オオサカジン

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年05月31日

次回沖縄行きは

販売の方が忙しくて、なかなか行けませんが、ようやく予定が固まりました。

9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。

ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。

あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)

先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。

4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。

おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)

それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。

ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・

今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。

離島へも行きたいなぁ。

もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。

最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。

もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。

私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように

との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。

そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。

私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。

私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。

これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。

自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。

沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。

もずや会は来る者を拒みません。

しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:31Comments(0)

2011年05月31日

次回沖縄行きは

販売の方が忙しくて、なかなか行けませんが、ようやく予定が固まりました。

9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。

ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。

あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)

先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。

4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。

おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)

それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。

ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・

今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。

離島へも行きたいなぁ。

もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。

最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。

もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。

私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように

との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。

そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。

私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。

私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。

これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。

自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。

沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。

もずや会は来る者を拒みません。

しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
  
Posted by 渡辺幻門 at 16:31Comments(0)

2011年05月31日

もずやと学ぶ染織マーケティング<19回目>

6−2 製品ポートフォリオ管理との関係

ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。

わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。

沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。

たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、

?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用

などなど、新事業の拡大が考えられると思います。

??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。

? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。

ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。

??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。


手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。

話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。

その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。

例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。

製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。

バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。

?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。

芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。

ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。

まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。

生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。

そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。

沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。

私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。

最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。

消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。

私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。

そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 15:52Comments(0)染織マーケティング

2011年05月31日

もずやと学ぶ染織マーケティング<19回目>

6−2 製品ポートフォリオ管理との関係

ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。

わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。

沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。

たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、

?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用

などなど、新事業の拡大が考えられると思います。

??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。

? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。

ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。

??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。


手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。

話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。

その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。

例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。

製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。

バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。

?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。

芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。

ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。

まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。

生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。

そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。

沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。

私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。

最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。

消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。

私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。

そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 15:52Comments(0)

2011年05月30日

2011年05月30日

2011年05月26日

『首里の染織展』銀座きものギャラリー泰三【展示会のお知らせ】




まだちょっと先ですが、

6月30日(木)〜7月5日(火)

の六日間、『首里の染織展』を行います。

案内状裏面の守礼の門はいまから30年以上前、まだ首里城が復元されるまえのものです。

弊社がカメラマンを仕立てて、何日も掛けて撮った写真です。


場所は、銀座着物ギャラリー泰三です。



高橋泰三先輩のご好意で、昨年から始めさせて頂いて、今回で3回目となります。

今回は沖縄本土復帰40周年を迎えるにあたり、その輝かしい文化を今に伝える『首里の染織』を特集したいと思います。

首里の染織とは、首里の織物と琉球びんがたの事です。

首里織には沖縄全土の技法がすべて網羅されています。

諸取切(むるどっちり)
縞ぬ中(あやぬなか)
手縞(てぃじま)
首里花織
首里道屯織
首里花倉織
首里織ミンサー

この他、煮綛芭蕉布(にいがしぃばさー)、桐板(とぅんびゃん)もありますが、現在は生産されていません。

沖縄の染織、とくに首里の場合は花織・道屯織・花倉織の組織織を思い起こす方が多いと思いますが、首里の織物の真骨頂は

手結(てぃゆい)技法による絣だと思います。

他産地では見られない色絣と二つの色糸を寄り合わせて造る杢糸(むーでぃー)の妙と相俟って、素晴らしい力強さと躍動感が表現されています。

私も大阪芸大で手結絣を学びましたが、やってみるのと思っているのでは大違いでした。

自由に伸びやかに見える手結いの絣は、実は誠に緻密な計算と技術の上にしか表現できないのです。

卓越した技術と才能があってこそ、あの自由さは生まれるのだと、実際にやってみて実感したような次第です。

やってみないと解らない、やらないで勝手に分かったつもりになっているというのはままあることですが怖いですね。

一方の琉球びんがたですが、これは沖縄県唯一の染色です。

道具は全部自分で手作りし、図案、型彫り、糊伏せ、色差し、地色引き、すべて一つの工房内で完結します。

それだけに、高度に分業化された京友禅に比べたら荒っぽいのですが、逆にそれだけ味わい深いものがあります。

琉球びんがたの生命は型彫りによる線と色です。

顔料による深い味わいは、染料ではでない魅力があります。

弊社の琉球びんがたは、他店で観るものとはまた違う印象があると思います。

例えば、同じ城間栄順さんの作品でも、弊社のは違うと思います。

でも、私が城間さんにお願いしているのは、『力強く、躍動感を出して』と言うことと、『納期は問わないから作品をください。

商品は要りません。』ということだけです。

私は城間さんを初めとするびんがた作家さんは弊社に出す作品に関しては渾身の力を込めて造ってくれていると信じています。

ですから、良い作品ならば、褒めちぎるし、納得できなければ文句を言います。

首里の織物と琉球びんがた。これこそが萬代屋宗晏の表現の証です。

今回は夏場と言うこともあり、琉装に仕立てた喜如嘉の芭蕉布と与那国ドゥタティ・ガガンヌブーを着てお迎えしたいと思います。

時節柄、喜如嘉の芭蕉布や八重山上布などの夏物も豊富に取りそろえております。

多数のご来店、心よりお待ち申し上げております。

  
Posted by 渡辺幻門 at 12:52Comments(2)

2011年05月26日

『首里の染織展』銀座きものギャラリー泰三【展示会のお知らせ】




まだちょっと先ですが、

6月30日(木)〜7月5日(火)

の六日間、『首里の染織展』を行います。

案内状裏面の守礼の門はいまから30年以上前、まだ首里城が復元されるまえのものです。

弊社がカメラマンを仕立てて、何日も掛けて撮った写真です。


場所は、銀座着物ギャラリー泰三です。



高橋泰三先輩のご好意で、昨年から始めさせて頂いて、今回で3回目となります。

今回は沖縄本土復帰40周年を迎えるにあたり、その輝かしい文化を今に伝える『首里の染織』を特集したいと思います。

首里の染織とは、首里の織物と琉球びんがたの事です。

首里織には沖縄全土の技法がすべて網羅されています。

諸取切(むるどっちり)
縞ぬ中(あやぬなか)
手縞(てぃじま)
首里花織
首里道屯織
首里花倉織
首里織ミンサー

この他、煮綛芭蕉布(にいがしぃばさー)、桐板(とぅんびゃん)もありますが、現在は生産されていません。

沖縄の染織、とくに首里の場合は花織・道屯織・花倉織の組織織を思い起こす方が多いと思いますが、首里の織物の真骨頂は

手結(てぃゆい)技法による絣だと思います。

他産地では見られない色絣と二つの色糸を寄り合わせて造る杢糸(むーでぃー)の妙と相俟って、素晴らしい力強さと躍動感が表現されています。

私も大阪芸大で手結絣を学びましたが、やってみるのと思っているのでは大違いでした。

自由に伸びやかに見える手結いの絣は、実は誠に緻密な計算と技術の上にしか表現できないのです。

卓越した技術と才能があってこそ、あの自由さは生まれるのだと、実際にやってみて実感したような次第です。

やってみないと解らない、やらないで勝手に分かったつもりになっているというのはままあることですが怖いですね。

一方の琉球びんがたですが、これは沖縄県唯一の染色です。

道具は全部自分で手作りし、図案、型彫り、糊伏せ、色差し、地色引き、すべて一つの工房内で完結します。

それだけに、高度に分業化された京友禅に比べたら荒っぽいのですが、逆にそれだけ味わい深いものがあります。

琉球びんがたの生命は型彫りによる線と色です。

顔料による深い味わいは、染料ではでない魅力があります。

弊社の琉球びんがたは、他店で観るものとはまた違う印象があると思います。

例えば、同じ城間栄順さんの作品でも、弊社のは違うと思います。

でも、私が城間さんにお願いしているのは、『力強く、躍動感を出して』と言うことと、『納期は問わないから作品をください。

商品は要りません。』ということだけです。

私は城間さんを初めとするびんがた作家さんは弊社に出す作品に関しては渾身の力を込めて造ってくれていると信じています。

ですから、良い作品ならば、褒めちぎるし、納得できなければ文句を言います。

首里の織物と琉球びんがた。これこそが萬代屋宗晏の表現の証です。

今回は夏場と言うこともあり、琉装に仕立てた喜如嘉の芭蕉布と与那国ドゥタティ・ガガンヌブーを着てお迎えしたいと思います。

時節柄、喜如嘉の芭蕉布や八重山上布などの夏物も豊富に取りそろえております。

多数のご来店、心よりお待ち申し上げております。

  
Posted by 渡辺幻門 at 12:52Comments(2)

2011年05月25日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第18回目>

第6章 事業の定義
6−1 マーケティング近視眼を避けよ

ここは面白いですね。

マーケティング近視眼というのは英語でマーケティング・マイオピアと言って、私が学生のころはカルピスが題材として使われていました。

いまは、ほとんど見なくなりましたが、私が子供の頃は『初恋の味 カルピス』と言って、ほとんどの家庭の冷蔵庫に入っていたはずですし、お中元にもよく使われていました。夏は水で割って氷を入れて冷たくして飲み、冬はホットカルピス。ところがあまりにもこの白い濃縮液が強力な商品であったために、商品開発を怠ったのです。フルーツカルピスやカルピスソーダは出ましたがどれもぱっとせず、いつのまにか市場から消えていったのです。もし、カルピスが自分たちの提供する商品が『カルピス』という濃縮液でなく、『生活に潤いを与える清涼飲料水』だと考えていたら、幅広い商品展開ができたはずだということです。その後、カルピスは、『おいしい水で割ったらおいしい』という社員からのヒントによって『カルピスウォーター』という形で大ヒットしました。これは、ある意味で家庭で水で割って飲まれていた事からチャネルと場所を変更したわけですね。つまりカルピスを味わう機会を広げたわけです。昔は、家でしか飲めなかった。つまり、商品というのはその品物ではなくて、品物が与える便益であると考えれば良いわけです。

では、沖縄染織について考えてみましょう。
沖縄染織は数年前まで何度目かの興隆期を迎えていましたね。本当によく売れたでしょうし、作り手も潤ったことだろうと想います。もちろん、沖縄の染織が素晴らしい物であったこともあるでしょうが、マーケティング近視眼に陥らないためには、視点を変えて見ることが必要です。

消費者は、沖縄染織の何に興味を持ち、何に魅力を感じて購入に至ったのか?ということを考えてみましょう。そのためには、他の染織品と比較してみるとよくわかると想います。結城紬と沖縄の絹織物を比較してみると、どうでしょうか。織物としての完成度、着心地、体が感じる部分での機能性では圧倒的に結城紬が勝っています。結城は経糸、緯糸とも手引きの真綿糸です。かつ地機で織られています。沖縄はどうですか?論じるに値しませんね。

では、なぜ、消費者は結城を買わないで、沖縄の織物を買ったのか?

答えはズバリ、『それが沖縄の織物であったから』です。

それが証拠にほとんどの消費者は琉球びんがたや花織の帯を1本持っていたら、それ以上買おうとしません。

なぜだと想いますか?一つあれば十分だと想われているからです。

大島を数枚持っている消費者はざらにいても、久米島紬を2枚以上持っている人はまれです。

なぜ?そのもの自体に強い魅力を感じていないからです。

なのになぜ売れた?

沖縄にスポットが当たっていて、沖縄染織ブームだったからです。

悪く言っているのではなくて、客観的に考えなければいけないということです。

本来、魅力を感じた物なら、繰り返し繰り返し、その満足を与えてくれた物、あるいは周辺の物を購入するはずです。

私はカレーライスが好きですが、毎日カレーライスでもOKです。

本当に好きだというのはそういう事です。

でも、ブームは起こせても、根強いファン、久米島紬にせよ、読谷山花織にせよ、リピーターを作る事は出来ていない。

なぜ?

作る人、あるいは作らせる人が、沖縄の染織によって消費者がどんな便益=魅力を感じるかを理解していなかったからではないかと私は思うのです。

沖縄染織と聞いて、なにをイメージするか。

まず、青い空と青い海。照りつける太陽、そしてそれに映える琉球びんがたの衣装。そして芭蕉布を着た涼しげな姿。

これがナイチャーが思い起こすイメージです。

基本的に、ナイチャーは沖縄が大好きです。

沖縄が嫌いだという人に私は会ったことがありません。

私の周囲では私が一番沖縄嫌いかもしれません (^^;)

そして、沖縄のイメージといえば、素朴で純情な人たち。

そして、オバア。

ここで普通の人は止まってしまいます。

沖縄を観光するだけでは、沖縄がいかに素晴らしい文化と歴史を持っているかなど伝わっていないはずです。

沖縄染織の強みってなんでしょう?

豊かな自然、暖かい気候、染織に適した水、そして、豊穣な文化。

沖縄というのは日本の他のどこよりも染織に適した土地なのです。

そして、沖縄ほど多様な技法、多様な素材、多様な色彩感覚に恵まれた所はないのです。

そして、最大の付加価値を生み、私たちナイチャーが逆立ちしてもまねが出来ないのが、沖縄の人たちの美意識なのです。

沖縄染織を永年みていると、内地の作家では絶対に作らないという作品にたびたび出くわします。

想いもしない配色が見事に調和している。

そして、私たちナイチャーでは絶対に作り出せない色を生み出す。

そして、おおらかで力強い線。

これが沖縄染織の最大の魅力であり、強みなのです。

この魅力にはまれば、絶対にリピーターになるはずですし、たとえ沖縄の名前を出さなくても、一瞥しただけで、見入ってしまうはずなのです。


それを忘れて、特長を抑えた物を作ればどうなるでしょうか。一時期は口当たりが良く食べやすいので、多くの人がとりあえずは買ってみるか、と求めるでしょう。でも、次がない。流行のラーメン屋みたいな物です。

伝統染織というのは商品ラインの拡張に限界があって、そもそもマイオピアにならざるを得ない部分があります。伝統というのは近視眼を乗り越えてまだ、生き続けているという超ロングセラーなのですから。

しかし、いまの沖縄染織は伝統のロングセラーではない、と私は思います。

なぜかというと、一番大切な物、一番魅力的な物を忘れて、食べやすいけど、それほど美味しくない商品になってしまっているからです。


大阪に『551の豚まん』という大ヒット商品があります。デパートで行われる『うまいもの市』ではどこでも行列が出来るそうです。私たち大阪人は子供の頃から食べていて、並んでまで、とは想いますが、今でも定期的に食べる癖になる味です。

ところがこの豚まんは、クサイ。電車に乗って持って帰ると電車の中に充満するのです。でも、みんな持って帰る。

そのにおいが、豚まんを食べる光景を思い起こさせる。つまり豚まんと一緒に暖かい家族の団らんがイメージされるからです。

むかし、『551の豚まんがあるとき(笑顔)無いとき(がっかり)』というCMがありました。

つまり、551の豚まんはその味だけでなく、暖かい家族のシチュエーションを提供しているということなのです。

では、沖縄染織は何を提供できるのか?

美意識の強い人は必ず、『沖縄の染織(=もずやのコレクション)を見ると元気が出てくる』とおっしゃいます。

私は、これが沖縄染織の魅力の本質だと想います。

そして私もそれを実現できる染織品づくりを目指しています。

染織家は布を織り、布に染めているのではありません。

みなさんが織り込み、染め込んでいるのは、歴史と文化そのものである問うことを忘れないでください。

それが、マーケティング近視眼を廃し、永遠の染織となる道だと私は信じて疑いません。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:43Comments(0)染織マーケティング

2011年05月25日

もずやと学ぶ染織マーケティング<第18回目>

第6章 事業の定義
6−1 マーケティング近視眼を避けよ

ここは面白いですね。

マーケティング近視眼というのは英語でマーケティング・マイオピアと言って、私が学生のころはカルピスが題材として使われていました。

いまは、ほとんど見なくなりましたが、私が子供の頃は『初恋の味 カルピス』と言って、ほとんどの家庭の冷蔵庫に入っていたはずですし、お中元にもよく使われていました。夏は水で割って氷を入れて冷たくして飲み、冬はホットカルピス。ところがあまりにもこの白い濃縮液が強力な商品であったために、商品開発を怠ったのです。フルーツカルピスやカルピスソーダは出ましたがどれもぱっとせず、いつのまにか市場から消えていったのです。もし、カルピスが自分たちの提供する商品が『カルピス』という濃縮液でなく、『生活に潤いを与える清涼飲料水』だと考えていたら、幅広い商品展開ができたはずだということです。その後、カルピスは、『おいしい水で割ったらおいしい』という社員からのヒントによって『カルピスウォーター』という形で大ヒットしました。これは、ある意味で家庭で水で割って飲まれていた事からチャネルと場所を変更したわけですね。つまりカルピスを味わう機会を広げたわけです。昔は、家でしか飲めなかった。つまり、商品というのはその品物ではなくて、品物が与える便益であると考えれば良いわけです。

では、沖縄染織について考えてみましょう。
沖縄染織は数年前まで何度目かの興隆期を迎えていましたね。本当によく売れたでしょうし、作り手も潤ったことだろうと想います。もちろん、沖縄の染織が素晴らしい物であったこともあるでしょうが、マーケティング近視眼に陥らないためには、視点を変えて見ることが必要です。

消費者は、沖縄染織の何に興味を持ち、何に魅力を感じて購入に至ったのか?ということを考えてみましょう。そのためには、他の染織品と比較してみるとよくわかると想います。結城紬と沖縄の絹織物を比較してみると、どうでしょうか。織物としての完成度、着心地、体が感じる部分での機能性では圧倒的に結城紬が勝っています。結城は経糸、緯糸とも手引きの真綿糸です。かつ地機で織られています。沖縄はどうですか?論じるに値しませんね。

では、なぜ、消費者は結城を買わないで、沖縄の織物を買ったのか?

答えはズバリ、『それが沖縄の織物であったから』です。

それが証拠にほとんどの消費者は琉球びんがたや花織の帯を1本持っていたら、それ以上買おうとしません。

なぜだと想いますか?一つあれば十分だと想われているからです。

大島を数枚持っている消費者はざらにいても、久米島紬を2枚以上持っている人はまれです。

なぜ?そのもの自体に強い魅力を感じていないからです。

なのになぜ売れた?

沖縄にスポットが当たっていて、沖縄染織ブームだったからです。

悪く言っているのではなくて、客観的に考えなければいけないということです。

本来、魅力を感じた物なら、繰り返し繰り返し、その満足を与えてくれた物、あるいは周辺の物を購入するはずです。

私はカレーライスが好きですが、毎日カレーライスでもOKです。

本当に好きだというのはそういう事です。

でも、ブームは起こせても、根強いファン、久米島紬にせよ、読谷山花織にせよ、リピーターを作る事は出来ていない。

なぜ?

作る人、あるいは作らせる人が、沖縄の染織によって消費者がどんな便益=魅力を感じるかを理解していなかったからではないかと私は思うのです。

沖縄染織と聞いて、なにをイメージするか。

まず、青い空と青い海。照りつける太陽、そしてそれに映える琉球びんがたの衣装。そして芭蕉布を着た涼しげな姿。

これがナイチャーが思い起こすイメージです。

基本的に、ナイチャーは沖縄が大好きです。

沖縄が嫌いだという人に私は会ったことがありません。

私の周囲では私が一番沖縄嫌いかもしれません (^^;)

そして、沖縄のイメージといえば、素朴で純情な人たち。

そして、オバア。

ここで普通の人は止まってしまいます。

沖縄を観光するだけでは、沖縄がいかに素晴らしい文化と歴史を持っているかなど伝わっていないはずです。

沖縄染織の強みってなんでしょう?

豊かな自然、暖かい気候、染織に適した水、そして、豊穣な文化。

沖縄というのは日本の他のどこよりも染織に適した土地なのです。

そして、沖縄ほど多様な技法、多様な素材、多様な色彩感覚に恵まれた所はないのです。

そして、最大の付加価値を生み、私たちナイチャーが逆立ちしてもまねが出来ないのが、沖縄の人たちの美意識なのです。

沖縄染織を永年みていると、内地の作家では絶対に作らないという作品にたびたび出くわします。

想いもしない配色が見事に調和している。

そして、私たちナイチャーでは絶対に作り出せない色を生み出す。

そして、おおらかで力強い線。

これが沖縄染織の最大の魅力であり、強みなのです。

この魅力にはまれば、絶対にリピーターになるはずですし、たとえ沖縄の名前を出さなくても、一瞥しただけで、見入ってしまうはずなのです。


それを忘れて、特長を抑えた物を作ればどうなるでしょうか。一時期は口当たりが良く食べやすいので、多くの人がとりあえずは買ってみるか、と求めるでしょう。でも、次がない。流行のラーメン屋みたいな物です。

伝統染織というのは商品ラインの拡張に限界があって、そもそもマイオピアにならざるを得ない部分があります。伝統というのは近視眼を乗り越えてまだ、生き続けているという超ロングセラーなのですから。

しかし、いまの沖縄染織は伝統のロングセラーではない、と私は思います。

なぜかというと、一番大切な物、一番魅力的な物を忘れて、食べやすいけど、それほど美味しくない商品になってしまっているからです。


大阪に『551の豚まん』という大ヒット商品があります。デパートで行われる『うまいもの市』ではどこでも行列が出来るそうです。私たち大阪人は子供の頃から食べていて、並んでまで、とは想いますが、今でも定期的に食べる癖になる味です。

ところがこの豚まんは、クサイ。電車に乗って持って帰ると電車の中に充満するのです。でも、みんな持って帰る。

そのにおいが、豚まんを食べる光景を思い起こさせる。つまり豚まんと一緒に暖かい家族の団らんがイメージされるからです。

むかし、『551の豚まんがあるとき(笑顔)無いとき(がっかり)』というCMがありました。

つまり、551の豚まんはその味だけでなく、暖かい家族のシチュエーションを提供しているということなのです。

では、沖縄染織は何を提供できるのか?

美意識の強い人は必ず、『沖縄の染織(=もずやのコレクション)を見ると元気が出てくる』とおっしゃいます。

私は、これが沖縄染織の魅力の本質だと想います。

そして私もそれを実現できる染織品づくりを目指しています。

染織家は布を織り、布に染めているのではありません。

みなさんが織り込み、染め込んでいるのは、歴史と文化そのものである問うことを忘れないでください。

それが、マーケティング近視眼を廃し、永遠の染織となる道だと私は信じて疑いません。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:43Comments(0)

2011年05月25日

もずやの制作日記1

仕事が一段落したので、大阪にいる間に卒業制作の準備。ネットから地図を取り込んで、イラレで拡大。利久さんにアドバイスも頂きました。写真出見ると解らないですが、実物は100?X150?あります。地方ごとの植物染料を集めて羊毛を染め、フェルト作品を造ります。
手で線を引きながら日本地図を描き、拡大されたA4の紙を貼り合わせていくと、いかに日本という国が美しいか、よく分かります。そして、コレだけ東西南北に細く長く広がっている国土では多様な文化が栄えるのも頷けます。私は作業をしながら、胸が熱くなりました。土地土地の植物染料を集めていくともっと気づくところも多い事だろうと思います。卒業制作を通じて、さらに想いを深め、タダ単なる表現に終わらない心のこもった作品に仕上げたいと思います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 17:14Comments(0)

2011年05月25日

もずやの制作日記1

仕事が一段落したので、大阪にいる間に卒業制作の準備。ネットから地図を取り込んで、イラレで拡大。利久さんにアドバイスも頂きました。写真出見ると解らないですが、実物は100?X150?あります。地方ごとの植物染料を集めて羊毛を染め、フェルト作品を造ります。
手で線を引きながら日本地図を描き、拡大されたA4の紙を貼り合わせていくと、いかに日本という国が美しいか、よく分かります。そして、コレだけ東西南北に細く長く広がっている国土では多様な文化が栄えるのも頷けます。私は作業をしながら、胸が熱くなりました。土地土地の植物染料を集めていくともっと気づくところも多い事だろうと思います。卒業制作を通じて、さらに想いを深め、タダ単なる表現に終わらない心のこもった作品に仕上げたいと思います。
  
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2011年05月23日

7つの社会的大罪 /マハトマ・ガンジー

理念のない政治 (Politics Without Principles)
労働に基づかない富 (Wealth without Work) 
良心を伴わない喜び (Pleasure without Conscience)
人格を伴わない知識 (Knowledge without Character)
道徳心を伴わない商い(Commerce without Morality) 
人間性を忘れた科学 (Science without Humanity)
犠牲を伴わない信仰 (Worship without Sacrifice)
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:31Comments(2)

2011年05月23日

7つの社会的大罪 /マハトマ・ガンジー

理念のない政治 (Politics Without Principles)
労働に基づかない富 (Wealth without Work) 
良心を伴わない喜び (Pleasure without Conscience)
人格を伴わない知識 (Knowledge without Character)
道徳心を伴わない商い(Commerce without Morality) 
人間性を忘れた科学 (Science without Humanity)
犠牲を伴わない信仰 (Worship without Sacrifice)
  
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2011年05月22日

「楠木正成に学ぶ日本の精神」

今日は、勉強会「楠木正成に学ぶ日本の精神」に行ってきました。湊川神社には河内、そして日本の英雄で大忠臣の楠木正成公がまつられています。講演に先立って、神社正殿への参拝と神社内施設の説明をして頂きました。楠木正成は足利尊氏と戦った訳ですから、その後弾圧され、境内にある戦没地には徳川時代になるまで近づくことも出来なかったそうです。境内には墓所もあるのですが、そのお墓を造ったのも徳川光圀で、神社が建立されたのも、明治になってからと言いますから、幕府は無視し続けてきたのですね。この戦没地は西国街道沿いにあるので、幕末の勤王の志士達はそのそばを通って京や江戸に行った。尊皇攘夷思想に少なからず影響を与えているだろうということした。


その後、楠公会館で家村和幸氏の講演。自衛隊に30年おられて、その後兵法を研究しながら、自衛隊での戦術講演などをされているそうです。色々と大楠公の戦術論を聞きながら、最後の質疑応答で質問させてもらいました。


『千早赤坂城の戦いでは、兵站に地元住民の貢献がバックにあり、その他でも同じように河内人の戦への参加が見られる。私たち河内人は帝に危機が迫れば、鋤鍬を捨て、甲冑を着て戦場に赴く気概を持て、と言われる。なにか地域性に対して見解はないか?』


その質問に対して、家村氏はこう答えました。
『日本の国民は、いざとなったら天皇を中心にしてまとまる。それが出来ないのは私利私欲にまみれた平清盛、足利義満、そして菅直人の様な為政者だ。平民はすべからく心の奥底で天皇を敬愛しているはずだ』


まさにそのとおりだと想います。


ただ、堺にルーツを持ち、河内に生を受けた私の考えでは、この地区の人は歴史的にも天皇と特別な関わり方をしてきたし、これからも長い歴の中ではそうなのだろうと想います。神武天皇が樫原神宮で即位し、河内王朝、明日香王朝と天皇の親政が続いた。竹之内街道の建設や東大寺の大仏の建立、そして仁徳・応神天皇陵をはじめとする陵墓の建設にはこの地域の多くの人が協力した。それを『天皇の徳』と考えるのは当然ですが、果たしてそれだけでしょうか。平城京・平安京では藤原氏が権勢をほしいままにしました。それに対して、天皇の親政復活を願ったのが大伴家持が造った万葉集だと言われています。大伴家持の理想は河内王朝にあった、と中西進先生はおっしゃっていました。堺と秦氏の関わりは明らかですし、平安京は秦氏が遷都に応じて明け渡した土地です。
堺は応仁の乱で荒廃した京に変わって繊維業の中心でありましたし、堺市内から金岡地区にかけては今でも金属工業が盛んです。これを少しのばせば竹之内街道です。
楠木正成が挙兵し、利休が秀吉に立ち向かったのは偶然とは想いません。
楠木正成は世阿弥の叔父に当たります。世阿弥はまぎれもなく『秦』姓を名乗っています。つまり秦河勝の子孫だということです。ならば、当然、正茂も秦氏ということになります。


天皇と秦氏の関わり。


そして、秦氏=ユダヤ人説。


すべてを総合して考えるとつじつまが合うではありませんか。


八切止男氏は、『16世紀までの戦争はすべて宗教戦争だ』と言っています。はずれていないと想います。


歴史は必然であり、なるべくしてなったのだとの感を私は強くしています。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:50Comments(0)

2011年05月22日

「楠木正成に学ぶ日本の精神」

今日は、勉強会「楠木正成に学ぶ日本の精神」に行ってきました。湊川神社には河内、そして日本の英雄で大忠臣の楠木正成公がまつられています。講演に先立って、神社正殿への参拝と神社内施設の説明をして頂きました。楠木正成は足利尊氏と戦った訳ですから、その後弾圧され、境内にある戦没地には徳川時代になるまで近づくことも出来なかったそうです。境内には墓所もあるのですが、そのお墓を造ったのも徳川光圀で、神社が建立されたのも、明治になってからと言いますから、幕府は無視し続けてきたのですね。この戦没地は西国街道沿いにあるので、幕末の勤王の志士達はそのそばを通って京や江戸に行った。尊皇攘夷思想に少なからず影響を与えているだろうということした。


その後、楠公会館で家村和幸氏の講演。自衛隊に30年おられて、その後兵法を研究しながら、自衛隊での戦術講演などをされているそうです。色々と大楠公の戦術論を聞きながら、最後の質疑応答で質問させてもらいました。


『千早赤坂城の戦いでは、兵站に地元住民の貢献がバックにあり、その他でも同じように河内人の戦への参加が見られる。私たち河内人は帝に危機が迫れば、鋤鍬を捨て、甲冑を着て戦場に赴く気概を持て、と言われる。なにか地域性に対して見解はないか?』


その質問に対して、家村氏はこう答えました。
『日本の国民は、いざとなったら天皇を中心にしてまとまる。それが出来ないのは私利私欲にまみれた平清盛、足利義満、そして菅直人の様な為政者だ。平民はすべからく心の奥底で天皇を敬愛しているはずだ』


まさにそのとおりだと想います。


ただ、堺にルーツを持ち、河内に生を受けた私の考えでは、この地区の人は歴史的にも天皇と特別な関わり方をしてきたし、これからも長い歴の中ではそうなのだろうと想います。神武天皇が樫原神宮で即位し、河内王朝、明日香王朝と天皇の親政が続いた。竹之内街道の建設や東大寺の大仏の建立、そして仁徳・応神天皇陵をはじめとする陵墓の建設にはこの地域の多くの人が協力した。それを『天皇の徳』と考えるのは当然ですが、果たしてそれだけでしょうか。平城京・平安京では藤原氏が権勢をほしいままにしました。それに対して、天皇の親政復活を願ったのが大伴家持が造った万葉集だと言われています。大伴家持の理想は河内王朝にあった、と中西進先生はおっしゃっていました。堺と秦氏の関わりは明らかですし、平安京は秦氏が遷都に応じて明け渡した土地です。
堺は応仁の乱で荒廃した京に変わって繊維業の中心でありましたし、堺市内から金岡地区にかけては今でも金属工業が盛んです。これを少しのばせば竹之内街道です。
楠木正成が挙兵し、利休が秀吉に立ち向かったのは偶然とは想いません。
楠木正成は世阿弥の叔父に当たります。世阿弥はまぎれもなく『秦』姓を名乗っています。つまり秦河勝の子孫だということです。ならば、当然、正茂も秦氏ということになります。


天皇と秦氏の関わり。


そして、秦氏=ユダヤ人説。


すべてを総合して考えるとつじつまが合うではありませんか。


八切止男氏は、『16世紀までの戦争はすべて宗教戦争だ』と言っています。はずれていないと想います。


歴史は必然であり、なるべくしてなったのだとの感を私は強くしています。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:50Comments(0)

2011年05月17日

「博多織」が「博多帯」提訴 組合「商標権を侵害」

 

いよいよ、みんな黙ってられなくなってきたようですね。
やっぱり産地の人が声を挙げないとだめですよ。
私の様な商人では、『欲得づく』と思われるけど、産地の人には『伝統のわざを守る』という大義名分があるんですから。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/242372

「博多帯」の証紙を付けた着物帯の販売は国の伝統的工芸品「博多織」の商標権を侵害しているなどとして、博多織の製造業者などでつくる博多織工業組合(福岡市博多区)が、着物販売仲介業の日本和装ホールディングス(東京)などを相手に、「博多帯」の名称を使った帯の製造・販売の中止と約1億5千万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴した。16日の初弁論で日本和装側は「商標権の侵害には当たらない」と述べ、全面的に争う姿勢を示した。

 訴状によると、博多織は、鎌倉時代に博多商人が中国・宋から持ち帰った唐織が始まりとされ、細い縦糸と太い横糸を強く打ち込み、縦糸を浮かせて柄を織り出すのが特徴という。

 組合は1959年に設立され、博多織を製造・販売する47業者が加盟している。2007年3月、地域ブランドとして知られる商品を保護する制度「地域団体商標」として博多織を登録。組合員の製品に「博多織」を証明する4種類の証紙(商標を示すマーク)を付けて販売していた。

 日本和装側は09年3月、解散した元組合員の会社を子会社の製造部門に受け入れて、帯の製造を始めた。「博多帯」という名称で、「博多織」とは異なる証紙を付けて売り出した。

 組合側は、証紙の「博多織」と「博多帯」は1文字違いであることや、博多織の売り上げの9割が帯であることを踏まえ「消費者が『博多帯』を博多織の帯だと誤解したり混同したりする。真正な博多織の品質保証にも悪影響を与える」としている。

 一方、日本和装側はホームページで、博多織の製造・販売に参入した際に組合に加盟を申請したが断られ、やむなく「博多帯」として製造しているなどの経緯を公表。「地域産業の伝統と技術を守る目的で事業を行っており、提訴は非常に残念。商標権の侵害には当たらないと考え、法廷で主張を訴える」とコメントした。

=2011/05/17付 西日本新聞朝刊=
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Posted by 渡辺幻門 at 06:31Comments(1)

2011年05月17日

「博多織」が「博多帯」提訴 組合「商標権を侵害」

 

いよいよ、みんな黙ってられなくなってきたようですね。
やっぱり産地の人が声を挙げないとだめですよ。
私の様な商人では、『欲得づく』と思われるけど、産地の人には『伝統のわざを守る』という大義名分があるんですから。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/242372

「博多帯」の証紙を付けた着物帯の販売は国の伝統的工芸品「博多織」の商標権を侵害しているなどとして、博多織の製造業者などでつくる博多織工業組合(福岡市博多区)が、着物販売仲介業の日本和装ホールディングス(東京)などを相手に、「博多帯」の名称を使った帯の製造・販売の中止と約1億5千万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴した。16日の初弁論で日本和装側は「商標権の侵害には当たらない」と述べ、全面的に争う姿勢を示した。

 訴状によると、博多織は、鎌倉時代に博多商人が中国・宋から持ち帰った唐織が始まりとされ、細い縦糸と太い横糸を強く打ち込み、縦糸を浮かせて柄を織り出すのが特徴という。

 組合は1959年に設立され、博多織を製造・販売する47業者が加盟している。2007年3月、地域ブランドとして知られる商品を保護する制度「地域団体商標」として博多織を登録。組合員の製品に「博多織」を証明する4種類の証紙(商標を示すマーク)を付けて販売していた。

 日本和装側は09年3月、解散した元組合員の会社を子会社の製造部門に受け入れて、帯の製造を始めた。「博多帯」という名称で、「博多織」とは異なる証紙を付けて売り出した。

 組合側は、証紙の「博多織」と「博多帯」は1文字違いであることや、博多織の売り上げの9割が帯であることを踏まえ「消費者が『博多帯』を博多織の帯だと誤解したり混同したりする。真正な博多織の品質保証にも悪影響を与える」としている。

 一方、日本和装側はホームページで、博多織の製造・販売に参入した際に組合に加盟を申請したが断られ、やむなく「博多帯」として製造しているなどの経緯を公表。「地域産業の伝統と技術を守る目的で事業を行っており、提訴は非常に残念。商標権の侵害には当たらないと考え、法廷で主張を訴える」とコメントした。

=2011/05/17付 西日本新聞朝刊=
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Posted by 渡辺幻門 at 06:31Comments(1)

2011年05月15日

もずやと学ぶ染織マーケティング<17回目>

5−4 製品ポートフォリオ管理がもたらすもの

ここでは、製品ポートフォリオ管理の導入による効果が書かれていますね。

しかし、伝統染織の場合、『負け犬』となったとき、撤退という選択肢はあるでしょうか。

趣味でやるならまだしも、仕事として生活しうる収入を得るのに着物・帯以外のものを造って売るとうのは、かなり厳しいものがあると思います。

ですから、基本的に仕事を続けるかやめるかの二者択一しかないという結論です。

仕事を続けるためにどうすればいいのか?それを考えなければ行けませんね。

製品ポートフォリオ管理というのは、市場の成長率と市場シェアを元に資源の最適配分を図ろうとするものです。

資源というのはつまり資金ですね。

市場成長率と市場シェアを縦横の軸にとるということは、自社が将来占めるであろうマーケットサイズを想定しているということです。

つまり、『需要予測』が考えの基本にあると言うことですね。

撤退が出来ない、そして技術革新が望めないのですから、仕事を続けるためには的確な需要予測をすることが一番大事なのです。

『売り逃げ』という手もありますが、これは後進の道を閉ざすことになり、伝統工芸においてとるべき戦略ではありません。

ブームに乗っているときに、どんどん造って市場に投入し、需要が落ち始めた頃に、撤退する。その事業者は儲かるかも知れませんが、流通に残った在庫は陳腐化し、価格が破壊され、あとに続く人の生産を圧迫します。


沖縄の染織に限った場合、どの位の需要予測が適当でしょうか。その把握のためには沖縄染織が市場でどのような立ち位置にあるかを知らなければなりません。

和装素材である。
高級品である
カジュアルである
(上布や芭蕉布の場合は夏物である)

高級カジュアル着物の市場を大島や結城などと争って取り合いしているわけです。

また、着物市場は年々縮小しています。こんな小さな市場に対して、いまから10年ほど前に大増産をして大量の商品を投入した唯一の産地が沖縄です。

しかし、沖縄だけが特別なわけがありません。沖縄物だけは売れるという言わば神話がまかりとおり、県も、組合も、問屋も造れ造れの大合唱。でも、これはバブルだったのです。完全な需要予測の失敗です。

売れるとうのは、消費者のタンスに入る事を指します。問屋に仕入れされた時点では、まだ流通にあるのです。つまり、自動車がトヨタからトヨタのディーラーに入っただけです。

着物という製品自体がすでに『負け犬』の領域にあるものであり、そのまた小さなカジュアル市場に、大量に資源を投入した。

負け犬商品は撤退するだけが戦略ではありません。

特にニッチ市場では、高度な趣味性をもった消費者を満足させる市場として生き残ることはできるのです。ところがそれをマスで捉えて市場を拡大しようとした。大失敗でした。

では、これからどうすればいいのか。自分たちの市場をきちんと知る事です。市場は成長しないし、小さな和装市場のそのまた小さなカジュアル市場で、さまざまな産地の製品と戦うのです。必要なのは量ではなくて、その他産地の製品に競り勝つ競争力をつけることです。

沖縄の染織家は大島や結城がどんな着物か知っていますか?牛首や白山は?敵を知らずして勝ち目はないのです。

自分たちが勝っている所、劣っている所をきちんと正確に分析して強みをのばさねばなりません。

沖縄の強みとは何か?沖縄の持つ楽園的イメージと伝統技法の豊富さ、そして何より、沖縄の人の持つ独特の美意識だと思います。それを形にする素材もふんだんにあります。

芸術・工芸はすべからく、人間のくらす『風土』から生まれます。みなさんが住んでいる土地の風土を生かすことが最大の競争力となるのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:47Comments(0)染織マーケティング

2011年05月15日

もずやと学ぶ染織マーケティング<17回目>

5−4 製品ポートフォリオ管理がもたらすもの

ここでは、製品ポートフォリオ管理の導入による効果が書かれていますね。

しかし、伝統染織の場合、『負け犬』となったとき、撤退という選択肢はあるでしょうか。

趣味でやるならまだしも、仕事として生活しうる収入を得るのに着物・帯以外のものを造って売るとうのは、かなり厳しいものがあると思います。

ですから、基本的に仕事を続けるかやめるかの二者択一しかないという結論です。

仕事を続けるためにどうすればいいのか?それを考えなければ行けませんね。

製品ポートフォリオ管理というのは、市場の成長率と市場シェアを元に資源の最適配分を図ろうとするものです。

資源というのはつまり資金ですね。

市場成長率と市場シェアを縦横の軸にとるということは、自社が将来占めるであろうマーケットサイズを想定しているということです。

つまり、『需要予測』が考えの基本にあると言うことですね。

撤退が出来ない、そして技術革新が望めないのですから、仕事を続けるためには的確な需要予測をすることが一番大事なのです。

『売り逃げ』という手もありますが、これは後進の道を閉ざすことになり、伝統工芸においてとるべき戦略ではありません。

ブームに乗っているときに、どんどん造って市場に投入し、需要が落ち始めた頃に、撤退する。その事業者は儲かるかも知れませんが、流通に残った在庫は陳腐化し、価格が破壊され、あとに続く人の生産を圧迫します。


沖縄の染織に限った場合、どの位の需要予測が適当でしょうか。その把握のためには沖縄染織が市場でどのような立ち位置にあるかを知らなければなりません。

和装素材である。
高級品である
カジュアルである
(上布や芭蕉布の場合は夏物である)

高級カジュアル着物の市場を大島や結城などと争って取り合いしているわけです。

また、着物市場は年々縮小しています。こんな小さな市場に対して、いまから10年ほど前に大増産をして大量の商品を投入した唯一の産地が沖縄です。

しかし、沖縄だけが特別なわけがありません。沖縄物だけは売れるという言わば神話がまかりとおり、県も、組合も、問屋も造れ造れの大合唱。でも、これはバブルだったのです。完全な需要予測の失敗です。

売れるとうのは、消費者のタンスに入る事を指します。問屋に仕入れされた時点では、まだ流通にあるのです。つまり、自動車がトヨタからトヨタのディーラーに入っただけです。

着物という製品自体がすでに『負け犬』の領域にあるものであり、そのまた小さなカジュアル市場に、大量に資源を投入した。

負け犬商品は撤退するだけが戦略ではありません。

特にニッチ市場では、高度な趣味性をもった消費者を満足させる市場として生き残ることはできるのです。ところがそれをマスで捉えて市場を拡大しようとした。大失敗でした。

では、これからどうすればいいのか。自分たちの市場をきちんと知る事です。市場は成長しないし、小さな和装市場のそのまた小さなカジュアル市場で、さまざまな産地の製品と戦うのです。必要なのは量ではなくて、その他産地の製品に競り勝つ競争力をつけることです。

沖縄の染織家は大島や結城がどんな着物か知っていますか?牛首や白山は?敵を知らずして勝ち目はないのです。

自分たちが勝っている所、劣っている所をきちんと正確に分析して強みをのばさねばなりません。

沖縄の強みとは何か?沖縄の持つ楽園的イメージと伝統技法の豊富さ、そして何より、沖縄の人の持つ独特の美意識だと思います。それを形にする素材もふんだんにあります。

芸術・工芸はすべからく、人間のくらす『風土』から生まれます。みなさんが住んでいる土地の風土を生かすことが最大の競争力となるのです。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:47Comments(0)