2012年02月15日
呉服屋ならいつも着物があたりまえか?
ちょっと気になったので書いておきます。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
私は茶道、謡曲・仕舞のお稽古をしていますし、何かの集まりや展示会などでは必ず着物を着ます。
普段でも、能や文楽を見に行くとき、料亭に行くとき、そんなたいそうでなくてもお酒を飲みに行くとき、等々しょっちゅう着物を着ます。
着物をしょっちゅう着る呉服商としての立場で、書かせてもらいます。
『呉服屋が着物を着ないからダメなんだ』という話がよく聞こえて来ます。
私が直接お客様から聞く事もあります。
それは、私が外販の時は背広を着ているからでしょうが、これにはいろんな理由があります。
一つは着物だと動きにくいこと、運転しにくいこと、そして最大の理由は『お客様が望まれないこと』です。
なぜ、お客様が望まれないかといえば、『目立つから』です。
つまりご近所の手前です。
それはさておき、この議論はきわめて幼稚だと想います。
呉服屋が着物を全く着ないならそれは問題ですが、それなりに着ていて、普段の仕事の時に着ていないという事なら、別に問題ないと想います。
そもそも、着物を着ているから着物に詳しいでしょうか。
前にも書きましたが、背広を何年着ていても、毛織物に詳しくはなりません。
TPOだって学ばなければ無知のままです。
ひとつの販売促進、演出のために着物を着て店に出るというのは、非常に有効だと想います。
しかし、だからと言って、いつも着てないのはダメだと言うことにはならないと私は思います。
何が気に入らなくて、こんな事を書くかと言えば、呉服屋同士のそういう卑屈な中傷が、カンに障るのです。
私は一人でも多くの方に着物に親しんで頂きたいと想います。
その思いは強いです。
かといって、『着物着てくださいよぉ』なんて事は言いません。
着たくなければ着なくても良いのです。
着るか着ないかはお客様の自由ですし、そんな事、どこの誰からも頼まれるいわれはないと想います。
しかし、日本女性に生まれたら、せっかくだから『オシャレの一つの選択肢として』着物を着られたら良いのに、そう想います。
この『着ない呉服屋論』の裏には、『売っちまえばこっちのもん』という呉服屋の考えが見え透くのです。
そもそも、着物を着る着ないとその販売員の知識やサービスの質とは全く関係がないのです。
着ないより着た方がいいに決まっています。
『着ないのは着物を愛していない証拠だ』という人もいるでしょう。
じゃ、生産者はどうですか?
私は沖縄を回って、着物を着て織ったり染めたりしている人に逢ったことがありません。
じゃ、その人たちは着物を愛していませんか?
そんな事はないのです。
売る側の演出として必要なだけのことであって、その事と、消費者のお役に立つことは全く次元の違う話です。
少なくとも、私は、着物を愛している、あるいは着てみたいという方の為に仕事をしているのであって、要らない、着ないと言う方に押しつけるつもりは毛頭ありません。
そして、年がら年中、着物で過ごして欲しい等とも全く想っていません。
様々なシーン、ご用途に応じて、着たいときに着てくださればそれで十分なのです。
着物を着ていない人に着物が解るわけ無い、という話もあるでしょう。
では、宝石を身につけたことない男性の宝石商は、宝石に関して無知でしょうか。
そんな事はありませんよね。
洋服だって優秀な男性デザイナーはたくさんいます。
だのに、なんで『着ない呉服屋論』をいう呉服屋がいるのか。
それは、自分たちの無知を隠すためです。
本当に自信がある人は、着物でも、洋服でも、時と場合に応じて着て店に出るのです。
『私は何十年も着物しか着たことが無い』なんて言う呉服関係者にまともな人はいません。
着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
プロは特にそうです。
着物が好きな人にとって、着物を着る事なんて言うのは当たり前の事のはずです。
呉服商が特別視してどうして、まともな現実的なアドバイスができるでしょうか?
着物が特異だとおもっているから、けったいな着付けやコーディネートをするのではないでしょうか。
本当のプロは、現代の生活の中での着物の位置づけというものを考えています。
いまの生活の中で、着物の果たせる役割について考えているのです。
呉服商は、率先してそのライフスタイルをもって示さねばならない。
それが、年がら年中着物では、おかしいとは想いませんか?
今日は荷物がたくさん来るから、外回りだから、雨が降るから・・・洋服を着ています、それでいいじゃないですか。
塗り物師が毎日塗りの茶碗でご飯食べてるわけでもないし、杜氏が日本酒しか飲まないわけでもない。
だのに、なぜ、呉服屋だけがそう言われるのか。
全然着ていない人が居るのが原因でそれは問題ですが、本来そんな事は問題ではありません。
着るべき時にきちんと着ていればそれでいいと私は思います。
きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
幼稚な話はもうやめにして、素敵な着物の話やオシャレの話をしましょうよ。
Posted by 渡辺幻門 at 23:54│Comments(3)
この記事へのコメント
>きちんと着たときに、『さすが』と想わせる着物とセンスを見せる事が、それよりもっと大切な事だと想います。
>>この意見に賛成!
秋山先生や私の妹のダンナなんかも、それからそれから織楽浅野さんの着物姿、すごくかっこいいです。
やっぱり着慣れることも大事ですよね。
日本男性、絶対に男前度がアップしますね。
着物姿のかっこいい人は《衣》というものに自己確立していますね。
かっこいい日本男性、増えてほしいなぁ♪
Posted by marcha at 2012年02月16日 00:43
>着物を洋服に入れ替えてみてください。何の自慢にもならないのです。
>私が言いたいのは、着物を着る事を特別視していはいけない、ということです。
とても納得できる部分でした。
どんなときも着物を着ていて、こんなこともあんなことも着物でできるし、私は誰に何と言われようと着物生活をやっている!
と一生懸命アピールすることが、逆に着物を着ることの「特別さ」を強く印象付け、押し付けがましくて逆効果、そんなことがよくありますね。
Posted by tomo at 2012年02月16日 23:47
>marchaさん
浅野さんはセンス良いですからね。
オシャレな人は、和洋を問わず、生活がオシャレなんです。
>tomoさん
その通りです。
自然体で楽しんでもらいたいと想います。
Posted by mozuya at 2012年02月17日 00:08
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