2010年05月22日
『辻の華ーくるわのおんなたち』
辻の華―くるわのおんなたち
レビュー
辻の華―くるわのおんなたち
4.66点 ( 3人中)
1984
中央公論社
上原 栄子
もっと読む
辻というのは、沖縄の遊郭があったところです。
この本は、そこにいた実際の遊女が書いた本です。
全部で3編ありますが、いまはまだ戦前編です。
この本を読んで居ると、辻の遊女の暮らしぶりや、心意気、彼女達をとりまく沖縄の空気がひしひしと伝わってきて、感慨深いものがあります。
遊郭というところは、文化の発信の場もあります。
遊郭のありかたを見れば、その土地の文化程度もはかり知れる部分もあります。
江戸の吉原、京都の島原、大阪の新町、長崎の丸山・・・
この本を読めば、そこに琉球の辻を加えるべきだと誰もが思うでしょう。
いまは、ただの風俗街になってしまった辻ですが、点在する古い料亭を思い浮かべると、その名残が感じられないでもありません。
そして、何故か沖縄の人達の中に、自らの文化を愛する気持ちがあまり感じられないことを寂しく感じてしまいます。
沖縄だけじゃなく、すべての盛り場がとんでもなくつまらなく世知辛いものになってしまいました。これは遊びにくる男のレベルの低下もあるのでしょうが、水商売の世界に生きる女性の心意気を感じる場面が全くといっていいほどなくなってしまいました。情緒もへったくれもない。大人の遊ぶところがなくなってしまった、そんな感じがします。
昔は、新地に行けばいろんな人生の話をしてくれるママさんとかがいたし、励ましたり、時には叱ってくれたりするベテランのホステスさんもいたもんです。そんな人間同士の付き合いが全く無くなってしまったような感じがします。もう、新地に飲みに行きたいとも思わなくなりましたね。
盛り場の衰退は文化の衰退と同時に起こります。それは人心の荒廃からくるからです。当時の沖縄は、物質的には貧しかったはずです。でも、本を読む限りは心は豊かだったように思えます。少なくとも心の張りがあった。
沖縄も含めた我が国は、物質面の豊かさと引き替えに心の豊かさを失ってしまったのではないでしょうか。
沖縄の文化に興味がある方は是非、ご一読されることをお勧めします。
レビュー
辻の華―くるわのおんなたち
4.66点 ( 3人中)
1984
中央公論社
上原 栄子
もっと読む
辻というのは、沖縄の遊郭があったところです。
この本は、そこにいた実際の遊女が書いた本です。
全部で3編ありますが、いまはまだ戦前編です。
この本を読んで居ると、辻の遊女の暮らしぶりや、心意気、彼女達をとりまく沖縄の空気がひしひしと伝わってきて、感慨深いものがあります。
遊郭というところは、文化の発信の場もあります。
遊郭のありかたを見れば、その土地の文化程度もはかり知れる部分もあります。
江戸の吉原、京都の島原、大阪の新町、長崎の丸山・・・
この本を読めば、そこに琉球の辻を加えるべきだと誰もが思うでしょう。
いまは、ただの風俗街になってしまった辻ですが、点在する古い料亭を思い浮かべると、その名残が感じられないでもありません。
そして、何故か沖縄の人達の中に、自らの文化を愛する気持ちがあまり感じられないことを寂しく感じてしまいます。
沖縄だけじゃなく、すべての盛り場がとんでもなくつまらなく世知辛いものになってしまいました。これは遊びにくる男のレベルの低下もあるのでしょうが、水商売の世界に生きる女性の心意気を感じる場面が全くといっていいほどなくなってしまいました。情緒もへったくれもない。大人の遊ぶところがなくなってしまった、そんな感じがします。
昔は、新地に行けばいろんな人生の話をしてくれるママさんとかがいたし、励ましたり、時には叱ってくれたりするベテランのホステスさんもいたもんです。そんな人間同士の付き合いが全く無くなってしまったような感じがします。もう、新地に飲みに行きたいとも思わなくなりましたね。
盛り場の衰退は文化の衰退と同時に起こります。それは人心の荒廃からくるからです。当時の沖縄は、物質的には貧しかったはずです。でも、本を読む限りは心は豊かだったように思えます。少なくとも心の張りがあった。
沖縄も含めた我が国は、物質面の豊かさと引き替えに心の豊かさを失ってしまったのではないでしょうか。
沖縄の文化に興味がある方は是非、ご一読されることをお勧めします。
Posted by 渡辺幻門 at 08:55│Comments(0)
│沖縄
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