オオサカジン

  | 羽曳野市

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2010年03月12日

つなげ!匠の精神

昨日、京都に行ってきました。
どこに行っても『できない』『やめてしもた』という話ばかりです。糸屋、染屋、箔屋、それにまつわる下職の人たちがどんどん廃業してしまっているのです。10年前は普通にできたものが今は出来ないのです。

京都の染、織はそれぞれが卓越した技術を持った分業体制で成り立っています。
一貫生産ではとうてい出来ない精密で高度な技術の集大成なのです。

新しい文様を起こそうと想っても、図案師がいない。変わった生地を使おうとしても、生地屋が生産をしぼっていたり、紋図が壊れていたりしてできない。預けていた型も廃業とともに、行方不明になる。新規発注がないから、生地屋、機屋はどんどんやめていく。生地が無くなったら、どんな良い染めの技術を持っていても形にならないのです。織りは織機を動かす人がいないと糸のまんまです。その糸だって、ほとんど外国製です。

近い将来、京都ブランドで売られる着物のほとんどがインクジェットの着物と外国で織られた簡単な帯だけになるでしょうね。これは目を背けることの出来ない現実です。

そう考えると、わが沖縄染織の将来は安泰です。第一に個人の範囲で全工程が完了する。織は糸も紡ぐ事は可能だし、糸染、製織、洗濯まで一人で出来ます。染め物も紅型の場合は、図案から型彫り、色差し、地染め、蒸し水洗まで全部一つの工房内で完了出来ます。そして、大きいのは首里高校、沖縄県立芸大が県の教育として、伝統染織そのものを指導し、後継者を育成している事です。また、県も工芸指導所や各組合で後継者育成、技術指導をしています。そして、一貫した工程をこなせる染織作家の数が他産地と比べてべらぼうに多い事。これは技術の研鑽と情報の交換を産みます。今後すくなくとも50年はだれかが染め織りをやっているでしょう。桑も年中とれるし、苧麻も年に4回収穫できる。原材料の供給も問題ない。年中温かく、糸や布の乾きもはやいから、効率が良い。植物染料も豊富で年中とれる。また、染め織りに携わる人のほとんどが女性であるというのが非常に大きい。生活ではなく、愉しんでやっている人が多いのです。仕事半分、趣味半分だから、手を抜かない。若い内に習って、結婚して子供が出来たら休み、子供が大きくなったらまた始める。そうやってどんどん仕事が繋がっていく。

もちろん、京都のように精巧なものはできないでしょうが、それでも無くなるよりは全然ましです。

京都の染織技術を失うことは、世界的な損失です。しかし、それも世の流れかもしれません。このままでは、ほんとうにその技術が途絶えてしまいます。職人技はもう消滅するのです。いくら私たちが惜しんでも食べていけないのでは、どうしようもないのです。

それより危惧されるのは『匠の精神』です。これは伝統工芸から培われてきた物ですが、この精神が日本の工業技術の基礎になっているのは衆知のとおりです。染織を初めとする伝統工芸が衰退するということは、その精神も失われていくという事にならないでしょうか。東大阪の鉄工所の技術も元はといえば、丹南の金物が原点です。堺打刃物もそこから生まれたのです。あまり知られていませんが、今でも丹南地区には多くの金属加工工場があります。日本の輸出を支えた繊維業も、各地で行われていた機織りの基礎がなければあり得なかったことです。その根っこを私たちは失おうとしている。

世の中の流れと不況で、京都の物作りはもう風前の灯火です。しかし、枝葉は枯れても、根っこだけは残さねばならない。その根っ子とは『匠の精神』と『基礎技術』です。いままで、職人技とされてきた技術を、出来る限り分析して数値化し、あとに続けられないものでしょうか。あるいは、他産業への技術移転をはかることはできないものでしょうか。

日本はものづくりの国です。その国の足元が壊疽を起こしています。
なんとか、踏ん張って欲しい、手を合わせて神様にお願いしたい心境です。
Posted by 渡辺幻門 at 13:25│Comments(1)
この記事へのコメント

コメントありがとうございます。
私の嫁の実家は紅型工房ですので、おっしゃることがよくわかります。

三田会でお会いできるとよいですね。
Posted by 社会保険労務士 堀下 和紀 at 2010年03月14日 17:38
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