2010年03月09日
芸術学の社会科学的アプローチ
先日、織の課題がなんとか合格して、大阪芸大の3年生になりました。
パイル織の課題は実技初のA評価を頂きました。これも堺段通のルーツのせいでしょうか。
論文は殆どAを頂いているのですが、客観的に読んでみるとやっぱり社会科学的な分析・論点になっていることに気づきます。私は特に、マーケティング専攻ですので、心理学や経済学などクロスディシプリナリーな分析が持ち味です。
そもそも、芸術というものが人の心を基本とするからには、それを分析する芸術学は心理学や社会学を取り入れるべきです。しかし、いまの芸術学、美学は哲学を中心として構成されている。これは机上の空論に陥る可能性が非常に高いように想われます。
芸術が、民衆のものであり、民衆の心に訴えかける事を目的とするならば、これは本来、社会科学の分野としてとらえられるべきではないでしょうか。芸術は世の中に受け入れられる事でその価値を生みます。民衆に受け入れられない純粋芸術というものがこの世の中に果たしてあるのでしょうか。もしあるとすればそれは数学や論理学で実証されるでしょうが、人間の心はそんなに単純であるとは想えません。経済学が実体経済から乖離したのも、数理経済学や金融工学というバケモノが世界の経済を支配したからではないでしょうか。
芸術や美術に、その方向性を示すべき美学・芸術学は社会科学や人文科学を基礎とすべきであると私は思います。
その観点から、私は社会科学を学んだ物として、その観点から美学・芸術学を論じてみたいと想っています。
いまのままでは、名望家の民芸運動家に利用されるだけにおわった民芸論と同じになってしまいます。芸術学・美学は芸術や美術に関わる人たちが幸福になるために貢献できる実学であるべきだと私は思います。
芸大でもアートプランニングやアートマネージメントという題目の講義がありますが、双方とも、文学部出身の芸術学博士号取得者が指導しているのようです。これではいくら話をしても、芸術家は食べていけるようにはなりません。どこを目標に自分の表現と市場性を実現していくか。この部分で目指す物を差示すことができなければ、そんな学問は必要ないとさえ私は思います。
民藝論を学び、芸大で学ぶことで、私は芸術学・美学の根本的欠陥に気づきました。それらを現実の社会で実りあるものにするためには、社会科学的アプローチが是非とも必要だと想います。
その端緒として、私は芸術学・美学を学び、実学としてのそれらの新たな位置づけの嚆矢を放ちたいと想います。
パイル織の課題は実技初のA評価を頂きました。これも堺段通のルーツのせいでしょうか。
論文は殆どAを頂いているのですが、客観的に読んでみるとやっぱり社会科学的な分析・論点になっていることに気づきます。私は特に、マーケティング専攻ですので、心理学や経済学などクロスディシプリナリーな分析が持ち味です。
そもそも、芸術というものが人の心を基本とするからには、それを分析する芸術学は心理学や社会学を取り入れるべきです。しかし、いまの芸術学、美学は哲学を中心として構成されている。これは机上の空論に陥る可能性が非常に高いように想われます。
芸術が、民衆のものであり、民衆の心に訴えかける事を目的とするならば、これは本来、社会科学の分野としてとらえられるべきではないでしょうか。芸術は世の中に受け入れられる事でその価値を生みます。民衆に受け入れられない純粋芸術というものがこの世の中に果たしてあるのでしょうか。もしあるとすればそれは数学や論理学で実証されるでしょうが、人間の心はそんなに単純であるとは想えません。経済学が実体経済から乖離したのも、数理経済学や金融工学というバケモノが世界の経済を支配したからではないでしょうか。
芸術や美術に、その方向性を示すべき美学・芸術学は社会科学や人文科学を基礎とすべきであると私は思います。
その観点から、私は社会科学を学んだ物として、その観点から美学・芸術学を論じてみたいと想っています。
いまのままでは、名望家の民芸運動家に利用されるだけにおわった民芸論と同じになってしまいます。芸術学・美学は芸術や美術に関わる人たちが幸福になるために貢献できる実学であるべきだと私は思います。
芸大でもアートプランニングやアートマネージメントという題目の講義がありますが、双方とも、文学部出身の芸術学博士号取得者が指導しているのようです。これではいくら話をしても、芸術家は食べていけるようにはなりません。どこを目標に自分の表現と市場性を実現していくか。この部分で目指す物を差示すことができなければ、そんな学問は必要ないとさえ私は思います。
民藝論を学び、芸大で学ぶことで、私は芸術学・美学の根本的欠陥に気づきました。それらを現実の社会で実りあるものにするためには、社会科学的アプローチが是非とも必要だと想います。
その端緒として、私は芸術学・美学を学び、実学としてのそれらの新たな位置づけの嚆矢を放ちたいと想います。
Posted by 渡辺幻門 at 23:26│Comments(0)
│経済・思想
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