オオサカジン

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2011年03月25日

慶應義塾長からのメッセージ  

◆◇◆================================================================
 慶應義塾長からのメッセージ
 東北地方太平洋沖地震後の状況への慶應義塾の対応について
================================================================◆◇◆

 3月11日午後に発生した「東北地方太平洋沖地震」は未曾有の地震津波災害
となり、被災地の実態を詳しく知るにつれ胸の塞がれる思いです。その犠牲に
なられた方々に深く哀悼の意を表します。そして全ての被災者の皆様に心から
お見舞い申し上げます。

 現在の状況は極めて厳しいものがあります。まず被災者の救援と被災地の復
興を急がなくてはなりません。さらに大きな打撃を受けた日本経済の建て直し
も急務ですが、完全な回復にはかなりの時間がかかるでしょう。しかしわれわ
れは被災者、被災地の救援復興と、日本社会の回復発展をかならず成し遂げね
ばなりません。

 そこで想起すべきは、福澤先生の言われた、実証的な科学という意味の「実
学」、物事の軽重を冷静に判断するという意味の「公智」、そして災害などに
あって困難な状況にある人を思いやる心という意味の「徳心」です。これらは
東北地方太平洋沖地震で被災された方々を救援し、被災地の復興をはかるとき
に、なによりも大切なものであります。慶應義塾はこの三つを基本にして、被
災者の救援、被災地の復興、そしてその先にある日本の経済社会全体の回復と
さらなる発展に貢献していきたいと考えています。

 塾生や塾員の皆さんは慶應義塾で、実学すなわち科学をもとにした知力を高
め、また正しい選択を行うことのできる公智の判断力を磨き、さらに困難な人
を思いやる徳の力を養ってこられました。こうした力を結集し、社中力を合わ
せて、現在非常に困難な時に直面している日本を力強く復活させてほしいと思
います。そして新たに塾生となる新入生も含め、そうした力を備えた若者をこ
れからもしっかりと教育し、実学の基盤となる研究を進め、さらに医療の水準
を高めるなど社会的活動の質を高めることを通じて、日本の社会、経済の回復
とさらなる発展に寄与することが慶應義塾の社会的使命です。

 今日この時点でも多くの方々が避難所等で不安な生活をされていることに心
が痛みます。また自らの危険も顧みず救援活動にあたっている消防士、自衛隊
員、警察官、行政職員、医療関係者、ボランティアなど多くの方々の献身、さ
らに米軍も含め国際的にも救援の手が差し伸べられることに、言葉に尽くせぬ
敬意と感謝の念を禁じえません。

 当面、慶應義塾は、被災者の方々の支援と被災地の復興のために、なしうる
ことから速やかに実行していきたいと考えています。既に慶應連合三田会およ
び全塾協議会とともに、義塾社中をあげて義援金の募集を開始し、また医療支
援の一環として慶應義塾救援医療団を被災地に派遣しました。被災された塾生
や入学予定の皆さんには学費減免や入学手続および学費等の納入期限の延長、
さらに奨学金による支援の準備をしています。また3月末に予定されていた卒
業式、学位授与式は中止しウェブ上での式典としましたが、4月の入学式も延
期と決定いたしました。これは不安定な電力と交通機関の現状、余震への対応、
そして電力消費抑制への配慮などから、一時に多数の人の集まる行事は当面控
えるべきという判断によるもので、どうか御理解を頂きたいと思います。

 ただし、このように現在もまだ電力や交通事情などについて予断を許さない
ところはあるものの、教育、研究、医療という本来の仕事については、できる
限り平常通りしっかりと進めてまいります。厳しい状況にある日本社会への貢
献として、慶應義塾の今なすべき最も重要なことはそこにあると考えるからで
す。塾生、塾員、教職員の力を合わせて、日本の直面する難局を乗り越えるた
めの貢献をしていきたいと考えています。慶應義塾社中の団結と力の結集を、
ここに改めてお願いする次第です。

2011年3月22日
慶應義塾長 清家篤

=◆◇◆================================================================
 塾員の皆さまへ
================================================================◆◇◆

・(東北地方太平洋沖地震関連)慶應義塾の対応
 http://www.keio.ac.jp/ja/about_keio/data/eq.html

・慶應義塾による「東北地方太平洋沖地震義援金」へのご協力のお願い
 http://www.keio.ac.jp/ja/news/2010/kr7a43000005ezjj.html
  
Posted by 渡辺幻門 at 19:59Comments(0)

2011年03月25日

慶應義塾長からのメッセージ  

◆◇◆================================================================
 慶應義塾長からのメッセージ
 東北地方太平洋沖地震後の状況への慶應義塾の対応について
================================================================◆◇◆

 3月11日午後に発生した「東北地方太平洋沖地震」は未曾有の地震津波災害
となり、被災地の実態を詳しく知るにつれ胸の塞がれる思いです。その犠牲に
なられた方々に深く哀悼の意を表します。そして全ての被災者の皆様に心から
お見舞い申し上げます。

 現在の状況は極めて厳しいものがあります。まず被災者の救援と被災地の復
興を急がなくてはなりません。さらに大きな打撃を受けた日本経済の建て直し
も急務ですが、完全な回復にはかなりの時間がかかるでしょう。しかしわれわ
れは被災者、被災地の救援復興と、日本社会の回復発展をかならず成し遂げね
ばなりません。

 そこで想起すべきは、福澤先生の言われた、実証的な科学という意味の「実
学」、物事の軽重を冷静に判断するという意味の「公智」、そして災害などに
あって困難な状況にある人を思いやる心という意味の「徳心」です。これらは
東北地方太平洋沖地震で被災された方々を救援し、被災地の復興をはかるとき
に、なによりも大切なものであります。慶應義塾はこの三つを基本にして、被
災者の救援、被災地の復興、そしてその先にある日本の経済社会全体の回復と
さらなる発展に貢献していきたいと考えています。

 塾生や塾員の皆さんは慶應義塾で、実学すなわち科学をもとにした知力を高
め、また正しい選択を行うことのできる公智の判断力を磨き、さらに困難な人
を思いやる徳の力を養ってこられました。こうした力を結集し、社中力を合わ
せて、現在非常に困難な時に直面している日本を力強く復活させてほしいと思
います。そして新たに塾生となる新入生も含め、そうした力を備えた若者をこ
れからもしっかりと教育し、実学の基盤となる研究を進め、さらに医療の水準
を高めるなど社会的活動の質を高めることを通じて、日本の社会、経済の回復
とさらなる発展に寄与することが慶應義塾の社会的使命です。

 今日この時点でも多くの方々が避難所等で不安な生活をされていることに心
が痛みます。また自らの危険も顧みず救援活動にあたっている消防士、自衛隊
員、警察官、行政職員、医療関係者、ボランティアなど多くの方々の献身、さ
らに米軍も含め国際的にも救援の手が差し伸べられることに、言葉に尽くせぬ
敬意と感謝の念を禁じえません。

 当面、慶應義塾は、被災者の方々の支援と被災地の復興のために、なしうる
ことから速やかに実行していきたいと考えています。既に慶應連合三田会およ
び全塾協議会とともに、義塾社中をあげて義援金の募集を開始し、また医療支
援の一環として慶應義塾救援医療団を被災地に派遣しました。被災された塾生
や入学予定の皆さんには学費減免や入学手続および学費等の納入期限の延長、
さらに奨学金による支援の準備をしています。また3月末に予定されていた卒
業式、学位授与式は中止しウェブ上での式典としましたが、4月の入学式も延
期と決定いたしました。これは不安定な電力と交通機関の現状、余震への対応、
そして電力消費抑制への配慮などから、一時に多数の人の集まる行事は当面控
えるべきという判断によるもので、どうか御理解を頂きたいと思います。

 ただし、このように現在もまだ電力や交通事情などについて予断を許さない
ところはあるものの、教育、研究、医療という本来の仕事については、できる
限り平常通りしっかりと進めてまいります。厳しい状況にある日本社会への貢
献として、慶應義塾の今なすべき最も重要なことはそこにあると考えるからで
す。塾生、塾員、教職員の力を合わせて、日本の直面する難局を乗り越えるた
めの貢献をしていきたいと考えています。慶應義塾社中の団結と力の結集を、
ここに改めてお願いする次第です。

2011年3月22日
慶應義塾長 清家篤

=◆◇◆================================================================
 塾員の皆さまへ
================================================================◆◇◆

・(東北地方太平洋沖地震関連)慶應義塾の対応
 http://www.keio.ac.jp/ja/about_keio/data/eq.html

・慶應義塾による「東北地方太平洋沖地震義援金」へのご協力のお願い
 http://www.keio.ac.jp/ja/news/2010/kr7a43000005ezjj.html
  
Posted by 渡辺幻門 at 19:59Comments(0)

2011年03月25日

SIGEさん作 『もず』

博多人形作家でマイミクのSIGEさんにお願いしていた『もず』が届きました





大満足です (^o^)

さっそく玄関に飾らせてもらいました。

鳥はなかなか手にとって造形を確認できないし、もずというとどこにでも居る鳥ではありませんから、ご苦労されたようです。

愛らしくも、力強く、超然とした姿は私の意図するところにドンピシャです。

伝統工芸というと、古めかしいとか、お硬いというイメージがあるかもしれませんが、こういう楽しみ方もあるのだな、と再認識しました。

SIGEさんが博多人形展でセーラー服の女子高生の博多人形を展示されているのを見て、触発されたんですよ。

型をとってあって追加発注も受けてもらえるそうなので、何かの記念にお願いしたいと思います。

SIGEさん、ありがとうございました(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 13:01Comments(0)

2011年03月25日

SIGEさん作 『もず』

博多人形作家でマイミクのSIGEさんにお願いしていた『もず』が届きました





大満足です (^o^)

さっそく玄関に飾らせてもらいました。

鳥はなかなか手にとって造形を確認できないし、もずというとどこにでも居る鳥ではありませんから、ご苦労されたようです。

愛らしくも、力強く、超然とした姿は私の意図するところにドンピシャです。

伝統工芸というと、古めかしいとか、お硬いというイメージがあるかもしれませんが、こういう楽しみ方もあるのだな、と再認識しました。

SIGEさんが博多人形展でセーラー服の女子高生の博多人形を展示されているのを見て、触発されたんですよ。

型をとってあって追加発注も受けてもらえるそうなので、何かの記念にお願いしたいと思います。

SIGEさん、ありがとうございました(^o^)
  
Posted by 渡辺幻門 at 13:01Comments(0)

2011年03月24日

『綾の手紬染織工房』訪問

博多大丸の催事が終わった翌朝に宮崎に飛んで『綾の手紬』を訪問してきました。

綾の手紬は『現代の名工』秋山眞和さんが運営されている染織工房です。

http://www.ayasilk.com/index.html

秋山さんは、沖縄県立芸大の教授をされていましたので、前々から気になっていた作家さんでした。

例のWでの染織展の関係で少し接触したのがはじまりで、今回はもずやギャラリーにお越しくださったお客様が

ご縁をつないで頂いての訪問でした。

午前11時過ぎに宮崎空港に到着。そこからレンタカーを借りて一時間足らずの道のりです。

空港のそばで、昼食をとりました。

『山椒そば』


あと、おでんも少々


サラダは食べ放題。


前日に少し火山の噴火があったそうですが、全く気になりませんでした。

宮崎の街は、とてもきれいでしたよ。

それにおどろくほど暖かかったです。



ほどなく、綾に到着。




秋山さんと奥様とお話をさせて頂きました。

Wの染織展の話やら、沖縄県立芸大、染織会の話で、盛り上がりましたね。

共通の知り合いが多いので、とても楽しく、有意義な時間でした。

ああいうのは、商談とはいいませんね(^^;)

といいつつも、作品を見せて頂いて、ちょこっとだけ。

まぁ、さすがにこだわりの作品ですね。

沖縄の人たちが作るのとはまた違う味わいというか、センスがあります。

秋山さんは前にでて商売もされているので、話しやすいのですが、それでも戸惑っていらっしゃる感じでした。

私は私なりの流通論や、作家としての戦略をお話しさせて頂きました。

1時過ぎに到着してから5時半くらいまで話していたんですが、あっという間でしたね。

私はホテルにチェックインして一休み。

川のそばのホテルに泊まりました。


部屋風呂がないので閉口。

6時半から秋山さんと商売の方の窓口をされている方と一緒に夕食。

ホテルの敷地内にある古民家風の建物で、しし鍋と地鶏の炭火焼きを頂きました。

酒は、秋山さんが宮崎の名酒『川越』を持ってきてくださいました。



まぁ、よく飲みました(^o^)

川越を開けてしまって、もう一本焼酎をとり、それも完飲。

でも、やっぱり話は蚕と糸と織物の話。

そんな中で、楽しいプロジェクトも持ち上がりました。

内容は ひ・み・つ (*^_^*)

やっぱり、染織の話をしているのが一番楽しいですね。

翌朝はかなり起きづらかったのですが、八時半に工房を再訪問。

話をきちんと整理しておかないとね。



11時前に工房を失礼して、宮崎空港へ。



宮崎空港で昼食。名物の『冷や汁』を頂きました。




秋山さんと写真は撮らなかったのかって?

わたし、ああいうの嫌いなんですよね。

作家さんに販売応援してもらうのも嫌い。

いかにも『私は作家さんと親しいんですよ』と言いたげに、作家さんと写った写真を見せる業者が多いのですが、

私は、そんなことしなくても、作家さんと親しいし、物作りの上でも私は作家さんと対等だと想っていますから。

目線を合わしているから色々言いたいことも言えるし、一緒に仕事をすることも出来るんです。

作家さんに展示会に来てもらって説明してもらうというのは、直接説明が聞けて良い事の様ですが、これは呉服屋が自分が不勉強だと

言っているのと同じです。作家と商人は観点が違う。すべての着物・染織を総合的に見て、お客様に適品をお勧めするのが

私たちの役目です。作家さんを前にして、その作品のマイナス面が言えますか?

特に、リーダー的な立場にいる作家さんなら、座談会や講演会という形にとどめるべきだと私は思います。

作家さんは私にとって仲間であり同志です。

同志と会って、ピースして写真撮ってたらおかしいでしょう。

てな感じで、楽しくおいしい綾訪問でした(^_^)





  
Posted by 渡辺幻門 at 20:21Comments(4)

2011年03月24日

『綾の手紬染織工房』訪問

博多大丸の催事が終わった翌朝に宮崎に飛んで『綾の手紬』を訪問してきました。

綾の手紬は『現代の名工』秋山眞和さんが運営されている染織工房です。

http://www.ayasilk.com/index.html

秋山さんは、沖縄県立芸大の教授をされていましたので、前々から気になっていた作家さんでした。

例のWでの染織展の関係で少し接触したのがはじまりで、今回はもずやギャラリーにお越しくださったお客様が

ご縁をつないで頂いての訪問でした。

午前11時過ぎに宮崎空港に到着。そこからレンタカーを借りて一時間足らずの道のりです。

空港のそばで、昼食をとりました。

『山椒そば』


あと、おでんも少々


サラダは食べ放題。


前日に少し火山の噴火があったそうですが、全く気になりませんでした。

宮崎の街は、とてもきれいでしたよ。

それにおどろくほど暖かかったです。



ほどなく、綾に到着。




秋山さんと奥様とお話をさせて頂きました。

Wの染織展の話やら、沖縄県立芸大、染織会の話で、盛り上がりましたね。

共通の知り合いが多いので、とても楽しく、有意義な時間でした。

ああいうのは、商談とはいいませんね(^^;)

といいつつも、作品を見せて頂いて、ちょこっとだけ。

まぁ、さすがにこだわりの作品ですね。

沖縄の人たちが作るのとはまた違う味わいというか、センスがあります。

秋山さんは前にでて商売もされているので、話しやすいのですが、それでも戸惑っていらっしゃる感じでした。

私は私なりの流通論や、作家としての戦略をお話しさせて頂きました。

1時過ぎに到着してから5時半くらいまで話していたんですが、あっという間でしたね。

私はホテルにチェックインして一休み。

川のそばのホテルに泊まりました。


部屋風呂がないので閉口。

6時半から秋山さんと商売の方の窓口をされている方と一緒に夕食。

ホテルの敷地内にある古民家風の建物で、しし鍋と地鶏の炭火焼きを頂きました。

酒は、秋山さんが宮崎の名酒『川越』を持ってきてくださいました。



まぁ、よく飲みました(^o^)

川越を開けてしまって、もう一本焼酎をとり、それも完飲。

でも、やっぱり話は蚕と糸と織物の話。

そんな中で、楽しいプロジェクトも持ち上がりました。

内容は ひ・み・つ (*^_^*)

やっぱり、染織の話をしているのが一番楽しいですね。

翌朝はかなり起きづらかったのですが、八時半に工房を再訪問。

話をきちんと整理しておかないとね。



11時前に工房を失礼して、宮崎空港へ。



宮崎空港で昼食。名物の『冷や汁』を頂きました。




秋山さんと写真は撮らなかったのかって?

わたし、ああいうの嫌いなんですよね。

作家さんに販売応援してもらうのも嫌い。

いかにも『私は作家さんと親しいんですよ』と言いたげに、作家さんと写った写真を見せる業者が多いのですが、

私は、そんなことしなくても、作家さんと親しいし、物作りの上でも私は作家さんと対等だと想っていますから。

目線を合わしているから色々言いたいことも言えるし、一緒に仕事をすることも出来るんです。

作家さんに展示会に来てもらって説明してもらうというのは、直接説明が聞けて良い事の様ですが、これは呉服屋が自分が不勉強だと

言っているのと同じです。作家と商人は観点が違う。すべての着物・染織を総合的に見て、お客様に適品をお勧めするのが

私たちの役目です。作家さんを前にして、その作品のマイナス面が言えますか?

特に、リーダー的な立場にいる作家さんなら、座談会や講演会という形にとどめるべきだと私は思います。

作家さんは私にとって仲間であり同志です。

同志と会って、ピースして写真撮ってたらおかしいでしょう。

てな感じで、楽しくおいしい綾訪問でした(^_^)





  
Posted by 渡辺幻門 at 20:21Comments(4)

2011年03月21日

[織物総評]若い世代 力作目立つ 【第63回沖展】

今回、一般応募作は昨年より8点増えて29点だった。審査では、作品1点ごとに作品名と技法、素材、染料等のデータの報告を受けながら慎重に討議を行い、入選、選外を決定した。

 その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。

 全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。

 もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。

 気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。

 準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。

 「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。

 会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)




今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。

真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。

花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、

みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する

ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。

ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する

ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品

ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。

もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。

デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。

染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:39Comments(0)

2011年03月21日

[織物総評]若い世代 力作目立つ 【第63回沖展】

今回、一般応募作は昨年より8点増えて29点だった。審査では、作品1点ごとに作品名と技法、素材、染料等のデータの報告を受けながら慎重に討議を行い、入選、選外を決定した。

 その後、入選作品から投票を重ね、沖展賞に宮城奈々の経絣(たてかすり)浮花織着物「虹色地両面浮花織」、奨励賞に羽地美由希の宮古上布着尺「南十字星」、普久原一恵の知花花織着物「Blossom」、古屋英子の首里花織着物「深秋」、そして浦添市長賞に神谷あかねの絣帯地「たゆたふ」が選ばれ、入賞5点、入選21点となった。

 全体的な印象として、沖展賞の宮城作品に代表されるように、色調が明るく、作者の新しい試みがいかされた作品が多かった。そして、奨励賞3点全てが初出品での受賞で、合わせて9人が初出品と、若い世代の力作が目立ったことは、この数年続いていた停滞感を払拭(ふっしょく)し、今後に大きな期待を抱かせるものとなった。

 もう少しの工夫で入賞に届いたのではと思う力量の作者もおり、制作活動も長く技術力も高い作者ともども、次回に意欲作を見せてもらえば、織物部門はもっと盛り上がると確信する。

 気になる点として、さまざまな絣技法を駆使した出品作が減っていること、作品名と作品から受ける印象が一致しにくい作品があった。選外となった作品には、今まで何度も使われたデザインのものや、染めの滲(にじ)みが目立つ作品があり、また、織られた帯地に型染の模様を配置した作品は、織りの部分だけを見ても評価しづらく、残念な結果となった。

 準会員の出品は2点あったが、2点とも作者の力量を十分に発揮した作品とはいえず賞はなかった。質量ともに一般応募に比べて低調で、今回、出品されていない準会員も含め奮起を望みたい。

 「沖展」は作品を発表する場であると同時に、研鑽(けんさん)の場であると考える。自己の作品を通して、他の作者、作品、そして参観者と関わることで感性を高めていきたい。そのためには、どうしたらよいのか共に考えたい。

 会期中、会員による作品解説会が2回予定されている。参観者はもちろん、多くの出品者の参加を期待している。(真栄城興茂)




今回は私がお付き合いをさせていただいている作家さんが複数受賞され、私がかねてより才能を認めていただけに嬉しい限りである。

真栄城氏が指摘しているように、首里織を中心に絣の使用が少ない事を私はかねてより声高に叫んでいた。

花織、花倉織、ロートン織という技法ばかりに気を取られ、沖縄染織が一番の優位性とする手結絣を使用した作品が少ないのは、

みずからその魅力を放棄してしまっているに等しい。それは内地業者が沖縄の絣というものに対して正しい評価をしていない事に起因する

ものであろうが、手縞や縞ぬ中、諸取切といった手の込んだ絣作品が多く出品され、個性を競うような沖展であってほしいと思う。

ここでも中堅会員のていたらくが問題として提起されているが、問屋の注文がどんどん無難に推移し、面白みの無い作品ばかりを要求する

ようになってしまったからだろうか。現実的に絣の着尺市場は厳しいものがあるかもしれないが、帯なら大胆な絣遣いをしても楽しい作品

ができると私は考えている。織の世界は技法の時代から感性の時代へと移り、さらに品質重視へと大きく変わっていくはずだ。

もはや、花織や花倉織が目新しく思ってもらえる時代ではない。

デザインと色、そして素材感がこれからのキーワードになるだろうと私は思う。

染と同様に、今回は実際に作品を見ることが出来るので楽しみにしている。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:39Comments(0)

2011年03月21日

[染色総評]喜ばしい20・30代受賞 【第63回沖展】

 http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-03-11_15299/
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。

 今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。

 それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。

 かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。

 そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)



は?
それだけ?

>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。

果たしてそうだろうか?

解っているのにウソつくんじゃないよ。

中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。

私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。

そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?

若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。

私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。

それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。

何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。

それは目新しさでしかないのではないだろうか。

もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。

前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。

琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?

伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。

伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。

今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。

もちろん、作品とこの総評に対してだ。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:21Comments(0)

2011年03月21日

[染色総評]喜ばしい20・30代受賞 【第63回沖展】

 http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-03-11_15299/
学生にも出展しやすいようにと、今年から出品料に学割が設けられた。だが、工芸部門では長い目で見て地道な取り組みを続けなければ難しい課題といえよう。

 今回、染色部門の応募作品については学生の作品はなかったものの、一般応募数21点、準会員作品2点の審査が行われた。例年並みの作品数ではあるが、20代30代と若い世代の出品者が多数応募していたことは喜ばしい。

 それに加え久しぶりに沖展賞が選ばれ、奨励賞2点、浦添市長賞1点と入賞した各受賞者が20〜30代という結果であった。このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。

 かつて紅型を復興しようと尽力した城間栄喜先生や知念績弘先生から考えると孫弟子の世代が頑張って出展している。

 そのことだけでも、沖展工芸部門の長い歴史と素晴らしさが存在していることをあらためて気付かせてくれる。(外間修)



は?
それだけ?

>このことは、技術の面でも若い世代が力をつけ、新しい感覚で染色を創作していることにつながる。

果たしてそうだろうか?

解っているのにウソつくんじゃないよ。

中堅の人が沖展に期待していない、出品しても正当に評価されないから、みんな出さないだけでしょう。

私が知っているだけでも、実力があるのに、受賞はもちろん、出品もしていない人が非常に多い。

そこに触れないで、若い人が受賞して嬉しい、で総評といるのか?

若い人が受賞したのは良い事だとしても、今後の進むべき方向性を指し示してあげるのが総評を述べる審査員の責任ではないのか。

私が知っている限りでは、すべてとは言わないが、若手作家の作品は、基礎的な鍛錬の不足が見えてならない。

それはどうしてそうなるかというと、ここで外間氏が言っている『新しい感覚で染色を創作している』からだと私は思っている。

何百年という伝統を持つ琉球びんがたにおいて昨日今日携わった人によって、新しい感覚が完成するはずがないではないか。

それは目新しさでしかないのではないだろうか。

もしかしたら、外間氏ご本人が、『琉球びんがた』をきちんと把握していず、その方向性も確固とした認識をもたれていないのではないのだろうか。

前に、他の染色技法やかりゆしウェアに染めた物を『評価不能』としていながら、今回は、新しい感覚をよしとする。

琉球びんがたは伝統染織なのか芸術なのか?

伝統染織のあり方、芸術のあり方、そしてそれをいかに共存させるのか。

伝統と個性、そのあり方を考えるのも沖展という場だろう。

今回は、作品を見に行けるので、受賞作品を見てから再度、私なりの評価をしてみたい。

もちろん、作品とこの総評に対してだ。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:21Comments(0)

2011年03月20日

東北地方の伝統工芸品を買いましょう

私は沖縄染織が専門ですが、大きく見れば伝統工芸の研究者でもあります。

今回、被災された東北地方にも沢山の伝統工芸品があります。

http://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/list.html

東北地方の物産を出来るだけ沢山購入してあげることが、この地の復興の助けになる

事は間違いないのですが、食品となると風評被害などもあって、現実的には

しばらくの間は難しい面もあるのではないかと思います。

伝統工芸品は付加価値の固まりです。

基本的にはその地にある材料を使って造られるわけですから、産地はまるごと潤います。

東北地方の工芸品が売れるとなれば、この地を訪れる人も増えるでしょう。

そうすれば、東北地方の歴史や文化を知る事にもなり、またこの地方の魅力が再認識されるかもしれません。

手作りの工芸品を生活の中に入れることによって、私達の暮らしも豊かになりますし、気持ちが形になっている事が実感できます。

鉄瓶でも樺細工でもいい。

ちょっとしたものを、少しずつ生活の中に取り入れてみませんか。

安い外国製品を使うのをやめて、国産を、とくに東北地方の工芸品を使ってみましょう。

外国製品を買っても、潤うのは外国と流通業だけです。

国内で生産から販売まで完結している物を買えば、まるごとみんな日本人に還元されるのです。

私は私の工芸運動の一環として、東北地方の工芸品を使っていこうと思います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:39Comments(0)

2011年03月20日

東北地方の伝統工芸品を買いましょう

私は沖縄染織が専門ですが、大きく見れば伝統工芸の研究者でもあります。

今回、被災された東北地方にも沢山の伝統工芸品があります。

http://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/list.html

東北地方の物産を出来るだけ沢山購入してあげることが、この地の復興の助けになる

事は間違いないのですが、食品となると風評被害などもあって、現実的には

しばらくの間は難しい面もあるのではないかと思います。

伝統工芸品は付加価値の固まりです。

基本的にはその地にある材料を使って造られるわけですから、産地はまるごと潤います。

東北地方の工芸品が売れるとなれば、この地を訪れる人も増えるでしょう。

そうすれば、東北地方の歴史や文化を知る事にもなり、またこの地方の魅力が再認識されるかもしれません。

手作りの工芸品を生活の中に入れることによって、私達の暮らしも豊かになりますし、気持ちが形になっている事が実感できます。

鉄瓶でも樺細工でもいい。

ちょっとしたものを、少しずつ生活の中に取り入れてみませんか。

安い外国製品を使うのをやめて、国産を、とくに東北地方の工芸品を使ってみましょう。

外国製品を買っても、潤うのは外国と流通業だけです。

国内で生産から販売まで完結している物を買えば、まるごとみんな日本人に還元されるのです。

私は私の工芸運動の一環として、東北地方の工芸品を使っていこうと思います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 23:39Comments(0)

2011年03月17日

もずやと学ぶ染織マーケティング<11回目>



明日の夕方、博多に行き、水曜日は宮崎、木曜日帰阪とバタバタしますので、かなり早いですがアップしておきます。

次回は再来週のアップになります。


3−2流通チャネルのデザイン

ここもおもしろいですね。
染織の作り手の人は、流通に関する知識に疎い人も多いようですから、実例を挙げながら説明していきます。

○ なぜ流通業者は存立するのか

『なぜ存立するのか』・・・問屋無用論とか商人は物を右から左に動かして利益を貪っているという声をいまだによく聞きます。しかし、その認識は間違っています。なぜ存立するのか? 社会的に必要だから存立するのです。どういう具合に必要なのか、流通業者がどういう役割を担っているのかをここで考えていくわけです。これを正しく理解する事は、染織家の仕事にとって非常に
大切な事だと思います。

・ 流通業者との取引には以下の様な利点があるからだと考えられる

? 消費の小規模分散性への対応
圧倒的に小規模な消費者が広範囲に分散している事への対応
? 資金調達リスクの負担の軽減
独自で流通チャネルを構築することの資金負担
? スピーディーな展開
投資した資金の回収、資金の再投下のスピード
? 社会的品揃えの実現
消費者の多用な選択に対応するための他社商品も含めた品揃えの確保
? 取引数の節約(取引数節約の原理)
製品・サービスを比較する手間の節約


全部、染織業界に当てはまっていますよ。
わかりにくければ、自分で商品を小売りする場合、つまり独自販売チャネルを持った場合と比較・想像してみてください。

? 自分であちこち全国を回って、あなたの作品を気に入る消費者を見つけることが出来ますか?そのためにかかる労力はいかばかりで、それをやりながら制作ができますか?

? 自分で小売店舗を作る、あるいは売り歩くのにどれだけの経費がかかりますか。それがペイできますか?

? いつ売れるともわからない作品を沢山もったままで、どんどん糸を買って作品づくりができますか?

? あなたの作品だけを見て消費者が購買を決定すると思いますか。あなたが洋服を買う場合の事を考えて見てください。

? 陶器を買うとします。あなたは日本全国に散らばる陶工・陶芸家を回ることが出来ますか。また、そこまでして買いますか。


たとえはまことに悪いですが、魚釣りをするときに、どこに糸を垂らすでしょうか。魚が沢山いるところですね。魚を沢山釣るためには、タナと言ってどのくらいの深さに餌を投入するかを考え、また潮の流れを見ながら撒き餌をするわけです。
なぜですか?魚の鼻先に餌を差し出す為です。どんな魚を釣りたいかによって餌も変わります。どんな大きさの魚かによって釣り針も変わります。釣りたい魚がいないところで、その魚に合わない針に魚の食わない餌を付けていても釣れるわけがない。餌と道具の無駄です。

良い餌を持って居るだけでは、魚は釣れません。それを適切な仕掛けで、適切な場所で使ってこそ、釣果があるのです。

つまり、作り手が造っているのが餌、道具と場所は流通が持って居るという事です。

もちろん、縄文人のように自分で釣り針を造って獲物を捕っていた時代もあったでしょう。しかし、それも次第に分業化されてきたはずです。良い釣り針、良い竿、そして釣りのためのノウハウを持った人が分業した方が効率よく漁獲高が上がる。そういう事ですね。

図3−5には流通業者を介在させるデメリットも書かれています。
? 販売方法をコントロールしにくくなる
? 販売データの収集が難しくなる
? 販売時に流通マージンが上乗せされる

実は、ここが最大のポイントです。

? どんな売り方をされているのか解らない。まったくでたらめな商品情報とともに販売されている可能性がある
? どんなのが売れ筋なのか、売れているのか売れていないのかも解らない
? 和装業界の場合は時によって数倍の小売り上代となる。

これは三つで一つ。三位一体の問題なんですよ。

なぜか?

生産者が消費者を意識していないから起こる問題だからです。

? 正確な商品情報を提供されていれば、消費者の不信感は起こらず、安心して買える。
? 売れ筋を把握すれば、効率よく販売され、流通コストが低減される。それと共に、流通の在庫コストも下がる。
? 適切な消費者に正しい商品情報が伝われば効率よい販売が可能。また、売れ筋情報を確実に把握することで、自己も流通も資金回転がよくなり、コストが抑えられるそして、販売コストも下がる。

つまり、生産者も流通も生産者を正しく把握していないから、流通コストが膨らみ、その結果、販売価格に転嫁されて、小売り上代が高くなる。そして、それがまた、生産者と流通を圧迫する、という悪循環なのです。

ですから、?の流通マージンの問題だけを解決することは現実的には無理で、また釣りで言えば、その辺の海で竹の棒とたこ糸と針金で、鯛を釣ろうとするようなもんです。

弘法は筆を選ばず、といいますが、それは弘法大師レベルの話で、現実には名人は良い道具を使っているものです。


○ どのように流通業者を介在させるのか。

ここは教科書を読んでください。


○ どの流通業者と取引をするか----小売業態と店舗密度の選択

? 小売業業態の選択----どの小売業態での販売が望ましいか

・ 小売業態が異なると、店舗で扱われる製品・サービスのカテゴリーやアイテム数、価格帯や値引率、取引単位となる数量、そして接客や配達といった販売サービスの水準が異なる。

・ 企業は、そのなかから、マーケティング・ミックスを構成する他の要素との関係を考慮して、ターゲットとなる消費者に選択されやすく、コンセプトに沿った販売サービスを提供できる業態をひとつあるいは複数選択する。


ここはなかなか難しい問題なのですが、きものの小売店には『格』という物があると言うことを覚えて置いてください。格というのはいわゆる『のれん』です。デパートでも、ちょっと前までは、実用呉服、高級呉服、特選呉服と分かれていて、それぞれ問屋も違いました。つまりどの問屋に作品を渡すかで、それがどこに並べられるかがほぼ決まってしまうということです。一流の問屋はそれなりの買い継ぎ商からしか仕入れないのが普通です。ですから、どこに売っても良いというものではない、そういうことなのです。自分の作品が大切に扱われて、正しい情報を元に売られて欲しい、そして消費者のタンスにきちんと収まって、末永く愛用して欲しい、と思えば、それを実現してくれる流通に作品を渡すことです。自分が丹精込めて造った作品であるなら、そう思うのが当然でしょう。もちろん、お金がきちんともらえるということは大前提ですが、それと同じ位大切なのが、作家であるあなたと、作品を大切に思ってくれる流通業者とつきあうという事なのです。

? 店舗密度の選択-----どの程度の店舗密度を実現すべきか

・ 一定のエリアにおける販売拠点の密度を高めれば、物流の効率は向上する。しかし、販売拠点の密度が過度に高まると、販売拠点間での商圏の重複が起こる。

ここで、『最寄り品』と『買い回り品』というのが出てきますね。

最寄り品>購買頻度が高く、習慣的に購入される製品・サービス
買い回り品>比較的高価格で購買頻度が低い製品・サービス

手作りの染織品はもちろん、和装関係の物はすべて買い回り品ですよね。

これは、あちこち見たり、ネットで情報を収集したりして、手間と時間をいとわずに購買を決定する・・・こうあります。

そして

『買い回り品の流通チャネルでは、都心部などを中心に限定した数の店舗を確保していくことになる』

東京における、琉球染織品の場合はどうでしょうか。

デパートでは東武池袋店には沖縄染織のコーナーがあり、三越、高島屋、大丸と沖縄物を置いていない店はありません。そして、銀座を中心に専門店がたくさんあり、沖縄物を扱う業者も多い。

ところが、そのどこも同じモノを置いているのです。

これが問題です。

デパート陶器でいえば、たち吉か香蘭社しかない、いろいろあるようでも結局もとが同じですから、特色がないのです。

これは、品揃えに対する期待感を薄める結果になります。

買い回り品であれこれ違うモノを見たいのに、どこに言っても同じ。ところが価格が違うとなれば、見て回るのは価格だけ。そうなってしまうのです。

モノが同じだから、価格勝負になるのは必然です。

どうしてそうなったのか。

沖縄染織が産地単位で単純化、単一化の方向に進んだからです。

いまは、素人でも、これは宮古上布、これは八重山上布、これは久米島紬と解ってしまいます。それはどうしてかというと、規格だけでなくデザインも単一になってしまったからです。

そんな品物が、東京の山手線内に密集している。

沖縄染織はせいぜい風月堂のゴーフル程度の価値しか無くなってしまった。

551のぶたまんの方がまだましです。

これは完全なるマーケティングミックスの失敗です。

流通密度を上げすぎた、というより、全く考えていなかったのです。

ゴディバのチョコレートも同じですね。

いま、珍しくも何ともなくなった。

売れると思ったら、小売店はそれに殺到する。

でも、それに応じて、拡大をしすぎたのでは飽きられるのも早いのです。

大阪の塩昆布の老舗に『神宗(かんそう)』というところがあります。

この神宗の昆布は、とても有名でしたが、本店とむかしの心斎橋そごうでしか買えなかった。

香辛料がそんなに沢山ないので、というのが理由とされていましたが、そのために永く大阪の人に愛されていました。

ところが、代がかわってあちこちに出すようになった。

味はがた落ちです。

ありがたみも無くなった。

新潟で有名な鹿島屋の『鮭茶漬』もそうですね。

あれは劇的に味も落ちたし、ありがたみもなくなった。

琉球染織は、そもそも、『珍品』であるところにその魅力のひとつがあります。

いくら大量に供給してもメインにはなれないのです。

それを見誤った。

流通を誤ると、商品のライフサイクルは短くなります。

再三言うように、伝統工芸は先人とあとに続く人に想いを致さねばならないのです。

でも、復活の道はあります。

それを考えていきましょう。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:57Comments(0)染織マーケティング

2011年03月17日

もずやと学ぶ染織マーケティング<11回目>



明日の夕方、博多に行き、水曜日は宮崎、木曜日帰阪とバタバタしますので、かなり早いですがアップしておきます。

次回は再来週のアップになります。


3−2流通チャネルのデザイン

ここもおもしろいですね。
染織の作り手の人は、流通に関する知識に疎い人も多いようですから、実例を挙げながら説明していきます。

○ なぜ流通業者は存立するのか

『なぜ存立するのか』・・・問屋無用論とか商人は物を右から左に動かして利益を貪っているという声をいまだによく聞きます。しかし、その認識は間違っています。なぜ存立するのか? 社会的に必要だから存立するのです。どういう具合に必要なのか、流通業者がどういう役割を担っているのかをここで考えていくわけです。これを正しく理解する事は、染織家の仕事にとって非常に
大切な事だと思います。

・ 流通業者との取引には以下の様な利点があるからだと考えられる

? 消費の小規模分散性への対応
圧倒的に小規模な消費者が広範囲に分散している事への対応
? 資金調達リスクの負担の軽減
独自で流通チャネルを構築することの資金負担
? スピーディーな展開
投資した資金の回収、資金の再投下のスピード
? 社会的品揃えの実現
消費者の多用な選択に対応するための他社商品も含めた品揃えの確保
? 取引数の節約(取引数節約の原理)
製品・サービスを比較する手間の節約


全部、染織業界に当てはまっていますよ。
わかりにくければ、自分で商品を小売りする場合、つまり独自販売チャネルを持った場合と比較・想像してみてください。

? 自分であちこち全国を回って、あなたの作品を気に入る消費者を見つけることが出来ますか?そのためにかかる労力はいかばかりで、それをやりながら制作ができますか?

? 自分で小売店舗を作る、あるいは売り歩くのにどれだけの経費がかかりますか。それがペイできますか?

? いつ売れるともわからない作品を沢山もったままで、どんどん糸を買って作品づくりができますか?

? あなたの作品だけを見て消費者が購買を決定すると思いますか。あなたが洋服を買う場合の事を考えて見てください。

? 陶器を買うとします。あなたは日本全国に散らばる陶工・陶芸家を回ることが出来ますか。また、そこまでして買いますか。


たとえはまことに悪いですが、魚釣りをするときに、どこに糸を垂らすでしょうか。魚が沢山いるところですね。魚を沢山釣るためには、タナと言ってどのくらいの深さに餌を投入するかを考え、また潮の流れを見ながら撒き餌をするわけです。
なぜですか?魚の鼻先に餌を差し出す為です。どんな魚を釣りたいかによって餌も変わります。どんな大きさの魚かによって釣り針も変わります。釣りたい魚がいないところで、その魚に合わない針に魚の食わない餌を付けていても釣れるわけがない。餌と道具の無駄です。

良い餌を持って居るだけでは、魚は釣れません。それを適切な仕掛けで、適切な場所で使ってこそ、釣果があるのです。

つまり、作り手が造っているのが餌、道具と場所は流通が持って居るという事です。

もちろん、縄文人のように自分で釣り針を造って獲物を捕っていた時代もあったでしょう。しかし、それも次第に分業化されてきたはずです。良い釣り針、良い竿、そして釣りのためのノウハウを持った人が分業した方が効率よく漁獲高が上がる。そういう事ですね。

図3−5には流通業者を介在させるデメリットも書かれています。
? 販売方法をコントロールしにくくなる
? 販売データの収集が難しくなる
? 販売時に流通マージンが上乗せされる

実は、ここが最大のポイントです。

? どんな売り方をされているのか解らない。まったくでたらめな商品情報とともに販売されている可能性がある
? どんなのが売れ筋なのか、売れているのか売れていないのかも解らない
? 和装業界の場合は時によって数倍の小売り上代となる。

これは三つで一つ。三位一体の問題なんですよ。

なぜか?

生産者が消費者を意識していないから起こる問題だからです。

? 正確な商品情報を提供されていれば、消費者の不信感は起こらず、安心して買える。
? 売れ筋を把握すれば、効率よく販売され、流通コストが低減される。それと共に、流通の在庫コストも下がる。
? 適切な消費者に正しい商品情報が伝われば効率よい販売が可能。また、売れ筋情報を確実に把握することで、自己も流通も資金回転がよくなり、コストが抑えられるそして、販売コストも下がる。

つまり、生産者も流通も生産者を正しく把握していないから、流通コストが膨らみ、その結果、販売価格に転嫁されて、小売り上代が高くなる。そして、それがまた、生産者と流通を圧迫する、という悪循環なのです。

ですから、?の流通マージンの問題だけを解決することは現実的には無理で、また釣りで言えば、その辺の海で竹の棒とたこ糸と針金で、鯛を釣ろうとするようなもんです。

弘法は筆を選ばず、といいますが、それは弘法大師レベルの話で、現実には名人は良い道具を使っているものです。


○ どのように流通業者を介在させるのか。

ここは教科書を読んでください。


○ どの流通業者と取引をするか----小売業態と店舗密度の選択

? 小売業業態の選択----どの小売業態での販売が望ましいか

・ 小売業態が異なると、店舗で扱われる製品・サービスのカテゴリーやアイテム数、価格帯や値引率、取引単位となる数量、そして接客や配達といった販売サービスの水準が異なる。

・ 企業は、そのなかから、マーケティング・ミックスを構成する他の要素との関係を考慮して、ターゲットとなる消費者に選択されやすく、コンセプトに沿った販売サービスを提供できる業態をひとつあるいは複数選択する。


ここはなかなか難しい問題なのですが、きものの小売店には『格』という物があると言うことを覚えて置いてください。格というのはいわゆる『のれん』です。デパートでも、ちょっと前までは、実用呉服、高級呉服、特選呉服と分かれていて、それぞれ問屋も違いました。つまりどの問屋に作品を渡すかで、それがどこに並べられるかがほぼ決まってしまうということです。一流の問屋はそれなりの買い継ぎ商からしか仕入れないのが普通です。ですから、どこに売っても良いというものではない、そういうことなのです。自分の作品が大切に扱われて、正しい情報を元に売られて欲しい、そして消費者のタンスにきちんと収まって、末永く愛用して欲しい、と思えば、それを実現してくれる流通に作品を渡すことです。自分が丹精込めて造った作品であるなら、そう思うのが当然でしょう。もちろん、お金がきちんともらえるということは大前提ですが、それと同じ位大切なのが、作家であるあなたと、作品を大切に思ってくれる流通業者とつきあうという事なのです。

? 店舗密度の選択-----どの程度の店舗密度を実現すべきか

・ 一定のエリアにおける販売拠点の密度を高めれば、物流の効率は向上する。しかし、販売拠点の密度が過度に高まると、販売拠点間での商圏の重複が起こる。

ここで、『最寄り品』と『買い回り品』というのが出てきますね。

最寄り品>購買頻度が高く、習慣的に購入される製品・サービス
買い回り品>比較的高価格で購買頻度が低い製品・サービス

手作りの染織品はもちろん、和装関係の物はすべて買い回り品ですよね。

これは、あちこち見たり、ネットで情報を収集したりして、手間と時間をいとわずに購買を決定する・・・こうあります。

そして

『買い回り品の流通チャネルでは、都心部などを中心に限定した数の店舗を確保していくことになる』

東京における、琉球染織品の場合はどうでしょうか。

デパートでは東武池袋店には沖縄染織のコーナーがあり、三越、高島屋、大丸と沖縄物を置いていない店はありません。そして、銀座を中心に専門店がたくさんあり、沖縄物を扱う業者も多い。

ところが、そのどこも同じモノを置いているのです。

これが問題です。

デパート陶器でいえば、たち吉か香蘭社しかない、いろいろあるようでも結局もとが同じですから、特色がないのです。

これは、品揃えに対する期待感を薄める結果になります。

買い回り品であれこれ違うモノを見たいのに、どこに言っても同じ。ところが価格が違うとなれば、見て回るのは価格だけ。そうなってしまうのです。

モノが同じだから、価格勝負になるのは必然です。

どうしてそうなったのか。

沖縄染織が産地単位で単純化、単一化の方向に進んだからです。

いまは、素人でも、これは宮古上布、これは八重山上布、これは久米島紬と解ってしまいます。それはどうしてかというと、規格だけでなくデザインも単一になってしまったからです。

そんな品物が、東京の山手線内に密集している。

沖縄染織はせいぜい風月堂のゴーフル程度の価値しか無くなってしまった。

551のぶたまんの方がまだましです。

これは完全なるマーケティングミックスの失敗です。

流通密度を上げすぎた、というより、全く考えていなかったのです。

ゴディバのチョコレートも同じですね。

いま、珍しくも何ともなくなった。

売れると思ったら、小売店はそれに殺到する。

でも、それに応じて、拡大をしすぎたのでは飽きられるのも早いのです。

大阪の塩昆布の老舗に『神宗(かんそう)』というところがあります。

この神宗の昆布は、とても有名でしたが、本店とむかしの心斎橋そごうでしか買えなかった。

香辛料がそんなに沢山ないので、というのが理由とされていましたが、そのために永く大阪の人に愛されていました。

ところが、代がかわってあちこちに出すようになった。

味はがた落ちです。

ありがたみも無くなった。

新潟で有名な鹿島屋の『鮭茶漬』もそうですね。

あれは劇的に味も落ちたし、ありがたみもなくなった。

琉球染織は、そもそも、『珍品』であるところにその魅力のひとつがあります。

いくら大量に供給してもメインにはなれないのです。

それを見誤った。

流通を誤ると、商品のライフサイクルは短くなります。

再三言うように、伝統工芸は先人とあとに続く人に想いを致さねばならないのです。

でも、復活の道はあります。

それを考えていきましょう。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:57Comments(0)

2011年03月15日

【高田純】福島原子力発電所の行方[桜H23/3/15]

塩昆布を食べましょう。

  
Posted by 渡辺幻門 at 23:27Comments(0)

2011年03月15日

【高田純】福島原子力発電所の行方[桜H23/3/15]

塩昆布を食べましょう。

  
Posted by 渡辺幻門 at 23:27Comments(0)

2011年03月13日

もずやと学ぶ染織マーケティング<10回目>



まず、はじめに、東北・関東大震災の被災者の方々にお見舞いを申し上げると共に、犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

少し早いのですが、火曜日は移動でバタバタするので、アップしておきます。

第3章 価値実現のマネジメント
3−1流通チャネルの機能と累計

この流通の問題も染織マーケティングを考える上で、重要なポイントですね。

まず、基本的なことを押さえていきましょう。

【流通チャネルの機能】
流通チャネルの次の3つで構成されている。
? 物流
 作り手と買い手の間に生じる、空間的あるいは時間的なギャップを埋める役割を果たす。=保管、輸送

? 情報流
作り手と買い手の間にあるさまざまな情報のギャップを解消していく。
=受発注情報のやりとり、販売予測精度の向上、製品・サービスの特徴・使い勝手の伝達

? 商流
取引の流れ
→相手次第である。
取引である以上、相手に取っても一定のメリットある仕組みを確立せねばならない。=ウィン・ウィンの関係

【流通チャンネルの類型】

チャネル? 生産者→→→→→→→→→→→→→→消費者
チャネル? 生産者→→→→→→→小売業者→→→消費者
チャネル? 生産者→→卸業者→→小売業者→→→消費者

○ 小売業者だけでなく、生産者の数も多い場合、卸業者の多段階化が生じやすくなる。

○ どのチャネル類型が優れているかは、ターゲットとなる最終顧客、取引先として利用できる流通業者、競争企業が採用している流通チャネルの類型、自社の経営資源などの条件によって異なってくる。したがって、同じ産業の中に、異なる流通チャネルの類型を選択する複数の企業が併存する場合もある。



和装業界の流通が問題とされるのは、その多重構造と流通コストでしょうね。

生産者から複数の問屋を経由して小売店を通り、ようやく消費者の手に渡る。

生産者から出た価格の数倍、場合によっては10倍以上の価格で消費者に売られているから、消費者は着物離れをしたし、生産者は貧困にあえぐことになる。

まぁ、これが一般的に言われていることですかね。

しかし、この教科書にも書かれているように、和装業界でも単一の流通チャネルしか存在しないという事はありません。

消費者に直接売る人もいるし、小売店としか取引しないところもある。また多重構造の中に商品を流す人もいます。また、それを併用する人も居ると、まさに人それぞれです。

基本的に自分のこだわりの『作品』をごく少数制作している人は当然高価になりますので、直販体制と採る人がいます。地域密着で地元の需要のみに対応している人もいます。

芭蕉布なんかは、内地の着物ファン以外に琉球舞踊家の需要があって、その人達は別に平良敏子さんの工房の物でなくても良いわけです。しかし、本物の芭蕉布の着物を持たねばなりません。それで、直販を前提に芭蕉布を造って個人を対象にしている人も存在します。

琉球びんがたや加賀友禅も地元需要がありますので、地元の人から直接発注があり、直販する体制があります。

つまり、少数の商品と少数の需要者の場合、直販は成り立っているのです。

小売店と取引する人は結構います。つまり問屋とは取引しないという事ですね。なぜ、そういう選択をするかというと、問屋を通すと末端価格が高くなる事、集金が思うようにいかないこと、などがあるのでしょうか。

正確に当てはまるかどうかは解りませんが、千総さんや川島織物さんなんかは小売店としかやらないはずですから、この形ですね。帯のメーカーさんは多くこの形を採っています。これはその商品にブランド力があるからです。ブランド力があれば、問屋の流通力に頼る必要がない。小売も直接声を掛けてくる。また、ある程度の大量生産が出来て、大量の需要があるという場合にこの形は成立すると言えるのでしょうか。

大量の需要がないとこの形が成立しないというのは、そうでなければ、メーカーも小売店も在庫負担に耐えられないからです。もちろん、自分で少しずつおった織物を地元の民芸店や呉服屋に置いてもらうというスタイルもあり得ます。しかし、小さなチャネルは小さな需要しか喚起しません。小さな需要は大きな供給を産みません。そこそこの規模の需要がなければ、生産者から小売りへの直接取引は継続し得ないといえます。

たとえば、AさんがBという小売店に品物を置いてもらう事にした、とします。
しばらくは順調に売れたのですが、ある一定の期間を過ぎると売り上げが止まった。なぜか。Bの持つ顧客に行き渡ったからです。止まらない為には、Bの本来持って居る顧客以外に売れなければなりません。BはAの商品によって顧客が広がる事も望んでいるわけです。それができなければ、Bは売れ行きが落ちた途端、Aの商品に変えて新しいCという作家の品物を店頭に置くでしょう。
そしてAはまた、新たに品物を置いてくれる店を探す事になります。次はDに置いてもらう事にした。それでも、また同じ事の繰り返しです。小売店は販売機会が制限されている、つまり売場を効率的に使いたいし、販売機会を大切にしたいのです。ですから、売れない物は置きたくない。逆に言えば『売れる物を置きたい』わけです。

『売れる物』=『需要の大きい物』です。

つまり、小売店は消費者を中心として『売れる物を追っかける』ということです。小売店は店の立地・面積、そして暖簾=信用が財産で、それを有効に活用していこうとします。よい立地に豊富な売れ筋の商品を置いておけば、必然的に成功するわけです。

ですから、小売店と直接取引するというのは、消費者に直接売るよりも遙かにハードルが高いと言えます。

もちろん、年に一度とか期間を区切って個展としてやるなら可能かもしれませんが、その場合でも、その作家に一定以上のネームバリューが無ければ困難です。小売店はその作家の名前で顧客を呼び、販売促進に結びつけたいと思うからです。基本的に『利用価値ある物を利用し、売れる物を売る』というのが小売のスタンスだと思わなければなりません。


そして、もっとも一般的と思われるチャネル?の生産者→問屋→小売→消費者のパターンです。問屋というのは、基本的に一定の『くくり』で商品を扱います。うちなんかは『沖縄』というくくりですね。帯の問屋は帯というくくり、加賀友禅をくくりとする問屋もあります。つまり一定の特徴=強みを持っているわけです。これは問屋制家内工業の名残で、かつては問屋が主導して各家で行われる織物を統括していた訳です。問屋は出来上がった織物を工賃と引き替えに受け取る。これが産地問屋の前身です。さらに、産地問屋から集散地にむけて商品は送られる。最大の集散地が京都、そして、東京ですね。京都の室町といいう場所がそのメッカです。東京は掘留です。
ここにある問屋は、前売問屋といいます。小売店に売る問屋です。産地問屋が生産を統括しているのに対し、前売問屋は小売の細かい要望に対応していくのが仕事です。前売問屋の場合には、総合問屋というものが存在するわけです。つまり、各地の産地問屋や作家・生産者を束ねて小売へのパイプ役となる問屋です。また前売問屋には産地問屋を兼ねている、つまり、生産者に直接指図したり、生産者と直接契約しているところもあります。うちもその一つですね。

すなわち、問屋はどの位置にあっても、生産者や商品に顔を向けていると言うことです。

問屋は品物を持って需要を喚起し、探そうとする。小売は需要に当てはまる商品を探す。ですから、問屋は買い取り、小売りは委託になるのです。極端な話、小売りは売れれば何でも言い訳で、宝石・毛皮・ハンドバッグ・婦人服などを売っている呉服屋が多い事でもそれはわかります。うちが洋服売ると言ったら、かりゆしウェアくらいです。

いわば問屋はメーカーのマーケティング部門とも言える立場であるわけです。

この教科書に載っているような大メーカーにはすべてマーケティング部門があります。そして小売店には小売店のマーケティング部門がある。小売店の場合は売場と棚を持って居て、そこに置いてもらわなければどんなに良い品物でも売れることはありません。それを置かせる、良い場所に置かせる、広い場所を獲得する、そのために必要なのがメーカーのマーケティングなのです。

そのメーカーのマーケティングを考える上で必要な事が人・モノ・金・ノウハウ・情報という経営資源の把握であって、小さな経営体が大企業に真正面からぶつかって勝てるわけがありません。そこにマーケティングの出番があるわけです。

小売店というのは売れる物の他に『儲かるモノ』を置き、積極的に売ろうとします。それがPBであり、高利益率商品であるわけです。

高い家賃を払っている銀座の呉服屋さんが、売れもしない儲かりもしない低価格の品物を置いてくれる道理が無いわけですね。

沢山の需要を掴んでいる一等地の呉服屋さんが売れて儲かるモノしか扱わないとしたらどうでしょう。

売れる物=ネームバリューのあるもの
儲かる物=安く仕入れられて高く売れる物

相矛盾する二つの条件をなんとかクリアしようと努力しているのが問屋なのです。

デフレ経済になって、価格の天井が抑えられても、小売店の粗利益率(販売価格?仕入れ価格)÷販売価格%は下がりません。かえって実質的に上がってくる位です。

小売店が悪いと言っているのではありません。呉服販売はそれだけ高コスト体質であるし、現実に、一等地に店舗を構えたり、華やかな催事をやらないと着物は売れないという事なのです。

日本経済全体が底上げされ、天井が上がらない限り、現状の和装業界が潤うことはありません。でも、それは望み薄です。

結論は、流通を簡素化するしかない。

そして、作家と問屋がきちんと役割分担して、お互いの使命を完璧に果たして、低コスト化を実現していくしかないのです。

小売店は立地と販売装置と顧客を持って居ます。

これは転用可能です。売る物をかえれば良い話です。

でも、作家と問屋は扱う商品をおいそれとは変えられないのです。

着物需要を支配している小売に、いかに対応して、自分たちの流通状の地位を高め、利益配分をメーカー側にとりもどすか。

それは、消費者に『Aさんの作品が欲しい』と小売店に言ってもらうようにすることです。

ビールでいうなら、『スーパードライ作戦』ですね。

むかし、居酒屋でビールを頼んだらキリンしかなかった。でも、アサヒビールのマーケティング戦略で客が『スーパードライはないの?』と言うようなったんです。いつのまにか、どこの居酒屋でも『キリンとアサヒ、どっちにします?』と聞かれるようになった。高知県の居酒屋に行くと『たっすいがはいかん』というビールのポスターが貼ってあります。『たっすいが』というのは、味気ないと言う意味でアサヒのビールを指します。高知県といえば、キリンビールの県民一人当たりの消費量が日本一のキリンのメッカです。そんな場所でもこんなポスターを貼るほどキリンは追い込まれているのです。

つまり、消費者への『ダイレクト・マーケティング』です。チャネルは既存の物をつかうとしても、需要の喚起は作り手から直接行っていく。

すべての人が出来るとは思いませんが、考えの隅にこの発想を入れる事で、選択肢と発想は大いに広がるだろうと思います。

『自分は消費者と直接つながるんだ。そのために問屋や小売店をチャネルとして利用するんだ』と思わなければなりません。

イメージは画家と画廊の関係ではないでしょうか。

問屋の役割については、また後日。

  
Posted by 渡辺幻門 at 15:51Comments(0)染織マーケティング

2011年03月13日

もずやと学ぶ染織マーケティング<10回目>



まず、はじめに、東北・関東大震災の被災者の方々にお見舞いを申し上げると共に、犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

少し早いのですが、火曜日は移動でバタバタするので、アップしておきます。

第3章 価値実現のマネジメント
3−1流通チャネルの機能と累計

この流通の問題も染織マーケティングを考える上で、重要なポイントですね。

まず、基本的なことを押さえていきましょう。

【流通チャネルの機能】
流通チャネルの次の3つで構成されている。
? 物流
 作り手と買い手の間に生じる、空間的あるいは時間的なギャップを埋める役割を果たす。=保管、輸送

? 情報流
作り手と買い手の間にあるさまざまな情報のギャップを解消していく。
=受発注情報のやりとり、販売予測精度の向上、製品・サービスの特徴・使い勝手の伝達

? 商流
取引の流れ
→相手次第である。
取引である以上、相手に取っても一定のメリットある仕組みを確立せねばならない。=ウィン・ウィンの関係

【流通チャンネルの類型】

チャネル? 生産者→→→→→→→→→→→→→→消費者
チャネル? 生産者→→→→→→→小売業者→→→消費者
チャネル? 生産者→→卸業者→→小売業者→→→消費者

○ 小売業者だけでなく、生産者の数も多い場合、卸業者の多段階化が生じやすくなる。

○ どのチャネル類型が優れているかは、ターゲットとなる最終顧客、取引先として利用できる流通業者、競争企業が採用している流通チャネルの類型、自社の経営資源などの条件によって異なってくる。したがって、同じ産業の中に、異なる流通チャネルの類型を選択する複数の企業が併存する場合もある。



和装業界の流通が問題とされるのは、その多重構造と流通コストでしょうね。

生産者から複数の問屋を経由して小売店を通り、ようやく消費者の手に渡る。

生産者から出た価格の数倍、場合によっては10倍以上の価格で消費者に売られているから、消費者は着物離れをしたし、生産者は貧困にあえぐことになる。

まぁ、これが一般的に言われていることですかね。

しかし、この教科書にも書かれているように、和装業界でも単一の流通チャネルしか存在しないという事はありません。

消費者に直接売る人もいるし、小売店としか取引しないところもある。また多重構造の中に商品を流す人もいます。また、それを併用する人も居ると、まさに人それぞれです。

基本的に自分のこだわりの『作品』をごく少数制作している人は当然高価になりますので、直販体制と採る人がいます。地域密着で地元の需要のみに対応している人もいます。

芭蕉布なんかは、内地の着物ファン以外に琉球舞踊家の需要があって、その人達は別に平良敏子さんの工房の物でなくても良いわけです。しかし、本物の芭蕉布の着物を持たねばなりません。それで、直販を前提に芭蕉布を造って個人を対象にしている人も存在します。

琉球びんがたや加賀友禅も地元需要がありますので、地元の人から直接発注があり、直販する体制があります。

つまり、少数の商品と少数の需要者の場合、直販は成り立っているのです。

小売店と取引する人は結構います。つまり問屋とは取引しないという事ですね。なぜ、そういう選択をするかというと、問屋を通すと末端価格が高くなる事、集金が思うようにいかないこと、などがあるのでしょうか。

正確に当てはまるかどうかは解りませんが、千総さんや川島織物さんなんかは小売店としかやらないはずですから、この形ですね。帯のメーカーさんは多くこの形を採っています。これはその商品にブランド力があるからです。ブランド力があれば、問屋の流通力に頼る必要がない。小売も直接声を掛けてくる。また、ある程度の大量生産が出来て、大量の需要があるという場合にこの形は成立すると言えるのでしょうか。

大量の需要がないとこの形が成立しないというのは、そうでなければ、メーカーも小売店も在庫負担に耐えられないからです。もちろん、自分で少しずつおった織物を地元の民芸店や呉服屋に置いてもらうというスタイルもあり得ます。しかし、小さなチャネルは小さな需要しか喚起しません。小さな需要は大きな供給を産みません。そこそこの規模の需要がなければ、生産者から小売りへの直接取引は継続し得ないといえます。

たとえば、AさんがBという小売店に品物を置いてもらう事にした、とします。
しばらくは順調に売れたのですが、ある一定の期間を過ぎると売り上げが止まった。なぜか。Bの持つ顧客に行き渡ったからです。止まらない為には、Bの本来持って居る顧客以外に売れなければなりません。BはAの商品によって顧客が広がる事も望んでいるわけです。それができなければ、Bは売れ行きが落ちた途端、Aの商品に変えて新しいCという作家の品物を店頭に置くでしょう。
そしてAはまた、新たに品物を置いてくれる店を探す事になります。次はDに置いてもらう事にした。それでも、また同じ事の繰り返しです。小売店は販売機会が制限されている、つまり売場を効率的に使いたいし、販売機会を大切にしたいのです。ですから、売れない物は置きたくない。逆に言えば『売れる物を置きたい』わけです。

『売れる物』=『需要の大きい物』です。

つまり、小売店は消費者を中心として『売れる物を追っかける』ということです。小売店は店の立地・面積、そして暖簾=信用が財産で、それを有効に活用していこうとします。よい立地に豊富な売れ筋の商品を置いておけば、必然的に成功するわけです。

ですから、小売店と直接取引するというのは、消費者に直接売るよりも遙かにハードルが高いと言えます。

もちろん、年に一度とか期間を区切って個展としてやるなら可能かもしれませんが、その場合でも、その作家に一定以上のネームバリューが無ければ困難です。小売店はその作家の名前で顧客を呼び、販売促進に結びつけたいと思うからです。基本的に『利用価値ある物を利用し、売れる物を売る』というのが小売のスタンスだと思わなければなりません。


そして、もっとも一般的と思われるチャネル?の生産者→問屋→小売→消費者のパターンです。問屋というのは、基本的に一定の『くくり』で商品を扱います。うちなんかは『沖縄』というくくりですね。帯の問屋は帯というくくり、加賀友禅をくくりとする問屋もあります。つまり一定の特徴=強みを持っているわけです。これは問屋制家内工業の名残で、かつては問屋が主導して各家で行われる織物を統括していた訳です。問屋は出来上がった織物を工賃と引き替えに受け取る。これが産地問屋の前身です。さらに、産地問屋から集散地にむけて商品は送られる。最大の集散地が京都、そして、東京ですね。京都の室町といいう場所がそのメッカです。東京は掘留です。
ここにある問屋は、前売問屋といいます。小売店に売る問屋です。産地問屋が生産を統括しているのに対し、前売問屋は小売の細かい要望に対応していくのが仕事です。前売問屋の場合には、総合問屋というものが存在するわけです。つまり、各地の産地問屋や作家・生産者を束ねて小売へのパイプ役となる問屋です。また前売問屋には産地問屋を兼ねている、つまり、生産者に直接指図したり、生産者と直接契約しているところもあります。うちもその一つですね。

すなわち、問屋はどの位置にあっても、生産者や商品に顔を向けていると言うことです。

問屋は品物を持って需要を喚起し、探そうとする。小売は需要に当てはまる商品を探す。ですから、問屋は買い取り、小売りは委託になるのです。極端な話、小売りは売れれば何でも言い訳で、宝石・毛皮・ハンドバッグ・婦人服などを売っている呉服屋が多い事でもそれはわかります。うちが洋服売ると言ったら、かりゆしウェアくらいです。

いわば問屋はメーカーのマーケティング部門とも言える立場であるわけです。

この教科書に載っているような大メーカーにはすべてマーケティング部門があります。そして小売店には小売店のマーケティング部門がある。小売店の場合は売場と棚を持って居て、そこに置いてもらわなければどんなに良い品物でも売れることはありません。それを置かせる、良い場所に置かせる、広い場所を獲得する、そのために必要なのがメーカーのマーケティングなのです。

そのメーカーのマーケティングを考える上で必要な事が人・モノ・金・ノウハウ・情報という経営資源の把握であって、小さな経営体が大企業に真正面からぶつかって勝てるわけがありません。そこにマーケティングの出番があるわけです。

小売店というのは売れる物の他に『儲かるモノ』を置き、積極的に売ろうとします。それがPBであり、高利益率商品であるわけです。

高い家賃を払っている銀座の呉服屋さんが、売れもしない儲かりもしない低価格の品物を置いてくれる道理が無いわけですね。

沢山の需要を掴んでいる一等地の呉服屋さんが売れて儲かるモノしか扱わないとしたらどうでしょう。

売れる物=ネームバリューのあるもの
儲かる物=安く仕入れられて高く売れる物

相矛盾する二つの条件をなんとかクリアしようと努力しているのが問屋なのです。

デフレ経済になって、価格の天井が抑えられても、小売店の粗利益率(販売価格?仕入れ価格)÷販売価格%は下がりません。かえって実質的に上がってくる位です。

小売店が悪いと言っているのではありません。呉服販売はそれだけ高コスト体質であるし、現実に、一等地に店舗を構えたり、華やかな催事をやらないと着物は売れないという事なのです。

日本経済全体が底上げされ、天井が上がらない限り、現状の和装業界が潤うことはありません。でも、それは望み薄です。

結論は、流通を簡素化するしかない。

そして、作家と問屋がきちんと役割分担して、お互いの使命を完璧に果たして、低コスト化を実現していくしかないのです。

小売店は立地と販売装置と顧客を持って居ます。

これは転用可能です。売る物をかえれば良い話です。

でも、作家と問屋は扱う商品をおいそれとは変えられないのです。

着物需要を支配している小売に、いかに対応して、自分たちの流通状の地位を高め、利益配分をメーカー側にとりもどすか。

それは、消費者に『Aさんの作品が欲しい』と小売店に言ってもらうようにすることです。

ビールでいうなら、『スーパードライ作戦』ですね。

むかし、居酒屋でビールを頼んだらキリンしかなかった。でも、アサヒビールのマーケティング戦略で客が『スーパードライはないの?』と言うようなったんです。いつのまにか、どこの居酒屋でも『キリンとアサヒ、どっちにします?』と聞かれるようになった。高知県の居酒屋に行くと『たっすいがはいかん』というビールのポスターが貼ってあります。『たっすいが』というのは、味気ないと言う意味でアサヒのビールを指します。高知県といえば、キリンビールの県民一人当たりの消費量が日本一のキリンのメッカです。そんな場所でもこんなポスターを貼るほどキリンは追い込まれているのです。

つまり、消費者への『ダイレクト・マーケティング』です。チャネルは既存の物をつかうとしても、需要の喚起は作り手から直接行っていく。

すべての人が出来るとは思いませんが、考えの隅にこの発想を入れる事で、選択肢と発想は大いに広がるだろうと思います。

『自分は消費者と直接つながるんだ。そのために問屋や小売店をチャネルとして利用するんだ』と思わなければなりません。

イメージは画家と画廊の関係ではないでしょうか。

問屋の役割については、また後日。

  
Posted by 渡辺幻門 at 15:51Comments(0)

2011年03月12日

2011年03月12日