2011年04月20日
鳥取 『たくみ割烹店』
今日は米子まで巡業して、遅くなったので、久々に少し飲んで帰りました。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。

民芸品店もあります。

私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。


民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。

このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪

鯖のネギ煮

鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
お店はなじみの『たくみ割烹店』です。
http://tabete.jp/omise/takumi/takumi.htm
このお店は鳥取民藝美術館の隣にあります。
民芸品店もあります。
私は民藝研究者なので民藝店や民芸料理店は見つけたら必ず行くようにしています。
その中でも、料理が美味しいのがこの鳥取の『たくみ割烹店』です。
お店はこんな感じ。
民藝のお店として統一感がありますが、ジャズが流れているのがいただけません。
いっそ、音楽など流さない方が良いと思います。
ダイエット中なので注文は控えめ。
まずはお酒二合とお通しの白ニシ貝。
このニシ貝は旨いです。
そして、アゴ竹輪
鯖のネギ煮
鯖のネギ煮はここの名物みたいで、丼もあります。
注文はこれだけ。
ゆっくり飲みました。お勘定は3000円弱。
値段はちょっと高めですが、手作りの器で食べられるのが魅力です。
それにしても、なんとなく息苦しい。
民藝好きの私が行っても、民芸館、民藝店、民藝料理店は、息苦しいのです。
なんとなく、空気が硬いのです。
これは感覚の問題なのですが、本来くつろぎを与えるべき民藝の店で、
かえって堅苦しさをかんじるのはどうしてでしょう。
考えながら飲んでいましたが、それはスキがなさ過ぎるからではないでしょうか。
民藝店全体に笑顔が感じられない。
とくにこのたくみ割烹店はそうです。
ゆるみがないから、しんどいんじゃないでしょうか。
民藝店ですから、華やかさがないのですが、せめて花を生けたらどうでしょう。
もっと楽しい空間がつくりだせないものでしょうか。
民藝の店を訪れる度に、民藝論の限界と用の美の欺瞞性を思わずには居られないのです。
美しく、伸びやかであるべきは、物ではなくて、人間の心であるはずで、器物はあくまでも手段です。物を使い、手に取り、見る人が楽しく、健康的に暮らせるのでなければ何を持って用の美とするのでしょう。
民衆的工芸とは何なのか?
生活に美を取り込むとはどういう事なのか。
いま、改めて向き合うべき大切な問題だと私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at 23:04│Comments(0)
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