オオサカジン

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年04月17日

本土復帰40周年にむけての不可解な動き

このあいだ、ある沖縄染織の有力者に聞いた話ですが、まるで公益法人の様な名称をつけた団体?が

沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。

この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、

月会費を徴収したりしているそうです。

その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、

なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。

沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を

しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。

おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、

この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。

私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、

いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。

百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。

京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、

今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら

沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。

県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、

なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。

沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として

適切な対処をしてほしいと切に望みますね。

県政は沖縄県民の為にあるのですから。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:49Comments(2)

2011年04月17日

本土復帰40周年にむけての不可解な動き

このあいだ、ある沖縄染織の有力者に聞いた話ですが、まるで公益法人の様な名称をつけた団体?が

沖縄本土復帰40周年での県の染織関係のイベントを牛耳ろうとしていると言うことです。

この団体?は現実には団体でも何でもなくて、仕入れをしている生産者の支払いを分引きと称して金額を減らしたり、

月会費を徴収したりしているそうです。

その団体を主催しているのが、色々とこれまで偽造や模造をやってきた人なのですが、

なんと、その人がこの団体?を使って、沖縄本土復帰40周年のイベントを県を巻き込んでやろうとしていると言うのです。

沖縄染織の信用を今まで傷つけてきた人ですし、ある組合はもう取引しない、このイベントからも撤退すると意思表示を

しているそうですが、もし、それでも県がこの話に乗るとすれば、いささか問題ではないでしょうか。

おそらく、この話は、沖縄に出入りしている流通業者の多くが耳にしていると思いますので、

この話が前に進むという事になると、沖縄自体が『いい加減な自浄作用のない産地』と思われかねません。

私がこの手のキャンペーンに県が一定の業者と手を組んで乗っかるという事にも疑問を抱かざるを得ませんし、

いくらなんでも、もう良い加減、学習して欲しいと思いますね。

百歩譲って、業者と組むのは良いとしても、その業者が県と組むのに適切かどうかという問題は大変大きな物だと私は思います。

京都市が東京に出した『白イ烏』というアンテナショップも問題になりましたが、

今回の40周年のイベントは、沖縄県全体に関わるイベントですし、そこで染織を仕切るのがアララな業者なら

沖縄県もアララな県だという事になりはしないでしょうか。

県の名前を使ってやる以上は、公明正大であるという事が何より大切だと思いますし、

なにより、県民が誇れるイベントにして、未来に希望を見出す内容が必要だと思うのです。

沖縄県は事実を把握していないのだろうと思いたいですが、誇り高き沖縄県民として

適切な対処をしてほしいと切に望みますね。

県政は沖縄県民の為にあるのですから。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:49Comments(2)

2011年04月17日

もずやと学ぶ染織マーケティング<14回目>

第5章 マーケティング資源の配分
5−1 何が事業の収益性を決めるのか

第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。

ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。

PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。

簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。

結論としてこう書かれています。

『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』

つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。

逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。

これを読んでどう思いますか?

現実にはどうでしょうか。

経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。

でも、手工芸ではどうでしょう。

多産する作家が利益率が高いでしょうか。

売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?

確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。

しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。

逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。

問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。

私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。

つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。

なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。

南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。

マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。

市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。

県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。

産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。

均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。

商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。

つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。

流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。

みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。

芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。

マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。

それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。

マーケティングというのは市場との対話です。

自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:18Comments(0)染織マーケティング

2011年04月17日

もずやと学ぶ染織マーケティング<14回目>

第5章 マーケティング資源の配分
5−1 何が事業の収益性を決めるのか

第4章は組織論なので、飛ばしますね。
個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。

ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。

PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。

簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。

結論としてこう書かれています。

『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』

つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。

逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。

これを読んでどう思いますか?

現実にはどうでしょうか。

経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。

でも、手工芸ではどうでしょう。

多産する作家が利益率が高いでしょうか。

売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?

確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。

しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。

逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。

問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。

私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。

つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。

なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。

南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。

マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。

市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。

県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。

産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。

均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。
デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。
結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。

商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。

つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。

流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。

みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。

芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。

マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。

それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。

マーケティングというのは市場との対話です。

自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:18Comments(0)