続きを読む
Posted by 渡辺幻門 at
22:44
│Comments(0)
2012年02月16日
現代のきものライフ
昨日書いた、ブログに対してツィッターの読者の方からご意見を頂きましたので、補足的なお話しをさせて頂きたいと想います。
まず、私達、呉服商の仕事とは何か?
お客様の、体型、お顔立ち、お顔色、などに合うように、そしてご用途に合うように、着物やその周辺のものをお勧めすることです。
ところが、今は、日常の生活が西洋化しています。
服装もほとんどの人が洋服です。
では、洋服がいけないか、まったく文化的な要素がないかといえば、そんなことはありません。
非常に、機能的、用途的に優れた所もあるわけです。
例えば、シャネルスーツという服はココ・シャネルがつくり出した『ビジネス・フォーマル兼用服』です。
彼女が生きていた時代、女性の社会進出が進んで、いままでコルセットをしてドレスを着ていた人が働くようになった。
しかし、そのまま夜会にも行きたい。そんな女性たちのニーズに合わせて造られた物です。
男性が着るダークスーツというのも、ネクタイさえ変えれば、仕事の合間にフォーマルの席に参加可能です。
わかりやすい例でいえば、仕事の途中で急な訃報を聞いたとき、そのまま弔いにも行けるのです。
だから、デパートの外商マンはダークスーツを着ているのです。
私は、着物に携わる者であっても、服飾全体に対して俯瞰的な視点を忘れてはいけないと想います。
現代において、様々な便益を享受できる世の中では、洋服は洋服の、着物は着物の良い所を活かしてチョイスしていくというのが、現実的、かつ理性的な考え方ではないかと想うのです。
私がなぜ着物を着るかといえば、
ひとつには、自分の扱っている品物の品質をチェックするため。
ふたつには、着物を着ると楽であるため。
みっつには、着物を着ていくと喜んでもらえるため。
よっつには、お稽古をする上で、着物を着た方が効果的であるため。
いつつには、アピールのため。
等々あります。
では、洋服は嫌いかというと、そんなことはないし、洋服を着るときも、きちんと筋の通った物を着ています。
一番の理由は、活動的であるからですが、それだけではありません。
得意先やお世話になっている方に挨拶するときは、『正装』しなければならないからです。
私は、キャンペーンの初日は必ずダークスーツです。
なぜか?
得意先の責任者に挨拶するからです。
そしてそのまま外販に出ます。
外販では、小さな軽自動車に荷物をたくさん積み込み、場合によってはエレベーターのないマンションの階段を荷物を抱えて登らねばなりません。長崎などでは、延々と山の上にある家までにもつを抱えていきます。
正装と活動。双方をカバーするのにダークスーツが一番よいのです。
デパートの社員の女性は、ほとんど着物を着ていません。
でも、ほんとうにお客様の事をよく考えて、着物に詳しい方もたくさんおられます。
ですから、実感として、『着物を着ていない呉服屋なんて』というのは、納得できないのです。
前述の通り、私達呉服商の仕事は、お客様に合った着物をお勧めすることです。
それは、現代の生活にあった内容の物であるべきだと私は考えます。
お買い物も、掃除も洗濯も、なにをするときも着物を着ていらっしゃるというのは、本当にありがたいことだと想います。
しかしながら、それは今となっては一般的ではありません。
一番変化しているのは着物に対する感覚です。
沖縄で言えば、昔は、王族から庶民まで幅広く芭蕉布は着用されていました。
でも、谷茶目のように芭蕉布を着て、漁をするなんてことが今できるでしょうか。
日常着としての着物という色彩が極端に薄れていて、着物=非日常と捉えるのが一般的だと想います。
もし、日常と捉えたとして、その日常着を着て、お客様をおもてなしする店に出るのが正解でしょうか?
洋服で言えば、高級ブランドの洋服を勧める店員がGパンにTシャツでいいでしょうか。
やっぱり、それなりのきちんとしたスーツやそれに値する物を着用すべきでしょう。
TPOや用途、そして礼節から離れて、『キモノ』というものがあたかも隔離された世界の物であるかのように想って欲しくないのです。
店頭に立つ、あるいは展示会で接客するなら、キモノか洋服かより、まずは『お客様に対するのに失礼でない装い』というものを考えるべきでしょう。
そこのところを一番わかっていないと行けないのが呉服屋のはずなんです。
いくらいつもキモノを着ていても、洋服のTPOはちんぷんかんぷんでは、論外なのです。
服飾には経の分類と緯の分類があります。
わたしはキモノのTPOを説明するときによく洋装の緯の分類を例示します。
つまり、経は大きく分けて洋か和か、緯はTPOです。
呉服屋を大きく服飾文化のお手伝い役とすれば、洋も和も精通していなければならないのです。
それであってこそ、キモノに関しても的確なアドバイスが出来るのだ、と私は思うのです。
『キモノを特別扱いしないでほしい』というのはそういうことなのです。
キモノの生活から乖離してしまった現代において、どうキモノというものを位置づけて、よりよいきものライフを送って頂くか、それを考えるのが、今の呉服屋の勤めであろうと想います。
普段からキモノの生活をされている方にはそれにあった品物とアドバイスを、ちょいちょい着る人、滅多に着ない人、それぞれにあったサービスをするのが、本当のプロじゃないでしょうか。
そのためには、キモノと洋服のバランス、役割分担にも冷静に眼をむけ、考えを整理しておかねばならないだろうと私は思います。
続きを読む
まず、私達、呉服商の仕事とは何か?
お客様の、体型、お顔立ち、お顔色、などに合うように、そしてご用途に合うように、着物やその周辺のものをお勧めすることです。
ところが、今は、日常の生活が西洋化しています。
服装もほとんどの人が洋服です。
では、洋服がいけないか、まったく文化的な要素がないかといえば、そんなことはありません。
非常に、機能的、用途的に優れた所もあるわけです。
例えば、シャネルスーツという服はココ・シャネルがつくり出した『ビジネス・フォーマル兼用服』です。
彼女が生きていた時代、女性の社会進出が進んで、いままでコルセットをしてドレスを着ていた人が働くようになった。
しかし、そのまま夜会にも行きたい。そんな女性たちのニーズに合わせて造られた物です。
男性が着るダークスーツというのも、ネクタイさえ変えれば、仕事の合間にフォーマルの席に参加可能です。
わかりやすい例でいえば、仕事の途中で急な訃報を聞いたとき、そのまま弔いにも行けるのです。
だから、デパートの外商マンはダークスーツを着ているのです。
私は、着物に携わる者であっても、服飾全体に対して俯瞰的な視点を忘れてはいけないと想います。
現代において、様々な便益を享受できる世の中では、洋服は洋服の、着物は着物の良い所を活かしてチョイスしていくというのが、現実的、かつ理性的な考え方ではないかと想うのです。
私がなぜ着物を着るかといえば、
ひとつには、自分の扱っている品物の品質をチェックするため。
ふたつには、着物を着ると楽であるため。
みっつには、着物を着ていくと喜んでもらえるため。
よっつには、お稽古をする上で、着物を着た方が効果的であるため。
いつつには、アピールのため。
等々あります。
では、洋服は嫌いかというと、そんなことはないし、洋服を着るときも、きちんと筋の通った物を着ています。
一番の理由は、活動的であるからですが、それだけではありません。
得意先やお世話になっている方に挨拶するときは、『正装』しなければならないからです。
私は、キャンペーンの初日は必ずダークスーツです。
なぜか?
得意先の責任者に挨拶するからです。
そしてそのまま外販に出ます。
外販では、小さな軽自動車に荷物をたくさん積み込み、場合によってはエレベーターのないマンションの階段を荷物を抱えて登らねばなりません。長崎などでは、延々と山の上にある家までにもつを抱えていきます。
正装と活動。双方をカバーするのにダークスーツが一番よいのです。
デパートの社員の女性は、ほとんど着物を着ていません。
でも、ほんとうにお客様の事をよく考えて、着物に詳しい方もたくさんおられます。
ですから、実感として、『着物を着ていない呉服屋なんて』というのは、納得できないのです。
前述の通り、私達呉服商の仕事は、お客様に合った着物をお勧めすることです。
それは、現代の生活にあった内容の物であるべきだと私は考えます。
お買い物も、掃除も洗濯も、なにをするときも着物を着ていらっしゃるというのは、本当にありがたいことだと想います。
しかしながら、それは今となっては一般的ではありません。
一番変化しているのは着物に対する感覚です。
沖縄で言えば、昔は、王族から庶民まで幅広く芭蕉布は着用されていました。
でも、谷茶目のように芭蕉布を着て、漁をするなんてことが今できるでしょうか。
日常着としての着物という色彩が極端に薄れていて、着物=非日常と捉えるのが一般的だと想います。
もし、日常と捉えたとして、その日常着を着て、お客様をおもてなしする店に出るのが正解でしょうか?
洋服で言えば、高級ブランドの洋服を勧める店員がGパンにTシャツでいいでしょうか。
やっぱり、それなりのきちんとしたスーツやそれに値する物を着用すべきでしょう。
TPOや用途、そして礼節から離れて、『キモノ』というものがあたかも隔離された世界の物であるかのように想って欲しくないのです。
店頭に立つ、あるいは展示会で接客するなら、キモノか洋服かより、まずは『お客様に対するのに失礼でない装い』というものを考えるべきでしょう。
そこのところを一番わかっていないと行けないのが呉服屋のはずなんです。
いくらいつもキモノを着ていても、洋服のTPOはちんぷんかんぷんでは、論外なのです。
服飾には経の分類と緯の分類があります。
わたしはキモノのTPOを説明するときによく洋装の緯の分類を例示します。
つまり、経は大きく分けて洋か和か、緯はTPOです。
呉服屋を大きく服飾文化のお手伝い役とすれば、洋も和も精通していなければならないのです。
それであってこそ、キモノに関しても的確なアドバイスが出来るのだ、と私は思うのです。
『キモノを特別扱いしないでほしい』というのはそういうことなのです。
キモノの生活から乖離してしまった現代において、どうキモノというものを位置づけて、よりよいきものライフを送って頂くか、それを考えるのが、今の呉服屋の勤めであろうと想います。
普段からキモノの生活をされている方にはそれにあった品物とアドバイスを、ちょいちょい着る人、滅多に着ない人、それぞれにあったサービスをするのが、本当のプロじゃないでしょうか。
そのためには、キモノと洋服のバランス、役割分担にも冷静に眼をむけ、考えを整理しておかねばならないだろうと私は思います。
続きを読む
Posted by 渡辺幻門 at
22:44
│Comments(0)
2012年02月15日
呉服屋ならいつも着物があたりまえか?
ちょっと気になったので書いておきます。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
Posted by 渡辺幻門 at
23:54
│Comments(3)
2012年02月15日
呉服屋ならいつも着物があたりまえか?
ちょっと気になったので書いておきます。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
Posted by 渡辺幻門 at
23:54
│Comments(3)
2012年02月15日
絣についておもうこと。
今夜、居酒屋に行ったら、女将さんが絣の着物を着ていました。
割烹着でほとんど隠れていましたが、おそらく南風原の古い木綿絣だと想います。
絣は粗いものでしたが、それなりに味わいがあり、普段ちょこっときたり、お店で着るにはとても良いと想います。
それで、ビールを飲みながら、ちょっと絣について考えたりしました。
絣というのは、基本的にカジュアルで、礼装には向きません。
それは沖縄だけでなくて、日本中ある絣がそうですね。
そして、その多くが元々は木綿で織られていた。
私のように沖縄の染織を専門にやっていると感覚が違ってくるのですが、織物というのは基本的には無地、縞、格子、そして絣しかありません。
いわゆる民藝というものに分類される織物はそうですね。
民藝なんですから、基本的に、そして原初的には普段の生活の中で着用されていたわけです。
庶民の生活の中では、絹の着物というのは上等、よそいきで、普段は木綿の着物だった。
その前は、麻が主流でしたし、沖縄では芭蕉が幅広く着用されていたわけです。
無地、縞、格子しかない織物の中に具象柄を入れたのが絣でしょうね。
絣というと、今はあまり人気がありません。
お客様の声で多いのは『あまりにくだけすぎるから』というのが多いのです。
確かにそうですね。
居酒屋のオバチャンが来ている着物から、うどん屋の座布団から、沖縄では、ご丁寧にモノレールのシートまで絣柄です。
つまり、庶民の生活に根ざした柄物、というのが絣の姿なんですね。
沖縄の、手縞、縞ぬ中、諸取切といった、いわゆる手結絣の着物は、別格の美しさがありますが、それでも『金持ちの普段着』と言われていたそうです。
久留米絣なども、すばらしい染織品ですが、晴れやかさというよりも、やはり素朴な美しさというのが持ち味だと想います。
それはそれで良いはずなのに、とても値打ちのあるものであるはずなのに、何故、絣が好まれなくなってしまったのか。
これはいろんな理由があると想います。
一つには前述した、カジュアルすぎる、ということでしょう。
カジュアルすぎるといえば、聞こえがいいですが、中身は『野暮ったい』という事なのですね。
なぜ、そう見えるかというとやっぱり、良い絣が少ないからだと想います。
現に、手結いの素晴らしい首里の織物や芭蕉布を見て、野暮ったいと言う人はいませんし、絣だからどうこうという人もいません。
首里の織物や芭蕉布、そして久留米絣のような本当によい絣は、価格が非常に高いのです。
郡上織なんていうのも、良い物を造っていたようですが、非常に高い。
普段に着る着物なのに、高い。
ここが花織、花倉織と違うところなのだろうと想います。
花織や花倉織は、やっぱり、それなりにドレッシーなんですね。
パーティーに着て行かれても、違和感を感じさせないくらいの華やかさがある。
でも、絣の着物だとやっぱり、すこしくだけた感じを持たれるのは否定できないと想います。
じゃ、絣は無くなっても良いのか?と言えば、私は絣が大好きですし、なんとか残していきたいと想うのです。
良い絣がないから人気がないのだとしたら、良い絣とはなんでしょうか。
私は、小柄志向が絣をダメにした大きな要因ではないかと想います。
絣のおもしろさは、絣足にあります。
ぼやーとしたにじみのような味ですね。
これが、柄が細かくなると出ないのです。
手結いのようなシャープな絣もありますが、絵絣の場合はこの絣足の美しさが絣の価値を決めると想うのです。
柳宗悦だったか、忘れましたが、『小宇宙』と表現していた人がいたと想います。
沖縄の場合は多彩な色絣もありますが、内地のものはほとんど絣は白です。あるいは1色です。
ですから、絣足に味わいがないと、非常に単調になるんですね。
民芸館などで、古い一玉の絣を見ると非常に美しい。うっとりするくらいです。
そして、専門家に聞いてみないと確証を持って言えませんが、絹に括るのと、木綿や芭蕉・麻に括るのとでは、
絣の出方、つまり、括った部分の染料の浸透の仕方が違うのじゃないか、とも想うのです。
木綿の方が、味わいが大きく出るような気がするのです。
沖縄で木綿を観る事はいまはあまり多くないですが、久留米なんかを見ると、木綿の方が味があるように感じます。
絹の方が精巧な感じはしますが、味は綿にあると想います。
素材感の差もあるのでしょうが、高級な着物にしようとしてなんでもかんでも絹を使い始めたところから、絣の良さは失われたのではないでしょうか。
久米島なんかも、むかしの荒っぽい時代のほうが、味わいがあった。
いまは、キレイになりすぎて、面白く無い。
庶民の着物としておられてきた絣が、精巧さと高級感を追求し始めたところから、間違いが始まっているのかもしれません。
素材と技法というのは、そもそも切っても切れない関係にあるわけで、素材が変われば技法も変わります。
芭蕉布がいまでも絣の美しさを保っているのは、それがそもそも芭蕉に表現されていたからでしょう。
では、絣が木綿や麻で造られるようになったら、美しい物ができて、人気も復活するのか?
どうでしょう?
着物を着る人は『田舎のオバチャン』と見られたくないわけですから、安っぽい木綿絣は見向きもされないと想います。
でも、八重山上布なんていうのは、新垣幸子さんの作品なんて高価なのに受け入れられている。
新垣幸子さんの作品をみて、野暮ったい、田舎くさい、なんて言う人は誰もいません。
なぜでしょうか?
素材感を活かし、デザインを洗練させること。
そして、それでいて、多くの人に手が届く価格帯を維持すること。
木綿の糸が絹と比べて安いといっても、反物の値段のほとんどは工賃なのですから、手染め、手織りでやればそれなりの価格になってしまいますね。
非常に悩ましい問題です。
素材、デザイン、手間、品質、などの品物の価値と、消費者の許容する価格の交点をどこに見出すか。
・・・・・・
だめです。まだ、結論がでません・・・
割烹着でほとんど隠れていましたが、おそらく南風原の古い木綿絣だと想います。
絣は粗いものでしたが、それなりに味わいがあり、普段ちょこっときたり、お店で着るにはとても良いと想います。
それで、ビールを飲みながら、ちょっと絣について考えたりしました。
絣というのは、基本的にカジュアルで、礼装には向きません。
それは沖縄だけでなくて、日本中ある絣がそうですね。
そして、その多くが元々は木綿で織られていた。
私のように沖縄の染織を専門にやっていると感覚が違ってくるのですが、織物というのは基本的には無地、縞、格子、そして絣しかありません。
いわゆる民藝というものに分類される織物はそうですね。
民藝なんですから、基本的に、そして原初的には普段の生活の中で着用されていたわけです。
庶民の生活の中では、絹の着物というのは上等、よそいきで、普段は木綿の着物だった。
その前は、麻が主流でしたし、沖縄では芭蕉が幅広く着用されていたわけです。
無地、縞、格子しかない織物の中に具象柄を入れたのが絣でしょうね。
絣というと、今はあまり人気がありません。
お客様の声で多いのは『あまりにくだけすぎるから』というのが多いのです。
確かにそうですね。
居酒屋のオバチャンが来ている着物から、うどん屋の座布団から、沖縄では、ご丁寧にモノレールのシートまで絣柄です。
つまり、庶民の生活に根ざした柄物、というのが絣の姿なんですね。
沖縄の、手縞、縞ぬ中、諸取切といった、いわゆる手結絣の着物は、別格の美しさがありますが、それでも『金持ちの普段着』と言われていたそうです。
久留米絣なども、すばらしい染織品ですが、晴れやかさというよりも、やはり素朴な美しさというのが持ち味だと想います。
それはそれで良いはずなのに、とても値打ちのあるものであるはずなのに、何故、絣が好まれなくなってしまったのか。
これはいろんな理由があると想います。
一つには前述した、カジュアルすぎる、ということでしょう。
カジュアルすぎるといえば、聞こえがいいですが、中身は『野暮ったい』という事なのですね。
なぜ、そう見えるかというとやっぱり、良い絣が少ないからだと想います。
現に、手結いの素晴らしい首里の織物や芭蕉布を見て、野暮ったいと言う人はいませんし、絣だからどうこうという人もいません。
首里の織物や芭蕉布、そして久留米絣のような本当によい絣は、価格が非常に高いのです。
郡上織なんていうのも、良い物を造っていたようですが、非常に高い。
普段に着る着物なのに、高い。
ここが花織、花倉織と違うところなのだろうと想います。
花織や花倉織は、やっぱり、それなりにドレッシーなんですね。
パーティーに着て行かれても、違和感を感じさせないくらいの華やかさがある。
でも、絣の着物だとやっぱり、すこしくだけた感じを持たれるのは否定できないと想います。
じゃ、絣は無くなっても良いのか?と言えば、私は絣が大好きですし、なんとか残していきたいと想うのです。
良い絣がないから人気がないのだとしたら、良い絣とはなんでしょうか。
私は、小柄志向が絣をダメにした大きな要因ではないかと想います。
絣のおもしろさは、絣足にあります。
ぼやーとしたにじみのような味ですね。
これが、柄が細かくなると出ないのです。
手結いのようなシャープな絣もありますが、絵絣の場合はこの絣足の美しさが絣の価値を決めると想うのです。
柳宗悦だったか、忘れましたが、『小宇宙』と表現していた人がいたと想います。
沖縄の場合は多彩な色絣もありますが、内地のものはほとんど絣は白です。あるいは1色です。
ですから、絣足に味わいがないと、非常に単調になるんですね。
民芸館などで、古い一玉の絣を見ると非常に美しい。うっとりするくらいです。
そして、専門家に聞いてみないと確証を持って言えませんが、絹に括るのと、木綿や芭蕉・麻に括るのとでは、
絣の出方、つまり、括った部分の染料の浸透の仕方が違うのじゃないか、とも想うのです。
木綿の方が、味わいが大きく出るような気がするのです。
沖縄で木綿を観る事はいまはあまり多くないですが、久留米なんかを見ると、木綿の方が味があるように感じます。
絹の方が精巧な感じはしますが、味は綿にあると想います。
素材感の差もあるのでしょうが、高級な着物にしようとしてなんでもかんでも絹を使い始めたところから、絣の良さは失われたのではないでしょうか。
久米島なんかも、むかしの荒っぽい時代のほうが、味わいがあった。
いまは、キレイになりすぎて、面白く無い。
庶民の着物としておられてきた絣が、精巧さと高級感を追求し始めたところから、間違いが始まっているのかもしれません。
素材と技法というのは、そもそも切っても切れない関係にあるわけで、素材が変われば技法も変わります。
芭蕉布がいまでも絣の美しさを保っているのは、それがそもそも芭蕉に表現されていたからでしょう。
では、絣が木綿や麻で造られるようになったら、美しい物ができて、人気も復活するのか?
どうでしょう?
着物を着る人は『田舎のオバチャン』と見られたくないわけですから、安っぽい木綿絣は見向きもされないと想います。
でも、八重山上布なんていうのは、新垣幸子さんの作品なんて高価なのに受け入れられている。
新垣幸子さんの作品をみて、野暮ったい、田舎くさい、なんて言う人は誰もいません。
なぜでしょうか?
素材感を活かし、デザインを洗練させること。
そして、それでいて、多くの人に手が届く価格帯を維持すること。
木綿の糸が絹と比べて安いといっても、反物の値段のほとんどは工賃なのですから、手染め、手織りでやればそれなりの価格になってしまいますね。
非常に悩ましい問題です。
素材、デザイン、手間、品質、などの品物の価値と、消費者の許容する価格の交点をどこに見出すか。
・・・・・・
だめです。まだ、結論がでません・・・
Posted by 渡辺幻門 at
00:27
│Comments(2)
2012年02月15日
絣についておもうこと。
今夜、居酒屋に行ったら、女将さんが絣の着物を着ていました。
割烹着でほとんど隠れていましたが、おそらく南風原の古い木綿絣だと想います。
絣は粗いものでしたが、それなりに味わいがあり、普段ちょこっときたり、お店で着るにはとても良いと想います。
それで、ビールを飲みながら、ちょっと絣について考えたりしました。
絣というのは、基本的にカジュアルで、礼装には向きません。
それは沖縄だけでなくて、日本中ある絣がそうですね。
そして、その多くが元々は木綿で織られていた。
私のように沖縄の染織を専門にやっていると感覚が違ってくるのですが、織物というのは基本的には無地、縞、格子、そして絣しかありません。
いわゆる民藝というものに分類される織物はそうですね。
民藝なんですから、基本的に、そして原初的には普段の生活の中で着用されていたわけです。
庶民の生活の中では、絹の着物というのは上等、よそいきで、普段は木綿の着物だった。
その前は、麻が主流でしたし、沖縄では芭蕉が幅広く着用されていたわけです。
無地、縞、格子しかない織物の中に具象柄を入れたのが絣でしょうね。
絣というと、今はあまり人気がありません。
お客様の声で多いのは『あまりにくだけすぎるから』というのが多いのです。
確かにそうですね。
居酒屋のオバチャンが来ている着物から、うどん屋の座布団から、沖縄では、ご丁寧にモノレールのシートまで絣柄です。
つまり、庶民の生活に根ざした柄物、というのが絣の姿なんですね。
沖縄の、手縞、縞ぬ中、諸取切といった、いわゆる手結絣の着物は、別格の美しさがありますが、それでも『金持ちの普段着』と言われていたそうです。
久留米絣なども、すばらしい染織品ですが、晴れやかさというよりも、やはり素朴な美しさというのが持ち味だと想います。
それはそれで良いはずなのに、とても値打ちのあるものであるはずなのに、何故、絣が好まれなくなってしまったのか。
これはいろんな理由があると想います。
一つには前述した、カジュアルすぎる、ということでしょう。
カジュアルすぎるといえば、聞こえがいいですが、中身は『野暮ったい』という事なのですね。
なぜ、そう見えるかというとやっぱり、良い絣が少ないからだと想います。
現に、手結いの素晴らしい首里の織物や芭蕉布を見て、野暮ったいと言う人はいませんし、絣だからどうこうという人もいません。
首里の織物や芭蕉布、そして久留米絣のような本当によい絣は、価格が非常に高いのです。
郡上織なんていうのも、良い物を造っていたようですが、非常に高い。
普段に着る着物なのに、高い。
ここが花織、花倉織と違うところなのだろうと想います。
花織や花倉織は、やっぱり、それなりにドレッシーなんですね。
パーティーに着て行かれても、違和感を感じさせないくらいの華やかさがある。
でも、絣の着物だとやっぱり、すこしくだけた感じを持たれるのは否定できないと想います。
じゃ、絣は無くなっても良いのか?と言えば、私は絣が大好きですし、なんとか残していきたいと想うのです。
良い絣がないから人気がないのだとしたら、良い絣とはなんでしょうか。
私は、小柄志向が絣をダメにした大きな要因ではないかと想います。
絣のおもしろさは、絣足にあります。
ぼやーとしたにじみのような味ですね。
これが、柄が細かくなると出ないのです。
手結いのようなシャープな絣もありますが、絵絣の場合はこの絣足の美しさが絣の価値を決めると想うのです。
柳宗悦だったか、忘れましたが、『小宇宙』と表現していた人がいたと想います。
沖縄の場合は多彩な色絣もありますが、内地のものはほとんど絣は白です。あるいは1色です。
ですから、絣足に味わいがないと、非常に単調になるんですね。
民芸館などで、古い一玉の絣を見ると非常に美しい。うっとりするくらいです。
そして、専門家に聞いてみないと確証を持って言えませんが、絹に括るのと、木綿や芭蕉・麻に括るのとでは、
絣の出方、つまり、括った部分の染料の浸透の仕方が違うのじゃないか、とも想うのです。
木綿の方が、味わいが大きく出るような気がするのです。
沖縄で木綿を観る事はいまはあまり多くないですが、久留米なんかを見ると、木綿の方が味があるように感じます。
絹の方が精巧な感じはしますが、味は綿にあると想います。
素材感の差もあるのでしょうが、高級な着物にしようとしてなんでもかんでも絹を使い始めたところから、絣の良さは失われたのではないでしょうか。
久米島なんかも、むかしの荒っぽい時代のほうが、味わいがあった。
いまは、キレイになりすぎて、面白く無い。
庶民の着物としておられてきた絣が、精巧さと高級感を追求し始めたところから、間違いが始まっているのかもしれません。
素材と技法というのは、そもそも切っても切れない関係にあるわけで、素材が変われば技法も変わります。
芭蕉布がいまでも絣の美しさを保っているのは、それがそもそも芭蕉に表現されていたからでしょう。
では、絣が木綿や麻で造られるようになったら、美しい物ができて、人気も復活するのか?
どうでしょう?
着物を着る人は『田舎のオバチャン』と見られたくないわけですから、安っぽい木綿絣は見向きもされないと想います。
でも、八重山上布なんていうのは、新垣幸子さんの作品なんて高価なのに受け入れられている。
新垣幸子さんの作品をみて、野暮ったい、田舎くさい、なんて言う人は誰もいません。
なぜでしょうか?
素材感を活かし、デザインを洗練させること。
そして、それでいて、多くの人に手が届く価格帯を維持すること。
木綿の糸が絹と比べて安いといっても、反物の値段のほとんどは工賃なのですから、手染め、手織りでやればそれなりの価格になってしまいますね。
非常に悩ましい問題です。
素材、デザイン、手間、品質、などの品物の価値と、消費者の許容する価格の交点をどこに見出すか。
・・・・・・
だめです。まだ、結論がでません・・・
割烹着でほとんど隠れていましたが、おそらく南風原の古い木綿絣だと想います。
絣は粗いものでしたが、それなりに味わいがあり、普段ちょこっときたり、お店で着るにはとても良いと想います。
それで、ビールを飲みながら、ちょっと絣について考えたりしました。
絣というのは、基本的にカジュアルで、礼装には向きません。
それは沖縄だけでなくて、日本中ある絣がそうですね。
そして、その多くが元々は木綿で織られていた。
私のように沖縄の染織を専門にやっていると感覚が違ってくるのですが、織物というのは基本的には無地、縞、格子、そして絣しかありません。
いわゆる民藝というものに分類される織物はそうですね。
民藝なんですから、基本的に、そして原初的には普段の生活の中で着用されていたわけです。
庶民の生活の中では、絹の着物というのは上等、よそいきで、普段は木綿の着物だった。
その前は、麻が主流でしたし、沖縄では芭蕉が幅広く着用されていたわけです。
無地、縞、格子しかない織物の中に具象柄を入れたのが絣でしょうね。
絣というと、今はあまり人気がありません。
お客様の声で多いのは『あまりにくだけすぎるから』というのが多いのです。
確かにそうですね。
居酒屋のオバチャンが来ている着物から、うどん屋の座布団から、沖縄では、ご丁寧にモノレールのシートまで絣柄です。
つまり、庶民の生活に根ざした柄物、というのが絣の姿なんですね。
沖縄の、手縞、縞ぬ中、諸取切といった、いわゆる手結絣の着物は、別格の美しさがありますが、それでも『金持ちの普段着』と言われていたそうです。
久留米絣なども、すばらしい染織品ですが、晴れやかさというよりも、やはり素朴な美しさというのが持ち味だと想います。
それはそれで良いはずなのに、とても値打ちのあるものであるはずなのに、何故、絣が好まれなくなってしまったのか。
これはいろんな理由があると想います。
一つには前述した、カジュアルすぎる、ということでしょう。
カジュアルすぎるといえば、聞こえがいいですが、中身は『野暮ったい』という事なのですね。
なぜ、そう見えるかというとやっぱり、良い絣が少ないからだと想います。
現に、手結いの素晴らしい首里の織物や芭蕉布を見て、野暮ったいと言う人はいませんし、絣だからどうこうという人もいません。
首里の織物や芭蕉布、そして久留米絣のような本当によい絣は、価格が非常に高いのです。
郡上織なんていうのも、良い物を造っていたようですが、非常に高い。
普段に着る着物なのに、高い。
ここが花織、花倉織と違うところなのだろうと想います。
花織や花倉織は、やっぱり、それなりにドレッシーなんですね。
パーティーに着て行かれても、違和感を感じさせないくらいの華やかさがある。
でも、絣の着物だとやっぱり、すこしくだけた感じを持たれるのは否定できないと想います。
じゃ、絣は無くなっても良いのか?と言えば、私は絣が大好きですし、なんとか残していきたいと想うのです。
良い絣がないから人気がないのだとしたら、良い絣とはなんでしょうか。
私は、小柄志向が絣をダメにした大きな要因ではないかと想います。
絣のおもしろさは、絣足にあります。
ぼやーとしたにじみのような味ですね。
これが、柄が細かくなると出ないのです。
手結いのようなシャープな絣もありますが、絵絣の場合はこの絣足の美しさが絣の価値を決めると想うのです。
柳宗悦だったか、忘れましたが、『小宇宙』と表現していた人がいたと想います。
沖縄の場合は多彩な色絣もありますが、内地のものはほとんど絣は白です。あるいは1色です。
ですから、絣足に味わいがないと、非常に単調になるんですね。
民芸館などで、古い一玉の絣を見ると非常に美しい。うっとりするくらいです。
そして、専門家に聞いてみないと確証を持って言えませんが、絹に括るのと、木綿や芭蕉・麻に括るのとでは、
絣の出方、つまり、括った部分の染料の浸透の仕方が違うのじゃないか、とも想うのです。
木綿の方が、味わいが大きく出るような気がするのです。
沖縄で木綿を観る事はいまはあまり多くないですが、久留米なんかを見ると、木綿の方が味があるように感じます。
絹の方が精巧な感じはしますが、味は綿にあると想います。
素材感の差もあるのでしょうが、高級な着物にしようとしてなんでもかんでも絹を使い始めたところから、絣の良さは失われたのではないでしょうか。
久米島なんかも、むかしの荒っぽい時代のほうが、味わいがあった。
いまは、キレイになりすぎて、面白く無い。
庶民の着物としておられてきた絣が、精巧さと高級感を追求し始めたところから、間違いが始まっているのかもしれません。
素材と技法というのは、そもそも切っても切れない関係にあるわけで、素材が変われば技法も変わります。
芭蕉布がいまでも絣の美しさを保っているのは、それがそもそも芭蕉に表現されていたからでしょう。
では、絣が木綿や麻で造られるようになったら、美しい物ができて、人気も復活するのか?
どうでしょう?
着物を着る人は『田舎のオバチャン』と見られたくないわけですから、安っぽい木綿絣は見向きもされないと想います。
でも、八重山上布なんていうのは、新垣幸子さんの作品なんて高価なのに受け入れられている。
新垣幸子さんの作品をみて、野暮ったい、田舎くさい、なんて言う人は誰もいません。
なぜでしょうか?
素材感を活かし、デザインを洗練させること。
そして、それでいて、多くの人に手が届く価格帯を維持すること。
木綿の糸が絹と比べて安いといっても、反物の値段のほとんどは工賃なのですから、手染め、手織りでやればそれなりの価格になってしまいますね。
非常に悩ましい問題です。
素材、デザイン、手間、品質、などの品物の価値と、消費者の許容する価格の交点をどこに見出すか。
・・・・・・
だめです。まだ、結論がでません・・・
Posted by 渡辺幻門 at
00:27
│Comments(2)
2012年02月12日
『商道 風姿花伝』第7話
【四十四五】
この頃は、商売の世界に入って、25年〜30年たったころでしょうか。
私がまる23年目ですから、もうそろそろこの時期に入ります。
世阿弥は、『ワキのシテに譲れ』と書いています。
体力や見栄えなどいろんな事で衰えが見えてくるから、二番手を前に立てて、自分は少し後に下がることを勧めています。
着物の商売で言えば、男女で差があると想います。
男性は、信頼感が増すと共に、今まで可愛がってくれたお客様が高齢化したり、自分自身も横着になってきたりで、この風姿花伝にもかかれてあるとおり、商売の形を変化させねばならないときです。
女性の場合は、お客様からすれば20代30代の同性ですから、なかなか大きな商売は難しいかもしれません。
それが20年キャリアを積むと、それなりに貫禄もついてきて、お客様と共通の会話も出来、ようやく一人前のセールスになってくる感じです。
着物の場合、お客様のほとんどが女性ですから、売り手が男性か女性かによって大きく違うのです。
『ワキのシテ』に任せろ、と言うことですが、男性の場合は、一歩引いた方がいいと想います。
女性は、ガンガン押しても良いですが、男性は『引き』の商売を心がけるという事だと想います。
私のような50前の男がガンガン押しの商売をして、良い事になることはないと想います。
展示会に行けばよくある光景ですが、畳に座ってガンガン押しているのは、たいていマネキンのおばさんです。
マネキンさんは、その場限りだと言う事もありますが、女性ならではの語り口の柔らかさというのがギリギリのところで、救いになっているのだと想います。
もし、今の私が同じ事をしたら、大クレームになることでしょう。
男性でも、小柄で語り口の優しい人や、ちょっとナヨ系の入った人なんかは、結構いけるみたいですが、
私のような巨漢で、声の大きいオッサンが、立て続けに押しまくると、逆効果なようです。
前述のように、商売人には『かわいらしさ』が必要ですから、それを脂ぎったオッサンがいかに演じるかが大事なのです。
これは、決して卑屈になれ、という事ではありません。お客様に話しをじっくりと聞いてもらうための演技です。
立て板に水のごとく、セールストークをまくし立てるよりも、将棋や囲碁で一手一手打ち込むように、お話しを勧めていくのです。
この時期に一番具合が悪いのは、『慢心』『おごり』なんですね。
どうしても、押しつけがましくなってくるのです。
『私はもう30年ちかくやってるんだから』とか『私のセンスが信じられないの』とか、今までの自分の実績や経験を過信して、お客様にそれを押しつけようとする。
でも、そんなことはお客様には関係ないのです。
実はお客様の多くは、『センスの押し売り』を非常に嫌がっておられます。
『お客様はこんなのがお好みでしたよね』と毎回同じような着物を勧める販売員がいます。でも、これは案外、息苦しいものなのだそうです。女性なら、たまには冒険したいし、自分の好み以外の物も見てみたい。とくに経済的に余裕のある方ならそうです。
また、大きな展示会場の場合は、マネキンがたくさんある商品の中から、数点を取りだしてお客様に着装してお勧めすることが多い様ですが、この時、マネキンが取る商品は実は『そのマネキンの好みの着物』なんです。
とくに女性販売員はそうです。自分の好みをお客様に押しつけがちです。
これは、好みがお客様と同じ場合は大きな戦力となりますが、逆の場合は、どうしようもありません。
男性販売員は、お客様の好みに応じてお勧めする、ここが大きな違いだと想います。
男女、それぞれ、有利な点、不利な点があります。
私の場合は、扱っている品物が私の好みなので、私の意に沿わない品物が展示会や外販の商品の中にあることは希です。
ですから、とりあえず、パッパパッパと、お見せしていきます。
私が対応している展示会に来られた方は、ご存じでしょうが、そのお客様の年代とご用途によって、ある程度はしぼりますが、どんどんお見せしていき、一息ついたら、どんどんしまいます。
お客様の目線を追いながら、気になっていらっしゃる作品だけを残していきます。
これは、熟練しないと非常に怖いやり方です。
お客様が何も反応なさらないで、全部しまってしまったら、それでチャンチャンだからです。
でも、その時は、チャンチャンなのです。
20年以上やっていれば、お客様が関心を持っていらっしゃるかどうか感覚で感じ取らなければいけません。
それで、感じ取れないということは、気に入っていらっしゃらないということなのです。
気に入っていらっしゃらないものをお勧めできませんから、チャンチャンです。
ですから、私は『売る気がない』『商売気がない』とよく言われます。
『どれがいいかしら』と迷っているご様子なら、それを察知して、さらに詳しくお聞きして、お勧めします。
私の場合、超初心者の方をお相手しているわけではないので、お客様はある程度自分の好みやタンスの中身を把握してらっしゃると私は考えています。
好みが先行する品物と、『提言商品』と言って、一つあれば着物ライフに役に立つ、という物もありますから、これは説明が肝心です。
初心者の方にはそれにふさわしい内容の品物がありますし、進め方もあります。
中級者にも、上級者にも、それぞれの作品と進め方があります。
いずれにしても、こちらが押しつけるのではなくて、『まずはお伺いする』という姿勢が大切なのだと想います。
それを『聞き出す力』が本当の販売力なのだろうと私は思っています。
私の年代になると、どうしても『自我』が前に出てきます。
お客様を押さえつけようとするのです。
お客様より上に立とうとする。
これは、どんな理由があってもしてはいけないことです。
太閤秀吉のまわりには、彼に進言する『おとぎ衆』という人達がいたそうです。
私達、呉服商はこの『おとぎ衆』なんですね。
自分の知識や教養は、出来ることなら言葉にせず、『気』や『態度』『しぐさ』で示す。
言葉にする場合も、にじみ出るような話し方をする。
これは非常に難しく、私も修練していますが、なかなか上手く行きません。
どうしても、カッときたり、言葉が荒くなってしまったりします。
どんな事があっても、顔や態度に表してはいけない。
笑顔も演じるのです。これは安っぽい演技という意味ではなくて『自分を完全にコントロールする』という事です。
私はよくプライベートで『起こってるのか、悲しいのか、嬉しいのか、よく分からない』と言われます。
これは、感情の抑揚・起伏をなくすように、普段から修練しているのです。
大きく喜ぶ人は、大きく悲しみ、大きく怒る。
それが、真剣勝負の場に出ては負けです。
はらわたが煮えくりかえっている時でも、ニッコリと自然な笑顔が出来るようにならなければ、一人前の商売人とは言えません。
だから『役者が違う』という言葉があるのです。
泣き笑いは、普段思いっきりやればいいのです。
舞台に上がったら、それこそ、能面を着けているかのように無表情でそこから、自分の意思で表情と声色をコントロールできなければいけません。
私達は、お客様に喜んでもらって、満足してもらってなんぼです。
そのために全身全霊を傾けるのです。
『商道 風姿花伝』の極意はまさに、そこにあるのです。
この頃は、商売の世界に入って、25年〜30年たったころでしょうか。
私がまる23年目ですから、もうそろそろこの時期に入ります。
世阿弥は、『ワキのシテに譲れ』と書いています。
体力や見栄えなどいろんな事で衰えが見えてくるから、二番手を前に立てて、自分は少し後に下がることを勧めています。
着物の商売で言えば、男女で差があると想います。
男性は、信頼感が増すと共に、今まで可愛がってくれたお客様が高齢化したり、自分自身も横着になってきたりで、この風姿花伝にもかかれてあるとおり、商売の形を変化させねばならないときです。
女性の場合は、お客様からすれば20代30代の同性ですから、なかなか大きな商売は難しいかもしれません。
それが20年キャリアを積むと、それなりに貫禄もついてきて、お客様と共通の会話も出来、ようやく一人前のセールスになってくる感じです。
着物の場合、お客様のほとんどが女性ですから、売り手が男性か女性かによって大きく違うのです。
『ワキのシテ』に任せろ、と言うことですが、男性の場合は、一歩引いた方がいいと想います。
女性は、ガンガン押しても良いですが、男性は『引き』の商売を心がけるという事だと想います。
私のような50前の男がガンガン押しの商売をして、良い事になることはないと想います。
展示会に行けばよくある光景ですが、畳に座ってガンガン押しているのは、たいていマネキンのおばさんです。
マネキンさんは、その場限りだと言う事もありますが、女性ならではの語り口の柔らかさというのがギリギリのところで、救いになっているのだと想います。
もし、今の私が同じ事をしたら、大クレームになることでしょう。
男性でも、小柄で語り口の優しい人や、ちょっとナヨ系の入った人なんかは、結構いけるみたいですが、
私のような巨漢で、声の大きいオッサンが、立て続けに押しまくると、逆効果なようです。
前述のように、商売人には『かわいらしさ』が必要ですから、それを脂ぎったオッサンがいかに演じるかが大事なのです。
これは、決して卑屈になれ、という事ではありません。お客様に話しをじっくりと聞いてもらうための演技です。
立て板に水のごとく、セールストークをまくし立てるよりも、将棋や囲碁で一手一手打ち込むように、お話しを勧めていくのです。
この時期に一番具合が悪いのは、『慢心』『おごり』なんですね。
どうしても、押しつけがましくなってくるのです。
『私はもう30年ちかくやってるんだから』とか『私のセンスが信じられないの』とか、今までの自分の実績や経験を過信して、お客様にそれを押しつけようとする。
でも、そんなことはお客様には関係ないのです。
実はお客様の多くは、『センスの押し売り』を非常に嫌がっておられます。
『お客様はこんなのがお好みでしたよね』と毎回同じような着物を勧める販売員がいます。でも、これは案外、息苦しいものなのだそうです。女性なら、たまには冒険したいし、自分の好み以外の物も見てみたい。とくに経済的に余裕のある方ならそうです。
また、大きな展示会場の場合は、マネキンがたくさんある商品の中から、数点を取りだしてお客様に着装してお勧めすることが多い様ですが、この時、マネキンが取る商品は実は『そのマネキンの好みの着物』なんです。
とくに女性販売員はそうです。自分の好みをお客様に押しつけがちです。
これは、好みがお客様と同じ場合は大きな戦力となりますが、逆の場合は、どうしようもありません。
男性販売員は、お客様の好みに応じてお勧めする、ここが大きな違いだと想います。
男女、それぞれ、有利な点、不利な点があります。
私の場合は、扱っている品物が私の好みなので、私の意に沿わない品物が展示会や外販の商品の中にあることは希です。
ですから、とりあえず、パッパパッパと、お見せしていきます。
私が対応している展示会に来られた方は、ご存じでしょうが、そのお客様の年代とご用途によって、ある程度はしぼりますが、どんどんお見せしていき、一息ついたら、どんどんしまいます。
お客様の目線を追いながら、気になっていらっしゃる作品だけを残していきます。
これは、熟練しないと非常に怖いやり方です。
お客様が何も反応なさらないで、全部しまってしまったら、それでチャンチャンだからです。
でも、その時は、チャンチャンなのです。
20年以上やっていれば、お客様が関心を持っていらっしゃるかどうか感覚で感じ取らなければいけません。
それで、感じ取れないということは、気に入っていらっしゃらないということなのです。
気に入っていらっしゃらないものをお勧めできませんから、チャンチャンです。
ですから、私は『売る気がない』『商売気がない』とよく言われます。
『どれがいいかしら』と迷っているご様子なら、それを察知して、さらに詳しくお聞きして、お勧めします。
私の場合、超初心者の方をお相手しているわけではないので、お客様はある程度自分の好みやタンスの中身を把握してらっしゃると私は考えています。
好みが先行する品物と、『提言商品』と言って、一つあれば着物ライフに役に立つ、という物もありますから、これは説明が肝心です。
初心者の方にはそれにふさわしい内容の品物がありますし、進め方もあります。
中級者にも、上級者にも、それぞれの作品と進め方があります。
いずれにしても、こちらが押しつけるのではなくて、『まずはお伺いする』という姿勢が大切なのだと想います。
それを『聞き出す力』が本当の販売力なのだろうと私は思っています。
私の年代になると、どうしても『自我』が前に出てきます。
お客様を押さえつけようとするのです。
お客様より上に立とうとする。
これは、どんな理由があってもしてはいけないことです。
太閤秀吉のまわりには、彼に進言する『おとぎ衆』という人達がいたそうです。
私達、呉服商はこの『おとぎ衆』なんですね。
自分の知識や教養は、出来ることなら言葉にせず、『気』や『態度』『しぐさ』で示す。
言葉にする場合も、にじみ出るような話し方をする。
これは非常に難しく、私も修練していますが、なかなか上手く行きません。
どうしても、カッときたり、言葉が荒くなってしまったりします。
どんな事があっても、顔や態度に表してはいけない。
笑顔も演じるのです。これは安っぽい演技という意味ではなくて『自分を完全にコントロールする』という事です。
私はよくプライベートで『起こってるのか、悲しいのか、嬉しいのか、よく分からない』と言われます。
これは、感情の抑揚・起伏をなくすように、普段から修練しているのです。
大きく喜ぶ人は、大きく悲しみ、大きく怒る。
それが、真剣勝負の場に出ては負けです。
はらわたが煮えくりかえっている時でも、ニッコリと自然な笑顔が出来るようにならなければ、一人前の商売人とは言えません。
だから『役者が違う』という言葉があるのです。
泣き笑いは、普段思いっきりやればいいのです。
舞台に上がったら、それこそ、能面を着けているかのように無表情でそこから、自分の意思で表情と声色をコントロールできなければいけません。
私達は、お客様に喜んでもらって、満足してもらってなんぼです。
そのために全身全霊を傾けるのです。
『商道 風姿花伝』の極意はまさに、そこにあるのです。