オオサカジン

  | 羽曳野市

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2010年03月09日

私の着物ライフ

着物業界にいて、着物の仕事をし、着物の話をする私ですが、じゃ、自分自身が生活の中でどんな形で着物に関わっているかと言えば、それは一番には普段着・仕事着でしょうね。

会社では、那覇の織り手さんに発注した無地の紬を愛用しています。薄い赤紫色です。
16ヨミの100%草木染です。幅が41センチで指定しているので体の大きな私でも着用できるのです。その生地を季節を選ばず単衣で着ています。袷にすると動きにくいからです。袖は筒袖です。筒袖というのはフリがないから、作業がしやすいのです。襦袢は着ません。シャツとステテコの上に直に着物を着ます。それに兵児帯です。

呉服屋のくせに邪道だな、と言われそうですが、私は主兼番頭兼丁稚なので、結構バリバリ動かねばなりません。旦那さんのようにじっと座っては居られないので、軽装でなければなりません。本当は、ハッピと前掛けをしたいところですが、それはちょっとね。

こうやって、商っている商品を着てみるとその長所・短所がよく分かります。あまり安い物は、膝が出たり、おしりが引けたりします。そして、絹の良さを体全体で感じることが出来ます。

絹は機能的ではないような誤解を受けていますが、ほんとうは軽くて丈夫な素材なんです。そして温かい。冬に単衣でも室内なら十分過ごせます。

ちょっとした用事で出るときは、寒ければ綿入れや作務衣を上から羽織り、裸足に雪駄履きで出かけます。私、靴が嫌いなんですよ。これだけで、かなりの宣伝効果です。ラフにサラッと着ていると、みんなそんなに奇異の目では見ない物です。

羽曳野という田舎の事ですので、こういう風体がお似合いなのです。二上山の見える丘の上で、紋付きの着物はおかしいでしょう。

もちろん、外出するときは、きちんとしていきますよ。もう一枚の無地紬かロートン織を良く着ますね。単衣は上山弘子さんに染めてもらった琉球藍染の無地。夏はまだいいものをそろえて居ませんが、2枚持っています。最近、京都で紋お召しを二反買いました。着物と羽織にするつもりです。その他、大島などありますが、余り着ませんね。アンサンブルというのがあまり好みでないのです。ちゃんと襦袢も足袋もつけます。

着物、とくに紬の場合は、楽に着るというのが良いと思います。普段に着るのが基本ですから、しゃっちょこばっていたらおかしいのです。私は、着物を着たまま昼寝もするし、カレーうどんも食べます。だって、着ていたら楽なんですもの。おしゃれとか文化とかありますが、基本的には、絹という素材の良さ、染織の仕事の確かさを愉しみ、着物という形状がいかに日本の気候に合い、生地を無駄にしない合理性に富んでいるかを実感するというのが、楽しい着物ライフじゃないでしょうか。

着物を着ているという非日常性を愉しむのはもちろん素敵なことですが、これだけ絹が安く手に入るようになったのですから、もっと気軽に普段から着られたらいいのに、ともったいなく想います。女性は着付けとかも大変なのでしょうが、帯は半幅帯でもいいですし、自宅に居るときならヒモでもいいのです。私もたまに芸大の実習で腰機で織った細帯を結んでいます。

夏の着物はとくにいいですね。全身を風が吹き抜ける。自然と一体になっている感じがします。麻はとくにいい。安物の小地谷ちぢみでも、すごく涼しいです。友人が手引きの苧麻にインド藍の染め、地機の織で着尺を織ってくれると言うので愉しみにしているんです。

とにかく、着物というのは良い物をシンプルに着るのが一番そのよさを味わえます。いまはよい紬は非常に高価になりましたが、ほんとうは、お母さんや奥さんが家族のために一生懸命良い物を織るというのが紬織りの基本なんだと想います。染織が他の手工芸とちがうのはまさしくその点で、染織とは『愛の工芸』なのです。

粋に過ぎず、奇をてらわず、自分の母親が織ってくれたと想って大切に愛着をもって着てもらえれば、作った人も本望だと想います。

本当に新鮮な魚を食べたら、まずい魚は食べられないのとおんなじで、よい素材できちんとした仕事の上で作られた着物を着れば、その反対の着物は自然と着られなくなるのです。

もっともっと、自然体で着物を愉しんでもらいたいと想いますね。

もちろん、人前に出るときはきちんとしなければなりませんし、TPOはすべての服飾の基本ですよ!
  
Posted by 渡辺幻門 at 15:24Comments(0)着物

2010年03月07日

沖縄から帰ってきました。

昨日の夕方、帰阪しました。

今回は、仕入れもしましたが、ほとんどは作り手さんとじっくりお話させていただくのに時間を割きました。

今回、初めて知ったこともたくさんありました。

けっこう名前も知られた紅型作家が京都から型を買って染めている人がいるという事実には驚愕しましたし、沖縄に供給されている糸に不満を持っている人が多いことも改めて確認しました。宮古上布の藍が琉球藍、インド藍、阿波藍を配合して使用している事も初めて知りました。

普段はのんびり、にこやかに仕事をしている皆さんですが、今回はさすがに様子が違っていて、将来の事を真剣に話し合いました。

日本各地に染織家はいますが、産地という基盤をもった伝統染織の場合、未来への道筋を付けなければならないという部分で個人の作家とは全く次元の違う意味を持っています。個人の作家なら、その技術は個人の物ですが、伝統染織の場合は、その産地の歴史・文化に根ざした公の物だからです。それは個では無く公や衆の力で営々と構築されてきたものなのです。それを今生きている私たちが絶やす事は出来ないのです。過去から未来へ繋がる長い伝統染織の歴史の1ページを担っているに過ぎないと強く認識せねばなりません。

その考え方からすれば、非常識で無責任な行動も多々見られ、伝統染織の灯は強い風にさらされています。

作り手は作り手として、商人は商人として、今何が出来るか?

今までの隆盛は、自分たちの力ではなく、先人の築きあげた功績を食いつぶしてきただけかもしれません。私たちが考えなければならないことは、食いつぶしてしまった遺産をいかに取り戻して、将来の担い手にバトンタッチするかです。

お金を稼ぎ、生活をしていく方法は染織以外にもたくさんあります。でも、私たちの勝手で、未来に生きる人たちから、この尊い仕事を取り上げていいものでしょうか。染織という仕事に携わる者全員が、誰のせいにするのではなく、自ら当事者意識をもって伝統染織の保存・継承を真剣に考えれば必ず路は拓けると想うのです。

この一年はどうやら激動期となりそうです。
私は、その中からまた立ち上がってくる沖縄の人たちのバイタリティーを信じています。そして、また、楽しく、朗らかに仕事をしている姿に会えると想っています。ずっとみんなで頑張りましょう!
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:07Comments(0)

2010年03月07日

沖縄から帰ってきました。

昨日の夕方、帰阪しました。

今回は、仕入れもしましたが、ほとんどは作り手さんとじっくりお話させていただくのに時間を割きました。

今回、初めて知ったこともたくさんありました。

けっこう名前も知られた紅型作家が京都から型を買って染めている人がいるという事実には驚愕しましたし、沖縄に供給されている糸に不満を持っている人が多いことも改めて確認しました。宮古上布の藍が琉球藍、インド藍、阿波藍を配合して使用している事も初めて知りました。

普段はのんびり、にこやかに仕事をしている皆さんですが、今回はさすがに様子が違っていて、将来の事を真剣に話し合いました。

日本各地に染織家はいますが、産地という基盤をもった伝統染織の場合、未来への道筋を付けなければならないという部分で個人の作家とは全く次元の違う意味を持っています。個人の作家なら、その技術は個人の物ですが、伝統染織の場合は、その産地の歴史・文化に根ざした公の物だからです。それは個では無く公や衆の力で営々と構築されてきたものなのです。それを今生きている私たちが絶やす事は出来ないのです。過去から未来へ繋がる長い伝統染織の歴史の1ページを担っているに過ぎないと強く認識せねばなりません。

その考え方からすれば、非常識で無責任な行動も多々見られ、伝統染織の灯は強い風にさらされています。

作り手は作り手として、商人は商人として、今何が出来るか?

今までの隆盛は、自分たちの力ではなく、先人の築きあげた功績を食いつぶしてきただけかもしれません。私たちが考えなければならないことは、食いつぶしてしまった遺産をいかに取り戻して、将来の担い手にバトンタッチするかです。

お金を稼ぎ、生活をしていく方法は染織以外にもたくさんあります。でも、私たちの勝手で、未来に生きる人たちから、この尊い仕事を取り上げていいものでしょうか。染織という仕事に携わる者全員が、誰のせいにするのではなく、自ら当事者意識をもって伝統染織の保存・継承を真剣に考えれば必ず路は拓けると想うのです。

この一年はどうやら激動期となりそうです。
私は、その中からまた立ち上がってくる沖縄の人たちのバイタリティーを信じています。そして、また、楽しく、朗らかに仕事をしている姿に会えると想っています。ずっとみんなで頑張りましょう!
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:07Comments(0)

2010年03月07日

沖縄から帰ってきました。

昨日の夕方、帰阪しました。

今回は、仕入れもしましたが、ほとんどは作り手さんとじっくりお話させていただくのに時間を割きました。

今回、初めて知ったこともたくさんありました。

けっこう名前も知られた紅型作家が京都から型を買って染めている人がいるという事実には驚愕しましたし、沖縄に供給されている糸に不満を持っている人が多いことも改めて確認しました。宮古上布の藍が琉球藍、インド藍、阿波藍を配合して使用している事も初めて知りました。

普段はのんびり、にこやかに仕事をしている皆さんですが、今回はさすがに様子が違っていて、将来の事を真剣に話し合いました。

日本各地に染織家はいますが、産地という基盤をもった伝統染織の場合、未来への道筋を付けなければならないという部分で個人の作家とは全く次元の違う意味を持っています。個人の作家なら、その技術は個人の物ですが、伝統染織の場合は、その産地の歴史・文化に根ざした公の物だからです。それは個では無く公や衆の力で営々と構築されてきたものなのです。それを今生きている私たちが絶やす事は出来ないのです。過去から未来へ繋がる長い伝統染織の歴史の1ページを担っているに過ぎないと強く認識せねばなりません。

その考え方からすれば、非常識で無責任な行動も多々見られ、伝統染織の灯は強い風にさらされています。

作り手は作り手として、商人は商人として、今何が出来るか?

今までの隆盛は、自分たちの力ではなく、先人の築きあげた功績を食いつぶしてきただけかもしれません。私たちが考えなければならないことは、食いつぶしてしまった遺産をいかに取り戻して、将来の担い手にバトンタッチするかです。

お金を稼ぎ、生活をしていく方法は染織以外にもたくさんあります。でも、私たちの勝手で、未来に生きる人たちから、この尊い仕事を取り上げていいものでしょうか。染織という仕事に携わる者全員が、誰のせいにするのではなく、自ら当事者意識をもって伝統染織の保存・継承を真剣に考えれば必ず路は拓けると想うのです。

この一年はどうやら激動期となりそうです。
私は、その中からまた立ち上がってくる沖縄の人たちのバイタリティーを信じています。そして、また、楽しく、朗らかに仕事をしている姿に会えると想っています。ずっとみんなで頑張りましょう!
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:07Comments(0)

2010年03月06日

四日目

今朝は6時起き。



昨夜は遅かったのですが、朝早いのを警戒して11時ころからは、水を飲んでいました。なので、二日酔いは無し。しかし、睡眠時間が4時間では、かなりつらかったですね。

7時半にタクシーに乗って久米島港へ。
すぐに乗船できました。
舟の中には雑魚寝スペースがあるので、リュックを枕に毛布を被って、ごろ寝していました。

海は荒れていて、舟は揺れていたのですが、私も他のお客もだれも船酔いしている様子は無く、さすがは海洋民族だなぁ、と感心していました。

舟は順調に進み、12時半に泊港到着。



上陸してすぐにレンタカーを借りて、『こぺんぎん食堂』へ。
ここは石垣島のペンギン食堂の支店?で料理よりも別売しているラー油が有名です。博多の知人に頼まれているのでランチついでに買いに行ったのですが、あいにく売り切れ。おまけに行列しています。





朝ご飯を食べていなかったのでつらかったのですが、使命感にかられて20分ほどならんでいましたが、中に見える客がノロノロ食べているし、料理もどんどん出ている様子が見えなかったので、耐えきれずに離脱。商店街の中の別の食堂で食べたのは
『牛汁定食』



内容は・・・中身汁みたいでした。
これで1000円です。

ここから、親しい紅型作家さんと首里織作家さんを訪問。

いま、結構微妙な時期なので、お話の内容は、別の機会に少しずつご紹介したいと想います。

じっくり話ができて、とってもよい時間を過ごせました。

7時前に帰還。

首里織の作家さんのところで、巻き寿司とシュークリームを頂いていたので、夜は定番、みかど食堂の『ゆしどうふ定食』これ、うまいですよ!ゆしどうふを食べると、おなかも気持ちも落ち着きます。

昨日はたくさん飲んだし、明日も飲むので、今日はアルコールなし。

明日の午後の飛行機で帰ります。

今回はゆっくりじっくり内容の濃い話ができてとても良かったです。

みなさんに大切にしてもらって、私は幸せ者です。
これからもがんばります!
  
Posted by 渡辺幻門 at 08:03Comments(0)沖縄

2010年03月06日

四日目

今朝は6時起き。



昨夜は遅かったのですが、朝早いのを警戒して11時ころからは、水を飲んでいました。なので、二日酔いは無し。しかし、睡眠時間が4時間では、かなりつらかったですね。

7時半にタクシーに乗って久米島港へ。
すぐに乗船できました。
舟の中には雑魚寝スペースがあるので、リュックを枕に毛布を被って、ごろ寝していました。

海は荒れていて、舟は揺れていたのですが、私も他のお客もだれも船酔いしている様子は無く、さすがは海洋民族だなぁ、と感心していました。

舟は順調に進み、12時半に泊港到着。



上陸してすぐにレンタカーを借りて、『こぺんぎん食堂』へ。
ここは石垣島のペンギン食堂の支店?で料理よりも別売しているラー油が有名です。博多の知人に頼まれているのでランチついでに買いに行ったのですが、あいにく売り切れ。おまけに行列しています。





朝ご飯を食べていなかったのでつらかったのですが、使命感にかられて20分ほどならんでいましたが、中に見える客がノロノロ食べているし、料理もどんどん出ている様子が見えなかったので、耐えきれずに離脱。商店街の中の別の食堂で食べたのは
『牛汁定食』



内容は・・・中身汁みたいでした。
これで1000円です。

ここから、親しい紅型作家さんと首里織作家さんを訪問。

いま、結構微妙な時期なので、お話の内容は、別の機会に少しずつご紹介したいと想います。

じっくり話ができて、とってもよい時間を過ごせました。

7時前に帰還。

首里織の作家さんのところで、巻き寿司とシュークリームを頂いていたので、夜は定番、みかど食堂の『ゆしどうふ定食』これ、うまいですよ!ゆしどうふを食べると、おなかも気持ちも落ち着きます。

昨日はたくさん飲んだし、明日も飲むので、今日はアルコールなし。

明日の午後の飛行機で帰ります。

今回はゆっくりじっくり内容の濃い話ができてとても良かったです。

みなさんに大切にしてもらって、私は幸せ者です。
これからもがんばります!
  
Posted by 渡辺幻門 at 08:03Comments(0)沖縄

2010年03月06日

四日目

今朝は6時起き。



昨夜は遅かったのですが、朝早いのを警戒して11時ころからは、水を飲んでいました。なので、二日酔いは無し。しかし、睡眠時間が4時間では、かなりつらかったですね。

7時半にタクシーに乗って久米島港へ。
すぐに乗船できました。
舟の中には雑魚寝スペースがあるので、リュックを枕に毛布を被って、ごろ寝していました。

海は荒れていて、舟は揺れていたのですが、私も他のお客もだれも船酔いしている様子は無く、さすがは海洋民族だなぁ、と感心していました。

舟は順調に進み、12時半に泊港到着。



上陸してすぐにレンタカーを借りて、『こぺんぎん食堂』へ。
ここは石垣島のペンギン食堂の支店?で料理よりも別売しているラー油が有名です。博多の知人に頼まれているのでランチついでに買いに行ったのですが、あいにく売り切れ。おまけに行列しています。





朝ご飯を食べていなかったのでつらかったのですが、使命感にかられて20分ほどならんでいましたが、中に見える客がノロノロ食べているし、料理もどんどん出ている様子が見えなかったので、耐えきれずに離脱。商店街の中の別の食堂で食べたのは
『牛汁定食』



内容は・・・中身汁みたいでした。
これで1000円です。

ここから、親しい紅型作家さんと首里織作家さんを訪問。

いま、結構微妙な時期なので、お話の内容は、別の機会に少しずつご紹介したいと想います。

じっくり話ができて、とってもよい時間を過ごせました。

7時前に帰還。

首里織の作家さんのところで、巻き寿司とシュークリームを頂いていたので、夜は定番、みかど食堂の『ゆしどうふ定食』これ、うまいですよ!ゆしどうふを食べると、おなかも気持ちも落ち着きます。

昨日はたくさん飲んだし、明日も飲むので、今日はアルコールなし。

明日の午後の飛行機で帰ります。

今回はゆっくりじっくり内容の濃い話ができてとても良かったです。

みなさんに大切にしてもらって、私は幸せ者です。
これからもがんばります!
  
Posted by 渡辺幻門 at 08:03Comments(0)沖縄

2010年03月06日

三日目

久米島に行ってきました。
朝、さるちゃんと8時に泊港に集合。8時半に出港しました。



久米島まで4時間の船旅です。
那覇はちょっと天気が悪かったですね。

2時間ほどで渡名喜島に到着。
このあたりはすごく天気が良くて、海もキレイでした。





朝、4時頃に起きてしまったので、舟の中では眠りこけていましたが、渡名喜島を出港したあたりから、眼が覚めてキレイな海とさわやかな日光と風を堪能していました。

さらに2時間で久米島着。





港にはねえねえとそそかさんが迎えに来てくれていました。
2年ぶりの久米島です。
前はちゅらしま切符というのがあって、安く離島を回れたのですが、JALの経営悪化のせいか無くなってしまい、足が遠のいていたのです。行かなくても、品物は入ってきますしね。

久米島に来ると、ほんとうにのんびりします。
空と太陽と海とうーじと牛と・・・
心が現れるとはこのことです。


とりあえずはランチ。
お店は『竜(りゅう)』です。
私とさるちゃんは、『さくなそば』をいただきました。



『さくな』というのは、久米島の海の岩に生える草?だそうです。なんともいえない新鮮な味わいで、血がキレイになるような気がしました。これはくせになります。

あと、少し観光。

宇江城(うえぐすく)城趾に。






沖縄の城(ぐすく)は内地のとはまたちがう趣があります。
ここらかの風景は絶品です。

さるちゃんを降ろして、ねえねえとそそかさんと私は浜辺へ。
久米島紬の将来について語り合いました。

5時頃から、本命のおはなし。
誰と何を話したか・・・内容は非公開にしておきます。
内容の濃い話でしたねぇ。

6時過ぎからおきまりの『海坊主』へ。
ねえねえとそそかさんは、いったん帰宅して、さるちゃんと私で先に始めていました。



この店は地元の漁師さんも来るんだとかで、魚の新鮮さは折り紙付きです。

8時半ころに全員集合。
少し食べて、カラオケへ。

久米島の深田恭子といわれる美女も参加しての大宴会でした。
沖縄民謡あり、演歌あり、ポップスありで、楽しかったですねぇ。

止めるそそかさんを振り切って、1時半くらいにようやくお開きに。ホテルにはいるやいなや、即寝であったことは言うまでもありません。

意義深く、楽しい、充実した久米島いきでした
。  
Posted by 渡辺幻門 at 08:01Comments(0)沖縄

2010年03月06日

三日目

久米島に行ってきました。
朝、さるちゃんと8時に泊港に集合。8時半に出港しました。



久米島まで4時間の船旅です。
那覇はちょっと天気が悪かったですね。

2時間ほどで渡名喜島に到着。
このあたりはすごく天気が良くて、海もキレイでした。





朝、4時頃に起きてしまったので、舟の中では眠りこけていましたが、渡名喜島を出港したあたりから、眼が覚めてキレイな海とさわやかな日光と風を堪能していました。

さらに2時間で久米島着。





港にはねえねえとそそかさんが迎えに来てくれていました。
2年ぶりの久米島です。
前はちゅらしま切符というのがあって、安く離島を回れたのですが、JALの経営悪化のせいか無くなってしまい、足が遠のいていたのです。行かなくても、品物は入ってきますしね。

久米島に来ると、ほんとうにのんびりします。
空と太陽と海とうーじと牛と・・・
心が現れるとはこのことです。


とりあえずはランチ。
お店は『竜(りゅう)』です。
私とさるちゃんは、『さくなそば』をいただきました。



『さくな』というのは、久米島の海の岩に生える草?だそうです。なんともいえない新鮮な味わいで、血がキレイになるような気がしました。これはくせになります。

あと、少し観光。

宇江城(うえぐすく)城趾に。






沖縄の城(ぐすく)は内地のとはまたちがう趣があります。
ここらかの風景は絶品です。

さるちゃんを降ろして、ねえねえとそそかさんと私は浜辺へ。
久米島紬の将来について語り合いました。

5時頃から、本命のおはなし。
誰と何を話したか・・・内容は非公開にしておきます。
内容の濃い話でしたねぇ。

6時過ぎからおきまりの『海坊主』へ。
ねえねえとそそかさんは、いったん帰宅して、さるちゃんと私で先に始めていました。



この店は地元の漁師さんも来るんだとかで、魚の新鮮さは折り紙付きです。

8時半ころに全員集合。
少し食べて、カラオケへ。

久米島の深田恭子といわれる美女も参加しての大宴会でした。
沖縄民謡あり、演歌あり、ポップスありで、楽しかったですねぇ。

止めるそそかさんを振り切って、1時半くらいにようやくお開きに。ホテルにはいるやいなや、即寝であったことは言うまでもありません。

意義深く、楽しい、充実した久米島いきでした
。  
Posted by 渡辺幻門 at 08:01Comments(0)沖縄

2010年03月06日

三日目

久米島に行ってきました。
朝、さるちゃんと8時に泊港に集合。8時半に出港しました。



久米島まで4時間の船旅です。
那覇はちょっと天気が悪かったですね。

2時間ほどで渡名喜島に到着。
このあたりはすごく天気が良くて、海もキレイでした。





朝、4時頃に起きてしまったので、舟の中では眠りこけていましたが、渡名喜島を出港したあたりから、眼が覚めてキレイな海とさわやかな日光と風を堪能していました。

さらに2時間で久米島着。





港にはねえねえとそそかさんが迎えに来てくれていました。
2年ぶりの久米島です。
前はちゅらしま切符というのがあって、安く離島を回れたのですが、JALの経営悪化のせいか無くなってしまい、足が遠のいていたのです。行かなくても、品物は入ってきますしね。

久米島に来ると、ほんとうにのんびりします。
空と太陽と海とうーじと牛と・・・
心が現れるとはこのことです。


とりあえずはランチ。
お店は『竜(りゅう)』です。
私とさるちゃんは、『さくなそば』をいただきました。



『さくな』というのは、久米島の海の岩に生える草?だそうです。なんともいえない新鮮な味わいで、血がキレイになるような気がしました。これはくせになります。

あと、少し観光。

宇江城(うえぐすく)城趾に。






沖縄の城(ぐすく)は内地のとはまたちがう趣があります。
ここらかの風景は絶品です。

さるちゃんを降ろして、ねえねえとそそかさんと私は浜辺へ。
久米島紬の将来について語り合いました。

5時頃から、本命のおはなし。
誰と何を話したか・・・内容は非公開にしておきます。
内容の濃い話でしたねぇ。

6時過ぎからおきまりの『海坊主』へ。
ねえねえとそそかさんは、いったん帰宅して、さるちゃんと私で先に始めていました。



この店は地元の漁師さんも来るんだとかで、魚の新鮮さは折り紙付きです。

8時半ころに全員集合。
少し食べて、カラオケへ。

久米島の深田恭子といわれる美女も参加しての大宴会でした。
沖縄民謡あり、演歌あり、ポップスありで、楽しかったですねぇ。

止めるそそかさんを振り切って、1時半くらいにようやくお開きに。ホテルにはいるやいなや、即寝であったことは言うまでもありません。

意義深く、楽しい、充実した久米島いきでした
。  
Posted by 渡辺幻門 at 08:01Comments(0)沖縄

2010年03月03日

沖縄 第二日目

今朝はゆっくり始動しました。
朝からあちこち電話したのですが、みんな忙しそうです。

午前中はなじみの紅型作家さんのところへ。
一番長い付き合いの作家さんです。
ここは、お母さんと息子さんとお嫁さんの3人でやっています。
沖縄は殆どこういうパターンです。
気さくだけれど、なかなか芯のしっかりした作家さんで、もっとも信頼している人の一人です。良い紅型の作家さんは自分の大切にしている表現をなにかしらもっているもので、それを触ると怒ります。この人も、東京に出て行ったら、東京の人にボロクソに言われたそうですが、頑として自分のスタイルは変えないとプンプンして言っていました。それでいいのです。東京が駄目でも、西日本では彼女の作品は支持されているのです。自分のスタイルを変えてまで大消費地に合わせる必要はない。それが作家というものです。その代わり、彼女は、貧しくても道を貫いていく覚悟ができています。だから信頼できるのです。

お昼を済ませて、南風原の工房へ。
ここも、長い付き合いです。
ご主人は体を悪くされていました。
やはり仕事のほうはかなり厳しい様で、『もうけすぎたバチがたったさ』
とおっしゃっていました。
違います!あなたたちが悪いのじゃない!
作り手は作るのが仕事です。需要動向を見極めて作り手に適切なアドバイスをするのが私たち問屋の仕事です。いまの産地の苦境は一にも二にも、問屋が需要予測を誤ったどころかしなかったからです。イケイケドンドンで無茶苦茶に作らせすぎた。仮需で数の増えたパイプに、またパンパンになるほど商品を流し続けた。破裂するときは一気です。以上に数が増えたパイプが破裂したら、洪水になるのは目に見えていたのです。まともに経済を見る目があったら、末路はどうなるか分かるはずです。工人にそれを望むのはあまりにも酷で、問屋はそのための管制塔であり、制御装置でなければならないのです。錆び付いたコントロールタワーに制御されていたところは、大変な目に合っています。

あと、最後に首里の作家さんへ。
この人も私の仲間です。
素直に注文を受けて、誠実にこなしてくれる、とても素敵な作家さんです。
当たり前のようですが、なかなかこういう人はいないのですよ。
常に前向きで、この時期は自分でいろんな事に挑戦して、力を蓄えますとおっしゃっていました。沖縄の染織家はほとんどが女性で、ご主人は定職をもたれていますので、生活は安定しています。それ以外に自分の趣味半分で染織をされている方も多いのです。お金に惑わされない人たちは、今の状況でも微動だにしません。悪い作品は私に渡そうとしません。今日も数本の失敗作品を見ましたが、『これ、名前つけて売るの?』と言うと、やはり『それはできません』と答えが返ってきます。その時に、どうやったら、二度とそういう失敗をしないで済むかを一緒に考えてあげるのが私の役目なのです。『こんなのとらないなら、もう二度と出さない』というなら、そんな人はつきあうに値しません。私も命がけで得たノウハウを無償で提供するのですから。

それにしても、沖縄の女性は強い!
初夏のような温かい日差しを受けて、どんどん元気が出てきました。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:07Comments(0)

2010年03月03日

沖縄 第二日目

今朝はゆっくり始動しました。
朝からあちこち電話したのですが、みんな忙しそうです。

午前中はなじみの紅型作家さんのところへ。
一番長い付き合いの作家さんです。
ここは、お母さんと息子さんとお嫁さんの3人でやっています。
沖縄は殆どこういうパターンです。
気さくだけれど、なかなか芯のしっかりした作家さんで、もっとも信頼している人の一人です。良い紅型の作家さんは自分の大切にしている表現をなにかしらもっているもので、それを触ると怒ります。この人も、東京に出て行ったら、東京の人にボロクソに言われたそうですが、頑として自分のスタイルは変えないとプンプンして言っていました。それでいいのです。東京が駄目でも、西日本では彼女の作品は支持されているのです。自分のスタイルを変えてまで大消費地に合わせる必要はない。それが作家というものです。その代わり、彼女は、貧しくても道を貫いていく覚悟ができています。だから信頼できるのです。

お昼を済ませて、南風原の工房へ。
ここも、長い付き合いです。
ご主人は体を悪くされていました。
やはり仕事のほうはかなり厳しい様で、『もうけすぎたバチがたったさ』
とおっしゃっていました。
違います!あなたたちが悪いのじゃない!
作り手は作るのが仕事です。需要動向を見極めて作り手に適切なアドバイスをするのが私たち問屋の仕事です。いまの産地の苦境は一にも二にも、問屋が需要予測を誤ったどころかしなかったからです。イケイケドンドンで無茶苦茶に作らせすぎた。仮需で数の増えたパイプに、またパンパンになるほど商品を流し続けた。破裂するときは一気です。以上に数が増えたパイプが破裂したら、洪水になるのは目に見えていたのです。まともに経済を見る目があったら、末路はどうなるか分かるはずです。工人にそれを望むのはあまりにも酷で、問屋はそのための管制塔であり、制御装置でなければならないのです。錆び付いたコントロールタワーに制御されていたところは、大変な目に合っています。

あと、最後に首里の作家さんへ。
この人も私の仲間です。
素直に注文を受けて、誠実にこなしてくれる、とても素敵な作家さんです。
当たり前のようですが、なかなかこういう人はいないのですよ。
常に前向きで、この時期は自分でいろんな事に挑戦して、力を蓄えますとおっしゃっていました。沖縄の染織家はほとんどが女性で、ご主人は定職をもたれていますので、生活は安定しています。それ以外に自分の趣味半分で染織をされている方も多いのです。お金に惑わされない人たちは、今の状況でも微動だにしません。悪い作品は私に渡そうとしません。今日も数本の失敗作品を見ましたが、『これ、名前つけて売るの?』と言うと、やはり『それはできません』と答えが返ってきます。その時に、どうやったら、二度とそういう失敗をしないで済むかを一緒に考えてあげるのが私の役目なのです。『こんなのとらないなら、もう二度と出さない』というなら、そんな人はつきあうに値しません。私も命がけで得たノウハウを無償で提供するのですから。

それにしても、沖縄の女性は強い!
初夏のような温かい日差しを受けて、どんどん元気が出てきました。
  
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2010年03月03日

沖縄 第二日目

今朝はゆっくり始動しました。
朝からあちこち電話したのですが、みんな忙しそうです。

午前中はなじみの紅型作家さんのところへ。
一番長い付き合いの作家さんです。
ここは、お母さんと息子さんとお嫁さんの3人でやっています。
沖縄は殆どこういうパターンです。
気さくだけれど、なかなか芯のしっかりした作家さんで、もっとも信頼している人の一人です。良い紅型の作家さんは自分の大切にしている表現をなにかしらもっているもので、それを触ると怒ります。この人も、東京に出て行ったら、東京の人にボロクソに言われたそうですが、頑として自分のスタイルは変えないとプンプンして言っていました。それでいいのです。東京が駄目でも、西日本では彼女の作品は支持されているのです。自分のスタイルを変えてまで大消費地に合わせる必要はない。それが作家というものです。その代わり、彼女は、貧しくても道を貫いていく覚悟ができています。だから信頼できるのです。

お昼を済ませて、南風原の工房へ。
ここも、長い付き合いです。
ご主人は体を悪くされていました。
やはり仕事のほうはかなり厳しい様で、『もうけすぎたバチがたったさ』
とおっしゃっていました。
違います!あなたたちが悪いのじゃない!
作り手は作るのが仕事です。需要動向を見極めて作り手に適切なアドバイスをするのが私たち問屋の仕事です。いまの産地の苦境は一にも二にも、問屋が需要予測を誤ったどころかしなかったからです。イケイケドンドンで無茶苦茶に作らせすぎた。仮需で数の増えたパイプに、またパンパンになるほど商品を流し続けた。破裂するときは一気です。以上に数が増えたパイプが破裂したら、洪水になるのは目に見えていたのです。まともに経済を見る目があったら、末路はどうなるか分かるはずです。工人にそれを望むのはあまりにも酷で、問屋はそのための管制塔であり、制御装置でなければならないのです。錆び付いたコントロールタワーに制御されていたところは、大変な目に合っています。

あと、最後に首里の作家さんへ。
この人も私の仲間です。
素直に注文を受けて、誠実にこなしてくれる、とても素敵な作家さんです。
当たり前のようですが、なかなかこういう人はいないのですよ。
常に前向きで、この時期は自分でいろんな事に挑戦して、力を蓄えますとおっしゃっていました。沖縄の染織家はほとんどが女性で、ご主人は定職をもたれていますので、生活は安定しています。それ以外に自分の趣味半分で染織をされている方も多いのです。お金に惑わされない人たちは、今の状況でも微動だにしません。悪い作品は私に渡そうとしません。今日も数本の失敗作品を見ましたが、『これ、名前つけて売るの?』と言うと、やはり『それはできません』と答えが返ってきます。その時に、どうやったら、二度とそういう失敗をしないで済むかを一緒に考えてあげるのが私の役目なのです。『こんなのとらないなら、もう二度と出さない』というなら、そんな人はつきあうに値しません。私も命がけで得たノウハウを無償で提供するのですから。

それにしても、沖縄の女性は強い!
初夏のような温かい日差しを受けて、どんどん元気が出てきました。
  
Posted by 渡辺幻門 at 22:07Comments(0)

2010年03月02日

沖縄 第一日目

朝、8時に日産レンタカーに集合。今日同伴いただいたのは、アイジャーさんとさるちゃん。一路、喜如嘉へ。

順調に走り、10時前に到着。現地はバケツをひっくり返したような大雨でした。

芭蕉布の選品もほどほどに、沖縄染織と文化の話に。

さすがは、平良美恵子さん、すごく勉強されています。

その中で、日本全体の服飾の歴史をきちんと文化と習慣の面から洗い直し、織物をもっと幅広く着てもらおうという話になりました。私が太古からの日本の服飾の歴史を徹底的に調べ上げます。その上での和装における織物の位置づけを再認識し、あるべき姿を示していこうという運動です。この運動は、織物産地からの声として発信しなければなりません。私は調査員として、縁の下の力持ちをさせていただきます。同志を募ります。

お昼を前田食堂で済ませて、祝嶺先生の工房へ。

2時半に到着して、長々、5時頃までお話をさせていただきました。

ここでも、歴史と文化の話。

作家さんをおたずねして、各所で歴史・文化の話ができる産地がほかにあるでしょうか。私は沖縄染織に携われて本当に幸せだと想います。

流行廃りに惑わされず、歴史と伝統に則って、染織がどうあるべきかを論じられるというのは、本当に素晴らしいことです。

沖縄の染織は和装の枠組みの中で、窮屈な想いをしてきました。琉装は本来、琉球王国における服飾文化で、他文化に組み入れられるべき物ではありません。琉球染織の美は琉装の中ではぐくまれたのであり、琉装の中で最大限にその美しさを発揮します。その意味で、前にも紹介した『うしんちー』という帯を締めない着用法の可否について考える必要があります。

沖縄だけでなく、各織物産地が苦境に貧している中で必要なことは、歴史と伝統を再度見つめ直し、原点に戻ることだと想います。ごまかしをせず、本来の価値を生み出すにはどうすればいいのか。消費が縮小する中でも、本物は必ず説得力を持つはずです。いまの和装業界の窮状はごまかしが招いた自業自得といえないでしょうか。

沖縄にも、前向きで正しい方向に改革意識が芽生えてきたことはとても素晴らしい事です。私も微力ながら、お手伝いをしていきたいと想います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:09Comments(0)

2010年03月02日

沖縄 第一日目

朝、8時に日産レンタカーに集合。今日同伴いただいたのは、アイジャーさんとさるちゃん。一路、喜如嘉へ。

順調に走り、10時前に到着。現地はバケツをひっくり返したような大雨でした。

芭蕉布の選品もほどほどに、沖縄染織と文化の話に。

さすがは、平良美恵子さん、すごく勉強されています。

その中で、日本全体の服飾の歴史をきちんと文化と習慣の面から洗い直し、織物をもっと幅広く着てもらおうという話になりました。私が太古からの日本の服飾の歴史を徹底的に調べ上げます。その上での和装における織物の位置づけを再認識し、あるべき姿を示していこうという運動です。この運動は、織物産地からの声として発信しなければなりません。私は調査員として、縁の下の力持ちをさせていただきます。同志を募ります。

お昼を前田食堂で済ませて、祝嶺先生の工房へ。

2時半に到着して、長々、5時頃までお話をさせていただきました。

ここでも、歴史と文化の話。

作家さんをおたずねして、各所で歴史・文化の話ができる産地がほかにあるでしょうか。私は沖縄染織に携われて本当に幸せだと想います。

流行廃りに惑わされず、歴史と伝統に則って、染織がどうあるべきかを論じられるというのは、本当に素晴らしいことです。

沖縄の染織は和装の枠組みの中で、窮屈な想いをしてきました。琉装は本来、琉球王国における服飾文化で、他文化に組み入れられるべき物ではありません。琉球染織の美は琉装の中ではぐくまれたのであり、琉装の中で最大限にその美しさを発揮します。その意味で、前にも紹介した『うしんちー』という帯を締めない着用法の可否について考える必要があります。

沖縄だけでなく、各織物産地が苦境に貧している中で必要なことは、歴史と伝統を再度見つめ直し、原点に戻ることだと想います。ごまかしをせず、本来の価値を生み出すにはどうすればいいのか。消費が縮小する中でも、本物は必ず説得力を持つはずです。いまの和装業界の窮状はごまかしが招いた自業自得といえないでしょうか。

沖縄にも、前向きで正しい方向に改革意識が芽生えてきたことはとても素晴らしい事です。私も微力ながら、お手伝いをしていきたいと想います。
  
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2010年03月02日

沖縄 第一日目

朝、8時に日産レンタカーに集合。今日同伴いただいたのは、アイジャーさんとさるちゃん。一路、喜如嘉へ。

順調に走り、10時前に到着。現地はバケツをひっくり返したような大雨でした。

芭蕉布の選品もほどほどに、沖縄染織と文化の話に。

さすがは、平良美恵子さん、すごく勉強されています。

その中で、日本全体の服飾の歴史をきちんと文化と習慣の面から洗い直し、織物をもっと幅広く着てもらおうという話になりました。私が太古からの日本の服飾の歴史を徹底的に調べ上げます。その上での和装における織物の位置づけを再認識し、あるべき姿を示していこうという運動です。この運動は、織物産地からの声として発信しなければなりません。私は調査員として、縁の下の力持ちをさせていただきます。同志を募ります。

お昼を前田食堂で済ませて、祝嶺先生の工房へ。

2時半に到着して、長々、5時頃までお話をさせていただきました。

ここでも、歴史と文化の話。

作家さんをおたずねして、各所で歴史・文化の話ができる産地がほかにあるでしょうか。私は沖縄染織に携われて本当に幸せだと想います。

流行廃りに惑わされず、歴史と伝統に則って、染織がどうあるべきかを論じられるというのは、本当に素晴らしいことです。

沖縄の染織は和装の枠組みの中で、窮屈な想いをしてきました。琉装は本来、琉球王国における服飾文化で、他文化に組み入れられるべき物ではありません。琉球染織の美は琉装の中ではぐくまれたのであり、琉装の中で最大限にその美しさを発揮します。その意味で、前にも紹介した『うしんちー』という帯を締めない着用法の可否について考える必要があります。

沖縄だけでなく、各織物産地が苦境に貧している中で必要なことは、歴史と伝統を再度見つめ直し、原点に戻ることだと想います。ごまかしをせず、本来の価値を生み出すにはどうすればいいのか。消費が縮小する中でも、本物は必ず説得力を持つはずです。いまの和装業界の窮状はごまかしが招いた自業自得といえないでしょうか。

沖縄にも、前向きで正しい方向に改革意識が芽生えてきたことはとても素晴らしい事です。私も微力ながら、お手伝いをしていきたいと想います。
  
Posted by 渡辺幻門 at 21:09Comments(0)

2010年03月01日

おでんまつやま

http://r.tabelog.com/okinawa/A4701/A470101/47003694/

今日から沖縄に来ました。土曜まで滞在します。

沖縄に来ると、どうしても炒め物が多くなるので、近くのおでん屋を探して行ってみました。

沖縄というと、年中温かいのでおでん屋があるのが不思議に感じますが、古いお店が点在しています。

今日行ったのは、その名も『おでんまつやま』

おばちゃんが一人でやっているカウンターだけの小さな店です。



まずは、オリオンビールを頼んで、おでんは『てぃびち』と『ほうれんそう』



てぃびちというのは豚足の事ですね。

沖縄では、焼くよりも煮て食べるのが一般的で、唐揚げにしたりもします。
冬にはこれを泡盛で、というのがいいんですよ。

おかわりは『大根』と『そば』



そばはもちろん沖縄そばです。

おでん鍋の中に、豪快に放り込んであります。

お世辞にも美味しいとは言えないけど、選択肢の一つとして持っているとよさそうな店です。

これで、2000円!!

沖縄は定食は食べきれないくらいあっても5〜600円なのに、居酒屋は高めです。飲み屋もそう高くない。居酒屋で安いのは内地系ですね。いつも『もずや会』で使う『かいゆう亭』も大分の会社らしいです。

今日は、一応?これで終わり。

おとなしく寝て、明日からの活動に備えます。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:52Comments(2)

2010年03月01日

おでんまつやま

http://r.tabelog.com/okinawa/A4701/A470101/47003694/

今日から沖縄に来ました。土曜まで滞在します。

沖縄に来ると、どうしても炒め物が多くなるので、近くのおでん屋を探して行ってみました。

沖縄というと、年中温かいのでおでん屋があるのが不思議に感じますが、古いお店が点在しています。

今日行ったのは、その名も『おでんまつやま』

おばちゃんが一人でやっているカウンターだけの小さな店です。



まずは、オリオンビールを頼んで、おでんは『てぃびち』と『ほうれんそう』



てぃびちというのは豚足の事ですね。

沖縄では、焼くよりも煮て食べるのが一般的で、唐揚げにしたりもします。
冬にはこれを泡盛で、というのがいいんですよ。

おかわりは『大根』と『そば』



そばはもちろん沖縄そばです。

おでん鍋の中に、豪快に放り込んであります。

お世辞にも美味しいとは言えないけど、選択肢の一つとして持っているとよさそうな店です。

これで、2000円!!

沖縄は定食は食べきれないくらいあっても5〜600円なのに、居酒屋は高めです。飲み屋もそう高くない。居酒屋で安いのは内地系ですね。いつも『もずや会』で使う『かいゆう亭』も大分の会社らしいです。

今日は、一応?これで終わり。

おとなしく寝て、明日からの活動に備えます。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:52Comments(2)

2010年03月01日

おでんまつやま

http://r.tabelog.com/okinawa/A4701/A470101/47003694/

今日から沖縄に来ました。土曜まで滞在します。

沖縄に来ると、どうしても炒め物が多くなるので、近くのおでん屋を探して行ってみました。

沖縄というと、年中温かいのでおでん屋があるのが不思議に感じますが、古いお店が点在しています。

今日行ったのは、その名も『おでんまつやま』

おばちゃんが一人でやっているカウンターだけの小さな店です。



まずは、オリオンビールを頼んで、おでんは『てぃびち』と『ほうれんそう』



てぃびちというのは豚足の事ですね。

沖縄では、焼くよりも煮て食べるのが一般的で、唐揚げにしたりもします。
冬にはこれを泡盛で、というのがいいんですよ。

おかわりは『大根』と『そば』



そばはもちろん沖縄そばです。

おでん鍋の中に、豪快に放り込んであります。

お世辞にも美味しいとは言えないけど、選択肢の一つとして持っているとよさそうな店です。

これで、2000円!!

沖縄は定食は食べきれないくらいあっても5〜600円なのに、居酒屋は高めです。飲み屋もそう高くない。居酒屋で安いのは内地系ですね。いつも『もずや会』で使う『かいゆう亭』も大分の会社らしいです。

今日は、一応?これで終わり。

おとなしく寝て、明日からの活動に備えます。
  
Posted by 渡辺幻門 at 20:52Comments(2)