2011年05月31日
次回沖縄行きは
販売の方が忙しくて、なかなか行けませんが、ようやく予定が固まりました。
9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。
ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。
あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)
先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。
4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。
おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)
それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。
ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・
今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。
離島へも行きたいなぁ。
もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。
最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。
もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。
私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように
との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。
そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。
私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。
私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。
これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。
自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。
沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。
もずや会は来る者を拒みません。
しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。
ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。
あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)
先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。
4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。
おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)
それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。
ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・
今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。
離島へも行きたいなぁ。
もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。
最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。
もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。
私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように
との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。
そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。
私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。
私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。
これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。
自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。
沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。
もずや会は来る者を拒みません。
しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
Posted by 渡辺幻門 at
16:31
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2011年05月31日
次回沖縄行きは
販売の方が忙しくて、なかなか行けませんが、ようやく予定が固まりました。
9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。
ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。
あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)
先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。
4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。
おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)
それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。
ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・
今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。
離島へも行きたいなぁ。
もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。
最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。
もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。
私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように
との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。
そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。
私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。
私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。
これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。
自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。
沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。
もずや会は来る者を拒みません。
しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
9月5日(月)〜9月9日(金)の4泊5日で行きます。
ちょっと台風が心配ですが、この時期しか空いていません。
あまりにも行かないと、『もう潰れたのかと思っていました』とか言われてしまうので(^_^;)
先日も大きい台風が来ましたが、どうも今年は台風の当たり年のような予感がしています。
4〜5年ほどまえに、9月の、それも誕生日の直前に沖縄に行って、2年連続で台風に見舞われ、足止めを喰らった事がありました。
おかげで、せっかくの誕生日を台風の沖縄で1人寂しく過ごす羽目に(>_<)
それ以来、9月の訪沖は敬遠していたのですが、今回は久しぶりとなります。
ほんとうは、7月の灼熱の沖縄を味わいたいのですがねぇ・・・
今回は、またまた、楽しいお話しをしに回りたいと思います。
離島へも行きたいなぁ。
もずや会のほうも、新しい仲間が加わってくれればいいな、と期待しています。
最近、1回だけ来て、あとは来ないという人がいますが、それは困ります。
もずや会はあくまで、親睦と情報交換を趣旨にしているので、求めるだけでなくて与える姿勢を持ってもらいたいです。
私は沖縄に住んでいないわけですから、私が居ないときも、メンバーが助け合って、楽しく仕事を続けていってもらえるように
との願いで、主宰している会ですので、一度だけ参加して、あとは興味ないから知らないというのは趣旨に反するのです。
そういう事で私も無償で情報提供をしているのであって、ダテや酔狂でやっているのではありません。
私にお返しなど全く必要ありませんが、メンバーとの交流や情報交換・協力の姿勢は忘れないでください。
私が全てをオープンにして、メンバーと共に動いているのも、沖縄染織の将来を思う気持ちから、ただそれだけです。
これからは、将来を担う若い人達が協力しあうことが絶対に必要です。
自我を丸出しにして、内地の競争相手に立ち向かうのは至難の業です。
沖縄のみなさんの、数倍の情報力と人脈と地の利をもった人達と同じ土俵でガチンコで戦わなければならないからです。
もずや会は来る者を拒みません。
しかし、来たからには、みんなと共に切磋琢磨しながら、楽しく学ぶんだ!という気持ちを持って欲しいと思っています。
Posted by 渡辺幻門 at
16:31
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2011年05月31日
もずやと学ぶ染織マーケティング<19回目>
6−2 製品ポートフォリオ管理との関係
ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。
わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。
沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。
たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、
?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用
などなど、新事業の拡大が考えられると思います。
??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。
? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。
ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。
??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。
手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。
話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。
その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。
例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。
製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。
バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。
?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。
芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。
ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。
まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。
生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。
そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。
沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。
私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。
最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。
消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。
私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。
そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。
わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。
沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。
たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、
?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用
などなど、新事業の拡大が考えられると思います。
??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。
? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。
ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。
??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。
手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。
話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。
その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。
例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。
製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。
バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。
?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。
芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。
ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。
まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。
生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。
そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。
沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。
私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。
最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。
消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。
私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。
そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
2011年05月31日
もずやと学ぶ染織マーケティング<19回目>
6−2 製品ポートフォリオ管理との関係
ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。
わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。
沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。
たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、
?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用
などなど、新事業の拡大が考えられると思います。
??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。
? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。
ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。
??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。
手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。
話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。
その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。
例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。
製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。
バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。
?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。
芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。
ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。
まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。
生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。
そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。
沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。
私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。
最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。
消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。
私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。
そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
ここでは『何を軸にして事業をとらえるか』について書かれています。
わかりやすく言えば、機能=用途(なんのため)、顧客(誰のため)、技術(どうやって)という事業の見方の切り口によって、ポートフォリオ戦略は変化するということです。
沖縄染織の場合なら、機能の観点から見ると、着物・帯を造るという事になるでしょうし、誰のためと言うことでは呉服の問屋・小売店のため、そして、技術面なら、染めたり織ったりすると言うことを事業と定義づけすることになります。
たとえば、私がびんがた染をやっているとしたら、
?機能=着物・帯→別の技法で着物・帯をつくる
?顧客=呉服屋→帯締め、帯揚げ、草履、バッグなどをつくる
?技術=びんがた染→インテリア製品、デザインをプリントに転用
などなど、新事業の拡大が考えられると思います。
??はすでにやっている人も多いと思いますが、なかなかそれをメインにというのは難しいようですし、?に関してはほとんど行われていないのが現状です。
? の他の染織技法の導入は琉球びんがたに対する沖縄県民の熱い想いとプライドがそうさせるのでしょうが、私はそれはそれでいいと思います。
ただ、顔料に樹脂顔料が使われ、酸性染料が導入され、蒸しがされるようになってから飛躍的に品質が安定したように、消費者の便益になるものは積極的に学んでもいいだろうと思います。
??がなぜ、主力にならないかといえば、一つはやはり着物・帯にしたほうが高く売れるということでしょうし、せっかく造った物を切り売りするのは忍びないという作り手の気持ちもあるでしょう。また、着物・帯を造ってこそ、一流の作家という世間の見方も大きく影響しているのだろうと思います。
手工芸の作家の場合、作る事の出来る量が限られているわけですから、利潤を高めて豊かになるためには、作品を高く売る事と、売れ残りを出さない事に尽きるわけです。作品を高く売るためには、『作家の格』と言う物が大きく影響してきます。この格付けには、必ずしも納得できないものも多いのですが、高く値付けをしても受け入れられるためには、日本工芸会や国画会でどのランクにいるとか、人間国宝であるとか現代の名工であるとかいうのがモノを言うわけです。でも、値付けしたからと言って、消費者段階で値段が通るかというとそんなに甘くない。消費者が価値にあった価格であると感じなければ売れ残り、発注も来なくなります。しかし、『格』に伴わない値付けをしようとすればよほどの魅力がなければ通りません。これは現実です。
話がそれたようですが、染織作家はやはり帯・着物を造って、工芸界に認められなければ、多くの利潤を得る事は出来ないと思います。また、技量の向上のためにも、常に着物・帯の制作にチャレンジすることは意義の大きな事だと思います。
その上で、安定した仕事を続けるためにはどうするか。それを考えるために、このポートフォリオ管理を役立てられればいいと思います。
例えば、城間栄順さんは、琉球びんがたを代表する作家さんですが、みずからデザインしたプリントハンカチを販売されています。これには、批判も多いと聞きますが、私は多くの弟子を抱える工房主として当然の戦略であろうと思います。城間さんは自身の名を載せるからにはそれなりの品質管理をされているでしょうし、これによって、高価なびんがたの着物・帯を買えない人も、身近に紅型の美しさを生活に取り込むことが出来ます。だれも、このハンカチがいわゆる伝統技法の『琉球びんがた』で造られているとは思わないでしょう。もちろん弊社でも『城間栄順デザインのプリントハンカチです』と名言して販売しています。
製法上、素材の特性上、どうしても不適切な用途というのはあると思いますが、もっと幅広く作品を捉えてみても良いように思います。
バッグや財布などの小物の場合は、カッティングの仕方や、小物そのもののデザインまで総合的にプロデュースすれば、それは間違いなくその作家の作品になるわけです。
?〜?までの切り口を総合的に展開しても、事業領域を広く見積もりすぎたと言うことにはならないだろうと思います。それはそもそも、沖縄染織というものがどの市場においても超ニッチ市場だからです。
芭蕉布が好きな人、上布が好きな人、紅型が好きな人、あるいは沖縄が大好きな人・・・そんな消費者の身近に作品を投入できればよいわけです。
ただ、その場合、手作りなのですから、単価が高くなるということは計算にいれなければいけません。
まずは、自分の生活のなかで楽しめる作品を作って見ることから始めたらいかがでしょう。そして、お母さんやおばあちゃんへのプレゼントを自分でつくってみたら。そんな中に大きなヒントが隠されているかもしれません。
生活を楽しくする、沖縄の伸び伸びとした美を生活に取り込んでもらえれば、別に着物・帯でなくても良い、私はそう思います。
そもそも、自分が着物を着たことが無い、着物に興味がない若い作家が着物を作る事自体に無理がある、と断言しておきます。だって、自分が着物を着ないのに、着ている姿や着心地など、想像できるわけがないし、工夫のしようがないでしょう。
沖縄では着物姿を見ること自体が少ないわけですから、自分で着物を着る努力をしなければ内地の作家に太刀打ちできません。いままでが夢だったのです。これからそんな甘い世界は戻ってきません。ここのところは沖縄の作家の大きな反省点です。
私が、女物の着物を着るのは、着心地や着姿を自分でチェックする為ですし、文楽や能を見に行くのは、現実のコーディネートがどうなっているのかを学ぶためです。
最近になって、ようやく、若い作家さんが自分で造った着物を着て、国立劇場おきなわへ、組踊りや舞踊を鑑賞にいく動きが出てきたと聞き、非常に喜ばしく思っています。
消費者に生活の中に取り込んでもらうためには、自分も体で感じなければなりません。そこに工夫が生まれます。創造も生まれます。
私達商人もそうですが、ものづくりをする人達も、自分たちが『文化の当事者』だという認識を強く持つべきだと私は思います。
そのためには、とくに若い人達にはもっともっと幅広く勉強して欲しいと強く願います。
Posted by 渡辺幻門 at
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