2011年05月25日
もずやと学ぶ染織マーケティング<第18回目>
第6章 事業の定義
6−1 マーケティング近視眼を避けよ
ここは面白いですね。
マーケティング近視眼というのは英語でマーケティング・マイオピアと言って、私が学生のころはカルピスが題材として使われていました。
いまは、ほとんど見なくなりましたが、私が子供の頃は『初恋の味 カルピス』と言って、ほとんどの家庭の冷蔵庫に入っていたはずですし、お中元にもよく使われていました。夏は水で割って氷を入れて冷たくして飲み、冬はホットカルピス。ところがあまりにもこの白い濃縮液が強力な商品であったために、商品開発を怠ったのです。フルーツカルピスやカルピスソーダは出ましたがどれもぱっとせず、いつのまにか市場から消えていったのです。もし、カルピスが自分たちの提供する商品が『カルピス』という濃縮液でなく、『生活に潤いを与える清涼飲料水』だと考えていたら、幅広い商品展開ができたはずだということです。その後、カルピスは、『おいしい水で割ったらおいしい』という社員からのヒントによって『カルピスウォーター』という形で大ヒットしました。これは、ある意味で家庭で水で割って飲まれていた事からチャネルと場所を変更したわけですね。つまりカルピスを味わう機会を広げたわけです。昔は、家でしか飲めなかった。つまり、商品というのはその品物ではなくて、品物が与える便益であると考えれば良いわけです。
では、沖縄染織について考えてみましょう。
沖縄染織は数年前まで何度目かの興隆期を迎えていましたね。本当によく売れたでしょうし、作り手も潤ったことだろうと想います。もちろん、沖縄の染織が素晴らしい物であったこともあるでしょうが、マーケティング近視眼に陥らないためには、視点を変えて見ることが必要です。
消費者は、沖縄染織の何に興味を持ち、何に魅力を感じて購入に至ったのか?ということを考えてみましょう。そのためには、他の染織品と比較してみるとよくわかると想います。結城紬と沖縄の絹織物を比較してみると、どうでしょうか。織物としての完成度、着心地、体が感じる部分での機能性では圧倒的に結城紬が勝っています。結城は経糸、緯糸とも手引きの真綿糸です。かつ地機で織られています。沖縄はどうですか?論じるに値しませんね。
では、なぜ、消費者は結城を買わないで、沖縄の織物を買ったのか?
答えはズバリ、『それが沖縄の織物であったから』です。
それが証拠にほとんどの消費者は琉球びんがたや花織の帯を1本持っていたら、それ以上買おうとしません。
なぜだと想いますか?一つあれば十分だと想われているからです。
大島を数枚持っている消費者はざらにいても、久米島紬を2枚以上持っている人はまれです。
なぜ?そのもの自体に強い魅力を感じていないからです。
なのになぜ売れた?
沖縄にスポットが当たっていて、沖縄染織ブームだったからです。
悪く言っているのではなくて、客観的に考えなければいけないということです。
本来、魅力を感じた物なら、繰り返し繰り返し、その満足を与えてくれた物、あるいは周辺の物を購入するはずです。
私はカレーライスが好きですが、毎日カレーライスでもOKです。
本当に好きだというのはそういう事です。
でも、ブームは起こせても、根強いファン、久米島紬にせよ、読谷山花織にせよ、リピーターを作る事は出来ていない。
なぜ?
作る人、あるいは作らせる人が、沖縄の染織によって消費者がどんな便益=魅力を感じるかを理解していなかったからではないかと私は思うのです。
沖縄染織と聞いて、なにをイメージするか。
まず、青い空と青い海。照りつける太陽、そしてそれに映える琉球びんがたの衣装。そして芭蕉布を着た涼しげな姿。
これがナイチャーが思い起こすイメージです。
基本的に、ナイチャーは沖縄が大好きです。
沖縄が嫌いだという人に私は会ったことがありません。
私の周囲では私が一番沖縄嫌いかもしれません (^^;)
そして、沖縄のイメージといえば、素朴で純情な人たち。
そして、オバア。
ここで普通の人は止まってしまいます。
沖縄を観光するだけでは、沖縄がいかに素晴らしい文化と歴史を持っているかなど伝わっていないはずです。
沖縄染織の強みってなんでしょう?
豊かな自然、暖かい気候、染織に適した水、そして、豊穣な文化。
沖縄というのは日本の他のどこよりも染織に適した土地なのです。
そして、沖縄ほど多様な技法、多様な素材、多様な色彩感覚に恵まれた所はないのです。
そして、最大の付加価値を生み、私たちナイチャーが逆立ちしてもまねが出来ないのが、沖縄の人たちの美意識なのです。
沖縄染織を永年みていると、内地の作家では絶対に作らないという作品にたびたび出くわします。
想いもしない配色が見事に調和している。
そして、私たちナイチャーでは絶対に作り出せない色を生み出す。
そして、おおらかで力強い線。
これが沖縄染織の最大の魅力であり、強みなのです。
この魅力にはまれば、絶対にリピーターになるはずですし、たとえ沖縄の名前を出さなくても、一瞥しただけで、見入ってしまうはずなのです。
それを忘れて、特長を抑えた物を作ればどうなるでしょうか。一時期は口当たりが良く食べやすいので、多くの人がとりあえずは買ってみるか、と求めるでしょう。でも、次がない。流行のラーメン屋みたいな物です。
伝統染織というのは商品ラインの拡張に限界があって、そもそもマイオピアにならざるを得ない部分があります。伝統というのは近視眼を乗り越えてまだ、生き続けているという超ロングセラーなのですから。
しかし、いまの沖縄染織は伝統のロングセラーではない、と私は思います。
なぜかというと、一番大切な物、一番魅力的な物を忘れて、食べやすいけど、それほど美味しくない商品になってしまっているからです。
大阪に『551の豚まん』という大ヒット商品があります。デパートで行われる『うまいもの市』ではどこでも行列が出来るそうです。私たち大阪人は子供の頃から食べていて、並んでまで、とは想いますが、今でも定期的に食べる癖になる味です。
ところがこの豚まんは、クサイ。電車に乗って持って帰ると電車の中に充満するのです。でも、みんな持って帰る。
そのにおいが、豚まんを食べる光景を思い起こさせる。つまり豚まんと一緒に暖かい家族の団らんがイメージされるからです。
むかし、『551の豚まんがあるとき(笑顔)無いとき(がっかり)』というCMがありました。
つまり、551の豚まんはその味だけでなく、暖かい家族のシチュエーションを提供しているということなのです。
では、沖縄染織は何を提供できるのか?
美意識の強い人は必ず、『沖縄の染織(=もずやのコレクション)を見ると元気が出てくる』とおっしゃいます。
私は、これが沖縄染織の魅力の本質だと想います。
そして私もそれを実現できる染織品づくりを目指しています。
染織家は布を織り、布に染めているのではありません。
みなさんが織り込み、染め込んでいるのは、歴史と文化そのものである問うことを忘れないでください。
それが、マーケティング近視眼を廃し、永遠の染織となる道だと私は信じて疑いません。
6−1 マーケティング近視眼を避けよ
ここは面白いですね。
マーケティング近視眼というのは英語でマーケティング・マイオピアと言って、私が学生のころはカルピスが題材として使われていました。
いまは、ほとんど見なくなりましたが、私が子供の頃は『初恋の味 カルピス』と言って、ほとんどの家庭の冷蔵庫に入っていたはずですし、お中元にもよく使われていました。夏は水で割って氷を入れて冷たくして飲み、冬はホットカルピス。ところがあまりにもこの白い濃縮液が強力な商品であったために、商品開発を怠ったのです。フルーツカルピスやカルピスソーダは出ましたがどれもぱっとせず、いつのまにか市場から消えていったのです。もし、カルピスが自分たちの提供する商品が『カルピス』という濃縮液でなく、『生活に潤いを与える清涼飲料水』だと考えていたら、幅広い商品展開ができたはずだということです。その後、カルピスは、『おいしい水で割ったらおいしい』という社員からのヒントによって『カルピスウォーター』という形で大ヒットしました。これは、ある意味で家庭で水で割って飲まれていた事からチャネルと場所を変更したわけですね。つまりカルピスを味わう機会を広げたわけです。昔は、家でしか飲めなかった。つまり、商品というのはその品物ではなくて、品物が与える便益であると考えれば良いわけです。
では、沖縄染織について考えてみましょう。
沖縄染織は数年前まで何度目かの興隆期を迎えていましたね。本当によく売れたでしょうし、作り手も潤ったことだろうと想います。もちろん、沖縄の染織が素晴らしい物であったこともあるでしょうが、マーケティング近視眼に陥らないためには、視点を変えて見ることが必要です。
消費者は、沖縄染織の何に興味を持ち、何に魅力を感じて購入に至ったのか?ということを考えてみましょう。そのためには、他の染織品と比較してみるとよくわかると想います。結城紬と沖縄の絹織物を比較してみると、どうでしょうか。織物としての完成度、着心地、体が感じる部分での機能性では圧倒的に結城紬が勝っています。結城は経糸、緯糸とも手引きの真綿糸です。かつ地機で織られています。沖縄はどうですか?論じるに値しませんね。
では、なぜ、消費者は結城を買わないで、沖縄の織物を買ったのか?
答えはズバリ、『それが沖縄の織物であったから』です。
それが証拠にほとんどの消費者は琉球びんがたや花織の帯を1本持っていたら、それ以上買おうとしません。
なぜだと想いますか?一つあれば十分だと想われているからです。
大島を数枚持っている消費者はざらにいても、久米島紬を2枚以上持っている人はまれです。
なぜ?そのもの自体に強い魅力を感じていないからです。
なのになぜ売れた?
沖縄にスポットが当たっていて、沖縄染織ブームだったからです。
悪く言っているのではなくて、客観的に考えなければいけないということです。
本来、魅力を感じた物なら、繰り返し繰り返し、その満足を与えてくれた物、あるいは周辺の物を購入するはずです。
私はカレーライスが好きですが、毎日カレーライスでもOKです。
本当に好きだというのはそういう事です。
でも、ブームは起こせても、根強いファン、久米島紬にせよ、読谷山花織にせよ、リピーターを作る事は出来ていない。
なぜ?
作る人、あるいは作らせる人が、沖縄の染織によって消費者がどんな便益=魅力を感じるかを理解していなかったからではないかと私は思うのです。
沖縄染織と聞いて、なにをイメージするか。
まず、青い空と青い海。照りつける太陽、そしてそれに映える琉球びんがたの衣装。そして芭蕉布を着た涼しげな姿。
これがナイチャーが思い起こすイメージです。
基本的に、ナイチャーは沖縄が大好きです。
沖縄が嫌いだという人に私は会ったことがありません。
私の周囲では私が一番沖縄嫌いかもしれません (^^;)
そして、沖縄のイメージといえば、素朴で純情な人たち。
そして、オバア。
ここで普通の人は止まってしまいます。
沖縄を観光するだけでは、沖縄がいかに素晴らしい文化と歴史を持っているかなど伝わっていないはずです。
沖縄染織の強みってなんでしょう?
豊かな自然、暖かい気候、染織に適した水、そして、豊穣な文化。
沖縄というのは日本の他のどこよりも染織に適した土地なのです。
そして、沖縄ほど多様な技法、多様な素材、多様な色彩感覚に恵まれた所はないのです。
そして、最大の付加価値を生み、私たちナイチャーが逆立ちしてもまねが出来ないのが、沖縄の人たちの美意識なのです。
沖縄染織を永年みていると、内地の作家では絶対に作らないという作品にたびたび出くわします。
想いもしない配色が見事に調和している。
そして、私たちナイチャーでは絶対に作り出せない色を生み出す。
そして、おおらかで力強い線。
これが沖縄染織の最大の魅力であり、強みなのです。
この魅力にはまれば、絶対にリピーターになるはずですし、たとえ沖縄の名前を出さなくても、一瞥しただけで、見入ってしまうはずなのです。
それを忘れて、特長を抑えた物を作ればどうなるでしょうか。一時期は口当たりが良く食べやすいので、多くの人がとりあえずは買ってみるか、と求めるでしょう。でも、次がない。流行のラーメン屋みたいな物です。
伝統染織というのは商品ラインの拡張に限界があって、そもそもマイオピアにならざるを得ない部分があります。伝統というのは近視眼を乗り越えてまだ、生き続けているという超ロングセラーなのですから。
しかし、いまの沖縄染織は伝統のロングセラーではない、と私は思います。
なぜかというと、一番大切な物、一番魅力的な物を忘れて、食べやすいけど、それほど美味しくない商品になってしまっているからです。
大阪に『551の豚まん』という大ヒット商品があります。デパートで行われる『うまいもの市』ではどこでも行列が出来るそうです。私たち大阪人は子供の頃から食べていて、並んでまで、とは想いますが、今でも定期的に食べる癖になる味です。
ところがこの豚まんは、クサイ。電車に乗って持って帰ると電車の中に充満するのです。でも、みんな持って帰る。
そのにおいが、豚まんを食べる光景を思い起こさせる。つまり豚まんと一緒に暖かい家族の団らんがイメージされるからです。
むかし、『551の豚まんがあるとき(笑顔)無いとき(がっかり)』というCMがありました。
つまり、551の豚まんはその味だけでなく、暖かい家族のシチュエーションを提供しているということなのです。
では、沖縄染織は何を提供できるのか?
美意識の強い人は必ず、『沖縄の染織(=もずやのコレクション)を見ると元気が出てくる』とおっしゃいます。
私は、これが沖縄染織の魅力の本質だと想います。
そして私もそれを実現できる染織品づくりを目指しています。
染織家は布を織り、布に染めているのではありません。
みなさんが織り込み、染め込んでいるのは、歴史と文化そのものである問うことを忘れないでください。
それが、マーケティング近視眼を廃し、永遠の染織となる道だと私は信じて疑いません。
Posted by 渡辺幻門 at 22:43│Comments(0)
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