2012年02月12日
『商道 風姿花伝』第7話
【四十四五】
この頃は、商売の世界に入って、25年〜30年たったころでしょうか。
私がまる23年目ですから、もうそろそろこの時期に入ります。
世阿弥は、『ワキのシテに譲れ』と書いています。
体力や見栄えなどいろんな事で衰えが見えてくるから、二番手を前に立てて、自分は少し後に下がることを勧めています。
着物の商売で言えば、男女で差があると想います。
男性は、信頼感が増すと共に、今まで可愛がってくれたお客様が高齢化したり、自分自身も横着になってきたりで、この風姿花伝にもかかれてあるとおり、商売の形を変化させねばならないときです。
女性の場合は、お客様からすれば20代30代の同性ですから、なかなか大きな商売は難しいかもしれません。
それが20年キャリアを積むと、それなりに貫禄もついてきて、お客様と共通の会話も出来、ようやく一人前のセールスになってくる感じです。
着物の場合、お客様のほとんどが女性ですから、売り手が男性か女性かによって大きく違うのです。
『ワキのシテ』に任せろ、と言うことですが、男性の場合は、一歩引いた方がいいと想います。
女性は、ガンガン押しても良いですが、男性は『引き』の商売を心がけるという事だと想います。
私のような50前の男がガンガン押しの商売をして、良い事になることはないと想います。
展示会に行けばよくある光景ですが、畳に座ってガンガン押しているのは、たいていマネキンのおばさんです。
マネキンさんは、その場限りだと言う事もありますが、女性ならではの語り口の柔らかさというのがギリギリのところで、救いになっているのだと想います。
もし、今の私が同じ事をしたら、大クレームになることでしょう。
男性でも、小柄で語り口の優しい人や、ちょっとナヨ系の入った人なんかは、結構いけるみたいですが、
私のような巨漢で、声の大きいオッサンが、立て続けに押しまくると、逆効果なようです。
前述のように、商売人には『かわいらしさ』が必要ですから、それを脂ぎったオッサンがいかに演じるかが大事なのです。
これは、決して卑屈になれ、という事ではありません。お客様に話しをじっくりと聞いてもらうための演技です。
立て板に水のごとく、セールストークをまくし立てるよりも、将棋や囲碁で一手一手打ち込むように、お話しを勧めていくのです。
この時期に一番具合が悪いのは、『慢心』『おごり』なんですね。
どうしても、押しつけがましくなってくるのです。
『私はもう30年ちかくやってるんだから』とか『私のセンスが信じられないの』とか、今までの自分の実績や経験を過信して、お客様にそれを押しつけようとする。
でも、そんなことはお客様には関係ないのです。
実はお客様の多くは、『センスの押し売り』を非常に嫌がっておられます。
『お客様はこんなのがお好みでしたよね』と毎回同じような着物を勧める販売員がいます。でも、これは案外、息苦しいものなのだそうです。女性なら、たまには冒険したいし、自分の好み以外の物も見てみたい。とくに経済的に余裕のある方ならそうです。
また、大きな展示会場の場合は、マネキンがたくさんある商品の中から、数点を取りだしてお客様に着装してお勧めすることが多い様ですが、この時、マネキンが取る商品は実は『そのマネキンの好みの着物』なんです。
とくに女性販売員はそうです。自分の好みをお客様に押しつけがちです。
これは、好みがお客様と同じ場合は大きな戦力となりますが、逆の場合は、どうしようもありません。
男性販売員は、お客様の好みに応じてお勧めする、ここが大きな違いだと想います。
男女、それぞれ、有利な点、不利な点があります。
私の場合は、扱っている品物が私の好みなので、私の意に沿わない品物が展示会や外販の商品の中にあることは希です。
ですから、とりあえず、パッパパッパと、お見せしていきます。
私が対応している展示会に来られた方は、ご存じでしょうが、そのお客様の年代とご用途によって、ある程度はしぼりますが、どんどんお見せしていき、一息ついたら、どんどんしまいます。
お客様の目線を追いながら、気になっていらっしゃる作品だけを残していきます。
これは、熟練しないと非常に怖いやり方です。
お客様が何も反応なさらないで、全部しまってしまったら、それでチャンチャンだからです。
でも、その時は、チャンチャンなのです。
20年以上やっていれば、お客様が関心を持っていらっしゃるかどうか感覚で感じ取らなければいけません。
それで、感じ取れないということは、気に入っていらっしゃらないということなのです。
気に入っていらっしゃらないものをお勧めできませんから、チャンチャンです。
ですから、私は『売る気がない』『商売気がない』とよく言われます。
『どれがいいかしら』と迷っているご様子なら、それを察知して、さらに詳しくお聞きして、お勧めします。
私の場合、超初心者の方をお相手しているわけではないので、お客様はある程度自分の好みやタンスの中身を把握してらっしゃると私は考えています。
好みが先行する品物と、『提言商品』と言って、一つあれば着物ライフに役に立つ、という物もありますから、これは説明が肝心です。
初心者の方にはそれにふさわしい内容の品物がありますし、進め方もあります。
中級者にも、上級者にも、それぞれの作品と進め方があります。
いずれにしても、こちらが押しつけるのではなくて、『まずはお伺いする』という姿勢が大切なのだと想います。
それを『聞き出す力』が本当の販売力なのだろうと私は思っています。
私の年代になると、どうしても『自我』が前に出てきます。
お客様を押さえつけようとするのです。
お客様より上に立とうとする。
これは、どんな理由があってもしてはいけないことです。
太閤秀吉のまわりには、彼に進言する『おとぎ衆』という人達がいたそうです。
私達、呉服商はこの『おとぎ衆』なんですね。
自分の知識や教養は、出来ることなら言葉にせず、『気』や『態度』『しぐさ』で示す。
言葉にする場合も、にじみ出るような話し方をする。
これは非常に難しく、私も修練していますが、なかなか上手く行きません。
どうしても、カッときたり、言葉が荒くなってしまったりします。
どんな事があっても、顔や態度に表してはいけない。
笑顔も演じるのです。これは安っぽい演技という意味ではなくて『自分を完全にコントロールする』という事です。
私はよくプライベートで『起こってるのか、悲しいのか、嬉しいのか、よく分からない』と言われます。
これは、感情の抑揚・起伏をなくすように、普段から修練しているのです。
大きく喜ぶ人は、大きく悲しみ、大きく怒る。
それが、真剣勝負の場に出ては負けです。
はらわたが煮えくりかえっている時でも、ニッコリと自然な笑顔が出来るようにならなければ、一人前の商売人とは言えません。
だから『役者が違う』という言葉があるのです。
泣き笑いは、普段思いっきりやればいいのです。
舞台に上がったら、それこそ、能面を着けているかのように無表情でそこから、自分の意思で表情と声色をコントロールできなければいけません。
私達は、お客様に喜んでもらって、満足してもらってなんぼです。
そのために全身全霊を傾けるのです。
『商道 風姿花伝』の極意はまさに、そこにあるのです。
この頃は、商売の世界に入って、25年〜30年たったころでしょうか。
私がまる23年目ですから、もうそろそろこの時期に入ります。
世阿弥は、『ワキのシテに譲れ』と書いています。
体力や見栄えなどいろんな事で衰えが見えてくるから、二番手を前に立てて、自分は少し後に下がることを勧めています。
着物の商売で言えば、男女で差があると想います。
男性は、信頼感が増すと共に、今まで可愛がってくれたお客様が高齢化したり、自分自身も横着になってきたりで、この風姿花伝にもかかれてあるとおり、商売の形を変化させねばならないときです。
女性の場合は、お客様からすれば20代30代の同性ですから、なかなか大きな商売は難しいかもしれません。
それが20年キャリアを積むと、それなりに貫禄もついてきて、お客様と共通の会話も出来、ようやく一人前のセールスになってくる感じです。
着物の場合、お客様のほとんどが女性ですから、売り手が男性か女性かによって大きく違うのです。
『ワキのシテ』に任せろ、と言うことですが、男性の場合は、一歩引いた方がいいと想います。
女性は、ガンガン押しても良いですが、男性は『引き』の商売を心がけるという事だと想います。
私のような50前の男がガンガン押しの商売をして、良い事になることはないと想います。
展示会に行けばよくある光景ですが、畳に座ってガンガン押しているのは、たいていマネキンのおばさんです。
マネキンさんは、その場限りだと言う事もありますが、女性ならではの語り口の柔らかさというのがギリギリのところで、救いになっているのだと想います。
もし、今の私が同じ事をしたら、大クレームになることでしょう。
男性でも、小柄で語り口の優しい人や、ちょっとナヨ系の入った人なんかは、結構いけるみたいですが、
私のような巨漢で、声の大きいオッサンが、立て続けに押しまくると、逆効果なようです。
前述のように、商売人には『かわいらしさ』が必要ですから、それを脂ぎったオッサンがいかに演じるかが大事なのです。
これは、決して卑屈になれ、という事ではありません。お客様に話しをじっくりと聞いてもらうための演技です。
立て板に水のごとく、セールストークをまくし立てるよりも、将棋や囲碁で一手一手打ち込むように、お話しを勧めていくのです。
この時期に一番具合が悪いのは、『慢心』『おごり』なんですね。
どうしても、押しつけがましくなってくるのです。
『私はもう30年ちかくやってるんだから』とか『私のセンスが信じられないの』とか、今までの自分の実績や経験を過信して、お客様にそれを押しつけようとする。
でも、そんなことはお客様には関係ないのです。
実はお客様の多くは、『センスの押し売り』を非常に嫌がっておられます。
『お客様はこんなのがお好みでしたよね』と毎回同じような着物を勧める販売員がいます。でも、これは案外、息苦しいものなのだそうです。女性なら、たまには冒険したいし、自分の好み以外の物も見てみたい。とくに経済的に余裕のある方ならそうです。
また、大きな展示会場の場合は、マネキンがたくさんある商品の中から、数点を取りだしてお客様に着装してお勧めすることが多い様ですが、この時、マネキンが取る商品は実は『そのマネキンの好みの着物』なんです。
とくに女性販売員はそうです。自分の好みをお客様に押しつけがちです。
これは、好みがお客様と同じ場合は大きな戦力となりますが、逆の場合は、どうしようもありません。
男性販売員は、お客様の好みに応じてお勧めする、ここが大きな違いだと想います。
男女、それぞれ、有利な点、不利な点があります。
私の場合は、扱っている品物が私の好みなので、私の意に沿わない品物が展示会や外販の商品の中にあることは希です。
ですから、とりあえず、パッパパッパと、お見せしていきます。
私が対応している展示会に来られた方は、ご存じでしょうが、そのお客様の年代とご用途によって、ある程度はしぼりますが、どんどんお見せしていき、一息ついたら、どんどんしまいます。
お客様の目線を追いながら、気になっていらっしゃる作品だけを残していきます。
これは、熟練しないと非常に怖いやり方です。
お客様が何も反応なさらないで、全部しまってしまったら、それでチャンチャンだからです。
でも、その時は、チャンチャンなのです。
20年以上やっていれば、お客様が関心を持っていらっしゃるかどうか感覚で感じ取らなければいけません。
それで、感じ取れないということは、気に入っていらっしゃらないということなのです。
気に入っていらっしゃらないものをお勧めできませんから、チャンチャンです。
ですから、私は『売る気がない』『商売気がない』とよく言われます。
『どれがいいかしら』と迷っているご様子なら、それを察知して、さらに詳しくお聞きして、お勧めします。
私の場合、超初心者の方をお相手しているわけではないので、お客様はある程度自分の好みやタンスの中身を把握してらっしゃると私は考えています。
好みが先行する品物と、『提言商品』と言って、一つあれば着物ライフに役に立つ、という物もありますから、これは説明が肝心です。
初心者の方にはそれにふさわしい内容の品物がありますし、進め方もあります。
中級者にも、上級者にも、それぞれの作品と進め方があります。
いずれにしても、こちらが押しつけるのではなくて、『まずはお伺いする』という姿勢が大切なのだと想います。
それを『聞き出す力』が本当の販売力なのだろうと私は思っています。
私の年代になると、どうしても『自我』が前に出てきます。
お客様を押さえつけようとするのです。
お客様より上に立とうとする。
これは、どんな理由があってもしてはいけないことです。
太閤秀吉のまわりには、彼に進言する『おとぎ衆』という人達がいたそうです。
私達、呉服商はこの『おとぎ衆』なんですね。
自分の知識や教養は、出来ることなら言葉にせず、『気』や『態度』『しぐさ』で示す。
言葉にする場合も、にじみ出るような話し方をする。
これは非常に難しく、私も修練していますが、なかなか上手く行きません。
どうしても、カッときたり、言葉が荒くなってしまったりします。
どんな事があっても、顔や態度に表してはいけない。
笑顔も演じるのです。これは安っぽい演技という意味ではなくて『自分を完全にコントロールする』という事です。
私はよくプライベートで『起こってるのか、悲しいのか、嬉しいのか、よく分からない』と言われます。
これは、感情の抑揚・起伏をなくすように、普段から修練しているのです。
大きく喜ぶ人は、大きく悲しみ、大きく怒る。
それが、真剣勝負の場に出ては負けです。
はらわたが煮えくりかえっている時でも、ニッコリと自然な笑顔が出来るようにならなければ、一人前の商売人とは言えません。
だから『役者が違う』という言葉があるのです。
泣き笑いは、普段思いっきりやればいいのです。
舞台に上がったら、それこそ、能面を着けているかのように無表情でそこから、自分の意思で表情と声色をコントロールできなければいけません。
私達は、お客様に喜んでもらって、満足してもらってなんぼです。
そのために全身全霊を傾けるのです。
『商道 風姿花伝』の極意はまさに、そこにあるのです。
Posted by 渡辺幻門 at
21:04
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2012年02月09日
コモディティ化
コモディティ化とは・・・
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/commoditize.html
ある商品カテゴリにおいて、競争商品間の差別化特性(機能、品質、ブランド力など)が失われ、主に価格あるいは量を判断基準に売買が行われるようになること。一般に商品価格の下落を招くことが多く、高価な商品が低価格化・普及品化することを“コモディティ化”という場合もある。
例えば製造業において、ある特別の技術を持つ1社だけが製造できる製品があったとする。やがて製造技術の普及、他社製品の機能向上、あるいは製品の規格化/標準化/モジュール化などによって、多くの会社で製造可能となると、機能や品質の面で差のない製品が市場に多数、投入されることになる。
こうなると顧客は価格(コスト)あるいは買いやすさ(店頭にあるかなど)以外に選択要因がなくなる。こうした状態のことをコモディティ化という。いい換えれば、「どの会社のものを買っても同じ」という状態のことである。
一般にコモディティ化が起こりやすいのは、機能や品質が向上してどの製品・サービスでも顧客要求を満たす(オーバーシュート)ようになり、さまざまな面で参入障壁が低く、さらに安定した売上が期待できる市場においてである。
このようなコモディティ化は絶えずいろいろな市場で見られ、ITなど各種ハイテク産業でも、技術の普遍化・汎用化が指摘されている。
コモディティ化が起こると、競争激化によって価格が下落し、企業収益が悪化する。これに対して企業はさまざまな努力を行うことが求められる。その1つが「ブランド化」である。ネーミングやパッケージングなどのマーケティング活動により差別化を図るもので、かつてコモディティであったコメに「ささにしき」「こしひかり」「秋田小町」などのブランド米が登場した例が挙げられる。
また、米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授は、「大半の商品ではコモディティ化やモジュール化が起こると、これを契機としてバリューチェーンのどこかで『脱コモディティ化』のプロセスが生じる」と論じている。これは製品そのものの性能競争が終わると、「すぐに手に入る」「故障時の対応がよい」などデリバリやアフターサービスのプロセスで差別化が起こるようになるという指摘である。
本来、コモディティとは商品取引市場において売買されるような商品を指す。具体的には、小麦やトウモロコシなどの農産物、石油・石炭・金・銀などの鉱物資源、繊維・ゴムなどの原材料などをいう。(以上引用)
何が言いたいのかわかりますか?
沖縄の染織品の多くがコモディティ化しようとしている、あるいはもうしてしまったと言うことです。
これは、どういう事を意味するかといえば、他の染織品との差別化要因がなくなって、価格中心に動くようになる、と言うことです。
現実に、私が訪問販売に出かけても、沖縄の染織品だと言って、商品を見て頂けるお客様が10年前と比べても激減しています。
もちろん、不景気のせいもあるのでしょうが、それだけではないと想います。
現実には、沖縄の染織と言っても、作家によって様々であり、うっとりするような良い作品も、うんざりするような駄作もあります。
しかし、コモディティ化の怖いところは、消費者の頭の中で、一口に『沖縄染織』というイメージで括られてしまうという事です。
着物が好きな方ならば、どこかの呉服屋の展示会で一度くらいは沖縄の作品を見たことがあるでしょう。
買われた方も買われなかった方も、沖縄の染織品のイメージがそこで固まってしまいます。
大島がそうなっていますね。
大島というのは、非常に精巧な技術で織られたすばらしい染織品で、本当に良い物はめちゃくちゃ良いのです。
でも、普及品を見て、『大島なんてあんなもの』と想われた消費者は、もう興味を示さない。
よっぽど安ければ、『じゃ、一枚くらいあってもいいか』と買うかもしれません。
珍品、希少品の土俵から外されてしまっているのです。
大島といえば、私がこの業界に入る前、1980年代は飛ぶ鳥を落とす勢いで、めちゃくちゃに売れていたのです。
それが、なぜそんなことになったかというと、売れすぎたからです。
売れすぎたというのは、大増産と廉価販売です。
大増産するためには、ロットを大きくせねばならないし、デザインを単純化せねばなりません。
手作りである以上、一定レベルの作品はそれなりの手間と労力を掛けねばならないのに、売れるからと言って、『質』より『量』を優先した結果です。
これは必ず、コモディティ化を招きます。
引用文の最後に書かれているように、『トウモロコシ』や『大豆』の様にキロなんぼで売られるような商品になってしまいます。
うちの様な零細企業は、大手のやらない希少品を集め、つくり出して勝負せねばなりません。
マーケティングの競争戦略で言うニッチャーです。
ニッチャーというのは市場の隙間を狙うわけですが、扱う商品がコモディティ化してしまうと、それは隙間市場ではなくなります。
南風原の絣、花織、久米島紬、琉球びんがた、このあたりの品物は、どこにでもある商品になってしまっています。
デパートの店頭などで、たまたま当社の作品をご覧になったお客様が、『へー沖縄にもこんないろんな作品があるですね!』と口々におっしゃるのは、いかに他の沖縄染織展がどこに行っても同じような物しか並べていないかを物語っています。
しかし、問題は、すでに『沖縄の染織展』に足を運ぼうと想うお客様がかなりのスピードで減っているという事実なのです。
これは、不景気のせいだけではありません。
野放図な増産のツケをこれから払わされるのです。
伝統染織において、新しい技法を取り入れる事はその性質から言って非常に難しいですし、正直言って、もう産地全体を救うことは出来ないだろうと想います。
どんなに工夫しても、どんな良い物を造っても、産地の枠にはめられて十把一絡げにされてしまいます。
コモディティ化している商品がどのようにして市場で新たな付加価値を認められたのか?
沖縄名菓のちんすこうを考えて見ましょうか。
ちんすこうは、復帰後、粗悪品が大量に作られて、悪評が広まってしまい、沖縄に行くと言ったら『ちんすこうだけはいらないよ!』と言われるくらいになってしまっています。大量に作られすぎたために、長期在庫となり、そのために油が回ってしまったのが不味くなった原因と言われています。また、簡単に作れるので、メーカーも増えすぎたのです。
私は、『新垣菓子店のちんすこうならお勧めです。だまされたと想って食べてください』と言っています。当社の展示会でも新垣菓子店のちんすこうをお出しするこがあります。
別に新垣菓子店から何ももらっていませんが、食べた方は『あれ、これは美味しいね!』と必ずおっしゃいます。
『歯くそ菓子』と言われて不味い名物の代表選手のようなちんすこうもお店によっては美味しいのだ、と言うことを知らせる事なのです。
ちんすこう=沖縄名菓という図式を崩すのです。
織物でいえば、花織=沖縄伝統染織という枠から出る。
つまり、私の織物、私の染物で勝負するということです。
その中に、伝統技法を加えればいい。
私が作家だとしたら、萬代屋宗晏の作品として訴えれば良いのです。
伝統を守る反面、新しい素材・技法に取り組む事も必要です。
組合の証紙なんて捨ててしまいなさい。
組合の証紙がコモディティ化の証となってしまっているのです。
首里の人が芭蕉や苧麻に取り組むのもよいでしょうし、伝統的な構図を崩しても良い、あらたな絣柄を起こすのも良いでしょう。
業者によっては沖縄で括りたい、あなたの作品を沖縄染織展に加えたいというのもいるでしょう。
それは、それで産地にいる強み。沖縄染織であることを否定する必要はありません。
簡単に言えば、産地で束になるのではなく、個人で勝負するのです。
個展を開くつもりで様々な作品にチャレンジする。
個展をひらけるのは、トップの人だけだと想ったら間違いです。
芸大生でも個展をやっています。
内地では産地でもない場所でぽつんと工房を持って立派にやっている作家さんも数多くいるのです。
私の作品はトウモロコシや大豆でもない。
ウージでもゴーヤでもない。
○○農園のバリバリ甘い完熟マンゴーを作って売ればいいのです。
琉球藍の上山弘子さんをこのブログでも何度もご紹介していると想いますが、彼女の藍は琉球藍だから愛用されているのでは無いと想います。琉球藍のよさを知っているユーザーが上山さんの事を知り、その藍に満足したからまた買うのでしょう。だから、彼女のは琉球藍ではなくて、『上山弘子の藍』なんですね。
コモディティ化したものを追いかけてもしかたないですし、そこに入って制作を続けることは『作家』から『織り子』になる事を意味します。
私も、コモディティは追いません。
消費者の方が欲しいと想っているのは沖縄の染織品では最早なくて、『自分にあう優れた魅力ある作品』なのです。
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/commoditize.html
ある商品カテゴリにおいて、競争商品間の差別化特性(機能、品質、ブランド力など)が失われ、主に価格あるいは量を判断基準に売買が行われるようになること。一般に商品価格の下落を招くことが多く、高価な商品が低価格化・普及品化することを“コモディティ化”という場合もある。
例えば製造業において、ある特別の技術を持つ1社だけが製造できる製品があったとする。やがて製造技術の普及、他社製品の機能向上、あるいは製品の規格化/標準化/モジュール化などによって、多くの会社で製造可能となると、機能や品質の面で差のない製品が市場に多数、投入されることになる。
こうなると顧客は価格(コスト)あるいは買いやすさ(店頭にあるかなど)以外に選択要因がなくなる。こうした状態のことをコモディティ化という。いい換えれば、「どの会社のものを買っても同じ」という状態のことである。
一般にコモディティ化が起こりやすいのは、機能や品質が向上してどの製品・サービスでも顧客要求を満たす(オーバーシュート)ようになり、さまざまな面で参入障壁が低く、さらに安定した売上が期待できる市場においてである。
このようなコモディティ化は絶えずいろいろな市場で見られ、ITなど各種ハイテク産業でも、技術の普遍化・汎用化が指摘されている。
コモディティ化が起こると、競争激化によって価格が下落し、企業収益が悪化する。これに対して企業はさまざまな努力を行うことが求められる。その1つが「ブランド化」である。ネーミングやパッケージングなどのマーケティング活動により差別化を図るもので、かつてコモディティであったコメに「ささにしき」「こしひかり」「秋田小町」などのブランド米が登場した例が挙げられる。
また、米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授は、「大半の商品ではコモディティ化やモジュール化が起こると、これを契機としてバリューチェーンのどこかで『脱コモディティ化』のプロセスが生じる」と論じている。これは製品そのものの性能競争が終わると、「すぐに手に入る」「故障時の対応がよい」などデリバリやアフターサービスのプロセスで差別化が起こるようになるという指摘である。
本来、コモディティとは商品取引市場において売買されるような商品を指す。具体的には、小麦やトウモロコシなどの農産物、石油・石炭・金・銀などの鉱物資源、繊維・ゴムなどの原材料などをいう。(以上引用)
何が言いたいのかわかりますか?
沖縄の染織品の多くがコモディティ化しようとしている、あるいはもうしてしまったと言うことです。
これは、どういう事を意味するかといえば、他の染織品との差別化要因がなくなって、価格中心に動くようになる、と言うことです。
現実に、私が訪問販売に出かけても、沖縄の染織品だと言って、商品を見て頂けるお客様が10年前と比べても激減しています。
もちろん、不景気のせいもあるのでしょうが、それだけではないと想います。
現実には、沖縄の染織と言っても、作家によって様々であり、うっとりするような良い作品も、うんざりするような駄作もあります。
しかし、コモディティ化の怖いところは、消費者の頭の中で、一口に『沖縄染織』というイメージで括られてしまうという事です。
着物が好きな方ならば、どこかの呉服屋の展示会で一度くらいは沖縄の作品を見たことがあるでしょう。
買われた方も買われなかった方も、沖縄の染織品のイメージがそこで固まってしまいます。
大島がそうなっていますね。
大島というのは、非常に精巧な技術で織られたすばらしい染織品で、本当に良い物はめちゃくちゃ良いのです。
でも、普及品を見て、『大島なんてあんなもの』と想われた消費者は、もう興味を示さない。
よっぽど安ければ、『じゃ、一枚くらいあってもいいか』と買うかもしれません。
珍品、希少品の土俵から外されてしまっているのです。
大島といえば、私がこの業界に入る前、1980年代は飛ぶ鳥を落とす勢いで、めちゃくちゃに売れていたのです。
それが、なぜそんなことになったかというと、売れすぎたからです。
売れすぎたというのは、大増産と廉価販売です。
大増産するためには、ロットを大きくせねばならないし、デザインを単純化せねばなりません。
手作りである以上、一定レベルの作品はそれなりの手間と労力を掛けねばならないのに、売れるからと言って、『質』より『量』を優先した結果です。
これは必ず、コモディティ化を招きます。
引用文の最後に書かれているように、『トウモロコシ』や『大豆』の様にキロなんぼで売られるような商品になってしまいます。
うちの様な零細企業は、大手のやらない希少品を集め、つくり出して勝負せねばなりません。
マーケティングの競争戦略で言うニッチャーです。
ニッチャーというのは市場の隙間を狙うわけですが、扱う商品がコモディティ化してしまうと、それは隙間市場ではなくなります。
南風原の絣、花織、久米島紬、琉球びんがた、このあたりの品物は、どこにでもある商品になってしまっています。
デパートの店頭などで、たまたま当社の作品をご覧になったお客様が、『へー沖縄にもこんないろんな作品があるですね!』と口々におっしゃるのは、いかに他の沖縄染織展がどこに行っても同じような物しか並べていないかを物語っています。
しかし、問題は、すでに『沖縄の染織展』に足を運ぼうと想うお客様がかなりのスピードで減っているという事実なのです。
これは、不景気のせいだけではありません。
野放図な増産のツケをこれから払わされるのです。
伝統染織において、新しい技法を取り入れる事はその性質から言って非常に難しいですし、正直言って、もう産地全体を救うことは出来ないだろうと想います。
どんなに工夫しても、どんな良い物を造っても、産地の枠にはめられて十把一絡げにされてしまいます。
コモディティ化している商品がどのようにして市場で新たな付加価値を認められたのか?
沖縄名菓のちんすこうを考えて見ましょうか。
ちんすこうは、復帰後、粗悪品が大量に作られて、悪評が広まってしまい、沖縄に行くと言ったら『ちんすこうだけはいらないよ!』と言われるくらいになってしまっています。大量に作られすぎたために、長期在庫となり、そのために油が回ってしまったのが不味くなった原因と言われています。また、簡単に作れるので、メーカーも増えすぎたのです。
私は、『新垣菓子店のちんすこうならお勧めです。だまされたと想って食べてください』と言っています。当社の展示会でも新垣菓子店のちんすこうをお出しするこがあります。
別に新垣菓子店から何ももらっていませんが、食べた方は『あれ、これは美味しいね!』と必ずおっしゃいます。
『歯くそ菓子』と言われて不味い名物の代表選手のようなちんすこうもお店によっては美味しいのだ、と言うことを知らせる事なのです。
ちんすこう=沖縄名菓という図式を崩すのです。
織物でいえば、花織=沖縄伝統染織という枠から出る。
つまり、私の織物、私の染物で勝負するということです。
その中に、伝統技法を加えればいい。
私が作家だとしたら、萬代屋宗晏の作品として訴えれば良いのです。
伝統を守る反面、新しい素材・技法に取り組む事も必要です。
組合の証紙なんて捨ててしまいなさい。
組合の証紙がコモディティ化の証となってしまっているのです。
首里の人が芭蕉や苧麻に取り組むのもよいでしょうし、伝統的な構図を崩しても良い、あらたな絣柄を起こすのも良いでしょう。
業者によっては沖縄で括りたい、あなたの作品を沖縄染織展に加えたいというのもいるでしょう。
それは、それで産地にいる強み。沖縄染織であることを否定する必要はありません。
簡単に言えば、産地で束になるのではなく、個人で勝負するのです。
個展を開くつもりで様々な作品にチャレンジする。
個展をひらけるのは、トップの人だけだと想ったら間違いです。
芸大生でも個展をやっています。
内地では産地でもない場所でぽつんと工房を持って立派にやっている作家さんも数多くいるのです。
私の作品はトウモロコシや大豆でもない。
ウージでもゴーヤでもない。
○○農園のバリバリ甘い完熟マンゴーを作って売ればいいのです。
琉球藍の上山弘子さんをこのブログでも何度もご紹介していると想いますが、彼女の藍は琉球藍だから愛用されているのでは無いと想います。琉球藍のよさを知っているユーザーが上山さんの事を知り、その藍に満足したからまた買うのでしょう。だから、彼女のは琉球藍ではなくて、『上山弘子の藍』なんですね。
コモディティ化したものを追いかけてもしかたないですし、そこに入って制作を続けることは『作家』から『織り子』になる事を意味します。
私も、コモディティは追いません。
消費者の方が欲しいと想っているのは沖縄の染織品では最早なくて、『自分にあう優れた魅力ある作品』なのです。
Posted by 渡辺幻門 at
21:19
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2012年02月09日
コモディティ化
コモディティ化とは・・・
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/commoditize.html
ある商品カテゴリにおいて、競争商品間の差別化特性(機能、品質、ブランド力など)が失われ、主に価格あるいは量を判断基準に売買が行われるようになること。一般に商品価格の下落を招くことが多く、高価な商品が低価格化・普及品化することを“コモディティ化”という場合もある。
例えば製造業において、ある特別の技術を持つ1社だけが製造できる製品があったとする。やがて製造技術の普及、他社製品の機能向上、あるいは製品の規格化/標準化/モジュール化などによって、多くの会社で製造可能となると、機能や品質の面で差のない製品が市場に多数、投入されることになる。
こうなると顧客は価格(コスト)あるいは買いやすさ(店頭にあるかなど)以外に選択要因がなくなる。こうした状態のことをコモディティ化という。いい換えれば、「どの会社のものを買っても同じ」という状態のことである。
一般にコモディティ化が起こりやすいのは、機能や品質が向上してどの製品・サービスでも顧客要求を満たす(オーバーシュート)ようになり、さまざまな面で参入障壁が低く、さらに安定した売上が期待できる市場においてである。
このようなコモディティ化は絶えずいろいろな市場で見られ、ITなど各種ハイテク産業でも、技術の普遍化・汎用化が指摘されている。
コモディティ化が起こると、競争激化によって価格が下落し、企業収益が悪化する。これに対して企業はさまざまな努力を行うことが求められる。その1つが「ブランド化」である。ネーミングやパッケージングなどのマーケティング活動により差別化を図るもので、かつてコモディティであったコメに「ささにしき」「こしひかり」「秋田小町」などのブランド米が登場した例が挙げられる。
また、米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授は、「大半の商品ではコモディティ化やモジュール化が起こると、これを契機としてバリューチェーンのどこかで『脱コモディティ化』のプロセスが生じる」と論じている。これは製品そのものの性能競争が終わると、「すぐに手に入る」「故障時の対応がよい」などデリバリやアフターサービスのプロセスで差別化が起こるようになるという指摘である。
本来、コモディティとは商品取引市場において売買されるような商品を指す。具体的には、小麦やトウモロコシなどの農産物、石油・石炭・金・銀などの鉱物資源、繊維・ゴムなどの原材料などをいう。(以上引用)
何が言いたいのかわかりますか?
沖縄の染織品の多くがコモディティ化しようとしている、あるいはもうしてしまったと言うことです。
これは、どういう事を意味するかといえば、他の染織品との差別化要因がなくなって、価格中心に動くようになる、と言うことです。
現実に、私が訪問販売に出かけても、沖縄の染織品だと言って、商品を見て頂けるお客様が10年前と比べても激減しています。
もちろん、不景気のせいもあるのでしょうが、それだけではないと想います。
現実には、沖縄の染織と言っても、作家によって様々であり、うっとりするような良い作品も、うんざりするような駄作もあります。
しかし、コモディティ化の怖いところは、消費者の頭の中で、一口に『沖縄染織』というイメージで括られてしまうという事です。
着物が好きな方ならば、どこかの呉服屋の展示会で一度くらいは沖縄の作品を見たことがあるでしょう。
買われた方も買われなかった方も、沖縄の染織品のイメージがそこで固まってしまいます。
大島がそうなっていますね。
大島というのは、非常に精巧な技術で織られたすばらしい染織品で、本当に良い物はめちゃくちゃ良いのです。
でも、普及品を見て、『大島なんてあんなもの』と想われた消費者は、もう興味を示さない。
よっぽど安ければ、『じゃ、一枚くらいあってもいいか』と買うかもしれません。
珍品、希少品の土俵から外されてしまっているのです。
大島といえば、私がこの業界に入る前、1980年代は飛ぶ鳥を落とす勢いで、めちゃくちゃに売れていたのです。
それが、なぜそんなことになったかというと、売れすぎたからです。
売れすぎたというのは、大増産と廉価販売です。
大増産するためには、ロットを大きくせねばならないし、デザインを単純化せねばなりません。
手作りである以上、一定レベルの作品はそれなりの手間と労力を掛けねばならないのに、売れるからと言って、『質』より『量』を優先した結果です。
これは必ず、コモディティ化を招きます。
引用文の最後に書かれているように、『トウモロコシ』や『大豆』の様にキロなんぼで売られるような商品になってしまいます。
うちの様な零細企業は、大手のやらない希少品を集め、つくり出して勝負せねばなりません。
マーケティングの競争戦略で言うニッチャーです。
ニッチャーというのは市場の隙間を狙うわけですが、扱う商品がコモディティ化してしまうと、それは隙間市場ではなくなります。
南風原の絣、花織、久米島紬、琉球びんがた、このあたりの品物は、どこにでもある商品になってしまっています。
デパートの店頭などで、たまたま当社の作品をご覧になったお客様が、『へー沖縄にもこんないろんな作品があるですね!』と口々におっしゃるのは、いかに他の沖縄染織展がどこに行っても同じような物しか並べていないかを物語っています。
しかし、問題は、すでに『沖縄の染織展』に足を運ぼうと想うお客様がかなりのスピードで減っているという事実なのです。
これは、不景気のせいだけではありません。
野放図な増産のツケをこれから払わされるのです。
伝統染織において、新しい技法を取り入れる事はその性質から言って非常に難しいですし、正直言って、もう産地全体を救うことは出来ないだろうと想います。
どんなに工夫しても、どんな良い物を造っても、産地の枠にはめられて十把一絡げにされてしまいます。
コモディティ化している商品がどのようにして市場で新たな付加価値を認められたのか?
沖縄名菓のちんすこうを考えて見ましょうか。
ちんすこうは、復帰後、粗悪品が大量に作られて、悪評が広まってしまい、沖縄に行くと言ったら『ちんすこうだけはいらないよ!』と言われるくらいになってしまっています。大量に作られすぎたために、長期在庫となり、そのために油が回ってしまったのが不味くなった原因と言われています。また、簡単に作れるので、メーカーも増えすぎたのです。
私は、『新垣菓子店のちんすこうならお勧めです。だまされたと想って食べてください』と言っています。当社の展示会でも新垣菓子店のちんすこうをお出しするこがあります。
別に新垣菓子店から何ももらっていませんが、食べた方は『あれ、これは美味しいね!』と必ずおっしゃいます。
『歯くそ菓子』と言われて不味い名物の代表選手のようなちんすこうもお店によっては美味しいのだ、と言うことを知らせる事なのです。
ちんすこう=沖縄名菓という図式を崩すのです。
織物でいえば、花織=沖縄伝統染織という枠から出る。
つまり、私の織物、私の染物で勝負するということです。
その中に、伝統技法を加えればいい。
私が作家だとしたら、萬代屋宗晏の作品として訴えれば良いのです。
伝統を守る反面、新しい素材・技法に取り組む事も必要です。
組合の証紙なんて捨ててしまいなさい。
組合の証紙がコモディティ化の証となってしまっているのです。
首里の人が芭蕉や苧麻に取り組むのもよいでしょうし、伝統的な構図を崩しても良い、あらたな絣柄を起こすのも良いでしょう。
業者によっては沖縄で括りたい、あなたの作品を沖縄染織展に加えたいというのもいるでしょう。
それは、それで産地にいる強み。沖縄染織であることを否定する必要はありません。
簡単に言えば、産地で束になるのではなく、個人で勝負するのです。
個展を開くつもりで様々な作品にチャレンジする。
個展をひらけるのは、トップの人だけだと想ったら間違いです。
芸大生でも個展をやっています。
内地では産地でもない場所でぽつんと工房を持って立派にやっている作家さんも数多くいるのです。
私の作品はトウモロコシや大豆でもない。
ウージでもゴーヤでもない。
○○農園のバリバリ甘い完熟マンゴーを作って売ればいいのです。
琉球藍の上山弘子さんをこのブログでも何度もご紹介していると想いますが、彼女の藍は琉球藍だから愛用されているのでは無いと想います。琉球藍のよさを知っているユーザーが上山さんの事を知り、その藍に満足したからまた買うのでしょう。だから、彼女のは琉球藍ではなくて、『上山弘子の藍』なんですね。
コモディティ化したものを追いかけてもしかたないですし、そこに入って制作を続けることは『作家』から『織り子』になる事を意味します。
私も、コモディティは追いません。
消費者の方が欲しいと想っているのは沖縄の染織品では最早なくて、『自分にあう優れた魅力ある作品』なのです。
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/commoditize.html
ある商品カテゴリにおいて、競争商品間の差別化特性(機能、品質、ブランド力など)が失われ、主に価格あるいは量を判断基準に売買が行われるようになること。一般に商品価格の下落を招くことが多く、高価な商品が低価格化・普及品化することを“コモディティ化”という場合もある。
例えば製造業において、ある特別の技術を持つ1社だけが製造できる製品があったとする。やがて製造技術の普及、他社製品の機能向上、あるいは製品の規格化/標準化/モジュール化などによって、多くの会社で製造可能となると、機能や品質の面で差のない製品が市場に多数、投入されることになる。
こうなると顧客は価格(コスト)あるいは買いやすさ(店頭にあるかなど)以外に選択要因がなくなる。こうした状態のことをコモディティ化という。いい換えれば、「どの会社のものを買っても同じ」という状態のことである。
一般にコモディティ化が起こりやすいのは、機能や品質が向上してどの製品・サービスでも顧客要求を満たす(オーバーシュート)ようになり、さまざまな面で参入障壁が低く、さらに安定した売上が期待できる市場においてである。
このようなコモディティ化は絶えずいろいろな市場で見られ、ITなど各種ハイテク産業でも、技術の普遍化・汎用化が指摘されている。
コモディティ化が起こると、競争激化によって価格が下落し、企業収益が悪化する。これに対して企業はさまざまな努力を行うことが求められる。その1つが「ブランド化」である。ネーミングやパッケージングなどのマーケティング活動により差別化を図るもので、かつてコモディティであったコメに「ささにしき」「こしひかり」「秋田小町」などのブランド米が登場した例が挙げられる。
また、米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授は、「大半の商品ではコモディティ化やモジュール化が起こると、これを契機としてバリューチェーンのどこかで『脱コモディティ化』のプロセスが生じる」と論じている。これは製品そのものの性能競争が終わると、「すぐに手に入る」「故障時の対応がよい」などデリバリやアフターサービスのプロセスで差別化が起こるようになるという指摘である。
本来、コモディティとは商品取引市場において売買されるような商品を指す。具体的には、小麦やトウモロコシなどの農産物、石油・石炭・金・銀などの鉱物資源、繊維・ゴムなどの原材料などをいう。(以上引用)
何が言いたいのかわかりますか?
沖縄の染織品の多くがコモディティ化しようとしている、あるいはもうしてしまったと言うことです。
これは、どういう事を意味するかといえば、他の染織品との差別化要因がなくなって、価格中心に動くようになる、と言うことです。
現実に、私が訪問販売に出かけても、沖縄の染織品だと言って、商品を見て頂けるお客様が10年前と比べても激減しています。
もちろん、不景気のせいもあるのでしょうが、それだけではないと想います。
現実には、沖縄の染織と言っても、作家によって様々であり、うっとりするような良い作品も、うんざりするような駄作もあります。
しかし、コモディティ化の怖いところは、消費者の頭の中で、一口に『沖縄染織』というイメージで括られてしまうという事です。
着物が好きな方ならば、どこかの呉服屋の展示会で一度くらいは沖縄の作品を見たことがあるでしょう。
買われた方も買われなかった方も、沖縄の染織品のイメージがそこで固まってしまいます。
大島がそうなっていますね。
大島というのは、非常に精巧な技術で織られたすばらしい染織品で、本当に良い物はめちゃくちゃ良いのです。
でも、普及品を見て、『大島なんてあんなもの』と想われた消費者は、もう興味を示さない。
よっぽど安ければ、『じゃ、一枚くらいあってもいいか』と買うかもしれません。
珍品、希少品の土俵から外されてしまっているのです。
大島といえば、私がこの業界に入る前、1980年代は飛ぶ鳥を落とす勢いで、めちゃくちゃに売れていたのです。
それが、なぜそんなことになったかというと、売れすぎたからです。
売れすぎたというのは、大増産と廉価販売です。
大増産するためには、ロットを大きくせねばならないし、デザインを単純化せねばなりません。
手作りである以上、一定レベルの作品はそれなりの手間と労力を掛けねばならないのに、売れるからと言って、『質』より『量』を優先した結果です。
これは必ず、コモディティ化を招きます。
引用文の最後に書かれているように、『トウモロコシ』や『大豆』の様にキロなんぼで売られるような商品になってしまいます。
うちの様な零細企業は、大手のやらない希少品を集め、つくり出して勝負せねばなりません。
マーケティングの競争戦略で言うニッチャーです。
ニッチャーというのは市場の隙間を狙うわけですが、扱う商品がコモディティ化してしまうと、それは隙間市場ではなくなります。
南風原の絣、花織、久米島紬、琉球びんがた、このあたりの品物は、どこにでもある商品になってしまっています。
デパートの店頭などで、たまたま当社の作品をご覧になったお客様が、『へー沖縄にもこんないろんな作品があるですね!』と口々におっしゃるのは、いかに他の沖縄染織展がどこに行っても同じような物しか並べていないかを物語っています。
しかし、問題は、すでに『沖縄の染織展』に足を運ぼうと想うお客様がかなりのスピードで減っているという事実なのです。
これは、不景気のせいだけではありません。
野放図な増産のツケをこれから払わされるのです。
伝統染織において、新しい技法を取り入れる事はその性質から言って非常に難しいですし、正直言って、もう産地全体を救うことは出来ないだろうと想います。
どんなに工夫しても、どんな良い物を造っても、産地の枠にはめられて十把一絡げにされてしまいます。
コモディティ化している商品がどのようにして市場で新たな付加価値を認められたのか?
沖縄名菓のちんすこうを考えて見ましょうか。
ちんすこうは、復帰後、粗悪品が大量に作られて、悪評が広まってしまい、沖縄に行くと言ったら『ちんすこうだけはいらないよ!』と言われるくらいになってしまっています。大量に作られすぎたために、長期在庫となり、そのために油が回ってしまったのが不味くなった原因と言われています。また、簡単に作れるので、メーカーも増えすぎたのです。
私は、『新垣菓子店のちんすこうならお勧めです。だまされたと想って食べてください』と言っています。当社の展示会でも新垣菓子店のちんすこうをお出しするこがあります。
別に新垣菓子店から何ももらっていませんが、食べた方は『あれ、これは美味しいね!』と必ずおっしゃいます。
『歯くそ菓子』と言われて不味い名物の代表選手のようなちんすこうもお店によっては美味しいのだ、と言うことを知らせる事なのです。
ちんすこう=沖縄名菓という図式を崩すのです。
織物でいえば、花織=沖縄伝統染織という枠から出る。
つまり、私の織物、私の染物で勝負するということです。
その中に、伝統技法を加えればいい。
私が作家だとしたら、萬代屋宗晏の作品として訴えれば良いのです。
伝統を守る反面、新しい素材・技法に取り組む事も必要です。
組合の証紙なんて捨ててしまいなさい。
組合の証紙がコモディティ化の証となってしまっているのです。
首里の人が芭蕉や苧麻に取り組むのもよいでしょうし、伝統的な構図を崩しても良い、あらたな絣柄を起こすのも良いでしょう。
業者によっては沖縄で括りたい、あなたの作品を沖縄染織展に加えたいというのもいるでしょう。
それは、それで産地にいる強み。沖縄染織であることを否定する必要はありません。
簡単に言えば、産地で束になるのではなく、個人で勝負するのです。
個展を開くつもりで様々な作品にチャレンジする。
個展をひらけるのは、トップの人だけだと想ったら間違いです。
芸大生でも個展をやっています。
内地では産地でもない場所でぽつんと工房を持って立派にやっている作家さんも数多くいるのです。
私の作品はトウモロコシや大豆でもない。
ウージでもゴーヤでもない。
○○農園のバリバリ甘い完熟マンゴーを作って売ればいいのです。
琉球藍の上山弘子さんをこのブログでも何度もご紹介していると想いますが、彼女の藍は琉球藍だから愛用されているのでは無いと想います。琉球藍のよさを知っているユーザーが上山さんの事を知り、その藍に満足したからまた買うのでしょう。だから、彼女のは琉球藍ではなくて、『上山弘子の藍』なんですね。
コモディティ化したものを追いかけてもしかたないですし、そこに入って制作を続けることは『作家』から『織り子』になる事を意味します。
私も、コモディティは追いません。
消費者の方が欲しいと想っているのは沖縄の染織品では最早なくて、『自分にあう優れた魅力ある作品』なのです。
Posted by 渡辺幻門 at
21:19
│Comments(0)
2012年02月05日
『商道 風姿花伝』第6話
『三十四五』
世阿弥はこの時期までに『天下の許され』を得ていないとダメだと書いています。
天下の許されとは、将軍の愛顧の事です。
つまり、三十代半ばまでにトップに登っていなければあとの成長はおぼつかないということです。
商いの世界では20年くらいキャリアを積んだ40歳すぎた頃でしょうか。
もうベテランの域という感じになってきます。
呉服業界というのはイメージが先行する商売で、年配の女性が着物に詳しいと想われがちですが、実際はそうでもありません。
着物を永年着ているから着物に詳しいかと言えばそうでもない。
男性が何十年背広を着ていても、背広や毛織物に無知なのと同じです。
オシャレと言われる男性で着る物にもこだわりを持っている人手も毛織物に対する知識といえば、空っぽの事が多い。
洋服屋でも毛織の事は知らない人が多い。
なぜかというと、専門知識というのは、漫然と使っていたり見ているだけでは身につかないからです。
芭蕉布の良さは、芭蕉布を着てみないと本当の良さは解らない。
私も昨年、自分で芭蕉布を着てみて、それがよく分かりました。
本題にもどりますが、芸術の世界というのは基本的に『てっぺん丸取り』です。
トップに居る人が市場の美味しい所のほとんどを取ってしまいます。
ですから、一定の領域・ジャンルでトップに立つことが大事です。
それは、たとえば、久米島紬でトップになるとか、首里織でトップに立つという意味では必ずしもありません。
そのもっと細分化された、狭い領域でトップに立てば良いのです。
久米島のグズミでNo.1になるとか、手縞を織らせたらこの人に適う物は居ないとか、それでいいわけです。
そのためには、自己の存在領域=自分がどこで勝負するかを決めなければなりません。
この40歳くらいのころまでにそれをしなければなりません。
『なんでもあり』は『なんにもなし』なんです。
また、自分の制作や商いのスタイルも決めなければならない。
公募展を中心に制作を回していくのもいいでしょうし、1軒の問屋だけに決めて取引するのも一つのスタイルです。
また、自分で個展をして売るんだ!というのもいいでしょう。
宗旨替えというのが一番いけません。
厳しい様ですが、沖縄の人はこのあたりのモラルが非常に低いように想います。
商いというのは点で捉えてはいけません。線で繋がっているのです。
いくらお金の為とは言え、それまで支えてくれた問屋に不利益なことをしたり、商売敵に安く流したりするのは、商道徳に反します。
それで一時は楽になるかも知れませんが、最後はだれも支えてくれなくなります。
そういう歴史が復帰後、何度となく繰り返されてきているのです。
例えば久米島紬ですが、無形文化財指定された後、産地出し価格は高騰しました。
その時、すでにかなりの増産をしていましたから、問屋はかなりの在庫を未だに抱えているはずです。
しかし、景気がさらに後退し、市場価格が下がりだした。
この時、産地が価格を下げたらどうなりますか?
それだけでなく、品質も下げて同じ証紙を貼る。
以前に買った業者は高い価格の在庫を抱え、最悪の場合逆ざや=仕入れ値が市場価格を上回ることになります。
こうなったら、にっちもさっちもいきません。
後出しじゃんけんが得をすることになります。
沖縄はブームになりやすい。
だからこそ、商売のスタイルというのをきっちり決めておかねばならないのです。
自分の作品のポリシー、そして商売のスタイルをきちんともって貫いていく。
それをこの時期に決めておかねばなりません。
うちの場合は、あくまでも私の審美眼と価値観に沿った『ちょいちょい着てもらえる着物』を目指しています。茶道や舞踊などお稽古ごとをしていらっしゃる方や着物好きの方を対象にしています。
ですから、基本的に自分で着られない方にはお勧めしない事にしています。着ないと言う方にも無理強いしない。
私は私の好きな着物を造って、集めてご紹介していますので、まずはうちの着物のファンになって頂く事が第一義だと考えています。
決して万人向きではないと想いますし、万人に向く事を目指していません。
しかし、一方方向に流れがちな着物の趣向の中で、うちの作品を見て楽しい、元気が出る、明るくなると想ってもらえたら良いと想います。
そこから、価格帯や着物のジャンルも決まっていきます。
振袖や留袖もやらないわけではありませんし、実際お世話させて頂いておりますが、あくまでも、軸足は私の造った集めた作品に置いています。
良く着る方の為の品物ですから、生地や染色堅牢度には気を配りますし、着具合や、仕立て映えも考えます。
ポリシーとスタイルが決まらないと、そこからの絵図が描けないのです。
フォーマル中心のお店や、廉価品、超高級品をやっているお店はまた別のポリシーとスタイルがあるはずですし、そうあるべきです。
いけないのは、『なんでもあり』です。
確かに、いま需要が縮小する中で、狭い範囲にしぼってやるのは大変ですし、ご飯が食べられないかもしれません。
あくまで軸を決めておくことです。
『わたしらしさ』『うちらしさ』を軸に範囲を広げていけば良いと想います。
それが無くて、いま流行だからと扱うのはやっている方も面白く無いし、長続きしません。
つまり『自分の世界』を造る、わたしなら『もずやワールド』を造る事です。
私の場合、造る、仕入れる、売る、それぞれに私らしいスタイルがあると想いますし、品物にも『らしさ』を大切にしています。
それに適さない品物が入ってくると、なんかイヤなのです。結果的に売れない。
なんというか『売ったるわい!』という気力が湧いてこないのです。
『まぁ、これくらいが無難か』と想って仕入れたのは、無難なんだけどなかなか売れないことが多いのです。
逆に『これ好きやけど、難しいなぁ、売れるかなぁ』と作品の前で座り込んでしまうようなのは、不思議と売れるのです。
いかに、商売において『自分』というものが大切かということです。
マーケティングというのは消費者に対応していく術である様ですが、本当は自分が売りたい物を作って売るのが基本なんだと想います。
自分が良いと思わない物は誰も良いと想わないのです。
ですから、着物を売るという仕事は、自分の美意識を、自分の価値観に乗せて消費者に届けるということなのです。
その人の作品や商売のやり方を見ると、その人の内面が解るのもそういう事があるからなのです。
その考え方の軸をこの40代前半くらいにしっかりと持っておく、という事ですね。
世阿弥はこの時期までに『天下の許され』を得ていないとダメだと書いています。
天下の許されとは、将軍の愛顧の事です。
つまり、三十代半ばまでにトップに登っていなければあとの成長はおぼつかないということです。
商いの世界では20年くらいキャリアを積んだ40歳すぎた頃でしょうか。
もうベテランの域という感じになってきます。
呉服業界というのはイメージが先行する商売で、年配の女性が着物に詳しいと想われがちですが、実際はそうでもありません。
着物を永年着ているから着物に詳しいかと言えばそうでもない。
男性が何十年背広を着ていても、背広や毛織物に無知なのと同じです。
オシャレと言われる男性で着る物にもこだわりを持っている人手も毛織物に対する知識といえば、空っぽの事が多い。
洋服屋でも毛織の事は知らない人が多い。
なぜかというと、専門知識というのは、漫然と使っていたり見ているだけでは身につかないからです。
芭蕉布の良さは、芭蕉布を着てみないと本当の良さは解らない。
私も昨年、自分で芭蕉布を着てみて、それがよく分かりました。
本題にもどりますが、芸術の世界というのは基本的に『てっぺん丸取り』です。
トップに居る人が市場の美味しい所のほとんどを取ってしまいます。
ですから、一定の領域・ジャンルでトップに立つことが大事です。
それは、たとえば、久米島紬でトップになるとか、首里織でトップに立つという意味では必ずしもありません。
そのもっと細分化された、狭い領域でトップに立てば良いのです。
久米島のグズミでNo.1になるとか、手縞を織らせたらこの人に適う物は居ないとか、それでいいわけです。
そのためには、自己の存在領域=自分がどこで勝負するかを決めなければなりません。
この40歳くらいのころまでにそれをしなければなりません。
『なんでもあり』は『なんにもなし』なんです。
また、自分の制作や商いのスタイルも決めなければならない。
公募展を中心に制作を回していくのもいいでしょうし、1軒の問屋だけに決めて取引するのも一つのスタイルです。
また、自分で個展をして売るんだ!というのもいいでしょう。
宗旨替えというのが一番いけません。
厳しい様ですが、沖縄の人はこのあたりのモラルが非常に低いように想います。
商いというのは点で捉えてはいけません。線で繋がっているのです。
いくらお金の為とは言え、それまで支えてくれた問屋に不利益なことをしたり、商売敵に安く流したりするのは、商道徳に反します。
それで一時は楽になるかも知れませんが、最後はだれも支えてくれなくなります。
そういう歴史が復帰後、何度となく繰り返されてきているのです。
例えば久米島紬ですが、無形文化財指定された後、産地出し価格は高騰しました。
その時、すでにかなりの増産をしていましたから、問屋はかなりの在庫を未だに抱えているはずです。
しかし、景気がさらに後退し、市場価格が下がりだした。
この時、産地が価格を下げたらどうなりますか?
それだけでなく、品質も下げて同じ証紙を貼る。
以前に買った業者は高い価格の在庫を抱え、最悪の場合逆ざや=仕入れ値が市場価格を上回ることになります。
こうなったら、にっちもさっちもいきません。
後出しじゃんけんが得をすることになります。
沖縄はブームになりやすい。
だからこそ、商売のスタイルというのをきっちり決めておかねばならないのです。
自分の作品のポリシー、そして商売のスタイルをきちんともって貫いていく。
それをこの時期に決めておかねばなりません。
うちの場合は、あくまでも私の審美眼と価値観に沿った『ちょいちょい着てもらえる着物』を目指しています。茶道や舞踊などお稽古ごとをしていらっしゃる方や着物好きの方を対象にしています。
ですから、基本的に自分で着られない方にはお勧めしない事にしています。着ないと言う方にも無理強いしない。
私は私の好きな着物を造って、集めてご紹介していますので、まずはうちの着物のファンになって頂く事が第一義だと考えています。
決して万人向きではないと想いますし、万人に向く事を目指していません。
しかし、一方方向に流れがちな着物の趣向の中で、うちの作品を見て楽しい、元気が出る、明るくなると想ってもらえたら良いと想います。
そこから、価格帯や着物のジャンルも決まっていきます。
振袖や留袖もやらないわけではありませんし、実際お世話させて頂いておりますが、あくまでも、軸足は私の造った集めた作品に置いています。
良く着る方の為の品物ですから、生地や染色堅牢度には気を配りますし、着具合や、仕立て映えも考えます。
ポリシーとスタイルが決まらないと、そこからの絵図が描けないのです。
フォーマル中心のお店や、廉価品、超高級品をやっているお店はまた別のポリシーとスタイルがあるはずですし、そうあるべきです。
いけないのは、『なんでもあり』です。
確かに、いま需要が縮小する中で、狭い範囲にしぼってやるのは大変ですし、ご飯が食べられないかもしれません。
あくまで軸を決めておくことです。
『わたしらしさ』『うちらしさ』を軸に範囲を広げていけば良いと想います。
それが無くて、いま流行だからと扱うのはやっている方も面白く無いし、長続きしません。
つまり『自分の世界』を造る、わたしなら『もずやワールド』を造る事です。
私の場合、造る、仕入れる、売る、それぞれに私らしいスタイルがあると想いますし、品物にも『らしさ』を大切にしています。
それに適さない品物が入ってくると、なんかイヤなのです。結果的に売れない。
なんというか『売ったるわい!』という気力が湧いてこないのです。
『まぁ、これくらいが無難か』と想って仕入れたのは、無難なんだけどなかなか売れないことが多いのです。
逆に『これ好きやけど、難しいなぁ、売れるかなぁ』と作品の前で座り込んでしまうようなのは、不思議と売れるのです。
いかに、商売において『自分』というものが大切かということです。
マーケティングというのは消費者に対応していく術である様ですが、本当は自分が売りたい物を作って売るのが基本なんだと想います。
自分が良いと思わない物は誰も良いと想わないのです。
ですから、着物を売るという仕事は、自分の美意識を、自分の価値観に乗せて消費者に届けるということなのです。
その人の作品や商売のやり方を見ると、その人の内面が解るのもそういう事があるからなのです。
その考え方の軸をこの40代前半くらいにしっかりと持っておく、という事ですね。
2012年02月05日
『商道 風姿花伝』第6話
『三十四五』
世阿弥はこの時期までに『天下の許され』を得ていないとダメだと書いています。
天下の許されとは、将軍の愛顧の事です。
つまり、三十代半ばまでにトップに登っていなければあとの成長はおぼつかないということです。
商いの世界では20年くらいキャリアを積んだ40歳すぎた頃でしょうか。
もうベテランの域という感じになってきます。
呉服業界というのはイメージが先行する商売で、年配の女性が着物に詳しいと想われがちですが、実際はそうでもありません。
着物を永年着ているから着物に詳しいかと言えばそうでもない。
男性が何十年背広を着ていても、背広や毛織物に無知なのと同じです。
オシャレと言われる男性で着る物にもこだわりを持っている人手も毛織物に対する知識といえば、空っぽの事が多い。
洋服屋でも毛織の事は知らない人が多い。
なぜかというと、専門知識というのは、漫然と使っていたり見ているだけでは身につかないからです。
芭蕉布の良さは、芭蕉布を着てみないと本当の良さは解らない。
私も昨年、自分で芭蕉布を着てみて、それがよく分かりました。
本題にもどりますが、芸術の世界というのは基本的に『てっぺん丸取り』です。
トップに居る人が市場の美味しい所のほとんどを取ってしまいます。
ですから、一定の領域・ジャンルでトップに立つことが大事です。
それは、たとえば、久米島紬でトップになるとか、首里織でトップに立つという意味では必ずしもありません。
そのもっと細分化された、狭い領域でトップに立てば良いのです。
久米島のグズミでNo.1になるとか、手縞を織らせたらこの人に適う物は居ないとか、それでいいわけです。
そのためには、自己の存在領域=自分がどこで勝負するかを決めなければなりません。
この40歳くらいのころまでにそれをしなければなりません。
『なんでもあり』は『なんにもなし』なんです。
また、自分の制作や商いのスタイルも決めなければならない。
公募展を中心に制作を回していくのもいいでしょうし、1軒の問屋だけに決めて取引するのも一つのスタイルです。
また、自分で個展をして売るんだ!というのもいいでしょう。
宗旨替えというのが一番いけません。
厳しい様ですが、沖縄の人はこのあたりのモラルが非常に低いように想います。
商いというのは点で捉えてはいけません。線で繋がっているのです。
いくらお金の為とは言え、それまで支えてくれた問屋に不利益なことをしたり、商売敵に安く流したりするのは、商道徳に反します。
それで一時は楽になるかも知れませんが、最後はだれも支えてくれなくなります。
そういう歴史が復帰後、何度となく繰り返されてきているのです。
例えば久米島紬ですが、無形文化財指定された後、産地出し価格は高騰しました。
その時、すでにかなりの増産をしていましたから、問屋はかなりの在庫を未だに抱えているはずです。
しかし、景気がさらに後退し、市場価格が下がりだした。
この時、産地が価格を下げたらどうなりますか?
それだけでなく、品質も下げて同じ証紙を貼る。
以前に買った業者は高い価格の在庫を抱え、最悪の場合逆ざや=仕入れ値が市場価格を上回ることになります。
こうなったら、にっちもさっちもいきません。
後出しじゃんけんが得をすることになります。
沖縄はブームになりやすい。
だからこそ、商売のスタイルというのをきっちり決めておかねばならないのです。
自分の作品のポリシー、そして商売のスタイルをきちんともって貫いていく。
それをこの時期に決めておかねばなりません。
うちの場合は、あくまでも私の審美眼と価値観に沿った『ちょいちょい着てもらえる着物』を目指しています。茶道や舞踊などお稽古ごとをしていらっしゃる方や着物好きの方を対象にしています。
ですから、基本的に自分で着られない方にはお勧めしない事にしています。着ないと言う方にも無理強いしない。
私は私の好きな着物を造って、集めてご紹介していますので、まずはうちの着物のファンになって頂く事が第一義だと考えています。
決して万人向きではないと想いますし、万人に向く事を目指していません。
しかし、一方方向に流れがちな着物の趣向の中で、うちの作品を見て楽しい、元気が出る、明るくなると想ってもらえたら良いと想います。
そこから、価格帯や着物のジャンルも決まっていきます。
振袖や留袖もやらないわけではありませんし、実際お世話させて頂いておりますが、あくまでも、軸足は私の造った集めた作品に置いています。
良く着る方の為の品物ですから、生地や染色堅牢度には気を配りますし、着具合や、仕立て映えも考えます。
ポリシーとスタイルが決まらないと、そこからの絵図が描けないのです。
フォーマル中心のお店や、廉価品、超高級品をやっているお店はまた別のポリシーとスタイルがあるはずですし、そうあるべきです。
いけないのは、『なんでもあり』です。
確かに、いま需要が縮小する中で、狭い範囲にしぼってやるのは大変ですし、ご飯が食べられないかもしれません。
あくまで軸を決めておくことです。
『わたしらしさ』『うちらしさ』を軸に範囲を広げていけば良いと想います。
それが無くて、いま流行だからと扱うのはやっている方も面白く無いし、長続きしません。
つまり『自分の世界』を造る、わたしなら『もずやワールド』を造る事です。
私の場合、造る、仕入れる、売る、それぞれに私らしいスタイルがあると想いますし、品物にも『らしさ』を大切にしています。
それに適さない品物が入ってくると、なんかイヤなのです。結果的に売れない。
なんというか『売ったるわい!』という気力が湧いてこないのです。
『まぁ、これくらいが無難か』と想って仕入れたのは、無難なんだけどなかなか売れないことが多いのです。
逆に『これ好きやけど、難しいなぁ、売れるかなぁ』と作品の前で座り込んでしまうようなのは、不思議と売れるのです。
いかに、商売において『自分』というものが大切かということです。
マーケティングというのは消費者に対応していく術である様ですが、本当は自分が売りたい物を作って売るのが基本なんだと想います。
自分が良いと思わない物は誰も良いと想わないのです。
ですから、着物を売るという仕事は、自分の美意識を、自分の価値観に乗せて消費者に届けるということなのです。
その人の作品や商売のやり方を見ると、その人の内面が解るのもそういう事があるからなのです。
その考え方の軸をこの40代前半くらいにしっかりと持っておく、という事ですね。
世阿弥はこの時期までに『天下の許され』を得ていないとダメだと書いています。
天下の許されとは、将軍の愛顧の事です。
つまり、三十代半ばまでにトップに登っていなければあとの成長はおぼつかないということです。
商いの世界では20年くらいキャリアを積んだ40歳すぎた頃でしょうか。
もうベテランの域という感じになってきます。
呉服業界というのはイメージが先行する商売で、年配の女性が着物に詳しいと想われがちですが、実際はそうでもありません。
着物を永年着ているから着物に詳しいかと言えばそうでもない。
男性が何十年背広を着ていても、背広や毛織物に無知なのと同じです。
オシャレと言われる男性で着る物にもこだわりを持っている人手も毛織物に対する知識といえば、空っぽの事が多い。
洋服屋でも毛織の事は知らない人が多い。
なぜかというと、専門知識というのは、漫然と使っていたり見ているだけでは身につかないからです。
芭蕉布の良さは、芭蕉布を着てみないと本当の良さは解らない。
私も昨年、自分で芭蕉布を着てみて、それがよく分かりました。
本題にもどりますが、芸術の世界というのは基本的に『てっぺん丸取り』です。
トップに居る人が市場の美味しい所のほとんどを取ってしまいます。
ですから、一定の領域・ジャンルでトップに立つことが大事です。
それは、たとえば、久米島紬でトップになるとか、首里織でトップに立つという意味では必ずしもありません。
そのもっと細分化された、狭い領域でトップに立てば良いのです。
久米島のグズミでNo.1になるとか、手縞を織らせたらこの人に適う物は居ないとか、それでいいわけです。
そのためには、自己の存在領域=自分がどこで勝負するかを決めなければなりません。
この40歳くらいのころまでにそれをしなければなりません。
『なんでもあり』は『なんにもなし』なんです。
また、自分の制作や商いのスタイルも決めなければならない。
公募展を中心に制作を回していくのもいいでしょうし、1軒の問屋だけに決めて取引するのも一つのスタイルです。
また、自分で個展をして売るんだ!というのもいいでしょう。
宗旨替えというのが一番いけません。
厳しい様ですが、沖縄の人はこのあたりのモラルが非常に低いように想います。
商いというのは点で捉えてはいけません。線で繋がっているのです。
いくらお金の為とは言え、それまで支えてくれた問屋に不利益なことをしたり、商売敵に安く流したりするのは、商道徳に反します。
それで一時は楽になるかも知れませんが、最後はだれも支えてくれなくなります。
そういう歴史が復帰後、何度となく繰り返されてきているのです。
例えば久米島紬ですが、無形文化財指定された後、産地出し価格は高騰しました。
その時、すでにかなりの増産をしていましたから、問屋はかなりの在庫を未だに抱えているはずです。
しかし、景気がさらに後退し、市場価格が下がりだした。
この時、産地が価格を下げたらどうなりますか?
それだけでなく、品質も下げて同じ証紙を貼る。
以前に買った業者は高い価格の在庫を抱え、最悪の場合逆ざや=仕入れ値が市場価格を上回ることになります。
こうなったら、にっちもさっちもいきません。
後出しじゃんけんが得をすることになります。
沖縄はブームになりやすい。
だからこそ、商売のスタイルというのをきっちり決めておかねばならないのです。
自分の作品のポリシー、そして商売のスタイルをきちんともって貫いていく。
それをこの時期に決めておかねばなりません。
うちの場合は、あくまでも私の審美眼と価値観に沿った『ちょいちょい着てもらえる着物』を目指しています。茶道や舞踊などお稽古ごとをしていらっしゃる方や着物好きの方を対象にしています。
ですから、基本的に自分で着られない方にはお勧めしない事にしています。着ないと言う方にも無理強いしない。
私は私の好きな着物を造って、集めてご紹介していますので、まずはうちの着物のファンになって頂く事が第一義だと考えています。
決して万人向きではないと想いますし、万人に向く事を目指していません。
しかし、一方方向に流れがちな着物の趣向の中で、うちの作品を見て楽しい、元気が出る、明るくなると想ってもらえたら良いと想います。
そこから、価格帯や着物のジャンルも決まっていきます。
振袖や留袖もやらないわけではありませんし、実際お世話させて頂いておりますが、あくまでも、軸足は私の造った集めた作品に置いています。
良く着る方の為の品物ですから、生地や染色堅牢度には気を配りますし、着具合や、仕立て映えも考えます。
ポリシーとスタイルが決まらないと、そこからの絵図が描けないのです。
フォーマル中心のお店や、廉価品、超高級品をやっているお店はまた別のポリシーとスタイルがあるはずですし、そうあるべきです。
いけないのは、『なんでもあり』です。
確かに、いま需要が縮小する中で、狭い範囲にしぼってやるのは大変ですし、ご飯が食べられないかもしれません。
あくまで軸を決めておくことです。
『わたしらしさ』『うちらしさ』を軸に範囲を広げていけば良いと想います。
それが無くて、いま流行だからと扱うのはやっている方も面白く無いし、長続きしません。
つまり『自分の世界』を造る、わたしなら『もずやワールド』を造る事です。
私の場合、造る、仕入れる、売る、それぞれに私らしいスタイルがあると想いますし、品物にも『らしさ』を大切にしています。
それに適さない品物が入ってくると、なんかイヤなのです。結果的に売れない。
なんというか『売ったるわい!』という気力が湧いてこないのです。
『まぁ、これくらいが無難か』と想って仕入れたのは、無難なんだけどなかなか売れないことが多いのです。
逆に『これ好きやけど、難しいなぁ、売れるかなぁ』と作品の前で座り込んでしまうようなのは、不思議と売れるのです。
いかに、商売において『自分』というものが大切かということです。
マーケティングというのは消費者に対応していく術である様ですが、本当は自分が売りたい物を作って売るのが基本なんだと想います。
自分が良いと思わない物は誰も良いと想わないのです。
ですから、着物を売るという仕事は、自分の美意識を、自分の価値観に乗せて消費者に届けるということなのです。
その人の作品や商売のやり方を見ると、その人の内面が解るのもそういう事があるからなのです。
その考え方の軸をこの40代前半くらいにしっかりと持っておく、という事ですね。
Posted by 渡辺幻門 at
22:30
│Comments(0)
2012年02月03日
『沖縄染織 名巧展』 於 銀座着物ギャラリー泰三 3/1〜
また、今年も高橋泰三さんのギャラリーをお借りして展示会をやります。
毎回、とても楽しみにしている展示会です。
場所はここです。
銀座きものギャラリー泰三
http://www.taizou.jp/shop/
沖縄は1972年に本土復帰を果たし、今年で40周年になります。
というわけで、今回は『本土復帰40周年特別企画』となります。
県内各産地の超一流の作家さんの作品をあつめてご紹介しようと想っています。
(というか自慢する会です (^_^)v )
それと、もしかしたら、超お買い得な作品と出会えるかもしれません(^_^)
それと、間に合えばですが、今作成中の物も含めて、私のオリジナルの作品集もご紹介したいと想っています。
(ほんとはここが味噌。誰も真似の出来ないもずやワールドです)
もずや更紗、間に合えばいいけどなぁ・・・
会期は3月1日(木)〜6日(火)です。
開店時間は午前11時から午後6時まで。
三線の発表は、いま特訓しているので、今回はパスです(^^;)
ブログを読んでくださっている方の中には、口うるさい怖い大阪のオッサンと想っている方も多い様ですが、
たぶんそんな事はありません(^^;)
たまに、熱が入る余りに、声が大きく、調子も高くなってしまうだけです(^^;)
毎回、沖縄もずや会と同様、染織を志す方や、染織を研究されている方も来てくださいますが、大歓迎です。
ただ、商談が入るとちょっとお待たせすることになるかもしれませんので、ご了承ください。
じっくり話したい方は、6時以降は飲んだくれておりますので、その時間帯目指して来られると良いかと想います。
染織から工芸、民藝、芸術論、マーケティング論、沖縄よもやま話、等々幅広く、熱く語らせて頂きます(^o^)
ではでは、多数ご来店、心よりお待ち申し上げております <(_ _)>
毎回、とても楽しみにしている展示会です。
場所はここです。
銀座きものギャラリー泰三
http://www.taizou.jp/shop/
沖縄は1972年に本土復帰を果たし、今年で40周年になります。
というわけで、今回は『本土復帰40周年特別企画』となります。
県内各産地の超一流の作家さんの作品をあつめてご紹介しようと想っています。
(というか自慢する会です (^_^)v )
それと、もしかしたら、超お買い得な作品と出会えるかもしれません(^_^)
それと、間に合えばですが、今作成中の物も含めて、私のオリジナルの作品集もご紹介したいと想っています。
(ほんとはここが味噌。誰も真似の出来ないもずやワールドです)
もずや更紗、間に合えばいいけどなぁ・・・
会期は3月1日(木)〜6日(火)です。
開店時間は午前11時から午後6時まで。
三線の発表は、いま特訓しているので、今回はパスです(^^;)
ブログを読んでくださっている方の中には、口うるさい怖い大阪のオッサンと想っている方も多い様ですが、
たぶんそんな事はありません(^^;)
たまに、熱が入る余りに、声が大きく、調子も高くなってしまうだけです(^^;)
毎回、沖縄もずや会と同様、染織を志す方や、染織を研究されている方も来てくださいますが、大歓迎です。
ただ、商談が入るとちょっとお待たせすることになるかもしれませんので、ご了承ください。
じっくり話したい方は、6時以降は飲んだくれておりますので、その時間帯目指して来られると良いかと想います。
染織から工芸、民藝、芸術論、マーケティング論、沖縄よもやま話、等々幅広く、熱く語らせて頂きます(^o^)
ではでは、多数ご来店、心よりお待ち申し上げております <(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
22:52
│Comments(0)
2012年02月03日
『沖縄染織 名巧展』 於 銀座着物ギャラリー泰三 3/1〜
また、今年も高橋泰三さんのギャラリーをお借りして展示会をやります。
毎回、とても楽しみにしている展示会です。
場所はここです。
銀座きものギャラリー泰三
http://www.taizou.jp/shop/
沖縄は1972年に本土復帰を果たし、今年で40周年になります。
というわけで、今回は『本土復帰40周年特別企画』となります。
県内各産地の超一流の作家さんの作品をあつめてご紹介しようと想っています。
(というか自慢する会です (^_^)v )
それと、もしかしたら、超お買い得な作品と出会えるかもしれません(^_^)
それと、間に合えばですが、今作成中の物も含めて、私のオリジナルの作品集もご紹介したいと想っています。
(ほんとはここが味噌。誰も真似の出来ないもずやワールドです)
もずや更紗、間に合えばいいけどなぁ・・・
会期は3月1日(木)〜6日(火)です。
開店時間は午前11時から午後6時まで。
三線の発表は、いま特訓しているので、今回はパスです(^^;)
ブログを読んでくださっている方の中には、口うるさい怖い大阪のオッサンと想っている方も多い様ですが、
たぶんそんな事はありません(^^;)
たまに、熱が入る余りに、声が大きく、調子も高くなってしまうだけです(^^;)
毎回、沖縄もずや会と同様、染織を志す方や、染織を研究されている方も来てくださいますが、大歓迎です。
ただ、商談が入るとちょっとお待たせすることになるかもしれませんので、ご了承ください。
じっくり話したい方は、6時以降は飲んだくれておりますので、その時間帯目指して来られると良いかと想います。
染織から工芸、民藝、芸術論、マーケティング論、沖縄よもやま話、等々幅広く、熱く語らせて頂きます(^o^)
ではでは、多数ご来店、心よりお待ち申し上げております <(_ _)>
毎回、とても楽しみにしている展示会です。
場所はここです。
銀座きものギャラリー泰三
http://www.taizou.jp/shop/
沖縄は1972年に本土復帰を果たし、今年で40周年になります。
というわけで、今回は『本土復帰40周年特別企画』となります。
県内各産地の超一流の作家さんの作品をあつめてご紹介しようと想っています。
(というか自慢する会です (^_^)v )
それと、もしかしたら、超お買い得な作品と出会えるかもしれません(^_^)
それと、間に合えばですが、今作成中の物も含めて、私のオリジナルの作品集もご紹介したいと想っています。
(ほんとはここが味噌。誰も真似の出来ないもずやワールドです)
もずや更紗、間に合えばいいけどなぁ・・・
会期は3月1日(木)〜6日(火)です。
開店時間は午前11時から午後6時まで。
三線の発表は、いま特訓しているので、今回はパスです(^^;)
ブログを読んでくださっている方の中には、口うるさい怖い大阪のオッサンと想っている方も多い様ですが、
たぶんそんな事はありません(^^;)
たまに、熱が入る余りに、声が大きく、調子も高くなってしまうだけです(^^;)
毎回、沖縄もずや会と同様、染織を志す方や、染織を研究されている方も来てくださいますが、大歓迎です。
ただ、商談が入るとちょっとお待たせすることになるかもしれませんので、ご了承ください。
じっくり話したい方は、6時以降は飲んだくれておりますので、その時間帯目指して来られると良いかと想います。
染織から工芸、民藝、芸術論、マーケティング論、沖縄よもやま話、等々幅広く、熱く語らせて頂きます(^o^)
ではでは、多数ご来店、心よりお待ち申し上げております <(_ _)>
Posted by 渡辺幻門 at
22:52
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