2010年03月09日
私の着物ライフ
着物業界にいて、着物の仕事をし、着物の話をする私ですが、じゃ、自分自身が生活の中でどんな形で着物に関わっているかと言えば、それは一番には普段着・仕事着でしょうね。
会社では、那覇の織り手さんに発注した無地の紬を愛用しています。薄い赤紫色です。
16ヨミの100%草木染です。幅が41センチで指定しているので体の大きな私でも着用できるのです。その生地を季節を選ばず単衣で着ています。袷にすると動きにくいからです。袖は筒袖です。筒袖というのはフリがないから、作業がしやすいのです。襦袢は着ません。シャツとステテコの上に直に着物を着ます。それに兵児帯です。
呉服屋のくせに邪道だな、と言われそうですが、私は主兼番頭兼丁稚なので、結構バリバリ動かねばなりません。旦那さんのようにじっと座っては居られないので、軽装でなければなりません。本当は、ハッピと前掛けをしたいところですが、それはちょっとね。
こうやって、商っている商品を着てみるとその長所・短所がよく分かります。あまり安い物は、膝が出たり、おしりが引けたりします。そして、絹の良さを体全体で感じることが出来ます。
絹は機能的ではないような誤解を受けていますが、ほんとうは軽くて丈夫な素材なんです。そして温かい。冬に単衣でも室内なら十分過ごせます。
ちょっとした用事で出るときは、寒ければ綿入れや作務衣を上から羽織り、裸足に雪駄履きで出かけます。私、靴が嫌いなんですよ。これだけで、かなりの宣伝効果です。ラフにサラッと着ていると、みんなそんなに奇異の目では見ない物です。
羽曳野という田舎の事ですので、こういう風体がお似合いなのです。二上山の見える丘の上で、紋付きの着物はおかしいでしょう。
もちろん、外出するときは、きちんとしていきますよ。もう一枚の無地紬かロートン織を良く着ますね。単衣は上山弘子さんに染めてもらった琉球藍染の無地。夏はまだいいものをそろえて居ませんが、2枚持っています。最近、京都で紋お召しを二反買いました。着物と羽織にするつもりです。その他、大島などありますが、余り着ませんね。アンサンブルというのがあまり好みでないのです。ちゃんと襦袢も足袋もつけます。
着物、とくに紬の場合は、楽に着るというのが良いと思います。普段に着るのが基本ですから、しゃっちょこばっていたらおかしいのです。私は、着物を着たまま昼寝もするし、カレーうどんも食べます。だって、着ていたら楽なんですもの。おしゃれとか文化とかありますが、基本的には、絹という素材の良さ、染織の仕事の確かさを愉しみ、着物という形状がいかに日本の気候に合い、生地を無駄にしない合理性に富んでいるかを実感するというのが、楽しい着物ライフじゃないでしょうか。
着物を着ているという非日常性を愉しむのはもちろん素敵なことですが、これだけ絹が安く手に入るようになったのですから、もっと気軽に普段から着られたらいいのに、ともったいなく想います。女性は着付けとかも大変なのでしょうが、帯は半幅帯でもいいですし、自宅に居るときならヒモでもいいのです。私もたまに芸大の実習で腰機で織った細帯を結んでいます。
夏の着物はとくにいいですね。全身を風が吹き抜ける。自然と一体になっている感じがします。麻はとくにいい。安物の小地谷ちぢみでも、すごく涼しいです。友人が手引きの苧麻にインド藍の染め、地機の織で着尺を織ってくれると言うので愉しみにしているんです。
とにかく、着物というのは良い物をシンプルに着るのが一番そのよさを味わえます。いまはよい紬は非常に高価になりましたが、ほんとうは、お母さんや奥さんが家族のために一生懸命良い物を織るというのが紬織りの基本なんだと想います。染織が他の手工芸とちがうのはまさしくその点で、染織とは『愛の工芸』なのです。
粋に過ぎず、奇をてらわず、自分の母親が織ってくれたと想って大切に愛着をもって着てもらえれば、作った人も本望だと想います。
本当に新鮮な魚を食べたら、まずい魚は食べられないのとおんなじで、よい素材できちんとした仕事の上で作られた着物を着れば、その反対の着物は自然と着られなくなるのです。
もっともっと、自然体で着物を愉しんでもらいたいと想いますね。
もちろん、人前に出るときはきちんとしなければなりませんし、TPOはすべての服飾の基本ですよ!
会社では、那覇の織り手さんに発注した無地の紬を愛用しています。薄い赤紫色です。
16ヨミの100%草木染です。幅が41センチで指定しているので体の大きな私でも着用できるのです。その生地を季節を選ばず単衣で着ています。袷にすると動きにくいからです。袖は筒袖です。筒袖というのはフリがないから、作業がしやすいのです。襦袢は着ません。シャツとステテコの上に直に着物を着ます。それに兵児帯です。
呉服屋のくせに邪道だな、と言われそうですが、私は主兼番頭兼丁稚なので、結構バリバリ動かねばなりません。旦那さんのようにじっと座っては居られないので、軽装でなければなりません。本当は、ハッピと前掛けをしたいところですが、それはちょっとね。
こうやって、商っている商品を着てみるとその長所・短所がよく分かります。あまり安い物は、膝が出たり、おしりが引けたりします。そして、絹の良さを体全体で感じることが出来ます。
絹は機能的ではないような誤解を受けていますが、ほんとうは軽くて丈夫な素材なんです。そして温かい。冬に単衣でも室内なら十分過ごせます。
ちょっとした用事で出るときは、寒ければ綿入れや作務衣を上から羽織り、裸足に雪駄履きで出かけます。私、靴が嫌いなんですよ。これだけで、かなりの宣伝効果です。ラフにサラッと着ていると、みんなそんなに奇異の目では見ない物です。
羽曳野という田舎の事ですので、こういう風体がお似合いなのです。二上山の見える丘の上で、紋付きの着物はおかしいでしょう。
もちろん、外出するときは、きちんとしていきますよ。もう一枚の無地紬かロートン織を良く着ますね。単衣は上山弘子さんに染めてもらった琉球藍染の無地。夏はまだいいものをそろえて居ませんが、2枚持っています。最近、京都で紋お召しを二反買いました。着物と羽織にするつもりです。その他、大島などありますが、余り着ませんね。アンサンブルというのがあまり好みでないのです。ちゃんと襦袢も足袋もつけます。
着物、とくに紬の場合は、楽に着るというのが良いと思います。普段に着るのが基本ですから、しゃっちょこばっていたらおかしいのです。私は、着物を着たまま昼寝もするし、カレーうどんも食べます。だって、着ていたら楽なんですもの。おしゃれとか文化とかありますが、基本的には、絹という素材の良さ、染織の仕事の確かさを愉しみ、着物という形状がいかに日本の気候に合い、生地を無駄にしない合理性に富んでいるかを実感するというのが、楽しい着物ライフじゃないでしょうか。
着物を着ているという非日常性を愉しむのはもちろん素敵なことですが、これだけ絹が安く手に入るようになったのですから、もっと気軽に普段から着られたらいいのに、ともったいなく想います。女性は着付けとかも大変なのでしょうが、帯は半幅帯でもいいですし、自宅に居るときならヒモでもいいのです。私もたまに芸大の実習で腰機で織った細帯を結んでいます。
夏の着物はとくにいいですね。全身を風が吹き抜ける。自然と一体になっている感じがします。麻はとくにいい。安物の小地谷ちぢみでも、すごく涼しいです。友人が手引きの苧麻にインド藍の染め、地機の織で着尺を織ってくれると言うので愉しみにしているんです。
とにかく、着物というのは良い物をシンプルに着るのが一番そのよさを味わえます。いまはよい紬は非常に高価になりましたが、ほんとうは、お母さんや奥さんが家族のために一生懸命良い物を織るというのが紬織りの基本なんだと想います。染織が他の手工芸とちがうのはまさしくその点で、染織とは『愛の工芸』なのです。
粋に過ぎず、奇をてらわず、自分の母親が織ってくれたと想って大切に愛着をもって着てもらえれば、作った人も本望だと想います。
本当に新鮮な魚を食べたら、まずい魚は食べられないのとおんなじで、よい素材できちんとした仕事の上で作られた着物を着れば、その反対の着物は自然と着られなくなるのです。
もっともっと、自然体で着物を愉しんでもらいたいと想いますね。
もちろん、人前に出るときはきちんとしなければなりませんし、TPOはすべての服飾の基本ですよ!
Posted by 渡辺幻門 at 15:24│Comments(0)
│着物
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