オオサカジン

  | 羽曳野市

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年03月01日

もずやと学ぶ染織マーケティング<8回目>

2−4 価格の役割
○ なぜ価格のデザインを行うのか。

おもしろくなってきましたね(^o^)

ポイント
・ いかにすぐれた製品・サービスであっても、適切な価格で提供しなければ、買い手は購買しようとしない。
・ 価格の設定を通じて、製品・サービスに対するプロモーションの効果を高めたり、取引条件を改善したりすることもできる。


『価格とは、製品・サービスを購入する際に、買い手がその対価として支払金額のことである』

『価格デザインの中心的な問題は、製品・サービスの価格をどの水準に設定するかという問題である。生産に同じ費用を要する製品・サービスでも、価格を高く設定した方がよい場合もあれば、低く設定したほうが良い場合もある』


ここは大きなポイントですね。
大切な事は、価格をかかったコストにもたれて設定してはいけない、ということです。

これは『芸がない』と俗にいいますね (^o^)

価格とは、製品やサービスの対価として支払う金額の事なのです。

生産から流通に渡るコストや利益の累計ではない、ということです。

つまり、結果として『価格は消費者が決める』

もっと簡単に言えば、『価格を受け入れるかどうかは消費者次第だ』ということですね。


世の中には価格に対して『良心的』とか『リーズナブル』という言葉がよく使われます。

でも、現在においては価格は決してリーズナブルではないし、社会的に見て良心的なものが中心となって動いてはいません。


着物に関しては原価を下回っているものもあるし、それが結果として生産者を苦しめています。

これはリーズナブルでも良心的でもありません。

しかし、消費者が受け入れた価格がその商品の価格であると、結果的にはなってしまいます。

消費者は受け身であるけれども、主導権を持っていると言うことです。

求婚と同じですね。

男性がプロポーズしなけば、女性が受け入れるということもない。

では、男性が決めるのかといえば、決めるのは女性です。

男性は事前にいろんな手段を講じて、女性にイエスと言わせる下ごしらえをします。

悪く言えば包囲網をかけていく。

でも、男性がどんなに自信があって、社会的に価値ある人だとしても、求婚を受け入れるかどうかは女性の判断にまかせるしかしょうがない。

これが自由競争というものです。

なかには、半ば強引にというケースもあるようですが・・・ (^o^)

大きく横道にそれましたが、

つまり、価格は消費者が受け入れた時点で確定するけれども、流通が提示しないことにはその実現は無い、ということです。


いまの呉服業界はどうでしょう。

完全なる価格崩壊です。

着物ファンにとっては、嬉しいことかもしれません。

しかし、私は、これは将来に禍根を残す業界の大失敗だと想います。

バブル崩壊から、金融危機、つい最近のリーマンショックと着物の価格は、まるで下りのエスカレーターのように右肩下がりを続けてきました。

これは、着物は高いから売れないのだという声や、過剰生産のはけ口を求めた事など、様々な原因があります。

でも、基本的に着物市場の需要が絶対的に減少したのだという理解が全く不足していた事が原因ではないかと思います。

その上に、ネット販売の拡大や、NC(大手チェーン店)の過量販売によって信販がくめなくなったのも大きな原因でした。

でも、このままの状態では、新たな生産が出来ません。

コストが全く見合わないからです。

なぜ、こんなことになったか?

流通が市場を無理に広げすぎたからです。

それも、莫大な借り入れをして、市場をこじ開けたために、販売縮小ができなかったのです。

なぜ、そんなことが出来たのか。

それは、低金利政策のおかげです。

でも、状況は一変した。

低金利政策で金は借りやすくなったが、金利所得で贅沢品を買う人が減った。

その分、ローン販売で裾野を広げてきて、成功したのですが、そのローンが組めない。

信用と、利潤と、作り手の将来と・・・

価格政策の失敗はあらゆる物を破壊してしまいます。

伝統工芸においては、画期的な技術革新は望めません。

大増産してコストを下げても、それを受け入れるだけのマーケットも無いのです。

伝統染織の世界は、作り手も流通も犯してはならない罪を犯した、と言うしかありません。

とても残念ですが、認めねばならない現実です。

その落ちた価格から、どうやって元に戻して、作り手が生活していけるレベルに戻すか、それを考えなければいけません。

限定的ですが方法はあります。

消費者の方からよくお聞きする話は、問屋や小売店が利益を取りすぎだ、という事ですが、これは現状では正しくないと想います。

結果として、消費者の方は産地まで直接買いにおいでにならないし、直接消費者に売る作り手は流通が相手にしなくなります。いつお越しになるかもしれないお客様を待って作るほど、作り手はのんきでも裕福でもありません。もちろん、限られた人はやるでしょうが、業界全体としては現状では非常に困難です。

価格を下げて品物を出した作家が同種の流通から締め出されるという例は枚挙にいとまがありません。それは、いろんな理由がありますが、流通が悪いともあながち言えないのです。現状では、作り手の安定した制作と生活の為には流通の役割は無視できないという事だろうと想います。

優秀な流通ほど、価格動向をきちんと見ているものなのです。

そして、価格が品質と同じくらい店の信用を担っているというのも事実なのです。

価格に関しては、現在のところオープンプライスですが、作家は自分の作品の希望小売価格を設定してみるべきだと想います。

例えば着尺を100万円で小売して欲しいと想えば、各流通段階にいくらで出せばいいのかが算出できるはずです。自分の希望する流通ルートの設定もできるはずです。問屋を通すのか、問屋を飛ばして小売りに自分でアタックするのか。その両方なのか。流通のどの部分に商品を流すかによって作家出しの価格を決めればよい。それを一緒くたにするから、おかしな事にもなるのです。作家が自分で流通政策を決めて、価格をコントロールする。これは永く仕事をしていく上で、非常に大切な事です。

価格が壊れるのは、作り手の流通の無理解や、流通の市場無理解が原因です。

産地とつながらない個人作家なら、個人が壊れるだけですみますが、産地がバックにある伝統工芸の場合、産地と歴史が壊れてしまいます。

価格政策は大所高所に立って、将来、道を継ぐ人たちのことも考えて、あくまでも長い目で行わなければなりません。

○ 『安さ』の魅力

ここでは本文よりも、コラムに書いてある『ロス・リーダー』(目玉商品)について考えてみたいと想います。

『製品・サービスの価格は一般に、生産や調達に必要とされるコストを回収できるように設定される』

これが大原則です。

でも、それを下回って出てくる品物があります。

これがいわゆる『目玉商品』です。

スーパーのチラシなんかにデカデカと出ている品物です。

卵10個で10円とかいう、あれですね。

これが、着物市場にまで入り込んでいます。

人間国宝の帯と着物で○○万円。

えっ!? です。

これを客寄せに使って、他の利益をたっぷり載せた商品でもうけようという戦術ですが、これが破綻しています。

いま、結果として、目玉しか売れなかったという話を良く聞きます。

それは、小売りや問屋が損するだけで済みますが、もっと大きな問題があります。

目玉は、低価格のイメージ効果が出やすい物が対象になりやすい。

沖縄の物でいえば、芭蕉布なんかがそうですね。

一般的に非常に高価で、希少性も高く、ネームバリューもある。

しかし、作家の格(ランク)と価格は正比例していないと、正常な市場は形成されません。

簡単にいえば、同じ産地の物で、人間国宝が作った物と、芸大出たばかりの新人が作った物とでは厳然たる価格の差がなければ、市場の天井は落ちてしまって、市場全体が壊れてしまいます。

プロ野球の世界で年俸が永く低く抑えられていたのは、王・長島が年俸闘争をしなかったからだと言われています。落合が天井を上げたからいまの一億円プレーヤー乱立という時代になったわけです。

ところが、人間国宝の作品が、中堅どころの作家の価格より安くなったらどうでしょう。

具体的には、人間国宝の作品が10万円で出されているときに、中堅は7万、若手は5万で出ていたのが、人間国宝の作品が5万で出るようになった。あるいは、人間国宝自体が出し値を下げた。

中堅は5万、若手は3万・・・

これでやっていけると想いますか?

工芸のトップにいる人は、強烈な自覚を持たねばなりません。

トップの人が高い値段を通しているのは、窮地に陥ったときでも、値段を崩さないための保険だと想うべきなのです。

自分の作品の価値だと思い上がってはいけないのです。

トップに君臨する作家は、絶対に天井を下げてはいけない。

安く売る流通があったら、そこから品物を引き上げるくらいの覚悟をしてもらわなければいけませんし、そのために、それまで高い価格で通してきたのです。

値段が通らなければ、品物は出さない。

それが、王座に座る物のプライドでありましょうし、将来を担う人たちへの責任です。

誰だってお金は欲しいし、豊かになりたい。

そして、現実に生活をしていかねばならない。

だからこそ、価格政策においては、自我を抑制し、周りをよく見て、また、自分の立場を十分にわきまえて、判断すると言うことが必要なのです。




  
Posted by 渡辺幻門 at 16:41Comments(0)

2011年03月01日

もずやと学ぶ染織マーケティング<8回目>

2−4 価格の役割
○ なぜ価格のデザインを行うのか。

おもしろくなってきましたね(^o^)

ポイント
・ いかにすぐれた製品・サービスであっても、適切な価格で提供しなければ、買い手は購買しようとしない。
・ 価格の設定を通じて、製品・サービスに対するプロモーションの効果を高めたり、取引条件を改善したりすることもできる。


『価格とは、製品・サービスを購入する際に、買い手がその対価として支払金額のことである』

『価格デザインの中心的な問題は、製品・サービスの価格をどの水準に設定するかという問題である。生産に同じ費用を要する製品・サービスでも、価格を高く設定した方がよい場合もあれば、低く設定したほうが良い場合もある』


ここは大きなポイントですね。
大切な事は、価格をかかったコストにもたれて設定してはいけない、ということです。

これは『芸がない』と俗にいいますね (^o^)

価格とは、製品やサービスの対価として支払う金額の事なのです。

生産から流通に渡るコストや利益の累計ではない、ということです。

つまり、結果として『価格は消費者が決める』

もっと簡単に言えば、『価格を受け入れるかどうかは消費者次第だ』ということですね。


世の中には価格に対して『良心的』とか『リーズナブル』という言葉がよく使われます。

でも、現在においては価格は決してリーズナブルではないし、社会的に見て良心的なものが中心となって動いてはいません。


着物に関しては原価を下回っているものもあるし、それが結果として生産者を苦しめています。

これはリーズナブルでも良心的でもありません。

しかし、消費者が受け入れた価格がその商品の価格であると、結果的にはなってしまいます。

消費者は受け身であるけれども、主導権を持っていると言うことです。

求婚と同じですね。

男性がプロポーズしなけば、女性が受け入れるということもない。

では、男性が決めるのかといえば、決めるのは女性です。

男性は事前にいろんな手段を講じて、女性にイエスと言わせる下ごしらえをします。

悪く言えば包囲網をかけていく。

でも、男性がどんなに自信があって、社会的に価値ある人だとしても、求婚を受け入れるかどうかは女性の判断にまかせるしかしょうがない。

これが自由競争というものです。

なかには、半ば強引にというケースもあるようですが・・・ (^o^)

大きく横道にそれましたが、

つまり、価格は消費者が受け入れた時点で確定するけれども、流通が提示しないことにはその実現は無い、ということです。


いまの呉服業界はどうでしょう。

完全なる価格崩壊です。

着物ファンにとっては、嬉しいことかもしれません。

しかし、私は、これは将来に禍根を残す業界の大失敗だと想います。

バブル崩壊から、金融危機、つい最近のリーマンショックと着物の価格は、まるで下りのエスカレーターのように右肩下がりを続けてきました。

これは、着物は高いから売れないのだという声や、過剰生産のはけ口を求めた事など、様々な原因があります。

でも、基本的に着物市場の需要が絶対的に減少したのだという理解が全く不足していた事が原因ではないかと思います。

その上に、ネット販売の拡大や、NC(大手チェーン店)の過量販売によって信販がくめなくなったのも大きな原因でした。

でも、このままの状態では、新たな生産が出来ません。

コストが全く見合わないからです。

なぜ、こんなことになったか?

流通が市場を無理に広げすぎたからです。

それも、莫大な借り入れをして、市場をこじ開けたために、販売縮小ができなかったのです。

なぜ、そんなことが出来たのか。

それは、低金利政策のおかげです。

でも、状況は一変した。

低金利政策で金は借りやすくなったが、金利所得で贅沢品を買う人が減った。

その分、ローン販売で裾野を広げてきて、成功したのですが、そのローンが組めない。

信用と、利潤と、作り手の将来と・・・

価格政策の失敗はあらゆる物を破壊してしまいます。

伝統工芸においては、画期的な技術革新は望めません。

大増産してコストを下げても、それを受け入れるだけのマーケットも無いのです。

伝統染織の世界は、作り手も流通も犯してはならない罪を犯した、と言うしかありません。

とても残念ですが、認めねばならない現実です。

その落ちた価格から、どうやって元に戻して、作り手が生活していけるレベルに戻すか、それを考えなければいけません。

限定的ですが方法はあります。

消費者の方からよくお聞きする話は、問屋や小売店が利益を取りすぎだ、という事ですが、これは現状では正しくないと想います。

結果として、消費者の方は産地まで直接買いにおいでにならないし、直接消費者に売る作り手は流通が相手にしなくなります。いつお越しになるかもしれないお客様を待って作るほど、作り手はのんきでも裕福でもありません。もちろん、限られた人はやるでしょうが、業界全体としては現状では非常に困難です。

価格を下げて品物を出した作家が同種の流通から締め出されるという例は枚挙にいとまがありません。それは、いろんな理由がありますが、流通が悪いともあながち言えないのです。現状では、作り手の安定した制作と生活の為には流通の役割は無視できないという事だろうと想います。

優秀な流通ほど、価格動向をきちんと見ているものなのです。

そして、価格が品質と同じくらい店の信用を担っているというのも事実なのです。

価格に関しては、現在のところオープンプライスですが、作家は自分の作品の希望小売価格を設定してみるべきだと想います。

例えば着尺を100万円で小売して欲しいと想えば、各流通段階にいくらで出せばいいのかが算出できるはずです。自分の希望する流通ルートの設定もできるはずです。問屋を通すのか、問屋を飛ばして小売りに自分でアタックするのか。その両方なのか。流通のどの部分に商品を流すかによって作家出しの価格を決めればよい。それを一緒くたにするから、おかしな事にもなるのです。作家が自分で流通政策を決めて、価格をコントロールする。これは永く仕事をしていく上で、非常に大切な事です。

価格が壊れるのは、作り手の流通の無理解や、流通の市場無理解が原因です。

産地とつながらない個人作家なら、個人が壊れるだけですみますが、産地がバックにある伝統工芸の場合、産地と歴史が壊れてしまいます。

価格政策は大所高所に立って、将来、道を継ぐ人たちのことも考えて、あくまでも長い目で行わなければなりません。

○ 『安さ』の魅力

ここでは本文よりも、コラムに書いてある『ロス・リーダー』(目玉商品)について考えてみたいと想います。

『製品・サービスの価格は一般に、生産や調達に必要とされるコストを回収できるように設定される』

これが大原則です。

でも、それを下回って出てくる品物があります。

これがいわゆる『目玉商品』です。

スーパーのチラシなんかにデカデカと出ている品物です。

卵10個で10円とかいう、あれですね。

これが、着物市場にまで入り込んでいます。

人間国宝の帯と着物で○○万円。

えっ!? です。

これを客寄せに使って、他の利益をたっぷり載せた商品でもうけようという戦術ですが、これが破綻しています。

いま、結果として、目玉しか売れなかったという話を良く聞きます。

それは、小売りや問屋が損するだけで済みますが、もっと大きな問題があります。

目玉は、低価格のイメージ効果が出やすい物が対象になりやすい。

沖縄の物でいえば、芭蕉布なんかがそうですね。

一般的に非常に高価で、希少性も高く、ネームバリューもある。

しかし、作家の格(ランク)と価格は正比例していないと、正常な市場は形成されません。

簡単にいえば、同じ産地の物で、人間国宝が作った物と、芸大出たばかりの新人が作った物とでは厳然たる価格の差がなければ、市場の天井は落ちてしまって、市場全体が壊れてしまいます。

プロ野球の世界で年俸が永く低く抑えられていたのは、王・長島が年俸闘争をしなかったからだと言われています。落合が天井を上げたからいまの一億円プレーヤー乱立という時代になったわけです。

ところが、人間国宝の作品が、中堅どころの作家の価格より安くなったらどうでしょう。

具体的には、人間国宝の作品が10万円で出されているときに、中堅は7万、若手は5万で出ていたのが、人間国宝の作品が5万で出るようになった。あるいは、人間国宝自体が出し値を下げた。

中堅は5万、若手は3万・・・

これでやっていけると想いますか?

工芸のトップにいる人は、強烈な自覚を持たねばなりません。

トップの人が高い値段を通しているのは、窮地に陥ったときでも、値段を崩さないための保険だと想うべきなのです。

自分の作品の価値だと思い上がってはいけないのです。

トップに君臨する作家は、絶対に天井を下げてはいけない。

安く売る流通があったら、そこから品物を引き上げるくらいの覚悟をしてもらわなければいけませんし、そのために、それまで高い価格で通してきたのです。

値段が通らなければ、品物は出さない。

それが、王座に座る物のプライドでありましょうし、将来を担う人たちへの責任です。

誰だってお金は欲しいし、豊かになりたい。

そして、現実に生活をしていかねばならない。

だからこそ、価格政策においては、自我を抑制し、周りをよく見て、また、自分の立場を十分にわきまえて、判断すると言うことが必要なのです。




  
Posted by 渡辺幻門 at 16:41Comments(0)

2011年03月01日

今月末は沖縄

はやいもので、もう3月です。

今月末は、また沖縄を廻ります。

日程は3月28日(月)〜4月1日(金)ですが、最終日は午前中だけで、帰阪します。

正味4日間の短い日程なので、本島を廻ります。

おおむね、以下の予定で行きます。

3/28 13時過ぎに那覇着なので、沖展をじっくり見ます。
      沖展というのは沖縄県最大の美術工芸のコンテストです。
      久しぶりなので、とても楽しみです。

3/29 いつものように喜如嘉。
     そのあと、北中部を廻ります。

3/30、31 首里を中心に本島南部を廻ります。

今回は、不況が厳しさを増す中なので、作家さんたちを励ましてまわるのが中心になると思います。

とくに、若手の作家さんを発掘して、仕事をさせてあげるようにしたいですね。

ベテランの人はいろんな事をしてつないでいけても、若手はそうは行きません。

ネームバリューも、地位もない人に価値を見出す業者は決して多くないのです。

でも、確実に才能のある人はいます。

そんな、若手に希望を光を当ててあげたい。

今、いろんな伝統が危機に直面していますが、私達の代で消滅させてしまうことは、なんとしても防ぎたいのです。

そして、次につなげたい。

それが私の切なる想いです。

ですから、できれば同世代の40代以下の人と一緒にする仕事を増やしたいのです。

そして、一緒に、よじ登っていきたい。

沖縄は必ず世界の染織王国になれます。

でも、それは、沖縄の染織家の志と内地の商人の気甲斐性にかかっていると思います。

まだまだ、作家が自立して流通をコントロールするには、道は遠いです。

もしよろしければ、染織家や一般の着物ファンの方もご同行ください。(定員は3名です(^_^;))

前に、ブログでも書きましたように、沖縄の染織家達が朗らかにそして力強く仕事を続けている姿を見てください。

沖縄の染織にもっと深い理解を持っていただけたら、これ以上の事はありません。

私の、ベタな茶飲み話も楽しいと思います(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 15:15Comments(3)

2011年03月01日

今月末は沖縄

はやいもので、もう3月です。

今月末は、また沖縄を廻ります。

日程は3月28日(月)〜4月1日(金)ですが、最終日は午前中だけで、帰阪します。

正味4日間の短い日程なので、本島を廻ります。

おおむね、以下の予定で行きます。

3/28 13時過ぎに那覇着なので、沖展をじっくり見ます。
      沖展というのは沖縄県最大の美術工芸のコンテストです。
      久しぶりなので、とても楽しみです。

3/29 いつものように喜如嘉。
     そのあと、北中部を廻ります。

3/30、31 首里を中心に本島南部を廻ります。

今回は、不況が厳しさを増す中なので、作家さんたちを励ましてまわるのが中心になると思います。

とくに、若手の作家さんを発掘して、仕事をさせてあげるようにしたいですね。

ベテランの人はいろんな事をしてつないでいけても、若手はそうは行きません。

ネームバリューも、地位もない人に価値を見出す業者は決して多くないのです。

でも、確実に才能のある人はいます。

そんな、若手に希望を光を当ててあげたい。

今、いろんな伝統が危機に直面していますが、私達の代で消滅させてしまうことは、なんとしても防ぎたいのです。

そして、次につなげたい。

それが私の切なる想いです。

ですから、できれば同世代の40代以下の人と一緒にする仕事を増やしたいのです。

そして、一緒に、よじ登っていきたい。

沖縄は必ず世界の染織王国になれます。

でも、それは、沖縄の染織家の志と内地の商人の気甲斐性にかかっていると思います。

まだまだ、作家が自立して流通をコントロールするには、道は遠いです。

もしよろしければ、染織家や一般の着物ファンの方もご同行ください。(定員は3名です(^_^;))

前に、ブログでも書きましたように、沖縄の染織家達が朗らかにそして力強く仕事を続けている姿を見てください。

沖縄の染織にもっと深い理解を持っていただけたら、これ以上の事はありません。

私の、ベタな茶飲み話も楽しいと思います(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 15:15Comments(3)