オオサカジン

  | 羽曳野市

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年10月11日

琉球藍のはなし

先日のある機会に、やまあい工房の上山弘子さんに染めてもらった藍染の無地紬を着ていきました。

この着物は、上山さんに私から注文して、お願いしたものですが、初めは上手く行かなかったのです。

失敗しても良いから、と生地を提供した数反の中の一つです。

一回目の3反は全部失敗でした。

染ムラというよりも、『アタリ』が出てしまうのです。

その後、上山さんの必死の努力があって、琉球藍の色無地は完成しました。

2年以上かかったと記憶しています。

今回着たのは、その時の失敗反の内の1反です。

他の藍で試したことは無いのですが、琉球藍は深く(濃く)染めると、何とも言えない赤みが出るのです。

筆舌に尽くしがたいとはあのことで、反物から甘いにおいが立ち上がってくるような、そんな抱きしめたくなるような色なのです。

ところが、色止めをすると、その赤みが飛んでしまいます。

城間かつみさん(栄順さんの奥さん)は藍の名手として知られていますが、彼女に聞くと、やはりそうだとのこと。

城間さんの所では、色止めをして出荷するので、あの赤みが無いのですね。

もちろん、あれはあれで良い色なのですが、琉球藍のいわゆるクンジを表現する色としてはもったいない気もします。

だからといって、堅牢度を犠牲にして、出荷できない。城間さんの選択は妥当であると想います。

上山さんからもらった1反は、どの程度落ちるのかというテストも兼ねて色止めをしないで着用していました。

さすがに初めは、手首、足首、足袋、は青く染まり、単衣に仕立てたので暑い日に着ると、襦袢まで色が着きました。

白いカバーを掛けた椅子に座るのも憚られるほどで、ちょっとなぁ、と想っていたのです。

染め上がってから、3年、5〜6回着用したでしょうか。

そうすると、今回は、全く色落ちがありませんでした。

これは、着用によって、落ちるべき藍が落ちたせいなのか、経年によって藍が定着したせいなのかは解りません。

しかし、事実として、あの暖かい日に着て落ちなかった。

それも12時間以上着用していたのにも関わらず、です。

と言うことは、色落ちを承知で何度か着てもらえば、そのままの美しい琉球藍の色を楽しんでもらえる、という事です。

うちで新たに染め出ししてもらった三反は、私がすべて管理して、他の販売員には触らせず、私が自分の手で、事細かく

説明をして、ご紹介しています。もちろん、色落ちの件も含めてです。

藍だけでなくて、天然染料を使う時に、色が飛んでしまうとか脱色してしまうと言うのは問題ですが、いわゆる色移りに関しては

非常に判断の難しい所なのです。

そのままの色をとるか、色止めするか。

特に色止めをして、本来の色を失ってしまう事にもやはり抵抗があるのです。

また、色止めをしたところで、完璧にとまるものでもない。特に絹の場合はそうです。

着物にパールトーンやガード加工をするのも同じ悩みがありますね。

これは、結局のところ、消費者の方に判断してもらうしかないのではないかと想うのです。

芭蕉布でも、大変なシワになります。シワの出方が麻とはまたちがって、大胆な大らかなシワになる。

でも、シワにならないようにラミネート加工なんてしたら、芭蕉布本来の味わいは一切消えてしまいます。

だから、芭蕉布にガード加工しようなんて人は見たことが無いわけです。

何故、藍は色止めする事が半ば前提のようになっているのかといえば、落ちると言えば売れないと商人が思っているからでしょう。

そして、色移りをして、クレームになる事が怖いわけです。

もちろん、私だって怖いです。

でも、でもですよ、消費者の方に選択の余地を与えないというのもどうか、と想うのです。

きちんと説明して、『あ、色落ちしても本当の琉球藍の色を私は着たいです。』とおっしゃるお客様がいらっしゃるかも知れない。

この着物を着る時には専用の襦袢と足袋を用意して、帯と着物の間にさらしを巻けば良いのですから。

そして、今回の私の経験からすれば、何度か着れば落ちなくなります。

藍は、余分なモノが落ち、ほどよく生地に浸透して、一層つややかさを増します。

私の藍は美しいなんて言葉で言い尽くせるモノではないほど、キレイに光っています。

また、藍から移った色は決して他の物を染めているわけではなくて、粒子が付着しただけなので、キレイに取れます。

あんな美しい色・・・できたらそのまま味わってもらいたい、と想うのは、ワガママでしょうか。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:18Comments(0)

2011年10月11日

琉球藍のはなし

先日のある機会に、やまあい工房の上山弘子さんに染めてもらった藍染の無地紬を着ていきました。

この着物は、上山さんに私から注文して、お願いしたものですが、初めは上手く行かなかったのです。

失敗しても良いから、と生地を提供した数反の中の一つです。

一回目の3反は全部失敗でした。

染ムラというよりも、『アタリ』が出てしまうのです。

その後、上山さんの必死の努力があって、琉球藍の色無地は完成しました。

2年以上かかったと記憶しています。

今回着たのは、その時の失敗反の内の1反です。

他の藍で試したことは無いのですが、琉球藍は深く(濃く)染めると、何とも言えない赤みが出るのです。

筆舌に尽くしがたいとはあのことで、反物から甘いにおいが立ち上がってくるような、そんな抱きしめたくなるような色なのです。

ところが、色止めをすると、その赤みが飛んでしまいます。

城間かつみさん(栄順さんの奥さん)は藍の名手として知られていますが、彼女に聞くと、やはりそうだとのこと。

城間さんの所では、色止めをして出荷するので、あの赤みが無いのですね。

もちろん、あれはあれで良い色なのですが、琉球藍のいわゆるクンジを表現する色としてはもったいない気もします。

だからといって、堅牢度を犠牲にして、出荷できない。城間さんの選択は妥当であると想います。

上山さんからもらった1反は、どの程度落ちるのかというテストも兼ねて色止めをしないで着用していました。

さすがに初めは、手首、足首、足袋、は青く染まり、単衣に仕立てたので暑い日に着ると、襦袢まで色が着きました。

白いカバーを掛けた椅子に座るのも憚られるほどで、ちょっとなぁ、と想っていたのです。

染め上がってから、3年、5〜6回着用したでしょうか。

そうすると、今回は、全く色落ちがありませんでした。

これは、着用によって、落ちるべき藍が落ちたせいなのか、経年によって藍が定着したせいなのかは解りません。

しかし、事実として、あの暖かい日に着て落ちなかった。

それも12時間以上着用していたのにも関わらず、です。

と言うことは、色落ちを承知で何度か着てもらえば、そのままの美しい琉球藍の色を楽しんでもらえる、という事です。

うちで新たに染め出ししてもらった三反は、私がすべて管理して、他の販売員には触らせず、私が自分の手で、事細かく

説明をして、ご紹介しています。もちろん、色落ちの件も含めてです。

藍だけでなくて、天然染料を使う時に、色が飛んでしまうとか脱色してしまうと言うのは問題ですが、いわゆる色移りに関しては

非常に判断の難しい所なのです。

そのままの色をとるか、色止めするか。

特に色止めをして、本来の色を失ってしまう事にもやはり抵抗があるのです。

また、色止めをしたところで、完璧にとまるものでもない。特に絹の場合はそうです。

着物にパールトーンやガード加工をするのも同じ悩みがありますね。

これは、結局のところ、消費者の方に判断してもらうしかないのではないかと想うのです。

芭蕉布でも、大変なシワになります。シワの出方が麻とはまたちがって、大胆な大らかなシワになる。

でも、シワにならないようにラミネート加工なんてしたら、芭蕉布本来の味わいは一切消えてしまいます。

だから、芭蕉布にガード加工しようなんて人は見たことが無いわけです。

何故、藍は色止めする事が半ば前提のようになっているのかといえば、落ちると言えば売れないと商人が思っているからでしょう。

そして、色移りをして、クレームになる事が怖いわけです。

もちろん、私だって怖いです。

でも、でもですよ、消費者の方に選択の余地を与えないというのもどうか、と想うのです。

きちんと説明して、『あ、色落ちしても本当の琉球藍の色を私は着たいです。』とおっしゃるお客様がいらっしゃるかも知れない。

この着物を着る時には専用の襦袢と足袋を用意して、帯と着物の間にさらしを巻けば良いのですから。

そして、今回の私の経験からすれば、何度か着れば落ちなくなります。

藍は、余分なモノが落ち、ほどよく生地に浸透して、一層つややかさを増します。

私の藍は美しいなんて言葉で言い尽くせるモノではないほど、キレイに光っています。

また、藍から移った色は決して他の物を染めているわけではなくて、粒子が付着しただけなので、キレイに取れます。

あんな美しい色・・・できたらそのまま味わってもらいたい、と想うのは、ワガママでしょうか。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:18Comments(0)

2011年10月11日

もずやと学ぶ染織マーケティング<33回目>

10−2 企業の個性をつくり出す競争

ここでは、松下電器VSソニー、トヨタVSホンダ、シャープVSカシオと競争の具体例について書かれていますね。

競争といってもいろんな形があることがよく分かります。

真っ向勝負もあるし、模倣していく方法もある。また、他社は意に介せずと独自路線をひた走る競争の形もあるのかも知れません。

市場に対して、その製品が受け入れられるパイは一定だとすると、どうしても競争してそのパイを取り合う訳です。

より多くのパイ、美味しい所を取るためには、市場と競争相手をよく見て、経営判断をしなければならないわけです。

場合によっては、競争から降りるという判断もあるでしょう。

伝統染織に置き換えて考えて見ましょう。

いま、市場はどういう状況ですか?

あなたた作っている作品群の競争相手は何で、どんな動きをしていますか?

市場も競争相手も、見る人によって様々な判断があると想います。ですから出す結論も違うでしょう。

世界同時株安が進行中で、ギリシャのデフォルト(債務不履行)が懸念され、もしかしたら、EUが破綻するかもしれない。

EUだけでなくて、アメリカも失業率が9.7%でしたっけ、そんな状態で、ニューヨークを始め各地で若者による暴動が起きてます。

何で暴動起こすのか?といえば、若者に仕事がないからです。それと金融至上主義によって、産業が空洞化し、一部の金融やITに関わる

人達だけが大もうけをして、単純労働をする職場がなくなった。

まぁ、難しいことはおいといて、とにかく、世界はえらいことになっているわけです。

そのうえ、日本政府はあろうことか、増税をしようとしている。

その動きを見て、お金持ちは財布のヒモを引き締め始めました。

こんな事書いて、着物買ってもらえなくなったら困るんですが (^^;)

とにかく、日本経済はとても心配な状態ですし、そうなれば、消費は当然、縮小します。

一方、着物市場に眼をフォーカスしてみると、不良在庫がつもりにつもっています。

商品によっては、産地から全く品物が出て行かないほど、にっちもさっちも行かない状態です。

また、縮小した市場になんとか押し込もうと、廉価な粗悪品をつくり出した産地・メーカーもあります。

その上、昔は無かったリサイクル市場が横でグルグル回っている。

着物を着る人が増えた様に見えても、それほど着物の生産に反映しないのは、このリサイクル市場の存在が影響しています。

ところが、このリサイクルというのは、GDPに計上されない。

つまり、新たな付加価値を生んでいないという事です。

リサイクルは着物だけじゃなくて、ほかの商品でもたくさん出てきています。

これらはすべて付加価値を生まない市場です。

ということは、おおまかにいうと国富に反映しないということです。

また、税金が上がって、工場が海外に出て行けば、アメリカと同じように仕事がなくなるだけでなく、たとえ本社が国内にあっても、

外国で作られ、売られた物は日本のGDPに計上されません。スーパーがいくら大きな売上をしても、海外に出した店の売り上げは、

GDPには入らないのですね。

つまり、日本経済の相対的地位はどんどん低下するということになります。

そうなれば、市場の縮小が心配なわけで、これはどんどん進みそうな感じです。

反面、1929年にはじまった世界大恐慌の時、どの様な状態だったのかといえば、日本では3割の企業が倒産しています。

逆に言えば、7割は大丈夫だったわけですね。

恐慌というのは、信用縮小という事ですから、お金が回らなくなるわけです。

銀行に取り付け騒ぎが起こるとか、持って居る株式や債券に値打ちが下がって、売ろうにも売れない。

そんな時は、お米もお金で買えなくなるわけです。

つまり、モノの値打ちが上がって、お金の値打ちが下がる。

デフレの状態というのは、お金の値打ちが上がって、モノの値打ちが下がるから、

去年は1000円だったものが今年は900円になる、つまりモノの値打ちが100円分減るという事になっているわけです。


幸い、日本は政府が借金していると行っても国民から借りているわけですし、円高を見ても解るように

国の信用は万全です。怖いのはEU,米国、新興諸国からのとばっちりです。

グローバル経済の世の中ではとばっちりといういい方も不適当かも知れません。

前置きが大変長くなりましたが、そんな市場環境の下でどのような対策を打てばいいのか。

不況というのは、そんなものはもう長く続いているのですが、気分が乗らない状態の事を言うのです。

個人消費や投資に勢いが付かない。

日本の円は高いし、円高でモノは安く入ってきますから、日本人は貯蓄に走ります。

官僚は、この貯蓄を吐き出させようと、増税を考えているのかもしれません。

特に、70%近い国内資産を握っていると言われている高齢者から、お金を引き出そうとしているのでしょう。

その見方が正しいとすれば、今回の増税は富裕層を直撃します。

富裕層から税金をとって、低所得者にばらまいても、全体の消費はあがっても、高額品を買う消費者はすぐには増えません。

頼みの綱は、震災の復興需要でしたが、それもまったくアテ外れです。

そんなこんなで、考えれば考えるほど、悲観的になるわけですが、生き残りの為の施策はあると想います。

一つは、徹底した実需狙い。

極端に言えば、バイオーダーです。

使ってもらう人、用途を特定して、確実にヒットさせる。

二つは、徹底した差別化と高付加価値化。

ヘドロにように山積みになった商品市場の中でも、ひときわ輝く商品であれば、必ず売れます。

粗悪品とリサイクルで着物の価格は裾野が無限大に広くなってしまいました。

そんな中に、さらに安物をぶち込んでも、競争に負けて売れ残りを増やすだけです。

いま、新しい事にチャレンジするのは良い事ですが、中途半端なモノを市場に送り込んでも、ダメです。

実践は、得意分野で勝負を賭けることです。

新しいことは、次のステップのための準備として取り組めばいい。

つまりは『選択と集中』をして、資源(モノ、お金、体力)を無駄遣いしないことです。

普通に考えたら、このまま行ったら、世界経済も、日本経済もえらいことになります。

もしかしたら、経済だけの問題ですまなくなるかも知れません。

特に若い人は、仕事を続けていく事に最大限の執着をもってもらいたいです。

しばらく、苦難の道は続きますが、乗り越えたときには、必ず皆さんの力が必要になります。

ベテランの方々は、若い人に仕事を引き継げるように環境を作ってあげてください。

見通しは厳しいですが、これは経済というか資本主義の台風の様なモノです。

定期的に必ず来るのですが、被害は残しても、必ずどこかに去っていくのです。

そして、去った後には、台風一過、爽快な晴天が広がるはずです。

  
Posted by 渡辺幻門 at 22:32Comments(0)染織マーケティング

2011年10月11日

もずやと学ぶ染織マーケティング<33回目>

10−2 企業の個性をつくり出す競争

ここでは、松下電器VSソニー、トヨタVSホンダ、シャープVSカシオと競争の具体例について書かれていますね。

競争といってもいろんな形があることがよく分かります。

真っ向勝負もあるし、模倣していく方法もある。また、他社は意に介せずと独自路線をひた走る競争の形もあるのかも知れません。

市場に対して、その製品が受け入れられるパイは一定だとすると、どうしても競争してそのパイを取り合う訳です。

より多くのパイ、美味しい所を取るためには、市場と競争相手をよく見て、経営判断をしなければならないわけです。

場合によっては、競争から降りるという判断もあるでしょう。

伝統染織に置き換えて考えて見ましょう。

いま、市場はどういう状況ですか?

あなたた作っている作品群の競争相手は何で、どんな動きをしていますか?

市場も競争相手も、見る人によって様々な判断があると想います。ですから出す結論も違うでしょう。

世界同時株安が進行中で、ギリシャのデフォルト(債務不履行)が懸念され、もしかしたら、EUが破綻するかもしれない。

EUだけでなくて、アメリカも失業率が9.7%でしたっけ、そんな状態で、ニューヨークを始め各地で若者による暴動が起きてます。

何で暴動起こすのか?といえば、若者に仕事がないからです。それと金融至上主義によって、産業が空洞化し、一部の金融やITに関わる

人達だけが大もうけをして、単純労働をする職場がなくなった。

まぁ、難しいことはおいといて、とにかく、世界はえらいことになっているわけです。

そのうえ、日本政府はあろうことか、増税をしようとしている。

その動きを見て、お金持ちは財布のヒモを引き締め始めました。

こんな事書いて、着物買ってもらえなくなったら困るんですが (^^;)

とにかく、日本経済はとても心配な状態ですし、そうなれば、消費は当然、縮小します。

一方、着物市場に眼をフォーカスしてみると、不良在庫がつもりにつもっています。

商品によっては、産地から全く品物が出て行かないほど、にっちもさっちも行かない状態です。

また、縮小した市場になんとか押し込もうと、廉価な粗悪品をつくり出した産地・メーカーもあります。

その上、昔は無かったリサイクル市場が横でグルグル回っている。

着物を着る人が増えた様に見えても、それほど着物の生産に反映しないのは、このリサイクル市場の存在が影響しています。

ところが、このリサイクルというのは、GDPに計上されない。

つまり、新たな付加価値を生んでいないという事です。

リサイクルは着物だけじゃなくて、ほかの商品でもたくさん出てきています。

これらはすべて付加価値を生まない市場です。

ということは、おおまかにいうと国富に反映しないということです。

また、税金が上がって、工場が海外に出て行けば、アメリカと同じように仕事がなくなるだけでなく、たとえ本社が国内にあっても、

外国で作られ、売られた物は日本のGDPに計上されません。スーパーがいくら大きな売上をしても、海外に出した店の売り上げは、

GDPには入らないのですね。

つまり、日本経済の相対的地位はどんどん低下するということになります。

そうなれば、市場の縮小が心配なわけで、これはどんどん進みそうな感じです。

反面、1929年にはじまった世界大恐慌の時、どの様な状態だったのかといえば、日本では3割の企業が倒産しています。

逆に言えば、7割は大丈夫だったわけですね。

恐慌というのは、信用縮小という事ですから、お金が回らなくなるわけです。

銀行に取り付け騒ぎが起こるとか、持って居る株式や債券に値打ちが下がって、売ろうにも売れない。

そんな時は、お米もお金で買えなくなるわけです。

つまり、モノの値打ちが上がって、お金の値打ちが下がる。

デフレの状態というのは、お金の値打ちが上がって、モノの値打ちが下がるから、

去年は1000円だったものが今年は900円になる、つまりモノの値打ちが100円分減るという事になっているわけです。


幸い、日本は政府が借金していると行っても国民から借りているわけですし、円高を見ても解るように

国の信用は万全です。怖いのはEU,米国、新興諸国からのとばっちりです。

グローバル経済の世の中ではとばっちりといういい方も不適当かも知れません。

前置きが大変長くなりましたが、そんな市場環境の下でどのような対策を打てばいいのか。

不況というのは、そんなものはもう長く続いているのですが、気分が乗らない状態の事を言うのです。

個人消費や投資に勢いが付かない。

日本の円は高いし、円高でモノは安く入ってきますから、日本人は貯蓄に走ります。

官僚は、この貯蓄を吐き出させようと、増税を考えているのかもしれません。

特に、70%近い国内資産を握っていると言われている高齢者から、お金を引き出そうとしているのでしょう。

その見方が正しいとすれば、今回の増税は富裕層を直撃します。

富裕層から税金をとって、低所得者にばらまいても、全体の消費はあがっても、高額品を買う消費者はすぐには増えません。

頼みの綱は、震災の復興需要でしたが、それもまったくアテ外れです。

そんなこんなで、考えれば考えるほど、悲観的になるわけですが、生き残りの為の施策はあると想います。

一つは、徹底した実需狙い。

極端に言えば、バイオーダーです。

使ってもらう人、用途を特定して、確実にヒットさせる。

二つは、徹底した差別化と高付加価値化。

ヘドロにように山積みになった商品市場の中でも、ひときわ輝く商品であれば、必ず売れます。

粗悪品とリサイクルで着物の価格は裾野が無限大に広くなってしまいました。

そんな中に、さらに安物をぶち込んでも、競争に負けて売れ残りを増やすだけです。

いま、新しい事にチャレンジするのは良い事ですが、中途半端なモノを市場に送り込んでも、ダメです。

実践は、得意分野で勝負を賭けることです。

新しいことは、次のステップのための準備として取り組めばいい。

つまりは『選択と集中』をして、資源(モノ、お金、体力)を無駄遣いしないことです。

普通に考えたら、このまま行ったら、世界経済も、日本経済もえらいことになります。

もしかしたら、経済だけの問題ですまなくなるかも知れません。

特に若い人は、仕事を続けていく事に最大限の執着をもってもらいたいです。

しばらく、苦難の道は続きますが、乗り越えたときには、必ず皆さんの力が必要になります。

ベテランの方々は、若い人に仕事を引き継げるように環境を作ってあげてください。

見通しは厳しいですが、これは経済というか資本主義の台風の様なモノです。

定期的に必ず来るのですが、被害は残しても、必ずどこかに去っていくのです。

そして、去った後には、台風一過、爽快な晴天が広がるはずです。

  
Posted by 渡辺幻門 at 22:32Comments(0)

2011年10月02日

もずやと学ぶ染織マーケティング<32回目>

第10章 プロセスとしての競争

10−1 新機軸を生み出す競争


一週間は早いですね。 って、先週の日曜日にサボっただけでしたね。

基本的には毎週水曜日のアップです。

なぜ水曜日かというと、恩師の村田昭治先生の本ゼミが水曜日に123号教室で行われていたからです。

歳のせいか、思い出話がおおくなってすんまへん(^^;)

さて、本題にうつりましょう。


ここでの重要な所をあげておきますね。

<市場の機能>
?組織とは違い、新しい試みがなされやすい
?競争の当事者から、熱心さと努力を引き出す事が出来る
?相手に勝ちたいという気持ちを持続させる、ゲーム的な要素がある。

<競争とは>
○ハイエクは人々が限定的で局所的な知識を用いながら、よりよいものを発見し、検証していく試行錯誤のプロセスに競争の本質があると考えた。
○競争とは、特定の時や場合に応じてつくり出された特殊な情報や、特殊なやり方の中から、社会全体にメリットをもたらすものを発見し、普及させていくプロセスだという事になる。

秀吉の墨俣城の例を引くまでもなく、競争というのは事を美味く運ぶために非常に有用です。

<市場の機能>でもあるように、競争によって意欲が高められるからです。

勉強でもスポーツでもライバルが居た方が、成績があがるし、勉強するも実際楽です。

モチベーションが自然に保てるからです。

坂田三吉が関根金二郎に会っていなかったら、王将と言われるまでにならなかったかも知れません。

王貞治は長島がいたから、世界記録を達成できたというのもあるでしょう。

いまは教育でも競争をさせない、競争意欲を湧かせないようにしているらしいですが、

それじゃ、子供がかわいそうですね。

ライバルとデッドヒートを繰り広げたり、手練手管で心理戦で引っかけたりして、テストで勝つというのも

勉強しながらの楽しみです。競争というのはビタミンのようなもんですね。

私が若い頃は、営業で一番になろうと、必死で頑張ったし、そこそこ経験を積んだら今度は、誰にも負けないくらい

沖縄に関する知識を持とうと勉強しました。

名前は出せないけれども、そこには明確な仮想敵がありましたし、いつもなんでも一番を目指すというのが私のモットーです。

でも、世の中には名前だけ一番が取れたら、中味はいいや、という人もいるようです。

現実に、大した作品も作れないのに、仰々しい肩書きの作り手がいます。

これは、国や県や業者の都合なのでしょうが、これではかえって、目標がぼやけてしまいますね。

作り手のみなさんも、ライバルや仮想敵を持つことが、仕事に意欲を湧かせ、楽しく仕事をするよい刺激になる事だろうと想います。

沖縄の場合は、どうも、右と言えばみんな右、左と言えばみんな左、という具合に群れを成して行動する傾向が強いように見えます。

でも、着物のマーケットというのは現実にはそんな極端な動きはしていないし、地域差もかなり多くて千差万別です。

作り手のみなさんも、そんなに器用に作風を変えられないでしょう。

『もずやさん、どんなのをつくったらいいですか?』と良く聞かれますが、

教えてあげたとして、その通りに作れるのですか?と言いたいのです。

経験上、作れないはずです。作風を全く変えて、私の気に入る作品を作った人は一人もいません。

そもそも、横綱・曙でも、K-1に入ったら、いちころでやられるのです。

人間それぞれ、持ち味や特性というものがある。

競争というのは、その個性を戦わせると言うことであるわけです。

工芸品というのはその価値が定量化できない。

数字で表すことが出来るのは価格だけです。

勝ち負けの基準を決めないと、ゲームも面白く無いですよね。

その基準は二つあって良いと想います。

一つは

値段X販売数量=総売上で決める。

もちろん、総売上の多い方が勝ち。

もう一つは、

自分の心の中で判断する。

たとえば、公募展などで、『あ、私の勝ち』というのは解ると想います。

それは、自分らしい作品かどうか、あるいは、前を通る観客が何人、何秒立ち止まったか、それで解るはずです。

私がぞっこん惚れた作品は、展示しているだけで、長い人は数十分、作品の前で立ち止まって動かなくなります。

技と感性を競うというのは、殺伐とした戦いではなくて、とても楽しいものです。

競争が苦しいなんて言う人は競争したことのない人です。

競争は実は非常に楽しい。

私はいま、茶道と、謡曲・仕舞のお稽古をしていますが、両方とも内心、無謀な目標を立てています。

だって、そうしたほうが楽しいし、お稽古にも励みがでるんですよ。

じゃ、仕事の方は? と言うことですが、

作品の質や内容は日本一との自信がありますが、やっぱり、もっと販路を広げて多くの人に見てもらいたい、身につけてもらいたいですね。

たくさん作ると、必ず内容が悪くなるので、そんなにたくさん売りたいとは想いません。

作り手の方々の個性と、消費者のみなさんの要望をもっと的確に把握して、言葉を発せずしてお求め頂ける作品を作り上げたい、と想いますね。

そうですね・・・ライバルはだれでしょうか?

同世代の同じ立場の中にライバルと思える人が居ないというのもつらいですね。

目標はもちろん、・・・銀座泰三先輩ですがね <(_ _)>
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:15Comments(0)日本の伝統織物

2011年10月02日

もずやと学ぶ染織マーケティング<32回目>

第10章 プロセスとしての競争

10−1 新機軸を生み出す競争


一週間は早いですね。 って、先週の日曜日にサボっただけでしたね。

基本的には毎週水曜日のアップです。

なぜ水曜日かというと、恩師の村田昭治先生の本ゼミが水曜日に123号教室で行われていたからです。

歳のせいか、思い出話がおおくなってすんまへん(^^;)

さて、本題にうつりましょう。


ここでの重要な所をあげておきますね。

<市場の機能>
?組織とは違い、新しい試みがなされやすい
?競争の当事者から、熱心さと努力を引き出す事が出来る
?相手に勝ちたいという気持ちを持続させる、ゲーム的な要素がある。

<競争とは>
○ハイエクは人々が限定的で局所的な知識を用いながら、よりよいものを発見し、検証していく試行錯誤のプロセスに競争の本質があると考えた。
○競争とは、特定の時や場合に応じてつくり出された特殊な情報や、特殊なやり方の中から、社会全体にメリットをもたらすものを発見し、普及させていくプロセスだという事になる。

秀吉の墨俣城の例を引くまでもなく、競争というのは事を美味く運ぶために非常に有用です。

<市場の機能>でもあるように、競争によって意欲が高められるからです。

勉強でもスポーツでもライバルが居た方が、成績があがるし、勉強するも実際楽です。

モチベーションが自然に保てるからです。

坂田三吉が関根金二郎に会っていなかったら、王将と言われるまでにならなかったかも知れません。

王貞治は長島がいたから、世界記録を達成できたというのもあるでしょう。

いまは教育でも競争をさせない、競争意欲を湧かせないようにしているらしいですが、

それじゃ、子供がかわいそうですね。

ライバルとデッドヒートを繰り広げたり、手練手管で心理戦で引っかけたりして、テストで勝つというのも

勉強しながらの楽しみです。競争というのはビタミンのようなもんですね。

私が若い頃は、営業で一番になろうと、必死で頑張ったし、そこそこ経験を積んだら今度は、誰にも負けないくらい

沖縄に関する知識を持とうと勉強しました。

名前は出せないけれども、そこには明確な仮想敵がありましたし、いつもなんでも一番を目指すというのが私のモットーです。

でも、世の中には名前だけ一番が取れたら、中味はいいや、という人もいるようです。

現実に、大した作品も作れないのに、仰々しい肩書きの作り手がいます。

これは、国や県や業者の都合なのでしょうが、これではかえって、目標がぼやけてしまいますね。

作り手のみなさんも、ライバルや仮想敵を持つことが、仕事に意欲を湧かせ、楽しく仕事をするよい刺激になる事だろうと想います。

沖縄の場合は、どうも、右と言えばみんな右、左と言えばみんな左、という具合に群れを成して行動する傾向が強いように見えます。

でも、着物のマーケットというのは現実にはそんな極端な動きはしていないし、地域差もかなり多くて千差万別です。

作り手のみなさんも、そんなに器用に作風を変えられないでしょう。

『もずやさん、どんなのをつくったらいいですか?』と良く聞かれますが、

教えてあげたとして、その通りに作れるのですか?と言いたいのです。

経験上、作れないはずです。作風を全く変えて、私の気に入る作品を作った人は一人もいません。

そもそも、横綱・曙でも、K-1に入ったら、いちころでやられるのです。

人間それぞれ、持ち味や特性というものがある。

競争というのは、その個性を戦わせると言うことであるわけです。

工芸品というのはその価値が定量化できない。

数字で表すことが出来るのは価格だけです。

勝ち負けの基準を決めないと、ゲームも面白く無いですよね。

その基準は二つあって良いと想います。

一つは

値段X販売数量=総売上で決める。

もちろん、総売上の多い方が勝ち。

もう一つは、

自分の心の中で判断する。

たとえば、公募展などで、『あ、私の勝ち』というのは解ると想います。

それは、自分らしい作品かどうか、あるいは、前を通る観客が何人、何秒立ち止まったか、それで解るはずです。

私がぞっこん惚れた作品は、展示しているだけで、長い人は数十分、作品の前で立ち止まって動かなくなります。

技と感性を競うというのは、殺伐とした戦いではなくて、とても楽しいものです。

競争が苦しいなんて言う人は競争したことのない人です。

競争は実は非常に楽しい。

私はいま、茶道と、謡曲・仕舞のお稽古をしていますが、両方とも内心、無謀な目標を立てています。

だって、そうしたほうが楽しいし、お稽古にも励みがでるんですよ。

じゃ、仕事の方は? と言うことですが、

作品の質や内容は日本一との自信がありますが、やっぱり、もっと販路を広げて多くの人に見てもらいたい、身につけてもらいたいですね。

たくさん作ると、必ず内容が悪くなるので、そんなにたくさん売りたいとは想いません。

作り手の方々の個性と、消費者のみなさんの要望をもっと的確に把握して、言葉を発せずしてお求め頂ける作品を作り上げたい、と想いますね。

そうですね・・・ライバルはだれでしょうか?

同世代の同じ立場の中にライバルと思える人が居ないというのもつらいですね。

目標はもちろん、・・・銀座泰三先輩ですがね <(_ _)>
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:15Comments(0)

2011年10月01日

720153

720153・・・

何の数字やろ?と想われると想います。

私が二十数年前、鐘紡に入社して、大垣工場に配属されて初めての仕事がこの720153という品番の反物を

工場内から探し出す事でした。

モノは、黒のサキソニーだったと想います。

係長から、見本を渡されて、広い工場内を探し回ります。

黒というのは初めから黒に染められるものもありますが、『黒落とし』と言って染ムラや色抜けが出来て不合格になったものを

黒に染めて正反として出荷するのもあるんです。

だから、黒が工場内にはたくさんあります。

内地向けの紳士物もたくさん受注していましたから、あっちこっちに黒があるわけです。

なぜ、こんな具合に反物が迷子になるかというと、毛織物の製造工程に原因があります。

この720153という生地の場合、いわゆる後染めですから、生機(きばた)という織上がったままの反物を

外仕上=下場(したば)という工程に通して染色の準備をするわけです。

工程としては、洗絨、煮絨、縮絨などです。

生機が外仕上を通って、加工がされて初めて、染色に回ります。

染められた反物は中間検査で、染ムラ、色抜けなどの検査がされます。ここで問題があった反物は

前工程に戻されます。まず、ここで集団から離れて迷子になります。一反だけロットから離れてしまうと、

同じ工程にかかる反物が来るまで、その反物は後回しにされます。

また、紳士物と婦人物は反物の幅も違うので、幅が同じ物が来ないと、これもまた後回しにされます。

当時、すでにミルド物の生産は少なかったので、余計に放置される事が多くなるわけです。

中間検査を通ると、中間補修という工程に入ります。

補修は、すべて外注です。工場から外注の補修屋に出される。

ここでも迷子になる可能性があります。

中間補修というのは、繊維の間に挟まった夾雑物や生地難を補修するのですが、

当然の事ながら、補修が多いと時間がかかります。

最終の一反が揃ってから、加工に流さないとおいてけぼりになった分は迷子になる可能性が高くなります。

ですから、私のような進行係の大きな仕事は、ロットごとに揃えて加工工程を進めるという事でした。

中間補修が終わると、こんどは中仕上げです。

蒸絨、ハリ、ケイセン、プレス、等々です。

これが終わると、見直し補修にもう一度出て、下検査。

本検査に入る前に、下見をするのです。

私も結構、残業でやりました。

そしてようやく、本検査。

私は輸出だったのでJWIF(日本毛織物輸出機構)の検査を受けるのです。

ここではねられると、また外仕上げ行きです。

そして、染色以外の工程を通って、また検査に入るのです。

当然、1反、2反という少量が戻しになるので、追っかけるのが大変なんです。

輸出の場合は、約定通り、ロットを完了しなければ船積み出来ないので、

納期間近になると、進行係は必死で追っかけるのです。

完了させないと、約定そのものがキャンセルになるからです。

そんなことですから、この720153の最後の一反を血眼になって探し回っていたわけです。

入社したばかりでモノが見分けられず、泣きそうになりながら、工場じゅうを探し回っていたのですが、

そんな話を日誌に書いたら、当時の工場長が担当課長を叱り飛ばして、720153は迷宮入りとなったのでした。


なぜ、こんな話を書いたかというと、いまの私達の業界を立て直す糸口は、まさに720153を探すようなもんだな、

と想ったからです。

でも、あの黒のサキソニーは今でも必ずどこかにあるはずで、消滅したわけでは無いのです。

幅や160?、長さが90メートルもある反物が無くなるはずがない。

その後、経験を積んで、反物探しは得意中の得意になりました。

違いが見えてきて、流れが読めるようになれば、捜し物は見つかるのです。

あると想えば見えてくる。無いと想うから見えないのです。

品物やサービスというのは、需要があれば必ずそこに供給が発生する。

そこの道理を解析して把握できれば、かならず、新しい道は見えてくるはずです。





  
Posted by 渡辺幻門 at 22:16Comments(0)

2011年10月01日

720153

720153・・・

何の数字やろ?と想われると想います。

私が二十数年前、鐘紡に入社して、大垣工場に配属されて初めての仕事がこの720153という品番の反物を

工場内から探し出す事でした。

モノは、黒のサキソニーだったと想います。

係長から、見本を渡されて、広い工場内を探し回ります。

黒というのは初めから黒に染められるものもありますが、『黒落とし』と言って染ムラや色抜けが出来て不合格になったものを

黒に染めて正反として出荷するのもあるんです。

だから、黒が工場内にはたくさんあります。

内地向けの紳士物もたくさん受注していましたから、あっちこっちに黒があるわけです。

なぜ、こんな具合に反物が迷子になるかというと、毛織物の製造工程に原因があります。

この720153という生地の場合、いわゆる後染めですから、生機(きばた)という織上がったままの反物を

外仕上=下場(したば)という工程に通して染色の準備をするわけです。

工程としては、洗絨、煮絨、縮絨などです。

生機が外仕上を通って、加工がされて初めて、染色に回ります。

染められた反物は中間検査で、染ムラ、色抜けなどの検査がされます。ここで問題があった反物は

前工程に戻されます。まず、ここで集団から離れて迷子になります。一反だけロットから離れてしまうと、

同じ工程にかかる反物が来るまで、その反物は後回しにされます。

また、紳士物と婦人物は反物の幅も違うので、幅が同じ物が来ないと、これもまた後回しにされます。

当時、すでにミルド物の生産は少なかったので、余計に放置される事が多くなるわけです。

中間検査を通ると、中間補修という工程に入ります。

補修は、すべて外注です。工場から外注の補修屋に出される。

ここでも迷子になる可能性があります。

中間補修というのは、繊維の間に挟まった夾雑物や生地難を補修するのですが、

当然の事ながら、補修が多いと時間がかかります。

最終の一反が揃ってから、加工に流さないとおいてけぼりになった分は迷子になる可能性が高くなります。

ですから、私のような進行係の大きな仕事は、ロットごとに揃えて加工工程を進めるという事でした。

中間補修が終わると、こんどは中仕上げです。

蒸絨、ハリ、ケイセン、プレス、等々です。

これが終わると、見直し補修にもう一度出て、下検査。

本検査に入る前に、下見をするのです。

私も結構、残業でやりました。

そしてようやく、本検査。

私は輸出だったのでJWIF(日本毛織物輸出機構)の検査を受けるのです。

ここではねられると、また外仕上げ行きです。

そして、染色以外の工程を通って、また検査に入るのです。

当然、1反、2反という少量が戻しになるので、追っかけるのが大変なんです。

輸出の場合は、約定通り、ロットを完了しなければ船積み出来ないので、

納期間近になると、進行係は必死で追っかけるのです。

完了させないと、約定そのものがキャンセルになるからです。

そんなことですから、この720153の最後の一反を血眼になって探し回っていたわけです。

入社したばかりでモノが見分けられず、泣きそうになりながら、工場じゅうを探し回っていたのですが、

そんな話を日誌に書いたら、当時の工場長が担当課長を叱り飛ばして、720153は迷宮入りとなったのでした。


なぜ、こんな話を書いたかというと、いまの私達の業界を立て直す糸口は、まさに720153を探すようなもんだな、

と想ったからです。

でも、あの黒のサキソニーは今でも必ずどこかにあるはずで、消滅したわけでは無いのです。

幅や160?、長さが90メートルもある反物が無くなるはずがない。

その後、経験を積んで、反物探しは得意中の得意になりました。

違いが見えてきて、流れが読めるようになれば、捜し物は見つかるのです。

あると想えば見えてくる。無いと想うから見えないのです。

品物やサービスというのは、需要があれば必ずそこに供給が発生する。

そこの道理を解析して把握できれば、かならず、新しい道は見えてくるはずです。





  
Posted by 渡辺幻門 at 22:16Comments(0)