2010年10月08日
民藝の楽しみ方
ひさしぶりに、ちょっと民藝の話を。
民藝というのは、民衆的工芸の事です。
民藝運動を起こしたのは柳宗悦という人ですが、民藝運動が起こって民藝ができたのではありません。
柳がやった運動は、普段使いの生活の中にある物にも美は存在するという事を衆知し、その理論的構築を試みたということです。
民藝の理論の是非は見解の分かれるところですが、民藝運動の趣旨、つまり、普段使いの雑器の中に美を見出し、それを多くの人に意識させたということは大きな意味合いのあることであると思います。
民藝の中に私が扱う染織品も含まれますが、沖縄をはじめとして、各地の織物・染め物を見て、使用するときにどういう態度・気持ちで向かい合えばいいのか。それは、物の出来不出来はもちろん、美醜も大きな着目点です。
しかし、それ以上に大きな事は、民藝はその土地の風土と歴史が生み出した物であると言うことです。
染織品の場合、水は大きな要素です。そして、土。綿花や麻などの繊維、染めるための染料は土から生まれます。同じように気候。それは植物の生育や蚕の養殖、そして糸を引くための安定した湿度なども必要です。地政学上の位置。これは交易においてどのような位置にあったかです。北回り船が回ってきたかどうかで、流通する物が変わってきます。そして、政治。米沢藩が織物を振興した事は有名です。
そんな様々な事柄が民藝には大きく関わっているのです。すなわち、民藝を知る事はその産地の風土と歴史を知ることにもなるのです。また、それを知らなければ、その品物を理解したとは言えない、と言ってもいいでしょう。
民藝というのは、廉価で大量に作られる為に、無償の自然の恵みを最大限に活かしています。化学染料が発達したのはついこの間のことで、それまでは天然染料であったし、それは地元でとれる物を使用した。繊維もそうです。採れる物から生活に合うように工夫して作ったのです。
日本は南北に長い。そして太平洋側と日本海側では大きく気候が違う。ですから、地域ごとに特色ある民藝が生まれたのです。
東北には東北の、関東には関東の、中国地方には中国地方の特色あるすばらしい民藝があります。
そのすべてが、この国土の中で、自然と歴史の中で育まれてきたのです。
そして、私達の美醜に対する意識も同じように自然と歴史の中で培われてきた。
日の光、土壌、山や海、そんな日々なにげなく私達の回りを取り囲んでいる物から美意識という物は築き上げられて行くのです。
逆に言えば、日本中が均一化すると価値ある民藝を生み出す事はできないという事です。
そして、民藝に於いては、優劣はない。技量に於いて優劣はあっても、民藝としての価値に於いてはすべて同じように大切な文化財なのです。
染織品や陶磁器など、手工芸品を見る場合、どうしても自分の価値観や審美眼を通して判断してしまいます。
しかし、本当の価値は、その品物の奥にあるのです。
物を見て、その産地は何処なのかを知る。そして、その地域の気候や歴史に思いをはせる。なぜ、こんな素晴らしい物ができあがったのか。なぜ、この色はこんなに美しいのか。なぜ、このなんでもない布が心に深くひっかってくるのか。
それは、それを作った個人の力だと思わない、まずそこから始まります。
個人の力が風土や歴史に勝ることはありません。
その個人の力とて、風土や歴史が作るのです。
好みかどうか、高いか安いか、思う前に、まず、それをじっくり考えてみる事をお勧めします。
鋭い直観は、下地に膨大な知識が必要です。
民藝は天才がつくるものではありません。
それだけに、その価値の深いところを理解するためには、それを産んだ土地の事を知らねばならないのです。
『なぜ、この品物はここに生まれたのか?』
そう考えることが、用の美の本当の意味を理解する事になるのだと私は思います。
民藝というのは、民衆的工芸の事です。
民藝運動を起こしたのは柳宗悦という人ですが、民藝運動が起こって民藝ができたのではありません。
柳がやった運動は、普段使いの生活の中にある物にも美は存在するという事を衆知し、その理論的構築を試みたということです。
民藝の理論の是非は見解の分かれるところですが、民藝運動の趣旨、つまり、普段使いの雑器の中に美を見出し、それを多くの人に意識させたということは大きな意味合いのあることであると思います。
民藝の中に私が扱う染織品も含まれますが、沖縄をはじめとして、各地の織物・染め物を見て、使用するときにどういう態度・気持ちで向かい合えばいいのか。それは、物の出来不出来はもちろん、美醜も大きな着目点です。
しかし、それ以上に大きな事は、民藝はその土地の風土と歴史が生み出した物であると言うことです。
染織品の場合、水は大きな要素です。そして、土。綿花や麻などの繊維、染めるための染料は土から生まれます。同じように気候。それは植物の生育や蚕の養殖、そして糸を引くための安定した湿度なども必要です。地政学上の位置。これは交易においてどのような位置にあったかです。北回り船が回ってきたかどうかで、流通する物が変わってきます。そして、政治。米沢藩が織物を振興した事は有名です。
そんな様々な事柄が民藝には大きく関わっているのです。すなわち、民藝を知る事はその産地の風土と歴史を知ることにもなるのです。また、それを知らなければ、その品物を理解したとは言えない、と言ってもいいでしょう。
民藝というのは、廉価で大量に作られる為に、無償の自然の恵みを最大限に活かしています。化学染料が発達したのはついこの間のことで、それまでは天然染料であったし、それは地元でとれる物を使用した。繊維もそうです。採れる物から生活に合うように工夫して作ったのです。
日本は南北に長い。そして太平洋側と日本海側では大きく気候が違う。ですから、地域ごとに特色ある民藝が生まれたのです。
東北には東北の、関東には関東の、中国地方には中国地方の特色あるすばらしい民藝があります。
そのすべてが、この国土の中で、自然と歴史の中で育まれてきたのです。
そして、私達の美醜に対する意識も同じように自然と歴史の中で培われてきた。
日の光、土壌、山や海、そんな日々なにげなく私達の回りを取り囲んでいる物から美意識という物は築き上げられて行くのです。
逆に言えば、日本中が均一化すると価値ある民藝を生み出す事はできないという事です。
そして、民藝に於いては、優劣はない。技量に於いて優劣はあっても、民藝としての価値に於いてはすべて同じように大切な文化財なのです。
染織品や陶磁器など、手工芸品を見る場合、どうしても自分の価値観や審美眼を通して判断してしまいます。
しかし、本当の価値は、その品物の奥にあるのです。
物を見て、その産地は何処なのかを知る。そして、その地域の気候や歴史に思いをはせる。なぜ、こんな素晴らしい物ができあがったのか。なぜ、この色はこんなに美しいのか。なぜ、このなんでもない布が心に深くひっかってくるのか。
それは、それを作った個人の力だと思わない、まずそこから始まります。
個人の力が風土や歴史に勝ることはありません。
その個人の力とて、風土や歴史が作るのです。
好みかどうか、高いか安いか、思う前に、まず、それをじっくり考えてみる事をお勧めします。
鋭い直観は、下地に膨大な知識が必要です。
民藝は天才がつくるものではありません。
それだけに、その価値の深いところを理解するためには、それを産んだ土地の事を知らねばならないのです。
『なぜ、この品物はここに生まれたのか?』
そう考えることが、用の美の本当の意味を理解する事になるのだと私は思います。
Posted by 渡辺幻門 at 21:10│Comments(0)
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