2011年03月21日
[織物総評]若い世代 力作目立つ 【第63回沖展】
今回、一般応募作は昨年より8点増えて29点だった。審査では、作品1点ごとに作品名と技法、素材、染料等のデータの報告を受けながら慎重に討議を行い、入選、選外を決定した。
その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。
全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。
もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。
気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。
準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。
「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。
会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)
今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。
真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。
花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、
みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する
ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。
ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する
ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品
ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。
もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。
デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。
染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。
全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。
もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。
気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。
準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。
「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。
会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)
今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。
真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。
花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、
みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する
ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。
ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する
ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品
ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。
もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。
デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。
染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
Posted by 渡辺幻門 at
20:39
│Comments(0)
2011年03月21日
[織物総評]若い世代 力作目立つ 【第63回沖展】
今回、一般応募作は昨年より8点増えて29点だった。審査では、作品1点ごとに作品名と技法、素材、染料等のデータの報告を受けながら慎重に討議を行い、入選、選外を決定した。
その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。
全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。
もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。
気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。
準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。
「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。
会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)
今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。
真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。
花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、
みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する
ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。
ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する
ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品
ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。
もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。
デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。
染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。
全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。
もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。
気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。
準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。
「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。
会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)
今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。
真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。
花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、
みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する
ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。
ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する
ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品
ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。
もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。
デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。
染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
Posted by 渡辺幻門 at
20:39
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2011年03月21日
[染色総評]喜ばしい20・30代受賞 【第63回沖展】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-03-11_15299/
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。
今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。
それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。
そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)
は?
それだけ?
>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
果たしてそうだろうか?
解っているのにウソつくんじゃないよ。
中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。
私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。
そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?
若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。
私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。
それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。
何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。
それは目新しさでしかないのではないだろうか。
もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。
前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。
琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?
伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。
伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。
今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。
もちろん、作品とこの総評に対してだ。
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。
今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。
それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。
そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)
は?
それだけ?
>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
果たしてそうだろうか?
解っているのにウソつくんじゃないよ。
中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。
私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。
そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?
若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。
私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。
それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。
何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。
それは目新しさでしかないのではないだろうか。
もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。
前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。
琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?
伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。
伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。
今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。
もちろん、作品とこの総評に対してだ。
Posted by 渡辺幻門 at
20:21
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2011年03月21日
[染色総評]喜ばしい20・30代受賞 【第63回沖展】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-03-11_15299/
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。
今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。
それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。
そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)
は?
それだけ?
>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
果たしてそうだろうか?
解っているのにウソつくんじゃないよ。
中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。
私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。
そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?
若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。
私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。
それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。
何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。
それは目新しさでしかないのではないだろうか。
もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。
前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。
琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?
伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。
伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。
今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。
もちろん、作品とこの総評に対してだ。
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。
今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。
それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。
そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)
は?
それだけ?
>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。
果たしてそうだろうか?
解っているのにウソつくんじゃないよ。
中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。
私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。
そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?
若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。
私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。
それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。
何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。
それは目新しさでしかないのではないだろうか。
もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。
前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。
琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?
伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。
伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。
今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。
もちろん、作品とこの総評に対してだ。
Posted by 渡辺幻門 at
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