2011年06月01日
能楽を習うことにしました。
一昨日、マイミクのティーダさんの紹介で能楽師の藤井丈雄先生とお会いしてきました。
藤井先生はこちら。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1860580
場所は、これまたマイミクの若旦那さんが経営するミナミは島之内の『たに川』さんです。
若旦那さんはこちら。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=233973
一年ほど前から、能楽を見に行って、すっかりはまってしまっていたのですが、震災後に大槻能楽堂で見た『砧の一節』を聞いて、どうしても謡をやりたいと想うようになりました。
『砧の一節』は、東日本大震災の犠牲者の鎮魂=たましずめのために謡われたのです。
能楽とはこれほど、社会性に富み、国や公を想う芸能なのか、と理屈抜きに心にずしんと来ました。
歌謡界でも、チャリティーコンサートなどが行われていますが、通常の演目が終わった後、静かに出てこられて、謡う。そして、終わったら何も言わずに去る。
正直、涙が出るくらい感動したのです。
それで、いつかは習いたいと想っていたのですが、ティーダさんにそんな話をしていたら、藤井先生とお知り合いで、ご紹介いただいたという次第です。
お茶も習い始めですし、芸大もあと一年あるし、もちろん、これまで通り出張生活が続くので、お稽古もままなりませんが、まずは一歩を踏み出しました。
藤井先生はまだお若いですが、お話をさせて頂いたところ、さすがに見識が深く、伝統文化という核心部分では大いに意気投合しました。
茶道とともに、一生の財産として続けていきたいと想っています。
私は本当によいご縁に恵まれていると想います。
みなさん、ありがとうございます。
藤井先生はこちら。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1860580
場所は、これまたマイミクの若旦那さんが経営するミナミは島之内の『たに川』さんです。
若旦那さんはこちら。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=233973
一年ほど前から、能楽を見に行って、すっかりはまってしまっていたのですが、震災後に大槻能楽堂で見た『砧の一節』を聞いて、どうしても謡をやりたいと想うようになりました。
『砧の一節』は、東日本大震災の犠牲者の鎮魂=たましずめのために謡われたのです。
能楽とはこれほど、社会性に富み、国や公を想う芸能なのか、と理屈抜きに心にずしんと来ました。
歌謡界でも、チャリティーコンサートなどが行われていますが、通常の演目が終わった後、静かに出てこられて、謡う。そして、終わったら何も言わずに去る。
正直、涙が出るくらい感動したのです。
それで、いつかは習いたいと想っていたのですが、ティーダさんにそんな話をしていたら、藤井先生とお知り合いで、ご紹介いただいたという次第です。
お茶も習い始めですし、芸大もあと一年あるし、もちろん、これまで通り出張生活が続くので、お稽古もままなりませんが、まずは一歩を踏み出しました。
藤井先生はまだお若いですが、お話をさせて頂いたところ、さすがに見識が深く、伝統文化という核心部分では大いに意気投合しました。
茶道とともに、一生の財産として続けていきたいと想っています。
私は本当によいご縁に恵まれていると想います。
みなさん、ありがとうございます。
Posted by 渡辺幻門 at
22:50
│Comments(0)
2011年06月01日
能楽を習うことにしました。
一昨日、マイミクのティーダさんの紹介で能楽師の藤井丈雄先生とお会いしてきました。
藤井先生はこちら。
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場所は、これまたマイミクの若旦那さんが経営するミナミは島之内の『たに川』さんです。
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一年ほど前から、能楽を見に行って、すっかりはまってしまっていたのですが、震災後に大槻能楽堂で見た『砧の一節』を聞いて、どうしても謡をやりたいと想うようになりました。
『砧の一節』は、東日本大震災の犠牲者の鎮魂=たましずめのために謡われたのです。
能楽とはこれほど、社会性に富み、国や公を想う芸能なのか、と理屈抜きに心にずしんと来ました。
歌謡界でも、チャリティーコンサートなどが行われていますが、通常の演目が終わった後、静かに出てこられて、謡う。そして、終わったら何も言わずに去る。
正直、涙が出るくらい感動したのです。
それで、いつかは習いたいと想っていたのですが、ティーダさんにそんな話をしていたら、藤井先生とお知り合いで、ご紹介いただいたという次第です。
お茶も習い始めですし、芸大もあと一年あるし、もちろん、これまで通り出張生活が続くので、お稽古もままなりませんが、まずは一歩を踏み出しました。
藤井先生はまだお若いですが、お話をさせて頂いたところ、さすがに見識が深く、伝統文化という核心部分では大いに意気投合しました。
茶道とともに、一生の財産として続けていきたいと想っています。
私は本当によいご縁に恵まれていると想います。
みなさん、ありがとうございます。
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場所は、これまたマイミクの若旦那さんが経営するミナミは島之内の『たに川』さんです。
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一年ほど前から、能楽を見に行って、すっかりはまってしまっていたのですが、震災後に大槻能楽堂で見た『砧の一節』を聞いて、どうしても謡をやりたいと想うようになりました。
『砧の一節』は、東日本大震災の犠牲者の鎮魂=たましずめのために謡われたのです。
能楽とはこれほど、社会性に富み、国や公を想う芸能なのか、と理屈抜きに心にずしんと来ました。
歌謡界でも、チャリティーコンサートなどが行われていますが、通常の演目が終わった後、静かに出てこられて、謡う。そして、終わったら何も言わずに去る。
正直、涙が出るくらい感動したのです。
それで、いつかは習いたいと想っていたのですが、ティーダさんにそんな話をしていたら、藤井先生とお知り合いで、ご紹介いただいたという次第です。
お茶も習い始めですし、芸大もあと一年あるし、もちろん、これまで通り出張生活が続くので、お稽古もままなりませんが、まずは一歩を踏み出しました。
藤井先生はまだお若いですが、お話をさせて頂いたところ、さすがに見識が深く、伝統文化という核心部分では大いに意気投合しました。
茶道とともに、一生の財産として続けていきたいと想っています。
私は本当によいご縁に恵まれていると想います。
みなさん、ありがとうございます。
Posted by 渡辺幻門 at
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2011年06月01日
わが国の工芸はどうなるのか
伝統工芸品とは
http://kougeihin.jp/crafts/introduction/categories
●織物
置賜紬(山形県)結城紬(茨城県/栃木県)伊勢崎絣(群馬県)桐生織(群馬県)村山大島紬(東京都)本場黄八丈(東京都)多摩織(東京都)塩沢紬(新潟県)本塩沢(新潟県)小千谷縮(新潟県)小千谷紬(新潟県)十日町絣(新潟県)十日町明石ちぢみ(新潟県)信州紬(長野県)牛首紬(石川県)近江上布(滋賀県)西陣織(京都府)弓浜絣(鳥取県)阿波正藍しじら織(徳島県)博多織(福岡県)久留米絣(福岡県)本場大島紬(鹿児島県/宮崎県)久米島紬(沖縄県)宮古上布(沖縄県)読谷山花織(沖縄県)読谷山ミンサー(沖縄県)琉球絣(沖縄県)首里織(沖縄県)与那国織(沖縄県)喜如嘉の芭蕉布(沖縄県)八重山ミンサー(沖縄県)八重山上布(沖縄県)羽越しな布(山形県/新潟県)
●染色品
東京染小紋(東京都)東京手描友禅(東京都)有松・鳴海絞(愛知県)名古屋友禅(愛知県)名古屋黒紋付染(愛知県)加賀友禅(石川県)京鹿の子絞(京都府)京友禅(京都府)京小紋(京都府)京黒紋付染(京都府)琉球びんがた(沖縄県)
●その他繊維製品
伊賀くみひも(三重県)加賀繍(石川県)京繍(京都府)京くみひも(京都府)
●陶磁器
大堀相馬焼(福島県)会津本郷焼(福島県)笠間焼(茨城県)益子焼(栃木県)赤津焼(愛知県)瀬戸染付焼(愛知県)常滑焼(愛知県)美濃焼(岐阜県)四日市萬古焼(三重県)伊賀焼(三重県)九谷焼(石川県)越前焼(福井県)信楽焼(滋賀県)京焼・清水焼(京都府)丹波立杭焼(兵庫県)出石焼(兵庫県)石見焼(島根県)備前焼(岡山県)砥部焼(愛媛県)小石原焼(福岡県)上野焼(福岡県)伊万里・有田焼(佐賀県)唐津焼(佐賀県)三川内焼(長崎県)波佐見焼(長崎県)壺屋焼(沖縄県)薩摩焼(鹿児島県)萩焼(山口県)大谷焼(徳島県)小代焼(熊本県)天草陶磁器(熊本県)
●漆器
津軽塗(青森県)秀衡塗(岩手県)浄法寺塗(岩手県)鳴子漆器(宮城県)川連漆器(秋田県)会津塗(福島県)鎌倉彫(神奈川県)小田原漆器(神奈川県)村上木彫堆朱(新潟県)木曽漆器(長野県)飛騨春慶(岐阜県)高岡漆器(富山県)輪島塗(石川県)山中漆器(石川県)金沢漆器(石川県)越前漆器(福井県)若狭塗(福井県)京漆器(京都府)紀州漆器(和歌山県)大内塗(山口県)香川漆器(香川県)琉球漆器(沖縄県)新潟漆器(新潟県)
●木工品
岩谷堂箪笥(岩手県)樺細工(秋田県)大館曲げわっぱ(秋田県)秋田杉桶樽(秋田県)春日部桐箪笥(埼玉県)江戸指物(東京都)箱根寄木細工(神奈川県)加茂桐箪笥(新潟県)松本家具(長野県)南木曽ろくろ細工(長野県)井波彫刻(富山県)一位一刀彫(岐阜県)名古屋桐箪笥(愛知県)京指物(京都府)大阪欄間(大阪府)大阪唐木指物(福井県)大阪泉州桐箪笥(大阪府)豊岡杞柳細工(兵庫県)紀州箪笥(和歌山県)宮島細工(広島県)奥会津編み組細工(福島県)
●竹工品
江戸和竿(栃木県)駿河竹千筋細工(静岡県)大阪金剛簾(大阪府)高山茶筌(奈良県)勝山竹細工(岡山県)別府竹細工(大分県)都城大弓(宮崎県)
●金工品
南部鉄器(岩手県)山形鋳物(山形県)東京銀器(東京都)燕鎚起銅器(新潟県)越後与板打刃物(新潟県)信州打刃物(長野県)高岡銅器(富山県)越前打刃物(福井県)堺打刃物(大阪府)大阪浪華錫器(大阪府)播州三木打刃物(兵庫県)土佐打刃物(高知県)肥後象がん(熊本県)越後三条打刃物(新潟県)
●仏壇・仏具
山形仏壇(山形県)新潟・白根仏壇(新潟県)三条仏壇(新潟県)長岡仏壇(新潟県)飯山仏壇(長野県)名古屋仏壇(愛知県)三河仏壇(愛知県)金沢仏壇(石川県)七尾仏壇(石川県)彦根仏壇(滋賀県)京仏壇(京都府)京仏具(京都府)大阪仏壇(大阪府)広島仏壇(広島県)八女福島仏壇(福岡県)川辺仏壇(鹿児島県)
●和紙
内山紙(長野県)美濃和紙(岐阜県)越中和紙(富山県)越前和紙(福井県)因州和紙(鳥取県)石州和紙(島根県)阿波和紙(徳島県)大洲和紙(愛媛県)土佐和紙(高知県)
●文具
雄勝硯(宮城県)豊橋筆(愛知県)鈴鹿墨(三重県)播州そろばん(兵庫県)奈良筆(奈良県)雲州そろばん(島根県)熊野筆(広島県)赤間硯(山口県)川尻筆(広島県)
●石工品・貴石細工
真壁石燈籠(茨城県)甲州水晶貴石細工(山梨県)岡崎石工品(愛知県)若狭めのう細工(福井県)京石工芸品(京都府)出雲石燈ろう(島根県/鳥取県)
●人形
宮城伝統こけし(宮城県)江戸木目込人形(埼玉県/東京都)駿河雛具(静岡県)駿河雛人形(静岡県)京人形(京都府)博多人形(福岡県)岩槻人形(埼玉県)江戸節句人形(東京都)
●その他工芸品
天童将棋駒(山形県)江戸からかみ(東京都)甲州印伝(山梨県)甲州手彫印章(山梨県)尾張七宝(愛知県)岐阜提灯(岐阜県)京扇子(京都府)京うちわ(京都府)京表具(京都府)播州毛鉤(兵庫県)福山琴(広島県)丸亀うちわ(香川県)八女提灯(福岡県)江戸切子(東京都)房州うちわ(千葉県)江戸木版画(東京都)
●工芸用具・材料
伊勢形紙(三重県)庄川挽物木地(富山県)金沢箔(石川県)
伝産協会が指定しているだけでこれだけあるのですよ。
これは一部の品目を別にして、『和』の文化の中で使用されています。
ということは、生活が和でなくなれば、自ずと排除される運命にあるわけです。
お茶を飲まなくなれば、湯飲みはなくなるし、花を生けなくなれば花器はなくなる。
茶道をやらない人に、茶道具は不要ですし、正月にお祝いをしない人は、とそ器は不要です。
床の間が無くなれば、掛け軸は必要ないし、座敷がなくなれば唐木の指物も、欄間も必要ない。
洋服に番傘は合わないし、団扇も扇子も手ぬぐいも基本的には無くなります。
西洋ではどうだったかといえば、19世紀末位から工業化が進んで、粗悪な大量生産品が出てくるようになると、それに対抗してアーツ・アンド・クラフツ運動が起こります。これがアールヌーボーに連なる訳ですが、アールヌーボーというのは一般民衆が生活に取り込むにはあまりにも高価でした。特権階級が無くなって、一般市民階級が市場の主役となった当時、それが大きな流れになることはありませんでした。そこで生まれたのがアールデコです。アールデコというのは、アールヌーボ独特の丸いしなやかな線を排し、機械でつくりやすく、かつ、感性に優れたものを目指したと言えばわかりやすいでしょうか。
ところが、そのアールデコも、今残っているものは非常に高価で、一般庶民の手の届くものではありません。市場を大きく占めているのは、やはり廉価で安易な機械生産品です。いま、売られているアールヌーボーもアールデコも、当時の作品から見ると、非常に内容が落ちていて、内容よりも名前で売れているという感が否めません。
日本の場合も、その流れと同じように来ているのですが、基本的には、浮世絵を大衆が愛した様に日本人の美術的感性は優れていて、それなりのレベルの工芸品がまだまだ、大衆レベルにまで届いていましたし、手の届く範囲の価格が維持されていたと言えるでしょう。5000円もすれば、民窯の素晴らしい焼き物は、良く探せばの条件付きで手に入ったし、鑑識眼をもった好事家も多かったのです。
しかし、事情は変わりました。それは戦後が契機になるでしょうね。
私の母の世代、つまり戦時中以前に生まれた、そこそこの家庭の娘さんなら、花嫁修業ということで、ほとんどが茶道と華道の心得がありました。ところが、私達の世代、つまり昭和30年代以降に生まれた人から、ぷっつりと途切れてしまっています。今、60歳以下で茶道の心得がある人を捜すのが難しいのです。それだけ茶人口は減っている。
核家族化が進行して、冠婚葬祭が軽視され、住宅もマンションが増えて、座敷や床の間が消えました。
戦後の高度成長期を境に、日本人は日本の伝統的な風習を捨ててきてしまったのです。
昔の日本の焼き物はすべて無銘でした。茶器の大名物の作者さえ解らないのはそのせいです。
それに銘が着けられるようになったのは、明治期に陶磁器が輸出製品となった時からです。
すなわち、欧米の品物は全て銘が着いていた。それに合わせたということです。
日本人は銘などなくても、十分に良い物は見通せた。
ところが、銘が着いた途端、それに頼るようになって、目が曇ってしまったのだと私は思います。
逆に言えば、日本の工人がいかに優秀であったかということの証拠でもあります。
消費者は、間違った買い物をしないために、銘(=ブランド)に頼るようになる。
良い物を選ぶ眼を持っていることより、拙劣なブランド品をそのブランドの信用だけで買う事を誇るようになった。
美や質は、つくる者からではなく、享受する者のレベルに引っ張られるものです。
必要のないものは淘汰されるのが世の常です。
和文化を解さず、和の生活を捨て、銘だけを見て買う消費者は、自ずとそれにあった品物を世の中に生み出します。
その代表が現在のアールデコの姿です。
私は日本の工芸品もそうなるだろうと思います。
戦中世代ももう、隠居する時代になってきました。
もう、信念や気骨だけで工芸を支える人はいなくなるだろうと思います。
世の中の、いわゆる『工芸品』と言われる物は大半が大量生産だけを目的とした機械生産に置き換えられるでしょうし、
デザイン的にも、機械で造りやすい安直なモノになっていくでしょう。
手作りの趣向をこらした本当の工芸品は、市場からその姿を消し、数少ない趣味人がコレクションとして集める、そんなレベルになる
のではないかと思います。
良い品物が市場から漸減していくと、さらに消費者の眼が落ちていく。眼が落ちるとさらに工人の手が落ちる。
斬新なデザインの面白い品物は出てきても、本当の熟練の技を駆使した作品は、もう出てこなくなるだろうと思います。
なぜなら、いくら工人が努力しても、それを評価してくれる買い手がいなければ、報われないからです。
例えば、着物を着て歌舞伎座などへ大勢で来られる女性客も増えてきましたよね。その人達の様子を見聞きしていると、品物の質にまで
話が及んでいることが少ないように感じます。もちろん、その着物の作家や産地、コーディネートも大切ですが、本当にその着物を
味わうには、生地の風合いや色、仕立ての良さをじっくりと見て、『いい着物ですね』と言う言葉があるべきなのです。
陶磁器でも全く同じです。柿右衛門だ今右衛門だ、伊万里だ唐津だと言う前に、その作品がどうなのか、と言うことが一番大事なのです。
作家が、○○代○○○なんていうのは、全く関係がないのですが、現実に売れるのはそういう人達の作品だ、というのが、現実の工芸市場なのです。
でも、プロはみんな解っている。否、解っていなければプロとは言えません。
作品の価値と銘(ブランド)は全く別物なのです。
和文化が廃れ、工芸品の価値を解する消費者がいなくて、どうやって本物が生き残れますか?
工人は仙人ではありません。
メシを食わなければ生きていけない。生きていけるように、収入を得ねばならないのです。
今の工芸界はギリギリ、70歳以上の人に支えられているのだと思います。
もちろん、その人達が多くの預貯金を持ち、自由に使えるお金がたくさんある事もその理由でしょう。
しかし、良さが解る眼が無ければ、買う事は出来ないのです。
茶道具の世界でも由緒書の立派なものと、千家十職など、高名な作り手のモノだけが動き、あとの新しい品物は茶室に入ることなく
工房の奥深く眠り続けるでしょう。
着物も同じです。
市場の90%がプリントと高速織機の製品になるでしょうし、それが着物だという世の中になるでしょう。
本当に趣向を凝らした手作りの作品が廉価で手に入るわけはないのです。
これは、いくら問屋を飛ばしても、実現不可能です。
そこそこの作品でも、一ヶ月に着尺1本織れるか織れないかなのです。
現実に問屋が取る利益は、全体からすれば微々たるものです。
まぁ、長々と書いてしまいましたが、今の工芸界の状況でさえ、維持するのは無理というより不可能だろうと思います。
なぜかといえば、消費者のライフスタイルが変わり、興味の方向性が変化してしまったからです。
ある意味、例外とも言える、和文化を愛し、鑑識眼を持つ人がいても、絶対数が少なすぎます。
いくらニッチ戦略を採っても、市場が縮小し、顧客の絶対数が減れば、撤退を余儀なくされるのが常道です。
ほな、どないしまんねん?ということですが、工人は覚悟することです。
イヤならやめたほうがいい。
やるなら、アルバイトをしてでも、やる覚悟がなければ制作は続けられません。
もう、しばらく、パトロンなどという存在は出てこないでしょう。
そして、工人も、商人も、そして消費者のみなさんも、もし、この日本の工芸が素晴らしいと思い、残していきたいと思うなら、
やるべきことは『鑑識眼を磨く』事です。
アーツ・アンド・クラフツの時代、ヨーロッパ諸国の美術工芸学校で一番大切だとされたことは、その事でした。
造るのも、商うのも、買うのも、鑑識眼が全ての基礎になります。
鑑識眼を持って、買わないなら、それは工芸の為になります。
ただ、それをもたずに、劣悪な品物を商い、買い求めることが、工芸界の凋落を加速させます。
この事は、工芸界だけでなく、伝統芸能など、伝統に関わるすべての事について共通です。
私達は、ほんとうにド真剣に取り組まなければ、大切な共有財産を失ってしまうことが確実な所まで追い込まれているのです。
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●織物
置賜紬(山形県)結城紬(茨城県/栃木県)伊勢崎絣(群馬県)桐生織(群馬県)村山大島紬(東京都)本場黄八丈(東京都)多摩織(東京都)塩沢紬(新潟県)本塩沢(新潟県)小千谷縮(新潟県)小千谷紬(新潟県)十日町絣(新潟県)十日町明石ちぢみ(新潟県)信州紬(長野県)牛首紬(石川県)近江上布(滋賀県)西陣織(京都府)弓浜絣(鳥取県)阿波正藍しじら織(徳島県)博多織(福岡県)久留米絣(福岡県)本場大島紬(鹿児島県/宮崎県)久米島紬(沖縄県)宮古上布(沖縄県)読谷山花織(沖縄県)読谷山ミンサー(沖縄県)琉球絣(沖縄県)首里織(沖縄県)与那国織(沖縄県)喜如嘉の芭蕉布(沖縄県)八重山ミンサー(沖縄県)八重山上布(沖縄県)羽越しな布(山形県/新潟県)
●染色品
東京染小紋(東京都)東京手描友禅(東京都)有松・鳴海絞(愛知県)名古屋友禅(愛知県)名古屋黒紋付染(愛知県)加賀友禅(石川県)京鹿の子絞(京都府)京友禅(京都府)京小紋(京都府)京黒紋付染(京都府)琉球びんがた(沖縄県)
●その他繊維製品
伊賀くみひも(三重県)加賀繍(石川県)京繍(京都府)京くみひも(京都府)
●陶磁器
大堀相馬焼(福島県)会津本郷焼(福島県)笠間焼(茨城県)益子焼(栃木県)赤津焼(愛知県)瀬戸染付焼(愛知県)常滑焼(愛知県)美濃焼(岐阜県)四日市萬古焼(三重県)伊賀焼(三重県)九谷焼(石川県)越前焼(福井県)信楽焼(滋賀県)京焼・清水焼(京都府)丹波立杭焼(兵庫県)出石焼(兵庫県)石見焼(島根県)備前焼(岡山県)砥部焼(愛媛県)小石原焼(福岡県)上野焼(福岡県)伊万里・有田焼(佐賀県)唐津焼(佐賀県)三川内焼(長崎県)波佐見焼(長崎県)壺屋焼(沖縄県)薩摩焼(鹿児島県)萩焼(山口県)大谷焼(徳島県)小代焼(熊本県)天草陶磁器(熊本県)
●漆器
津軽塗(青森県)秀衡塗(岩手県)浄法寺塗(岩手県)鳴子漆器(宮城県)川連漆器(秋田県)会津塗(福島県)鎌倉彫(神奈川県)小田原漆器(神奈川県)村上木彫堆朱(新潟県)木曽漆器(長野県)飛騨春慶(岐阜県)高岡漆器(富山県)輪島塗(石川県)山中漆器(石川県)金沢漆器(石川県)越前漆器(福井県)若狭塗(福井県)京漆器(京都府)紀州漆器(和歌山県)大内塗(山口県)香川漆器(香川県)琉球漆器(沖縄県)新潟漆器(新潟県)
●木工品
岩谷堂箪笥(岩手県)樺細工(秋田県)大館曲げわっぱ(秋田県)秋田杉桶樽(秋田県)春日部桐箪笥(埼玉県)江戸指物(東京都)箱根寄木細工(神奈川県)加茂桐箪笥(新潟県)松本家具(長野県)南木曽ろくろ細工(長野県)井波彫刻(富山県)一位一刀彫(岐阜県)名古屋桐箪笥(愛知県)京指物(京都府)大阪欄間(大阪府)大阪唐木指物(福井県)大阪泉州桐箪笥(大阪府)豊岡杞柳細工(兵庫県)紀州箪笥(和歌山県)宮島細工(広島県)奥会津編み組細工(福島県)
●竹工品
江戸和竿(栃木県)駿河竹千筋細工(静岡県)大阪金剛簾(大阪府)高山茶筌(奈良県)勝山竹細工(岡山県)別府竹細工(大分県)都城大弓(宮崎県)
●金工品
南部鉄器(岩手県)山形鋳物(山形県)東京銀器(東京都)燕鎚起銅器(新潟県)越後与板打刃物(新潟県)信州打刃物(長野県)高岡銅器(富山県)越前打刃物(福井県)堺打刃物(大阪府)大阪浪華錫器(大阪府)播州三木打刃物(兵庫県)土佐打刃物(高知県)肥後象がん(熊本県)越後三条打刃物(新潟県)
●仏壇・仏具
山形仏壇(山形県)新潟・白根仏壇(新潟県)三条仏壇(新潟県)長岡仏壇(新潟県)飯山仏壇(長野県)名古屋仏壇(愛知県)三河仏壇(愛知県)金沢仏壇(石川県)七尾仏壇(石川県)彦根仏壇(滋賀県)京仏壇(京都府)京仏具(京都府)大阪仏壇(大阪府)広島仏壇(広島県)八女福島仏壇(福岡県)川辺仏壇(鹿児島県)
●和紙
内山紙(長野県)美濃和紙(岐阜県)越中和紙(富山県)越前和紙(福井県)因州和紙(鳥取県)石州和紙(島根県)阿波和紙(徳島県)大洲和紙(愛媛県)土佐和紙(高知県)
●文具
雄勝硯(宮城県)豊橋筆(愛知県)鈴鹿墨(三重県)播州そろばん(兵庫県)奈良筆(奈良県)雲州そろばん(島根県)熊野筆(広島県)赤間硯(山口県)川尻筆(広島県)
●石工品・貴石細工
真壁石燈籠(茨城県)甲州水晶貴石細工(山梨県)岡崎石工品(愛知県)若狭めのう細工(福井県)京石工芸品(京都府)出雲石燈ろう(島根県/鳥取県)
●人形
宮城伝統こけし(宮城県)江戸木目込人形(埼玉県/東京都)駿河雛具(静岡県)駿河雛人形(静岡県)京人形(京都府)博多人形(福岡県)岩槻人形(埼玉県)江戸節句人形(東京都)
●その他工芸品
天童将棋駒(山形県)江戸からかみ(東京都)甲州印伝(山梨県)甲州手彫印章(山梨県)尾張七宝(愛知県)岐阜提灯(岐阜県)京扇子(京都府)京うちわ(京都府)京表具(京都府)播州毛鉤(兵庫県)福山琴(広島県)丸亀うちわ(香川県)八女提灯(福岡県)江戸切子(東京都)房州うちわ(千葉県)江戸木版画(東京都)
●工芸用具・材料
伊勢形紙(三重県)庄川挽物木地(富山県)金沢箔(石川県)
伝産協会が指定しているだけでこれだけあるのですよ。
これは一部の品目を別にして、『和』の文化の中で使用されています。
ということは、生活が和でなくなれば、自ずと排除される運命にあるわけです。
お茶を飲まなくなれば、湯飲みはなくなるし、花を生けなくなれば花器はなくなる。
茶道をやらない人に、茶道具は不要ですし、正月にお祝いをしない人は、とそ器は不要です。
床の間が無くなれば、掛け軸は必要ないし、座敷がなくなれば唐木の指物も、欄間も必要ない。
洋服に番傘は合わないし、団扇も扇子も手ぬぐいも基本的には無くなります。
西洋ではどうだったかといえば、19世紀末位から工業化が進んで、粗悪な大量生産品が出てくるようになると、それに対抗してアーツ・アンド・クラフツ運動が起こります。これがアールヌーボーに連なる訳ですが、アールヌーボーというのは一般民衆が生活に取り込むにはあまりにも高価でした。特権階級が無くなって、一般市民階級が市場の主役となった当時、それが大きな流れになることはありませんでした。そこで生まれたのがアールデコです。アールデコというのは、アールヌーボ独特の丸いしなやかな線を排し、機械でつくりやすく、かつ、感性に優れたものを目指したと言えばわかりやすいでしょうか。
ところが、そのアールデコも、今残っているものは非常に高価で、一般庶民の手の届くものではありません。市場を大きく占めているのは、やはり廉価で安易な機械生産品です。いま、売られているアールヌーボーもアールデコも、当時の作品から見ると、非常に内容が落ちていて、内容よりも名前で売れているという感が否めません。
日本の場合も、その流れと同じように来ているのですが、基本的には、浮世絵を大衆が愛した様に日本人の美術的感性は優れていて、それなりのレベルの工芸品がまだまだ、大衆レベルにまで届いていましたし、手の届く範囲の価格が維持されていたと言えるでしょう。5000円もすれば、民窯の素晴らしい焼き物は、良く探せばの条件付きで手に入ったし、鑑識眼をもった好事家も多かったのです。
しかし、事情は変わりました。それは戦後が契機になるでしょうね。
私の母の世代、つまり戦時中以前に生まれた、そこそこの家庭の娘さんなら、花嫁修業ということで、ほとんどが茶道と華道の心得がありました。ところが、私達の世代、つまり昭和30年代以降に生まれた人から、ぷっつりと途切れてしまっています。今、60歳以下で茶道の心得がある人を捜すのが難しいのです。それだけ茶人口は減っている。
核家族化が進行して、冠婚葬祭が軽視され、住宅もマンションが増えて、座敷や床の間が消えました。
戦後の高度成長期を境に、日本人は日本の伝統的な風習を捨ててきてしまったのです。
昔の日本の焼き物はすべて無銘でした。茶器の大名物の作者さえ解らないのはそのせいです。
それに銘が着けられるようになったのは、明治期に陶磁器が輸出製品となった時からです。
すなわち、欧米の品物は全て銘が着いていた。それに合わせたということです。
日本人は銘などなくても、十分に良い物は見通せた。
ところが、銘が着いた途端、それに頼るようになって、目が曇ってしまったのだと私は思います。
逆に言えば、日本の工人がいかに優秀であったかということの証拠でもあります。
消費者は、間違った買い物をしないために、銘(=ブランド)に頼るようになる。
良い物を選ぶ眼を持っていることより、拙劣なブランド品をそのブランドの信用だけで買う事を誇るようになった。
美や質は、つくる者からではなく、享受する者のレベルに引っ張られるものです。
必要のないものは淘汰されるのが世の常です。
和文化を解さず、和の生活を捨て、銘だけを見て買う消費者は、自ずとそれにあった品物を世の中に生み出します。
その代表が現在のアールデコの姿です。
私は日本の工芸品もそうなるだろうと思います。
戦中世代ももう、隠居する時代になってきました。
もう、信念や気骨だけで工芸を支える人はいなくなるだろうと思います。
世の中の、いわゆる『工芸品』と言われる物は大半が大量生産だけを目的とした機械生産に置き換えられるでしょうし、
デザイン的にも、機械で造りやすい安直なモノになっていくでしょう。
手作りの趣向をこらした本当の工芸品は、市場からその姿を消し、数少ない趣味人がコレクションとして集める、そんなレベルになる
のではないかと思います。
良い品物が市場から漸減していくと、さらに消費者の眼が落ちていく。眼が落ちるとさらに工人の手が落ちる。
斬新なデザインの面白い品物は出てきても、本当の熟練の技を駆使した作品は、もう出てこなくなるだろうと思います。
なぜなら、いくら工人が努力しても、それを評価してくれる買い手がいなければ、報われないからです。
例えば、着物を着て歌舞伎座などへ大勢で来られる女性客も増えてきましたよね。その人達の様子を見聞きしていると、品物の質にまで
話が及んでいることが少ないように感じます。もちろん、その着物の作家や産地、コーディネートも大切ですが、本当にその着物を
味わうには、生地の風合いや色、仕立ての良さをじっくりと見て、『いい着物ですね』と言う言葉があるべきなのです。
陶磁器でも全く同じです。柿右衛門だ今右衛門だ、伊万里だ唐津だと言う前に、その作品がどうなのか、と言うことが一番大事なのです。
作家が、○○代○○○なんていうのは、全く関係がないのですが、現実に売れるのはそういう人達の作品だ、というのが、現実の工芸市場なのです。
でも、プロはみんな解っている。否、解っていなければプロとは言えません。
作品の価値と銘(ブランド)は全く別物なのです。
和文化が廃れ、工芸品の価値を解する消費者がいなくて、どうやって本物が生き残れますか?
工人は仙人ではありません。
メシを食わなければ生きていけない。生きていけるように、収入を得ねばならないのです。
今の工芸界はギリギリ、70歳以上の人に支えられているのだと思います。
もちろん、その人達が多くの預貯金を持ち、自由に使えるお金がたくさんある事もその理由でしょう。
しかし、良さが解る眼が無ければ、買う事は出来ないのです。
茶道具の世界でも由緒書の立派なものと、千家十職など、高名な作り手のモノだけが動き、あとの新しい品物は茶室に入ることなく
工房の奥深く眠り続けるでしょう。
着物も同じです。
市場の90%がプリントと高速織機の製品になるでしょうし、それが着物だという世の中になるでしょう。
本当に趣向を凝らした手作りの作品が廉価で手に入るわけはないのです。
これは、いくら問屋を飛ばしても、実現不可能です。
そこそこの作品でも、一ヶ月に着尺1本織れるか織れないかなのです。
現実に問屋が取る利益は、全体からすれば微々たるものです。
まぁ、長々と書いてしまいましたが、今の工芸界の状況でさえ、維持するのは無理というより不可能だろうと思います。
なぜかといえば、消費者のライフスタイルが変わり、興味の方向性が変化してしまったからです。
ある意味、例外とも言える、和文化を愛し、鑑識眼を持つ人がいても、絶対数が少なすぎます。
いくらニッチ戦略を採っても、市場が縮小し、顧客の絶対数が減れば、撤退を余儀なくされるのが常道です。
ほな、どないしまんねん?ということですが、工人は覚悟することです。
イヤならやめたほうがいい。
やるなら、アルバイトをしてでも、やる覚悟がなければ制作は続けられません。
もう、しばらく、パトロンなどという存在は出てこないでしょう。
そして、工人も、商人も、そして消費者のみなさんも、もし、この日本の工芸が素晴らしいと思い、残していきたいと思うなら、
やるべきことは『鑑識眼を磨く』事です。
アーツ・アンド・クラフツの時代、ヨーロッパ諸国の美術工芸学校で一番大切だとされたことは、その事でした。
造るのも、商うのも、買うのも、鑑識眼が全ての基礎になります。
鑑識眼を持って、買わないなら、それは工芸の為になります。
ただ、それをもたずに、劣悪な品物を商い、買い求めることが、工芸界の凋落を加速させます。
この事は、工芸界だけでなく、伝統芸能など、伝統に関わるすべての事について共通です。
私達は、ほんとうにド真剣に取り組まなければ、大切な共有財産を失ってしまうことが確実な所まで追い込まれているのです。
Posted by 渡辺幻門 at
16:17
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2011年06月01日
わが国の工芸はどうなるのか
伝統工芸品とは
http://kougeihin.jp/crafts/introduction/categories
●織物
置賜紬(山形県)結城紬(茨城県/栃木県)伊勢崎絣(群馬県)桐生織(群馬県)村山大島紬(東京都)本場黄八丈(東京都)多摩織(東京都)塩沢紬(新潟県)本塩沢(新潟県)小千谷縮(新潟県)小千谷紬(新潟県)十日町絣(新潟県)十日町明石ちぢみ(新潟県)信州紬(長野県)牛首紬(石川県)近江上布(滋賀県)西陣織(京都府)弓浜絣(鳥取県)阿波正藍しじら織(徳島県)博多織(福岡県)久留米絣(福岡県)本場大島紬(鹿児島県/宮崎県)久米島紬(沖縄県)宮古上布(沖縄県)読谷山花織(沖縄県)読谷山ミンサー(沖縄県)琉球絣(沖縄県)首里織(沖縄県)与那国織(沖縄県)喜如嘉の芭蕉布(沖縄県)八重山ミンサー(沖縄県)八重山上布(沖縄県)羽越しな布(山形県/新潟県)
●染色品
東京染小紋(東京都)東京手描友禅(東京都)有松・鳴海絞(愛知県)名古屋友禅(愛知県)名古屋黒紋付染(愛知県)加賀友禅(石川県)京鹿の子絞(京都府)京友禅(京都府)京小紋(京都府)京黒紋付染(京都府)琉球びんがた(沖縄県)
●その他繊維製品
伊賀くみひも(三重県)加賀繍(石川県)京繍(京都府)京くみひも(京都府)
●陶磁器
大堀相馬焼(福島県)会津本郷焼(福島県)笠間焼(茨城県)益子焼(栃木県)赤津焼(愛知県)瀬戸染付焼(愛知県)常滑焼(愛知県)美濃焼(岐阜県)四日市萬古焼(三重県)伊賀焼(三重県)九谷焼(石川県)越前焼(福井県)信楽焼(滋賀県)京焼・清水焼(京都府)丹波立杭焼(兵庫県)出石焼(兵庫県)石見焼(島根県)備前焼(岡山県)砥部焼(愛媛県)小石原焼(福岡県)上野焼(福岡県)伊万里・有田焼(佐賀県)唐津焼(佐賀県)三川内焼(長崎県)波佐見焼(長崎県)壺屋焼(沖縄県)薩摩焼(鹿児島県)萩焼(山口県)大谷焼(徳島県)小代焼(熊本県)天草陶磁器(熊本県)
●漆器
津軽塗(青森県)秀衡塗(岩手県)浄法寺塗(岩手県)鳴子漆器(宮城県)川連漆器(秋田県)会津塗(福島県)鎌倉彫(神奈川県)小田原漆器(神奈川県)村上木彫堆朱(新潟県)木曽漆器(長野県)飛騨春慶(岐阜県)高岡漆器(富山県)輪島塗(石川県)山中漆器(石川県)金沢漆器(石川県)越前漆器(福井県)若狭塗(福井県)京漆器(京都府)紀州漆器(和歌山県)大内塗(山口県)香川漆器(香川県)琉球漆器(沖縄県)新潟漆器(新潟県)
●木工品
岩谷堂箪笥(岩手県)樺細工(秋田県)大館曲げわっぱ(秋田県)秋田杉桶樽(秋田県)春日部桐箪笥(埼玉県)江戸指物(東京都)箱根寄木細工(神奈川県)加茂桐箪笥(新潟県)松本家具(長野県)南木曽ろくろ細工(長野県)井波彫刻(富山県)一位一刀彫(岐阜県)名古屋桐箪笥(愛知県)京指物(京都府)大阪欄間(大阪府)大阪唐木指物(福井県)大阪泉州桐箪笥(大阪府)豊岡杞柳細工(兵庫県)紀州箪笥(和歌山県)宮島細工(広島県)奥会津編み組細工(福島県)
●竹工品
江戸和竿(栃木県)駿河竹千筋細工(静岡県)大阪金剛簾(大阪府)高山茶筌(奈良県)勝山竹細工(岡山県)別府竹細工(大分県)都城大弓(宮崎県)
●金工品
南部鉄器(岩手県)山形鋳物(山形県)東京銀器(東京都)燕鎚起銅器(新潟県)越後与板打刃物(新潟県)信州打刃物(長野県)高岡銅器(富山県)越前打刃物(福井県)堺打刃物(大阪府)大阪浪華錫器(大阪府)播州三木打刃物(兵庫県)土佐打刃物(高知県)肥後象がん(熊本県)越後三条打刃物(新潟県)
●仏壇・仏具
山形仏壇(山形県)新潟・白根仏壇(新潟県)三条仏壇(新潟県)長岡仏壇(新潟県)飯山仏壇(長野県)名古屋仏壇(愛知県)三河仏壇(愛知県)金沢仏壇(石川県)七尾仏壇(石川県)彦根仏壇(滋賀県)京仏壇(京都府)京仏具(京都府)大阪仏壇(大阪府)広島仏壇(広島県)八女福島仏壇(福岡県)川辺仏壇(鹿児島県)
●和紙
内山紙(長野県)美濃和紙(岐阜県)越中和紙(富山県)越前和紙(福井県)因州和紙(鳥取県)石州和紙(島根県)阿波和紙(徳島県)大洲和紙(愛媛県)土佐和紙(高知県)
●文具
雄勝硯(宮城県)豊橋筆(愛知県)鈴鹿墨(三重県)播州そろばん(兵庫県)奈良筆(奈良県)雲州そろばん(島根県)熊野筆(広島県)赤間硯(山口県)川尻筆(広島県)
●石工品・貴石細工
真壁石燈籠(茨城県)甲州水晶貴石細工(山梨県)岡崎石工品(愛知県)若狭めのう細工(福井県)京石工芸品(京都府)出雲石燈ろう(島根県/鳥取県)
●人形
宮城伝統こけし(宮城県)江戸木目込人形(埼玉県/東京都)駿河雛具(静岡県)駿河雛人形(静岡県)京人形(京都府)博多人形(福岡県)岩槻人形(埼玉県)江戸節句人形(東京都)
●その他工芸品
天童将棋駒(山形県)江戸からかみ(東京都)甲州印伝(山梨県)甲州手彫印章(山梨県)尾張七宝(愛知県)岐阜提灯(岐阜県)京扇子(京都府)京うちわ(京都府)京表具(京都府)播州毛鉤(兵庫県)福山琴(広島県)丸亀うちわ(香川県)八女提灯(福岡県)江戸切子(東京都)房州うちわ(千葉県)江戸木版画(東京都)
●工芸用具・材料
伊勢形紙(三重県)庄川挽物木地(富山県)金沢箔(石川県)
伝産協会が指定しているだけでこれだけあるのですよ。
これは一部の品目を別にして、『和』の文化の中で使用されています。
ということは、生活が和でなくなれば、自ずと排除される運命にあるわけです。
お茶を飲まなくなれば、湯飲みはなくなるし、花を生けなくなれば花器はなくなる。
茶道をやらない人に、茶道具は不要ですし、正月にお祝いをしない人は、とそ器は不要です。
床の間が無くなれば、掛け軸は必要ないし、座敷がなくなれば唐木の指物も、欄間も必要ない。
洋服に番傘は合わないし、団扇も扇子も手ぬぐいも基本的には無くなります。
西洋ではどうだったかといえば、19世紀末位から工業化が進んで、粗悪な大量生産品が出てくるようになると、それに対抗してアーツ・アンド・クラフツ運動が起こります。これがアールヌーボーに連なる訳ですが、アールヌーボーというのは一般民衆が生活に取り込むにはあまりにも高価でした。特権階級が無くなって、一般市民階級が市場の主役となった当時、それが大きな流れになることはありませんでした。そこで生まれたのがアールデコです。アールデコというのは、アールヌーボ独特の丸いしなやかな線を排し、機械でつくりやすく、かつ、感性に優れたものを目指したと言えばわかりやすいでしょうか。
ところが、そのアールデコも、今残っているものは非常に高価で、一般庶民の手の届くものではありません。市場を大きく占めているのは、やはり廉価で安易な機械生産品です。いま、売られているアールヌーボーもアールデコも、当時の作品から見ると、非常に内容が落ちていて、内容よりも名前で売れているという感が否めません。
日本の場合も、その流れと同じように来ているのですが、基本的には、浮世絵を大衆が愛した様に日本人の美術的感性は優れていて、それなりのレベルの工芸品がまだまだ、大衆レベルにまで届いていましたし、手の届く範囲の価格が維持されていたと言えるでしょう。5000円もすれば、民窯の素晴らしい焼き物は、良く探せばの条件付きで手に入ったし、鑑識眼をもった好事家も多かったのです。
しかし、事情は変わりました。それは戦後が契機になるでしょうね。
私の母の世代、つまり戦時中以前に生まれた、そこそこの家庭の娘さんなら、花嫁修業ということで、ほとんどが茶道と華道の心得がありました。ところが、私達の世代、つまり昭和30年代以降に生まれた人から、ぷっつりと途切れてしまっています。今、60歳以下で茶道の心得がある人を捜すのが難しいのです。それだけ茶人口は減っている。
核家族化が進行して、冠婚葬祭が軽視され、住宅もマンションが増えて、座敷や床の間が消えました。
戦後の高度成長期を境に、日本人は日本の伝統的な風習を捨ててきてしまったのです。
昔の日本の焼き物はすべて無銘でした。茶器の大名物の作者さえ解らないのはそのせいです。
それに銘が着けられるようになったのは、明治期に陶磁器が輸出製品となった時からです。
すなわち、欧米の品物は全て銘が着いていた。それに合わせたということです。
日本人は銘などなくても、十分に良い物は見通せた。
ところが、銘が着いた途端、それに頼るようになって、目が曇ってしまったのだと私は思います。
逆に言えば、日本の工人がいかに優秀であったかということの証拠でもあります。
消費者は、間違った買い物をしないために、銘(=ブランド)に頼るようになる。
良い物を選ぶ眼を持っていることより、拙劣なブランド品をそのブランドの信用だけで買う事を誇るようになった。
美や質は、つくる者からではなく、享受する者のレベルに引っ張られるものです。
必要のないものは淘汰されるのが世の常です。
和文化を解さず、和の生活を捨て、銘だけを見て買う消費者は、自ずとそれにあった品物を世の中に生み出します。
その代表が現在のアールデコの姿です。
私は日本の工芸品もそうなるだろうと思います。
戦中世代ももう、隠居する時代になってきました。
もう、信念や気骨だけで工芸を支える人はいなくなるだろうと思います。
世の中の、いわゆる『工芸品』と言われる物は大半が大量生産だけを目的とした機械生産に置き換えられるでしょうし、
デザイン的にも、機械で造りやすい安直なモノになっていくでしょう。
手作りの趣向をこらした本当の工芸品は、市場からその姿を消し、数少ない趣味人がコレクションとして集める、そんなレベルになる
のではないかと思います。
良い品物が市場から漸減していくと、さらに消費者の眼が落ちていく。眼が落ちるとさらに工人の手が落ちる。
斬新なデザインの面白い品物は出てきても、本当の熟練の技を駆使した作品は、もう出てこなくなるだろうと思います。
なぜなら、いくら工人が努力しても、それを評価してくれる買い手がいなければ、報われないからです。
例えば、着物を着て歌舞伎座などへ大勢で来られる女性客も増えてきましたよね。その人達の様子を見聞きしていると、品物の質にまで
話が及んでいることが少ないように感じます。もちろん、その着物の作家や産地、コーディネートも大切ですが、本当にその着物を
味わうには、生地の風合いや色、仕立ての良さをじっくりと見て、『いい着物ですね』と言う言葉があるべきなのです。
陶磁器でも全く同じです。柿右衛門だ今右衛門だ、伊万里だ唐津だと言う前に、その作品がどうなのか、と言うことが一番大事なのです。
作家が、○○代○○○なんていうのは、全く関係がないのですが、現実に売れるのはそういう人達の作品だ、というのが、現実の工芸市場なのです。
でも、プロはみんな解っている。否、解っていなければプロとは言えません。
作品の価値と銘(ブランド)は全く別物なのです。
和文化が廃れ、工芸品の価値を解する消費者がいなくて、どうやって本物が生き残れますか?
工人は仙人ではありません。
メシを食わなければ生きていけない。生きていけるように、収入を得ねばならないのです。
今の工芸界はギリギリ、70歳以上の人に支えられているのだと思います。
もちろん、その人達が多くの預貯金を持ち、自由に使えるお金がたくさんある事もその理由でしょう。
しかし、良さが解る眼が無ければ、買う事は出来ないのです。
茶道具の世界でも由緒書の立派なものと、千家十職など、高名な作り手のモノだけが動き、あとの新しい品物は茶室に入ることなく
工房の奥深く眠り続けるでしょう。
着物も同じです。
市場の90%がプリントと高速織機の製品になるでしょうし、それが着物だという世の中になるでしょう。
本当に趣向を凝らした手作りの作品が廉価で手に入るわけはないのです。
これは、いくら問屋を飛ばしても、実現不可能です。
そこそこの作品でも、一ヶ月に着尺1本織れるか織れないかなのです。
現実に問屋が取る利益は、全体からすれば微々たるものです。
まぁ、長々と書いてしまいましたが、今の工芸界の状況でさえ、維持するのは無理というより不可能だろうと思います。
なぜかといえば、消費者のライフスタイルが変わり、興味の方向性が変化してしまったからです。
ある意味、例外とも言える、和文化を愛し、鑑識眼を持つ人がいても、絶対数が少なすぎます。
いくらニッチ戦略を採っても、市場が縮小し、顧客の絶対数が減れば、撤退を余儀なくされるのが常道です。
ほな、どないしまんねん?ということですが、工人は覚悟することです。
イヤならやめたほうがいい。
やるなら、アルバイトをしてでも、やる覚悟がなければ制作は続けられません。
もう、しばらく、パトロンなどという存在は出てこないでしょう。
そして、工人も、商人も、そして消費者のみなさんも、もし、この日本の工芸が素晴らしいと思い、残していきたいと思うなら、
やるべきことは『鑑識眼を磨く』事です。
アーツ・アンド・クラフツの時代、ヨーロッパ諸国の美術工芸学校で一番大切だとされたことは、その事でした。
造るのも、商うのも、買うのも、鑑識眼が全ての基礎になります。
鑑識眼を持って、買わないなら、それは工芸の為になります。
ただ、それをもたずに、劣悪な品物を商い、買い求めることが、工芸界の凋落を加速させます。
この事は、工芸界だけでなく、伝統芸能など、伝統に関わるすべての事について共通です。
私達は、ほんとうにド真剣に取り組まなければ、大切な共有財産を失ってしまうことが確実な所まで追い込まれているのです。
http://kougeihin.jp/crafts/introduction/categories
●織物
置賜紬(山形県)結城紬(茨城県/栃木県)伊勢崎絣(群馬県)桐生織(群馬県)村山大島紬(東京都)本場黄八丈(東京都)多摩織(東京都)塩沢紬(新潟県)本塩沢(新潟県)小千谷縮(新潟県)小千谷紬(新潟県)十日町絣(新潟県)十日町明石ちぢみ(新潟県)信州紬(長野県)牛首紬(石川県)近江上布(滋賀県)西陣織(京都府)弓浜絣(鳥取県)阿波正藍しじら織(徳島県)博多織(福岡県)久留米絣(福岡県)本場大島紬(鹿児島県/宮崎県)久米島紬(沖縄県)宮古上布(沖縄県)読谷山花織(沖縄県)読谷山ミンサー(沖縄県)琉球絣(沖縄県)首里織(沖縄県)与那国織(沖縄県)喜如嘉の芭蕉布(沖縄県)八重山ミンサー(沖縄県)八重山上布(沖縄県)羽越しな布(山形県/新潟県)
●染色品
東京染小紋(東京都)東京手描友禅(東京都)有松・鳴海絞(愛知県)名古屋友禅(愛知県)名古屋黒紋付染(愛知県)加賀友禅(石川県)京鹿の子絞(京都府)京友禅(京都府)京小紋(京都府)京黒紋付染(京都府)琉球びんがた(沖縄県)
●その他繊維製品
伊賀くみひも(三重県)加賀繍(石川県)京繍(京都府)京くみひも(京都府)
●陶磁器
大堀相馬焼(福島県)会津本郷焼(福島県)笠間焼(茨城県)益子焼(栃木県)赤津焼(愛知県)瀬戸染付焼(愛知県)常滑焼(愛知県)美濃焼(岐阜県)四日市萬古焼(三重県)伊賀焼(三重県)九谷焼(石川県)越前焼(福井県)信楽焼(滋賀県)京焼・清水焼(京都府)丹波立杭焼(兵庫県)出石焼(兵庫県)石見焼(島根県)備前焼(岡山県)砥部焼(愛媛県)小石原焼(福岡県)上野焼(福岡県)伊万里・有田焼(佐賀県)唐津焼(佐賀県)三川内焼(長崎県)波佐見焼(長崎県)壺屋焼(沖縄県)薩摩焼(鹿児島県)萩焼(山口県)大谷焼(徳島県)小代焼(熊本県)天草陶磁器(熊本県)
●漆器
津軽塗(青森県)秀衡塗(岩手県)浄法寺塗(岩手県)鳴子漆器(宮城県)川連漆器(秋田県)会津塗(福島県)鎌倉彫(神奈川県)小田原漆器(神奈川県)村上木彫堆朱(新潟県)木曽漆器(長野県)飛騨春慶(岐阜県)高岡漆器(富山県)輪島塗(石川県)山中漆器(石川県)金沢漆器(石川県)越前漆器(福井県)若狭塗(福井県)京漆器(京都府)紀州漆器(和歌山県)大内塗(山口県)香川漆器(香川県)琉球漆器(沖縄県)新潟漆器(新潟県)
●木工品
岩谷堂箪笥(岩手県)樺細工(秋田県)大館曲げわっぱ(秋田県)秋田杉桶樽(秋田県)春日部桐箪笥(埼玉県)江戸指物(東京都)箱根寄木細工(神奈川県)加茂桐箪笥(新潟県)松本家具(長野県)南木曽ろくろ細工(長野県)井波彫刻(富山県)一位一刀彫(岐阜県)名古屋桐箪笥(愛知県)京指物(京都府)大阪欄間(大阪府)大阪唐木指物(福井県)大阪泉州桐箪笥(大阪府)豊岡杞柳細工(兵庫県)紀州箪笥(和歌山県)宮島細工(広島県)奥会津編み組細工(福島県)
●竹工品
江戸和竿(栃木県)駿河竹千筋細工(静岡県)大阪金剛簾(大阪府)高山茶筌(奈良県)勝山竹細工(岡山県)別府竹細工(大分県)都城大弓(宮崎県)
●金工品
南部鉄器(岩手県)山形鋳物(山形県)東京銀器(東京都)燕鎚起銅器(新潟県)越後与板打刃物(新潟県)信州打刃物(長野県)高岡銅器(富山県)越前打刃物(福井県)堺打刃物(大阪府)大阪浪華錫器(大阪府)播州三木打刃物(兵庫県)土佐打刃物(高知県)肥後象がん(熊本県)越後三条打刃物(新潟県)
●仏壇・仏具
山形仏壇(山形県)新潟・白根仏壇(新潟県)三条仏壇(新潟県)長岡仏壇(新潟県)飯山仏壇(長野県)名古屋仏壇(愛知県)三河仏壇(愛知県)金沢仏壇(石川県)七尾仏壇(石川県)彦根仏壇(滋賀県)京仏壇(京都府)京仏具(京都府)大阪仏壇(大阪府)広島仏壇(広島県)八女福島仏壇(福岡県)川辺仏壇(鹿児島県)
●和紙
内山紙(長野県)美濃和紙(岐阜県)越中和紙(富山県)越前和紙(福井県)因州和紙(鳥取県)石州和紙(島根県)阿波和紙(徳島県)大洲和紙(愛媛県)土佐和紙(高知県)
●文具
雄勝硯(宮城県)豊橋筆(愛知県)鈴鹿墨(三重県)播州そろばん(兵庫県)奈良筆(奈良県)雲州そろばん(島根県)熊野筆(広島県)赤間硯(山口県)川尻筆(広島県)
●石工品・貴石細工
真壁石燈籠(茨城県)甲州水晶貴石細工(山梨県)岡崎石工品(愛知県)若狭めのう細工(福井県)京石工芸品(京都府)出雲石燈ろう(島根県/鳥取県)
●人形
宮城伝統こけし(宮城県)江戸木目込人形(埼玉県/東京都)駿河雛具(静岡県)駿河雛人形(静岡県)京人形(京都府)博多人形(福岡県)岩槻人形(埼玉県)江戸節句人形(東京都)
●その他工芸品
天童将棋駒(山形県)江戸からかみ(東京都)甲州印伝(山梨県)甲州手彫印章(山梨県)尾張七宝(愛知県)岐阜提灯(岐阜県)京扇子(京都府)京うちわ(京都府)京表具(京都府)播州毛鉤(兵庫県)福山琴(広島県)丸亀うちわ(香川県)八女提灯(福岡県)江戸切子(東京都)房州うちわ(千葉県)江戸木版画(東京都)
●工芸用具・材料
伊勢形紙(三重県)庄川挽物木地(富山県)金沢箔(石川県)
伝産協会が指定しているだけでこれだけあるのですよ。
これは一部の品目を別にして、『和』の文化の中で使用されています。
ということは、生活が和でなくなれば、自ずと排除される運命にあるわけです。
お茶を飲まなくなれば、湯飲みはなくなるし、花を生けなくなれば花器はなくなる。
茶道をやらない人に、茶道具は不要ですし、正月にお祝いをしない人は、とそ器は不要です。
床の間が無くなれば、掛け軸は必要ないし、座敷がなくなれば唐木の指物も、欄間も必要ない。
洋服に番傘は合わないし、団扇も扇子も手ぬぐいも基本的には無くなります。
西洋ではどうだったかといえば、19世紀末位から工業化が進んで、粗悪な大量生産品が出てくるようになると、それに対抗してアーツ・アンド・クラフツ運動が起こります。これがアールヌーボーに連なる訳ですが、アールヌーボーというのは一般民衆が生活に取り込むにはあまりにも高価でした。特権階級が無くなって、一般市民階級が市場の主役となった当時、それが大きな流れになることはありませんでした。そこで生まれたのがアールデコです。アールデコというのは、アールヌーボ独特の丸いしなやかな線を排し、機械でつくりやすく、かつ、感性に優れたものを目指したと言えばわかりやすいでしょうか。
ところが、そのアールデコも、今残っているものは非常に高価で、一般庶民の手の届くものではありません。市場を大きく占めているのは、やはり廉価で安易な機械生産品です。いま、売られているアールヌーボーもアールデコも、当時の作品から見ると、非常に内容が落ちていて、内容よりも名前で売れているという感が否めません。
日本の場合も、その流れと同じように来ているのですが、基本的には、浮世絵を大衆が愛した様に日本人の美術的感性は優れていて、それなりのレベルの工芸品がまだまだ、大衆レベルにまで届いていましたし、手の届く範囲の価格が維持されていたと言えるでしょう。5000円もすれば、民窯の素晴らしい焼き物は、良く探せばの条件付きで手に入ったし、鑑識眼をもった好事家も多かったのです。
しかし、事情は変わりました。それは戦後が契機になるでしょうね。
私の母の世代、つまり戦時中以前に生まれた、そこそこの家庭の娘さんなら、花嫁修業ということで、ほとんどが茶道と華道の心得がありました。ところが、私達の世代、つまり昭和30年代以降に生まれた人から、ぷっつりと途切れてしまっています。今、60歳以下で茶道の心得がある人を捜すのが難しいのです。それだけ茶人口は減っている。
核家族化が進行して、冠婚葬祭が軽視され、住宅もマンションが増えて、座敷や床の間が消えました。
戦後の高度成長期を境に、日本人は日本の伝統的な風習を捨ててきてしまったのです。
昔の日本の焼き物はすべて無銘でした。茶器の大名物の作者さえ解らないのはそのせいです。
それに銘が着けられるようになったのは、明治期に陶磁器が輸出製品となった時からです。
すなわち、欧米の品物は全て銘が着いていた。それに合わせたということです。
日本人は銘などなくても、十分に良い物は見通せた。
ところが、銘が着いた途端、それに頼るようになって、目が曇ってしまったのだと私は思います。
逆に言えば、日本の工人がいかに優秀であったかということの証拠でもあります。
消費者は、間違った買い物をしないために、銘(=ブランド)に頼るようになる。
良い物を選ぶ眼を持っていることより、拙劣なブランド品をそのブランドの信用だけで買う事を誇るようになった。
美や質は、つくる者からではなく、享受する者のレベルに引っ張られるものです。
必要のないものは淘汰されるのが世の常です。
和文化を解さず、和の生活を捨て、銘だけを見て買う消費者は、自ずとそれにあった品物を世の中に生み出します。
その代表が現在のアールデコの姿です。
私は日本の工芸品もそうなるだろうと思います。
戦中世代ももう、隠居する時代になってきました。
もう、信念や気骨だけで工芸を支える人はいなくなるだろうと思います。
世の中の、いわゆる『工芸品』と言われる物は大半が大量生産だけを目的とした機械生産に置き換えられるでしょうし、
デザイン的にも、機械で造りやすい安直なモノになっていくでしょう。
手作りの趣向をこらした本当の工芸品は、市場からその姿を消し、数少ない趣味人がコレクションとして集める、そんなレベルになる
のではないかと思います。
良い品物が市場から漸減していくと、さらに消費者の眼が落ちていく。眼が落ちるとさらに工人の手が落ちる。
斬新なデザインの面白い品物は出てきても、本当の熟練の技を駆使した作品は、もう出てこなくなるだろうと思います。
なぜなら、いくら工人が努力しても、それを評価してくれる買い手がいなければ、報われないからです。
例えば、着物を着て歌舞伎座などへ大勢で来られる女性客も増えてきましたよね。その人達の様子を見聞きしていると、品物の質にまで
話が及んでいることが少ないように感じます。もちろん、その着物の作家や産地、コーディネートも大切ですが、本当にその着物を
味わうには、生地の風合いや色、仕立ての良さをじっくりと見て、『いい着物ですね』と言う言葉があるべきなのです。
陶磁器でも全く同じです。柿右衛門だ今右衛門だ、伊万里だ唐津だと言う前に、その作品がどうなのか、と言うことが一番大事なのです。
作家が、○○代○○○なんていうのは、全く関係がないのですが、現実に売れるのはそういう人達の作品だ、というのが、現実の工芸市場なのです。
でも、プロはみんな解っている。否、解っていなければプロとは言えません。
作品の価値と銘(ブランド)は全く別物なのです。
和文化が廃れ、工芸品の価値を解する消費者がいなくて、どうやって本物が生き残れますか?
工人は仙人ではありません。
メシを食わなければ生きていけない。生きていけるように、収入を得ねばならないのです。
今の工芸界はギリギリ、70歳以上の人に支えられているのだと思います。
もちろん、その人達が多くの預貯金を持ち、自由に使えるお金がたくさんある事もその理由でしょう。
しかし、良さが解る眼が無ければ、買う事は出来ないのです。
茶道具の世界でも由緒書の立派なものと、千家十職など、高名な作り手のモノだけが動き、あとの新しい品物は茶室に入ることなく
工房の奥深く眠り続けるでしょう。
着物も同じです。
市場の90%がプリントと高速織機の製品になるでしょうし、それが着物だという世の中になるでしょう。
本当に趣向を凝らした手作りの作品が廉価で手に入るわけはないのです。
これは、いくら問屋を飛ばしても、実現不可能です。
そこそこの作品でも、一ヶ月に着尺1本織れるか織れないかなのです。
現実に問屋が取る利益は、全体からすれば微々たるものです。
まぁ、長々と書いてしまいましたが、今の工芸界の状況でさえ、維持するのは無理というより不可能だろうと思います。
なぜかといえば、消費者のライフスタイルが変わり、興味の方向性が変化してしまったからです。
ある意味、例外とも言える、和文化を愛し、鑑識眼を持つ人がいても、絶対数が少なすぎます。
いくらニッチ戦略を採っても、市場が縮小し、顧客の絶対数が減れば、撤退を余儀なくされるのが常道です。
ほな、どないしまんねん?ということですが、工人は覚悟することです。
イヤならやめたほうがいい。
やるなら、アルバイトをしてでも、やる覚悟がなければ制作は続けられません。
もう、しばらく、パトロンなどという存在は出てこないでしょう。
そして、工人も、商人も、そして消費者のみなさんも、もし、この日本の工芸が素晴らしいと思い、残していきたいと思うなら、
やるべきことは『鑑識眼を磨く』事です。
アーツ・アンド・クラフツの時代、ヨーロッパ諸国の美術工芸学校で一番大切だとされたことは、その事でした。
造るのも、商うのも、買うのも、鑑識眼が全ての基礎になります。
鑑識眼を持って、買わないなら、それは工芸の為になります。
ただ、それをもたずに、劣悪な品物を商い、買い求めることが、工芸界の凋落を加速させます。
この事は、工芸界だけでなく、伝統芸能など、伝統に関わるすべての事について共通です。
私達は、ほんとうにド真剣に取り組まなければ、大切な共有財産を失ってしまうことが確実な所まで追い込まれているのです。
Posted by 渡辺幻門 at
16:17
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