オオサカジン

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2009年06月25日

組踊鑑賞のすすめ

今日、仕事が早く終わり、ホテルに帰ってテレビをつけるとBSハイビジョンで組踊の模様が放送されていた。

組踊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%84%E8%B8%8A

沖縄に居るとテレビでたまに流れてくるのだが、全国放送では珍しい。
また、幸いにも液晶テレビなので画像もきれいだった。

衣装の紅型の美しいこと

よく考えてみれば、和装用に作られている紅型は京風にアレンジされている部分も多く、原型を損なってしまっているが、踊り衣装はそういう邪念を持たずに打ち込め、また多くの人の目にも触れるので、紅型作家としても最高の仕事なのかもしれない。

琉球舞踊家の沖縄県人口に占める比率は内地の比ではない。
圧倒的に沖縄の舞踊人口は多い。
主たる紅型作家なら、踊り衣装だけを作っていても食べていけるはずだ。聞いた話では、琉球舞踊では名取りになれば、紅型と芭蕉(もちろん両方とも本物)を持たねばならないそうで、芭蕉布着尺の半数は舞踊家のところにいくそうである。

話を元に戻すと、紅型の本当の美しさは踊り衣装を見れば一目瞭然だ。
圧倒的な存在感。込み入った柄のなかのすっきりと浮かび上がる空間。力強い色と線。どれもが、神々しさを感じる衣装だった。直にみればもっと素晴らしいことだろう。

これを機に、私も組踊りをできるだけ鑑賞しようと思う。

そこにはきっと、紅型作家が魂を込めた作品があるはずだ。

国立劇場おきなわ
http://www.nt-okinawa.or.jp/
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:00Comments(0)沖縄

2009年06月25日

組踊鑑賞のすすめ

今日、仕事が早く終わり、ホテルに帰ってテレビをつけるとBSハイビジョンで組踊の模様が放送されていた。

組踊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%84%E8%B8%8A

沖縄に居るとテレビでたまに流れてくるのだが、全国放送では珍しい。
また、幸いにも液晶テレビなので画像もきれいだった。

衣装の紅型の美しいこと

よく考えてみれば、和装用に作られている紅型は京風にアレンジされている部分も多く、原型を損なってしまっているが、踊り衣装はそういう邪念を持たずに打ち込め、また多くの人の目にも触れるので、紅型作家としても最高の仕事なのかもしれない。

琉球舞踊家の沖縄県人口に占める比率は内地の比ではない。
圧倒的に沖縄の舞踊人口は多い。
主たる紅型作家なら、踊り衣装だけを作っていても食べていけるはずだ。聞いた話では、琉球舞踊では名取りになれば、紅型と芭蕉(もちろん両方とも本物)を持たねばならないそうで、芭蕉布着尺の半数は舞踊家のところにいくそうである。

話を元に戻すと、紅型の本当の美しさは踊り衣装を見れば一目瞭然だ。
圧倒的な存在感。込み入った柄のなかのすっきりと浮かび上がる空間。力強い色と線。どれもが、神々しさを感じる衣装だった。直にみればもっと素晴らしいことだろう。

これを機に、私も組踊りをできるだけ鑑賞しようと思う。

そこにはきっと、紅型作家が魂を込めた作品があるはずだ。

国立劇場おきなわ
http://www.nt-okinawa.or.jp/
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:00Comments(0)沖縄

2009年06月25日

組踊鑑賞のすすめ

今日、仕事が早く終わり、ホテルに帰ってテレビをつけるとBSハイビジョンで組踊の模様が放送されていた。

組踊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%84%E8%B8%8A

沖縄に居るとテレビでたまに流れてくるのだが、全国放送では珍しい。
また、幸いにも液晶テレビなので画像もきれいだった。

衣装の紅型の美しいこと

よく考えてみれば、和装用に作られている紅型は京風にアレンジされている部分も多く、原型を損なってしまっているが、踊り衣装はそういう邪念を持たずに打ち込め、また多くの人の目にも触れるので、紅型作家としても最高の仕事なのかもしれない。

琉球舞踊家の沖縄県人口に占める比率は内地の比ではない。
圧倒的に沖縄の舞踊人口は多い。
主たる紅型作家なら、踊り衣装だけを作っていても食べていけるはずだ。聞いた話では、琉球舞踊では名取りになれば、紅型と芭蕉(もちろん両方とも本物)を持たねばならないそうで、芭蕉布着尺の半数は舞踊家のところにいくそうである。

話を元に戻すと、紅型の本当の美しさは踊り衣装を見れば一目瞭然だ。
圧倒的な存在感。込み入った柄のなかのすっきりと浮かび上がる空間。力強い色と線。どれもが、神々しさを感じる衣装だった。直にみればもっと素晴らしいことだろう。

これを機に、私も組踊りをできるだけ鑑賞しようと思う。

そこにはきっと、紅型作家が魂を込めた作品があるはずだ。

国立劇場おきなわ
http://www.nt-okinawa.or.jp/
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:00Comments(0)沖縄

2009年06月25日

理想の酒場

明日で長かった下関大丸の外販も終了。
〆にまんなおしで一杯。
アテは、ヒラソのハラミ刺身、合鴨の串焼き、そしていつもの骨蒸し。

 私は、夜遊びを早くに卒業してしまいましたが、今でもやっぱりくつろげる酒場を探しています。

 で、私の思い描く、理想の酒場とは・・・

 5〜6人入ったら一杯、カウンターだけの小さな店。場所は四天王寺の近くの路地裏。ママは香西かおりみたいな、絣の着物が似合う、ちょっと崩れた美人。そう、あまりきれいすぎてはいけません。年の頃は40〜60歳。ママの話す言葉は上品な大阪弁。アテはママ手作りの漬け物。夏は水なす、河内名物のキュウリとなすをショウガと醤油を入れてまぜこぜにしたヤツ。冬は粕汁があるといいなぁ。お酒は日本酒なら大阪の地酒、ワインは河内ワイン、ウィスキーなら仲良くニッカの黒とサントリーオールド。ボトルキープ無しの一杯売り。音楽は、たまに歌うママのアカペラ。これが心にしみるほどうまい。料金は、2000円くらい。ママはいつも優しく微笑み、寡黙ながらたまにウイットに富んだ言葉を差し挟む。営業時間は午後3時から12時まで。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:55Comments(0)文化

2009年06月25日

理想の酒場

明日で長かった下関大丸の外販も終了。
〆にまんなおしで一杯。
アテは、ヒラソのハラミ刺身、合鴨の串焼き、そしていつもの骨蒸し。

 私は、夜遊びを早くに卒業してしまいましたが、今でもやっぱりくつろげる酒場を探しています。

 で、私の思い描く、理想の酒場とは・・・

 5〜6人入ったら一杯、カウンターだけの小さな店。場所は四天王寺の近くの路地裏。ママは香西かおりみたいな、絣の着物が似合う、ちょっと崩れた美人。そう、あまりきれいすぎてはいけません。年の頃は40〜60歳。ママの話す言葉は上品な大阪弁。アテはママ手作りの漬け物。夏は水なす、河内名物のキュウリとなすをショウガと醤油を入れてまぜこぜにしたヤツ。冬は粕汁があるといいなぁ。お酒は日本酒なら大阪の地酒、ワインは河内ワイン、ウィスキーなら仲良くニッカの黒とサントリーオールド。ボトルキープ無しの一杯売り。音楽は、たまに歌うママのアカペラ。これが心にしみるほどうまい。料金は、2000円くらい。ママはいつも優しく微笑み、寡黙ながらたまにウイットに富んだ言葉を差し挟む。営業時間は午後3時から12時まで。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:55Comments(0)文化

2009年06月25日

理想の酒場

明日で長かった下関大丸の外販も終了。
〆にまんなおしで一杯。
アテは、ヒラソのハラミ刺身、合鴨の串焼き、そしていつもの骨蒸し。

 私は、夜遊びを早くに卒業してしまいましたが、今でもやっぱりくつろげる酒場を探しています。

 で、私の思い描く、理想の酒場とは・・・

 5〜6人入ったら一杯、カウンターだけの小さな店。場所は四天王寺の近くの路地裏。ママは香西かおりみたいな、絣の着物が似合う、ちょっと崩れた美人。そう、あまりきれいすぎてはいけません。年の頃は40〜60歳。ママの話す言葉は上品な大阪弁。アテはママ手作りの漬け物。夏は水なす、河内名物のキュウリとなすをショウガと醤油を入れてまぜこぜにしたヤツ。冬は粕汁があるといいなぁ。お酒は日本酒なら大阪の地酒、ワインは河内ワイン、ウィスキーなら仲良くニッカの黒とサントリーオールド。ボトルキープ無しの一杯売り。音楽は、たまに歌うママのアカペラ。これが心にしみるほどうまい。料金は、2000円くらい。ママはいつも優しく微笑み、寡黙ながらたまにウイットに富んだ言葉を差し挟む。営業時間は午後3時から12時まで。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:55Comments(0)文化

2009年06月25日

夏や!大阪や!

明日帰りますけど、また、あつ〜い、あつ〜い、大阪の夏が始まります。

大阪の夏といえば、PL花火、河内音頭、だんじり・・・

ほんま元気がでるもんばっかりです。

PL花火は日本一!
全国でいろんな花火大会を見てきた私が断言します。
最近ちょっと不景気の影響でおとなしめですが。
とくに最後のスターマイン。
河内平野が真っ昼間の様に明るくなり、終わった跡は南河内中が煙にまみれる花火の乱れ打ちです。まさに、かつての近鉄バファローズいてまえ打線の乗りです。私はかつてPL教団の隣に住んでいたので首が痛くなる位側で見ていましたが、ほんまサブイボが立ちました。ことしは芸大のスクーリングの最中なので、同期で仲良くなった人がいたら、何かイベントしようかな、と思っています。来るのはいいけど、宿泊施設がないし、道路も電車も混むので偉い目にあいますけど。

あと、河内音頭。
これ、聞くと力がわき上がってくるんです。
絶対に負けへん!どりゃ!かかってきさらせ!という気持ちになってくる。幼い頃から聞いていたリズムで、骨の髄までしみこんで居るんでしょうね。河内音頭は江州音頭からはじまったとされ、そのご正調河内音頭が一般的に歌われて今したがその後、天才『鉄砲光三郎』の登場で様相が一変します。リズミカルでハイテンポな鉄砲節はあっという間に盆踊りの櫓の占領し、いまでは河内音頭といえば鉄砲節です。私が危機なじんでいるのもこの鉄砲節です。

 私が日本全国の地方文化を大切に思うのは、こういう大阪の地元の文化を誇りに思うからです。別にPL花火も河内音頭もだんじりも観光客に知られているわけでもなく、洗練されてもいません。でも、心の奥深くに流れて、そこに生まれ育った物を勇気づけ、懐かしさを覚えさせる。
何も上品で高尚なだけが文化ではありません。こういう民衆の肌にあって、深く愛されているものが文化の本質なのだと私は想います。そして、民衆の気質に深く根ざしているからこそ末永く愛され伝統となるのだと思います。

 大文字や祇園さんもええけど、PL花火や河内音頭もいいですよ。

大阪の夏は今年も元気いっぱいです。   
Posted by 渡辺幻門 at 21:54Comments(1)文化

2009年06月25日

夏や!大阪や!

明日帰りますけど、また、あつ〜い、あつ〜い、大阪の夏が始まります。

大阪の夏といえば、PL花火、河内音頭、だんじり・・・

ほんま元気がでるもんばっかりです。

PL花火は日本一!
全国でいろんな花火大会を見てきた私が断言します。
最近ちょっと不景気の影響でおとなしめですが。
とくに最後のスターマイン。
河内平野が真っ昼間の様に明るくなり、終わった跡は南河内中が煙にまみれる花火の乱れ打ちです。まさに、かつての近鉄バファローズいてまえ打線の乗りです。私はかつてPL教団の隣に住んでいたので首が痛くなる位側で見ていましたが、ほんまサブイボが立ちました。ことしは芸大のスクーリングの最中なので、同期で仲良くなった人がいたら、何かイベントしようかな、と思っています。来るのはいいけど、宿泊施設がないし、道路も電車も混むので偉い目にあいますけど。

あと、河内音頭。
これ、聞くと力がわき上がってくるんです。
絶対に負けへん!どりゃ!かかってきさらせ!という気持ちになってくる。幼い頃から聞いていたリズムで、骨の髄までしみこんで居るんでしょうね。河内音頭は江州音頭からはじまったとされ、そのご正調河内音頭が一般的に歌われて今したがその後、天才『鉄砲光三郎』の登場で様相が一変します。リズミカルでハイテンポな鉄砲節はあっという間に盆踊りの櫓の占領し、いまでは河内音頭といえば鉄砲節です。私が危機なじんでいるのもこの鉄砲節です。

 私が日本全国の地方文化を大切に思うのは、こういう大阪の地元の文化を誇りに思うからです。別にPL花火も河内音頭もだんじりも観光客に知られているわけでもなく、洗練されてもいません。でも、心の奥深くに流れて、そこに生まれ育った物を勇気づけ、懐かしさを覚えさせる。
何も上品で高尚なだけが文化ではありません。こういう民衆の肌にあって、深く愛されているものが文化の本質なのだと私は想います。そして、民衆の気質に深く根ざしているからこそ末永く愛され伝統となるのだと思います。

 大文字や祇園さんもええけど、PL花火や河内音頭もいいですよ。

大阪の夏は今年も元気いっぱいです。   
Posted by 渡辺幻門 at 21:54Comments(1)文化

2009年06月25日

夏や!大阪や!

明日帰りますけど、また、あつ〜い、あつ〜い、大阪の夏が始まります。

大阪の夏といえば、PL花火、河内音頭、だんじり・・・

ほんま元気がでるもんばっかりです。

PL花火は日本一!
全国でいろんな花火大会を見てきた私が断言します。
最近ちょっと不景気の影響でおとなしめですが。
とくに最後のスターマイン。
河内平野が真っ昼間の様に明るくなり、終わった跡は南河内中が煙にまみれる花火の乱れ打ちです。まさに、かつての近鉄バファローズいてまえ打線の乗りです。私はかつてPL教団の隣に住んでいたので首が痛くなる位側で見ていましたが、ほんまサブイボが立ちました。ことしは芸大のスクーリングの最中なので、同期で仲良くなった人がいたら、何かイベントしようかな、と思っています。来るのはいいけど、宿泊施設がないし、道路も電車も混むので偉い目にあいますけど。

あと、河内音頭。
これ、聞くと力がわき上がってくるんです。
絶対に負けへん!どりゃ!かかってきさらせ!という気持ちになってくる。幼い頃から聞いていたリズムで、骨の髄までしみこんで居るんでしょうね。河内音頭は江州音頭からはじまったとされ、そのご正調河内音頭が一般的に歌われて今したがその後、天才『鉄砲光三郎』の登場で様相が一変します。リズミカルでハイテンポな鉄砲節はあっという間に盆踊りの櫓の占領し、いまでは河内音頭といえば鉄砲節です。私が危機なじんでいるのもこの鉄砲節です。

 私が日本全国の地方文化を大切に思うのは、こういう大阪の地元の文化を誇りに思うからです。別にPL花火も河内音頭もだんじりも観光客に知られているわけでもなく、洗練されてもいません。でも、心の奥深くに流れて、そこに生まれ育った物を勇気づけ、懐かしさを覚えさせる。
何も上品で高尚なだけが文化ではありません。こういう民衆の肌にあって、深く愛されているものが文化の本質なのだと私は想います。そして、民衆の気質に深く根ざしているからこそ末永く愛され伝統となるのだと思います。

 大文字や祇園さんもええけど、PL花火や河内音頭もいいですよ。

大阪の夏は今年も元気いっぱいです。   
Posted by 渡辺幻門 at 21:54Comments(1)文化

2009年06月15日

で、マーケティングではどう考えるか?

マーケティングというのは市場調査とか販売戦略に捉えられがちですが、それは狭義で、私たち村田派?マーケターの考え方は全く違います。マーケティングとは『問題解決志向』であると概念的に捉えるのが適当だと思います。マーケティングはサイエンスかアート(技術)かという論議がありますが、そんな物はナンセンスで、マーケティングとは狭義にはアートであり、way of thinkingなのです。
 物・サービスが消費者に行く。消費者から代償として代金や反応が返ってくる。その結果を見て、物・サービスを作り替える。そしてまた消費者から・・・その繰り返し。そのたびに必要とされる問題に対して具体的に一つずつ解決案を出していこう、そして、その未来像も描き出そうというのがマーケティングの基本的枠組みです。戦略的ドメインの選定とか消費者細分化とか競争対抗戦略とかいろいろなマーケティングセオリーはあるのですが、それはあくまで『戦略』に位置するもので、『戦術』となるとまた状況に合わせたこまごまとした対応や作戦、対策が必要となってきます。マーケティングでは戦略は長期的なもの、戦術は短期的な物と定義しています。
 で、その問題解決志向の論理展開ですが、簡単に言えば、起承転結で進みます。現状把握→問題点の抽出→その問題点に対する具体的施策→展望、というのが基本的な思考の仕方です。現状把握が緻密であり、問題点の抽出が抽象的で的を得ていないと、その後の具体的施策の提案が甘くなったり、的外れになったりするので、まず、今をどう捉えるのかが一番大切な問題なのです。そのためには、最後の展望につながる自らの描く理想像が必要となってきます。
 『マーケティングは愛である』『恋愛もマーケティングである』とうのがキザな村田先生の持論で、自分をいかに売り込み、その結果どういう関係に持って行きたいのか、どういう付き合いを思い描いてその女性にアプローチし、愛情を表現するのか。そのために自分がすべきことは何か?それをフィードバックしながら前に進んでいく、すなわち恋愛こそがマーケティングの原型なのだと言うことです。
 これを私たちはマーケティング志向というのですが、理路整然とした理論もなく、この思考方法は主にマーケターのマインドによって大きく左右されます。
 前の日記で書いたヘッジファンドへの投資はヘッジファンドが全く情報公開をしていないという事ですから、現状把握も予想も無理なわけで、丸投げにしてしまった年金基金の自業自得と言われてもしかたないでしょう。なるべくしてなった、としいいようがないのです。
 経験則に学べば、今回の事は予測できたわけですし、私が運用担当者なら、銀行金利が下げられた時点で、運用実績は下がるのが当然。リスクをとるよりも受給者に理解を得て、場合によっては基金を解散するくらいの勇気も必要だったのではないでしょうか?この自体は、『失敗してもヒトの金』という安易さの結末とは言えないでしょうか?
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:52Comments(0)経済・思想

2009年06月15日

で、マーケティングではどう考えるか?

マーケティングというのは市場調査とか販売戦略に捉えられがちですが、それは狭義で、私たち村田派?マーケターの考え方は全く違います。マーケティングとは『問題解決志向』であると概念的に捉えるのが適当だと思います。マーケティングはサイエンスかアート(技術)かという論議がありますが、そんな物はナンセンスで、マーケティングとは狭義にはアートであり、way of thinkingなのです。
 物・サービスが消費者に行く。消費者から代償として代金や反応が返ってくる。その結果を見て、物・サービスを作り替える。そしてまた消費者から・・・その繰り返し。そのたびに必要とされる問題に対して具体的に一つずつ解決案を出していこう、そして、その未来像も描き出そうというのがマーケティングの基本的枠組みです。戦略的ドメインの選定とか消費者細分化とか競争対抗戦略とかいろいろなマーケティングセオリーはあるのですが、それはあくまで『戦略』に位置するもので、『戦術』となるとまた状況に合わせたこまごまとした対応や作戦、対策が必要となってきます。マーケティングでは戦略は長期的なもの、戦術は短期的な物と定義しています。
 で、その問題解決志向の論理展開ですが、簡単に言えば、起承転結で進みます。現状把握→問題点の抽出→その問題点に対する具体的施策→展望、というのが基本的な思考の仕方です。現状把握が緻密であり、問題点の抽出が抽象的で的を得ていないと、その後の具体的施策の提案が甘くなったり、的外れになったりするので、まず、今をどう捉えるのかが一番大切な問題なのです。そのためには、最後の展望につながる自らの描く理想像が必要となってきます。
 『マーケティングは愛である』『恋愛もマーケティングである』とうのがキザな村田先生の持論で、自分をいかに売り込み、その結果どういう関係に持って行きたいのか、どういう付き合いを思い描いてその女性にアプローチし、愛情を表現するのか。そのために自分がすべきことは何か?それをフィードバックしながら前に進んでいく、すなわち恋愛こそがマーケティングの原型なのだと言うことです。
 これを私たちはマーケティング志向というのですが、理路整然とした理論もなく、この思考方法は主にマーケターのマインドによって大きく左右されます。
 前の日記で書いたヘッジファンドへの投資はヘッジファンドが全く情報公開をしていないという事ですから、現状把握も予想も無理なわけで、丸投げにしてしまった年金基金の自業自得と言われてもしかたないでしょう。なるべくしてなった、としいいようがないのです。
 経験則に学べば、今回の事は予測できたわけですし、私が運用担当者なら、銀行金利が下げられた時点で、運用実績は下がるのが当然。リスクをとるよりも受給者に理解を得て、場合によっては基金を解散するくらいの勇気も必要だったのではないでしょうか?この自体は、『失敗してもヒトの金』という安易さの結末とは言えないでしょうか?
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:52Comments(0)経済・思想

2009年06月15日

で、マーケティングではどう考えるか?

マーケティングというのは市場調査とか販売戦略に捉えられがちですが、それは狭義で、私たち村田派?マーケターの考え方は全く違います。マーケティングとは『問題解決志向』であると概念的に捉えるのが適当だと思います。マーケティングはサイエンスかアート(技術)かという論議がありますが、そんな物はナンセンスで、マーケティングとは狭義にはアートであり、way of thinkingなのです。
 物・サービスが消費者に行く。消費者から代償として代金や反応が返ってくる。その結果を見て、物・サービスを作り替える。そしてまた消費者から・・・その繰り返し。そのたびに必要とされる問題に対して具体的に一つずつ解決案を出していこう、そして、その未来像も描き出そうというのがマーケティングの基本的枠組みです。戦略的ドメインの選定とか消費者細分化とか競争対抗戦略とかいろいろなマーケティングセオリーはあるのですが、それはあくまで『戦略』に位置するもので、『戦術』となるとまた状況に合わせたこまごまとした対応や作戦、対策が必要となってきます。マーケティングでは戦略は長期的なもの、戦術は短期的な物と定義しています。
 で、その問題解決志向の論理展開ですが、簡単に言えば、起承転結で進みます。現状把握→問題点の抽出→その問題点に対する具体的施策→展望、というのが基本的な思考の仕方です。現状把握が緻密であり、問題点の抽出が抽象的で的を得ていないと、その後の具体的施策の提案が甘くなったり、的外れになったりするので、まず、今をどう捉えるのかが一番大切な問題なのです。そのためには、最後の展望につながる自らの描く理想像が必要となってきます。
 『マーケティングは愛である』『恋愛もマーケティングである』とうのがキザな村田先生の持論で、自分をいかに売り込み、その結果どういう関係に持って行きたいのか、どういう付き合いを思い描いてその女性にアプローチし、愛情を表現するのか。そのために自分がすべきことは何か?それをフィードバックしながら前に進んでいく、すなわち恋愛こそがマーケティングの原型なのだと言うことです。
 これを私たちはマーケティング志向というのですが、理路整然とした理論もなく、この思考方法は主にマーケターのマインドによって大きく左右されます。
 前の日記で書いたヘッジファンドへの投資はヘッジファンドが全く情報公開をしていないという事ですから、現状把握も予想も無理なわけで、丸投げにしてしまった年金基金の自業自得と言われてもしかたないでしょう。なるべくしてなった、としいいようがないのです。
 経験則に学べば、今回の事は予測できたわけですし、私が運用担当者なら、銀行金利が下げられた時点で、運用実績は下がるのが当然。リスクをとるよりも受給者に理解を得て、場合によっては基金を解散するくらいの勇気も必要だったのではないでしょうか?この自体は、『失敗してもヒトの金』という安易さの結末とは言えないでしょうか?
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:52Comments(0)経済・思想

2009年06月15日

質量不変の法則【NHKマネー資本主義を見て】

今日の内容は年金基金がヘッジファンドに投資しして、大損をこいたというものでした。主題になっている年金基金は25%も資産を減らしたといいます。運用担当者も出演していましたが、この人は経済・投資というものをわかっていたのでしょうか?

 そもそも、世界中の人が投資に血道を上げるようになったには理由があります。特に日本の場合ははっきりしています。銀行が本来払うべき預金金利を支払わなくなったからです。これに誰も抗議しなかった。それがこの結果を招いたとも言えるのです。バブル崩壊までは定期預金の金利は5〜6%ついていた様に記憶しています。その金利で人の良いおばあちゃんたちは、20〜30万円の物をデパートの外商から買い、その代わり、外商は電球を変えたり、瓶詰めの蓋を開けてあげたりして、細々としたお世話をしていたのです。そういう持ちつ持たれつの関係が成立していました。ところが、バブル崩壊で銀行の経営が危機に陥ると一斉に金利を引き下げました。定期預金にしていても、受け取れる預金は雀の涙です。当時、世の中には沢山の金利生活者といわれる人がいました。その人たちは、金利が下げられると生活ができなくなるわけです。とくに定年退職者は実際に年金を受け取れるまで時間があるし、退職金を定期預金にして、生活していましたし、年金を受け取れるようになれば、その金をレジャーや買い物に当てていたのです。それまで定期預金されていた金の行き先が、投資信託などのリスク商品だったわけです。リスク商品というからには当然リスクがあり、それまで銀行がとっていたリスクを商品購入者に背負わせ、自分たちはきっちり稼ぐというやり方に出たわけです。リスクがあるのですから、これは定期預金とは全く性質が違います。簡単に言えばギャンブルなのです。ギャンブルの常道として、はじめに必ず勝たせて、掛け金を大きくさせ、最後にがっぽりいただくというのがお決まりの筋書きです。投資をしたり、リスク商品を購入したほとんどの国民はこの銀行のトリックにまんまと引っかかったのです。
 そもそも、地球の質量は一定なのです。種をまけば太陽の光さえあれば成長すると思われる植物でさえ、枯れるものがあっての循環をしているのであり、地球の質量、もっと言えば全宇宙の質量は不変なのです。これは中学校で習うのではないでしょうか。ですから、お金の行き先をAからBへ、BからCへ移動したところで、全体の量は全く増えないのです。増えているように見えているだけです。農水産、鉱業など一次産品をいかに加工しても全体の質量の合計は同じです。そこには利便性や機能性等の付加価値が加わるだけです。いわばこれが経済活動による富です。いくらヘッジファンドにお金を渡しても、サイババのように、お金が増える訳ではないのです。ポケットのビスケットをたたいても、数が増えても量は増えないのと全く同じです。それを増えた増えたと言っているだけです。ホリエモンがやった株式分割というのはまさにそれですね。
 そもそも、近代経済学というのは大きな盲点を抱えていて、変数(変化する要因)を限定します。そのために、多くの条件を一定と仮定しなければならないのです。そんなことって世の中にありますか?森羅万象すべては常に移り変わっているのです。サブプライムローンの構築の場合はあろう事か、地価が下がることはないというのが、不変の前提となっていたのです。驚きです。MBAをとったような人が何故こんなことに疑問を持たなかったのか?狂っていたか、欲に目がくらんだか?・・・違うと思います。意図的に無視したのです。まんまと引っかけられたのです。麻雀でいえば、役満を振り込むように積み込みをされたのです。それにまんまと乗ってしまった。おまけに、ツモ順を自ら変更して、相手にツモらせてしまったのです。
 私は大きな罪は、いま大学で近代経済学を教えている教授陣にもあると思います。私も、もちろん大学で経済学をかじりましたが、ある教授の『ゲームの理論』という講義で直感的に近代経済学がはらむ矛盾に気づきました。
 経済学というのは、お金や物を経済的に回して、最大多数の幸福を追求するための学問であるはずです。それがねじ曲げられて、ある一部の人の利益追求に利用されるようになってしまいました。これは経済学の頽廃以外のなにものでもありません。

 前にも書きましたが、これからの経済学は哲学や心理学や宗教学などを取り入れて、クロスディシプリナリーに地球規模の幸福を考える学問へと目指す道を変えるべきだと私は想うのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:51Comments(0)経済・思想

2009年06月15日

質量不変の法則【NHKマネー資本主義を見て】

今日の内容は年金基金がヘッジファンドに投資しして、大損をこいたというものでした。主題になっている年金基金は25%も資産を減らしたといいます。運用担当者も出演していましたが、この人は経済・投資というものをわかっていたのでしょうか?

 そもそも、世界中の人が投資に血道を上げるようになったには理由があります。特に日本の場合ははっきりしています。銀行が本来払うべき預金金利を支払わなくなったからです。これに誰も抗議しなかった。それがこの結果を招いたとも言えるのです。バブル崩壊までは定期預金の金利は5〜6%ついていた様に記憶しています。その金利で人の良いおばあちゃんたちは、20〜30万円の物をデパートの外商から買い、その代わり、外商は電球を変えたり、瓶詰めの蓋を開けてあげたりして、細々としたお世話をしていたのです。そういう持ちつ持たれつの関係が成立していました。ところが、バブル崩壊で銀行の経営が危機に陥ると一斉に金利を引き下げました。定期預金にしていても、受け取れる預金は雀の涙です。当時、世の中には沢山の金利生活者といわれる人がいました。その人たちは、金利が下げられると生活ができなくなるわけです。とくに定年退職者は実際に年金を受け取れるまで時間があるし、退職金を定期預金にして、生活していましたし、年金を受け取れるようになれば、その金をレジャーや買い物に当てていたのです。それまで定期預金されていた金の行き先が、投資信託などのリスク商品だったわけです。リスク商品というからには当然リスクがあり、それまで銀行がとっていたリスクを商品購入者に背負わせ、自分たちはきっちり稼ぐというやり方に出たわけです。リスクがあるのですから、これは定期預金とは全く性質が違います。簡単に言えばギャンブルなのです。ギャンブルの常道として、はじめに必ず勝たせて、掛け金を大きくさせ、最後にがっぽりいただくというのがお決まりの筋書きです。投資をしたり、リスク商品を購入したほとんどの国民はこの銀行のトリックにまんまと引っかかったのです。
 そもそも、地球の質量は一定なのです。種をまけば太陽の光さえあれば成長すると思われる植物でさえ、枯れるものがあっての循環をしているのであり、地球の質量、もっと言えば全宇宙の質量は不変なのです。これは中学校で習うのではないでしょうか。ですから、お金の行き先をAからBへ、BからCへ移動したところで、全体の量は全く増えないのです。増えているように見えているだけです。農水産、鉱業など一次産品をいかに加工しても全体の質量の合計は同じです。そこには利便性や機能性等の付加価値が加わるだけです。いわばこれが経済活動による富です。いくらヘッジファンドにお金を渡しても、サイババのように、お金が増える訳ではないのです。ポケットのビスケットをたたいても、数が増えても量は増えないのと全く同じです。それを増えた増えたと言っているだけです。ホリエモンがやった株式分割というのはまさにそれですね。
 そもそも、近代経済学というのは大きな盲点を抱えていて、変数(変化する要因)を限定します。そのために、多くの条件を一定と仮定しなければならないのです。そんなことって世の中にありますか?森羅万象すべては常に移り変わっているのです。サブプライムローンの構築の場合はあろう事か、地価が下がることはないというのが、不変の前提となっていたのです。驚きです。MBAをとったような人が何故こんなことに疑問を持たなかったのか?狂っていたか、欲に目がくらんだか?・・・違うと思います。意図的に無視したのです。まんまと引っかけられたのです。麻雀でいえば、役満を振り込むように積み込みをされたのです。それにまんまと乗ってしまった。おまけに、ツモ順を自ら変更して、相手にツモらせてしまったのです。
 私は大きな罪は、いま大学で近代経済学を教えている教授陣にもあると思います。私も、もちろん大学で経済学をかじりましたが、ある教授の『ゲームの理論』という講義で直感的に近代経済学がはらむ矛盾に気づきました。
 経済学というのは、お金や物を経済的に回して、最大多数の幸福を追求するための学問であるはずです。それがねじ曲げられて、ある一部の人の利益追求に利用されるようになってしまいました。これは経済学の頽廃以外のなにものでもありません。

 前にも書きましたが、これからの経済学は哲学や心理学や宗教学などを取り入れて、クロスディシプリナリーに地球規模の幸福を考える学問へと目指す道を変えるべきだと私は想うのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:51Comments(0)経済・思想

2009年06月15日

質量不変の法則【NHKマネー資本主義を見て】

今日の内容は年金基金がヘッジファンドに投資しして、大損をこいたというものでした。主題になっている年金基金は25%も資産を減らしたといいます。運用担当者も出演していましたが、この人は経済・投資というものをわかっていたのでしょうか?

 そもそも、世界中の人が投資に血道を上げるようになったには理由があります。特に日本の場合ははっきりしています。銀行が本来払うべき預金金利を支払わなくなったからです。これに誰も抗議しなかった。それがこの結果を招いたとも言えるのです。バブル崩壊までは定期預金の金利は5〜6%ついていた様に記憶しています。その金利で人の良いおばあちゃんたちは、20〜30万円の物をデパートの外商から買い、その代わり、外商は電球を変えたり、瓶詰めの蓋を開けてあげたりして、細々としたお世話をしていたのです。そういう持ちつ持たれつの関係が成立していました。ところが、バブル崩壊で銀行の経営が危機に陥ると一斉に金利を引き下げました。定期預金にしていても、受け取れる預金は雀の涙です。当時、世の中には沢山の金利生活者といわれる人がいました。その人たちは、金利が下げられると生活ができなくなるわけです。とくに定年退職者は実際に年金を受け取れるまで時間があるし、退職金を定期預金にして、生活していましたし、年金を受け取れるようになれば、その金をレジャーや買い物に当てていたのです。それまで定期預金されていた金の行き先が、投資信託などのリスク商品だったわけです。リスク商品というからには当然リスクがあり、それまで銀行がとっていたリスクを商品購入者に背負わせ、自分たちはきっちり稼ぐというやり方に出たわけです。リスクがあるのですから、これは定期預金とは全く性質が違います。簡単に言えばギャンブルなのです。ギャンブルの常道として、はじめに必ず勝たせて、掛け金を大きくさせ、最後にがっぽりいただくというのがお決まりの筋書きです。投資をしたり、リスク商品を購入したほとんどの国民はこの銀行のトリックにまんまと引っかかったのです。
 そもそも、地球の質量は一定なのです。種をまけば太陽の光さえあれば成長すると思われる植物でさえ、枯れるものがあっての循環をしているのであり、地球の質量、もっと言えば全宇宙の質量は不変なのです。これは中学校で習うのではないでしょうか。ですから、お金の行き先をAからBへ、BからCへ移動したところで、全体の量は全く増えないのです。増えているように見えているだけです。農水産、鉱業など一次産品をいかに加工しても全体の質量の合計は同じです。そこには利便性や機能性等の付加価値が加わるだけです。いわばこれが経済活動による富です。いくらヘッジファンドにお金を渡しても、サイババのように、お金が増える訳ではないのです。ポケットのビスケットをたたいても、数が増えても量は増えないのと全く同じです。それを増えた増えたと言っているだけです。ホリエモンがやった株式分割というのはまさにそれですね。
 そもそも、近代経済学というのは大きな盲点を抱えていて、変数(変化する要因)を限定します。そのために、多くの条件を一定と仮定しなければならないのです。そんなことって世の中にありますか?森羅万象すべては常に移り変わっているのです。サブプライムローンの構築の場合はあろう事か、地価が下がることはないというのが、不変の前提となっていたのです。驚きです。MBAをとったような人が何故こんなことに疑問を持たなかったのか?狂っていたか、欲に目がくらんだか?・・・違うと思います。意図的に無視したのです。まんまと引っかけられたのです。麻雀でいえば、役満を振り込むように積み込みをされたのです。それにまんまと乗ってしまった。おまけに、ツモ順を自ら変更して、相手にツモらせてしまったのです。
 私は大きな罪は、いま大学で近代経済学を教えている教授陣にもあると思います。私も、もちろん大学で経済学をかじりましたが、ある教授の『ゲームの理論』という講義で直感的に近代経済学がはらむ矛盾に気づきました。
 経済学というのは、お金や物を経済的に回して、最大多数の幸福を追求するための学問であるはずです。それがねじ曲げられて、ある一部の人の利益追求に利用されるようになってしまいました。これは経済学の頽廃以外のなにものでもありません。

 前にも書きましたが、これからの経済学は哲学や心理学や宗教学などを取り入れて、クロスディシプリナリーに地球規模の幸福を考える学問へと目指す道を変えるべきだと私は想うのです。
  
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2009年06月15日

汚れっちまった悲しみに

とは、山口県山口市に生まれた中原中也の詩です。

今、100年に一度の不況の中で、汚れちまった人を沢山見ます。

前に紹介したサミュエルスマイルズの『品性論』の中で、『人間の目標は信念と誠意をもって生きる、ということであり、人生の価値は、死の床でそれが達成できたかどうかだ』と書いてありましたが、一つの信念に基づいて、一生それを貫いて生きていくと言うことは、それだけ難しい事なのです。私たち商人なら、お金儲けということが大きな目標なのですが、それは一攫千金や濡れ手で粟という状態でも手に入ることがあります。しかし、死の床について、自らの信念を貫き通せたと思える為には、一点の曇りもあってはならない。生きている間ずっと課題としてつきまとう課題なのです。そういう意味では、汚れないで清らかな誠を貫徹する人生を追求するということは、人生自体を修行としてとらえる必要があるのだろうと思います。

そういう天高き理想を追い求める人への悪魔のささやきとは何かと言えば、欲以外の何物でもありません。金銭欲、物欲、名誉欲、性欲・・・数限りない欲=煩悩が人間を汚れた道に誘い込もうとします。そして、人間は次第に麻痺し、汚れたことにさえ気づかないようになってしまいます。

今の世の中においては、そういう気高き聖人を見ることができなくなってしまいました。しかし、かつては国民から心から尊敬される人が存在したのです。そして、そういう生き方が美しい生き方の模範とされていたのでした。それは本で読まなくとも、親子の会話や学校の先生とのふれあいの中で、いわば口伝という形で伝えられてきたのです。

 それがいつの間にか、金やモノで動く人間を礼賛する世の中になってしまいました。私の幼少の頃は、金で動かない人間こそ価値のある人間と教えられたものです。プロ野球選手は育ててもらったチームへの恩義も忘れ後ろ足で砂をかけるようにして、メジャーへいく。大阪府の前知事は府民に多大な迷惑をかけておきながら、莫大な退職金を得、その返還要求を無視する。

 心を軽んずる時代に、心を病むのは当然の帰結です。
政治家、実業家、その他それぞれの持ち場にいる人たちが、清く正しく生きることを目標とする世の中ならば、今回の経済危機もなかったのではないかと思いますし、今の政治の乱れもあり得なかったのではないでしょうか。

 私も含め、清廉潔白であり続けると言うことは非常に難しく、時には誘惑に駆られる事も多々あります。罪を犯してしまうこともあるでしょう。でも、清く正しく生きていかねばならない、そういう気概をもって人生を乗り切っていくことが何より大切な事なのではないかと私は想うのです。

 これから何度も汚れちまいそうになるでしょうけど、もし汚れても腐らない様に生きていかねばならない、そう思うこの頃です。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:49Comments(0)

2009年06月15日

汚れっちまった悲しみに

とは、山口県山口市に生まれた中原中也の詩です。

今、100年に一度の不況の中で、汚れちまった人を沢山見ます。

前に紹介したサミュエルスマイルズの『品性論』の中で、『人間の目標は信念と誠意をもって生きる、ということであり、人生の価値は、死の床でそれが達成できたかどうかだ』と書いてありましたが、一つの信念に基づいて、一生それを貫いて生きていくと言うことは、それだけ難しい事なのです。私たち商人なら、お金儲けということが大きな目標なのですが、それは一攫千金や濡れ手で粟という状態でも手に入ることがあります。しかし、死の床について、自らの信念を貫き通せたと思える為には、一点の曇りもあってはならない。生きている間ずっと課題としてつきまとう課題なのです。そういう意味では、汚れないで清らかな誠を貫徹する人生を追求するということは、人生自体を修行としてとらえる必要があるのだろうと思います。

そういう天高き理想を追い求める人への悪魔のささやきとは何かと言えば、欲以外の何物でもありません。金銭欲、物欲、名誉欲、性欲・・・数限りない欲=煩悩が人間を汚れた道に誘い込もうとします。そして、人間は次第に麻痺し、汚れたことにさえ気づかないようになってしまいます。

今の世の中においては、そういう気高き聖人を見ることができなくなってしまいました。しかし、かつては国民から心から尊敬される人が存在したのです。そして、そういう生き方が美しい生き方の模範とされていたのでした。それは本で読まなくとも、親子の会話や学校の先生とのふれあいの中で、いわば口伝という形で伝えられてきたのです。

 それがいつの間にか、金やモノで動く人間を礼賛する世の中になってしまいました。私の幼少の頃は、金で動かない人間こそ価値のある人間と教えられたものです。プロ野球選手は育ててもらったチームへの恩義も忘れ後ろ足で砂をかけるようにして、メジャーへいく。大阪府の前知事は府民に多大な迷惑をかけておきながら、莫大な退職金を得、その返還要求を無視する。

 心を軽んずる時代に、心を病むのは当然の帰結です。
政治家、実業家、その他それぞれの持ち場にいる人たちが、清く正しく生きることを目標とする世の中ならば、今回の経済危機もなかったのではないかと思いますし、今の政治の乱れもあり得なかったのではないでしょうか。

 私も含め、清廉潔白であり続けると言うことは非常に難しく、時には誘惑に駆られる事も多々あります。罪を犯してしまうこともあるでしょう。でも、清く正しく生きていかねばならない、そういう気概をもって人生を乗り切っていくことが何より大切な事なのではないかと私は想うのです。

 これから何度も汚れちまいそうになるでしょうけど、もし汚れても腐らない様に生きていかねばならない、そう思うこの頃です。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:49Comments(0)

2009年06月15日

汚れっちまった悲しみに

とは、山口県山口市に生まれた中原中也の詩です。

今、100年に一度の不況の中で、汚れちまった人を沢山見ます。

前に紹介したサミュエルスマイルズの『品性論』の中で、『人間の目標は信念と誠意をもって生きる、ということであり、人生の価値は、死の床でそれが達成できたかどうかだ』と書いてありましたが、一つの信念に基づいて、一生それを貫いて生きていくと言うことは、それだけ難しい事なのです。私たち商人なら、お金儲けということが大きな目標なのですが、それは一攫千金や濡れ手で粟という状態でも手に入ることがあります。しかし、死の床について、自らの信念を貫き通せたと思える為には、一点の曇りもあってはならない。生きている間ずっと課題としてつきまとう課題なのです。そういう意味では、汚れないで清らかな誠を貫徹する人生を追求するということは、人生自体を修行としてとらえる必要があるのだろうと思います。

そういう天高き理想を追い求める人への悪魔のささやきとは何かと言えば、欲以外の何物でもありません。金銭欲、物欲、名誉欲、性欲・・・数限りない欲=煩悩が人間を汚れた道に誘い込もうとします。そして、人間は次第に麻痺し、汚れたことにさえ気づかないようになってしまいます。

今の世の中においては、そういう気高き聖人を見ることができなくなってしまいました。しかし、かつては国民から心から尊敬される人が存在したのです。そして、そういう生き方が美しい生き方の模範とされていたのでした。それは本で読まなくとも、親子の会話や学校の先生とのふれあいの中で、いわば口伝という形で伝えられてきたのです。

 それがいつの間にか、金やモノで動く人間を礼賛する世の中になってしまいました。私の幼少の頃は、金で動かない人間こそ価値のある人間と教えられたものです。プロ野球選手は育ててもらったチームへの恩義も忘れ後ろ足で砂をかけるようにして、メジャーへいく。大阪府の前知事は府民に多大な迷惑をかけておきながら、莫大な退職金を得、その返還要求を無視する。

 心を軽んずる時代に、心を病むのは当然の帰結です。
政治家、実業家、その他それぞれの持ち場にいる人たちが、清く正しく生きることを目標とする世の中ならば、今回の経済危機もなかったのではないかと思いますし、今の政治の乱れもあり得なかったのではないでしょうか。

 私も含め、清廉潔白であり続けると言うことは非常に難しく、時には誘惑に駆られる事も多々あります。罪を犯してしまうこともあるでしょう。でも、清く正しく生きていかねばならない、そういう気概をもって人生を乗り切っていくことが何より大切な事なのではないかと私は想うのです。

 これから何度も汚れちまいそうになるでしょうけど、もし汚れても腐らない様に生きていかねばならない、そう思うこの頃です。
  
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2009年06月07日

首里を染織のモンマルトルに!

今日アールデコの教科書の精読が終わりました。とても楽しい勉強です。工芸に関わる者として、色々な事を考えながら読み進みました。
工芸を中心とする物作りの流れは、産業革命→機械生産→アーツ&クラフツ運動(ウィリアム・モリス)→アール・ヌーボー→アール・デコとつながります。産業革命は市民革命ともつながり、王政の消滅が大きく影響しています。それはパトロンの存在なのですが、民主化によって、より多くの富裕層ができ、それがアールデコを支え、現在までその延長線上にあるという事のようです。アールデコの基本的コンセプトは、デザイン化・抽象化・多産化なのですが、そこにはアートに相応しい思想的枠組みが失われていきます。やはり、アートと言えるのはアールヌーボーまでで、その後は美を追究しながらも効率性にも重きを置いた活動となってきます。
染織がもし、アールデコの道に乗っかるとしたら、すぐに機械生産に取って変わられてしまうでしょう。絵画が写実主義から印象主義に変わったのも写真の出現の結果なのです。デザイン性、機能性、完成度を追求すれば機械に頼る方がより低廉に正確にできるのです。世界のの染織がそうなったように、日本の手織もただのテキスタイルの原型として歴史の中に閉じこめられてしまうでしょう。
 アーツ&クラフツ運動、アールヌーボーの問題点はそれが高所得者層だけの為にならざるを得なかった。そしてそれは、二回の大戦と世界恐慌によって道を閉ざされてしまうのです。しかし、私には日本の手織が残るにはこの道を行くしかないのだろうと思います。
 では、染織がアートであるためにはいかなる要素を必要とするのか。
それは、『思想』であると思います。19世紀末から1930年代までの工芸・建築は絵画・彫刻と同じ芸術の潮流の中にあります。そしてパリを中心に多くの芸術家が意見を交わし、技術交流をし、自らの思想を高めそれを作品に載せて発表したのです。そのメッカがモンマルトルでした。なぜ、世界中の芸術家の卵がパリにそしてモンマルトルに結集したかはここでは書きませんが、そういう思想・主義が無いところにアート=芸術は生まれないというのが私の考えです。
 そういう面で若い染織家が多く集まり、表現を競うだけの技法が伝統的に存在し、それだけに、思想や想いを作品に盛り込む手段に富み、生活も楽で、工芸を取り巻く社会的環境も整っているところ・・・それに沖縄、とくに首里はぴったりなのではないかと思います。
 首里を染織のモンマルトルに!
私が、その火付け役になれたらと思いますし、染織を志す人たちが意見交換をできる『カフェ』の様なものを提供できたら、と思っています。
そう、モンマルトルで多くの芸術家がたむろしていたように。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:57Comments(0)沖縄

2009年06月07日

首里を染織のモンマルトルに!

今日アールデコの教科書の精読が終わりました。とても楽しい勉強です。工芸に関わる者として、色々な事を考えながら読み進みました。
工芸を中心とする物作りの流れは、産業革命→機械生産→アーツ&クラフツ運動(ウィリアム・モリス)→アール・ヌーボー→アール・デコとつながります。産業革命は市民革命ともつながり、王政の消滅が大きく影響しています。それはパトロンの存在なのですが、民主化によって、より多くの富裕層ができ、それがアールデコを支え、現在までその延長線上にあるという事のようです。アールデコの基本的コンセプトは、デザイン化・抽象化・多産化なのですが、そこにはアートに相応しい思想的枠組みが失われていきます。やはり、アートと言えるのはアールヌーボーまでで、その後は美を追究しながらも効率性にも重きを置いた活動となってきます。
染織がもし、アールデコの道に乗っかるとしたら、すぐに機械生産に取って変わられてしまうでしょう。絵画が写実主義から印象主義に変わったのも写真の出現の結果なのです。デザイン性、機能性、完成度を追求すれば機械に頼る方がより低廉に正確にできるのです。世界のの染織がそうなったように、日本の手織もただのテキスタイルの原型として歴史の中に閉じこめられてしまうでしょう。
 アーツ&クラフツ運動、アールヌーボーの問題点はそれが高所得者層だけの為にならざるを得なかった。そしてそれは、二回の大戦と世界恐慌によって道を閉ざされてしまうのです。しかし、私には日本の手織が残るにはこの道を行くしかないのだろうと思います。
 では、染織がアートであるためにはいかなる要素を必要とするのか。
それは、『思想』であると思います。19世紀末から1930年代までの工芸・建築は絵画・彫刻と同じ芸術の潮流の中にあります。そしてパリを中心に多くの芸術家が意見を交わし、技術交流をし、自らの思想を高めそれを作品に載せて発表したのです。そのメッカがモンマルトルでした。なぜ、世界中の芸術家の卵がパリにそしてモンマルトルに結集したかはここでは書きませんが、そういう思想・主義が無いところにアート=芸術は生まれないというのが私の考えです。
 そういう面で若い染織家が多く集まり、表現を競うだけの技法が伝統的に存在し、それだけに、思想や想いを作品に盛り込む手段に富み、生活も楽で、工芸を取り巻く社会的環境も整っているところ・・・それに沖縄、とくに首里はぴったりなのではないかと思います。
 首里を染織のモンマルトルに!
私が、その火付け役になれたらと思いますし、染織を志す人たちが意見交換をできる『カフェ』の様なものを提供できたら、と思っています。
そう、モンマルトルで多くの芸術家がたむろしていたように。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:57Comments(0)沖縄