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  | 羽曳野市

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2010年03月22日

カラー版 日本美術史 読了

カラー版 日本美術史
レビュー

2002
美術出版社
辻 惟雄

書評まで行く知識がありませんので、感想です。

教科書としては良い本だったと想います。

先般の工芸史や工芸論とも重なるので、内容的にも理解しやすかったですね。

全体の美術史を通して見てみると、仏教関係の美術から入って、貴族の需要に併せた物、そして、民衆に合わせた物と対象が変わってきます。これは欧米でも同じ流れです。

しかし、どちらも、自己表現とか言い出して、シュールレアリズム、前衛と言ったところで、急に元気がなくなって頓挫している。

芸術家は食えないのは当たり前で、それが美しい姿だなんていうのはここ100年の事のようです。

それ以前は、需要家に合わせて作品を作っていた。

それがなぜ、こうなってしまったのでしょうか。

ヨーロッパの流れからすると、世紀末デカダンスの影響が美術に現れ、それを先進と思い込んだ当時留学していた画家たちが勘違いしてその考えを取り込んだ。そんなところじゃないかと想います。

伝統工芸の世界でもそうですが、食えない職業の人に良い仕事をしろというのは無理です。自己表現を追求して飲まず食わずで絵を描いているなんて、傍目からみればかっこいいですが、あまりにも内向的で誰も幸せにしません。社会的損失です。芸術が人を感動させるためにあるなら、もっとわかりやすくする努力をせねばならないと私は思います。芸術家が自分でできないなら、それを手助けする人が必要です。昨日書いた美術史家・批評家もそうですが、画商も話題作家の作品を振り回すだけで、そこのところの努力をしているのでしょうか。

そういう哲学や思想に裏打ちされた芸術ならば、他の芸術分野にも波及せねばならないはずです。アーツ&クラフツ運動が元をたどればディアギレフのバレエ・リュスが原点だというように、芸術の発展には大きな潮流が必要です。現代にそれがあるでしょうか。どうも、全体的にあまりに内向的で小粒のような気がします。

伝統工芸の世界でも、もう一度、手作りの良い物を見直そうという運動を起こさねばならないと想います。機械生産の大企業の市場寡占化が進み、手作りの品物はその価値さえ正当に評価されずに、棚の隅っこで誇りを被らされています。もし、染織がその運動の端緒になれるとしたら・・・

着物を愛する人、伝統工芸に携わるひとならば、自分たちも手作りの工芸品を生活の中で使いましょう。そして、できれば、作り手と逢って、自分の考えを伝え、意見を交わしましょう。そうすることで、伝統工芸全体で大きな流れができるかもしれません。

手作りの工芸品が評価されない国で、芸術が花開くなんてことは絶対にないと私は思います。


この本は、あと1回熟読して、もう一回は精読。そしてレポートにかかります。

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Posted by 渡辺幻門 at 22:54│Comments(0)文化
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