オオサカジン

  | 羽曳野市

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2011年06月04日

お稽古をはじめた理由

昨日、お茶のお稽古があり、ようやく割稽古を卒業しました。

袱紗さばきもたどたどしいのですが、お稽古はとても楽しいですね。

先日、能楽師の先生にもお会いして、謡曲のお稽古も始めることにしました。

芸大も含めると3つの習い事をしている事になります。

私もすでに46歳。今年の秋には47歳になります。

四捨五入すれば『五十の手習い』という事になります。

この言葉がどいういう深い意味合いを含んでいるのかは知りませんが、そんなことは希だという事は間違いないでしょう。

そんな年齢になって、なぜ新しいことを始めたかというと、第一には老化に対する恐怖です。

視力が衰え、遠近両用のメガネになりました。記憶力も衰え、さっき何を考えていたのかさえ忘れてしまう・・・

すなわち、人間としてのタイムリミットを感じたわけです。

やるなら、いましかない!正直、そう思いました。

でも、全く畑違いの事はできません。

それで、染織、茶道、能楽と、自分の生きている世界から一歩でたところで挑戦してみたのです。

また、年齢だけでなく、『枯渇』と『限界』を感じた事も大きな要因ですね。

いくら、作品を見ても、どんなに文献を読み込んでも、それだけでは新しい発想が出てこないのです。

つまり、モノから学ぶ物、受動的に受け入れる事には限界があると感じたのです。

だから、一歩だけでも自分の世界から出て、体を使ってみよう。実際に体で感じてみよう、そう思いました。

これは、てきめんに効果が出ています。

もうひとつは、やっぱり人との出会いがきっかけですね。

銀座泰三さんとの出会いです。

銀座泰三さんは京都文化の権化のような人で、あまりの京都文化の唯我独尊主義に、正直、『いまにみておれ!』

と発憤し、彼をねじ伏せるために様々な勉強をしました。まだまだ、銀座泰三さんの域までは到底及びませんが、

私の人生においては大変大きな出会いでした。


お茶や謡いというと、旦那の道楽のように捉えられがちですが、全然違うと私は感じました。

昔の旦那衆は遊んでいる様に見えても、いざと言うときに備えてアイディアと情報を蓄積していたのです。

どんな仕事をしていても、少し自分の領域から出てみることは、とてもよい勉強になると思います。

仕事に直接活かそうとするなら、自分の仕事の周辺領域に活動の場を広げてみる。

沖縄染織をやっているなら、琉球舞踊や書道、茶道などをやってみたらいかがでしょう。

そんな席に自分の作品を着て行くのもいいでしょうし、楽しい仲間もできるでしょう。

一本道は素晴らしく美しいですが、路傍の花を見ながら歩けば楽しく、心も豊かになります。

今のような動乱期は特に、少し立ち止まって、道草をしてみることはとても意義深いことだろうと思います。

せっかくはじめたお稽古ですので、末永く続けていきたいと思っています。
Posted by 渡辺幻門 at 10:08│Comments(2)
この記事へのコメント

私の存在が貴兄の発奮の動機なら
嬉しいことですね。まあ唯我独尊という言い方はどうかとは思いますが、堺を通って都に辿りつき花開いたもの。昇華したものの質は紛れもなく日本一なのです。私は極めて冷静に客観的に述べております(笑)そのうち歌舞伎などの江戸の物にも触れられると、もっと文化への理解度が広がりますよ。
文化は自ら触れ咀嚼してようやく自分の物となります。何事もやるなら名人を目指してください。
Posted by 高橋泰三 at 2011年06月04日 12:15

〉銀座泰三先輩
コメントありがとうございます(^O^)私は地方の豊穣な文化を知ってしまったので、貴族的でない謂わば海・山、そして神に興味があります。いつか、大阪にもずやあり!と言われるようになってみせますよo(^-^)o
Posted by mozuya at 2011年06月04日 14:23
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