2010年10月12日
とりあえず、実技課題終了
織2の組織織の課題と、シルクスクリーンの課題を作り終えて、一応、在宅の実習課題は終了です。評価はどうかわかりませんが(^_^;)あとは、レポートと卒業制作だけです。レポートは、11月に片付ける計画なので、まずは一息。
芸大に入学して1年半ですが、なんとか順調に来ました。
一番の収穫は、物を造るという行為に対してアレルギーが無くなった事ですね。
上手下手は別にして、とりあえず、取り組む時のハードルが低くなりました。
前は『そんなん、できるかいな』とか『そんなん、俺のしごとちゃう』とか、逃げのセリフがまず出ていたと思いますが、今は、『とりあえず、やってみるか』と思えるようになりました。40台後半になって、これは大きな進歩だと自分でも思います。
商人にとって、とりあえずどんな形にせよ、自分で物が造れる事ほど、心強いものはないのです。いまは、いろんな機械や設備もあります。下手でも、形にさえできれば、なんとかなるのです。そのためには、まず、『私にも造れる!』という確信が大切です。それを持つことが出来たのが芸大にはいった大きな収穫でした。
絵が下手でも、絵はパクって、ソフトでオリジナルに仕上げればいいのだし、配色はいろんな手本があります。染められなくても、いまはインクジェットもあるから、図案さえ作れれば、小紋くらいは簡単にできる。織だって、今はコンピューターです。手作りは無理でも、作る気さえあれば形にする方法はいくらでもある時代なのです。
これからの染織市場は、手作りの作家物と商人の企画による工業製品の二つに絞られてくると思います。作家さんというのは、自己の表現が中心です。そうでなければ良い物は作れない。でも市場性の高い物はまた別です。高感度低価格の物は作家さんには作れません。それを実現するのは商人です。いまは、その物作りを職人にゆだねる事はできなくなりました。当社オリジナルを任せられる職人が居ないのです。その部分はどんどん機械生産に置き換わって行かざるを得ないと思います。
それは即ち、芸術→アール・ヌーボー→アール・デコと移り変わった工芸市場そのものです。和装業界も必ずそうなります。
その棲み分けをどうしてうまく実現していくか、それが大事です。
ガレ・ドーム、ラリック、バカラとガラス工芸の変遷を見ていくと、その答えは出るかも知れません。
ガレも初期の作品と工房作品とは明らかに違っています。
和装に置き換えるなら、本当の手作りの作品はガレの初期作品であり、工房物はその後の問屋中心の時代、そしてこれからは、工業デザインが中心となるバカラが用の美の主役となるのだろうと思います。しかし、ガレはガレ、ラリックはラリックの魅力やガラス工芸における立場を明確に保っている。ガレ、ラリック、バカラを同列に評価する事は出来ませんし、そういう評価は的はずれでしょう。
私達の染織の仕事もそうであるべきだろうと思います。
工業製品は工業製品として、芸術品は芸術品として、その価値を高め合い、、お互いの生存領域を保っていく。
その領域を侵そうとすると、ウソやムリが生まれてくるのです。
いままで、染織の領域でバカラに当たる物がなぜ出てこなかったのか。
それは商人の勉強と見識の不足です。
あくまでも、ホンモノの偽物や安物を出すために、機械生産を用いてきた。
しかし、それは明らかに間違っています。
芸術はプロダクトアウト、アール・デコはマーケットインで行けばいいのです。
それを交錯してきたところが、いまの生産者や消費者の迷いに繋がっているのです。
マーケットインのアールデコを実現するために、私は芸大に入りました。
芸大で学んだことで、作家と機械生産、双方に意見できる下地が出来ました。
それぞれが何を目指すべきか。
いわゆるマーケティングで言うところの戦略ドメインの選定です。
工芸とマーケティング、双方を学ぶことは工芸を志す者にとって必須の事であるし、特に携わる商人にとっては、そうであろうと思います。
芸大の勉強を終えたら、今度は、もっと深い文化をさらに学び、そして、再度マーケティングを学ぶ事で、作り手に新たな示唆を与えられるようにしたいと思っています。
芸大に入学して1年半ですが、なんとか順調に来ました。
一番の収穫は、物を造るという行為に対してアレルギーが無くなった事ですね。
上手下手は別にして、とりあえず、取り組む時のハードルが低くなりました。
前は『そんなん、できるかいな』とか『そんなん、俺のしごとちゃう』とか、逃げのセリフがまず出ていたと思いますが、今は、『とりあえず、やってみるか』と思えるようになりました。40台後半になって、これは大きな進歩だと自分でも思います。
商人にとって、とりあえずどんな形にせよ、自分で物が造れる事ほど、心強いものはないのです。いまは、いろんな機械や設備もあります。下手でも、形にさえできれば、なんとかなるのです。そのためには、まず、『私にも造れる!』という確信が大切です。それを持つことが出来たのが芸大にはいった大きな収穫でした。
絵が下手でも、絵はパクって、ソフトでオリジナルに仕上げればいいのだし、配色はいろんな手本があります。染められなくても、いまはインクジェットもあるから、図案さえ作れれば、小紋くらいは簡単にできる。織だって、今はコンピューターです。手作りは無理でも、作る気さえあれば形にする方法はいくらでもある時代なのです。
これからの染織市場は、手作りの作家物と商人の企画による工業製品の二つに絞られてくると思います。作家さんというのは、自己の表現が中心です。そうでなければ良い物は作れない。でも市場性の高い物はまた別です。高感度低価格の物は作家さんには作れません。それを実現するのは商人です。いまは、その物作りを職人にゆだねる事はできなくなりました。当社オリジナルを任せられる職人が居ないのです。その部分はどんどん機械生産に置き換わって行かざるを得ないと思います。
それは即ち、芸術→アール・ヌーボー→アール・デコと移り変わった工芸市場そのものです。和装業界も必ずそうなります。
その棲み分けをどうしてうまく実現していくか、それが大事です。
ガレ・ドーム、ラリック、バカラとガラス工芸の変遷を見ていくと、その答えは出るかも知れません。
ガレも初期の作品と工房作品とは明らかに違っています。
和装に置き換えるなら、本当の手作りの作品はガレの初期作品であり、工房物はその後の問屋中心の時代、そしてこれからは、工業デザインが中心となるバカラが用の美の主役となるのだろうと思います。しかし、ガレはガレ、ラリックはラリックの魅力やガラス工芸における立場を明確に保っている。ガレ、ラリック、バカラを同列に評価する事は出来ませんし、そういう評価は的はずれでしょう。
私達の染織の仕事もそうであるべきだろうと思います。
工業製品は工業製品として、芸術品は芸術品として、その価値を高め合い、、お互いの生存領域を保っていく。
その領域を侵そうとすると、ウソやムリが生まれてくるのです。
いままで、染織の領域でバカラに当たる物がなぜ出てこなかったのか。
それは商人の勉強と見識の不足です。
あくまでも、ホンモノの偽物や安物を出すために、機械生産を用いてきた。
しかし、それは明らかに間違っています。
芸術はプロダクトアウト、アール・デコはマーケットインで行けばいいのです。
それを交錯してきたところが、いまの生産者や消費者の迷いに繋がっているのです。
マーケットインのアールデコを実現するために、私は芸大に入りました。
芸大で学んだことで、作家と機械生産、双方に意見できる下地が出来ました。
それぞれが何を目指すべきか。
いわゆるマーケティングで言うところの戦略ドメインの選定です。
工芸とマーケティング、双方を学ぶことは工芸を志す者にとって必須の事であるし、特に携わる商人にとっては、そうであろうと思います。
芸大の勉強を終えたら、今度は、もっと深い文化をさらに学び、そして、再度マーケティングを学ぶ事で、作り手に新たな示唆を与えられるようにしたいと思っています。
Posted by 渡辺幻門 at 23:22│Comments(0)
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