2011年04月30日
『愛しきソナ』 【七藝で映画を観る】
前々から行きたいと想っていた十三の第七芸術劇場(通称:七藝)に行ってきました。

ここでは大劇場にはかからない渋い作品が上映されます。
http://www.nanagei.com/movie/data/485.html
今日観たのは、『愛しきソナ』
平壌に住む姪を大阪に住む叔母が描いた作品です。
最終的にソナは平壌の金日成なんとか大学に入学するので、この一族は平壌でも恵まれた家庭なのでしょうが、電気は一日二時間しか通らず、ガスもプロパンで非常に高価。母親とは死に別れ、その後もまた3人目の母を迎えることになる。
そんな中でもソナはまったく曲がることなく育ち、周囲も愛情一杯に育てる。継母も本当の娘のように惜しみなく愛情を注ぎ続ける。
決して豊かではないのに、日本から叔母が来るとなると、同じアパートの住人からケータリングを頼み、めいっぱいのもてなしをし、継母はギターを弾いて故郷や父母を想う歌を皆の前で歌う。
人間の豊かさとは何なのか、人間は何のために豊かさを追い求めようとするのか・・・私はつくづく考えさせられました。
日本なら最底辺といわれるような生活です。でも、みんなが愛し合い、子は親を思い、親は子に惜しみなく愛情を注ぐ。
豊かになった日本は、親をないがしろにし、子供達はゲームに没頭して、人を人とも思わぬ傍若無人ぶり。長幼の序などどこへやら。平等主義がはびこる日本は本当に醜いと私は思います。
もちろん、この映画は北朝鮮問題を描きながらも、あの国の人権弾圧に蓋をし、ある意味で美化している部分があることは否定しません。
しかし、すくなくとも人間の情という面においては日本人よりもはるかに美しいと私には思えました。
豊かになったために、人として一番大切な物を失ってしまったのだとしたら、とんでもない代償を払ったことになるのではないでしょうか。
お金のために、人を裏切り、国を売り、またその人を礼賛する風潮のあるこの日本は本当に良い國だと言えるのでしょうか。
30年以上も親が死んだことを知らずにいた、これが飽食日本の実態なのです。
作者が描きたかった事とは違うのかも知れませんが、私はこの映画を観て、本当に日本は病んでいる、戦後懸命に経済的豊かさを追い求めてきた私たちは一体何をしてきたんだろうかと想い、心が重くなりました。
戦後、日本人は『個人』という物を重んじる教育を受けてきました。親も先生も同じ。国や公より一番大切なのは個人であり個性であるとされてきたのです。その結果、日本人が持つ最大の美徳が失われてしまったのでのではないでしょうか。
たとえば『親孝行』という言葉を最近はほとんど聞くことが無くなりました。特に男性の口から聞いた覚えがない。女性は自分の親は面倒みるけど、夫の親は面倒見無い。継子は自分の子と差を付ける。なぜ?『私は夫と結婚したのであって、家の嫁ではないから』
このソナの継母の前でそれを言ってみるが良い。そしてそれを諭しきれない男も、家や家族というものがどういうものか考え直してみるが良い。
金の為に、お世話になった上司や主人を裏切り、客を欺く。家庭が崩壊しているから、職場の秩序も崩壊するのです。
金正日を礼賛する歌を高らかに歌うソナの姿を見ると、かわいそうにも思えますが、反面、自由というものが人間を脆弱にするのではないかとも思えます。金正日が間違った暴君であるとしても、彼らには守らなければならない物があるから強いのではないかと思えてきます。
朝鮮半島の人たちが愛に溢れた民族だと単純に言えない事は私も知っています。しかし、彼らの生活を観ると、なにか日本人が忘れてきてしまった、あるいは失ってしまった物を見せつけられるような気がするのは私だけではないと想います。
非常に衝撃を受けた映画でした。
ここでは大劇場にはかからない渋い作品が上映されます。
http://www.nanagei.com/movie/data/485.html
今日観たのは、『愛しきソナ』
平壌に住む姪を大阪に住む叔母が描いた作品です。
最終的にソナは平壌の金日成なんとか大学に入学するので、この一族は平壌でも恵まれた家庭なのでしょうが、電気は一日二時間しか通らず、ガスもプロパンで非常に高価。母親とは死に別れ、その後もまた3人目の母を迎えることになる。
そんな中でもソナはまったく曲がることなく育ち、周囲も愛情一杯に育てる。継母も本当の娘のように惜しみなく愛情を注ぎ続ける。
決して豊かではないのに、日本から叔母が来るとなると、同じアパートの住人からケータリングを頼み、めいっぱいのもてなしをし、継母はギターを弾いて故郷や父母を想う歌を皆の前で歌う。
人間の豊かさとは何なのか、人間は何のために豊かさを追い求めようとするのか・・・私はつくづく考えさせられました。
日本なら最底辺といわれるような生活です。でも、みんなが愛し合い、子は親を思い、親は子に惜しみなく愛情を注ぐ。
豊かになった日本は、親をないがしろにし、子供達はゲームに没頭して、人を人とも思わぬ傍若無人ぶり。長幼の序などどこへやら。平等主義がはびこる日本は本当に醜いと私は思います。
もちろん、この映画は北朝鮮問題を描きながらも、あの国の人権弾圧に蓋をし、ある意味で美化している部分があることは否定しません。
しかし、すくなくとも人間の情という面においては日本人よりもはるかに美しいと私には思えました。
豊かになったために、人として一番大切な物を失ってしまったのだとしたら、とんでもない代償を払ったことになるのではないでしょうか。
お金のために、人を裏切り、国を売り、またその人を礼賛する風潮のあるこの日本は本当に良い國だと言えるのでしょうか。
30年以上も親が死んだことを知らずにいた、これが飽食日本の実態なのです。
作者が描きたかった事とは違うのかも知れませんが、私はこの映画を観て、本当に日本は病んでいる、戦後懸命に経済的豊かさを追い求めてきた私たちは一体何をしてきたんだろうかと想い、心が重くなりました。
戦後、日本人は『個人』という物を重んじる教育を受けてきました。親も先生も同じ。国や公より一番大切なのは個人であり個性であるとされてきたのです。その結果、日本人が持つ最大の美徳が失われてしまったのでのではないでしょうか。
たとえば『親孝行』という言葉を最近はほとんど聞くことが無くなりました。特に男性の口から聞いた覚えがない。女性は自分の親は面倒みるけど、夫の親は面倒見無い。継子は自分の子と差を付ける。なぜ?『私は夫と結婚したのであって、家の嫁ではないから』
このソナの継母の前でそれを言ってみるが良い。そしてそれを諭しきれない男も、家や家族というものがどういうものか考え直してみるが良い。
金の為に、お世話になった上司や主人を裏切り、客を欺く。家庭が崩壊しているから、職場の秩序も崩壊するのです。
金正日を礼賛する歌を高らかに歌うソナの姿を見ると、かわいそうにも思えますが、反面、自由というものが人間を脆弱にするのではないかとも思えます。金正日が間違った暴君であるとしても、彼らには守らなければならない物があるから強いのではないかと思えてきます。
朝鮮半島の人たちが愛に溢れた民族だと単純に言えない事は私も知っています。しかし、彼らの生活を観ると、なにか日本人が忘れてきてしまった、あるいは失ってしまった物を見せつけられるような気がするのは私だけではないと想います。
非常に衝撃を受けた映画でした。
Posted by 渡辺幻門 at
21:42
│Comments(0)
2011年04月30日
『愛しきソナ』 【七藝で映画を観る】
前々から行きたいと想っていた十三の第七芸術劇場(通称:七藝)に行ってきました。

ここでは大劇場にはかからない渋い作品が上映されます。
http://www.nanagei.com/movie/data/485.html
今日観たのは、『愛しきソナ』
平壌に住む姪を大阪に住む叔母が描いた作品です。
最終的にソナは平壌の金日成なんとか大学に入学するので、この一族は平壌でも恵まれた家庭なのでしょうが、電気は一日二時間しか通らず、ガスもプロパンで非常に高価。母親とは死に別れ、その後もまた3人目の母を迎えることになる。
そんな中でもソナはまったく曲がることなく育ち、周囲も愛情一杯に育てる。継母も本当の娘のように惜しみなく愛情を注ぎ続ける。
決して豊かではないのに、日本から叔母が来るとなると、同じアパートの住人からケータリングを頼み、めいっぱいのもてなしをし、継母はギターを弾いて故郷や父母を想う歌を皆の前で歌う。
人間の豊かさとは何なのか、人間は何のために豊かさを追い求めようとするのか・・・私はつくづく考えさせられました。
日本なら最底辺といわれるような生活です。でも、みんなが愛し合い、子は親を思い、親は子に惜しみなく愛情を注ぐ。
豊かになった日本は、親をないがしろにし、子供達はゲームに没頭して、人を人とも思わぬ傍若無人ぶり。長幼の序などどこへやら。平等主義がはびこる日本は本当に醜いと私は思います。
もちろん、この映画は北朝鮮問題を描きながらも、あの国の人権弾圧に蓋をし、ある意味で美化している部分があることは否定しません。
しかし、すくなくとも人間の情という面においては日本人よりもはるかに美しいと私には思えました。
豊かになったために、人として一番大切な物を失ってしまったのだとしたら、とんでもない代償を払ったことになるのではないでしょうか。
お金のために、人を裏切り、国を売り、またその人を礼賛する風潮のあるこの日本は本当に良い國だと言えるのでしょうか。
30年以上も親が死んだことを知らずにいた、これが飽食日本の実態なのです。
作者が描きたかった事とは違うのかも知れませんが、私はこの映画を観て、本当に日本は病んでいる、戦後懸命に経済的豊かさを追い求めてきた私たちは一体何をしてきたんだろうかと想い、心が重くなりました。
戦後、日本人は『個人』という物を重んじる教育を受けてきました。親も先生も同じ。国や公より一番大切なのは個人であり個性であるとされてきたのです。その結果、日本人が持つ最大の美徳が失われてしまったのでのではないでしょうか。
たとえば『親孝行』という言葉を最近はほとんど聞くことが無くなりました。特に男性の口から聞いた覚えがない。女性は自分の親は面倒みるけど、夫の親は面倒見無い。継子は自分の子と差を付ける。なぜ?『私は夫と結婚したのであって、家の嫁ではないから』
このソナの継母の前でそれを言ってみるが良い。そしてそれを諭しきれない男も、家や家族というものがどういうものか考え直してみるが良い。
金の為に、お世話になった上司や主人を裏切り、客を欺く。家庭が崩壊しているから、職場の秩序も崩壊するのです。
金正日を礼賛する歌を高らかに歌うソナの姿を見ると、かわいそうにも思えますが、反面、自由というものが人間を脆弱にするのではないかとも思えます。金正日が間違った暴君であるとしても、彼らには守らなければならない物があるから強いのではないかと思えてきます。
朝鮮半島の人たちが愛に溢れた民族だと単純に言えない事は私も知っています。しかし、彼らの生活を観ると、なにか日本人が忘れてきてしまった、あるいは失ってしまった物を見せつけられるような気がするのは私だけではないと想います。
非常に衝撃を受けた映画でした。
ここでは大劇場にはかからない渋い作品が上映されます。
http://www.nanagei.com/movie/data/485.html
今日観たのは、『愛しきソナ』
平壌に住む姪を大阪に住む叔母が描いた作品です。
最終的にソナは平壌の金日成なんとか大学に入学するので、この一族は平壌でも恵まれた家庭なのでしょうが、電気は一日二時間しか通らず、ガスもプロパンで非常に高価。母親とは死に別れ、その後もまた3人目の母を迎えることになる。
そんな中でもソナはまったく曲がることなく育ち、周囲も愛情一杯に育てる。継母も本当の娘のように惜しみなく愛情を注ぎ続ける。
決して豊かではないのに、日本から叔母が来るとなると、同じアパートの住人からケータリングを頼み、めいっぱいのもてなしをし、継母はギターを弾いて故郷や父母を想う歌を皆の前で歌う。
人間の豊かさとは何なのか、人間は何のために豊かさを追い求めようとするのか・・・私はつくづく考えさせられました。
日本なら最底辺といわれるような生活です。でも、みんなが愛し合い、子は親を思い、親は子に惜しみなく愛情を注ぐ。
豊かになった日本は、親をないがしろにし、子供達はゲームに没頭して、人を人とも思わぬ傍若無人ぶり。長幼の序などどこへやら。平等主義がはびこる日本は本当に醜いと私は思います。
もちろん、この映画は北朝鮮問題を描きながらも、あの国の人権弾圧に蓋をし、ある意味で美化している部分があることは否定しません。
しかし、すくなくとも人間の情という面においては日本人よりもはるかに美しいと私には思えました。
豊かになったために、人として一番大切な物を失ってしまったのだとしたら、とんでもない代償を払ったことになるのではないでしょうか。
お金のために、人を裏切り、国を売り、またその人を礼賛する風潮のあるこの日本は本当に良い國だと言えるのでしょうか。
30年以上も親が死んだことを知らずにいた、これが飽食日本の実態なのです。
作者が描きたかった事とは違うのかも知れませんが、私はこの映画を観て、本当に日本は病んでいる、戦後懸命に経済的豊かさを追い求めてきた私たちは一体何をしてきたんだろうかと想い、心が重くなりました。
戦後、日本人は『個人』という物を重んじる教育を受けてきました。親も先生も同じ。国や公より一番大切なのは個人であり個性であるとされてきたのです。その結果、日本人が持つ最大の美徳が失われてしまったのでのではないでしょうか。
たとえば『親孝行』という言葉を最近はほとんど聞くことが無くなりました。特に男性の口から聞いた覚えがない。女性は自分の親は面倒みるけど、夫の親は面倒見無い。継子は自分の子と差を付ける。なぜ?『私は夫と結婚したのであって、家の嫁ではないから』
このソナの継母の前でそれを言ってみるが良い。そしてそれを諭しきれない男も、家や家族というものがどういうものか考え直してみるが良い。
金の為に、お世話になった上司や主人を裏切り、客を欺く。家庭が崩壊しているから、職場の秩序も崩壊するのです。
金正日を礼賛する歌を高らかに歌うソナの姿を見ると、かわいそうにも思えますが、反面、自由というものが人間を脆弱にするのではないかとも思えます。金正日が間違った暴君であるとしても、彼らには守らなければならない物があるから強いのではないかと思えてきます。
朝鮮半島の人たちが愛に溢れた民族だと単純に言えない事は私も知っています。しかし、彼らの生活を観ると、なにか日本人が忘れてきてしまった、あるいは失ってしまった物を見せつけられるような気がするのは私だけではないと想います。
非常に衝撃を受けた映画でした。
Posted by 渡辺幻門 at
21:42
│Comments(0)
2011年04月26日
パイプとキモノ
私はパイプ煙草を吸います。
もう5〜6年になるでしょうか。
ちょうど禁煙ブームが始まった頃で、愛煙家の意地もあってパイプを始めました。
初めの頃は、舌を火傷したり、口の中の皮を剥がしたりして、まともに吸えませんでした。
いろんなパイプの本を読んだり、たばこ屋さんに聞いたりして、少しずつ上達。
まぁまぁ、上手に吸えるようになるまで半年くらいかかりました。
そもそも、最後まで吸いきることが難しいのです。
じゅうぶん吸ったと思って灰を出してみるとほとんど火が着いていないなんて状態が続きました。
葉巻と違って、パイプは吸えるようになるまでかなりの練習と根気が必要なんです。
パイプのシェイプの美しさと、香りの良さ、吸っている姿のかっこよさで、始める人は多いのですが、ほとんどが途中で挫折してしまうのも、この為です。
それだけに、パイプ愛好家は講釈が多い。
自分の好きなパイプのシェイプから、葉っぱの種類、ブレンド法、カット法、詰め方、小物の好み等々、パイプにまつわる話を愛好家同士が始めるときりがありません。
それだけ、男の趣味としては楽しいものであるし、現実にパイプ煙草は美味しい。
いろんな話のタネはありますが、一番大切なのは結局は煙草の味なんですよね。
美味しく吸えないと、いくらよいパイプを持っていても意味が無いし、詰め方や吸い方のこだわりも無駄なことです。
美味しく吸うには熟練と研究、そしてもちろん美味しい煙草を吸うことです。
キモノも全く同じです。
初めはキモノを着られる、つまり着付けが出来るようになってキモノが趣味になる。キモノを着る仲間と一緒になると、着付けの話になる。小物や着付けの知恵、そして作家や産地の話になる。
とても楽しいですね。
私もキモノを扱っているし、自分でも着るのでよく分かります。
でも、最終的には、自分の持って居るキモノの良さをどれだけ味わい尽くせるか、ということが一番大切なんです。
パイプ好きの中でも葉っぱにめちゃくちゃ詳しい人がいる。自分でブレンドしたりする人もいます。
もちろんそんな楽しみ方もあるでしょうけど、私が素敵に見えるのは、パイプを吸っている時間を理屈抜きにリラックスして味わっている人ですね。
そして、その煙草に合う飲み物を知っていて、小物やパイプを扱う所作も美しい。
もちろんマナーも良い。
パイプをくゆらせる姿というのは一つのライフスタイルの表現なんですね。
パイプもキモノも、楽しむ方法を会得したなら、もっともっと味わい尽くして欲しいな、パイプの動画を見ながらそう思いました。
Posted by 渡辺幻門 at
22:49
│Comments(2)
2011年04月26日
パイプとキモノ
私はパイプ煙草を吸います。
もう5〜6年になるでしょうか。
ちょうど禁煙ブームが始まった頃で、愛煙家の意地もあってパイプを始めました。
初めの頃は、舌を火傷したり、口の中の皮を剥がしたりして、まともに吸えませんでした。
いろんなパイプの本を読んだり、たばこ屋さんに聞いたりして、少しずつ上達。
まぁまぁ、上手に吸えるようになるまで半年くらいかかりました。
そもそも、最後まで吸いきることが難しいのです。
じゅうぶん吸ったと思って灰を出してみるとほとんど火が着いていないなんて状態が続きました。
葉巻と違って、パイプは吸えるようになるまでかなりの練習と根気が必要なんです。
パイプのシェイプの美しさと、香りの良さ、吸っている姿のかっこよさで、始める人は多いのですが、ほとんどが途中で挫折してしまうのも、この為です。
それだけに、パイプ愛好家は講釈が多い。
自分の好きなパイプのシェイプから、葉っぱの種類、ブレンド法、カット法、詰め方、小物の好み等々、パイプにまつわる話を愛好家同士が始めるときりがありません。
それだけ、男の趣味としては楽しいものであるし、現実にパイプ煙草は美味しい。
いろんな話のタネはありますが、一番大切なのは結局は煙草の味なんですよね。
美味しく吸えないと、いくらよいパイプを持っていても意味が無いし、詰め方や吸い方のこだわりも無駄なことです。
美味しく吸うには熟練と研究、そしてもちろん美味しい煙草を吸うことです。
キモノも全く同じです。
初めはキモノを着られる、つまり着付けが出来るようになってキモノが趣味になる。キモノを着る仲間と一緒になると、着付けの話になる。小物や着付けの知恵、そして作家や産地の話になる。
とても楽しいですね。
私もキモノを扱っているし、自分でも着るのでよく分かります。
でも、最終的には、自分の持って居るキモノの良さをどれだけ味わい尽くせるか、ということが一番大切なんです。
パイプ好きの中でも葉っぱにめちゃくちゃ詳しい人がいる。自分でブレンドしたりする人もいます。
もちろんそんな楽しみ方もあるでしょうけど、私が素敵に見えるのは、パイプを吸っている時間を理屈抜きにリラックスして味わっている人ですね。
そして、その煙草に合う飲み物を知っていて、小物やパイプを扱う所作も美しい。
もちろんマナーも良い。
パイプをくゆらせる姿というのは一つのライフスタイルの表現なんですね。
パイプもキモノも、楽しむ方法を会得したなら、もっともっと味わい尽くして欲しいな、パイプの動画を見ながらそう思いました。
Posted by 渡辺幻門 at
22:49
│Comments(2)
2011年04月26日
もずやと学ぶ染織マーケティング<15回目>
5−2 規模と経験の効果
ここでは規模の経済と経験の蓄積による効率性向上について書かれています。
まず、規模の経済について。
前述したとおり、伝統染織に於いては、最早、規模の経済は発揮されない、というのが私の見解です。その理由は以下の通りです。
1. 市場が成熟している。
2. 市場が飽和し、供給過剰である。
3. 顧客の嗜好が高度に多様化している。
4. 生産コストが生産規模に比例して下がらない。
5. 染織品は一種の耐久消費財である。
6. 効率化は実現できても、それと反比例して効果性が下がる可能性がある。
生産規模を大きくしてもコストはさほど下がらない。生産拡大によってある程度の効率向上が得られたとしても、その生産量を受け入れる市場がない。市場は狭く、飽和し、また細分化されている。細切れになった極小な市場に拡大した生産量の商品を投入すれば、供給過剰が更に進み、価格は下がる。それを無理に続ければ生産コストに見合わないほどの価格になり市場は崩壊する。
市場が崩壊してどうなったか。中古市場の出現です。中古市場の出現は耐久消費財であればこそ可能となります。
つまり、和装市場の価格崩壊は、規模の経済を狙った生産拡大から、中古市場の成立へと繋がっているのです。
規模の経済への盲信が高付加価値文化商品を死に追いやりつつあると言うことです。
では、どうすればいいのか?
適切な市場規模をはかり、適正な価格で高付加価値の商品を送り続ける事です。
この章の著者は誰かは解りませんが、もしかしたら経済学者からの転身か、逆に経済学を学んでいない人かもしれません。お役人やマーケティングの素人が読めば、首肯するかもしれません。しかし、すべての理論がそのまま当てはまらない、それがマーケティングを学び、考える原点なのです。
とくに、高付加価値商品や、文化的商品の場合は効率性より効果性に分析の重点が置かれるべきです。
つまり、量より質ということです。
ここを大きく踏み間違えた結果が現在の状況であると私は思います。
経験効果については、こういう記述があります。
○ 規模の経済性や経験効果が働く事業では『市場シェアの拡大を至上命令とする時期』と『市場シェアの拡大よりも利益を追求する時期』とに分けて事業戦略を考える必要がある。
まさにそういう事です。
伝統染織においては、すでに後者の状況に入っているし、産地という物の存在が経験効果を十分に補っています。一人でぽつんと染織をやっているよりも、産地で情報交換をしながらやっているほうが、効率がいいのに決まっています。
経験効果は産地がもっている財産である、ということです。
その上にいかに効果性、つまり品質と感性を載せて、適正価格のものを適正量売るかということなのです。
ここでは規模の経済と経験の蓄積による効率性向上について書かれています。
まず、規模の経済について。
前述したとおり、伝統染織に於いては、最早、規模の経済は発揮されない、というのが私の見解です。その理由は以下の通りです。
1. 市場が成熟している。
2. 市場が飽和し、供給過剰である。
3. 顧客の嗜好が高度に多様化している。
4. 生産コストが生産規模に比例して下がらない。
5. 染織品は一種の耐久消費財である。
6. 効率化は実現できても、それと反比例して効果性が下がる可能性がある。
生産規模を大きくしてもコストはさほど下がらない。生産拡大によってある程度の効率向上が得られたとしても、その生産量を受け入れる市場がない。市場は狭く、飽和し、また細分化されている。細切れになった極小な市場に拡大した生産量の商品を投入すれば、供給過剰が更に進み、価格は下がる。それを無理に続ければ生産コストに見合わないほどの価格になり市場は崩壊する。
市場が崩壊してどうなったか。中古市場の出現です。中古市場の出現は耐久消費財であればこそ可能となります。
つまり、和装市場の価格崩壊は、規模の経済を狙った生産拡大から、中古市場の成立へと繋がっているのです。
規模の経済への盲信が高付加価値文化商品を死に追いやりつつあると言うことです。
では、どうすればいいのか?
適切な市場規模をはかり、適正な価格で高付加価値の商品を送り続ける事です。
この章の著者は誰かは解りませんが、もしかしたら経済学者からの転身か、逆に経済学を学んでいない人かもしれません。お役人やマーケティングの素人が読めば、首肯するかもしれません。しかし、すべての理論がそのまま当てはまらない、それがマーケティングを学び、考える原点なのです。
とくに、高付加価値商品や、文化的商品の場合は効率性より効果性に分析の重点が置かれるべきです。
つまり、量より質ということです。
ここを大きく踏み間違えた結果が現在の状況であると私は思います。
経験効果については、こういう記述があります。
○ 規模の経済性や経験効果が働く事業では『市場シェアの拡大を至上命令とする時期』と『市場シェアの拡大よりも利益を追求する時期』とに分けて事業戦略を考える必要がある。
まさにそういう事です。
伝統染織においては、すでに後者の状況に入っているし、産地という物の存在が経験効果を十分に補っています。一人でぽつんと染織をやっているよりも、産地で情報交換をしながらやっているほうが、効率がいいのに決まっています。
経験効果は産地がもっている財産である、ということです。
その上にいかに効果性、つまり品質と感性を載せて、適正価格のものを適正量売るかということなのです。
2011年04月26日
もずやと学ぶ染織マーケティング<15回目>
5−2 規模と経験の効果
ここでは規模の経済と経験の蓄積による効率性向上について書かれています。
まず、規模の経済について。
前述したとおり、伝統染織に於いては、最早、規模の経済は発揮されない、というのが私の見解です。その理由は以下の通りです。
1. 市場が成熟している。
2. 市場が飽和し、供給過剰である。
3. 顧客の嗜好が高度に多様化している。
4. 生産コストが生産規模に比例して下がらない。
5. 染織品は一種の耐久消費財である。
6. 効率化は実現できても、それと反比例して効果性が下がる可能性がある。
生産規模を大きくしてもコストはさほど下がらない。生産拡大によってある程度の効率向上が得られたとしても、その生産量を受け入れる市場がない。市場は狭く、飽和し、また細分化されている。細切れになった極小な市場に拡大した生産量の商品を投入すれば、供給過剰が更に進み、価格は下がる。それを無理に続ければ生産コストに見合わないほどの価格になり市場は崩壊する。
市場が崩壊してどうなったか。中古市場の出現です。中古市場の出現は耐久消費財であればこそ可能となります。
つまり、和装市場の価格崩壊は、規模の経済を狙った生産拡大から、中古市場の成立へと繋がっているのです。
規模の経済への盲信が高付加価値文化商品を死に追いやりつつあると言うことです。
では、どうすればいいのか?
適切な市場規模をはかり、適正な価格で高付加価値の商品を送り続ける事です。
この章の著者は誰かは解りませんが、もしかしたら経済学者からの転身か、逆に経済学を学んでいない人かもしれません。お役人やマーケティングの素人が読めば、首肯するかもしれません。しかし、すべての理論がそのまま当てはまらない、それがマーケティングを学び、考える原点なのです。
とくに、高付加価値商品や、文化的商品の場合は効率性より効果性に分析の重点が置かれるべきです。
つまり、量より質ということです。
ここを大きく踏み間違えた結果が現在の状況であると私は思います。
経験効果については、こういう記述があります。
○ 規模の経済性や経験効果が働く事業では『市場シェアの拡大を至上命令とする時期』と『市場シェアの拡大よりも利益を追求する時期』とに分けて事業戦略を考える必要がある。
まさにそういう事です。
伝統染織においては、すでに後者の状況に入っているし、産地という物の存在が経験効果を十分に補っています。一人でぽつんと染織をやっているよりも、産地で情報交換をしながらやっているほうが、効率がいいのに決まっています。
経験効果は産地がもっている財産である、ということです。
その上にいかに効果性、つまり品質と感性を載せて、適正価格のものを適正量売るかということなのです。
ここでは規模の経済と経験の蓄積による効率性向上について書かれています。
まず、規模の経済について。
前述したとおり、伝統染織に於いては、最早、規模の経済は発揮されない、というのが私の見解です。その理由は以下の通りです。
1. 市場が成熟している。
2. 市場が飽和し、供給過剰である。
3. 顧客の嗜好が高度に多様化している。
4. 生産コストが生産規模に比例して下がらない。
5. 染織品は一種の耐久消費財である。
6. 効率化は実現できても、それと反比例して効果性が下がる可能性がある。
生産規模を大きくしてもコストはさほど下がらない。生産拡大によってある程度の効率向上が得られたとしても、その生産量を受け入れる市場がない。市場は狭く、飽和し、また細分化されている。細切れになった極小な市場に拡大した生産量の商品を投入すれば、供給過剰が更に進み、価格は下がる。それを無理に続ければ生産コストに見合わないほどの価格になり市場は崩壊する。
市場が崩壊してどうなったか。中古市場の出現です。中古市場の出現は耐久消費財であればこそ可能となります。
つまり、和装市場の価格崩壊は、規模の経済を狙った生産拡大から、中古市場の成立へと繋がっているのです。
規模の経済への盲信が高付加価値文化商品を死に追いやりつつあると言うことです。
では、どうすればいいのか?
適切な市場規模をはかり、適正な価格で高付加価値の商品を送り続ける事です。
この章の著者は誰かは解りませんが、もしかしたら経済学者からの転身か、逆に経済学を学んでいない人かもしれません。お役人やマーケティングの素人が読めば、首肯するかもしれません。しかし、すべての理論がそのまま当てはまらない、それがマーケティングを学び、考える原点なのです。
とくに、高付加価値商品や、文化的商品の場合は効率性より効果性に分析の重点が置かれるべきです。
つまり、量より質ということです。
ここを大きく踏み間違えた結果が現在の状況であると私は思います。
経験効果については、こういう記述があります。
○ 規模の経済性や経験効果が働く事業では『市場シェアの拡大を至上命令とする時期』と『市場シェアの拡大よりも利益を追求する時期』とに分けて事業戦略を考える必要がある。
まさにそういう事です。
伝統染織においては、すでに後者の状況に入っているし、産地という物の存在が経験効果を十分に補っています。一人でぽつんと染織をやっているよりも、産地で情報交換をしながらやっているほうが、効率がいいのに決まっています。
経験効果は産地がもっている財産である、ということです。
その上にいかに効果性、つまり品質と感性を載せて、適正価格のものを適正量売るかということなのです。
Posted by 渡辺幻門 at
21:08
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2011年04月20日
鳥取 『たくみ割烹店』
今日は米子まで巡業して、遅くなったので、久々に少し飲んで帰りました。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。

民芸品店もあります。

私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。


民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。

このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪

鯖のネギ煮

鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。
民芸品店もあります。
私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。
民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。
このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪
鯖のネギ煮
鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at
23:04
│Comments(0)
2011年04月20日
鳥取 『たくみ割烹店』
今日は米子まで巡業して、遅くなったので、久々に少し飲んで帰りました。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。

民芸品店もあります。

私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。


民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。

このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪

鯖のネギ煮

鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。
民芸品店もあります。
私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。
民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。
このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪
鯖のネギ煮
鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at
23:04
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2011年04月17日
本土復帰40周年にむけての不可解な動き
このあいだ、ある沖縄染織の有力者に聞いた話ですが、まるで公益法人の様な名称をつけた団体?が
沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。
この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、
月会費を徴収したりしているそうです。
その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、
なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。
沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を
しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。
おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、
この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。
私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、
いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。
百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。
京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、
今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら
沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。
県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、
なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。
沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として
適切な対処をしてほしいと切に望みますね。
県政は沖縄県民の為にあるのですから。
沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。
この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、
月会費を徴収したりしているそうです。
その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、
なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。
沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を
しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。
おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、
この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。
私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、
いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。
百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。
京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、
今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら
沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。
県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、
なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。
沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として
適切な対処をしてほしいと切に望みますね。
県政は沖縄県民の為にあるのですから。
Posted by 渡辺幻門 at
22:49
│Comments(2)
2011年04月17日
本土復帰40周年にむけての不可解な動き
このあいだ、ある沖縄染織の有力者に聞いた話ですが、まるで公益法人の様な名称をつけた団体?が
沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。
この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、
月会費を徴収したりしているそうです。
その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、
なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。
沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を
しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。
おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、
この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。
私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、
いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。
百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。
京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、
今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら
沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。
県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、
なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。
沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として
適切な対処をしてほしいと切に望みますね。
県政は沖縄県民の為にあるのですから。
沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。
この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、
月会費を徴収したりしているそうです。
その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、
なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。
沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を
しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。
おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、
この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。
私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、
いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。
百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。
京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、
今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら
沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。
県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、
なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。
沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として
適切な対処をしてほしいと切に望みますね。
県政は沖縄県民の為にあるのですから。
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22:49
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2011年04月17日
もずやと学ぶ染織マーケティング<14回目>
第5章 マーケティング資源の配分
5−1 何が事業の収益性を決めるのか
第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。
ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。
PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。
簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。
結論としてこう書かれています。
『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』
つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。
逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。
これを読んでどう思いますか?
現実にはどうでしょうか。
経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。
でも、手工芸ではどうでしょう。
多産する作家が利益率が高いでしょうか。
売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?
確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。
しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。
逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。
問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。
私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。
つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。
なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。
南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。
マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。
市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。
県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。
産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。
均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。
商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。
つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。
流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。
みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。
芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。
マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。
それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。
マーケティングというのは市場との対話です。
自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
5−1 何が事業の収益性を決めるのか
第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。
ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。
PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。
簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。
結論としてこう書かれています。
『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』
つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。
逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。
これを読んでどう思いますか?
現実にはどうでしょうか。
経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。
でも、手工芸ではどうでしょう。
多産する作家が利益率が高いでしょうか。
売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?
確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。
しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。
逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。
問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。
私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。
つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。
なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。
南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。
マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。
市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。
県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。
産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。
均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。
商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。
つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。
流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。
みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。
芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。
マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。
それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。
マーケティングというのは市場との対話です。
自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
2011年04月17日
もずやと学ぶ染織マーケティング<14回目>
第5章 マーケティング資源の配分
5−1 何が事業の収益性を決めるのか
第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。
ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。
PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。
簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。
結論としてこう書かれています。
『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』
つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。
逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。
これを読んでどう思いますか?
現実にはどうでしょうか。
経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。
でも、手工芸ではどうでしょう。
多産する作家が利益率が高いでしょうか。
売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?
確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。
しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。
逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。
問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。
私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。
つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。
なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。
南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。
マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。
市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。
県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。
産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。
均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。
商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。
つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。
流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。
みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。
芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。
マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。
それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。
マーケティングというのは市場との対話です。
自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
5−1 何が事業の収益性を決めるのか
第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。
ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。
PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。
簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。
結論としてこう書かれています。
『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』
つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。
逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。
これを読んでどう思いますか?
現実にはどうでしょうか。
経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。
でも、手工芸ではどうでしょう。
多産する作家が利益率が高いでしょうか。
売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?
確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。
しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。
逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。
問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。
私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。
つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。
なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。
南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。
マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。
市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。
県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。
産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。
均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。
商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。
つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。
流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。
みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。
芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。
マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。
それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。
マーケティングというのは市場との対話です。
自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
Posted by 渡辺幻門 at
22:18
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2011年04月13日
もずやと学ぶ染織マーケティング<13回目>
3−4メディアの選択
一週間お休みして、失礼いたしました <(_ _)>
<プロモーション・ミックスの構成要素>
プロモーション・ミックスとは
・ 広告活動
・ PR活動
・ 人的販売
・ セールス・プロモーション
の4つのメディアの事を言う。
プロモーションのメディアを選択する際には、以下の3つの要件を考慮する事が必要になる。
? プロモーションのメッセージは、多くの人々に確実に伝わらねばならない。
? プロモーションのメッセージはターゲットとなる買い手に効率的に到達せねばならない。
? プロモーションのメッセージを伝えるには、映像表現や音声、あるいは製品情報の詳細な提示が必要となる場合がある。
沖縄染織を考えたときに、どんなプロモーションが行われているでしょうか。
本土復帰30周年の時代を振り返って考えて見ましょう。
沖縄染織のプロモーションは必ず沖縄自体のプロモーションと共に行われます。
というより、沖縄への関心の高まりに乗っかるという形がとられています。
本土復帰30周年の時代もそうでした。NHKのちゅらさん等で沖縄への関心がたかまり、ビギンの『島ん人の宝』が大ヒットし、大沖縄ブームになりましたね。
復帰直後、10周年、20周年も同じようなイベントと共に沖縄ブームが演出されてきたのです。
30周年に向けては、様々な染織の写真集の出版、人間国宝の誕生があり、低迷していた和装市場において最大の目玉となったのです。商材に渇望していた和装市場において、話題性のある沖縄染織はもてはやされました。引き合いの増加に伴って、生産も拡大。どこもかしこも沖縄染織展という時代でした。美しいキモノやきものサロンという雑誌にも夏以外にも沖縄物は誌面を飾りました。
沖縄染織のプロモーションは必ず県がらみで、大沖縄ブームと絡んできました。沖縄染織が単独でブームを起こしたことはありません。強いて言えば民藝ブームとの連携時代でしょうか。
弊社の場合は、沖縄復帰直前、直後のブームの恩恵にあずかったのですが、古い社員に聞くと、まさに引っ張りだこで、展示会をするとすべて商品が売れて無くなる位の勢いだったそうです。
しかし、その勢いも永くは続きません。現在と同じように過剰に生産された品物は沖縄のあちこちにうずたかく山積みされたのです。復帰10年、20年と同じ事が繰り返されてきました。一時は県の農業団体?が品物を管理していた事もあると聞いた事もあります。
当時はまだまだ着物市場が大きかったので、なんとか消化できましたが、この30周年に起きた過剰供給・過剰在庫は未だに解決していません。
そして、もうすぐ40周年。またまた、ブームを起こそうという気配が感じられます。その第一弾が『テンペスト』あたりではないでしょうか。
ここで、またまた消費増大を当て込んで生産が拡大する事になれば・・・もう終わりです。
そう考えると、伝統工芸品そのもののプロモーションなどというものが本当に必要なのだろうか、と考えざるを得ないのです。
たとえば、一人の作家を強烈にプロモートしたとします。一時は売れるでしょうが、量産すれば必ず品質は落ちます。作家物というのは基本的に万人受けしないのですから、いずれ行き渡ります。売れ行きはピタッと止まる。その時、品質は落ちている。それを見越して生産調整をすればいいのですが、それは至難の業です。作家はいままでの所得を得ようとして別の販路を探すでしょう。品質の落ちた作品がどんどん拡散することになる。なんども言いますが、伝統工芸に於いて画期的な技術革新は望めません。作家の作風を大きく変えることも大変な困難を伴います。
沖縄染織の場合も、節目ごとの大ブームに乗っかることと引き替えに、多くの模造品を産みました。琉球びんがたは本物の方が遙かに少ないという状態ですし、花織やロートン織も沖縄だけの物ではなくなってしまいました。
染織品は綿、毛、絹を問わず、似たものを造るのはそう難しいことではありません。20年前に毛織物市場ではベネシャンという繻子織が大流行しました。いわゆるDCブランド全盛の頃です。でも、いまベネシャンを観る事も難しくなりました。猫も杓子もベネシャンを織ったからです。
着物市場でも、中国物ブームがありました。明綴れの帯や中国刺繍の着物はたいそうな高値で取引されていたのです。良いとなると、群がるのが商人の習性です。中国物は大増産と共に品質が低下しました。そして、最後は値の付かないところまで価値を下げ、どの商人も触らなくなって、市場からほとんど姿を消すことになったのです。
では、染織のプロモーションはどうすればいいのか。
大プロモーション→仮需の増大→生産の増大→品質低下→需要の行き詰まり→価値の低下→負け犬商品
となる、この悪循環を断ち切らねばならないのですが、どこで断ち切るかです。
生産が増大すれば品質は落ちるのですから、厳密な生産管理、適正な量の生産というのが何より大事であると私は思います。
それを基本にして、自分の思うところをブログに書いたり、雑誌に寄稿したり、取材を受けたりはとても必要な事だろうと思います。
しかし、それに伴う引き合いの増加に安易に乗ってはいけないのです。
はっきり言える事は、多くの商人にとって、作家は使い捨てでしかない、と言うことです。
こちらがダメなら、またあちら、あちらがダメなら、また別の作家・・・永遠に売りやすい、売れる作家を捜し回るのが商売人の性です。
自分で無名の作家を捜して育てるなんて言うのは希有な話なのです。
みんな、大きな流れに乗りたい、乗り遅れたくない、それだけです。
それに振り回されては、作家は自滅します。
ここに挙げたプロモーションの手法は、あくまで作家が自分の手で、作品作りを基本にして行うべきです。
そんなことより何より、信頼できる商人と確実なパートナーシップを持って、プロモーションの方針を伝え、ゆだねると言うことが一番大切で現実的なのではないかと私は思います。
一週間お休みして、失礼いたしました <(_ _)>
<プロモーション・ミックスの構成要素>
プロモーション・ミックスとは
・ 広告活動
・ PR活動
・ 人的販売
・ セールス・プロモーション
の4つのメディアの事を言う。
プロモーションのメディアを選択する際には、以下の3つの要件を考慮する事が必要になる。
? プロモーションのメッセージは、多くの人々に確実に伝わらねばならない。
? プロモーションのメッセージはターゲットとなる買い手に効率的に到達せねばならない。
? プロモーションのメッセージを伝えるには、映像表現や音声、あるいは製品情報の詳細な提示が必要となる場合がある。
沖縄染織を考えたときに、どんなプロモーションが行われているでしょうか。
本土復帰30周年の時代を振り返って考えて見ましょう。
沖縄染織のプロモーションは必ず沖縄自体のプロモーションと共に行われます。
というより、沖縄への関心の高まりに乗っかるという形がとられています。
本土復帰30周年の時代もそうでした。NHKのちゅらさん等で沖縄への関心がたかまり、ビギンの『島ん人の宝』が大ヒットし、大沖縄ブームになりましたね。
復帰直後、10周年、20周年も同じようなイベントと共に沖縄ブームが演出されてきたのです。
30周年に向けては、様々な染織の写真集の出版、人間国宝の誕生があり、低迷していた和装市場において最大の目玉となったのです。商材に渇望していた和装市場において、話題性のある沖縄染織はもてはやされました。引き合いの増加に伴って、生産も拡大。どこもかしこも沖縄染織展という時代でした。美しいキモノやきものサロンという雑誌にも夏以外にも沖縄物は誌面を飾りました。
沖縄染織のプロモーションは必ず県がらみで、大沖縄ブームと絡んできました。沖縄染織が単独でブームを起こしたことはありません。強いて言えば民藝ブームとの連携時代でしょうか。
弊社の場合は、沖縄復帰直前、直後のブームの恩恵にあずかったのですが、古い社員に聞くと、まさに引っ張りだこで、展示会をするとすべて商品が売れて無くなる位の勢いだったそうです。
しかし、その勢いも永くは続きません。現在と同じように過剰に生産された品物は沖縄のあちこちにうずたかく山積みされたのです。復帰10年、20年と同じ事が繰り返されてきました。一時は県の農業団体?が品物を管理していた事もあると聞いた事もあります。
当時はまだまだ着物市場が大きかったので、なんとか消化できましたが、この30周年に起きた過剰供給・過剰在庫は未だに解決していません。
そして、もうすぐ40周年。またまた、ブームを起こそうという気配が感じられます。その第一弾が『テンペスト』あたりではないでしょうか。
ここで、またまた消費増大を当て込んで生産が拡大する事になれば・・・もう終わりです。
そう考えると、伝統工芸品そのもののプロモーションなどというものが本当に必要なのだろうか、と考えざるを得ないのです。
たとえば、一人の作家を強烈にプロモートしたとします。一時は売れるでしょうが、量産すれば必ず品質は落ちます。作家物というのは基本的に万人受けしないのですから、いずれ行き渡ります。売れ行きはピタッと止まる。その時、品質は落ちている。それを見越して生産調整をすればいいのですが、それは至難の業です。作家はいままでの所得を得ようとして別の販路を探すでしょう。品質の落ちた作品がどんどん拡散することになる。なんども言いますが、伝統工芸に於いて画期的な技術革新は望めません。作家の作風を大きく変えることも大変な困難を伴います。
沖縄染織の場合も、節目ごとの大ブームに乗っかることと引き替えに、多くの模造品を産みました。琉球びんがたは本物の方が遙かに少ないという状態ですし、花織やロートン織も沖縄だけの物ではなくなってしまいました。
染織品は綿、毛、絹を問わず、似たものを造るのはそう難しいことではありません。20年前に毛織物市場ではベネシャンという繻子織が大流行しました。いわゆるDCブランド全盛の頃です。でも、いまベネシャンを観る事も難しくなりました。猫も杓子もベネシャンを織ったからです。
着物市場でも、中国物ブームがありました。明綴れの帯や中国刺繍の着物はたいそうな高値で取引されていたのです。良いとなると、群がるのが商人の習性です。中国物は大増産と共に品質が低下しました。そして、最後は値の付かないところまで価値を下げ、どの商人も触らなくなって、市場からほとんど姿を消すことになったのです。
では、染織のプロモーションはどうすればいいのか。
大プロモーション→仮需の増大→生産の増大→品質低下→需要の行き詰まり→価値の低下→負け犬商品
となる、この悪循環を断ち切らねばならないのですが、どこで断ち切るかです。
生産が増大すれば品質は落ちるのですから、厳密な生産管理、適正な量の生産というのが何より大事であると私は思います。
それを基本にして、自分の思うところをブログに書いたり、雑誌に寄稿したり、取材を受けたりはとても必要な事だろうと思います。
しかし、それに伴う引き合いの増加に安易に乗ってはいけないのです。
はっきり言える事は、多くの商人にとって、作家は使い捨てでしかない、と言うことです。
こちらがダメなら、またあちら、あちらがダメなら、また別の作家・・・永遠に売りやすい、売れる作家を捜し回るのが商売人の性です。
自分で無名の作家を捜して育てるなんて言うのは希有な話なのです。
みんな、大きな流れに乗りたい、乗り遅れたくない、それだけです。
それに振り回されては、作家は自滅します。
ここに挙げたプロモーションの手法は、あくまで作家が自分の手で、作品作りを基本にして行うべきです。
そんなことより何より、信頼できる商人と確実なパートナーシップを持って、プロモーションの方針を伝え、ゆだねると言うことが一番大切で現実的なのではないかと私は思います。
2011年04月13日
もずやと学ぶ染織マーケティング<13回目>
3−4メディアの選択
一週間お休みして、失礼いたしました <(_ _)>
<プロモーション・ミックスの構成要素>
プロモーション・ミックスとは
・ 広告活動
・ PR活動
・ 人的販売
・ セールス・プロモーション
の4つのメディアの事を言う。
プロモーションのメディアを選択する際には、以下の3つの要件を考慮する事が必要になる。
? プロモーションのメッセージは、多くの人々に確実に伝わらねばならない。
? プロモーションのメッセージはターゲットとなる買い手に効率的に到達せねばならない。
? プロモーションのメッセージを伝えるには、映像表現や音声、あるいは製品情報の詳細な提示が必要となる場合がある。
沖縄染織を考えたときに、どんなプロモーションが行われているでしょうか。
本土復帰30周年の時代を振り返って考えて見ましょう。
沖縄染織のプロモーションは必ず沖縄自体のプロモーションと共に行われます。
というより、沖縄への関心の高まりに乗っかるという形がとられています。
本土復帰30周年の時代もそうでした。NHKのちゅらさん等で沖縄への関心がたかまり、ビギンの『島ん人の宝』が大ヒットし、大沖縄ブームになりましたね。
復帰直後、10周年、20周年も同じようなイベントと共に沖縄ブームが演出されてきたのです。
30周年に向けては、様々な染織の写真集の出版、人間国宝の誕生があり、低迷していた和装市場において最大の目玉となったのです。商材に渇望していた和装市場において、話題性のある沖縄染織はもてはやされました。引き合いの増加に伴って、生産も拡大。どこもかしこも沖縄染織展という時代でした。美しいキモノやきものサロンという雑誌にも夏以外にも沖縄物は誌面を飾りました。
沖縄染織のプロモーションは必ず県がらみで、大沖縄ブームと絡んできました。沖縄染織が単独でブームを起こしたことはありません。強いて言えば民藝ブームとの連携時代でしょうか。
弊社の場合は、沖縄復帰直前、直後のブームの恩恵にあずかったのですが、古い社員に聞くと、まさに引っ張りだこで、展示会をするとすべて商品が売れて無くなる位の勢いだったそうです。
しかし、その勢いも永くは続きません。現在と同じように過剰に生産された品物は沖縄のあちこちにうずたかく山積みされたのです。復帰10年、20年と同じ事が繰り返されてきました。一時は県の農業団体?が品物を管理していた事もあると聞いた事もあります。
当時はまだまだ着物市場が大きかったので、なんとか消化できましたが、この30周年に起きた過剰供給・過剰在庫は未だに解決していません。
そして、もうすぐ40周年。またまた、ブームを起こそうという気配が感じられます。その第一弾が『テンペスト』あたりではないでしょうか。
ここで、またまた消費増大を当て込んで生産が拡大する事になれば・・・もう終わりです。
そう考えると、伝統工芸品そのもののプロモーションなどというものが本当に必要なのだろうか、と考えざるを得ないのです。
たとえば、一人の作家を強烈にプロモートしたとします。一時は売れるでしょうが、量産すれば必ず品質は落ちます。作家物というのは基本的に万人受けしないのですから、いずれ行き渡ります。売れ行きはピタッと止まる。その時、品質は落ちている。それを見越して生産調整をすればいいのですが、それは至難の業です。作家はいままでの所得を得ようとして別の販路を探すでしょう。品質の落ちた作品がどんどん拡散することになる。なんども言いますが、伝統工芸に於いて画期的な技術革新は望めません。作家の作風を大きく変えることも大変な困難を伴います。
沖縄染織の場合も、節目ごとの大ブームに乗っかることと引き替えに、多くの模造品を産みました。琉球びんがたは本物の方が遙かに少ないという状態ですし、花織やロートン織も沖縄だけの物ではなくなってしまいました。
染織品は綿、毛、絹を問わず、似たものを造るのはそう難しいことではありません。20年前に毛織物市場ではベネシャンという繻子織が大流行しました。いわゆるDCブランド全盛の頃です。でも、いまベネシャンを観る事も難しくなりました。猫も杓子もベネシャンを織ったからです。
着物市場でも、中国物ブームがありました。明綴れの帯や中国刺繍の着物はたいそうな高値で取引されていたのです。良いとなると、群がるのが商人の習性です。中国物は大増産と共に品質が低下しました。そして、最後は値の付かないところまで価値を下げ、どの商人も触らなくなって、市場からほとんど姿を消すことになったのです。
では、染織のプロモーションはどうすればいいのか。
大プロモーション→仮需の増大→生産の増大→品質低下→需要の行き詰まり→価値の低下→負け犬商品
となる、この悪循環を断ち切らねばならないのですが、どこで断ち切るかです。
生産が増大すれば品質は落ちるのですから、厳密な生産管理、適正な量の生産というのが何より大事であると私は思います。
それを基本にして、自分の思うところをブログに書いたり、雑誌に寄稿したり、取材を受けたりはとても必要な事だろうと思います。
しかし、それに伴う引き合いの増加に安易に乗ってはいけないのです。
はっきり言える事は、多くの商人にとって、作家は使い捨てでしかない、と言うことです。
こちらがダメなら、またあちら、あちらがダメなら、また別の作家・・・永遠に売りやすい、売れる作家を捜し回るのが商売人の性です。
自分で無名の作家を捜して育てるなんて言うのは希有な話なのです。
みんな、大きな流れに乗りたい、乗り遅れたくない、それだけです。
それに振り回されては、作家は自滅します。
ここに挙げたプロモーションの手法は、あくまで作家が自分の手で、作品作りを基本にして行うべきです。
そんなことより何より、信頼できる商人と確実なパートナーシップを持って、プロモーションの方針を伝え、ゆだねると言うことが一番大切で現実的なのではないかと私は思います。
一週間お休みして、失礼いたしました <(_ _)>
<プロモーション・ミックスの構成要素>
プロモーション・ミックスとは
・ 広告活動
・ PR活動
・ 人的販売
・ セールス・プロモーション
の4つのメディアの事を言う。
プロモーションのメディアを選択する際には、以下の3つの要件を考慮する事が必要になる。
? プロモーションのメッセージは、多くの人々に確実に伝わらねばならない。
? プロモーションのメッセージはターゲットとなる買い手に効率的に到達せねばならない。
? プロモーションのメッセージを伝えるには、映像表現や音声、あるいは製品情報の詳細な提示が必要となる場合がある。
沖縄染織を考えたときに、どんなプロモーションが行われているでしょうか。
本土復帰30周年の時代を振り返って考えて見ましょう。
沖縄染織のプロモーションは必ず沖縄自体のプロモーションと共に行われます。
というより、沖縄への関心の高まりに乗っかるという形がとられています。
本土復帰30周年の時代もそうでした。NHKのちゅらさん等で沖縄への関心がたかまり、ビギンの『島ん人の宝』が大ヒットし、大沖縄ブームになりましたね。
復帰直後、10周年、20周年も同じようなイベントと共に沖縄ブームが演出されてきたのです。
30周年に向けては、様々な染織の写真集の出版、人間国宝の誕生があり、低迷していた和装市場において最大の目玉となったのです。商材に渇望していた和装市場において、話題性のある沖縄染織はもてはやされました。引き合いの増加に伴って、生産も拡大。どこもかしこも沖縄染織展という時代でした。美しいキモノやきものサロンという雑誌にも夏以外にも沖縄物は誌面を飾りました。
沖縄染織のプロモーションは必ず県がらみで、大沖縄ブームと絡んできました。沖縄染織が単独でブームを起こしたことはありません。強いて言えば民藝ブームとの連携時代でしょうか。
弊社の場合は、沖縄復帰直前、直後のブームの恩恵にあずかったのですが、古い社員に聞くと、まさに引っ張りだこで、展示会をするとすべて商品が売れて無くなる位の勢いだったそうです。
しかし、その勢いも永くは続きません。現在と同じように過剰に生産された品物は沖縄のあちこちにうずたかく山積みされたのです。復帰10年、20年と同じ事が繰り返されてきました。一時は県の農業団体?が品物を管理していた事もあると聞いた事もあります。
当時はまだまだ着物市場が大きかったので、なんとか消化できましたが、この30周年に起きた過剰供給・過剰在庫は未だに解決していません。
そして、もうすぐ40周年。またまた、ブームを起こそうという気配が感じられます。その第一弾が『テンペスト』あたりではないでしょうか。
ここで、またまた消費増大を当て込んで生産が拡大する事になれば・・・もう終わりです。
そう考えると、伝統工芸品そのもののプロモーションなどというものが本当に必要なのだろうか、と考えざるを得ないのです。
たとえば、一人の作家を強烈にプロモートしたとします。一時は売れるでしょうが、量産すれば必ず品質は落ちます。作家物というのは基本的に万人受けしないのですから、いずれ行き渡ります。売れ行きはピタッと止まる。その時、品質は落ちている。それを見越して生産調整をすればいいのですが、それは至難の業です。作家はいままでの所得を得ようとして別の販路を探すでしょう。品質の落ちた作品がどんどん拡散することになる。なんども言いますが、伝統工芸に於いて画期的な技術革新は望めません。作家の作風を大きく変えることも大変な困難を伴います。
沖縄染織の場合も、節目ごとの大ブームに乗っかることと引き替えに、多くの模造品を産みました。琉球びんがたは本物の方が遙かに少ないという状態ですし、花織やロートン織も沖縄だけの物ではなくなってしまいました。
染織品は綿、毛、絹を問わず、似たものを造るのはそう難しいことではありません。20年前に毛織物市場ではベネシャンという繻子織が大流行しました。いわゆるDCブランド全盛の頃です。でも、いまベネシャンを観る事も難しくなりました。猫も杓子もベネシャンを織ったからです。
着物市場でも、中国物ブームがありました。明綴れの帯や中国刺繍の着物はたいそうな高値で取引されていたのです。良いとなると、群がるのが商人の習性です。中国物は大増産と共に品質が低下しました。そして、最後は値の付かないところまで価値を下げ、どの商人も触らなくなって、市場からほとんど姿を消すことになったのです。
では、染織のプロモーションはどうすればいいのか。
大プロモーション→仮需の増大→生産の増大→品質低下→需要の行き詰まり→価値の低下→負け犬商品
となる、この悪循環を断ち切らねばならないのですが、どこで断ち切るかです。
生産が増大すれば品質は落ちるのですから、厳密な生産管理、適正な量の生産というのが何より大事であると私は思います。
それを基本にして、自分の思うところをブログに書いたり、雑誌に寄稿したり、取材を受けたりはとても必要な事だろうと思います。
しかし、それに伴う引き合いの増加に安易に乗ってはいけないのです。
はっきり言える事は、多くの商人にとって、作家は使い捨てでしかない、と言うことです。
こちらがダメなら、またあちら、あちらがダメなら、また別の作家・・・永遠に売りやすい、売れる作家を捜し回るのが商売人の性です。
自分で無名の作家を捜して育てるなんて言うのは希有な話なのです。
みんな、大きな流れに乗りたい、乗り遅れたくない、それだけです。
それに振り回されては、作家は自滅します。
ここに挙げたプロモーションの手法は、あくまで作家が自分の手で、作品作りを基本にして行うべきです。
そんなことより何より、信頼できる商人と確実なパートナーシップを持って、プロモーションの方針を伝え、ゆだねると言うことが一番大切で現実的なのではないかと私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at
17:13
│Comments(0)
2011年04月07日
教科書を忘れました (^_^;)
本来、昨日がマーケティング勉強会の日でしたが、教科書を持ってくるのを忘れてしまいました(^_^;)
今週はお休みです <(_ _)>
今週はお休みです <(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
22:36
│Comments(0)
2011年04月07日
教科書を忘れました (^_^;)
本来、昨日がマーケティング勉強会の日でしたが、教科書を持ってくるのを忘れてしまいました(^_^;)
今週はお休みです <(_ _)>
今週はお休みです <(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
22:36
│Comments(0)
2011年04月04日
信州は織とB級グルメ
飯田のぼろいホテルを9:30に退散して、Hさんの織工房へ。

Hさんは、長野県でも気むずかし屋で知られる人です。
6〜7年前に一度お会いしたことがあるのですが、その時は色々教えてくださって、尊敬に値する工人だと思っていました。
色々聞くと、とても気むずかしくて、余談ですが東京大学文学部のインド哲学科を卒業されているそうです。
訪問するとほどなくHさんが出てこられて、染織の話やら業界に話やらしていたのですが、
Hさんがおもむろにパイプを取り出して火を付けたので、『私もパイプ・スモーカーなんですよ』と話した途端に
意気投合。30分以上パイプの話をしていました。
パイプ愛好者というのはいろいろこだわりがあって、Hさんも吸い方やら、葉の選び方など教えてくださいました。
作品の話はもうこれでOK.はやくシガレットを止めて、パイプ一本にしなさい!と言われて工房を出ました。
私はある種特殊な趣味をもっているのでなかなか、共通するひとと合うことは少ないのですが、
その代わり出会えば、結束は強いのです。
気むずかし屋で知られるHさんも、うちとけてとても親切にしてくださいました(^o^)
学歴も、こだわりも、気骨も、Hさんはただ者ではないですよ。
でも、その分、私にはとても勉強になりますし、話もしごたえがあります。
とても楽しい午前中の時間でした。
それから一路、駒ヶ根へ。

駒ヶ根名物は『ソースカツ丼』です。
今日は『明治亭』で食べました。

うまいけど、ちょっと高いよね。
長野県は、物価、とくに食べるものが高いです。
その後、Kさんへ。
ここは初めて訪問する工房です。
一貫生産で、なかなか、小回りのきく機屋さんのようです。
信州というのは思ったより織の人口が多くて、これからの可能性を感じさせる産地です。
3時半ころ出て(けっこう長居していました)、上田市へ。

上田はCさんの工房。
ここにも若い後継者がいました。
面白いモノを造っていましたねぇ。
6時半頃にホテルにチェックイン。
そして、近くの『おたる』で一杯。
ここは、北海道から材料を取り寄せているということです。
ヒラメの刺身

北の誉

長野で食べる魚の割にはおいしかったし、さほど高くもなかったけど、やっぱり長野で魚食べるのは間違ってるよな、
とおもいながら飲んでいました。
早めに切り上げて、ラーメンで〆。


ダメ!まずいです。
天下一品のスープに博多の棒麵を入れた感じで、スープもぬるいし最低でした。
でも、長野県は好きな土地のひとつなんですよね。
静かで、落ち着いていて、親切で、礼儀正しい。
これを機会に、ちょくちょく来たいと思います。
もずやは沖縄じゃないのか?って?
もちろんそうですけど、沖縄では表現しきれない私の美意識を表現する場が必要なのです。
沖縄を見放したわけではありませんが、注文したものを品質、納期とも正確に達成する能力は確実に劣っています。
そこは、真摯に反省すべきですし、私の要求を達成できないとすれば、達成できるようにするか、別の部分で絶対的な魅力を
発揮すべきです。
私は後者に期待しています。
両方ともソバが楽しみなのは言うまでもありません(^o^)
Hさんは、長野県でも気むずかし屋で知られる人です。
6〜7年前に一度お会いしたことがあるのですが、その時は色々教えてくださって、尊敬に値する工人だと思っていました。
色々聞くと、とても気むずかしくて、余談ですが東京大学文学部のインド哲学科を卒業されているそうです。
訪問するとほどなくHさんが出てこられて、染織の話やら業界に話やらしていたのですが、
Hさんがおもむろにパイプを取り出して火を付けたので、『私もパイプ・スモーカーなんですよ』と話した途端に
意気投合。30分以上パイプの話をしていました。
パイプ愛好者というのはいろいろこだわりがあって、Hさんも吸い方やら、葉の選び方など教えてくださいました。
作品の話はもうこれでOK.はやくシガレットを止めて、パイプ一本にしなさい!と言われて工房を出ました。
私はある種特殊な趣味をもっているのでなかなか、共通するひとと合うことは少ないのですが、
その代わり出会えば、結束は強いのです。
気むずかし屋で知られるHさんも、うちとけてとても親切にしてくださいました(^o^)
学歴も、こだわりも、気骨も、Hさんはただ者ではないですよ。
でも、その分、私にはとても勉強になりますし、話もしごたえがあります。
とても楽しい午前中の時間でした。
それから一路、駒ヶ根へ。
駒ヶ根名物は『ソースカツ丼』です。
今日は『明治亭』で食べました。
うまいけど、ちょっと高いよね。
長野県は、物価、とくに食べるものが高いです。
その後、Kさんへ。
ここは初めて訪問する工房です。
一貫生産で、なかなか、小回りのきく機屋さんのようです。
信州というのは思ったより織の人口が多くて、これからの可能性を感じさせる産地です。
3時半ころ出て(けっこう長居していました)、上田市へ。
上田はCさんの工房。
ここにも若い後継者がいました。
面白いモノを造っていましたねぇ。
6時半頃にホテルにチェックイン。
そして、近くの『おたる』で一杯。
ここは、北海道から材料を取り寄せているということです。
ヒラメの刺身
北の誉
長野で食べる魚の割にはおいしかったし、さほど高くもなかったけど、やっぱり長野で魚食べるのは間違ってるよな、
とおもいながら飲んでいました。
早めに切り上げて、ラーメンで〆。
ダメ!まずいです。
天下一品のスープに博多の棒麵を入れた感じで、スープもぬるいし最低でした。
でも、長野県は好きな土地のひとつなんですよね。
静かで、落ち着いていて、親切で、礼儀正しい。
これを機会に、ちょくちょく来たいと思います。
もずやは沖縄じゃないのか?って?
もちろんそうですけど、沖縄では表現しきれない私の美意識を表現する場が必要なのです。
沖縄を見放したわけではありませんが、注文したものを品質、納期とも正確に達成する能力は確実に劣っています。
そこは、真摯に反省すべきですし、私の要求を達成できないとすれば、達成できるようにするか、別の部分で絶対的な魅力を
発揮すべきです。
私は後者に期待しています。
両方ともソバが楽しみなのは言うまでもありません(^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
20:37
│Comments(0)
2011年04月04日
信州は織とB級グルメ
飯田のぼろいホテルを9:30に退散して、Hさんの織工房へ。

Hさんは、長野県でも気むずかし屋で知られる人です。
6〜7年前に一度お会いしたことがあるのですが、その時は色々教えてくださって、尊敬に値する工人だと思っていました。
色々聞くと、とても気むずかしくて、余談ですが東京大学文学部のインド哲学科を卒業されているそうです。
訪問するとほどなくHさんが出てこられて、染織の話やら業界に話やらしていたのですが、
Hさんがおもむろにパイプを取り出して火を付けたので、『私もパイプ・スモーカーなんですよ』と話した途端に
意気投合。30分以上パイプの話をしていました。
パイプ愛好者というのはいろいろこだわりがあって、Hさんも吸い方やら、葉の選び方など教えてくださいました。
作品の話はもうこれでOK.はやくシガレットを止めて、パイプ一本にしなさい!と言われて工房を出ました。
私はある種特殊な趣味をもっているのでなかなか、共通するひとと合うことは少ないのですが、
その代わり出会えば、結束は強いのです。
気むずかし屋で知られるHさんも、うちとけてとても親切にしてくださいました(^o^)
学歴も、こだわりも、気骨も、Hさんはただ者ではないですよ。
でも、その分、私にはとても勉強になりますし、話もしごたえがあります。
とても楽しい午前中の時間でした。
それから一路、駒ヶ根へ。

駒ヶ根名物は『ソースカツ丼』です。
今日は『明治亭』で食べました。

うまいけど、ちょっと高いよね。
長野県は、物価、とくに食べるものが高いです。
その後、Kさんへ。
ここは初めて訪問する工房です。
一貫生産で、なかなか、小回りのきく機屋さんのようです。
信州というのは思ったより織の人口が多くて、これからの可能性を感じさせる産地です。
3時半ころ出て(けっこう長居していました)、上田市へ。

上田はCさんの工房。
ここにも若い後継者がいました。
面白いモノを造っていましたねぇ。
6時半頃にホテルにチェックイン。
そして、近くの『おたる』で一杯。
ここは、北海道から材料を取り寄せているということです。
ヒラメの刺身

北の誉

長野で食べる魚の割にはおいしかったし、さほど高くもなかったけど、やっぱり長野で魚食べるのは間違ってるよな、
とおもいながら飲んでいました。
早めに切り上げて、ラーメンで〆。


ダメ!まずいです。
天下一品のスープに博多の棒麵を入れた感じで、スープもぬるいし最低でした。
でも、長野県は好きな土地のひとつなんですよね。
静かで、落ち着いていて、親切で、礼儀正しい。
これを機会に、ちょくちょく来たいと思います。
もずやは沖縄じゃないのか?って?
もちろんそうですけど、沖縄では表現しきれない私の美意識を表現する場が必要なのです。
沖縄を見放したわけではありませんが、注文したものを品質、納期とも正確に達成する能力は確実に劣っています。
そこは、真摯に反省すべきですし、私の要求を達成できないとすれば、達成できるようにするか、別の部分で絶対的な魅力を
発揮すべきです。
私は後者に期待しています。
両方ともソバが楽しみなのは言うまでもありません(^o^)
Hさんは、長野県でも気むずかし屋で知られる人です。
6〜7年前に一度お会いしたことがあるのですが、その時は色々教えてくださって、尊敬に値する工人だと思っていました。
色々聞くと、とても気むずかしくて、余談ですが東京大学文学部のインド哲学科を卒業されているそうです。
訪問するとほどなくHさんが出てこられて、染織の話やら業界に話やらしていたのですが、
Hさんがおもむろにパイプを取り出して火を付けたので、『私もパイプ・スモーカーなんですよ』と話した途端に
意気投合。30分以上パイプの話をしていました。
パイプ愛好者というのはいろいろこだわりがあって、Hさんも吸い方やら、葉の選び方など教えてくださいました。
作品の話はもうこれでOK.はやくシガレットを止めて、パイプ一本にしなさい!と言われて工房を出ました。
私はある種特殊な趣味をもっているのでなかなか、共通するひとと合うことは少ないのですが、
その代わり出会えば、結束は強いのです。
気むずかし屋で知られるHさんも、うちとけてとても親切にしてくださいました(^o^)
学歴も、こだわりも、気骨も、Hさんはただ者ではないですよ。
でも、その分、私にはとても勉強になりますし、話もしごたえがあります。
とても楽しい午前中の時間でした。
それから一路、駒ヶ根へ。
駒ヶ根名物は『ソースカツ丼』です。
今日は『明治亭』で食べました。
うまいけど、ちょっと高いよね。
長野県は、物価、とくに食べるものが高いです。
その後、Kさんへ。
ここは初めて訪問する工房です。
一貫生産で、なかなか、小回りのきく機屋さんのようです。
信州というのは思ったより織の人口が多くて、これからの可能性を感じさせる産地です。
3時半ころ出て(けっこう長居していました)、上田市へ。
上田はCさんの工房。
ここにも若い後継者がいました。
面白いモノを造っていましたねぇ。
6時半頃にホテルにチェックイン。
そして、近くの『おたる』で一杯。
ここは、北海道から材料を取り寄せているということです。
ヒラメの刺身
北の誉
長野で食べる魚の割にはおいしかったし、さほど高くもなかったけど、やっぱり長野で魚食べるのは間違ってるよな、
とおもいながら飲んでいました。
早めに切り上げて、ラーメンで〆。
ダメ!まずいです。
天下一品のスープに博多の棒麵を入れた感じで、スープもぬるいし最低でした。
でも、長野県は好きな土地のひとつなんですよね。
静かで、落ち着いていて、親切で、礼儀正しい。
これを機会に、ちょくちょく来たいと思います。
もずやは沖縄じゃないのか?って?
もちろんそうですけど、沖縄では表現しきれない私の美意識を表現する場が必要なのです。
沖縄を見放したわけではありませんが、注文したものを品質、納期とも正確に達成する能力は確実に劣っています。
そこは、真摯に反省すべきですし、私の要求を達成できないとすれば、達成できるようにするか、別の部分で絶対的な魅力を
発揮すべきです。
私は後者に期待しています。
両方ともソバが楽しみなのは言うまでもありません(^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
20:37
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2011年04月04日
もずやのあしあとに花が咲く
沖縄訪問の中で嬉しいことを聞きました。
私が、作家さんにした『無理なお願い』が実を結んでいることです。
一つは、上山弘子さんの琉球藍の後染無地着尺です。
弊社では『美ら藍(ちゅらあい)着尺』と命名している作品です。
藍染を無地で後染するというのは、非常に難しい技術が必要なのは私も知っていましたので、
あえて上山さんにお願いしました。
はじめは、失敗を覚悟で紬の白生地を3反ほど実験用として進呈。
しかし、3反とも失敗。
染まるのは染まるのですが、水洗の時に『あたり』が出て擦れて白くなってしまうのです。
ここでへこたれないのが上山さんのすごいところです。
なんと、水洗用の施設を造って、見事に成功されたのです。
出来上がってきた着尺は、素晴らしい色合いで、まるで蜂蜜の香りが漂ってくるような深い甘みのある色になりました。
その後も研究を重ねられて、とうとう製品化にこぎ着けられました。
この度の展示会でも、売り上げの多くを占める作品となったそうです。
それまでは、小物や洋服(綿)を造って販売しておられたので、大きな壁を突き破られたと思います。
もうひとつは、紬の無地を作ってもらおうと、ある作家さんに枡見本(経緯に数色の色糸を配列して色の変化を見る見本)を作ってもらっ
たのです。この作家さんは、かなりの腕利きなのですがそれでも無地の着尺を完璧に織り上げるのは難しいということで、見本だけ織って
そのままになっていました。それ以降、その作家さんとのお付き合いは遠のいていたのですが、別の作家さんに聞いた話では、その枡見本
を元に、短い無地の生地を織って、ファッションデザイナーに提供しているのだそうです。
これも、沖縄の染織品の新たな可能性を見出す意味でとても有意義な活動になりました。
上山さんとも『商売人の無謀な要求が新たな発明につながりますね』と言って笑い合っていましたが、
私に直接利益になら無いことでも、こういう形で実を結んでいることはとても嬉しいことです。
私が提供した生地が紅型に非常に合う、魅力を引き出す事を知って、沖展に出す作品に使ってくれている人もいました。
私も商売でやっていますので、無制限という訳にはいきませんが、一定のルールを守ってくだされば、
そのノウハウを自由に使い、広めて頂く事は大いなる喜びです。
先代の時代からこういう活動を続けてきたのが、弊社の特徴でもあります。
先代も私も元は畑違いの繊維屋です。
昔で言うところの、『羅紗屋』です。
羅紗屋には羅紗屋のノウハウがあり、作り手との付き合い方があります。
これからもどんどん『無謀な要求』を突きつけていこうと思います (^o^)
私が、作家さんにした『無理なお願い』が実を結んでいることです。
一つは、上山弘子さんの琉球藍の後染無地着尺です。
弊社では『美ら藍(ちゅらあい)着尺』と命名している作品です。
藍染を無地で後染するというのは、非常に難しい技術が必要なのは私も知っていましたので、
あえて上山さんにお願いしました。
はじめは、失敗を覚悟で紬の白生地を3反ほど実験用として進呈。
しかし、3反とも失敗。
染まるのは染まるのですが、水洗の時に『あたり』が出て擦れて白くなってしまうのです。
ここでへこたれないのが上山さんのすごいところです。
なんと、水洗用の施設を造って、見事に成功されたのです。
出来上がってきた着尺は、素晴らしい色合いで、まるで蜂蜜の香りが漂ってくるような深い甘みのある色になりました。
その後も研究を重ねられて、とうとう製品化にこぎ着けられました。
この度の展示会でも、売り上げの多くを占める作品となったそうです。
それまでは、小物や洋服(綿)を造って販売しておられたので、大きな壁を突き破られたと思います。
もうひとつは、紬の無地を作ってもらおうと、ある作家さんに枡見本(経緯に数色の色糸を配列して色の変化を見る見本)を作ってもらっ
たのです。この作家さんは、かなりの腕利きなのですがそれでも無地の着尺を完璧に織り上げるのは難しいということで、見本だけ織って
そのままになっていました。それ以降、その作家さんとのお付き合いは遠のいていたのですが、別の作家さんに聞いた話では、その枡見本
を元に、短い無地の生地を織って、ファッションデザイナーに提供しているのだそうです。
これも、沖縄の染織品の新たな可能性を見出す意味でとても有意義な活動になりました。
上山さんとも『商売人の無謀な要求が新たな発明につながりますね』と言って笑い合っていましたが、
私に直接利益になら無いことでも、こういう形で実を結んでいることはとても嬉しいことです。
私が提供した生地が紅型に非常に合う、魅力を引き出す事を知って、沖展に出す作品に使ってくれている人もいました。
私も商売でやっていますので、無制限という訳にはいきませんが、一定のルールを守ってくだされば、
そのノウハウを自由に使い、広めて頂く事は大いなる喜びです。
先代の時代からこういう活動を続けてきたのが、弊社の特徴でもあります。
先代も私も元は畑違いの繊維屋です。
昔で言うところの、『羅紗屋』です。
羅紗屋には羅紗屋のノウハウがあり、作り手との付き合い方があります。
これからもどんどん『無謀な要求』を突きつけていこうと思います (^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
09:29
│Comments(0)
2011年04月04日
もずやのあしあとに花が咲く
沖縄訪問の中で嬉しいことを聞きました。
私が、作家さんにした『無理なお願い』が実を結んでいることです。
一つは、上山弘子さんの琉球藍の後染無地着尺です。
弊社では『美ら藍(ちゅらあい)着尺』と命名している作品です。
藍染を無地で後染するというのは、非常に難しい技術が必要なのは私も知っていましたので、
あえて上山さんにお願いしました。
はじめは、失敗を覚悟で紬の白生地を3反ほど実験用として進呈。
しかし、3反とも失敗。
染まるのは染まるのですが、水洗の時に『あたり』が出て擦れて白くなってしまうのです。
ここでへこたれないのが上山さんのすごいところです。
なんと、水洗用の施設を造って、見事に成功されたのです。
出来上がってきた着尺は、素晴らしい色合いで、まるで蜂蜜の香りが漂ってくるような深い甘みのある色になりました。
その後も研究を重ねられて、とうとう製品化にこぎ着けられました。
この度の展示会でも、売り上げの多くを占める作品となったそうです。
それまでは、小物や洋服(綿)を造って販売しておられたので、大きな壁を突き破られたと思います。
もうひとつは、紬の無地を作ってもらおうと、ある作家さんに枡見本(経緯に数色の色糸を配列して色の変化を見る見本)を作ってもらっ
たのです。この作家さんは、かなりの腕利きなのですがそれでも無地の着尺を完璧に織り上げるのは難しいということで、見本だけ織って
そのままになっていました。それ以降、その作家さんとのお付き合いは遠のいていたのですが、別の作家さんに聞いた話では、その枡見本
を元に、短い無地の生地を織って、ファッションデザイナーに提供しているのだそうです。
これも、沖縄の染織品の新たな可能性を見出す意味でとても有意義な活動になりました。
上山さんとも『商売人の無謀な要求が新たな発明につながりますね』と言って笑い合っていましたが、
私に直接利益になら無いことでも、こういう形で実を結んでいることはとても嬉しいことです。
私が提供した生地が紅型に非常に合う、魅力を引き出す事を知って、沖展に出す作品に使ってくれている人もいました。
私も商売でやっていますので、無制限という訳にはいきませんが、一定のルールを守ってくだされば、
そのノウハウを自由に使い、広めて頂く事は大いなる喜びです。
先代の時代からこういう活動を続けてきたのが、弊社の特徴でもあります。
先代も私も元は畑違いの繊維屋です。
昔で言うところの、『羅紗屋』です。
羅紗屋には羅紗屋のノウハウがあり、作り手との付き合い方があります。
これからもどんどん『無謀な要求』を突きつけていこうと思います (^o^)
私が、作家さんにした『無理なお願い』が実を結んでいることです。
一つは、上山弘子さんの琉球藍の後染無地着尺です。
弊社では『美ら藍(ちゅらあい)着尺』と命名している作品です。
藍染を無地で後染するというのは、非常に難しい技術が必要なのは私も知っていましたので、
あえて上山さんにお願いしました。
はじめは、失敗を覚悟で紬の白生地を3反ほど実験用として進呈。
しかし、3反とも失敗。
染まるのは染まるのですが、水洗の時に『あたり』が出て擦れて白くなってしまうのです。
ここでへこたれないのが上山さんのすごいところです。
なんと、水洗用の施設を造って、見事に成功されたのです。
出来上がってきた着尺は、素晴らしい色合いで、まるで蜂蜜の香りが漂ってくるような深い甘みのある色になりました。
その後も研究を重ねられて、とうとう製品化にこぎ着けられました。
この度の展示会でも、売り上げの多くを占める作品となったそうです。
それまでは、小物や洋服(綿)を造って販売しておられたので、大きな壁を突き破られたと思います。
もうひとつは、紬の無地を作ってもらおうと、ある作家さんに枡見本(経緯に数色の色糸を配列して色の変化を見る見本)を作ってもらっ
たのです。この作家さんは、かなりの腕利きなのですがそれでも無地の着尺を完璧に織り上げるのは難しいということで、見本だけ織って
そのままになっていました。それ以降、その作家さんとのお付き合いは遠のいていたのですが、別の作家さんに聞いた話では、その枡見本
を元に、短い無地の生地を織って、ファッションデザイナーに提供しているのだそうです。
これも、沖縄の染織品の新たな可能性を見出す意味でとても有意義な活動になりました。
上山さんとも『商売人の無謀な要求が新たな発明につながりますね』と言って笑い合っていましたが、
私に直接利益になら無いことでも、こういう形で実を結んでいることはとても嬉しいことです。
私が提供した生地が紅型に非常に合う、魅力を引き出す事を知って、沖展に出す作品に使ってくれている人もいました。
私も商売でやっていますので、無制限という訳にはいきませんが、一定のルールを守ってくだされば、
そのノウハウを自由に使い、広めて頂く事は大いなる喜びです。
先代の時代からこういう活動を続けてきたのが、弊社の特徴でもあります。
先代も私も元は畑違いの繊維屋です。
昔で言うところの、『羅紗屋』です。
羅紗屋には羅紗屋のノウハウがあり、作り手との付き合い方があります。
これからもどんどん『無謀な要求』を突きつけていこうと思います (^o^)
Posted by 渡辺幻門 at
09:29
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